【完結】剣士さんとドラクエⅧ   作:四ヶ谷波浪(ryure)

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43話 混乱

 ぐさりと魔物の体を刺した、その時のこと。至近距離で黄色い魔法の光が炸裂した。痛みはない。でも、この魔法を私は知っている。ある意味、私がこの場で死ぬよりも危険な魔法、メダパニだ。

 

「逃げろっ!」

 

 叫んで警告しながら、私はせめてもの抵抗として剣を捨てた。メダパニは掛かってしまえば敵味方の判別は付かず、混乱してしまう。そうなれば私は何を仕出かすか分からない。この剣で味方を殺したくない!

 

 そして、霧がかかるように意識が混濁していった。

 

 

 ぐにゃぐにゃした、不気味な化物が私を追いかける。何なのかわからない。訳のわからない。ただただひたすらに不安なだけ。悲鳴すらあげれなくて、喉がひゅーひゅーと空気を漏らす。必死で逃げようと、踵を返す。

 

 不意に平衡感覚を失って転倒する。顔を強かに打ち付けて、痛みが襲ってくる。痛みは、不気味な光によって一層増した。思わず顔を拭うが、拭った服の裾にはべったりと、赤い赤い血がついていて……。死ぬの? このまま?

 

 立ち上がれないのに、あの化物が私を食べようと大口を開けて迫ってくる。どろどろの体と対照的な、鋭い牙がびっしりとあって、そこには赤黒い血がこびりついている。私も、このまま食われるの? 血の主みたいに、食われるの?

 

 自暴自棄になって、化物を殴り飛ばした。呆気なく吹き飛んでいった化物。なんだ、弱いじゃない。なあんだ、弱いんだ。なら、私、怖い目にあったんだし、潰してしまおう。潰して、殺される前に殺してしまおう。

 

 ふらふらと立ち上がり、蠢く化物の元に体を引きずっていった。相変わらず体に纏わる気持ち悪い光が痛みを増長させてくるのが鬱陶しい。原因は向こうにいる、赤い人形?あれも後で、壊しちゃえ。

 

「壊れちゃえ」

 

 ぐっと裸足で気持ち悪い化物を踏んずける。一回踏んでも壊れなかったから、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も踏みつける。殴っても拳が痛くなかった事を思い出して、殴りつけてみた。鈍い音を立てて、消えろ消えろと呪詛のように繰り返して。

 

 あれ……なんで私、ここにいるんだろう。学校に居なかったっけ? ……違う。確か、数学の小テストがあって、点数が悪くて、落ち込んでて、友達と帰って、一人になった、その先で、私は、私は? 私は? どうした? 私は ?死んだんじゃないの? 一人で、一人ぼっちで、私は、私は? 何処、何処なの。

 

 嫌われたら死んでしまう。一人ぼっちも死んでしまう。怖い、怖い、怖い!ここは何処、私は、私はなんで一人なの?傍観していた人生も、達観していた感性も、全て全て一人ぼっちの恐怖には勝てなくて。

 

 私は誰だ? 私は、桃華だ。ここは何処だ? 知らない! 知らないよ! なんで一人なの? なんでコイツは死なないの? 私は死んだのに! 呆気なく死んだっていうのに、死んでしまえ、化物!

 

 拳振り下ろす。もはや化物は動かない。それでも怖くて、殴る。

 

「止めろ、トウカ! もう充分だ!」

「誰っ? 誰なの、ねぇ、姿を見せてよ!」

 

 不意に聞こえた声。妙に聞き覚えのある、知らない声。いきなり体が揺すぶられる。動かない化物と私しかいないのに、何故。怖い。怖くて声が聞こえたところを見て探す。やっぱり何も見えない。

 

「あなたは誰、ここは何処」

 

 怖くなって、私はそれだけを虚ろに繰り返した。困惑したようなその声は、ぺちゃくちゃ喋る別の声と混じりあって、判別できなくなってしまった。

 

 何故、こんなにも泣きたいのに涙が出ないんだろう。死んだから、涙が尽きたのかな……それとも私、幽霊なのかな……。

 

・・・・

 

 魔物に魔法をかけられたトウカが、ふらふらと魔物から離れ始めた。あの魔法は、城での訓練で散々注意された「メダパニ」。かかってしまえば最後、正気を失って何を仕出かすか分からないと教えられた。

 

 ある人はいきなり戦前逃亡したというし、ある魔物は同士討ちを始めたらしいし、ある実験では装備品を脱ぎ捨てて踊り出したっていうし、訳のわからない事を言い出すこともあれば、勝手に自爆して気絶することもあるとか。

 

 かけられる寸前、トウカはそれに気づいて警告し、同士討ちの危険度を下げるために武器を捨ててもくれた。でも、それが何になるのか。トウカの圧倒的なまでの攻撃力を前にして、それはかすかな違いにしかなり得ない。

 

 メダパニにかかったトウカは、いきなり怯えたように魔物から遠ざかったと思ったら転び、恐怖で顔をくしゃくしゃにして、定まらない焦点の目で魔物を見つめていた。

 

 すかさずかけられたホイミに傷が癒させると余計痛みを訴え、魔物に襲われそうになったら殴って吹き飛ばした。

 

 何をするか分からないトウカにみんなは遠巻きで見ているしかないし、怪我を治せば痛がられるし、だからといって治さないわけにはいかないし……。

 

 ふらふらとしたトウカが魔物を激しく踏みつける。混乱しても健在な圧倒的な攻撃力に魔物は為すすべもなくて。トウカが殴ることに移行した時には魔物は、ビーナスの涙をぽろりと落として朽ち果てていった。

 

 えっと、討伐完了で目的達成、だよね? 術者は死んだなら、魔法は解ける、よね? ……解けてない。ついでに言うとゼシカのバイキルトも解けてない。何あれ危ない。トウカが魔法の効果を増幅させるのは知ってたけど、術者が死んでも続くなんて。

 

 朽ち果てた魔物が青い光と共に消え失せても、トウカは何かに取り憑かれたように床を殴り、床がボロボロになっていっても辞めようとしない。見かねてトウカに近付いて、体を揺さぶり、目を合わせて言った。

 

「辞めろ、トウカ! もう充分だ!」

 

 でも、無情な事にトウカは僕を認識できずにあらぬ方を見て、叫んだだけだった。

 

「誰っ? 誰なの、ねぇ、姿を見せてよ!」

 

 そして途方に暮れたように呟いた。目は、誰も見てはいない。

 

「あなたは誰、ここは何処」

 

 ……正直僕もトウカじゃなくて別の人を相手にしてるみたいなんだけど、これ、時間経過で治るんだよね?早く治って、頼むから!

 

 虚空を掻く手に少しひっかかれたけど、怪我しないほど弱々しかった。

 

 正気に戻ってからトウカが惨状を見て、乾いた笑いを零して、ただただ恐怖に囚われていたんだよ、と弁解していた。




トラップボックス「やってもた……」
トウカ「私はどこ、ここは誰」

メダパニすら増幅して記憶まで吹っ飛ばしちまったぜ!です。どさくさ紛れにトラップボックスは撲殺されました。さり気なく途中からトウカと桃華が入り乱れているので訳が分からない事態に。もはや記憶があるだけで別人みたいな思考回路です。

桃華→怖い逃げよう
トウカ→怖い逃げよう、あ、弱い殺そう

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