【完結】剣士さんとドラクエⅧ   作:四ヶ谷波浪(ryure)

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134話 勝負

 結果として僕がけしかけちゃった感じの腕相撲が目の前で奇妙にも勃発した。

 

 心なしか、というか確実に激怒といった様子のトウカがこれ見よがしにぱきりと指を鳴らして見せる。……当然、全くもって僕は彼女の矛先になっていないんだけどさ、隣で見ているだけだというのに身がすくむような思いがするんだけど!

 

 殺気なんてないのになんでこんなに怖いのか。まあ、それは、彼女の矜恃が傷ついたからに違いない。顔をのぞき込むなんて真似はできないけど瞳孔がかっぴらいていることは間違いなさそうだ。なのに楽しそうだ。変だよ、すごく。なんだろう、矛盾しているような。

 

 ……もう少し城にいた頃の落ち着きと、そろそろ自覚すべき年齢相応の穏やかさを併せ持って欲しい、なんて思ったらダメなのかな。旅の途中でどんどん親友が別人のようになっていくのもわりとついて行くのが大変なんだけど。変わったって言ってもその根底は変わってないみたいだけどさ。こう、むきになるところとか、普段の気安さから忘れそうになるけれど、プライドが高いところとか……。

 

 いや、まぁ、僕って信じられないほど良くしてもらってるから忘れそうになるけど、経緯が何であろうと、普段仲良くしてもらってても、相手は王族以外にはどんな無茶ぶりをしたって押し通せる権力の持ち主なんだよね。

 

 庶民じみた感覚を持ってるけど。本来なら気に入らない相手をこう……本人直々に腕をもいでも罪を問えないっていうか、ていうか、権力云々以前にそんな相手を怒らせたくないっていうか。だって罪を問う前に……腕をもがれるじゃないか……。

 

 と、互いに準備が整ったのか互いの手がガッと勢いよく握られて、トウカが肘をつく地面にヒビが入る。……今までも、十歳以降は絶対に、絶対にお断り申し上げていたけど、これからも絶対にトウカの腕相撲なんて受けないことに決めたよ。たとえ怒らせなくても……腕がもげるに違いないし。

 

「ふんっ」

「えっ痛い痛い痛い痛い痛い!」

 

 ククール、トウカが「うっかり」やりすぎた時のために待機してくれない? 僕はあの痛がってるアーノルドの方にベホマの準備するから。腕がもげても生えてくるとはいえ、あの痛がり方は至って普通だし。

 

 なんの「うっかり」かって? ……夢中になりすぎて地面を破壊して、うっかり受け身を取り損ねるとか、かな。あんまりなさそうだけど。

 

「なかなかに手ごたえがある人だ……ここまで耐えてくれるなんて、多分エルトだってそうはいかないのに……ふんっ」

「こんなの絶対折れるって! 嘘でしょう、頑強な私の腕だよ? いくらでも生えてくるけど待って待って! もげる、もげるって!」

「いくらでも生えてくるならいっそもげてしまえ! それに本気を感じない! この力が授かりものじゃないってことを理解してくれるまではやめない! もぐ!」

「ミシミシしてるのわからない?!?!」

「ミシミシしていようが腕相撲に負けていないならもぐ! わざと負けたら引っこ抜く! ねえそれぐらいしてくれるよね、お父さん!」

 

 逃げ道すら用意してくれない……か。哀れだ。アーノルドが本気を出しているのか、出していないのかなんて僕にはわからないけれど、それはトウカにはお見通しだろうね。トウカからしたら自分の行動の原点たる因縁なわけだし納得までかかるだろうなあ、時間。

 

 でも腕が生えてくるったって、さすがのトウカも本当に腕をもいだり引っこ抜いたりすることはないと思うよ。理由のない過度の暴力は無自覚でもない限りしないはず……うん、なんだか自信がなくなってきた。うっかり、本当にうっかり折るぐらいはありそうだから。

 

「まったく、仕方ないなあ、もう! こんな妙なところで頑固なところはあの子によく似ているね!ほらこれで満足?」

「おっと……やっと『少しは』やる気を見せてくれるの? お父さん!」

「……いやいやいや、これできちんとした手順を踏んで覚醒してないって嘘でしょう?!」

 

 力を出したらしいけれどさっきから状況は変わっていない。拮抗というよりは若干トウカが競り勝っているところを必死にアーノルドが押しとどめているという構図だ。傍観気味のゼシカが、ヤンガスと一緒に地面がたてはじめた嫌な音に気づいてそっと後ろに下がる。

 

 あまりに賢明な判断に僕も安全な場所に下がりたくなってきたけどそうしたら誰が二人の救護をするっていうんだ……。ククールでさえ勝負の行方よりもひきつった顔をして下がりたそうな顔をしているんだよ?

 

「よーし、次は六割のパワーでいってみよう!」

「……」

「……?」

「不思議そうな顔だね? 腕がこんなに音を立てているのに折れる気配もなければ押し負ける様子もないことに」

「不思議っていうよりも、どちらかといえばこんなに全力を出せる機会なんてそうそうないから……ワクワクしてきたってだけ、だけど。こんなに気安く『遊んで』くれるなんて父上みたいだってね?」

 

 見るからにトウカと過ごしたかった実の父親をあおるのはやめてよ……。

 

「……あぁ、そう考えてみれば『遊んでる』のかもしれない。これ、トウカなりに『甘えて』るんだ?」

「はァ?」

「うわっ」

 

 思わず出た、とばかりの聞いたこともないようなドスのきいた低い声。みしっと嫌な音が大きく響き、アーノルドの頬を汗が伝ってぽとりと落ちる。明らかに冷や汗だ、あれは。

 

 にしたってあれは……なんで怒ったんだろう。トウカの父君はルイシェルド・モノトリア様だけなんだっていう意味なのかな。あんなにお父さんと連呼しているのに?

 

 僕には親がいないからその辺りはよく……わからない。二人の仲はとてもよくて、よく一緒に魔物を退けるために共闘したとか、目をかけてもらったとか、そう、人伝に聞いたものだから。

 

 人伝だったのはトウカがトウカなりにみなしごの僕を気遣ったってことだろうし。聞かせようと思ってたわけじゃないってわかったのは、普段はそんな様子、匂わせもしなかったからだし。

 

「十八の息子……じゃなかった、娘に向かって甘えているかどうかを指摘するなんて趣味が悪いなあ。ボク……甘えることなんて相当気を抜いてる上にとてつもなく親しい人ぐらいなんだと思ってるんだけど。甘えるなんて女々しいこと似合っちゃいけないんだよ。そういう環境だったから。……例外がそこにいるけど」

 

 ……今はこっち見ないで、お願い。トウカにそっくりながら精神構造がまるで分らない人物なんて勝手がわからない分、割増しで怖いんだけど!

 

「……」

「ああだめだ、だめだ、彼女がいないとボクはちょっとばかり不安定なんだ。自己のことなんて誰がしっかり分かってるっていうんだ、誰が。うん、それならわたしは『甘えていた』かもしれない。不本意ながら。甘えてなかったかもしれないけど」

 

 なんとなく、この上なくいつも頼もしい背中がただの小さな女の子のように見えてきた。実際トウカは女の子なわけだけど、「ただの」とは言い難い。……よね? ククールには、非戦闘時はただの女の子なのかな。そうだったらいいんだけど。

 

 城のメイドたちと一緒で、なんだか発言や雰囲気がふわふわしていて、なんだか理解できないことを言っていて、でもって同じ人間なものだから普通に話もできるんだけど……そうだ、簡単に言うなら「女の子ってよくわからないな」みたいな、あんな感じの。酷い言い方をするならどことなく支離滅裂な感じだ。もっと適切な言葉がある気がするけど。

 

「……情緒が不安定だね? 思春期ってやつかな?」

 

 ああ、それだ! 情緒不安定!

 

「不安定だとも。そんなことより私としての意図としては今までの努力そのものを否定されたことによるむかつき、怒りなんだ。なにがなんでも負かさないと気が済まない。それだけなんだよ、甘える意図はない」

 

 だからさ、負けてよ、お父さん。

 

 なんて、わがままを言う子供みたいに、みたいというかそのものの様子で言い放って、それで、トウカは……。


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