雅美が寝てから2時間、時計の針はもう夜の8時を指してた。
「よ〜し、もうそろそろ解散するか」
「そうですね〜、もうこんな時間ですもんね」
「それじゃあまた明日ですね!」
「うし、お前ら気をつけて帰れよ」
ちょっとここで問題発生。俺、自分の部屋知らないんだけど……。う〜ん、ひさ子に聞いたらわかるかな?
「あ、あの〜」
「どうした篠宮」
「俺の部屋って……」
「知らん」
まあそうですよね。わかってましたよ。ええ。
「じゃあ俺はどうすれば……」
「別に部屋の確認の仕方を教えてやらんこともない。ただ……」
「ただ?」
「このままの方が面白そうだから教えない!行くぞ!関根!入江!」
「あいあいさー!」
「あっ!待って下さいよ〜!」
「あっ、ちょっと……」
ひさ子の掛け声とともに三人は無情にも帰ってしまった。
さて、ここらでちょっと状況を整理しよう。この部屋には現在俺と雅美しかいない。しかも雅美は泥酔状態で眠っていて非常に無防備だ。
ということは、今ならいくらでもあんなことやこんなことも出来てしまう。しかし、そんなことをすれば間違いなく雅美は悲しむだろう。ここは俺の理性に頑張ってもらって我慢だ。
そんな中で俺が出した答えは……
「片付けでもするか」
お菓子の袋やらコップやらの片付けをするということだ。寝て起きたら自分の部屋が散らかっていた、なんてことは誰だって嫌だろう。それを雅美に味わってほしくない。だから気持ちを込めて誠心誠意掃除をした。
ほんの30分ほどで掃除は終わった。それはそうだろう。ゴミをまとめてコップを洗って床を拭くくらいだ。そんなに大変な作業はない。
しかし、ここでまた一つ新たな問題が発生した。
「………どうしよう…暇だ……」
そう、やることが無くなってしまったのだ。どうしようかと悩んでいると、ふと窓が目に入った。
「……ってか窓から出入りできるじゃん」
窓から出入りが出来るとわかったならこの部屋に留まる理由はない。ちょっと散歩にでも出かけるか。
入るときはそこまで気にしてなかったけど、結構高いな……。あと地面が見えないっていうのも中々怖い。
まあ大丈夫かな…。
窓を開けて飛び降りる。
「よっと」
無事に着地。あそこから飛び降りても無傷とは我ながら化け物みたいな身体だと思う。
「さあて、どこ行ってみようかなぁ」
今日来たばかりなので見ていないところはたくさんある。
「……どこか行く前に誰か案内役がほしいなぁ……」
学園を一目見てそう思った。なんせこの学園はめちゃくちゃ広い。ちょっと知らないところに行くとすぐに迷子になってしまいそうだ。
……仕方ない、部屋に戻ろうか。そう思いかけた瞬間、誰か人の気配がした。
「だ、誰だ!?出てこい!」
「私よ」
「うわぁっ!?」
ゆりだった。
「なによ、出てこいって言ったくせに出てきたら驚くって」
「ごめん……」
「あなたすぐ謝るわね」
「ご、ごめ……」
「ほらまた謝る」
謝るのは癖なんだよ……。
「………」
「ま、いいわ。」
いいんかい。
「なんで空から降ってきたのかしら?」
いや空から降ってきたって。
「ちょっと散歩でもしようかな〜と思って……」
「それで降ってくるの?随分アクロバティックな散歩ねえ」
アクロバティックな散歩ってどんな散歩だよ。
「そっちこそこんなところで何してるの?」
「私も散歩よ」
「そうなんだ」
「そういえばさっき篠宮くん案内役が欲しいって言ってたわよね?」
「うん。言ってた」
「私が案内役になってあげてもいいわよ?」
「ほ、本当!?」
「ええ。ただし条件があるわ」
条件?面倒なものじゃなければいいんだけど……。
「ちょっとあなたの力を見せてほしいの」
それは大丈夫だけど……明日じゃダメなのか?と考えて顔を少ししかめる。するとゆりは俺の気分を害したと思ったのか言葉を付け加えてきた。
「あっ、別に無理にって訳じゃないわよ?嫌なら断ってね」
「全然大丈夫だよ」
「い、いいの?無理してない?」
「うん」
なんだかんだで気を使ってくれる良い子だ。
「よし、それじゃあ早速行きましょうか」
そう言うとゆりは学習棟の方に向かって歩きだした。
「ねえ」
「なに?」
「どこへ向かってるの?」
「着いてからのお楽しみよ」
さいですか。
「それよりも篠宮くん」
「ん?」
「なんで空から降ってきたの?」
「えーっと……雅美の部屋にいたから?」
「それでなんで降ってくるのよ」
「普通にドアから出たら他の生徒に見つかって通報にされるかもしれないでしょ?だから窓から出入りしたんだよ」
「ふ〜ん……」
納得したのかしてないのかよくわからないなぁ。
「ま、ぶっちゃけそっちはどうでもいいわ。それよりも気になることができたから」
「気になること?」
「篠宮くん、正直に答えてね?岩沢さんとどこまでしたの?」
なんか盛大に勘違いしてないか!?
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「なによ。誤魔化そうって言うの?」
「そうじゃなくて!俺と雅美はそんな関係じゃ無いよ!」
「じゃあ岩沢さんの部屋で何してたのよ」
「俺がガルデモに入ることになったからその歓迎会をしてもらってたんだよ!」
「……な〜んだ、つまらないわね」
悪かったな。
そんな話をしながら歩くこと約10分。ゆりが急に足を止めた。
「さあて、着いたわよ」
「……ここ、どこ?」
周りを見渡すと辺りは木々に覆われていた。
「どこって、森の中だけど」
「そりゃあ見ればわかるよ」
「なら聞かなくていいじゃない」
なんか特別な呼び名があるかと思って聞いただけだよ。まさか「森」ってそのまんま返ってくるとは思わなかったよ。
「ここで俺に何をしろと……?」
「そうねぇ……何してもらおうかしら」
「いや決めてなかったのかよ」
「き、決めてないわけじゃないわよ!とりあえずそこにある木を折ってみて!」
「決めてなかったよな?」
「うっさいわね!早く折ってみなさい!」
「はいはい……。この木でいいの?」
「あっ、そんなに太いのはさすがに厳しいと思うからそっちのもっと細い方で……」
メキメキメキ!ドォーン!
少し力を込めるだけで木は簡単に折れた。
「ほら、満足?」
「え、ええ……」
ゆりが顔を引きつらせながら答える。
「こんな大木をいとも簡単に折るなんて……」
「怖い?」
「いいえ。ただちょっと驚いているだけよ」
良かった。怖がられてはないようだ。
その後もゆりは顎に手を当ててなにかブツブツ言いながら考え事をしていた。そして……
「篠宮くん」
「はい?」
「あなたを陽動と第一線の両方に配属させるわ」
「と、言いますと?」
「篠宮くんには天使と第一線で戦いつつ、時には陽動もやってもらう、っていうことよ」
掛け持ちってやつか。まあ別に大丈夫だろう。
「ああ、分かったよ」
「話が早くて助かるわ。それじゃあ早速だけど明日の午前9時に校長室に来てくれるかしら?」
「オッケー。校長室っていうのは今日行ったところだよね?」
「ええ、そうよ」
明日の午前9時だな。遅れないようにしなくちゃ。
それからしばらくしてゆりと一緒に学生寮まで戻った。
「それじゃあ明日頼むわね」
「わかってるよ。それじゃあここでね」
「ええ、おやすみなさい」
「おやすみ」
そう言った瞬間、俺は地面を蹴って跳び上がる。また雅美の部屋に戻るためだ。
部屋に入ると雅美はまだ寝ていた。時折苦しそうな顔をしている。なにか辛い夢でも見てるのだろうか。
「太一ぃ〜……どこだぁ〜……」
俺の夢を見てるのかな?それにしても苦しそうな表情だ。
「俺はここにいるよ」
少々臭いセリフを吐きながら手を差し出す。すると雅美が俺の手を握るや否やホッとしたような表情に変わった。スースーと気持ちの良さそうな寝息を立てている。
しかし、気持ちの良さそうな寝息を立てられては困るのだ。俺が寝れなくなる。かと言って手を引っ込めれば雅美はまた苦しそうな表情に戻る。う〜む……どうすればいいものか……。
まあ仕方ない。一緒に寝るしかないな。幼い頃はよく一緒に寝ていたし、大丈夫だろう。多分。
こうして俺は極限まで下心を押さえつけてこの世界に来て初めての睡眠を取った。