【完結】剣士さんとドラクエⅧ   作:四ヶ谷波浪

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166話 対面

 翌日。朝イチはさすがに失礼だろと思い、日がそれなりに昇ってから、夜届けられた招待状を片手に屋敷に着いた。手土産を手に入れようにもトロデーンは復興の真っ只中で気の利いたものなんて手に入るはずもない。それは向こうもわかっているだろうが、俺にはルーラがある。

 

 やろうと思えば世界中の銘菓が手に入るが、向こうは天下の大貴族。俺の手に届く範囲のものがむしろ失礼になるのも恐ろしい。そういう訳で俺はほぼ手ぶらで参上した。もはや何があっても今更。向こうからすれば娘を貰い受けようとする人間なんて今更何しても招かれざる客だろうよ。

 

 というかよ。ゼシカの言っていた通り、小国の城といった風情の屋敷だなこれは。本当に……大貴族の令嬢……なんだよな……。

 

 広い庭、手入れされた草木、でかい噴水。前までの俺ならば金持ちを見せびらかす趣味が悪い屋敷だと扱き下ろしたかもしれないが、はからずも世界中の名所を余すことなく見て回った俺にはわかる。この屋敷の「価値」は本物だ。

 

 ルーツを暗に示しているのか、建物自体が暗いトーンの色合いで色彩に乏しく、少しばかり威圧感があるが……改めてこんな家の長男(長女)を平然と護衛の臣下にしていたトロデ王は大国の国王だったのだ、と思い直す。

 

「来てくれてありがとう、ククール。……大丈夫だよ、誰も取って食ったりしないよ?」

「こういう時は取って食われないと分かっていてもそう思うもんなんだぜ?」

「そうなんだ。リラックスして大丈夫だから。なんならトロデーンにいるあいだ、ここを宿にしてくれていいよ? 城に泊まってたら肩こるでしょ?」

「正直肩のこりはあんまり変わんねえな」

「? そうかな」

 

 屋敷に着くややってきたトウカは普段通りに見えた。さすがにあの大剣は装備してなかったが腰にはいつものように二本の剣を差している。ずらりと並んだ警備の兵たちはあからさまにこちらをジロジロ見ている。

 

 服装は旅の後半で見た格好だが、そもそもあれが正装に近かったらしいから気合いの入った格好なのだろう。トウカのそばには昨日会った護衛の女兵士がいて、彼女たちがトウカの大剣や動かずの槍を運ぶ係のようだった。さすがに止まっている今は専用の台座に据えられているが。常にあの重量を持つのは無理だろ。そのせいで置く時の台座を持つ係まで引き連れることになっていて……はは……。

 

 本来なら貴族の姫君には当然いるはずの「おつき」なんだろうが、トウカにかかるともはや行軍の兵器運びか。

 

「そうだ、陛下からも話があったと思うけど、うちでもみんなに個別で恩賞を取らせようって話になっていてね」

「そりゃまた光栄な話だな?」

「ビーナスの涙級の煌びやかな財宝とか、古来よりつたわりし伝説の魔法の装備とか、そういう如何にも冒険譚でありそうな面白いものはないんだけどね。比較的面白そうな魔術書とかも……まぁ暗黒神を倒した私たちがこれ以上強くなってどうするんだって話ではあるのだけど。最上位呪文を使えるククールには要らないかも。今更だよね。あ、竜の試練用になんか予習しとく?」

「俺がこれ以上回復魔法の習熟度を上げる必要はないだろ?」

「言えてる!」

 

 きゃらきゃらと明るく笑って、それからトウカは真顔に戻った。

 

「まぁなんでもいいから貰っておいて。竜神族の里のお店よりは欲しいものがあるかも? 装備品でも、反物でも、困るなら現金でもいい。これは貴族としてのメンツの問題なんだよ。断った方が面倒、かな? まぁそういうことで考えといて。迷ったらうちの宝物庫に直接連れてくよ」

「怖すぎるだろ……」

「新しくククール専用の動かずの杖を造らせてもいいね!」

「俺に杖で殴らせる気かよ?」

「要らないね! 私がキミの剣になるからさ。だいたい鈍器でいいならもっと他にいいものがあると思うし! じゃ、お茶とお菓子も出すから」

 

 いつも通りくるくる表情が変わる。ぱぁっと笑ったトウカに周囲が狼狽えているのが分かる。貴族の息子って本来もう少し感情を表に出さないよな? 以前のトウカはエルトの前以外ではおすましモードだったってことだよな? そりゃ珍しいよな? で、俺の登場であんな心酔している家来がいるってことは俺消されないか? 大丈夫か?

 

「ごめんね、長々立ち話もなんだから。座れるところに行こうか」

 

 気づいているはずだろうが一切合切無視してくるりと踵を返す。慌てて二人がかりで剣や槍が持ち上げられ、立派な台座が抱えられる。

 

「行こっか!」

 

 あれって要するに姫君の引きずるほど長いドレスを持つ係ってことだよな? 本当なら。俺はえっちらおっちら二人がかりで運ばれていく剣を横目で見ながらあれを背負いながら戦いつつ凄まじい跳躍を連発していたトウカの姿を思い出さないように務めた。

 

 

 

 

 

「お茶とコーヒーどっちがいい? ジュースでもいいけど。あ、気にしないで! 昨日か今日にルーラで買い付けたらしいからここに貯蔵してたやつじゃないよ! さすがにそれは……」

「茶葉はともかく腐っているだろうな……」

「トロデーンでいちばんやばい被害は建物の破損や失われた時間よりそっちかもね! 食料問題はとりあえずお金で解決するんだろうけど経済損失が……まあ滅ぶよりいいか。トロデーンよ永遠なれ! で、コーヒーかな?」

「お願いします……」

「そんなに萎縮しないで! 大丈夫! トロデーンだと旅立ちの時点でも私たちより強い人間なんて普通にいないよ! 何があっても私たちならちゃんと倒せるからね。魔法もあるし」

「そういう問題か?」

「いやぁ! そう思うしかないでしょ。ほら見て」

 

 差し出されたトウカの手がぷるぷると震えている。……緊張するのか。しているのか。トウカが? あのトウカが? 殺意溢れる魔物の群れに突撃していくような娘が?

 

 思案している間に扉がノックされ、トウカは飛び上がるほど驚いたが次の瞬間には真顔になった。

 

「どうぞ」

「失礼する」

 

 豪華絢爛な客間に入ってきたのは当然、トウカの義両親と護衛の私兵たちだった。

 

 トウカは俺をソファの上座にさりげなく追いやると当たり前のような顔をして隣に座るのだった。

 

 ……そんなことにはならない、と理性では理解してるが。もしかして暗黒神との戦いよりも命の危険ないか、この状況?


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