【完結】剣士さんとドラクエⅧ   作:四ヶ谷波浪

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68話 因縁

「……あ、そうだ。ライティアは未来予知能力を持ってるんだよ」

「へ?」

「中途半端で食い違った世界のしか見れないみたいだから役立たずにも程があるけどね。彼女は私を殺したつもりなんだよね……十八年前に。で、邪魔者(ボク)を殺して、後は兄上と結婚するつもり……でさ」

「危険な奴でがすね……」

「うん。でも魔法とかも結構なの使える癖に、その予知能力(役立たず)で魔力使い果たしてるから弱いよ」

 

 定期的にあいつの情報は貰ってるからそういうのは知ってる。それから、たとえ万全の状況でも勝てると太鼓判を押されたことも。

 

 バタバタと再び屋敷の中が騒がしくなり、必死でライティアを羽交い締めにする叔父上と、もがいて厚い化粧がとんでもないことになってるライティア、そして止めようとするもライティアの攻撃魔法で威嚇されておろおろする使用人たちが姿を現した。

 

 ライティアはご丁寧にも着替えていたけど……誰がスケスケスカートでガーターベルトって言ったよ。上半身も乳が半分出てるってやめろよ。ゼシカのナイスバディの前で霞むだけだろ。清楚に謝れよ。慎ましい格好って言ったろ……。

 

「ルゼル様! 父様が離してくださらないの! お口添えを……」

「すまないな、娘を押さえ込むことができなくて……」

「お気になさらず、叔父上。……ライティアに『強制力』は効かないのですか?」

「あぁ。最近は力が弱まっているらしく、ほとんど意味はない……最も、本家の君とは力が違うが」

「……本家、ね……」

 

 知ってる癖に。全部を知ってるのに。名前を出さずにライティアを興奮させないようにしてくれる叔父上は……優しい方だ。そういう事にしておこう。私の精神衛生上、ね。

 

 ……いい加減、ライティアは話してわかる奴だとは思わないのだけど……全部勘違いだって言うべきかな。それとも……。

 

 ギラリと、叔父上の黒い瞳(・・・)が光ったのに私は気づかなかった。叔母上の呪縛を解いた私は油断していたんだろう……愚かなことに。叔父上はモノトリアとしてふさわしい方だ。だが、母上と結婚したのは叔父上の兄の父上だ。理由はもちろん愛の力もあるのだけど……最大の理由は、とても……弱いってこと。よりにもよって「強制力」に。

 

「父様! ルゼル様とお話させて『ちょうだい』!」

「……『分かった』ぞ」

 

 ライティアから伸びた紫の鎖が叔父上に絡んでいるのが見える……、実にややこしいことだ。体を離されたライティアは私の前で乱れた服を適当に直して、こっちをくねくねしながら見上げてくる。それ……上目遣いのつもりなんだろうか?身長差はあれど、私とて女だから身長はそう高くないし、無理やりしてるって感じなんだけども。なんだろう、言動を見てるだけでイライラする……。

 

「ライティアは……ずっとお待ちしておりましたの! 周りの人はみんなルゼル様のことを知らないって……死んだ『妹の』トウカの話ばっかりして……あんなやつ、捨て子の養子の癖に! 本当に血の繋がりがあって、本当にルゼル様の姫になるのはこのライティアだというのに……うふふふふ、これからはライティアだけを守ってくださいませ!」

 

 ライティアは見せびらかすように、チェーンで留めた何かを服の下から出して弄ぶ。鞘から抜いたり、戻したりしているそれは血で錆び付いた古いナイフで……あぁ、頭が痛い。幼き日の私のトラウマじゃないか。フラッシュバックする、赤い記憶。胸の痛みを鮮明に思い出す。嫌味な少女の笑み、吹き出す血。声が思わず、震えた。

 

「…………、その、ナイフは……」

「これですか?ライティアの宝物ですの! モノトリアの異端児トウカを殺した時の私の得物ですわ! ルゼル様もあんな女、妹にしたくはないでしょう? ライティアは未来を見て知っていますの。トウカは剣士として大成するのですが、ルゼル様のご心労の元となり、婿も取らずに生きるのですわ!」

「……」

「ルゼル様のお気持ちも分からず、ずっと男よりも戦い続けたトウカは結局、そのまま独り身で死ぬのですわ!貴きモノトリアの血も残さないのに生きる価値なんてありません! だからライティアが、予知能力を持つライティアが赤ん坊のうちにその芽を摘み取っておいたのですわ! ルゼル様のため……」

「……五月蝿い!」

 

 その言葉に私は耐えきれなかった。「トウカ」を否定する言葉にとうとう耐えきれなかった。私はライティアの胸倉を掴んで、怒鳴りつけることを止めることができなかった。

 

 分かっていたんだから。私が「モノトリア」として、役に立たない存在だってことは。兄上(ルゼル)の代わりにならない、女としても最早使えないような……中途半端な存在なんだから。

 

 誰が私なんかを欲しいっていうの?可愛らしい顔も、柔らかい体も、女性らしさも欠片もなくて。男よりも力がある馬鹿力で、魔物をぶった斬ることしか能がなくて。ああ! 分かってたさ。でもすべてを、すべてを否定されて……それに耐えれるほど、私は……強くなかったらしい。強くなりたかったのに。

 

 それでも。ライティアだけには言われたくなかったんだ。ライティアは魔法が使えるのに、ライティアは胸を張って言える正統な血筋なのに、私よりも努力をしなかった。私より強くなろうとしなかった。

 

 私よりモノトリアの為になろうとしなかった。自分の欲望ばかり優先して、逆恨みして私を刺したライティア。絶対に、お前にだけは言われたくなかったんだ!

 

 ヴェーヴィットに落とされてからも、ずっとずっと、真実を知ろうともせず!自分は不幸だと悲観に暮れてばかりで!

 

 叔父上も叔母上もそれを止めるのに、聞こうとせずに!魔法をいとも簡単に破ったかと思えば市民の血税で贅を尽くして……! 許されていたのはなんでだと思う? まだ、叔父上も叔母上もお前を愛してたからなのに!

 

 愛! 愛のためだけに彼らはお前を許したんだ! でも……私だけはお前を許さない! もう、許してやるものか!

 

・・・・

 

 「妹」だとか。養子だとか。捨て子だとか。そんなにトウカに当てはまらない言葉も珍しい。そんな的外れ……に見えた……女の罵声。でも、僕は。親友だと、自惚れていたのか……トウカが耐えきれずに怒り狂うのを予想すらできなかったんだ……。

 

「……五月蝿い!」

 

 激しい怒りの声は、その場の人間を恐怖へたたき落とす、肌を突き刺してくるような殺気混じりで。でも、叫ぶ声は、僕には悲壮に聞こえて。

 

「お前に何が分かる! 私の何が分かるんだ!」

 

 がしりと従姉妹の胸倉を掴んだ手は、見る間にぎちぎちと音を立てて力が加わっていく。もがき苦しむライティアの足が浮いた。

 

 誰も、止めることができなかった。その圧倒的なまでの力を前にして。もっとも、僕は止める気がなかったのだけれど……少なくとも、あんな口に出すのもはばかれる言葉を簡単に言える奴を助けるつもりはなかった。

 

「私が捨て子? 私が養子? あぁ、そうだとも! たまたまモノトリアの血を引いた何処ぞの馬の骨とも知れぬ、得体の知れない餓鬼だ! それが、私、トウカだ! だから何だって言うんだ?」

「あ”ぐぅッ……」

「女? 女だから? 私が当主になるのはどうしてだと思う? お前が、正統な後継者の血を引いているとはっきり分かっているお前が使えないからだよ! お前は私より年上だろう? 十八の女が次期当主でお前がそうじゃない理由ぐらい分かるだろ?」

 

 ドンッと、トウカはライティアを突き放した、咳き込み、涙を浮かべてトウカを見上げるライティアの目の前にトウカは思いっきり足を振りおろした。当てなかったことが今できうる限りの最大の温情だったのだと僕にはわかった。彼女には……どうだろうか。

 

 ……ん? お、女? トウカが?

 

 いやいやいやいやいや、本人が言ったとしてもそんなの、信じれないから……だって……あのトウカだよ? 無敵の剣士、最強の兵士。それに、声替わりも……してたじゃないか。いくつの時かは覚えてないけど、トウカの声は女の人の声じゃない。アルトより少し低い声だ。ハスキーな女性としてもありえないぐらいに。

 

「ヒ、ひぃッ……!」

 

 ビシビシと音を立てて石畳が破壊され、クレーターのように、僕たちの立っている地面までも巻き込んで地面が砕け、地面は裂ける間際。そうだよ、このトウカの圧倒的な力。

 

 これを見て誰が女だって? 嘘だろ? 嘘だって言ってくれ……。……ねぇ、なんでククールはこの世の希望が見えた! みたいな笑顔なの? 君、とうとうストレスで頭が……ごめんごめん、ヘッドロックかけないで。……隣のヤンガスが思考停止してる……。

 

 でも、それよりも。トウカが……なんだか泣きそうだ。あのトウカが。小さい頃、むしろ僕の面倒まで見てたトウカが。泣いているのを見たこともないのに、何故僕はそう思ったんだろう。

 

「お前にこの剣が振れる? お前は魔物を素手で殺せる? 魔法が使えないなら、魔法並みの破壊力を得ようとした私は、どれだけ苦労したと思ってるの?

兄上の代わりになる為に、私は『ボク』であり続けたんだよ? みんな、みんな騙して! エルトも、陛下も、姫も! みんな騙して生きたペテン師なんだよ? お前は……平気だよね? 私は覚えているからな! 赤ん坊の私を刺したお前の顔をッ!」

「……ぁ……」

「分かるのか? 父上や母上に見捨てられないように血反吐を吐いて努力した私の気持ちが! お前が、右目も見えて、魔法も使えて、両親が分かるお前がどれだけ羨ましかったか! なのに、お前は!」

 

 恐怖でぐちゃぐちゃの顔になったライティアは、震えながらトウカを見ることしかできなくなったようで、その様子を見てトウカは少し冷静になったらしい。地面に突き刺していた足を無造作に引き抜き、剣にかけていた手を下ろし、はぁ……と一息吐いてみせるぐらいには。

 

「……なぁ、ライティア。お前の見ている『未来』とやらとこの世界がずれているのになんで気づかない? お前、私と兄上を見間違えただろ? 人一人殺す覚悟ができるほど好きなのに」

「……、ずれてなんか……」

「はっきり言えよ!」

「ずれてなんかないわ! あんたが死ねば全部うまく回るの! ルゼル様は、ライティアの王子様のルゼル様はとても強くて、とても優しい! だから、『トウカ』なんか! 『真なる主』になんかじゃなくてライティアに優しくしてくれたりしたほうがいいんだわ! だって『トウカ』はルゼル様が守らなくたって強いもの!」

 

 ……どういうことか、僕には分からなくなってきた。双方の言ってることが理解の範疇を超えているっていうか……。とりあえずライティアが無茶苦茶なことを言っていて、トウカの心を抉っているのは分かっているけれど……。

 

「現実を見ろ。兄上は……兄上は私とて望んでいる……。だけど、兄上はこの世におられないんだ。それを理解しろよ、兄上のためにも!」

「ルゼル様はご健在よ!ライティアの知っているのよ! 体が丈夫でないルゼル様は三十歳でご病気で亡くなると! だからライティアはお薬も既に手配できるようにしておいたわ!」

「お前は兄上を見たことがあるのか?! 私がどうしてこの格好をしているのか分からないのか? 自分の身を守るためを言い訳にした、兄上の成り代わりだ!」

「そんなこと知らない! あっちへ行ってよ、この、捨て子ッ!」

「……遅いな」

 

 放たれた悪意の魔法をトウカは切り捨てて、僕らを庇うように仁王立った。

 

・・・・


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