【完結】剣士さんとドラクエⅧ   作:四ヶ谷波浪

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161話 祈

 今度こそルーラを成功させて神鳥の止まり木に着くと、すでにレティスと一緒にアーノルドさんがいた。思わずみんなでラプソーンのいる方向を見てしまったけど、不気味に浮かぶ闇の結界の球体に特に変わりはなさそう。

 

 あわや持ちこたえてくれているかと心配していたアーノルドさんはそりゃあもう普通な感じだった。服装こそ博物館にありそうなほど古い感じだけどそれは前からだし、そもそもかなり前の時代の人なんだから彼としては別に古い恰好じゃないんだろうし。それにしたって傷もなければ疲れた感じもない。

 

 これは……悠長に竜の試練をやって帰ってきても余裕そうだったけど。でもそんなの結果論だよね。流石のトウカもここから竜神族の里に取って返して試練を受けようなんて言い出さないだろうし。

 

 言わないよね? 言わせないよ?

 

 心のうちを読んだかのように、トウカがキラキラした目で僕をバッと振り返り、それから全てを悟ってしゅんとした。片眉をちょっと動かしただけでだいたい全部理解する以心伝心っぷり。

 

 こら! すかさずククールは慰めようとしない! 余裕ありそうだし頼めばいけそうだぜ、じゃないんだよ! 魔法の唱えすぎで喉を潰されるのは君なんだからな! 僕の気遣いを分かっているのか! 

 

 プレイボーイのくせに変なところで不器用な君にとってのチャンスじゃないんだよ! 

 

「やぁ、少しぶりだね」

「あの、ここにいていいんですか?」

「大丈夫だよ。どうせ互いに有効打がないからね、あいつにとっては俺がいようといまいとちょっとした遊びみたいなものらしい。こっちは必死なのにね。まぁでも……」

「?」

「俺が稼いだ少しの時間で君たちには良い変化があったらしい。いい顔をしているよ。なぁ、特別な血を引く者よ。君が暗黒神と戦うことになるのはとても運命的だ。その上かつて世界を震撼させた『進化の秘宝』の体現者がそのパーティにいるのも皮肉みたいなものだ。どこかで眠りについている地獄の帝王も驚愕だろうね」

 

 やっぱりトウカは父親似だ。母親の顔も知らないけど。どこまでこちらのことを理解しているのか謎なところとかもよく似ている。その上そっくりの笑顔でにこにこと彼は笑いながらレティスを見上げた。

 

「さぁ、神の鳥。彼らに渡すべきものがあるだろう?」

--えぇ。みなさんが七色のオーブを集めてくださっている間に私も探し物をしておりました。

 

 それはもう数日前のことになるのだけど。やっぱり盛大に寄り道してしまって申し訳ない。

 

 レティスが翼を広げると、僕たちの目の前に現れたのは杖だった。そう、あの杖だ。さんざん追いかけ回した、トロデーンの国宝の!

 

 あの杖にかかった強力な呪いについてはそりゃあもう痛いほど知っているよ!

 

「うっわ悪夢のレティス戦リバイバル? ククール、バイキルトよろしく! 呪われているんなら早く言ってよ! 父さんも呪われてるの? 今から両方やるの? うわぁ大変だ暗黒神までいるのに! ワクワクしてきちゃったな!」

 

 そうは言いつつトウカは剣を抜かなかった。あくまで柄に手を添えただけ。その意味はもちろんそういうこと。僕らはあからさまに安心したのだけど、アーノルドさんには分からなかったらしい。

 

「違う違う違う! あの杖ってもともとは呪われてないからね?

あの杖はラプを封印するために使われた杖でね! 神を封印できるくらいすごい杖ってこと! だから大丈夫なんだよ、あああ剣を抜かないで!」

「そう……呪いが伝播してこっちにも被害者が……短い間でしたけど、血の繋がった家族にあえて幸運でした。ではさよなら!」

「待って待って待って」

「やだなぁ冗談ですよ、お父さん」

「冗談? これが? 可愛い娘が言うことじゃないよ……進化の秘宝って怖いなあ……」

「鏡いります?」

 

 トラウマスイッチという点においては間違いないよね本当に。心臓が口から飛び出るかと思ったよ。トウカのは照れ隠しというか動揺隠しだよね。すさまじくびっくりしてつい身構えちゃったところまでは事実だよ。

 

--驚かせてしまったようですね。この杖はかつて七賢者たちと暗黒神を封じるために作りあげた杖なのです。暗黒神の魂の宿らぬ今、オーブと呼応し、七賢者たちの力を宿したモノとしてあなたたちの助けとなるでしょう。あの闇の結界を破るために、祈りを捧げれば彼らは力を貸してくれるはず。

「杖に祈りを……?」

--えぇ。

 

 こうして見れば、あんなに禍々しく忌々しいと思っていた杖がなんだか神聖に思えてくるから不思議なもの。邪気が文字通り抜けているから先入観なく見れているからなのかな。

 

--かつて彼らは杖に名付けました。そう……神鳥の杖、と。

 

 レティスはお話は終わりだと言うように翼を広げ、僕たちに杖の力を分け与えた。戦いのさなかに祈る、というのはなかなか不思議な体験だろうけど、やり方はわかった気がする。

 

 その難易度も何となく理解した。

 

「祈る、かぁ。最初に防御を固めてからの方がいいのかな」

「凍てつくはどうも持ち合わせていそうだが、どうするか」

「あんなに大きな手に殴られでもしたら痛いじゃ済まないわよ。守りを固めるという意見には賛成」

「あとはなんとかスキを見て祈るでがすか? 祈るなんてガキのころからしてないでがすけど……」

「ヤンガスは仲間想いだから祈れると思うよ。ね、エルト。祈るタイミングの合図は任せたよ!」

「えっ」

 

 えっ?

 

「レティス! これって四人とも祈らなきゃダメですよね?」

--そうですね。

「じゃあタイミングを揃えなきゃ。ダメそうなら父さんに注意を逸らしてもらって……それでエルトが合図を出せば完璧だよ!」

「なるほど……」

「ちなみに父さんは結界が解けるまでは手を出さずに姿を隠しているって。どうせ決定打にならないなら、戦いが熾烈になってから撹乱した方が役に立つだろう……って」

「わかった」

「うん、じゃあ任せたよ」

 

 いろいろ戦略を組めるならトウカが出せばいいと思うのだけど、こういうのはリーダーがやるべきだという考え方は僕たち兵卒だから。上官には従うべき、というね。なるほど。

 

 これは信頼だ。

 

「任された! じゃあ、みんな!」

「えぇ!」

「おう!」

 

 空を見上げる。敵はすぐそばに。肌がピリつく緊張感、禍々しい闇の気配、これまで積み上げてきた恨みやたくさんの死、それらを精算する時だ!

 

「いくよ!」

 

 真剣な顔をしたトウカが剣を抜く。僕は槍を構えた。レティスの背は微動だにしない。大空であっても、地上と同じ戦い方ができるようにサポートしてくれるらしい。

 

 そして僕らは暗黒神の懐へつっこんでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 これは防戦だ。相手を殺す戦いじゃない。ひたすらに祈って祈って、己の心を守り抜く戦い。信念を持って、歩み続けた旅の集大成。

 

 巨大な手が振り下ろされる。凄まじい勢いと質量は破壊そのもの。

 それを必死に受け止めながら、私は杖へ祈る。

 

 無力を嗤うラプソーンの杖先の玉が凄まじい勢いで迫ってきて、体を殴打していく。

 血反吐を吐きながら、手を天に掲げて祈る。

 

 短い詠唱ののち、破滅的な大爆発が私たちを襲う。兄上が唱えたマジックバリアが少し威力を弱めてくれたけど、無防備なまま受け止めた私は膝をつきそうになる。

 だけど、祈る。祈らなくては。

 

 また呪文だ。狙われた一人に火柱が襲うはず。もちろんラプソーンは私を狙ってくる。そんなに友だったアーノルドを想っていたなら、顔も知らない母に手を出さなきゃ今も友情はあったろうに!

 私は焼かれながら祈った。

 

 剣にしがみつき、歯を食いしばって、祈った。こんなに祈ったことなんて人生でないよねえ! ククールさえもそうじゃないかな! どうかな! 彼はこの世界で一番すごい聖堂騎士だから、これが一番じゃないかもだけど!

 

 あぁ賢者よ! 偉大なる七賢者よ!

 

 今こそ! あの闇の結界を!

 

 満身創痍になりながら祈った私たちの前で、オーブが煌めく。

 

--あぁ、愛しい子孫たち。よく頑張ったね。

 

 どこか幼いような、不思議な声が響く。諭すような、励ますような、とても柔らかい、安心できる、そんな声。

 

--祈りは届いた。時は満ちた。今こそ、今度こそ、暗黒神を滅ぼす時だ。

 

 声と同時にきらり、きらりとオーブがかつての賢者たちの姿を順番に映し出す。

 

 マスター・コゾ。マスター・ライラスの先祖。彼に使えぬ呪文はこの世に数える程しか存在しない賢者だったという。

 

 シャマル。魔法剣士にして彫刻家。ゼシカの遠い遠いご先祖さま。

 

 ギャリング。無敵の男。幸運の申し子。豪傑の名を欲しいままにしたらしい。

 

 クーパス。大呪術師とも。チェルスのご先祖さま。種族を超えた友情を育んだ人。

 

 カッティード。メディさんのご先祖さまだ。大学者と名前が残されている。石碑を刻み、知識を残した偉大な人。

 

 レグニスト。法王様のご先祖さま。天界を見てきた男。レティスに名を与えたという。

 

 エジェウス。オディロ院長のご先祖さま。奇跡の預言者とも。「影」は随分と幼く見える。かつてこんな幼少期に暗黒神と戦ったのかな。

 

 神鳥の杖から解き放たれた七賢者たちの魂がオーブと呼応し、光る「影」がラプソーンの結界の周りをくるくると回っている。そして。

 

 あんなに強固だった結界は、彼らの魔法で砕け散った。

 

--愛しい僕らの子孫たち。僕たちができるのはここまで。この素晴らしい世界を、どうか守り通して欲しい。これからも僕らは遠くできっと見守っているよ。

 

 ぽんと背中を押されるようだ、と私は思った。ボロボロになっていたからだが癒えていく。みんなも。七賢者たちの力でみるみるうちに闘志と力が湧いてくる!

 

--さようなら、愛しい僕らの子孫たち! さらばだ、神鳥レティス!

 

 その声は最後の戦いの始まりを告げていた。賢者たちの「影」が飛び去ったと同時に、激昂したラプソーンが私たちを食い殺さんばかりの形相で睨みつけたんだもの!

 

 さっそく剣を構えてまっすぐ飛び込もうとした瞬間、ぐんと力が増すのがわかった。ククールのバイキルトだね! もうなんだか、誰が使おうとバイキルトはバイキルトなんだけど、ククールの魔法だけはなんだかわかるようになっちゃったね!

 

 さぁ、さぁさぁさぁ剣をとれ! 武器を構えて雄叫びを上げろ! この大空で戦う時だ!


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