【完結】剣士さんとドラクエⅧ   作:四ヶ谷波浪

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最終決戦編
159話 約束


 暗黒神との決戦前日。

 

 暗黒神の降臨によって世界の魔物の生息図がガラッと変わったあの異変を経て、世界中ピリピリしてやがる。どっかの戦闘大好きレディやなんだかんだで戦い大好きなパーティメンバーたちの明るさもあって俺たちは平常運転だが……。

 

 だから、相変わらず普通の町や村では入場お断りであろうトロデ王と父親想いの馬姫さまを考慮して三角谷に泊まることになった。

 

 つまり、最後のつかの間の休息を楽しめってことだな。全員生きて帰る気満々だが、万が一ということがあるかもしれない……と言外に突きつけられているようだ。

 

 とはいえ別に三角谷にとどまっている必要はない。ゼシカは今頃キメラの翼で故郷の母親のところに行っているだろうし、ヤンガスもパルミド経由でゲルダ嬢のところに顔を見せにいくとソワソワしながら言っていたからな。

 

 ところであの二人もどこからどう見ても両想いだろうに進展しないのか? 実は今回で甘酸っぱい展開があるとか……あればからかってやるんだが。

 

 だがトロデーン組は帰るところがないも同然だから谷に留まっている。俺もマイエラ修道院なんかに帰りたかないね。……オディロ院長の墓参りに行きたくないわけじゃねえけど、どうせ修道院のやつらは揃いも揃っていけ好かないもんだ。一部の人のいい修道士たちは相変わらず聖堂騎士の横暴に迷惑しているだろうが、今更どうにかしてやるほど義理もない。

 

 同情半分とはいえ優しくしてくれたドニの村の人々のことが一瞬脳裏をよぎったが、なぁに、そのうち顔を見せりゃ十分だろ。

 

 それよか兄貴がどうしているのかは気になるが。まあ死んじゃいねえだろ。それだけは信じている。生きてりゃ嫌でも顔を突き合わせることになるのはわかり切っているしな。愛おしくも鬱陶しいお兄さまとの腐れ縁ってやつだ。

 

 嫌になるね、俺たち兄弟はそういう不幸の星のもとに生まれていたんだから。顔を見るだけで一触即発(いっしょくそくはつ)とは仲が良すぎて困ったもんだ。はん……俺たちはゼシカに負けず劣らずなブラコンの疑惑さえある。なんて言えば兄貴には間違いなくテンションが100から0に下がるほどの冷たい視線で見られるだろうがな。

 

 さて。さっきエルトは馬姫さまと静かに寄り添っていて、楽しくおしゃべりしていた。それを察知したトロデ王が二人の逢瀬を邪魔しないように酒場のカウンターに走って行ったのを見たし、ならトウカは一人でいるはずだが。

 

 魔物の神父の教会、酒場、中庭……いない。慌てるな、まだ昼飯にもならない午前中だ、時間はそれなりにある。ゆっくりと時間をかけて彼女を探す。

 

 いた。

 

 山盛りの、白い菓子のようなものを器に入れて抱え、誰かを探して歩いていた。きょろきょろしていたから声をかけようと手をあげてみせるとすぐに気づいて駆け寄ってきた。……ちょっとグッときた。まるでその、待ち合わせていた恋人の会合のような……有り体に言ってデー……。

 

 いやいや、いやいや! 惚れた腫れたに関しては海千山千のククールさまが! 本命相手にはいつまでもダメダメグダグダとは笑わせる! そろそろビシッと決めるべきだろ、なぁ!

 

 あぁもう、トウカは今日も笑顔だ。陽だまりのような笑顔だ。俺を探していたのか? なんてな。さすがにそれは自惚れすぎだろ……。

 

「ククール!」

 

 腰に片方だけ剣を帯びて、いつも着ている黒い頑丈そうな服ではなくもっとラフな格好をして、トウカにしては随分と戦いの匂いのしない様相だ。

 

 今や両目も見えているし、お貴族さまらしいすまし顔なんてほとんど見せないトウカを正しく「彼女」と認識するやつは多いだろうが、まさか「剣士トウカ」だとは誰も思わないだろ。

 

「ねぇ今日暇? 最後の晩餐の予定はある?」

「暇だ。実は暇すぎて困っていたところだ」

 

 好機だろこれ! 身長差のせいで発揮される上目遣い、周囲に人影もなく、トウカはもう俺を夕食に誘う気満々。ならもうこれは体当たりするしかない!

 

 だが先に誘わせるものか! 誘うのはこっちだ!

 

「そうなの? じゃあ……」

「ちょっと待ってくれ、そこから先は俺に言わせてくれないか? 誰よりも勇ましいレディ」

「? あ、いいよ!」

 

 男装の期間の恩恵で合点が早い。散々男装の麗人として初心なレディたちの初恋を奪ってきたに違いない。もう何を言われるかわかっている相手に言うのもなんだが、仕方ない。

 

「俺と今日、ディナーを一緒にしてくださりませんか、レディ」

「えぇ、お受けします。……そうだ、お昼はどうするの? 予定ないなら、一緒に……どうしたの空仰いで」

「結局トウカから自然に誘われたと思うと嬉しいやら情けないやらで……」

「なぁに言ってるの。対等な感じがしていいじゃないか。でも、君のそういう真面目なところも、カッコつけなところも好ましく思ってるよ」

 

 俺の口に抱えていた白いものを不意打ちで突っ込んできたトウカは微笑んでいた。優しいがしっかりした甘さが口の中に広がるが、結構かさがあるせいで、これだと口封じも同然じゃねえか? トウカももっもっと小動物さながらに頬張った。……これ、マシュマロか。

 

 純白で高価な菓子をどこから持ってきたのか甚だ謎だが、そういえばトウカならば砂糖菓子くらいいくらでも自由にできる人間だった。普段はそんな姿を全く見せないが、今日は特別だからか。

 

 トウカはいつだって笑っている。大抵顔を見れば微笑んでいて、誰かと話す時は眩しい笑顔、楽しいことをしている時はもっとだ。夏の太陽のようで、大輪の花のようで、こっちが灼かれそうなほど眩しいくせに惹かれる。

 

 目まぐるしく駆け回り、ころころと表情を変え、狂ったように見えるが確かな一本の信念を持っている。

 

「なぁ、明後日、忙しいと思わないか」

「まだ戦ってるかもだね! 戦い終わってても人生で一番忙しいかもね、ククール」

「あぁ分かってる。だが予約させてくれないか」

「予約?」

「もちろん、戦闘が長引いていたとしたら戦いのさなかでも、なんて馬鹿なことは言わない。そうでなければ明後日、少しだけ時間をくれないか」

「いいよ。……この先、楽しみがいっぱいだね」

 

 不意にトウカの髪の毛先が煌めいた。いつもいつも戦闘態勢の時ばかり「変色」しているものだから、こうしてまじまじと色が変わっていく様子を見るのは初めてだった。毛先から光を帯びて髪の色が変わっていく。瞳は瞬きのうちにエメラルドグリーンに染まる。色白の肌はそのままに、唇の色が少し薄くなったのを見て、実は髪と目以外もまるっきり色が変わっていることを知った。

 

 あっという間に透き通る銀の髪に緑の瞳の姿に変わったトウカは、少年の髪型でも通じなくはない短めの髪をかきあげた。

 

 茶色の髪に茶色の目の姿は「偽装」なのかもしれない。ふとそう思った。あの親馬鹿の親父さんが気を効かせて光の世界に馴染む配色になるよう魔法をかけたんじゃないか、と。恐らくは、トウカの本当の姿はこちらだ。戦闘をトリガーにしない変化を見届けたのは自分だけだと気づけばなんとなく得した気分になった。

 

 なんつーか、もとよりトウカは思っていることを隠すようなタイプじゃないが、より本音を聞いている気になる。

 

 じゃあ銀髪に紫の目バージョンはなんだっていうんだ? ……実に謎の多いレディだ。本人も把握していないだろうに俺にわかるかよ……。

 

「この旅の始まりは最悪だったよ。あの日エルトと私は夜勤でね、一緒の場所で見張り番をしてたんだ。それでも襲撃の時はドルマゲスと鉢合わせたりしないで、呑気にしてたんだけど呪いの瞬間、いきなりの衝撃で二人して気絶してね。起きたら全部、奪われてた。歴史ある美しい城も優しい養い親も、君主の尊厳も。

 始まりは最悪でも、旅で色んなものを得たよ。得がたいものばかりだったね。つかの間の自由は楽しかったし、戦いも全部最高だったさ。

 君にマイエラで会えたことも、こうして今話し合えることも、未来を一緒に考えられることも……旅で得た最高のことだよ。本当に多くの犠牲を見届けたのに、不謹慎な私はそう思っちゃった。

 ……あ! あんまり今日深刻になっちゃったらなんだか縁起でもないからやめとくよ! 明日は最高の戦いにするんだからね。あのデカい腹にどかーんと穴開けて盛大に空気抜いてやるから、一番いいところで見といてね! 風圧で吹っ飛ばされないように踏ん張ってててね!」

「なぁ、いろいろとツッコミたいことが多いんだが、とりあえず」

「うん!」

「あぁ」

「何さ?」

「良ければもう一個マシュマロくれないか?」

「いいよ! はい、口開けてー……」

 

 甘ったるいのを甘ったるいので上書きする。素直な甘さは俺が長年馬鹿にしてきたもの。

 

 だけども、間違いなく幸せというものはこれだろう。素直に噛みしめる。なんて甘い。だが胸やけはしない。

 

「ククールもマシュマロ好き? 幸せの味だよね……」

「今好きになったと思うぜ」

「本当? 話合わせてるだけじゃ、……なさそう。ククールって結構素直に顔に出る人だねえ。じゃあ、お昼食べに行こう?」

 

 とっくにポーカーフェイスは捨ててきた。トウカに何か勘違いされるくらいなら犬にでも食わせるべきだろ、なぁ? 胸のうちのククール会議で俺たちがうんうんと頷いている。なるほどな。兄貴にいつか再会する日が来たら殴られるまでは自慢してやって幸せになり方ってやつを見せつけてやるのが弟からの「八つ当たり」であり……俺の顔を見るのも嫌な兄への「回答」なのかもしれない。

 

 というか今二回も「あーん」してもらわなかったか!?

 

「……そうだ、さっき誰探して歩いていたんだ?」

「ククールだけど」

「!」

「口開いてる! はいマシュマロ!」

 

 狼狽えているうちにめでたく回数が更新されていく。トウカはからからと、なにが面白いのか顔が赤くなるまで笑い転げては俺の口にマシュマロを突っ込んでいった。


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