【完結】剣士さんとドラクエⅧ   作:四ヶ谷波浪

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79話 安寧

・・・・

 

 頬を撫でる爽やかな風。鼻をくすぐる土と草の香り。湿気を少し感じ、空気が美味しい。背中に伝わってくる感覚は大地そのもの。

 

「……おはよう」

「早いお目覚めだね、トウカ」

 

 アルゴングレートを倒したぐらいで記憶が途切れてるけどそれは間違いないみたい。疲れた表情のエルトか、水筒の水を呷っていたヤンガスかが気絶していた私たちを運んでくれたようで、場所は野宿していたところに変わっていた。血で彩られたあの場所にいたら魔物が寄ってくるだけだしありがたいことだ。みんなも疲れているだろうに。

 

 傷はみんな癒してくれたようでどこにももう痛みも、当然傷もなかった。隣でまだ意識が戻らないククールも、疲れた顔をしているエルトも完治してるし……早い目覚めってもしかして傷の割にってことかもしれない。それは悪いことしたな……前衛として不甲斐ない。

 

「痛いところはない? はい、水」

「ありがとうゼシカ。何処も彼処もバッチリだから何時だってまた戦えるよ」

「良かった。……もう暫く大人しくしてね」

 

 そんなに懇願するように言わなくても。魔物が出ないなら流石に治りたて、貧血だったし暴れないさ。……その点、信用ないよね私! ちょっとばかり自覚あるよ! ごめんね!

 

 私たちと少し離したところに気絶した王子が転がってるのはスルーでいいかな? その突き出た腹の上には血は拭ってある様子のアルゴンハート……それも今までのものとは比較にならない大きさの……が鎮座していた。

 

「でっか」

「強いだけあるよね……」

「歴代の王はあれぐらいあったみたいだけど、すごい人たちだよね……」

 

 クラビウス王や、その兄エルトリオ王子も名を残すほどのサイズのアルゴンハートを取ってきたらしいからね。単独で……そりゃすごい。にしても、エルトリオ王子って人望がかなりある方って聞いたんだけど今はどこにいるんだろ?行方しれずらしいよね。名前から連想するのは親友エルトだけど流石に関係あるわけがない。

 

「聖水でこの場は安全にしたからククールが起きたら帰ろう」

「了解……」

 

 お言葉に甘えて。うん、疲れた! 傷が治っても疲れたものは疲れたんだ! ごろんと再び横になって、空を眺めればすっごく雲が高くて思わず見とれてしまう。いい気持ちだね、戦うのもワクワクするしストレスなんて吹っ飛んじゃうけどこうしてるのも良いよね!

 

 なんだか安心感からかな? 眠たくなってきちゃった。瞼が重い。

 

「ふぁ……」

「寝ないでよ?」

「当たり前……ふぁあ」

 

 陛下や姫様に笑われてしまった。不覚。でも眠いものは眠いんですよ……私だって人間ですからこんな時も。いえいえ何時だってお守りいたします! 何だったら今すぐ警戒いたします! モノトリア家の名に誓って! え、おとなしく休んでおけ、ですか? 御意に!

 

 はい、ごろーん!

 

・・・・

 

 不意に意識が戻る。直前に何をやっていたか思い出せないが……頭でも打ったのか?その割には頭が痛いわけでも眩暈がするわけでもないし……。クリアな視界、場所は外。

 

「あ、ククールも起きたのね」

「『も』?」

「あんたが気絶してる間、いつも以上にトウカが頑張って、そしてトウカも倒れちゃったのよ。もうとっくに起きたけど」

 

 ぴしっと指さされた隣にはどこかぽやぽやとした表情のトウカが座っていて……なんだかとてもねむそうに見える。トウカは俺達の視線を浴びても暫くぼんやりしていたがハッと目に光を宿すとこちらに眩しいばかりの笑顔を向けてくれた。

 

「おはようククール!」

「おはよう……?」

「ホント大変だったんだからね! 死ぬかと思ったよ! ククール、君ってホント偉大だよ……今までありがとう! これからよろしく! エルトにのど飴あげたけどこれからはククールにもあげないとね!」

 

 眠そうだったのはどこにいったのか。にこにこ笑ってテンションの高い様子はいつも通りだった。……トウカもようやく俺の苦労を分かってくれたのか。

 

 戻りたくもないがもしも俺が聖堂騎士に戻ったとしたら問答無用で全員を倒せるぐらいには鍛え上げられたからな……回復しながら攻撃できる自信がある。つまりは負けない。そんな俺でもこいつらの回復を完璧にはできない。俺は慣れててこれだから他だったら使い物にもならないってことだろう。

 

 ふと話題にあがったエルトを見れば今にも散ってしまいそうな儚い微笑みを浮かべて槍をさり気なく杖にして立っていた。微かに膝が震えている。座ったら立てないんだろう。……苦労をかけたようだ。だが俺は知っている。エルトも充分化物クラスの人間であることを。そこまでエルトがボロボロになったのだから、エルトも十二分に暴れたことだろう。

 

 今にも絶えそうなエルトが物言いたげな顔をしている。

 

「エルト」

「ククール、君が死ななくて本当に良かった」

「……切実なこって」

 

 エルトの声がなんとも泣きそうに聞こえたのは彼の名誉のためにスルーということで対処させてもらった。

 

 トウカにもらったのど飴を握りしめた今のエルトの精神状態はよく理解できる。

 

 ベホマの「ベ」を言った瞬間に発狂する。回復魔法だけでもないが、自分の双肩に味方の命がかかっているという極度の緊張と頭が焼き切れそうになるほどの魔法の連打、そして目の前で無茶をする剣士(トウカ)。これが合わされば今までの俺と同様胃薬なしでは生活できなくなるはずだ。……胃薬を意識したら胃が痛くなってきた。

 

 なにしろ本人(トウカ)にこれからもよろしくと言われてしまったのだから。逃げられない。逃げるつもりもないが。この立場を譲るつもりも。ただ最初の何も知らない俺のようにエルトに無駄な嫉妬めいたことをする気は無い。俺一人じゃ死ぬ。彼女はそういう剣士なのだ。

 

 一気に、俺はほぼ何もしていないのだが疲れて思わず座り込んだまま空を仰ぐ。雲が高い。いつしか、未だぐーぐーといびきをかいている王子以外で空を仰ぐ羽目になっていた。あぁ。空が綺麗だ。現実からは逃げられないが、命が安全ってなんて幸せなんだ。




エルト「バイブレーションなう」
エルト「多分親父はこんなに強いの倒してない(メタ)」

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