【完結】剣士さんとドラクエⅧ   作:四ヶ谷波浪

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160話 静謐

 動きやすい薄手のインナーの上に、監獄島を経て手に入れた間に合わせではなくちゃんと新調させたミスリル銀の鎖帷子を着込む。小手やら肘を護る防具やらを付けてそこに仕込み武器を納め、さらにその上からモノトリアの正装である、黒い服を着る。

 

 式典の陛下の前でも恥ずかしくないとびっきりの正装のくせに頑丈で、動きやすい。こんな()()()()にぴったり。願ったり叶ったりの上、色合い的に死装束から晴れ着にまで使えるなんて便利だね。冠婚葬祭なんでもござれだ。

 

 おおむね真っ黒なのだけど、差し色は白だ。いろいろと謎が分かってからはモノトリア家が好む……というか執着している色合いは闇の世界を表しているという意味なのはすぐに理解できたけど、白じゃなくて黒基調なのは礼服というより喪服のよう。

 

 どういう意味で策定されたのか、今となっては分からないけれど、自分たちの世界を捨てて光の世界にやってきた遠い遠い兄上の先祖は、自分たちで決めたこととはいえ寂しかったのかもしれない。

 

 まぁ、はじまりのモノトリアなんて古代人まで遡らなきゃわからないから想像だけどね。

 

 ……ということは私の母は闇の世界の古代人ってことになるね? 血筋の属性、盛りすぎじゃない? エルトなら分かってくれるよね? 

 

 父親が竜殺しの王家の本物の実力者でさらに長男だったから本来の王位継承者、母親が竜神の一族のさらに長老の娘とかいういいところの娘+竜の異世界の人外という相反する属性のハイブリッドイケメン……うん、盛りすぎ!

 

 七賢者シャマルの末裔のゼシカもたいがいだし、ヤンガスのこれまでの経歴も聞いてる分にはたいがい普通じゃないし、ククールも家庭事情が複雑極めてるしあの能力(グランドクロス)を見るに実は七賢者レグニストの傍流疑惑があるし、このパーティ、実は一般人がいないらしい。気が合うね!

 

「モノトリアの正装ってなんだか喪服みたいだと思わない? 兄上」

『年頃の血の繋がらない妹が着替えているのに目を開けようとは思わないんだけど。そうかもしれないね、いろいろ黒いし……』

「兄上は律義だなあ」

『紳士としては当然かと思うけど……』

 

 沢山着込むから、早い段階で肌が見えているところなんて顔と手先だけなんだから気にしなくてもいいのにね。

 

 さぁ、剣を取ろう。しっかりと両腰に一本ずつ、使い慣れた双剣を差し、背中にも大剣を一本背負う。いつものスタイルこそ至高! 準備はバッチリ。

 

「行ってくるね、兄上」

『うん、行ってらっしゃい。俺も着いていくけどね』

「そうだった!」

 

 もちろん世界地図はしっかりと仕舞ってある。何があっても傷つかないように、燃えないように! そうだ、呪いが解けたら父上と母上は兄上に会えるんだ。

 

 もう、やりたいことが沢山ありすぎて困るね!

 

『もちろん、トウカたちの邪魔はしないよ。隙を見てメラゾーマでもイオナズンでもぶちこんであげる』

「いいね! じゃんじゃん魔力使ってよ! 多分とっさに魔法使えないし!」

『任せてね。でも初手のバイキルトくらいは使ってもいいんじゃない?』

「そうだね兄上! あ、マホカンタはやめてね、回復魔法も弾いちゃうから」

『確か使い捨てのマホカンタみたいな呪文でマホターンってのがあってだね。まぁ一世一代の大勝負で初めて使うものを試すもんじゃないか。ミハエルは攻撃魔法ばっかり使ってたからあんまり補助呪文はねぇ……バリエーションがないね』

「そうなんだ」

 

 半透明の兄上は、すり抜ける手で私の頬を覆った。目の前にいる、世にも美しい本物の最後の完成系(モノトリア)は、私の両目としっかり目を合わせた。

 

『生き残ってね。なんとしてでも。じゃないと昇天できないよ』

「うん。大丈夫だよ」

『まぁしばらくはね、未練しかないからいるけどね』

「嬉しいなあ」

 

 微笑んで。私は答えた。

 

『俺の、天下無敵の妹なんだから、勝ってよね。トウカ』

 

 兄上も笑った。人形のようなかんばせが微笑むと本当にさまになる。父上にも母上にもよく似た姿。

 

 やっぱりこの旅があってよかった。みんなにも出会えたし、兄上に会えるなんて奇跡なんてこの旅がなければ成し遂げられなかったに違いないんだから。

 

 彼はそれっきり沈黙して、姿を消した。

 

 私のあるべき姿だと思っていた人。私が代わりになるべきだと信じ込んでいた相手。生まれる前の死者という、決して運命の交わることのない、絶対に手の届くことのない果ての人物。

 

 一生会うどころか話すこともできないはずだった兄上が私の背中を押している! 励まして、応援している! これで勝てないわけがない! そもそもたいてい勝ってきたんだ、これからも同じように叩き斬るだけなんだから!

 

 もともとやる気は十分だったけど、そう思うとますます力が湧いてくる気がする! 単純な腕力だけでも自己ベスト記録を出せる気がするね! さぁてやっちゃおう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、着替えてきたの?」

「うん。一世一代の大舞台だからね!」

「似合っているわよ。思えば、一番あれこれ着替えていたのはトウカだったわね。お洒落なところあったんじゃない」

「そうかな? 華のある衣装を着てたことはないよ。ゼシカは今日も可愛くて綺麗だもの」

「相変わらずお上手なこと。そのくせ下心が全くないわけだから、トロデーンではさぞかしモテたんでしょう?」

「明言はしてなかったとはいえ、性別を詐称するのにその方が都合が良かったからね。まぁそこそこ女の子から品定めの目線で見られていた気はするけど……所詮は男装だからね、女の身長だし、顔半分見えないんだからイケメンでもないよ。だからメイド人気は圧倒的にエルトだったよ!」

「私が言っているのは外見どうこうということじゃないわ」

 

 トロデーンにいた頃の私は別人っていいくらいなんだけどね。エルトの前でのびのびしていた私がのびのびしすぎた結果が今の私という感じだし……。

 

 あの頃の私を見たらびっくりするかな。あの頃の私がびっくりするかもだけど。

 

 ラプソーンを倒したらあの頃の私に戻るのかな。戻れないけど!

 

「ゼシカだって男前だよ」

「あらそう?」

 

 武者震いはない。ただ、ひたひたと「その時」が近づいてくる足音を聞いていた気がする。だからそれに気づかないふりをしてゼシカと連れ立って歩く。他のみんなはもう宿のロビーにいるのかな。

 

「いろいろ約束をしているんでしょう?」

「いっぱいしたよ。ゼシカも?」

「えぇ。母さんからも、ポルクもマルクも、いつからあんなに約束好きになったのかしらね」

 

 拍子抜けしたことにロビーにはまだ誰もいなかった。エルトってば、今日に限ってまさか寝坊なんてしてないよね?

 

 適当な椅子に腰かけて、ゼシカに向き合う。

 

「約束増やすかい?」

「いいわね。互いに互いの場所に遊びに行くっていうのはどう?」

「いいね! 盛大にもてなすよ!」

「……そういえばトウカって……モノトリアの……ちょっと早まったかもしれないわ」

「?」

「いいえ。いい機会だと思って喜んでお邪魔させてもらうわよ」

「うん!」

 

 エルト以外に友達いなかったし! 同性の友達を連れて行ったら父上も母上もびっくりするだろうな! 彼女は友達よりも苦楽を共にした仲間です! って紹介しよう!

 

「楽しみだねっ」

 

 面白いものなのかわからないけど、魔法について書かれた本ならいっぱいあったなあ。今の私なら読み解いた上に実践できるんじゃない? あぁ楽しみ!

 

 ゼシカと笑いあっていたら爽やかにククールがやってきた。さて、ヤンガスはもう来るだろうけどエルトは寝てるな。起こしに行くか!


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