―――――夕方、遠坂邸
凛は武器である宝石やアゾットの剣を確認しながら、現状とこれからの戦いについての考えを整理していた。
魔王が決戦の場所に選ぶ場所は柳洞寺で間違いないだろう。当の本人は秘策があると言っていたが、今回は宝具頼みの正々堂々としたやり方を通している辺り違和感がぬぐえない。そんな方法で本当に勝つことが出来るのか?もし駄目だった時は魔力どころか生命の全てをセイバーに注いででも倒さなければならない。だが今朝の話でセイバーのモチベーションがどこまで保っているのか。
そうこう考えながらセイバーを呼びに行くと彼女は凛が集めた魔王のスクラップを眺めており、その様子は至極冷静なようで聖杯で望みが叶わない事を気にしている様には見えなかった。
「もっと落胆しているのかと思ってたのに、意外ね」
「残念ではありますよ。しかし前回、既に途方も無い絶望を味あわされましたから・・・不本意ながら慣れてしまったのかも知れませんね」
セイバーはスクラップを閉じ凛に向き直る。
「――――それ読んでどう思った、
「策を立てるのと実際に事を成すのは全く別物です・・・ですが」
「魔王には実現できるだけの裏付けされた実力、いや才能がある」
「ええ、私自身、嫌と言うほど理解しています」
凛は川原での魔王の台詞を思い出す。
『ああ、やっと十年前の続きが出来る。前回は負けなかっただけだが、今回はそうは行かないぞ。ギルガメッシュ!』
「それでも、アイツは勝ったとは思ってないみたいだったけどね」
「前回の聖杯戦争は終始、
「同感ね。それに今にして思えば、魔王が固執してたのは士郎じゃなくて貴女だった気もするし・・・ホントなにを企んでんのかしらね」
だがそれも行けば分かる、魔王の秘策が成ろうが成るまいが双方とも倒すべき敵であることには変わらない。
最悪を想定すると冬木大火災や広域封鎖事件の様な事態が起こりえないとも限らない、そんな事は断じて許容出来ない。冬木の
凛は決意を新たにし、セイバーも思いは同じとまでは言わないまでも戦意を研ぎ澄まし二人は最後の戦場に赴いていった。
***
夜、円蔵山。
柳洞寺からそれた洞窟で魔王は眼を閉じ、決戦の時を待ちながらも思案していた。
昨晩の川原での前哨戦、昼の教会での
されど油断は出来ない。前回でも事は全て自分の思い通りの運んだにも関わらず
(・・・・想定どころか想像すら出来ない力に策も何も無いな)
魔王は自嘲しながら前回から今回に思考を切り替える。
(最も信頼できるのが敵と言うのも皮肉な話だな)
魔王は眼を開き、やっと来た
ギルガメッシュは黄金の鎧を纏い、既に背後に宝具も展開しており、その眼には言葉では言い表せない殺意が込められ戦闘態勢は万全に整っていた。
「期待通り
「魔王」
語りかける魔王にギルガメッシュは問答無用とばかりに宝具を投擲する。黒いオーラが防御するが今回は軌道が変わらず完全に消滅した。
所有物が消滅したにも関わらずギルガメッシュの殺意はぶれず態度も変わらず、展開していた宝具をあらゆる方向から投擲したが全て同じ結果に終わった。
「無駄だ。この場の地の利は完全に俺にある。対軍宝具だろうが対城宝具だろうが俺には触れることすら出来んぞ」
現在居る洞窟、『龍洞』は聖杯戦争の要とも入れる大聖杯が敷設された場所でありサーヴァントの魂を回収する小聖杯も魔王の中にある。魔王が現在使用できる魔力は莫大の最上級に超が幾つ付いても足りないほどだ。それを御せる器は正に神の仇敵、その名に相応しい魔王と呼べるだろう。
その目の前の『敵』に
つまらない俗物ばかりの今の世に生まれた新たな英霊、魔王は全力を持って倒すに値する敵であるが、魔王の本領は謀略であったはずだ。地の利によって得た力で戦うなど拍子抜けもいいところである、予想を裏切るような凄い策を仕掛け、それをどうブチ破るかを期待していたのだが本当に残念だった。
ギルガメッシュは投擲しなかった三つの円柱が連なった剣を握りしめ冷めた口調で言う。
「貴様に見せるのは二度目になるな。我が秘剣
「・・・・・・・・・」
「貴様がどれほどの魔力を束ねようと何の意味もない。我を失望させた責任は重いと知れ」
三つの円柱が回転し魔力が循環していく、吹き荒れる紅い魔力に魔王は黒いオーラを両手に集中させて前にかざす。
その何の変哲も無い仕草にギルガメッシュの眉はつり上がり怒りのまま真名を解放する。
「もういい散れ!
解放される天と地を切り裂いた力、対し最高密度にして最大の漆黒を前面に放ち二つの究極がぶつかる。
「ハァアーーーーー!!!!!」
魔王は一切の出し惜しみをせずに魔力を注ぎ、力は一時拮抗する。
「少しはマシのようだな。だが」
ギルガメッシュの賞賛を送るがもの凄くつまらないニュアンスが込められており、
「貴様の負けだ、魔王」
言葉通り漆黒のオーラは押し負け、紅い波動が魔王に迫る。
「フフフフフフフ」
しかし魔王からは心底嬉しそうな笑いが発せられており、ギルガメッシュの顔に疑問が浮かぶ。
それに答えるように魔王は笑いながら説明した。
「やはり俺の期待通りの男だな英雄王、俺は間違ってなかった。
何故俺が決闘方式なんて言う柄にもない方法を取ってきたと思う?それも宝具も込みで見せ付けるように」
波動は直ぐ側まで来ていたが魔王の余裕は崩れない。崩れていくのは龍洞にある空間そのものであり、あちらこちらで亀裂が入り黒いオーラがガスのように噴出していた。
「お前に全力で
そう言い切った瞬間、空間は完全に崩れ闇よりも深い漆黒が空間の全てを覆い尽くす。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
『これは!?』
そのまま飲まれたギルガメッシュは十年前と同じ
『そう、十年前に俺とお前が飲み込まれた泥だ。俺はこいつを支配して現在宝具となり、お前は飲み干して血肉と化した』
背後からする魔王の声に振り向き、剣を向けようとするギルガメッシュだが、剣を握っていた腕が黒い泥となり崩れていった。それによってギルガメッシュは魔王の本当の狙いを悟り声を上げた。
『貴様!今までの戦いはこの為だけに―――――』
されど腕に続き身体の殆どが泥となって崩れていき、魔王は冷めた口調で言いたいことに答えた。
『お前ほどの男に勝つ為には、これ以外思いつかなくてな。正面から戦うのは慣れてない分大変だったが、その甲斐はあった』
『――――――――』
ギルガメッシュの身体は完全に崩れもう声さえ出ない。
そして彼が居た場所に右手をかざし魔王が眼を閉じて言葉を発す。
『血肉も魂も本来在るべき所に還れ』
右手を心臓に当て泥が静かに収まって行く。
眼を開けると戦闘があったとは思えないほど静かな洞窟内に魔王が唯一人で立っていた。
「封印完了。
張って置いた仕掛けに凛とセイバーの反応を感知した時、魔王の表情が不快な形に崩れ顔に手を当て深呼吸する。
「流石は原初の英雄王、ここまでしても勝てないか・・・・予想通りだ」
魔王は最後に残してあった魔力を戻して、それを納める。
その結果―――――
「逝ってしまったか伊勢三、だが約束は必ず守る」
魔王は龍洞にある大聖杯の魔法陣を時間差で消し去る仕掛けを施し、本堂に足を進める。
「なぁ伊勢三、俺は復讐に生涯を捧げ結局何も報われないまま果てた。
そして誰よりも世界の平和を人々の幸福を望んでいたお前は一人寂しく逝った。
全く正反対のものを抱えた二人の終わりに、そんなに差が無いと感じるのは俺の気のせいなのだろうか?」
歩きながら独白する魔王の顔には、哀しいとも虚しいとも言えない感情があった。
「それとも正邪に関係なく、人間の領分を超えたモノを抱える愚者の末路は等しく同じと言うことなのかな?」
問うた所で答えてくれる者は居ない。居るとすれば神様か世界そのものだろう。
「だから問うて見ようと思う。世界に
***
柳洞寺に駆けつけた凛とセイバーは静まり返り、全く戦闘の痕跡が見当たらないことに来る場所を間違えたのかと顔を見合わせていた。
だがしかし、正門の方から石段を登って来る魔王を見て一瞬安堵するが、同時に何故先に来ていた筈の魔王が後から来るのか新たな疑問が沸く。
そんな二人を苦笑しながら見た魔王は冷や汗をかきながらも口を開く。
「もしかして、お前達が会いたかったのはこっちか?」
瞬間、魔王の顔が落ち違う声が響く。
「貴様!一体どういうつもりだ!!」
その声から口調まで間違いなくギルガメッシュのものだった。
状況が飲み込めず唖然とする二人に再び意識を取り戻した魔王が叫ぶ。
「急げ・・・悪を倒すのが聖剣使いの役割だろ・・・・」
魔王から黒いオーラが発するがそれは不安定極まりなく表情も全く余裕が無かった。
「魔王・・・・貴方は最初から----」
戦意が鈍ったセイバーを見て魔王が叫ぶ。
「遠坂凛!!」
その時、凛は何故魔王が自分に接触し戦意を煽るような事をし続けたのか理解した。
そして迷い無く力強くセイバーに命令を下す。
「全ての令呪を持って命ずる。セイバー、全力を持って魔王を討ちなさい!!」
令呪だけでなく持てる魔力を全てつぎ込んだ命令に一瞬戸惑うもセイバーはその意志を汲み取り宝具を解放する。
剣は黄金に輝き強風が吹き上げる。そして、必殺の気迫の下に聖剣を高々に掲げて全力で振り下ろした。
「
黄金の剣は魔王を貫き、魔王はホッとした顔で眼を閉じた。
そして黄金の光に包まれ消えていく瞬間、左手がセイバーの頬を触れる。その感触は魔王でない別人の様に感じ顔を見ようとするが、そこには誰の姿も無かった。
魔王が消えたと同時に洞窟に施した仕掛けが発動し大聖杯が消える。セイバーも時間が尽きることを本能的に悟り、凛に言葉を託す。
「凛、シロウに伝えてください。一時の間でしたが貴方と言うマスターに出会えて良かったと。
そして貴女にも出会えて良かった」
結んでいた髪が解かれ笑顔で消えていくセイバーに凛は無言のまま肯定を示した。
セイバーが完全に消え一人残った凛は昇っていく朝日を見ながら呟いた。
「あーあ、結局アイツには何も伝えられなかったな。十年間、積もりに積もったもの何一つ」
釈然としない気持ちを抱えながら凛はしばらくそのままボーとしていた。
―――――三日後
朝日が差し込む時間帯に凛は眼を覚ました。
目覚まし時計の音によってではなくインターホンの音によって、朝の弱い凛は無視を決め込もうとベッドに潜り込んだが、音は一向に鳴り止まないどころか果てしなく酷くなっていき、とうとう我慢できずに起き上がる。
「ぬぅ~~~」
不機嫌を絵に描いたような声を出しながら玄関に向かいドアを開けると学生服を着た衛宮士郎がそこに居た。
「おはよう遠坂。にしても酷い顔だな・・・」
「誰の所為だと思ってんのよ!って言うか帰ってたんだ。
で、こんな朝っぱらから何の用よ?」
つまらない用事だったら許さないぞと言外に込めて言う凛に引きそうになる士郎だが、封筒と指輪様の宝石箱を差し出す。
怪訝そうに受け取る凛に説明を始める。
「昨日、こっちに帰る前にペンションに届いた。〝遠坂凛に渡してくれって〟メッセージ付きで」
差出人は言うまでも無く魔王だろう。こんな事まで迂遠な方法を取るのかと呆れながらも中身を確認する。
宝石箱には当然と言うか指輪が入っており、なんとも高そうなダイヤモンドが付いていた。そして封筒にはこれまた当然と言うか手紙が入っており――――――月が綺麗ですね。by夏目、返事はなるべく早く頼む――――――と書いてあった。
「なんだこれ、どういう意味だ?」
ちゃっかり見ていた士郎は訳が分からないようだ。
「シロウは夏目漱石知らないの?割と有名な話なんだけど」
凛には理解できたようで、すっかり上機嫌になり目もさっぱり覚めたようで士郎を無視して朝空に向かい大声で叫んだ。
「やってやろうじゃない!!聖杯なんか無くったって私の前に引きずり出すんだから、絶対、絶対によ!!!」
その声は清々しいほど気持ちよく、聞いていた士郎は訳が分からないまでも良しと認め『頑張れよ』と心の中で応援した。
***
―――この世でない何処か
森に囲まれた丘陵地にある学園、寮も完備され学習や生活には一切不自由しない環境が整っている。
その校舎の屋上に魔王は立って校庭を走る生徒達を見ていた。その中で笑いながら全力で走る伊勢三が居た。疲れたのか大の字でグランドに横たわるもその顔は至福に満ちており、やがて消えていった。
それを満足そうに見ていたら紫のローブを着た女性が近づいて来る。
「キャスター、いや今はメディアと呼んだ方がいいか?」
振り向きもせず言う魔王にキャスターは皮肉めいた返答をする。
「なら貴方もこう呼びますか、鮫島恭平理事長」
「俺はそんなポストに就いてはいないんだがな」
「なら、どうしてこんな学校、いや世界を創ったんですか?」
三回分の聖杯戦争の魔力を用いて叶えた魔王の願い、自分の為の世界で無いなら何のためにキャスターの声は真剣だ。
だから魔王も相応しい答えを返す。
「俺から世界への挑戦、問いかけだ。
青春時代をまともに過ごせなかった坊や達は、この世界で楽しい時間を過ごし次へと進む」
先程の伊勢三の様にと彼が居なくなったグランドを見ながら続ける。
「そして一定の坊やが集まったら〝愛〟を芽生えさえるイレギュラーを招く」
「愛ですか」
「そうだ。それこそが此処を永遠の楽園にする最後のカードだ。
勿論、すんなりとは行かせない。そうならないように修正するプログラムも既に用意してある。尤もらしい物語も込みでな」
「何故そんなものを?」
「坊や達自身に選ばせる為さ。永遠の楽園を望むか、それとも地獄だと思った現世で再び生きることを望むのか?そいつら自身にな」
「それだけ聞けば良い話ですね」
キャスターは納得できないという態度で更なる続きを求めていた。
魔王は〝仮に〟と前置きして話す。
「此処が永遠の楽園と化したら、この世界は緩やかに広がっていく。そうすれば現世では新たな命は生まれず、いずれ死者が歩いて回るようになるだろう」
「抑止力が許すとは思えませんが」
「そうだな。ゾンビが生まれないようこの世界を消す英雄が現れるか、ゾンビを浄化する
「でもそうなったら・・・」
「人類は滅亡、人間の歴史は終焉を向え
その説明にキャスターは色々な感情を込めた溜息を吐く。
「普通なら神を気取るつもりかと言いたいですが、貴方は神の仇敵である魔王、言ったところで通じないでしょうね」
「結論がずれているぞ。先に言っただろう、これは問いかけだ。
どんな結果になろうと別に構わないさ」
「・・・・後は高みの見物ですか?」
「その通り、俺の物語はここまで。
だが人の世の歴史はまだ続く、俺の示した終焉を迎えたとしてもな。
そして願わくば、その前にプロポーズの返事が欲しいところだがな」
最後の一言は完全に予想外で眼を丸くするキャスターだが無粋なことは止めようと口を噤んだ。
魔王は話も終わり、学園の機能の確認もしたことでグラウンドから天空に眼を移す。
そこには遥か先まで光の道が続いていた。
「もう用は済んだ。俺達は居るべき場所に帰るぞ」
そのままキャスターを伴い魔王は道を進んで行き、やがて彼らが見えなくなり道も消えた。
Devil/over time 完.
短い間でしたがご愛読ありがとうございました。
「月が綺麗ですね」
*夏目漱石が英語教師をしていたとき、生徒が " I love you " の一文を「我君を愛す」と訳したのを聞き、「日本人はそんなことを言わない。月が綺麗ですね、とでもしておきなさい」と言ったとされる逸話から。遠回しな告白の言葉として使われる。