【完結】剣士さんとドラクエⅧ   作:四ヶ谷波浪

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162話 勝利

 この戦いは、神鳥や七賢者に背を押されるという大義名分の名のもとに、暗黒神を滅ぼす戦いだ。異変の日に空は赤く染まり、闇の世界から連れられてきた魔物によって人々は脅かされていて、その上こっちを害する気満々の神を相手にしているんだから。

 

 あるいは。この戦いは、復讐の戦いだ。所詮、仇討ちなんてものは所詮は生き残った側のエゴに過ぎなくて、死んでいった人たちへの弔いではなく、ただ今を生きている私たちがやりたいから相手を殺そうとする戦いだけども。あたたかで優しい人たちを、殺されてしまった悲しみをぶつけるために。死んでしまった人々は決して帰ってこないのだから。

 

 だからって、何もせずに泣いて悲しむだけでいられるものか。茨の眠りは今も覚めない。死んだ人間の記憶は消えやしない。因縁は今もある。何も生まない刃が肉を切り裂いて、今を生きる私たちが「理由」にしてしまうんだ。

 

 ゼシカが眩しく決意を示す。ククールが力強く前を向く。そのための「理由」になるならば、復讐は何も生まないなんて言えやしないよ。

 

 思惑を乗せて、悠々と神の鳥は飛ぶ。

 

 私はいつも通りににっこり笑って、思う存分剣を振るう。応えるようにあたたかな魔法が体中を包み込んで、たくさんの勇気と力を貰う。

 

 きっと最後のひとりになったって死力を尽くして戦えるさ。私だけじゃない、みんなそれだけ強いんだもの。この戦いに特別な想いがあって、決意があって、もう迷うことはないのだもの。

 

 でも、ひとりじゃないから、私は持てる以上の力を出せるんだ。みんなもそうでしょう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここは遥か空の彼方。落ちれば絶対に命はない。だけどその恐怖はない。レティスの加護がある限り。というわけで体が吹っ飛びそうなほど勢いをつけて飛び込む! 腕がすっぽ抜けそうなくらい思いっきり遠心力を使って剣をぶん回す! そして斬りごたえのあるラプソーンの腹を横一文字に切り裂いて、鮮血の噴き出した腹肉を踏み台にそのまま後ろに鋭くジャンプしてヒットアンドアウェイ! 

 

 いやあ、いくら元は真っ当な生き物だったことがあるとはいえ現在神様の、それも完全体っぽい姿だから物理攻撃が効くのかどうかはよく考えてみれば疑問だったけど効いているようでなにより!

 

 これまでサイコロステーキにしてきたどの魔物よりも斬りごたえが素晴らしいね、やっぱり大きいからかな。とびっきりやりがいがあるねぇ! 笑っちゃう! 楽しくって、あぁ泣けてくるほど笑っちゃう! こんなに素晴らしい相手を早く倒さなきゃいけないんて勿体ないくらいだよ!

 

「あっはははははは!」

 

 あからさまに邪魔な私を振り払うべく、巨大な腕が振り下ろされるけどひょいと避けて腕を駆けのぼり、炎を吐く口元をからくも躱して目を狙う。さすがにぜんぶ上手くいかなくて、炎は避けられても風圧に吹っ飛ばされてしまったけど、レティスは難なく私を受け止めてくれた。

 

 どうせ私はトドメをさせないらしい。ただのラプソーンとアーノルドの約束が私の中でも生きていて、互いに殺すことはできないという。でも、私は所詮は父アーノルドではなく、別人のトウカだ。ダメージは与えられる! ならもう思う存分暴れ回れってことじゃないか。

 

 しかも裏を返せば、ラプソーンは私を決して殺すことは出来ないということ。私がラプソーンを殺せるなら、私を殺せるんだけどね。それが叶わないということは実質無敵なんじゃないの? それって最高! とはいえあちらも私を攻撃できるし、怪我をしたらすぐに回復魔法が飛んでくるけど! ありがたいね! 痛いのは痛いし動きも鈍るから本当にありがたいね!

 

 大きく派手に動く私に気を取られていたラプソーンの右目をエルトの素晴らしく早い槍が貫こうとして、寸前で防がれる。防ぐのに用いられた魔法の障壁をゼシカの魔法が相殺し、今度は私の一撃が再びでっぷりとした腹を切り刻む。

 

 サイズ的に本物のサイコロステーキに出来なくてもサイコロステーキ級の切れ目を入れてあげる! いい焼き目を入れたくなるようなやつをさ!

 

 憎悪を込めた目で私を睨んでいる暇があったら迫りくるヤンガスの一撃を避けたらどうだい! 至極破滅的な兜割りを打ち込まれても本当に平気なの? 私ならすっごく痛いなぁ! 守備力まで下げられて、ますます私の攻撃が痛くなるよ!

 

 執拗に飛んでくる杖の玉を踏み台にしてやる! はたき落されそうになったところでその手自体を切り刻んでやればいい! ほらほらまた私ばっかり見ていたら、ククールのバギクロスの発動を許しちゃうよ! 今度は視界まですっかり邪魔されて、エルトが真っ当な生き物なら心臓がある場所にぐっさりと槍を突き立てるのを止められないね!

 

「手応えないよ!」

「脂肪が分厚いからだね! あはは!」

「笑わせないで!」

「あいつの杖を腹に突き立ててやったらいいんじゃないか!」

「名案だね! あっはははは! 流石にちょっと無理だけど!」

 

 槍を引き抜くことなくむしろさらに深々と突き刺したエルトは武器を手放して後ろに下がる。巨体のラプソーンからすれば小さなトゲみたいなもので自分で引き抜くのは難しそうだ。そこにエルトは早口に詠唱する。

 

 バチバチと、バンダナや兜で押さえつけられてなお、エルトの後ろ髪が帯電して逆立った。

 

「落ちろ! ギガデイン!」

 

 自分の槍を簡易避雷針にするとは考えたね! 内臓が生焼けになりかねない強烈な一撃に惚れ惚れしちゃう! 目が眩みそうだけど、それは向こうもそうだよね! 

 

 雷が消えないうちから片手で大剣を振りぬいて、バイキルトの追加を貰った瞬間にひときわ足に力を入れて跳ぶ。するとレティスが耐えかねたのかぐんと高度を下げたけどすぐに持ち直す。ごめんね!

 

 途中でククールからスクルトの延長を貰って、意気揚々とラプソーンの頭の上まで跳んで、跳んで、跳んで! あぁ! なんていい景色なんだ!

 

 少し離れたところにいる私は誰に見えるかな。同じ銀の髪を持った本物のあなたの友だった人は、きっと引導を渡したがっている。数千年の恩讐の果てに。大事な人を奪われて、それまでの友情は剥がれ落ち、より強い憎しみとなって。

 

 私は当事者のはずだけど、他人事のようにそれを知った。今も、顔も知らない母親を奪われたことに対する憎しみなんて欠けらも無い。だから、私が受けた哀しみをぶつけてやるんだ。

 

 ちっとも血も繋がらないのに、私を愛してくれた人がいた。私の本当の子どものように想ってくれた人たちがいた。私の居場所だった。敬愛する人々の大事な場所だった。それを奪われてしまったんだ。きっかけはドルマゲスの野心だっただろうけど、今も呪いが解けていないなら元凶を恨むよ。

 

 縦に切り伏せる。全身全霊で叩き込む。私の攻撃と呼応するように同じく大事な居場所を奪われた親友が、大きくなぎ払いながら加勢してくれる。背中合わせに、合図も言葉も要らない。全部わかっているんだもの!

 

 私を護る魔法が力をくれる。隣にいるエルトが勇気をくれる。一緒に戦っている仲間が私たちを後押しする。

 

 さぁ! エルト!

 

 私が暗黒神ラプソーンの腕を切り落とした瞬間、エルトが懐に飛び込んで雷光の如き一撃を叩き込んだ。研ぎ澄まされた、会心の突き。

 

 それがトドメになって、異世界の神は動きをとめた。

 

 これで終わりだ、と理解した。残った手で頭を抑える姿を見た。醜く太り、肥大し、大空も世界も支配しようとした神の終わりだった。

 

 必死の形相で、これまで私たちを静かに支援してくれていた父さんへ手を伸ばす。

 

 だけど、その手を振り払われた。最初に振り払ったのはラプソーンで、数千年越しに答えを得たんだ。二度と、その手を取られることは無いということ。

 

「さようなら、ラプ。もう眠ってしまえばいい。いつか俺もそっちに行くから」

 

 だけど憎しみもあるだろうに、アーノルドはそう言って光と爆ぜるかつての友を見送る。

 

 私たちはレティスに連れられてその場から去った。きっと後で追いついてくるだろうけど、今はひとりにするべきだったから。

 

 ちょっぴり……ちょっぴりじゃないな、戦いの興奮ですっかり痛みなんて感じている暇なんかなかったけど、結構ボロボロになっていた私たちは途中でレティスにすっかり傷を治してもらいながら大空を往く。

 

 からりと晴れ渡る空は気持ちいい。こんな体験、二度とできないんだろうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「とうとう、終わったね」

「終わったねぇ」

「終わったな」

「やったでがすなぁ」

「兄さん……やっと仇をとったわよ」

 

 思い思いに気持ちを零して。みんな五体満足で帰れることに安堵して。レティスは空を往く。雄大な景色を見ているとレティスはトロデーンへ向かっているのが分かった。

 

「流石のおっさんもここにやってくることはないようでがすなあ」

「きっとトロデーンで待ってるよ。人間の姿になって」

「姉貴、トロデのおっさんの人間の姿はどんな感じなんでがす?」

「親しみ深くて、優しいお顔をされている。ねっエルト」

「えっ、そこで僕に振るの。確かに、怖いお顔はされていないね」

「答えにあんまりなってないわよ、二人とも」

 

 だって、説明するのは難しい。もうすぐ見れるんだから説明なんていいじゃないか。

 

 トウカは、忠臣らしくかなり言葉を選んだけど。僕は何も言わないという選択肢をとることにした。

 

「姫様はかなり母君に似ていると評判だから、あんまりお二人は似てないんだ。まぁ、母君はエルトがトロデーンに来る前に亡くなっているのだけど……」

「トウカは会ったことあるの?」

「覚えてないけど、ないんじゃないかな。小さい頃はずっとお屋敷にいたから」

「あぁ……」

 

 なんて、無駄話はさておき。トウカは明るく話を続けた。

 

「みんな。今は瓦礫の山になってるかもで、もてなしは難しいかもしれないけど、今晩はモノトリアのお屋敷に泊まっていってね。なんとか屋根は確保するから。明日には私が瓦礫を片付けて、もうちょっとまともにする。ゼシカは早く家に帰って報告したいかもだけど、ここまで頑張ってきたみんなに少しでもゆっくりしてもらいたいな」

「気が早いんじゃない?」

「だって大騒ぎになってうやむやになったら嫌だもの。エルトも宿舎に行かないで泊まっていったらいい」

「トウカのお貴族様ムーブが久しぶりに見れるんだね……」

「見たいのそれ? せっせと瓦礫を片付ける泥臭いお貴族様ムーブを?」

「とても面白そうだね、僕も手伝うよ」

「エルトは兵士としてお城の方を嫌になるほど片付けることになるよ。埃まみれになるだろうから、雑巾にしてもいい服を用意しておくべきだね」

「それもそうか。あったかなあ」

 

 あぁ、なんの悔恨もなく未来の話が出来るなんて。すごくいい気分だ。

 

「おいおい、トロデーンは救国の英雄もこき使うつもりなのか?」

「エルトは兵士の中で二番目に力持ちなんだよ。使わない手はないね!」

 

 一番はトウカだね、間違いない。うん、トロデーンの兵士事情を知らないみんなも異論はないみたい。

 

「……もう着くね」

 

 いつしか会話は途切れて。

 

 ゆっくりと降下していく中、トウカは最後にポツリと言った。

 

 いつも通り背筋をピンと伸ばした背中は少しだけ、寂しそうに見えた。


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