【完結】剣士さんとドラクエⅧ   作:四ヶ谷波浪(ryure)

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154話 窮鼠

 目の前で親友がにっこり笑っている。無邪気な子どもみたいに、あるいは……首輪の外れた猛犬が歯をむき出しにして威嚇するように。

 

 表情だけなら……わー、トウカが笑ってる〜。ってくらいなんだけど、事情を知ってたらただただ怖い。ククールは心臓に毛が生えているから普通に一緒に薄く微笑んでいる。いや違うな……ククールもトウカと一緒にいたんだから同じこと考えてるのか。過激度合いの大小はあるだろうけど。

 

 止めてくれとは言わないけど便乗されるのは収拾がつかなくなるからやめて欲しい。

 

「それで、エルトはどうしたいの?」

「僕は……そうだな、竜神王を止めようと思うよ」

「そっか。じゃあ私も殴るの手伝うよ!」

「待って待って。まだ殴るって決めたわけじゃないよトウカ。たとえ限りなく無理だと分かっているとしても話し合いに行くつもりでね」

「エルトは優しいなあ! じゃあ盤石にするためにもドラゴンスレイヤー貸してあげるね。竜神族っていうからにはドラゴンでしょ多分」

「話を聞こうか」

「聞いてるよ。だって竜神族ってさ、グルーノさんとグルーノさんの家のドラゴンさんたち以外だいたい人間のこと喋る下等動物だと思ってるみたいだよ? ならこっちも楽しい楽しいでっかいトカゲ退治ぐらいの気持ちで何が悪いの? 私は強そうなのと戦えて幸せ、あっちは問題ごとが解決して幸せ。いいじゃないか」

「あぁ……うーん……」

「勘違いしないで! エルトはそれでいいんだよ。私の考えってこと。それはそれとしてエルトにドラゴンスレイヤーを貸してあげるね。今回は私もドラゴンスレイヤー二刀流にしようかな」

「一・六倍の暴力……というか僕はいつも通り槍を使うから要らないよ」

「そう? 欲しくなったら言ってね」

「うん……」

 

 ズレてはいるけど気遣いはできるし、八つ当たり気味とはいえこっちにまで不機嫌をぶつけては来ない親友への信頼はあるけど……僕も僕で、「それはそれとして」トウカを爆発しそうな状態にしてくれたことには竜神族に文句があるなあ。

 

 とはいえ、もしトウカが大暴れしても止めないことにする。そこまでのお人好しではないから。ククールが不機嫌そうに溜息をつき、僕の内心を悟ったらしい。でも止めない。ゼシカもヤンガスも止めない。そりゃあ誰だって見下されて気分がいいものじゃないから。

 

 でも、そこまでここを悪い場所だとは思えなかった。

 

 異界の乾いた空気、高い空、澄んだ空気と……胸のどこかが不思議に高鳴る不思議な感覚。見慣れない場所、知らない種族の里なのになんだろう。来たことある、……わけないのにね。なんでだろう。不思議と落ち着くような、逆にそわそわするような……。

 

「今日は泊まっていかれよ、旅の方。うまいチーズ料理でもてなさせてはくれぬか」

「グルーノさん、そんな、悪いですよ」

「ここは見ての通り奥地。旅人などいつぶりかもはっきりしていないような里に宿屋はないのでな、厄介事を担ぎこんできたのだからせめてそれくらいはさせてくれんかの」

 

 物騒な会話を聞いていたはずなのに物ともせず親切を申し出てくれるグルーノさん。優しいけれど、物騒さをスルーするところからは若干人外さを感じる……。

 

「じゃあ今晩、甘えさせていただきます」

 

 でもありがたかったから。外の魔物はこれまで見たことないくらいには強かったし、そんな奴らがうじゃうじゃしている近くで野宿なんてしたくなかった。グルーノさんは満足気ににっこりと笑って僕らを案内してくれた。

 

 なんだろう、同じ竜神族のはずなのに振れ幅が大きすぎるような。

 

 ドラゴンスレイヤーらしき赤い剣を二本腰に挿したトウカが竜神族のみなさんにドン引きされているのを視界の端に捉えながら、ヤンガスと「チーズ料理」について楽しみに語り合うことで僕は現実逃避した。

 

 あ、そうだ、チーズ料理ならトーポにも……あれ? ポケットにいない!

 

 顔が真っ青になったのがわかる。訳を聞いたみんなは優しくて、手分けして探してくれたけど……小さなネズミは、日が落ちるまでは見つからなかった。

 

 

 

 

 

 手のひらの上に小さな温もり。慣れ親しんだ僕の家族。グルーノさんちのキッチンの隅っこで丸まっていたらしい。ネズミだから気まぐれで、ネズミだから僕の気持ちを知りもしないで、でもそんなネズミなのに僕の手のひらの上にいてくれる。

 

 小さな背中を撫でながら、ポケットは窮屈なのかもしれないと考える。最初っから人懐っこかったけど、もともと野生なのかもしれなかった。とはいえ十年来の付き合いだし、今更だ。

 

 ネズミが十年生きるかどうかはともかく。火を噴くくらいなんだから魔物の血を引いているのかもしれないし、別れを考えるよりは目を逸らしたい。

 

「あっエルト、トーポ帰ってきたって?」

「みんなありがとう。帰ってきたよ。夕食が終わってからだったから食べさせてあげられなくて残念だったけど……戻ってきてよかったよ……」

「チーズが名産? らしいし、匂いにつられてたのかもね」

「そうかも……グルーノさんちのキッチンの隅っこにいたって使用人の方がね、連れてきてくれたんだ」

「キッチン! 危なかったね、知らせてなかったら退治されてたかも……」

「ほんとだよ」

 

 手のひらの上でまるまっているトーポに空腹の様子はなかったから本当にそうかも。こら、と額をつつくけど素知らぬ顔をされる。そりゃそうか。

 

「明日、一応出発前にもいなくなってたりしたらグルーノさんには伝えておいた方がいいかもね。ポケットなら出ていき放題でしょ。別の家の人が見つけてうっかり退治されちゃ困るし」

「うん。ありがとうみんな、遅くまで……」

「気にしなくていいけどよ、ちゃんと飯やっとけよ」

「うん……」

 

 いや全くその通り。朝から戦い続けてたどり着いたから、小さなトーポはとっくに空腹だったに違いない。里の入口でもポケットから出てたもの、限界だったんだろうな。

 

 反省しなきゃ……。

 

 それはそれとして。先に釘を刺しとかなきゃいけない。

 

「それで明日なんだけど」

 

 トウカがまた暴走しないように。

 

「うん?」

「ククールを抱えて二人でどこまでも先行していくのはなしだからね」

「……分かってるよ!」

「ほんとか?」

「ほんとほんと。今ホントになったから!」

 

 トウカは半笑いのまま目を合わせなかった。あの構え、ククールは抵抗するだろうけど抵抗になってないし。本人に釘を刺しとかないと意味ないよね。

 

 刺しておいても……なんとも不安なんだけどね。


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