――――六日目
深見町商店街近くの公園、魔王はタイ焼きの入った袋を膝の上に置きながらベンチに座っていた。
(タイ焼きが冷めてしまうな。クッキーかなにかにすれば良かったかな?)
等とどうでもいい事を考えていたら待ち人がジト目で近づいて来た。
「・・・・なんでアナタがここに居るのよ?」
イリヤの態度は不本意そのものだが、それでも声を掛けずにはいられない心境は正に魔王が思い描いた通りのものだ。
(
おかげで、わざわざ聖杯の器の方から現状を知らせに来てくれるし、
魔王はタイ焼きを取り出しイリヤに差し出す。
「冷めてしまっているが食べるか?」
イリヤはジト目のまま受け取って頬張り、無言のまま魔王に聞きたいことを催促した。
「昨夜、衛宮士郎と会合し全て話した。上手くいけば明日にでも私と一緒に君を訪ねに行くだろう」
イリヤはタイ焼きを飲み込み、少し緊張した面持ちで呟いた。
「そう。明日、お兄ちゃんが・・・・・」
「言っておくが私が出来るのはお膳立てまで、彼がどんな決断をするかまでは責任持てんぞ。都合が悪かったり心の準備が欲しいというなら、もう一日くらいは――――」
「時間の無駄だから、そんなのはいいわ。それより明日来るって事は」
「ああ、これからサーヴァントを一体仕留めに行く。そうすれば準備は全て整う」
魔王は立ち上がり残りのタイ焼きが入った袋をイリヤに渡す。
「魔王、忘れてるんじゃないでしょうね?アナタの取引を受けた条件を?」
「勿論分かっている。なので、こちらからも覚悟を決めておけと言っておこう」
その返事に満足し、互いに振り返らずに反対方向に歩いて行った。
***
穂群原学園、もう直ぐ一時限目に差し掛かる時間帯で一日が始まる平和な光景という言葉が似合う学校は異様な事態に陥っていた。校舎全体を真っ赤な結界が覆っていた。校内の人間は生徒も教師も関係なく床に倒れ、救いを求めるように痙攣していた。
「―――――いいから!結界を解いて欲しいなら、僕を守れってんだ!!」
「・・・・誰からって聞くのは野暮ね。魔王に脅迫でもされたの?」
凛は現状に激昂する事無く、冷静に事態を収めようと交渉の構えを取った。勿論、いざとなれば背後に霊体化させているアーチャーに合図を送り収拾をつけるつもりだが、下手を打って犠牲者が出ることは避けたいので今は受けに回り慎二を落ち着かせようとする・・・ついでに情報も得ようとする。
「奴はまず僕を狩るってハッキリ言ったんだ。と言うか魔王は遠坂の仇なんだろう?だったら奴を倒せ、僕に近づけるな!」
「慎二、あんたやっぱり魔王の事、知っているのね。この前も触れ込みがあったからランサーとの戦いを知ったって言ってたけど、そのことも込みで前回の聖杯戦争で魔王が他の全ての陣営を嵌め殺したことを誰かから入れ知恵されたのね?」
慎二の切羽詰った様子から凛は後ろに何者かが糸を引いていると読んだ。そうでなければ、サーヴァントが二体とは言え、ここまで取り乱したりはしないだろうし、自分の邸ではなく、結界を張り巡らせた学校で篭城の構えを取ったりもしないだろう。
「そんな事はどうでもいい!!それより衛宮はどうしたんだ?!なんでここに居ない!?ぐずぐずしてると奴が来る・・時間が無いんだぞ!!」
その質問に昨夜の会食での出来事を思い出し大体の事情を悟った凛は正直に答えた。
「・・・・衛宮君なら、今日は来ないと思うわよ。考えたいことがあるでしょうからね。
ああ、言っとくけど呼ばない方がいいわよ。彼が現状を見たら激昂して魔王より先にアンタを殺すでしょうから」
凛は状況が悪化しないように、慎二を暴走させないように交渉を続けようとするが、時は既に遅く、コツコツと後ろから足音が近づいて来た。
「ひぃ!」
その足音に慎二は怯え、凛は在り来たりでつまらない演出に呆れながらも警戒を強め、足音の主を見た。
案の定と言うか足音の主、魔王は整ったスーツ姿で二人の前に現れた。この場が学校である事を考慮すれば生徒を注意しに来た教師に見えるかもしれない。
「予告通り、狩りに来たぞ。そちらは用心棒かなにかかな?」
ワザとらしく言う魔王に、凛は同じくワザとらしい仕草で考えるポーズを取り答えた。
「いいえ、違うわ。
アンタが慎二だけを倒すって言うなら何もする気はないわ」
「遠坂!貴様!!」
「ただし、その他を巻き込むって言うなら話しは別よ。まずはアンタを、次にそこの臆病者を殺るわ」
魔王が来たことで凛は方針を切り替え、ベストな答えを求めた。慎二は喚いているが最早、相手にする意味はないので丁重に無視。
そして彼女の意図を読み取った魔王は悠然と答えた。
「そうか。ならば、この学校には一切の被害を及ぼさずに決着を付けよう。我が名に掛けて、それでも足りなければ聖杯に誓おう」
「決まりね。少しでも違えれば容赦なく背後から襲うわよ」
凛は腕を組んだまま一歩下がり憮然とした表情で傍観を示し、それにより完全に糸が切れた慎二は力一杯に叫んだ。
「ライダー!出て来い、こいつを殺せ!!」
ライダーはすかさず実体化し魔王に鎖付きの短剣を投げつけるが、黒いオーラに阻まれ届かず、トリッキーな動きで側面から蹴りを放つが同じ結果に終わる。どんなタイミングで、どう攻撃しても全て防御されてしまい成す術がない状態に慎二の焦りは加速していき、近くに倒れていた女子生徒を掴み上げて凛を再び恫喝する。
「遠坂!お前もサーヴァントを出して戦え!!さもないと、こいつを殺す!!」
その陳腐な台詞に凛は何一つ態度を崩さず傍観を示し、慎二はとうとう最後の一線を越える命令を叫んだ。
「ライダー、全力で結界を機能させて宝具を解放しろ!!」
その命令にライダーは魔王から距離をとり、結界を発動させ校内をより一層に赤く染め、同時に自らの首に短剣を刺し吹き出た血で魔法陣を形成する。
「ガアァァーーー!!」
天馬は召喚した直後に死に絶え、ライダーも悲鳴をあげ悶え苦しみながら倒れる。
訳が分からない事態に混乱する慎二、その腕に拘束されていた女子生徒から黒いオーラが噴出し、慌てて放し後ずさる。
黒いオーラの中からは髑髏の仮面をつけた瑞々しい肢体の黒衣の女、アサシンが現れる。そして、黒いオーラは赤い結界を黒く染めていく。
勝負は付いたと確信した凛は魔王に向かい言った。
「なにかカードを用意してるのは想定内だったけど、相変わらずやり口が迂遠ね」
「されど、いい手ではあるだろう」
木を隠すなら森、学生に紛れるには学生が最適。
暗殺者として変装術も習得していたアサシンだ。学生を演じるなど造作も無いだろう、入れ替わりに選んだ生徒は
更に事前に結界の基点も探り仕掛けを施していたのだろう。いくら魔術師でない慎二が発動させた未完成な結界とは言え、英霊が張ったにしては随分と能率が悪く感じられた。出なければ、交渉をしようなどと言う思考は浮かびもしなかっただろう。
「一つ聞くけど、ソイツを潜伏させる為に選んだ内の生徒は?」
「現在、家族で豪華な旅行に行っている。心配は不要だ」
話している間に結界を完全に掌握した魔王は、苦しんでいるライダーに近づき頭に手を置く。
「魔力はまだまだある。遠慮なく持って行け」
そうして激流の如く魔力を流し込む。
「―――――――!!!」
ライダーは悲鳴をあげることも出来ず、体内から魔力が噴出し、内部から溢れ出る膨大な魔力にとうとう
瞬間、結界は消えてなくなり朝の陽気が差し込んで来た。もっとも既に授業どころではなく、しばらくの間は休校するのは間違いないだろう。
そして、その原因である慎二は目を剥き出しながら痙攣して倒れていた。
「・・・・・・・・」
凛が無言のまま魔王に説明を求める。
「アサシンの毒気を少し浴びたが、俺の能力でコーティングしてあったから十日も安静にすれば問題はないさ。
それよりも、ここの後始末の方は?」
「私から教会の方に連絡しておく。面倒になるから、さっさと行きなさい」
「では、お言葉に甘えて」
魔王がアサシンを伴い学校を出て行ったのを見届けると、凛も職員室に歩き出す。
そこに霊体のアーチャーが話しかける。
『本当に何もしなかったな。魔王が失敗していたらどうするつもりだったんだ?』
「論ずるだけ無駄、私は魔王を知っている。アイツが私の意を汲んで出来ると言ったんですもの、だったら出来るに決まってる。じゃなきゃノコノコ現れたりしないわ」
『・・・・信頼しているのだな、魔王を』
「あくまで敵としてね」
『しかしだ。魔王が君に出した条件を考慮すると、やはりライダーとは戦うべきだったのではないか?残っているのは
「戦うべき相手はもう決めてるわ。だから、アンタも気合いを入れて置きなさい」
凛の決意が篭った言葉にアーチャーは、もう言葉は無用と
ここから魔王は前回同様に容赦なく怒涛に聖杯戦争を進めていきます。