「の、のじゃああああぁぁぁぁ――っ!? ぎゃ――っ!!!」
我は、恥も外聞もなく絶叫しておった。
まさか街中で、こんな怪物に遭遇するとは思いもせなんだのじゃ。巨大な体躯が、覆いかぶさるように近付いてくる。太い力に満ちた両腕が、我を絞め潰さんと迫ってくる。怪物の体に生えた、野性そのものの縮れた毛からは、えもいわれぬ不快な臭いが……これが獣臭というものか。
「そ、それ以上近寄るな、ばけものー! イル、ウォータル……っぎゃああぁぁ――っ!」
魔法でやっつけてやろうかと思うたが……だ、駄目じゃー! 恐すぎて詠唱が形にならん!
し、シザーリアー! 我はピンチじゃ、助けろー!
心の中で叫んだが、我が忠臣であるはずのメイドは、涼しい顔で我の後ろに立っておるばかり。どうしてじゃ?
我は涙目になりながら、この街にやって来たことを後悔した……まったく、何故このようなことになったのか……。
――ことの原因は、数日前に遡る……。
■
「シザーリア。明日の朝からトリステインに行くゆえ、準備をしておけい」
夕食後の紅茶をすすりながら、我はそう命じた。
急な話じゃが、トリステイン行きを決めるきっかけになった事件自体が、急なものじゃったからしかたがない。我の所有するトリステインの高級旅館、女神の杵亭が、なんかわからんすったもんだの末に全焼して、瓦礫の山になってもうたのじゃ。
で、女神の杵亭を再建するか、それとも更地にして新しい別の施設を作るか、それを判断するために、我自ら現地に行って状態を確認しようと考えたのが、今日の朝。
それから、女神の杵亭支配人(女神の杵亭がなくなってもうたから、もと支配人かのう)に、様子を見に行くぞー、という手紙を書いて、鷹便で送ったのが昼前。
と、そこで、トリステインに行くなら、ついでにトリスタニアにおる兄様の顔も見に行こう、と思いついた。
うん、言うてなかったが、実は我には兄様がおる。トリステインの王宮に勤めておる、めっちゃ頭のいいお人なのじゃ。
仕事が忙しいらしく、向こうに住み着いたっきり、ちいとも帰ってきてくれんのじゃが……よう考えたら、兄様が帰ってこれんのなら、我の方から会いに行きゃええんじゃよな。
というわけで、兄様への手紙も書いて、これも送ると、ちょうどお昼になった。
それから昼メシを食って、ごろごろしてだらだらして、おやつを食べて芝居を見に行って、帰ってきて夕食を摂って……トリステインに行くことを思い出したのがついさっき。
……シザーリアに言うたら、「お昼の時点で言って下さい」ってお説教されること確実じゃから、黙っといた。
――そして翌日。
呼んでおいた竜籠に乗って、ビュンビュンズギャーンと快適な空の旅を半日ほど楽しんで、我はトリステインの地に降り立った。
お供として連れてきたのは、シザーリアひとりだけ。こいつもさりげなくメイジなので(火のトライアングルだそうじゃ)、我の世話係に護衛も兼ねておる。
駅で馬車を借り、荷物を馬車に移し替えさせ(服とアクセサリーとおやつと枕で、トランク七つ分。枕が変わると寝られんのは、全人類共通よな?)、城下街トリスタニアにIN。
そしてまず、トリスタニア一の高級旅館のスイートルームを確保。荷物を預けて……ここは、ゴーレムが襲ってきたり、全焼したりせんじゃろな……とかいらん心配を一通りしておいてから、まずはそこで一泊。朝出発で到着が夕方とか、ロマリア・トリステイン間の距離はも少し縮んでもええと思う。
そして翌朝。旅の目的のひとつを果たすため、ラ・ロシェールに向かう。
現場視察は五分で済んだ。だってマジで、黒焦げの瓦礫しかないんじゃもん……。しかもかなり片付けられとって、敷地の半分はすでに更地化しとったし。
こりゃ、まったく新しい建物を造るしかないのう。やっぱり、高級旅館じゃろか……今度は固定化と、耐火処理をしっかりかけて、頑丈な建物にしなくては。
しかし、また同じ「女神の杵亭」という名前だと縁起が悪いから、別の名前を考えてやらねば。そうじゃな、砂漠に吹く熱風という意味の「サンタナ」亭というのは、どうかな!?
それから、ラ・ロシェールの建築事務所に、新たな旅館の設計図を描いてくれと依頼して……トリスタニアに戻った時には、昼をだいぶ過ぎておった。
旅館で遅めのメシを食うて、さてそろそろ兄様に会いに行こうと思うたら、兄様から手紙が届いた……急な仕事が入って、今日は時間が取れんくなったっちゅうのじゃ。
我はがっくりしたが、明日の朝なら会えるから、朝食を一緒にしようという追伸が添えてあったんで、落ち込みかけた我が心はぐいんと舞い上がった。
ま、明日会えるならそれでええ。それまでのんびりトリスタニアの街で遊んで、時間を潰しゃあええのじゃ。
でも、慣れない街ゆえどこに遊びに行っていいかわからないよ! 助けてド・ラエモーン! ……ということで、困った時のザ・便利ジジイ、高等法院長リッシュモンを頼ってみた。
奴も普通に仕事中じゃったが、高等法院の玄関でのじゃのじゃ騒いでやったら、暇な部下を街の案内に付けてくれることになった。たまにはごねてみるもんじゃ。
……で、その部下の人と、ある酒場で待ち合わせることになったんじゃけど……。
その酒場の扉を開けて店内に入った瞬間、冒頭の怪物に襲われたのじゃ。
え? 意味がわからない?
たわけ。我とてわからんわい。
まったくいったいどうなっとるんじゃ。トリスタニアの酒場が、怪物を売りにしとるなんて聞いてないぞ。
……え? トリスタニアの、なんちゅう酒場か、って?
魅惑の妖精亭、ちゅう酒場じゃよ。……ってうわああぁぁっどーでもいいこと考えてる間にまた迫ってきたああぁぁ――っ!
「あらぁん! とぉってもプリッティなお嬢様のご来店ねェん! 大人の社交場へよ・う・こ・そっ!
あんまり可愛いから、アタシ自らお席へ案内しちゃう! さ、遠慮せずに、アタシの胸の中へカモォン!」
なにっ、こいつ……変な調子ではあるが、人語を操っておる! ということは、韻獣か!
妙に全身をくねらせるこの動きは、おそらく野性の中で生き抜くうちに培われた、こやつの種族が独自に発達させた拳法の型であろう。
中途半端な知性、強靭そうな肉体、そして人の文化からはあまりに掛け離れた戦闘スタイル……そうか、さてはこやつ、どこかのメイジに召喚された、亜人型の使い魔じゃな!? 謎はすべて解けた!
「落ち着いて下さい、ヴァイオラ様。彼は人間です」
「のじゃあぁ……ふえ? ……ニンゲン?」
シザーリアの落ち着き払った声に、我がおうむ返しに聞くと、彼女は小さく頷いた。
人間……その言葉を頭に染み込ませてから、再び怪物を見やる。
……確かに、人間に見えなくもない。服着とるし。やたらカットの深い胸元から、もっさもっさと胸毛が出とる上、腕毛も指毛も生えまくりじゃから、亜人でないと断言はできんのじゃが。
ヒゲはちゃんと剃っとるし(ヒゲ剃り跡が海のように青いのがやはり怖いが)、髪も油でピチッとセットしておる。
野人拳法のような動きも、よく見たらくねんくねんしとるだけじゃし……なんじゃ、単なる挙動不審な大男か。
「……やっぱりフツーに怖いのじゃ――っ!」
シザーリアのエプロンドレスにすがりついて泣く我の感性は、ごく普通のものじゃと思う。
ある意味これは、我が人生最大の危機だったかも知れん。未知の土地、計り知れぬ謎と恐怖をまとった大男、頼みのシザーリアは落ち着き過ぎてて、逆に見ていて不安になる。
もう、なんというか、気絶まであと十秒的なカウントダウンを始めようとした、そんな時。救世主が現れた。
「す、スカロン、貴様! お嬢様に何をしておる!」
我を助けてくれたのは、店に突然なだれ込んできた、数人の貴族。
リッシュモンの寄越してくれた、我のための接待係……徴税官チュレンヌと、その取り巻きたちじゃった。
■
「あ、あらぁ……こちらのお嬢様、チュレンヌ様のお連れの方?」
おっ、この恐ろしい怪物が、貴族……チュレンヌが登場しただけで怯みよった! さすがに貴族の威光は違うのう!
「うむ、さる大貴族の御令嬢様で、我々がもてなすことになっている。もし無礼な真似をすれば、大問題になるぞ。
そうなれば、この店が潰れる程度ならいい方、ことによると、トリステイン王宮の判断で、貴様の一族郎党、全員を裁判なくして処刑……なんてことも有り得るぞ? その気色の悪いツラも、ちゃんと相手を見て晒すのだな」
チュレンヌが、悪そうな顔で脅しをかける。おうおう、ウネウネ野人(仮)が、さっきまでのテンションが嘘のように青い顔をしておるわ! くくく、いい気味じゃ……人間未満の生物ごときが、我を怖がらせたりするからそうなるのじゃぞ?
あ、ちなみに今の我は、法衣ではなく普通の貴族らしいドレスを着ておる。さすがに神官の格好で、こんな下賎な酒場に入るのはどうかと思ったからの。
「ヴァイオラお嬢様、どうも申し訳ありません。我々の到着が遅れたばかりに、不快な思いをさせてしまいましたようで……この変態につきましては、我々がたっぷり罰を与えておきますので、どうぞご容赦を」
全体的にぽちゃぽちゃした、小悪党顔の貴族……チュレンヌが、うやうやしく我に頭を下げる。うむ、野人と我に対する態度の違い。自分の地位を弁えておるようじゃな。好感が持てるぞ。
「いや、罰の必要はない。確かに少々驚いたが、要するにこの店独特のパフォーマンスのようなものであろう? ちょいとしたスリルを楽しませてもらったと思うておくわい」
へりくだられれた以上は、我も上に立つ者としての威厳を見せねばの。少なくとも、野人を見てビビりまくってました、とか認めたら台なしじゃ。ちとやせ我慢してでも、全然平気だったぜー的な態度を取っておくのが正解じゃろう。
この言葉に、チュレンヌは小さく頷き、野人はあからさまにほっとした顔をしておる。
「さすがはお嬢様。そのお心の広さに、感服致しました」
「世辞はよい。ところで、我の名を知っとるっちゅうことは、お前がリッシュモンの紹介の者かえ?」
「は、チュレンヌと申します。トリステイン王国より、徴税官の任を賜っている者です。本日は、トリスタニアの案内を務めさせて頂きます」
「よろしい。……まあ、案内と言っても、あまりたくさんの場所を回ることは考えておらぬ。美味いメシと酒、面白い余興などある店へ連れていってくれれば、それでよい」
「ははっ。となるとやはり、この魅惑の妖精亭でしょうな。店長はこんなのですが、食事と酒とサービスは悪くありません」
え、この野人が店長? マジで? トリステインって、トロール鬼の血を引いとっても店が持てるん?
まあ、その辺は気にせんでおこうか。いちいち気にしとったら、ツッコミが追いつかんような気がするし。
「わかった。ではもういい時間じゃし、ここで夕食を摂るとしよう。店長、席まで案内せい」
「は、はぁい! 承りましたぁん!」
ウインクとともに、気色悪い返事をされた。精神力がガリガリ削られた。
もしかしてこの店、中におるだけで、メイジは精神力を奪われて、魔法が使えんくなるんじゃなかろか。
「それでは、一番奥のお席に……」
と、野人店長が我々を誘おうとしたのだが……それをチュレンヌが遮った。
「スカロン。貴様は客商売をしているのに、気の利かない男だな。高貴な身分のお方に、平民どもと一緒に食事をさせる気か?」
そう言って、彼は杖を抜き放った。それに合わせて、取り巻きたちも杖を出す。
平民どもは本能的に、メイジの杖というものを恐れておる。それが魔法の媒体であり、ほとんどの場合「攻撃」を象徴しておるからじゃ。
そんな杖を、人のいる場所で抜くという行為が、何を意味するか……。
魅惑の妖精亭の中は、まだ酒飲みには少々早い時間にもかかわらず、そこそこ繁盛しておった。品のなさそーな平民のオヤジどもが、若い女給たちにお酌されながら、気持ちよさげにウダウダしとったのじゃが……見よ、チュレンヌたちが杖を抜いた途端、こそこそと逃げ出し始めたではないか!
魔法の一発でも放ったわけでもないのに、賑やかだった魅惑の妖精亭は、あっという間にガラッガラになってしもうた。
「よし、これで今夜は、この店はお嬢様の貸し切りだ。文句はないなスカロン?」
ああん、お客様ぁ〜! とか言うて、悲しそうにしとる野人に、ニヤリと嫌みっぽい笑みを向け、杖をしまうチュレンヌ。
うおおなんじゃこいつ! デブいくせに、ものごっつカッコイイではないか!
平民を押しのけて、わがままを通す! これぞ貴族の、強者の正しい在り方よ! そこにシビれる憧れるぅ!
こういう、世の中の道理がわかっとる貴族となら、美味い酒が飲めそうじゃわい!
「……ハアハア……ない胸を頑張って張ってる幼女、萌えぇ〜……」
……おい、なんか今、逃げゆく平民のひとりが、不気味な呟きを残していかんかったか?
せっかく支配者ロマンにひたっとったのに、台なしではないか!
まったくこれだから、教養のない平民という奴は……軽蔑と怒りと憎しみを込めまくった視線を、平民どもが去っていった店の入り口に向けてみたが、そこにはもう誰もおらんかった。
ええい、ムカムカするが、こんな気分はいつまでも抱えておくものではないな。とりあえず飲んで、陽気になるのじゃー!
■
「ささ、ヴァイオラお嬢様、どうぞご一献……タルブの赤の、三十年ものを開けさせましたので、ご賞味下さい」
「………………」
「肴には、こちらの豚肉の串焼きを召し上がれ。香草と岩塩の味付けがクセになりますぞ」
「……………………」
貸し切りになった魅惑の妖精亭の中。我は一番奥の、一番いい席におさまって、チュレンヌ一味と食事を始めたのじゃけれど……。
「のう、チュレンヌ」
「ブランドものの古酒の味わいはいかがですかな、お嬢様。この豊かな香りと、輝くようなルビー色! まさに、液体の宝石とでも言うべき上物でしょう?」
「いや、だからな、チュレンヌ、」
「この串焼きのスパイシーさときたら、口に入れるだけで額に汗が浮かぶ刺激の強さですが、ついクセになるというか、食えば食うほど、口に入れるのを止められなくなるという……おっと失礼、つい解説に興が乗りまして。いかがなさいましたか、お嬢様」
「おお、ようやく聞いてくれたな。いや、大したことじゃないんじゃがのー……我々の席順について、ちと思うところがあっての?」
「と、おっしゃいますと?」
「うん、まあ一言で言うと……これはないわー」
軽く圧死しかけながら、我はか細い声で抗議した。
とりあえず、現状について簡単に説明しようか。
我々の座った席というのがな、四角いテーブルの周りを、ソファーがコの字型に囲んどるような形をしておったんよ。
我はまあ、一味の中で一番偉いから、コの字の縦線部分、その真ん中に座るわな。
接待役のチュレンヌは、我の右隣に座り、酌などすることになった。こいつも、コの字の縦線部分じゃ。
で、我の左隣に、チュレンヌの取り巻きのひとりで、どうやら一番実力のあるらしい男……チュレンヌに負けず劣らず、ぽっちゃりさんじゃった……が座った。こいつもまた、コの字の縦線部分じゃ。
ふたりがけ程度の狭いソファーに、三人が並んで座っておる。右からチュレンヌ、我、取り巻きぽっちゃり。
……デブふたりに挟まれた我は……完全に圧迫祭り状態じゃ……。
しかもこいつら、微妙に汗ばんでおるし。スパイシーな串焼きを食うたせいか? ふうふう言いながら額の汗を拭いよってからに。一秒ごとに不快指数が急上昇しておるぞバカ野郎ども。
「主人と同席するなどという無礼は働けません」と言うて、テーブルのそばに立って控えておるシザーリアが、めっちゃ快適そうに見える。貴様まさか、このオチを予測して、立っているのを選んだんではあるまいな?
「と、とにかくチュレンヌ、我の横からどくのじゃ……左の奴も、じゃぞ。
酒飲む時くらい、ゆったり座らせい」
「うむー、ご希望には沿いたいところですが、やはり酌ぐらいはさせて頂けませんでしょうか。そのためには、やはり隣に座っているのが適切なのですが」
「だったら命令じゃ、離れろ。なんかお前の体から、あの店長と同じ臭いがするんじゃよ」
「がはぁっ!?」
「ちゅ、チュレンヌ様ー!」
……右のデブが、血を吐いて崩れ落ちた。やっぱりあの野人と同じ体臭というのは、ショックじゃったか……かわいそうなことをしたかも知れん。
我が言われたら、たぶん耐え切れずに自殺するレベル。
結局チュレンヌは、放心状態で取り巻きどもに支えられて、ちょいと離れた別の席に移っていった。ちと申し訳ない気もするが、めっちゃ風通しがよくなって快適になったので、すぐに罪悪感は消え去った。
しかし、酌をしてくれる奴がおらんくなったんは寂しいのう。シザーリアにやらせてもいいが……それだと、いつもウチでやっとるのと変わらんし……。
ん? そうじゃ、どうせ貸し切りなんじゃから、この店の女給に相手をさせりゃいいんじゃ!
食い物追加したいし、ちと要求したいこともあったし、よし、そうと決まれば。
「おい、そこの女給! ちとこっちゃ来い!」
少し離れたところから、こちらの様子をうかがっていた女給のひとりを手招きする。
応じてやってきたのは、黒に近いブルネットヘアーの、ちょっと嫉妬したくなる程度にスタイルのいい娘じゃった。
「お、お呼びですか、貴族様」
平静を装っておるが、笑顔がぎこちない。肩も、微妙に震えておる。ふむ、やはり我も貴族ゆえ、恐れる気持ちを止められないのじゃな? くふふ、優越感優越感。
「食うものが足りん。何でもよい、この店のお勧めを持ってまいれ。
あと、何か台になるものを寄越せ」
「台、ですか?」
「うむ、腰をかける台じゃ。椅子の高さが合わんでの」
……まあ、普通酒場の内装っつったら、大人の体格に合わせて作られておるわな。
ところがどっこい、我は頭脳は大人、体は子供を地でいくコンパクトボディの持ち主じゃ。この店の、大人規格のテーブルで食事をするには、少々座高が足りぬ。
テーブルの天板が、鎖骨と同じ高さにあるんじゃぞ? さっきまではチュレンヌがグラスや串焼きを取ってくれてたからいいものを、ひとりになった今では、普通にメシを食うのも難事じゃ。テーブルの奥の方とか、手が届かん。
ゆえに、尻の下に厚めのクッションか何かを敷いて、底上げをはからねばならん。座る場所が十サントかそこら高くなれば、酒を飲むにも、メシを食うにも不自由はすまい。
「とゆーわけじゃから、速やかに持ってまいれ。ただし固いのはノーセンキューじゃ」
「か、かしこまりました。じゃあ、クッションを何枚か重ねて――」
「……いや、待った」
踵を返そうとした女給を、我は引き止めた。
ふとした思い付きが、天から降ってきたように、突然閃いたからじゃ。
先ほどの、平民の客どもを追っ払ったチュレンヌの勇姿に影響されたのかのぅ、我もちと、わがままを言ってみたい気分になったのじゃ。
酒と食い物を楽しむだけでは足らん。チュレンヌには、余興も要求してあったのじゃ。無力な平民を――金を払う客の機嫌を取らねばならない、しがない女給をいじめて遊ぶのは――さぞや胸のすく余興になろうのぅ?
「台を持って来なくてもかまわん。その代わり、こっちに来て座れ。
なあに、取って食うわけではないから安心しろ。ちと、遊び相手になってもらうだけじゃよ……!」
生かさず殺さず、散々にいたぶってくれよう。
まずは、我が尻の下に敷く、台の代わりにしてやろう。平民の肉でできた、卑しい家具……人間椅子になるがよいわ!
■
あたしは――魅惑の妖精亭の娘、ジェシカは――自然に浮かんでくる笑みを押さえ込むために、非常な努力を必要としていた。
あたしが今、女給として相手をしている客は、徴税官のチュレンヌが連れてきた、どこかの貴族のお嬢様。
ウェーブした紫色の髪が印象的な、小さなかわいい女の子だ。年の頃は、九歳から十……一、二歳ってところかしら。あたしもお酒は、子供の頃から親しんできたけど、こんなに小さい子でも飲んでよかったんだっけ?
相手がそんなお子様だから、どう接客していいのか、ちょっとはかりかねていた。大人の男の人なら、普段から相手をしているから、扱いは慣れている。大人の女の人も、ときどきいらっしゃることがあるから、相手をしろと言われて困ることはない。
でも、幼女はちょっと、さすがに初体験だ。酒場という場所に、その存在は異質過ぎる。どう接したらいいのか、正解の前例が思い当たらない。
幸運なのは、このお嬢様が、おそらくはチュレンヌたちとは違って、私たち平民をいじめて楽しむような嫌な貴族ではないらしい、ということだろうか。
さっき、店に入ってきたお嬢様を、父さんが思いっきり怖がらせた時も(家族として店員として、父さんは店に出てこない方がいいと心から思う)、文句の一つもつけずに許してくれたし、チュレンヌがお客さんたちを脅して、店から追い出した時も、嫌そうな顔をしていた。こんなに小さくても、人に迷惑をかけるのはいけないことだと、ちゃんと理解している証拠だ。
しかも、チュレンヌのしたことに不快感を覚えても、ほんの数秒間顔をしかめていただけで、あとは普通に彼らに囲まれて食事をしていた。周りの大人に恥をかかせないよう、気遣うこともできるのだ。わがまま放題で人の気持ちを考えないチュレンヌより、ずっと心は大人だと思う。
そんなお嬢様があたしを呼んだ時、彼女はひとりだった。
ちょっと目を離していたから、何があったのかは知らないけど、どうもチュレンヌが体調を悪くして、別の席に移ったようだ。取り巻きたちも、親分の介抱に回ったから、お嬢様はひとりで食事をするしかなくなった。
やっぱり貴族といっても、この年頃でひとりごはんは寂しかったのだろう、つまらなそうな表情で、テーブルのふちにアゴを乗っけていた。
……そ、そのしぐさがね? 飼い主に構ってもらえなくてヒマしてる子猫みたいでね? やたらかわいくってしょうがないのよ。
普段は自然に浮かべられる営業スマイルも、別な種類の笑顔に邪魔されて、どうにもぎこちなくなっちゃう。気を抜くと、顔が一気にフニャッてなっちゃうの。あーもう、変に表情筋を酷使してるから、肩も微妙に震えちゃう。変なお姉さんだなーとかって、思われてないかしら。
そんなあたしに、お嬢様は食事の追加と、椅子を上げるための台を注文してきたわ。
やっぱり気付いてたのね! テーブルが高すぎるってこと!
むしろ、お嬢様はその不自由そうな環境にいるからこそかわいかったんだけど……だから、台に乗って、ちょうどいい高さになんてなって欲しくなかったんだけど……台を要求する時の、恥じらい感が! 「言わせんな恥ずかしい」的な表情がすごくツボだったから、ここは折れておくことにするわ!
料理は、適当に……というか、このお嬢様に特に相応しいであろうメニューをチョイスして、厨房に伝言してもらった。それから、厚めのクッションを持ってこようと、お嬢様に背を向けたその時。彼女は、そのオーダーをキャンセルすると言ってきた。
そしてその代わりに、あたしに隣に座れという。どういうことなんだろう? 自分でテーブルの上の料理を取るのを諦めて、あたしにひとつひとつ取らせようって思ったのかな。まあ、お客さんにお酌はいつもしてるし、「アーン♪」もときどきやったげてるから、別に嫌じゃないけど……ていうか、こんなかわいい子相手に「アーン♪」とか、バッチコイだけど!
とりあえず、言われた通りに隣にお邪魔する。それはもう光の速さで。
並んで座ると、お嬢様の小ささがよくわかる。あたしの胸の高さに、彼女の顔があるんだもの。……胸を、なんかすごい険しい表情で睨まれてる気がするけど、たぶん気のせいね。
「娘、名は?」
見上げられながら聞かれた。キリッとした顔してるつもりかも知れないけど、上目遣いでかわいいからね?
「ジェシカです、どうぞお見知り置きを。お嬢様のお名前は?」
「ヴァイオラじゃ。覚えておくがいい。
さて、ジェシカ。お前に命じる。これから、一切、ぴくりとも動いてはならん。身じろぎひとつするでないぞ。わかったな?」
え? それってどういうこと?
あたしに、食事の手伝いをさせるんじゃないの?
あたしが首を傾げていると、お嬢様……ヴァイオラちゃんは、あたしの膝に手を乗せ……って、ちょっ!?
よじよじ。のぼりのぼり。
「よーし。これでちょうどいい高さになったのじゃー」
今は後頭部しか見えないヴァイオラちゃんが、満足げにそんなことを言っている。
体の前面に、ヴァイオラちゃんの背中の暖かさを感じる。ももの上には重みがあるが、人間ひとりの重量としては軽すぎるくらい。
えーと、何が起きたかって言うとね? ヴァイオラちゃんが、あたしの膝の上に乗ってきました。
ソファーに腰掛けるあたしを、椅子代わりにして座ってます。あ、今、こちらを振り向いて、超至近距離でにぱーと笑いました。ドヤ顔に近い笑顔です。「どう? どう? 素晴らしいアイデアでしょ?」って言いたいのが透けて見えます。査察するまでもなくシースルーです。
……なにこのカワイイ生き物。
ギューッてしたくなる衝動がすごいけど、これってあたしが変態だからじゃないわよね? 幼いものに保護欲を喚起させられるのは、生物として当たり前の本能よね?
あーもうドキドキする。頭ン中ぐるぐるだし、すぐそばにある紫色のふわふわから、すっごいいい匂いするし! たぶん、あたしみたいな街娘は絶対買えないようなお高い洗髪剤を使ってるに違いないわ、このつむじをクンクンしたら、さすがに犯罪よね――。
って、ダメダメダメ! 何考えてるのジェシカ! クールになりなさい! トリスタニアっ娘は取り乱さない!
……などと、あたしが頭の中を沸騰させていることに気付く気配もなく、ヴァイオラちゃんはよいしょと手を伸ばして、赤ワインの入ったグラスを掴み、それをきゅーっと飲み干していた。
「ううむ、さすがはタルブの古酒。ロマリアの名酒に慣れておる我でも、唸らずにはおられぬ。この香りと酸味、たまらんのじゃー」
さもワイン通のように、得意げに言っている。でも、こんな小さな子が、違いがわかるほどワインを飲み慣れてるわけがない。きっと、大人ぶってみたい年頃なのね。
「ジェシカ、も一杯注いどくれー。この酒は、チュレンヌにやるのはもったいない。奴の体調が戻る前に、我ひとりで飲み干すのじゃー」
「はい、承りましたわ、ヴァイオラ様」
うん、間違いなく子供の背伸びだ。高い古酒を、ジュースみたいに続けてがぶ飲みとか有り得ない。主にもったいない的な意味で。
有り得ないといえば、お客さんの後ろからお酌をするなんてのも、今までの常識からすると有り得ないわね。あんまりカッコ良くないかもだけど、貴族様的にはこれってアリなのかな?
貴族風のマナーをまだ、それほど厳しく教えられてないのかしら? それとも、外国の貴族って言ってたから、彼女の住んでいるところでは、こういう食事風景もオーケイってこと? ヴァイオラってロマリア風の名前だから、そっち方面の出身なんだろうけど……ロマリアって、そんなにマナーにおおらかな国だったっけ? あるいは逆に、普段がマナーでガチガチだから、こういう大衆酒場では羽目を外して、気楽にやりたいのかな。
とりあえず、彼女がマナーを気にしたくない、と思っていると仮定して――あたしもあえて、砕けた調子で話しかけてみようかな。
「ね、ヴァイオラちゃん。ヴァイオラちゃんは、どこの国から来たの?」
「んー、我かや? ロマリアのアクレイリアじゃよー。水のきれいな、よか街じゃえー」
平民にタメ口をきかれても、不快そうにしている様子はない。この接し方は正解のようね。
「そうなんだ。トリステインには、旅行に来たの?」
「いんにゃ。この国に働きに来とる兄様に、会いに来たんじゃ。兄様はなんとの、王宮に勤めとるんじゃぞー。すごかろー?」
それは確かにすごいかも知れない。王宮勤めなんて、この国の貴族たちばかりで占められてると思っていたのに。
ううん、この国の貴族たちの中でも、選ばれぬいた優秀な人達でないと、まず採用されないだろう。外国人でありながら、そんな場所に入っていけるだなんて、本当にものすごく優秀な人なんだわ。
すごいわねーって褒めてあげたら、ワインで少し火照った顔をこちらに振り向かせて、「じゃろ? じゃろ!?」って、まるで自分が褒められたみたいに喜んでた。お兄さんのこと、すごく誇りに思ってるのね。
お客さんと会話を弾ませる時は、相手の好きなものについて話させるのは基本中の基本。だから、このことについてもう少し突っ込んでみよう。
「ヴァイオラちゃんのお兄さんってことは、さぞかし美男子なんでしょうねー。どんな感じの紳士様なの? クールな文官様? それとも、ワイルドな魔法衛士様?」
軽くヴァイオラちゃんのお腹に手を回しながら(こ、これくらいはいいわよね?)、聞いてみる。
そしたら、彼女はちょっと意外な反応を見せた。すでに酔いでそれなりに赤くなっていた顔を、さらにトマトみたいに真っ赤にして、あたしから目を逸らしてしまったのだ。
「あ、いや、兄様は、兄様と呼んではおるんじゃが……我の、本当の兄弟ではないんじゃ。
我の父様を師と仰いで、うちの屋敷に住み込んで勉強をしておった、いわゆる書生さんというやつでの。小さい頃からよう遊んでもらっとったから、いつの間にか自然に、兄様と呼ぶようになっとったのじゃ。実際、実の兄のように思うとるから、今さら呼び方を変えるつもりはないんじゃがの。
ま、そういうわけじゃから、見た目は特に、我とは似ておらんかのう……」
おやー? おやややー?
血のつながらないお兄さんをすごく誇りに思ってて、しかもこの恥じらい全開な反応は、果たして何かな〜?
まさか、甘酸っぱいレモン味なのかなー? こんなちっちゃくても、かわいいかわいいレモンちゃんなのかなー? やだ、お姉さんニヤニヤが止まらなくなっちゃいそう。
「じゃあ、そのお兄さん、結婚とかは……?」
「し、ししししてない! してないはずじゃ! 少なくとも我は聞いとらん!
そもそも、あの兄様に釣り合うような、立派な女などそうそう居まいから、なかなか結婚はできんじゃろがな」
うん、そうだろうね。妹様のおめがねに適う女性なんて、絶対現れないでしょうね。たとえアンリエッタ王女様が立候補しても、きっとヴァイオラちゃんは不採用にするんだろうなぁ。
いやー、ロマリアの貴族様でも、こういう色恋の機敏ってあるのね。血のつながらないお兄さんへの思慕とか、まるで演劇みたい。
ま、言葉には出せないけど、心の中でじんわり応援してるからね。ヴァイオラちゃん。
「一番テーブルのお客様〜、お待たせしましたー。ご注文のお料理、お持ちいたしました〜」
おっと、同僚のエミリーが、大皿を持ってやってきた。
お兄さんの話題はこれくらいにしといた方がベターかしら。
どん、とテーブルに皿が置かれる。その上に並ぶのは、うちのコックが腕によりをかけた、至高の料理たち。
あたし自ら選んだメニュー……ヴァイオラちゃん、気に入ってくれるかな?
■
ジェシカという娘は、平民にしてはわりと存在価値のある娘のようじゃ。
といっても、主に椅子としての価値じゃがな! ふともものやぁらかさが、クッションとしてちょうどいいぞーフゥーハハハァー!
背中をもたれかけさせると、ふたつの乳房がちょうど首を挟むようにフィットするんで、たいそう落ち着く。直に感じるこのバストサイズ……シザーリアに負けずとも劣らぬレベルのようじゃ。かなり本気でもげろと言いたい。
途中からいきなり、我に対してタメ口になったのはどうかと思うが、下賎な酒場に勤めるような娘じゃからのう。ちゃんとした敬語など、まともに教わってないんじゃろう。
無知な相手の無礼を大目に見る我は、マジに寛大な大物よのう。ククク。
……てか、実際のところは「無礼者、チェンジじゃー!」ってしたら「申し訳ありませぇんお客様ぁ! 代わりにワタクシの膝にどおぞぉん!」とか言って、さっきのトロール鬼店長がやって来そうじゃから言えんのじゃが。
ほら、今も視線を感じるし。バックヤードからねっとりと暑苦しい眼差しがガンガンと突き刺してくるし。そっち見ないようにするんじゃぞ、我。見たら最後、ありとあらゆる場所から毛が生えてボンとなるであろう。あれはきっと、それくらいの呪いは行使できる生き物じゃ。
で、まあ平民酒場にしてはいい酒を出しておったんで、それを飲んでいい気持ちになっておったら、なんかその場の流れで、兄様のことをジェシカに話してしもうておった。
頭がようて、優しい兄様。ご本を読んでくれたり、チェスの相手をしてくれたり、髪の毛を梳いてくれたり、プリンの盗み食いがバレて怒られて泣いとった我を慰めてくれたりした兄様。
酒に酔った父様に「ヴァイオラが二十歳までに婿を取れんかったら、お前もらってやってくれ」なんて冗談を言われて、苦笑いしとった兄様。
ある日突然トリステインに行ってしもうて、それ以来、ロマリアにほとんど帰ってきてくれん、薄情な兄様。
我が酒にほろ酔っておる今も、机に向かって仕事をしておるんじゃろう。
サボるの大好きな我には、そんな真面目者の気持ちはわからぬ。同様に、兄様も我の気持ちなどわからぬのじゃろう。トリステイン王宮の仕事なぞやめて、ロマリアに帰ってきて欲しい、などと我が思っておることなぞ、きっと想像の埒外なのじゃろな。
……父様の冗談に苦笑いしとったあなたは、我があの時、胸を高鳴らせていたことなど、気付かずに去ってしもうたんじゃろな。
我ももう二十六。今さら、父様の冗談を思い出せとは言わん。じゃが、明日会うたら、たまにはうちに帰って来い、ぐらいは言うてやるつもりじゃ。
兄様は、他人でありながら我が家族と認めた男なんじゃからの。これはつまり、兄様が世界で二番目に価値のある人類であることを意味する。一番は言うまでもなく我じゃが。
ナンバー2は、ナンバー1のそばにおって、いろいろと補佐するのが、正しい在り方じゃと思うんよ。それを彼がわかってくれるのは、いつの日なんじゃろか……。
おっと、なんかしんみりしてしもうたわい。せっかくの酔いが台なしじゃ。
ジェシカに、また酒を注がせようと声をかけようとしたら、別の女給が料理だと言うて皿を持ってきた。
ふむ、ちょうどいい。酒ばかりでもなんじゃから、固体にも手を付けるか。
テーブルに置かれたそれは、どうやらワンプレートに複数の料理を集めた、平民風のオードブルらしかった。
シュリンプフライにポテトフライ、ミートローフにウインナーソーセージ。真ん中に山型に盛られているのは、チキンの入ったケチャップライス。デザートとしては、ウサギのように細工切りされたリンゴがある。
うむ、酒のツマミにするには、悪くない品揃えじゃ。さすが酒場、わかっておる。きっとこのプレートを、粗野な酒飲みオヤジどもが、安酒と一緒にこぞって注文するのであろう。ウサギリンゴだけ気になるが、基本的にワイルドな、大人の雰囲気がある。
褒めてつかわすぞジェシカ。これはオトナな我に相応しい、渋くて良いメニューじゃ。
そう思ってスプーンとフォークを握り、食欲をそそるメシに挑みかかろうとした、その瞬間……。
「ごめーんジェシカ〜。お子様ランチの旗、立てるの忘れてた〜」
さっきの、料理を運んできた女給がパタパタと戻ってきて、ケチャップライスの山のてっぺんに、串と四角い布きれで作った、小さなトリステイン国旗をぶっ刺していった。
……なぜじゃろ、ワイルドだったそれが、一気にかわいらしくなった……。
「てゆーかお子様!? 今、お子様ゆーたかコラあぁっ!?」
おまかせで出てくるんが、お子様と名のつくメニューって! これが我に相応しいっちゅーんか、ええ!?
「落ち着いてヴァイオラちゃん。お子様って言ったんじゃないわ、奥様よ。奥様ランチって言ったの」
ジェシカが我の頭を撫でながら、優しく諭すように言うた。
あー、なーんじゃ、奥様かー。それならいいわい。我としたことが聞き間違えてもうたわ、あっはっはー。
「って、ごまかされるかぁアホ――っ! 馬鹿にしよって、店長を呼べーっ! いや待った、やっぱ今の無し、呼ぶな、来るな、のじゃああぁぁーっ!」
怒りと恐怖で、ジェシカの膝の上で思い切りのじゃのじゃと騒いでやったが、ジェシカは黙ってハアハア言いながら、我を抱きしめて、杖を出させないよう押さえ込むだけ。他の奴らも、どいつもこいつも微笑んで、余裕のよっちゃんで我を取り囲むばかりじゃった。
やはり酒場、酔っ払いが暴れたりという修羅場が日常茶飯事な場所……客という脅威に対する訓練を、ちゃんと積んでいるということか。
正直、混沌のように這い寄ってきた店長も寄せつけんようにしてくれたのは助かったが……ちくしょう、生意気な平民どもめ、まとめてもげろと呪いをかけてやる。
あ、このあとちゃんとお子様ランチは我が美味しく頂きました。
……マジ普通に美味かったのが、さらに悔しさ助長なのじゃ……。
■
私……ヴァイオラ様にお仕えするごく普通のメイド、シザーリア・パッケリは、敬愛するご主人様ではなく、鬱陶しくむせび泣く贅肉の塊のようなミスタ・チュレンヌのために、グラスにコールドウォーターを注いでおりました。
「うう、わ、わかってはいたんだ……体臭がちょっとヤバいんじゃないかってことは……。
妻は最近、寝室にフローラルの香りの防臭剤を置くようになったし、魔法学院の初等科に通う娘は、ハグしてやろうとすると逃げるようになったし……。
しかし、まさかスカロンと同じだなんて、そこまで恐ろしいことになっていただなんて……これはもう死んだ方がいいのかも……」
「チュレンヌ様、お気を確かに……あなた様は、悪酔いをなさっているんですわ」
しょんぼりと落ちた肩を軽く叩きながら、お水を差し出します。
かなり、激しく凹んでおられるようです。男性でも、身嗜みに命をかける例もあるということの、これは生きた証拠でしょう。
しかし、それなりに近づいていますが、言うほど臭いは感じませんね……先ほど、店長にお水のピッチャーを持ってきてもらいましたが、その時も、特に不快な臭いはしませんでした。
こういうのは個人差があるか、密着するほどに近付かないとわからないか、汗をかくなど、特殊な状況下でしかわからないものなのかも知れません。
「だから、あまり気にしない方がいいですよ、チュレンヌ様」
泣き萎む太った中年男など、鼻より目の毒ですから。
「うう、あ、ありがとう、君は優しい娘だな、シザーリア君。お尻撫でていいかね」
「ええ、どうぞ。撫でたその手を、炭にされてもいいのなら」
「……イエ、スミマセン、調子ニノッテマシタ……オ許シ下サイしざーりあ様……」
あらあら、どうしたのですか? 顔が青くなっていますよ、チュレンヌ様。言葉も片言ですし……おかしな方ですね、ふふふ。
「え、笑顔で黒いオーラをせおってはならん、シザーリア君! 仕方ないのだ、男とはそういう生き物なのだ! ちょっと優しくされたら、コイツ俺に気があるんじゃね? と思って、舞い上がってしまう習性があるのだ!
魔法学院の学院長が、そういう学説をアカデミー経由で発表しておった……学問的な裏付けのある、どうしようもないこの世の真実なんだ!」
だからと言って、好意を示されたらお尻を撫でると? その間の接続が、無学な私には理解しかねるのですが?
「そ、それは、我々が自分を知っているからよ。私は自分がイケメンでないと知っている。女に好かれにくい顔だとわかっている! だから、チャンスが来たと思えば、それを逃すまいと必死になるんだ!
この店に来るのも、少しでもたくさんのチャンスを欲してのことだ……女の子たちが近い距離で接客してくれるこの店なら、チャンスも多いかも知れんと思って……それだけでなく、貴族権限で女の子を隣に座らせて、こちらからボディタッチを繰り返し、精神でなく肉体からガンガン押していけば、いずれ向こうもこちらの情熱に当てられて、クラッと来てくれるんじゃないかと……そう、思って……!」
心の底から搾り出すような、チュレンヌ様の腐れた叫びでございました。
見ると、周りの取り巻きの皆さんも、涙しながら頷いておられます。トリステインの男たちというのは、かくも馬鹿ばかりなのでしょうか?
「チュレンヌ様……あなた様の(奥様や娘さんがいながら、他の女性とのアバンチュールを求めるという、夏場の沼地に一週間放置された犬の死体より腐れた)情熱については、よくわかりました。
しかし、女性の立場から、そのやり方にひとつ修正を加えさせて頂けませんでしょうか?」
「と、というと?」
「論より証拠。あちらをご覧下さいな」
そう言って、私は主の……ヴァイオラ様のおられるテーブルを指差します。
チュレンヌ様は、それを見て、驚愕に目を見開かれました。当然でしょう。そこにはいつの間にか、ハーレムとでも呼ぶべき人間模様が出来上がっていたのですから。
ヴァイオラ様を取り巻く、女性、女性、女性。皆さん、愛しい者に向ける優しい目で、ヴァイオラ様を見つめています。
ヴァイオラ様を膝に載せて、後ろから抱きしめるようにしている、ダークブルネットの女性は……あれは少し、まずいかも知れませんね。ヴァイオラ様を見る目が尋常ではありません。頭の中で「好き好き大好きヴァイオラちゃん」という言葉を、一分間に二百回ぐらい繰り返していそうな目です。
とにかく、女給たち全員が全員、男どものする阿呆な勘違いではない好意を、ヴァイオラ様に向けていたのです。
「な、な、なんだあれは……何が起きているのだ、先住の魔法か?」
震える声で、誰にともなくチュレンヌ様が問い掛けます。
「我々が、いくら女給たちを近付けても、向けられたのは接客用の作り笑顔だけだったのに……お嬢様は、なぜこんな短時間で、女どもの心を掴んだのだ? わからん、私にはわからん……」
「本当に、わからないのですか? これはいわゆる、『北風と太陽』なのですよ。この民話、ご存知ありませんか?」
「き、『北風と太陽』だと!?」
「し、知っているのか、ライディン!?」
声を上げた取り巻きのライディンさん(他に、ギガディンさんとミナディンさんとパルプンティンさんがいらっしゃいます)に、チュレンヌ様が聞き返します。
「ええ、子供向けの民話です。その筋は、確かこのようなものでした――」
■
――昔々、あるところに、『北風』と呼ばれる風メイジと、『太陽』と呼ばれる火メイジがいた。
ふたりはライバルであったが、どちらが上かという決着のついたことはなかった。その日もふたりは、互いを下そうと、杖を向け合っていた。
「太陽殿、勝負だ! 今日こそ、我が風が最強だということを証明してみせよう!」
「あやややや、受けて立ちますぞ! こちらこそ、火の本質が破壊だけではないということを証明してみせましょう!」
そしてふたりは相談の結果、そばを通り掛かった旅人に得意な魔法を使って、その服を脱がした方が勝ちだというルールを取り決めた。
まず、北風が旅人に向かっていった。強力な風魔法が、旅人のコートを激しくはためかせ、吹き飛ばそうとする。
が、旅人は服を飛ばされてなるものかと、コートの前をしっかり合わせて、風に立ち向かった。北風は結局、抵抗した旅人から、一枚も服を剥ぎ取れなかった。
次は太陽の番だった。彼は炎の魔法を使い、周囲の気温を急上昇させた。汗が吹き出るような熱気に、旅人は涼しさを求め、厚いコートをさっさと脱いでしまった。
「やった、私の勝ちですぞ!」
太陽が勝鬨を上げた、その直後!
「さっきからあんたら、何してくれてんだい!」
二重の魔法に曝された、怒りの旅人(アルビオン人、二十三歳女性)が、杖を振るい、三十メイル級の巨大ゴーレムを作り出し、その巨大な拳を北風と太陽に向かって繰り出したのだ!
「あたしに恨みでもあんのかっ、この唐変木ども! 死ね、氏ねじゃなくて死ね!」
あわれ、北風と太陽はゴーレムにボコボコにされ、最後には踏まれてぺっちゃんこにされてしまったのでした……おしまい。
■
「……えーと、そのやるせない終わり方の民話が、あのお嬢様のハーレムとどう関わってくるのだ?」
納得がいかないらしい表情で、チュレンヌ様が問われます。
まったく、察しの悪い豚です。これならば火を通せば食べられる分、普通の豚の方が優れているかも知れません。
「いいですか、チュレンヌ様。あなた様は、女性に好かれようと、いろいろなことをなさいました。女性と接触する機会を増やすため、この酒場に通い、女性を無理矢理に引き寄せたりもしました。そうですね?」
「あ、ああ、そうだ」
「対して、ヴァイオラ様はどうでしょう。今までの経緯は存じませんが、今はもう女性たちを疎ましく思われたのか、離れようとしておられます。
なのに、女性たちは逆に、ヴァイオラ様を引き寄せ、離すまいとしています。チュレンヌ様とヴァイオラ様、していることは真逆で、結果も真逆です。なぜ、こんなことが起きたのでしょう?」
「はっ!? き、『北風と太陽』か!」
わかったようですね。どうやらナメクジよりはまともな脳をお持ちのようで、何よりです。
「そう。チュレンヌ様は、女性たちを無理にものにしようとなさった。対してヴァイオラ様は、まさか全員を短時間のうちに口説いたはずもないですから……おそらく、女性たちからアプローチしたくなるような、そんな態度を取ってみせたのでしょう。
それを踏まえた上で、もう一度ご覧下さい。……ほら、ヴァイオラ様ときたら、ただあそこにいらっしゃるだけなのに、何となく近付いて撫でたくなりはしませんか?」
短い手足を振り回して、愛くるしいお顔の表情をくるくる変えて。まるで幼い子供のよう。
きっとあの女給たちは、ヴァイオラ様のことを、十歳前後だと思っているのでしょうね。
本当の年齢を知っている私でも、つい微笑んでしまいます。チュレンヌ様も、目尻を下げて、父親のような表情で和んでいます。取り巻きさんたちも……あら、ひとりだけ、目をギラギラさせてハアハア言っている人がいますね。この方はあとで、軽くウェルダンにして差し上げましょう。
「なるほど、わかった……大切なのは、向こうから近付いてきたくなる態度を取る、ということなのだな。
しかし、私のようなブ男はどうすればいいのだろう? 私はあのようにかわいくはないのだ。同じような仕種をしても、思いっ切り引かれるだけだろう」
「いい質問です、チュレンヌ様。……つまりそこを、女性たちから学ぶべきなのですよ。女性が寄りつきたくなるような、魅力あるナイスミドル。それがどういうものかを知り、その像に近付くよう、己を変えていけば……」
「おおお……シザーリア君! 君のような素晴らしい教師には、私は初めて出会ったよ!」
「お褒め頂き、光栄です」
「君のような教師に、魔法学院時代も教わりたかったものだ……おっぱいの大きい、若くて美人の女教師に……ためになる授業の礼として、おっぱい揉んでもいいだろうか?」
「ええ、お好きなように。ただし、あなた様の上半身が沸騰して爆散しますが、かまいませんね?」
答えは聞いていません。
■
「のじゃああぁぁっ! く、くっつくなきさまらー! ここはたわわな果実の農場かー!? 誰か、誰か男よ、我と替われー!」
「ん〜♪ ヴァイオラちゃんのほっぺ、すべすべ〜♪」
■
「ちゅ、チュレンヌ様あぁっ!? チュレンヌ様の下腹部が、年齢制限無しでは描写できないことにー!?」
「あら。間違えましたでしょうか……? フフフ……」
■
さまざまな愛欲を坩堝で混ぜて――魅惑の妖精亭の夜は、更けていく……。
■
……やれやれ、昨日は死ぬかと思うた。
我がいくら高貴で、人の上に立つ者のオーラを撒き散らしとるからとはいえ……まさか、酒場の女給どもが、あそこまで奴隷根性を顕在化させるとは思いもせなんだ。
全員が忠誠の証のつもりか、我とのハグを望みよったし(我の顔を埋める大きさの胸を持っとる奴は、全員腐り落ちよと呪っておいた)、ジェシカにいたっては「ヴァイオラちゃんの椅子になっていいのは、あたしだけ!」とか大声で宣言しとった。
「また来てね? 待ってるからね? むしろ座りたくなったらいつでも呼んで! すぐに椅子になりに飛んでいくから!」
……とか、店を出る時に言われたのが、怖くて仕方がないのじゃあぁ……。
と、とにかく、思い出すと不安になることは、記憶のごみ箱に詰め込んでフタをして、ひもで縛って土に埋めて周りを鉛に錬金して閉じ込めて、忘れ去っておくのじゃ。
今日はこれから、兄様に会える。その喜びの前では……その、恐怖的なものは不要じゃ。
馬車に乗り込み、朝日の中を王宮へ向かう。
貧乏矮小国家トリステインといえど、王家の城はさすがに立派じゃ。衛士が左右に立つ大門を潜り、城に入る。
出迎えの衛士に、アポイントメントを確認させ……さあ、ついに兄様のおる場所まで、連れていってもらえるのじゃ。
「シザーリアよ、ここからは私的な面会になるでの、お前は控えの間にて待機しておれ」
「かしこまりました、ヴァイオラ様」
シザーリアと別れ、案内役の文官について、城の廊下を進む。
赤い絨毯の上を、曲がりくねり階段で上り下りし、百数十メイルほど歩いて……ついに、その部屋が見えてきた。
「あちらの応接室にて、お待ちです」
「ご苦労でありました。ここからはひとりで行きます故、どうぞお構いなく」
文官に礼を言って、下がらせる。久しぶりの再会、他人の同席などいらんのじゃ。
わずかな緊張とともに、扉を叩く。中から「どうぞ」という、懐かしい声。心臓が、一度大きく跳ねた気がした。
扉を開ける。アーチ窓のある、広く明るい部屋の中、小柄な人影がひとつだけ立っていた。
それを見た瞬間、我の心と体は、どちらも駆け出すことを選んでいた。柔らかい絨毯の上をぱたたたと走り抜け、その人に、兄様に向かって、一直線。
「兄様――っ!」
がし、と、鷹が獲物を捕らえるように、兄様の腹にタックルするように抱き着いた。兄様が苦しそうに「がはっ」とか言うたが、喜びで頭いっぱいな我には聞こえぬ。
「ミ、ミス、コンキリエ。いけませぬ。淑女が、そんな子供じみたことをしては」
「えー? かまわんではないか、兄様。アクレイリアの屋敷にいた頃は、毎日我を受け止めてくれたじゃろ?」
兄様の暖かみを頬に感じながら、我は彼の顔を見上げた。
総白髪で、口ひげも真っ白の兄様は、シワだらけの顔を苦笑させて、昔のように、我の頭を撫でてくれた。
そして、そのあとに続くんは、言い聞かせるような説教じゃ。わかっとるんじゃよ、我。
「昔は昔、今は今です。あなたも今は、枢機卿という責任ある立場についた大人でしょう。それにここは、トリステイン王宮。あなたは、ロマリア人のお客様です。私人ではなく公人として振る舞って頂かねば、私が困ってしまいますのでな」
「まったく、相変わらずお固いのう……じゃが、教皇選定会議の時、帰ってこんかった奴に、枢機卿としての責任を言われたくはないぞ?
のう、兄様……ううん、公人として、じゃったな……久しぶりに会えて嬉しいぞ? ミスタ・マザリーニ」
ロマリア人にして、トリステイン王国宰相を務める彼。我と同じ、枢機卿の肩書きを持つ彼。
さらには、「鳥の骨」などというふざけたあだ名を持つ彼……マザリーニこそ、我の大好きな、兄様なのじゃった。
■
おまけ
■
俺、平賀才人と、ご主人様であるルイズが、この魅惑の妖精亭で働き始めて、しばらく立つ。
俺はだいぶ皿洗いに慣れてきたけど、ルイズの接客の方は……残念ながら、今日も客の額を、ワイン瓶でノックする衝動を抑え切れなかったみたいだ。
これじゃ、チップレースでの最下位は確定的に明らかかな……。スカロンさんやジェシカも、いろいろ指導はしてくれてるんだけど(特にジェシカは、「ちっちゃくてフワフワ……ハアハア」とか言いながら、いつも積極的にルイズにかまってくれている。……なんか危険な感じもするけど、たぶん気のせいだよな?)。
「何か、一発逆転の大イベントみたいなのがあればいいのよ! 悪徳役人とかが客や店員を脅して、横暴を重ねて、最後には私たちに退治されて、有り金全部置いていくような……そんなイベントさえ、発生してくれれば……」
ルイズが、爪を噛みながら不穏なことを言っている。
いやお前、さすがにそんな都合のいい事件とか起きないって。しかもちょっぴり強盗みたいな思想も入ってるぞ。自重しろ。
あ、またお客さんが来たみたいだ。ルイズ、行ってこいよ。
「はーい……って、なにあれ」
ルイズが、訝しげに入ってきた客たちを見ている。
俺も、ちょっと覗いてみたが……確かに、あんまり見ない種類のお客さんたちだった。全員が、黒や紫の色眼鏡をかけていて、口には葉巻をくわえている。マントをつけてるから、貴族なんだろうけど……なんだこれ。Vシネinハルケギニア?
ルイズが躊躇していると、別の妖精さんが接客に出ていった。
「あ、チュレンヌ様、いらっしゃいませ〜。お席、いつものところで?」
「ああ。酒も同じだ……アルビオンのスコッチをロックで頼む」
ボスらしき恰幅のいい貴族が、めっちゃ渋い声でそんなことを言ってる。
で、ぞろぞろと店の奥の、やたらランプの明かりを暗めにしている席に行って、男たちだけでポーカーなんか始めやがった。妖精さんをひとりもはべらせないで。この店の客なのに、なんかすごい珍しいな。
「ねえねえ、ジェシカ。あの人たち、何なの? チクトンネ街の闇に潜む組織のトップか何か?」
ルイズが、近くにいたジェシカに聞いている。うん、確かに見た目はマフィアとかの大物臭い。
しかし、ジェシカは何でもないとばかりに、笑って答える。
「ああ、あれ? この辺を取り仕切る、徴税官のチュレンヌ様とそのご一行よ。渋くてカッコイイ男の在り方を研究していて、うちの店じゃ『男の浪漫倶楽部』なんて呼ばれてるわ。そんなことより、あなたの髪の匂い嗅いでいい?」
「ふーん、そう。じゃあ別に悪者とかじゃないわけ? 税率勝手に変えるとか言って、お店の人を困らせたり、杖で脅して、お金も払わず飲み食いしたりはしないの?」
「あはは、ないない。昔はそんな時もあったけど、最近は仕事もきちんとしてるし、支払いも普通にしてくれるしね。男として恥ずかしい振る舞いはしない、がコンセプトだから、むしろ普通のお客さんより、マナーはいいわよ。そんなことより、うなじ舐めてもいい?」
男の浪漫、かあ。確かにあれは……なんていうか……イイな。
酒場の奥の静かなテーブルで、ウイスキーを傾けながら、バクチに興じる強面の男たち。
その姿は、薄暗いランプの明かりの中、葉巻の紫煙でぼんやりと煙っていて……。
ま、混ざりてェー! あの漢どもの末席に、俺も加わりてェーッ!
「うーん、そんな人たちじゃ、一発逆転イベントの相手にはなりそうにないわね。
はぁ、どこかにいないかしら、ちょうどいい悪党って……」
「ね、ね、そんなことより、今夜あたしの部屋に来ない?」
……うん、とりあえず、ルイズはジェシカからなるべく遠ざけておこう。
そんなことを思った、魅惑の妖精亭のアンニュイな夜だった。