岩沢雅美の幼馴染   作:南春樹

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第二十話「生徒会」

ガルデモ初の事前告知体育館ライブ当日。

 

朝から戦線メンバーの動きは慌ただしかった。

 

念密にゆりが練った計画を一人一人頭の中に叩き込む。

 

無論、それはガルデモも例外では無い。

 

どの時間帯は先生が少ないから楽器を運びやすい、この時間帯にはこんな曲を演奏してくれ、もし天使や教師が乱入してきたら、など色々なマニュアルを覚えなければならない。

 

楽器運びと天使、教師の乱入に関しては俺が一人いれば済む話ではあるが。

 

でも楽器運びはともかく天使と教師との抗争は避けたいな……。

 

怪我とかさせたく無いし、できれば穏便に済ませたい。

 

……そういえば俺って天使と会話したことないな……。

 

ちょっとこの会議が終わった後ゆりに聞いて許可が出れば天使の偵察に行ってこようかな。

 

そんなことを考えているとあっという間に会議は終わった。

 

内容はボリューミーだが、全員慣れているのかスピード感のある会議だった。

 

…会議というより通告の方が近いか。

 

さてさて、今回は彼女ではなくリーダーとしてゆりの元へ向かいますか。

 

 

「お疲れさま」

 

「ああ、篠宮くん、お疲れさま。どうかした?なんかわからないところでも?」

 

「ううん。作戦の内容とはちょっと別の話」

 

「何?」

 

「この後ちょっと天使のところに行ってきてもいい?」

 

「……なぜ?」

 

 

いつもとは違い冷たい声で返される。

 

 

「偵察みたいなもんだよ。相手を知らずに戦うのは危険だと思ってさ」

 

「そ、ならいいわよ」

 

「ありがとう」

 

 

普通に猛反対されるかと思ったけど、そういう名目なら接触はOKなんだな。

 

 

「でも、言いなりになっちゃダメよ?消えるきっかけになりかねないわ」

 

「わかった。善処するよ」

 

「あと最後に、リーダーとしても彼女としてもお願いするわ。……絶対に消えないで」

 

 

鋭くも悲しそうな目で訴えてくる。

 

 

「大丈夫、俺は消えないよ。約束する」

 

 

そう言いながらゆりの頭を撫でる。

 

リーダーとして冷静を保っているように見えるが、若干顔が赤くなっている。

 

いくらゆりとは言えども血流まではコントロールできないようだ。

 

とんでもなく当たり前だけど。

 

さて、ところ変わって校長室前。

 

ドアを開けてみると雅美とひさ子が待っていてくれた。

 

 

「太一、練習行こうぜ」

 

「ごめん!ちょっと用事があって…」

 

「用事?」

 

「用事って、なんの用事だ?」

 

 

素直に伝えるべきか、それとも心配をさせないように少し嘘をつくか。

 

ほんの一瞬だけ迷った。

 

すると。

 

 

「太一、なんか誤魔化そうとしてるんなら正直に話してくれよ?」

 

「うぐっ…」

 

「お見通しだっつーの。何年一緒だと思ってんだ」

 

 

さすがは幼馴染と言ったところか。

 

隣にいるひさ子も雅美を見て若干驚いている。

 

 

「わかったよ、話す」

 

 

よしよしと雅美は満足げに頷く。

 

 

「ちょっと天使の偵察に行ってくるんだ」

 

「て、天使のところ!?大丈夫なのか!?」

 

 

満足げな表情から一変、目を丸くして積めよっってくる。

 

 

「別に戦いに行くわけじゃないし、大丈夫だよ」

 

「で、でも!消えるかもしれないだろ?」

 

「俺は消えないよ。根拠はないけど、約束する」

 

 

二人の目をまっすぐ見て言う。

 

俺がここまで言うのが珍しいのか、二人は顔を見合わせてアイコンタクトを送り合っていた。

 

そして。

 

 

「わかった。私たちは太一の言葉を信用する」

 

 

二人からのお許しがでた。

 

お許しが出て気兼ねなく天使の偵察に行けることになったのは良いのだが……。

 

 

「どこにいるんだろ?」

 

 

どうすれば天使に会えるかわからない。

 

生徒会室かと思い覗いてみたがいないようだ。

 

となれば教室……はどこかわからない。

 

詰みましたね。

 

仕方が無い。適当に鉢合わせるまで歩き回るかと思っていた矢先。

 

 

「何してるの?もうすぐ授業よ」

 

「うぉあ!?」

 

 

鉢合わせた。

 

急すぎるよ。

 

 

「?どうしたの?」

 

「い、いや…ちょっとびっくりしただけ」

 

「そう。それよりももうすぐ授業よ?」

 

「え…っと…授業に出たいんだけど教室がわからなくて……」

 

「そう。それなら仕方ないわね。教室へ案内するわ」

 

 

そう言って天使は歩き出した。

 

しばらく歩くと天使が止まった。

 

 

「ここがあなたの教室よ」

 

 

3-Aと書いてある。

 

 

「A組なんてあなた頭が良いのね」

 

「え?そうなの?」

 

「ええ。クラスは生前の成績によって決まるわ。A組はとても優秀だったってことよ」

 

 

ふうん。そういえば生前は成績なんて気にしたことなかったな。

 

 

「ありがとう。えーっと……名前……」

 

「立華」

 

「下は?」

 

「奏」

 

「ありがとう立華」

 

 

さすがに本人に面と向かって天使なんて言えないよ。

 

 

「あ、あのさ」

 

「なに?」

 

「初めての授業で不安だから一緒に受けてもいい?」

 

「別に構わないわ。ちょっと待ってて、机と椅子を持ってくるから」

 

 

そう言うと天使はどこかの教室へ入ってそこから机と椅子を持ってきた。

 

 

「お待たせ。さぁ授業を受けましょう」

 

 

まあ偵察のためだし授業は受けますよ。

 

でも教師の話には耳を傾けてはいけない。

 

あくまで聞いているフリだ。

 

ゆり曰く、聞いたら消えるきっかけになりかねないともことだ。

 

授業中はひたすら今夜の作戦のことを考えたり隣にいる天使の観察をしたりして時間を潰した。

 

そんなこんなをしていると、意外と早く授業は終わった。

 

 

「お疲れ様。どうだった?」

 

「ああ、とても有意義だったよ」

 

「そう。それはよかったわ」

 

 

別にいきなり攻撃とかはしてこないんだな。

 

そういえば敵意が無いとみなされたらなんにもしてこないんだっけか。

 

 

「あなた、この制服を着てるってことはあの人たちの仲間なのよね?」

 

「えっ?あ、ああ…まあ……」

 

 

な、なんだ?なんかされるのか?

 

 

「校内でこんなチラシ見つけたのだけれど」

 

 

天使が見せてきたのは今夜体育館で行われるガルデモのライブの張り紙だった。

 

 

「困るわ。こういうのはちゃんと生徒会に許可を取ってからじゃないと」

 

「は、はぁ…ごめん」

 

 

普通に怒られた。

 

 

「許可を取ればいいの?」

 

「ええ、ちゃんと許可を取れば何も言わないわ」

 

「…………」

 

 

……毎回許可取ればいいじゃん……。

 

 

「どうしたの?」

 

「えっと…今夜のやつって今からでも許可もらえる?」

 

「本当は一週間前に申請して欲しいのだけど……」

 

「そこをなんとか!」

 

「わかったわ。生徒会室まで付いてきて」

 

 

え?いいの?と若干困惑しつつ俺は天使の後をついていく。

 

いやぁ、言ってみるもんだね。

 

しばらく歩くと生徒会室についた。

 

 

「入って」

 

 

ドアを開けると机やら椅子やらが陳列されていた。

 

生徒会室だから当たり前なんですけどね。

 

 

「なんですかあなたは?」

 

 

中に入ると黒い学ランに黒い帽子をかぶった少年がいた。

 

少年と言っても多分俺らと同い年なんだろうけど。

 

 

「今夜のライブで体育館を使うからその許可を出すために連れてきたのよ。名前は……」

 

「篠宮太一」

 

「そう、篠宮くん」

 

 

ほぅ…と言いながら俺をまじまじ見る少年。

 

 

「あなたのその制服はあの迷惑団体のものですね?そのような団体に許可を出すわけにはいきません」

 

 

迷惑団体って……まあそうかもしれないけど。

 

っていうかこの少年はNPCなのかな?

 

今日授業を受けた感じだとこの制服を着ているからといって邪険にされたとは感じていない。

 

明らかに他の人とは違う思考……もしかして人間……?

 

いやいや、生徒会用のNPCかもしれない。

 

……でも一応聞いてみるか。

 

 

「えーっと……」

 

「なんですか?」

 

「名前はなんて言うのかなーって……」

 

「ああ、申し遅れました。生徒会副会長の直井文人です」

 

「じゃあ直井、前世の記憶ってある?」

 

「何を言ってるんですか?そんなのあるわけ無いじゃ無いですか」

 

 

いや、こいつはNPCじゃない。

 

ほんのわずかだが眉毛が動いた。

 

本当にNPCならばポーカーフェイスを貫こうとせずに普通に表情に出すはずだ。

 

 

「ねえ立華」

 

「なに?」

 

「直井とは何年間一緒に仕事してる?」

 

 

この質問により直井のポーカーフェイスが崩れた。

 

 

「う〜ん…そういえば何年かしら…?」

 

「か、会長!その話は後にしていまはこの方の申請の話を進めましょう!」

 

「え?いいの?」

 

「はい!それでは手続きを行いますので私についてきてください」

 

 

そう言って生徒会室を出ようとする直井。

 

しかし。

 

 

「どこへ行くの?申請書類はここにあるわよ?」

 

 

天使に止められてしまった。

 

 

「あーっと!忘れてました!ささ、早くここに必要事項を記入しちゃってください!」

 

 

とりあえず直井はNPCでは無いことは確定した。

 

……どうでもいいけどこいつなんか企んでそうだなぁ。

 

まあ、いいや。指示通り書類に記入しますか。

 

 

「はい、これでいい?」

 

 

そこまで記入しなければならない項目は多くはなく、ものの2分ほどで終わった。

 

 

「はい、確かに受理しました。次回からはちゃんと一週間前に申請してね?」

 

「一応先生たちにも知らされるんだよね?」

 

「ええ、先生たちにも知らされるから怒られることは無いと思うわ」

 

 

とりあえず校長室に戻ってゆりに報告するか。

 

あ、でも今夜のライブを正式に認可されちゃったら天使を引き付けられないかもしれないのか。

 

ん〜……結構まずいかもしれないぞ?

 

……ま、パッと思いついたアイデアを提案してみますか。

 

 

「ねえ立華」

 

「なに?」

 

「今夜のライブ一緒に見ない?」

 

 

こうやるくらいしか浮かびませんでしたよ、ええ。

 

さすがにこんな安易なアイデアが通るわけ……

 

 

「いいわよ」

 

 

通ったよ。

 

 

「どうしたの?そんな鷹がスタンガン食らったような顔して」

 

 

そこまでひどい顔してないでしょ。

 

 

「い、いや、普通に来てくれるんだって…」

 

「せっかく誘ってくれたんだから当たり前でしょ?」

 

 

……あれ?普通にいい人じゃね?

 

この場合はいい天使?

 

どっちでもいいか。

 

 

「ありがとう。それじゃあ今夜7時に体育館の入り口集合で大丈夫?」

 

「ええ、大丈夫よ。楽しみにしてるわ」

 

 

天使に一言「また後で」と声をかけて生徒会室をあとにしようとすると。

 

 

「し、篠宮さん!ちょっと着いてきていただけませんか?」

 

 

直井が声をかけてきた。

 

 

「ん?なに?」

 

「ちょっとお話が……」

 

 

そう言ってどこかへと誘導してくる。

 

 

「どこへ行くの?」

 

「着いてからのお楽しみです」

 

 

着いてからのお楽しみって……絶対なんか企んでるよ。

 

数分ほど歩くと、ギルドとは違う地下への入り口に着いた。

 

 

「ここは…?」

 

「この学校の倉庫です。マンモス校なものでいろいろな備品などは地下でも作らないと入りきらないんですよ」

 

 

なるほど、倉庫ね。

 

……にしては人が出入りしている様子は無いなぁ……。

 

梯子を降りるとコンクリートで覆われた冷たい廊下が広がっていた。

 

 

「ささ、こっちです」

 

 

こんなところまで連れてきてどうするんだろ?

 

 

「さ、この部屋です」

 

 

直井が指を差した部屋は非常に厳重そうな扉が入り口となっている部屋だった。

 

 

「ここで何をしろと……?」

 

「いいから入ってください」

 

 

入ってくださいったって……中には剥き出しのトイレと硬そうなベッドがあるだけ。

 

テレビやパソコンなどの娯楽設備は皆無だ。

 

これじゃあ倉庫というより牢獄じゃないか。

 

 

「ささ、どうぞどうぞ」

 

 

背中を押して俺を入れる直井。

 

俺が中に入ると部屋の扉は重く大きな音を立てて閉まってしまった。

 

はは〜ん……閉じ込められたな?

 

多分この扉も中からは開かないようになっているんだろう。

 

だが俺にはそんなの通用しない。

 

ちょっと力を入れれば鈍い音と共に扉が開いた。もとい壊れた。

 

 

「なっ!?」

 

 

外にいた直井は鷹がスタンガンを食らった顔をしている。

 

まあそれはそうだろうね。

 

俺だって逆なら驚くもん。

 

 

「貴様どうやって……」

 

「力づく」

 

「は?そんな馬鹿な……」

 

 

俺は直井を横目に壊れた扉を外し、片手で持ち上げた。

 

百聞は一見に如かずってことでね。

 

 

「ね?」

 

「なんだと……?恐らく天使でも開けられない扉を易々と……貴様何者だ?」

 

「ただの人間だけど?」

 

「ほう…面白い。人間ならば試してみるか」

 

 

直井が近づいてくる。

 

そして俺の目をじっと見つめる。

 

そして。

 

 

「貴様は今から僕の下部だ。なんでも僕の言うことを聞く忠実な下部だ。さあ、天使を始末してこい」

 

「…………何言ってんの?」

 

「…………は?」

 

 

なんか急に目が赤くなったと思ったら中2病臭いことを……聞いているこっちが恥ずかしくなってくるよ。

 

あ、もしかして催眠術をかけようとしてたのかな?

 

 

「なぜ僕の催眠術が効かない!?」

 

 

ビンゴでした。

 

 

「残念ながら俺に催眠術は効かないよ」

 

「なぜだ!?なぜ貴様は僕の催眠術が効かない!?」

 

「さあ?なんでだろうね?」

 

 

俺にもわかんないよ。

 

え?なんでかからないていうのを知ってるかって?

 

戦車の時に一緒に実験されたって言えば納得してもらえますかね。

 

 

「くそッ…!今日のところは見逃してやる!」

 

 

うっわすんごい雑魚キャラ臭。

 

その一言を残し直井は走って何処かへ行ってしまった。

 

……とりあえず今夜の件と直井の件をゆりに報告するか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

校長室。

 

 

「神も仏も天使もなし」

 

 

がちゃり。

 

 

「太一くん!おかえりなさい!無事だったのね!」

 

 

あ〜…やっぱり可愛い彼女の笑顔は癒されるね……。

 

 

「た、太一くん?」

 

 

あ、いかんいかん。

 

本題に入らないと。

 

 

「ゆり、真面目な報告が二つ」

 

「なに?なにか天使の情報でもわかったのかしら?」

 

「いや、生徒会副会長直井のこと」

 

「ああ、あのNPCね。あれがどうかしたの?」

 

「あれ、普通に人間だよ」

 

「えっ!?」

 

 

目を真ん丸くするゆり。かわいい。

 

いや今はそんな場合じゃ無い。

 

 

「あいつ、地下に変な牢獄作ってる。さっき閉じ込められた」

 

「と、閉じ込められたって……怪我は……無いわね」

 

 

ええ、無いです。

 

 

「しかも催眠術を使えるらしいね」

 

「催眠術?例えばどんな?」

 

「さあ?俺催眠術効かないからわかんなかった」

 

「ふ〜ん……『催眠術効かないから』にちょっと引っかかるけど……まあいいわ。生徒会副会長の件、把握したわ」

 

 

なんかこうやって新しい情報を伝えられるとスパイにでもなった気分だね。

 

実際スパイみたいなもんだったけどさ。

 

 

「それと、あともう一つの件は?」

 

「ああ、今夜のライブの許可正式に取ってきた」

 

「はあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

校長の机から体を乗り出すゆり。

 

 

「許可を取ったって……天使に!?」

 

「うん」

 

「どうやって!?許可を取ろうとするといっつも生徒会副会長に……あ」

 

 

合点いったみたい。

 

 

「その副会長の正体を見破ったからすんなり話を通せたってわけね?」

 

「まあ大体そんな感じ。あとついでに天使もライブに誘った」

 

「……というと?」

 

「足止めだよ。天使が部屋に戻ったら困るでしょ?俺と一緒にいてもらうから雅美たちにも害は及ばないと思うよ」

 

 

はぁ…と大きなため息をつかれた。

 

 

「しっかし、我が彼氏ながら恐ろしい人材ね。常々思ってるけど、太一くんをあの時しっかり勧誘できていて良かったわ」

 

 

そうだね、そうじゃ無かったら分からな……いや、そのうち雅美の事見つけてどの道仲間になってたか。

 

 

「こんな人と生前ずっといたんですもの、岩沢さんもああなるわよね……」

 

「ん?どういうこと?」

 

「なんでもないわよ。さ、太一くんはガルデモに合流しなさい。そして今夜のライブは安全に執り行われることを伝えてきてちょうだい」

 

「ん、了解」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもの空き教室。

 

 

「えぇー!?じゃあ今日は邪魔される心配無いんですか!?」

 

「うん、多分無い」

 

 

雅美たちに今日の夜の件を話した。

 

 

「はぁ〜よかったぁ……」

 

「みゆきち昨日からずーっと緊張してたもんね!」

 

「しおりんだって緊張してたじゃん……」

 

 

ほうほう、いつも元気でアホっぽいしおりも緊張するのか。

 

 

「……先輩いま失礼なこと思いませんでした?」

 

「いや、別に」

 

 

ちょっと焦った。

 

なんなんだろう?なんで女の子ってみんな勘鋭いんだろう?

 

 

「正直気は楽になったな」

 

「全くだ。多分いままでの陽動の中で一番危ない作戦だったもんな」

 

 

雅美とひさ子にも緊張はあったようだ。

 

そりゃあそうか。もしかしたら天使にやられてたかもしれないんだもんな。

 

 

「ま、どうなっても太一が助けてくれるけどな」

 

「ピンチの時に颯爽と現れて私たちを助けてくれる……まるで王子様みたいですね!」

 

「みゆきちはどんな王子様像を頭に描いてるのさ……」

 

「えー?でも先輩ならそんなイメージじゃない?」

 

 

どんなメルヘンな存在なんだよ、俺。

 

 

「いや〜…太一は王子様っていうより騎士っていうイメージかな」

 

 

雅美さんもまたメルヘンなイメージをお持ちで。

 

 

「しおりんはどんなイメージ?」

 

「私?私はー……普通に優しいお兄ちゃんって感じかな」

 

 

おっと、意外にも今の所一番まともな答えだぞ。

 

 

「だって風邪ひいた時も親身に看病してくれたし、私がわがまま言っても絶対に嫌な顔しないもん」

 

「あーわかる。だから私もいろいろわがまま言っちゃうんだよな〜…」

 

 

おやおや雅美さん、自覚ありましたか。

 

 

「あ、でもさすがに肝試し行こうって言った時はすんごい嫌な顔したなぁ」

 

「まあ…そりゃあするよ」

 

「え?太一おばけとか苦手なのか?」

 

「苦手。もう本当に嫌い」

 

「じゃ、入江の仲間だな」

 

「わ、私もおばけとか怖いものが苦手で〜……」

 

 

なんとなくわかる。

 

ってか入江のイメージ的にお化け屋敷バンバン行くってところを予想できない。

 

 

「いっつもしおりんに怖いDVDとか見せられるんですよ……」

 

「え?この世界に怖いDVDとかあるのか?」

 

 

ちょっとなんでこの幼馴染喰い付いてんの。

 

嫌な予感しかしないよ?

 

 

「はい!図書館に行けば生きていた頃のDVDがわんさかあります!」

 

 

なんでこの金髪元気に答えてんの。

 

 

「ほ〜う……」

 

「一応言っとくけど、絶対に見ないからね」

 

「やだ。絶対に一緒に見る」

 

 

こうなると雅美は絶対に引かないからなぁ…。

 

 

「ひさ子も太一と一緒に見たいよな?」

 

 

頼むひさ子。俺を困らせるなと言ってくれ。

 

今の状況では俺はホラー映画を見る羽目になる。

 

ひさ子の一言で変わるかもしれないんだ。

 

頼m…

 

 

「確かに見てみてぇな」

 

 

終わった。

 

 

「よし!決まり!」

 

「岩沢先輩!私も一緒にいいですか?」

 

「ああ、もちろんだ」

 

「ちょっと待って、俺まだ一言も見るって……」

 

「みゆきちも見たいよね?ね?」

 

「怖いのは嫌だけど……先輩が一緒なら……」

 

「………」

 

 

このままでは俺がホラー映画を見るのは確実だ。

 

そんでもって打開策はほぼ皆無に等しい。

 

20秒ほど悩んだ結果、結論を出した。

 

 

「…………わかった」

 

 

おお!と、4人から歓声が上がる。

 

 

「ただし!今日のライブを絶対に成功させること!」

 

 

そりゃあ条件出しますよ。

 

せめてマイナスをプラスにしたいですもの。

 

 

「おう!まかせとけ!」

 

「久々に太一の怖がる顔が見れるんだもんな!」

 

「じゃあ今回はアドリブしません!」

 

「成功すれば先輩と映画……!」

 

 

俺とホラー映画を見るから頑張るというのは如何なものかと思うが……まあやる気が出たしOKとしよう。

 

 

「よーし!最終調整頑張るぞ!」

 

「「「オー!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後6時。

 

 

「ガルデモのみなさん、そろそろ時間です。準備を開始してください」

 

「お、もうそんな時間か。ありがとな遊佐」

 

「いえ」

 

 

それだけを言い残してどこかへ行ってしまった。

 

なーんか遊佐みたいな女の子見たことあるんだよなぁ……。

 

気のせいかな?

 

 

「よし、太一、アンプとドラムセット運んでくれ」

 

「はいよ」

 

 

アンプとかって結構重いらしいからね。

 

以前は運ぶのも一苦労だったらしいから俺が来て助かってるんだと。

 

流石に一括で運べないから何回かに分けたが、5分足らずで全て体育館に運び終えた。

 

 

「やっぱ太一がいると早いなー」

 

「いくらなんでも早すぎだろ……」

 

「ま、私達だけじゃ時間ギリギリだっただろうな」

 

「だろうな……」

 

「余った時間どうする?」

 

「腹ごしらえでもしとくか?」

 

「そうするか…」

 

 

と、いうわけで一同食堂へ。

 

食事中はいつもと特に変わったことは無いので割愛させてもらおう。

 

そして6時50分、ライブ開始10分前。

 

 

「よしっ!お前ら気合い入れていくぞ!」

 

「おう!」

 

「はい!」

 

「が、頑張ります!」

 

 

4人が機材チェックを終え、ステージ裏にスタンバイをした。

 

 

「んじゃ、俺は客席から応援してるよ」

 

「おう!頼むぜ!」

 

「私達の勇姿見ててください!」

 

 

軽く言葉を交わし、ステージ裏を後にした。

 

そして天使との約束通り体育館の入り口へと向かった。

 

約束の時間の10分前にもかかわらず天使はもうそこにいた。

 

 

「ごめん、待たせた?」

 

「いいえ、今来たところよ」

 

 

なんかカップルがデートをするときみたいなやりとりだな。

 

 

「それじゃあ入ろっか」

 

「ええ」

 

 

忘れてはいけないのが今回の俺の役割は天使を監視して、ガルデモの安全を確保すること。

 

決して気を抜いてはいけない。

 

果たして天使は本当に雅美たちを襲わないのか。

 

教師は乱入してこないのか。

 

様々なシミュレーションを頭の中で行っているうちに時刻は7時になりライブが始まった。

 

瞬間的に体育館内は暗くなりステージ上に立つ4人だけに照明が当たっている。

 

すげえ……。

 

言っちゃ悪いが普段のあいつらの姿からは想像もできないようなオーラとカリスマ性だ。

 

そう思った次の瞬間、入江のドラムからCrow Songの演奏が始まった。

 

 

「やっぱ最初はこの曲ですよね!」

 

「そうだよねー。この曲を聴くと始まるぞ!って感じが……ってユイ!?」

 

「はい!ユイにゃんです!……って天使!?」

 

 

びっくりした……ユイがいるなんて。

 

そんでもってユイも天使の存在にびっくりしている。

 

 

「せ、先輩!何やってるんですか!」

 

「ああ、大丈夫。今日は普通にライブを見に来ただけだから。ね?」

 

「ええ、篠宮君に誘われて」

 

「はぁ…事情はよくわからないけど分かりました!」

 

 

アホでよかった。

 

 

「先輩が天使とも付き合い始めたってことですか?」

 

 

本当にアホだった。

 

 

「違う違う。普通に誘っただけだよ。な?立華」

 

「………」

 

 

ステージを見つめたまま返事が無い。

 

 

「天使、ガルデモに釘付けですね」

 

「そうだね」

 

 

俺とユイもそのままガルデモの演奏に聞き入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言えば今回の作戦は成功に終わった。

 

ガルデモは危険にさらされることはなく、ライブも大いに盛り上がった。

 

天使エリア侵入班も無事に情報を仕入れることができたらしい。

 

そして何よりもすごいのが。

 

 

「今日は楽しかったわ。また誘ってくれるかしら?」

 

 

天使と仲良くなれたこと。

 

仲がいいっていうと語弊があるが、まあニュアンス的にはそんな感じだ。

 

距離は縮まった。

 

 

「うん、次もまた誘うよ」

 

「ありがとう。それじゃあ今夜はもう遅いから部屋に戻るわ。おやすみなさい」

 

「ああ、おやすみ」

 

 

天使の後ろ姿をユイと一緒に見送る。

 

 

「なんか、天使普通に楽しんでましたね」

 

「そうだね。普通に観客として楽しんでくれてた」

 

「なーんか拍子抜けしちゃいました。天使のことだからこう……ズババババーン!って攻撃してくるのかと」

 

 

どんな想像だよと言いたいところだが正直俺もそんな予想はしなくもなかった。

 

 

「ま、なんにせよ無事に終わったから良しとしますか。ユイ、今からステージ裏行くけど来る?」

 

「えっ?いいんですか!?」

 

「明日から正式にメンバーなんだしいいでしょ」

 

 

言い忘れていたが、ユイはこのライブの次の日から正式にメンバーとして加入することになっている。

 

あの紙を貼った日の夕飯はずっと質問攻めにあったなぁ。

 

先輩が交渉してくれたんですか?から始まり好きな食べ物は?まで。

 

意味不明だと思うが、それくらい幅広く質問されたと思っていただければ。

 

 

「う〜ん…いや、私今回はやめときます!5人のガルデモの最終夜なので5人だけで楽しんでください!」

 

 

変に気を使ってくれるなぁ。

 

ま、今回はお言葉に甘えさせて貰いますか。

 

 

「ありがとう、ユイ」

 

「いえいえ!それじゃあ明日からも引き続き宜しくお願いします!」

 

「うん、おやすみ」

 

「おやすみなさい!」

 

 

さて、ユイも見送ったし早く雅美たちのところへ行くか。

 

って言ってもすぐそこなんですけどね。

 

 

「あ〜……疲れた〜……」

 

 

なんかしおりが椅子に座って天を仰ぐ感じで燃え尽きてる。

 

 

「せんぱ〜い」

 

「ん?」

 

「お姫様抱っこで部屋まで連れてってくださ〜い……」

 

「こら関根!まだ片付け終わってないだろ!」

 

 

しおりがひさ子に怒られている。

 

 

「え〜!もう疲れました〜!」

 

「早く片付け終わったら太一がなんでも好きなことしてくれるってよ」

 

「え?」

 

 

なにそれ聞いてない。

 

 

「ほ、本当ですか!?一緒に寝てもいいんですか!?」

 

「いいぞ」

 

「やったぁ!頑張って片付けしちゃいます!」

 

 

さっきまでの燃え尽きは嘘のようにテキパキと片付けを始めた。

 

まあ片付けが進むし別にいいか。

 

 

「たーいちっ!」

 

「おわ!?」

 

 

いきなり雅美が後ろから抱きついてきた。

 

 

「どうだった?私たちの演奏!」

 

 

なんかライブ終わりでハイになってるみたいだ。

 

いつもとは明らかにテンションが違う

 

 

「なんていうか……シビれた。今までで最高のライブだったよ」

 

「よしっ!」

 

 

ガッツポーズが繰り出された。

 

そこまで嬉しかったのかな?

 

 

「ホラー映画だ!」

 

「そっちかよ!」

 

 

ひさ子から的確なツッコミを入れられている。

 

正直俺もそう思った。

 

 

「ひさ子楽しみじゃ無いのか?」

 

「確かに楽しみだけどさ……」

 

 

俺は全然楽しみじゃ無いんですけど……。

 

 

「何見ようかな〜……普通にストーリー仕立てのもいいんだけど、太一が苦手そうなのってホームビデオに映り込んだ感じのやつだと思うんだよなぁ…」

 

 

ええ、当たりですよ。さすがは幼馴染っす。

 

ただ今回の場合当たってほしくなかったです。

 

 

「ほ、ホラー映画の話は置いといて片付けよ?ね?」

 

「……ま、そうだな。先に片付けて後からじっくり考えるか」

 

 

どの道お先は真っ暗なようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあ、私も結構楽しみですよ?ホラー映画」

 

「しおりもそっちサイドなのか……」

 

 

PM10:00

 

約束通りしおりが俺の部屋を訪ねてきた。

 

今はお茶を一緒に飲みながら談笑をしているところだ。

 

 

「あの怖がりのみゆきちですらこっち側ですからね〜。多分同志はいないと思いますよ?」

 

「えぇ〜……」

 

 

四面楚歌とはこのことか…。

 

確かに今日のライブは凄かったし約束もしたけどさ……。

 

いざ本当に見るとなるとやっぱり嫌だ。

 

 

「あ、そういえばなんかみゆきちから話しかけられたりしました?」

 

「入江から?特になんにも無いけど」

 

 

片付けの最中も黙々とやってたからな。

 

 

「みゆきちのやつ〜!ちょっと待っててください!」

 

「え?」

 

 

そう言い残すとしおりは急に靴を履いて部屋を飛び出した。

 

なにがなんだかわからないよ。

 

出て行ってから5分、なんだか扉の向こうで女子の話し声が聞こえる。

 

十中八九一人はしおりだ。

 

あと一人は……入江?

 

あんまり盗み聞きというのは良く無いが……俺の場合どうしても聞こえてしまう。

 

仕方ないよね。

 

 

「や、やっぱり無理だよ〜……」

 

「何言ってるのさ!ライブ前までの威勢はどうした!」

 

「い、いざ言うってなったらやっぱり緊張しちゃって……」

 

「そんな心構えだからいつまでたっても伝えられないんだよ!ほら!ズババババーン!と伝えてこい!」

 

「なんでスタンガンみたいに伝えるのさ……」

 

「細かいことはいいから!ほら!」

 

 

……男子寮で女子の話声はまずいなぁ。

 

部屋に入ってもらうか。

 

 

「……なにしてるの?」

 

「ひゃっ!?せ、先輩!?」

 

「とりあえず一応ここ男子寮だし、部屋に入りなよ。バレたら大変だし」

 

「そうですね!ほらみゆきち!入ろ?」

 

「う、うん……」

 

 

入江はおじゃましますと小さな声であいさつをしてから部屋に入る。

 

しおりはただいまー!と元気よく入ってきた。

 

ただいまに関しては言及しませんよ。

 

ちゃんとおかえりって返したけどね。

 

 

「それで、なんで入江がここに?」

 

「え、えと…えっと……」

 

 

下を向いてもじもじしながら顔を赤らめている。

 

 

「先輩に伝えたいことがあるんですよ!ね?みゆきち!」

 

「え?あ、ああ……うん」

 

 

伝えたいこと?

 

 

「ほら!勇気出して!」

 

「ちょ、ちょっと待って!深呼吸……」

 

 

スーハー。

 

そんなに改まってなによ。

 

 

「よし……!」

 

 

なにか覚悟を決めたようだ。

 

 

「先輩!す、好きです!付き合ってください!」

 

「おお!みゆきちやったよ!言えたじゃん!」

 

「しおりん!私言えたよ!」

 

 

抱き合って喜びを分かち合う入江としおり。

 

それよりも入江の告白よ。

 

 

「え?す、好きっていうのは……」

 

「異性としてです!お付き合いをさせてください!」

 

 

グイッと顔を近づけて目をまっすぐ見つめてくる。

 

もう入江の緊張は消えて、むしろ全てが吹っ切れているようだ。

 

 

「何番目でもいいです!先輩の傍にいたいんです!」

 

「何番目って……」

 

 

俺は彼女たちに優劣はつけない。

 

っていうかつけたら失礼でしょ。

 

 

「入江の好意は嬉しいし、受け入れたいけど他の人たちが……」

 

「そう言うと思って事前に聞いてあります!全員みゆきちなら問題無いとの回答でした!」

 

 

ビシッと敬礼するしおり。

 

それなら何にも問題無いね。

 

 

「わかった。入江、これからもよろしく」

 

「せ、先輩……!よろしくお願いします!」

 

 

入江は満面の笑顔になる。

 

隣にいるしおりも凄い嬉しそうだ。

 

 

「じゃあ今日はもう時間も時間ですしお風呂に入って寝ましょうか。私とみゆきちでお先に頂いちゃって大丈夫ですか?」

 

「え?ま、まあいいけど」

 

 

あれ?てっきりいつもの流れかと思ったけど…。

 

 

「じゃ、じゃあ私一回部屋に戻って着替え取ってくるね」

 

 

そう言い残して入江は部屋から出て行った。

 

 

「ま、今回はみゆきちがいるのでそう言うのはまた今度にしましょう」

 

「ああ、そういえばそう言うのに耐性無いんだっけ」

 

「ええ、戦線で一番のピュアですから。ま、これから色々慣れさせますけどね」

 

「あんまり手荒いことはしないようにね?」

 

「大丈夫ですって!私に任せてください!」

 

 

……不安だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、おやすみなさ〜い」

 

「お、おやすみなさい」

 

「おやすみ」

 

 

3人ともお風呂を済ませてベッドに潜り込んだ。

 

1人用としては十分なベッドも3人で寝ると結構きつい。

 

しかも俺を真ん中にして小の字で二人とも腕に抱きついてくるもんだから色々柔らかいものが……。

 

ライブで疲れていたのか両サイドからすぐに寝息が聞こえてきた。

 

それに比べて俺は……。

 

ええい!煩悩よ消え去れ!

 

長い夜は続きそうだ。




次回、球技大会

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