「わぁ〜!可愛い〜!」
「なぁゆりっぺ、この猫名前なんていうんだ?」
「『サクラ』ちゃんよ」
「へぇ〜サクラちゃんって言うんだ」
椎名からサクラを見せてもらった次の日、ついでに言えばユイがガルデモに加入した次の日、校長室に集まったメンバーにサクラのお披露目会が行われていた。
お披露目っていうとなんかサクラが見世物みたいになって嫌だな。
メンバーに紹介をしている、くらいにしておこう。
ちなみにさっきの会話は戦線最古参メンバーの3人、すなわちゆり、日向、大山の会話である。
いまサクラを抱いているのは大山。
その様子を羨ましそうに眺めているのは椎名。
なぜ発見者の椎名が懐かれていないかと言えば、土手煮事件のせいだろう。
昨晩、椎名の部屋にサクラを連れて行ったが、溝が埋まることはなかった。
ちなみに、その際発見者である椎名にもこの名前で良いか確認を取ったところ「問題ない」との返答が来た。
これで正式に名前が決定したというわけだ。
改めてサクラを見てみよう。
今は藤巻の腕の中にいる。
乱暴に抱くのかと思ったが、意外と緊張しているようで丁寧に抱いていた。
藤巻もどこか笑顔が溢れている。
「はーい注目!そろそろ定例会始めるわよサクラちゃんと戯れるのはこれが終わってからにしなさい」
パンパンと手を鳴らし、先ほどとは打って変わって真面目な雰囲気が流れる。
切り替えの早さが尋常じゃない。さすがは幹部だ。
ゆくゆくは俺もこうならないと。
「高松くん、報告をお願い」
「はい、今日は特に何もありません」
「ぃよーっし!サクラちゃんと遊ぶわよ!」
「「えぇーーーーーっ!?」」
俺と音無の声が被った。
「はやっ!?なにそれっ!?」
「いやいや、お前と音無が来てから結構報告することとか多かっただけだって。普段はこんなもんだぜ?」
「そうよ。毎日毎日なんかあったらたまったもんじゃないわ。休息だって必要よ」
日向の言葉に乗っかるゆり。
ONからOFFの切り替えの早さも尋常ではないようだ。
「So Cute!!!!」
「う〜む……可愛いというより美人系だな」
「毛並みも良くてツヤツヤだね〜」
あっちの方では大山がサクラを抱きかかえてそれを取り囲むように俺と音無と日向以外の男子メンバーが会話をしている。
「しっかし、この世界に猫までいるとはなぁ…」
「今まで無かったよね、こんなこと」
「ふん!たかが猫でここまで騒ぐとは……馬鹿らしい。ゆりっぺの方が100倍は美人で可愛いぞ!」
「にゃ〜」
野田の顔をじっと見つめて鳴くサクラ。
「うぐっ……仕方ない…10倍にしておいてやろう…」
「結局折れてんじゃねーか」
サクラの可愛さは野田をも多少素直にするようだ。
ちなみに野田は俺とゆりっぺが付き合ったのを知らないみたい。
ゆりっぺに小声で「教えなくていいの?」と訊いたところ、「言ったところでメリットがないからいいわよ」と返された。
確かに言ったところで発狂して襲いかかってくる未来しか見えないもんな。
まあそうなったら抑え込めるからいいんだけどさ。
そんなことをゆりと話していると、雅美がちょんちょん、と腕を突いてきた。
「ん?」
「太一、練習行くぞ」
「ん、オッケー。じゃあまた後でね、ゆり」
「ええ。また夜にでも」
「にゃ〜」
足にすり寄ってくるサクラ。
「ん?連れて行けって?」
「んにゃ!」
正解のようだ。
「いいな〜篠宮は。あんなに懐かれててさ」
日向が羨ましそうに声をかけてくる。
「生前から動物には懐かれやすくてね」
「俺なんて顔を見られた途端、寄ってこなくなったぜ……ったく」
「それは藤巻くんの目付きが悪いからだと思うよ」
「んだと大山!俺の目付きがわりぃってのかよ!?」
「ほ、ほら!そういうところ!今怖い目してる!」
目付きの他に短気もあると思うが。
「う〜ん…でも……」
「ん?どうした?太一」
「いやさ、教室に連れてったらものすごい音じゃん?びっくりしちゃうんじゃないかなって」
「あー…それもそうだな」
「でもここに置いていってもついて来ちゃうだろうし……」
「ん〜…」
顎に手を当て、少し考える雅美。
「ま、今日はいいか。どうせ明後日の天使エリア侵入作戦に向けて練習するだけだし。よし太一、今日は1日自由でいいぞ」
「えぇ!?急に言われても……」
「じゃ、私は練習に行くから。また後でな」
一人で練習教室に行ってしまった……。
追いかけてもいいけど……サクラがなぁ……。
「にゃ〜♪」
まだ足にすり寄ってるし。
「ま、つーわけで篠宮。今日は俺たちと存分にボーイズトークでもしようぜ」
日向が肩に手を置いてくる。
なんかむさ苦しそうな提案だな。
「ボーイズトークかぁ……」
思えばこの世界に来てから女の子とばっかり話してたから新鮮かも。
うん、と言いながら首を縦に振ると大山と藤巻と松下五段と高松が乗ってきた。
「もちろん、音無も来るよな?」
「え?あ、ああ。もちろん参加するよ」
考え事をしていたのか、若干反応が遅れる。
野田は?と尋ねると、あいつはお前に怯えて来ないだろうとの回答を日向から貰った。
校長室を見回してみると、もう姿が無くなっていた。
やっぱり怖がられてるのかと少し傷つくが俺は諦めない。
なるべく誰とでも仲良くしたい。
別に俺は野田に敵意があるわけでも悪意を持って接してるわけでもない。
強いて言えば……そう、野田の運が悪かっただけだ。
……いや、前言撤回。ボーッとしてたからとはいえ投げ飛ばしたのは俺が悪かった。
だからこそ、きちんと謝りたい。
「ねえ、野田って普段どこにいるの?」
「野田ぁ!?なんでまたあいつに……」
「ちょっと話したいことがあってさ」
「ふ〜ん……ま、篠宮がそう言うなら止める理由は無いけどな。え〜っと…あいつ普段どこにいたっけなぁ……」
日向はなんだかんだで親身になってくれるいいやつだ。
「野田くんなら今の時間帯河原にいるんじゃないかな?」
横から大山の声が飛んできた。
「河原?」
「うん河原。野田くんはいつもあそこで体を鍛えてるんだよ」
「ふむ…確かにあいつはあそこにいるな」
松下五段もそう言っているからほぼ間違いなく正しい情報だろう。
「え?あいつそんなところにいたっけか?」
「ええいます。私もなんどか見かけました」
「オッケー!ありがとう!ちょっと行ってくる。ほら、サクラ行くよ」
「にゃ」
もし野田が取り合ってくれなかった時用にサクラを連れていく。
サクラを話題にして少しでも距離を詰めようという作戦だ。
なんだかサクラを仲直りの道具みたいに扱っているのは気が引けるが、今度おいしいものでもご馳走して罪滅ぼしとしよう。
「あ、日向たちは俺の部屋にでも先に行ってて。場所わかるよね?」
「え?ああ、わかるけど……勝手に入っちゃっていいのか?」
「平気平気。やましいものなんて無……あ」
あった。正確には痕跡だが、非常に見られたく無いものがあった。
具体的な表現は避けるが、雅美やひさ子などという固有名詞を出せば察しが付くだろう。
「ごめん!やっぱ俺の部屋無理!」
「なんだ〜?やっぱやましいもんでもあんのかぁ?」
ニヤニヤと詰め寄ってくる藤巻。
まあ、あるよ。それは否定しない。
「ふむ…よしっ、漁るか」
何言ってんの松下五段!?
「おお!なんか楽しそうだね!」
「馬鹿なの!?」
珍しく比較的大きな声でツッコんだ。
いや、珍しくも無いかな?
まあそんな過去の大声の有無はどうでもいい。
「いいじゃねえか篠宮。俺たちはどんなものがあろうと絶対に引いたりはしねえぞ?な?音無」
「あ……ああ……」
もう既に音無に引かれてるんですが。
それはそうと、同じ校長室にいるゆりに助けを求めるアイコンタクトを送ってみるも、俺が狼狽えている様子が面白いのかニヤニヤして見てるだけだ。
一応言っておくと、ゆりっぺさんの私物とかもありますからね?
多分なんだかんだで断ると思っているのだろう。
……よし、こうなったらかけてみるか。
「わかった。部屋の鍵渡すよ」
「ええっ!?」
お、なんかあっちの方で素っ頓狂な声がしたぞ。
「ちょ、ちょっと!太一くん!」
予想通りゆりが駆け寄ってくる。
「……断ってよ?」
うっ……袖を引っ張りながらの上目遣いは卑怯だ……。
向こうで日向たちが「ゆりっぺもすっかり乙女になって……」と小さな声で言っている。
心なしかゆりの頬が赤くなってきた。
「と、とにかく!断ってよね?」
その一言を残して校長の椅子へと戻っていった。
いやまあ同じ室内にいることに変わりは無いんですけどね。
すっかり乙女になったゆりにみんな驚いたのか、その後の俺の断りにはすんなりと応じてくれた。
っていうかこれを話の種として男子会を進めるようだ。
各々校長室を出て、会場である日向の部屋へと向かう。
が、俺はその前に行かなければならないところがある。
そう、野田のところだ。
ところ変わって河川敷。
結果から言うと野田はいた。
なにやら自慢のハルバートを振り回してトレーニングをしているようだ。
少し気が引けるが、声をかけることにしよう。そうしないと先に進まないし。
「よ、よう」
「おわああああぁぁぁぁぁぁああああ!?」
ズザザァとすんごい勢いで後ずさりされた。
「な、なぜ貴様がここにいるっ!?」
ハルバートを向けられた。臨戦態勢のようだ。
「にゃ〜」
サクラ、ナイス。
可愛らしい猫を前にして野田の臨戦体制も少し緩和されたようだ。
「野田、俺は戦いに来た訳じゃないから安心して」
両手を上げて無害をアピールする。
少し困惑の表情を見せてからハルバートを下ろしてくれた。
「えっと……とりあえずそこらへんに座ろっか」
指差して指定した辺りに二人で腰を下ろす。
「…………」
「…………」
「…………」
「………えっと…」
「っ!」
「いやいや、そんなに怖がらないでって」
ほら、と、サクラを野田の膝の上に座らせる。
「ナ〜」
サクラはジッと野田の目を見つめている。
野田の顔を見てみると少し落ち着いた表情になったようだ。
よし、本題に入ろう。
「その……野田!この間はごめん!」
「……は?な…なんのことだ?」
「この間さ、野田のこと投げとばしちゃったじゃん?あの時からなんか怯えられてるからさ……」
「………」
目を見開いてこちらを見ている。
威嚇というよりも驚きという表情だ。
しかし返事が無い。気を失っているとかではなく、考えが纏まらないのだろう。
数十秒の沈黙の後、野田の口が開いた。
「………俺はお前を勘違いしていたかもしれないな…」
「どういう意味?」
「正直な話、俺はお前のことをただの脳筋野郎だと思っていた」
そのセリフは野田にだけは絶対言われたく無いが……。
まあその考えが改まってくれたということで良しとしよう。
「だからこんな俺に謝ってきたことに少し驚いた」
「俺、そんなに脳筋に見える?」
「見た目はそうでも無いが、パワーが凄いからな」
見た目はそうでもないのね。
そこは一安心。
「こういう場合本来なら勝負をして親睦を深めるところなのだが……俺なんかがお前の相手になるわけ無いからな」
勝負で親睦を深めるって完全に脳筋じゃ無いですか。
「親睦を深めたいならさ、ちょっと一緒に来て欲しいところがあるんだけど……」
「一緒に来て欲しいところ?」
お察しの通り、日向の部屋の前。
サクラを肩に乗せながら野田と一緒にここまできた。
もちろん、野田にはこの中で行われていることは説明したし、野田もそれを了承の上でついてきた。
しかし、今になって緊張して一歩を踏み出せないようだ。
「ちょっと待ってくれないか……いま深呼吸を……」
「…何回目?」
記憶が正しければ6回目。
「よし……」
「大体なんでそんなに緊張してるのさ?数十年間共にしてきた仲でしょ?」
「いや、それはそうなんだが……今まであいつらと雑談というものを何もなしに交わしたことがなくてだな……長年の壁というか……」
なるほど、長年過ごしていればこのような悩みも出てくるのか。
ただ、あのメンバーから考えたら野田が特殊なような気もするが……まあそこら辺は心に閉まっておこう。
「気まずくなったら俺とサクラがフォローするから大丈夫だって!」
「にゃ!」
やっぱり賢いな、サクラ。
「……よし、わかった。もう大丈夫だ。ドアを開けてくれ」
「わかった」
ガチャリとドアノブを回す。
本来ならなんて事無い動作にも思わず緊張してしまう。
部屋に入ると、当たり前ではあるがみんなもう揃っていた。
「おー、篠宮に野田、待ってたぞ!」
「おっ、思ったより早かったじゃねーか」
「いらっしゃい!ささ、二人とも座って座って!」
予想外と言ってはあれだが意外にもみんなからは歓迎されているようだ。
歓迎されている本人も目を見開いて驚いている。
「何飲む?」
「ええっと…じゃあコーラで」
「俺も……」
「あいよ!」
日向が紙コップに二人分のコーラを注いでくれる。
「ほいおまたせ」
「ん、ありがと」
「……」
未だにどこか落ち着かないみたいだなぁ……。
ちなみに俺はあぐらをかいているが、野田は正座だ。
「しっかし、まさか野田が素直に来るとはなぁ…」
「……意外だったか?」
「まあ、意外だったな」
「珍しいよね、普通に野田君が来るのって」
「篠宮に脅されたんじゃねーのか?」
「いや、篠宮には脅されていない」
無理やりなんて連れてきませんよ、ええ。
その直後、野田の口から信じられない言葉が発せられた。
「ただ……せ、せっかく仲間が誘ってくれたんだから……その……他の仲間のところに……」
その場にいた全員がぽかーんとしている。
正直俺もぽかーんとしていたと思う。
「の……野田君の口から『仲間』って……」
「熱でもあるのですか?」
「な゛!?俺が仲間を意識しちゃいけないとでもいうのか!?」
「良いっていうかむしろ嬉しいことではあるんだがな……意外だったというか……」
ぽりぽりと日向は後頭部を掻く。
「まいいや。これからもよろしくな、野田」
野田はスッと差し出された日向の右手に戸惑っているようだ。
「な、なんのつもりだ?」
「なにって、そりゃあこれからも仲間でいることを誓い合う握手さ」
更に戸惑っている様子だ。
表情を伺う限り、未だに敵対視しているというより長年のいざこざによる気恥ずかしさによる戸惑いのようだ。
しばしの沈黙の後、ついに野田の手が動いた。
そして、力強く日向と握手を交わした。
「えーっと……なんというか……これからもよろしく……」
そこからはとんとん拍子であっさりと進んでいった。
もともと全員の意識の中に野田との距離を縮めたいという意識があったおかげだ。
そして歓迎ムードの冷めぬ中、話題は本日のメインであるボーイズトークへと移っていった。
いったのだが……。
「だからマグロの赤身が一番だって言ってるだろ!あれに勝るネタなんてない!」
「あんなのが一番だと!?ふざけんな!つぶ貝が最高に決まってんだろ!」
「なんだと藤巻ぃ!?お前マグロを馬鹿にするのか!?」
日向と藤巻がデットヒートしている。
普通のガールズトークならば大体が恋バナというものになるのだろうが、さすがはボーイズトーク。盛り上がるポイントが結構謎だ。
好きな寿司ネタって。
「なぁ」
「ん?」
「なんであんなに盛り上がってんだ?」
「さぁ?」
「にゃ〜…」
他のメンバーが藤巻と日向を囃し立てている中、俺と音無とサクラは部屋の隅っこで比較的冷静にその様子を見ている。
俺は内心藤巻を応援しているが、音無は呆れてサクラと遊んでいる。
なんで藤巻を応援しているかって?
普通に美味しいじゃん、貝類。
まああの話題に加わる気は無いから別にいいんだけどね。なんか疲れそうだし。
「そういえば篠宮、お前本当に岩沢と幼馴染なのか?」
「ん?そうだけど?」
「なんていうか……とんでもない偶然があるもんだな」
「確かにね。生前の知り合い、ましてや幼馴染とこんな世界で再会できるなんてね」
「俺にも大切な人とかいたのかなぁ…」
少し遠くを見つめる音無。
「まだ記憶戻ってないんだっけ?」
「ああ、これっぽちも」
「なんか力になれることがあったらいくらでも協力するよ。特に力仕事なら任せて!」
「物理的に力になるのか……その馬鹿力で殴って記憶を戻す……?」
「いやいやいやいや、そんなことしないって」
頭吹っ飛んじゃうからね。
「冗談だって。なんかあったときは是非お願いするよ」
そんな感じで俺と音無が約束を交わしていると…。
「おい篠宮もなんか言ってやれ!」
日向から飛び火が来た。
「篠宮は絶対につぶ貝だよな!?な!?」
藤巻からも。
こうなっては仕方が無い。
俺はすくっと立ち上がって二人の目をじっと見る。
「…………」
「…………」
二人とも息を飲み、部屋は静寂に包まれる。
多少の緊張も含まれているようだ。
20秒ほど経って、俺は口を開いた。
「……つぶ貝」
「よっしゃああああああああああ!!!!!!!」
「ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう!!!!!!!」
藤巻からはガシッと肩を組まれ、日向は地団駄を踏んでいる。
「なんでだよ!?ホワァーイ!?」
「マグロも確かに美味しいけど、貝のほうが食感も楽しめて良いじゃん」
「さっすが篠宮だぜ!」
「でもちょっと待ってよ!篠宮君はどちらかと言ったらつぶ貝なだけで、本当に好きなネタはわかんないよ!?」
「なにぃ!?それは本当か篠宮!?」
正直言うとつぶ貝よりも鰹のほうが断然好きだ。
食感?はは、そんなこともありましたな。
さっきも言ったように俺はこの会話に加わる気は無かった。
無かったんだけど……聞いているうちにちょっと参加してみたくもなったのだ。
なんか面白くなってきたので本当のことを答えてみよう。
「……………鰹」
「てめぇ!裏切りやがったな!?」
「やっぱりお前は親友だぁー!!!」
今度は日向ががっちりと肩を組んできた。
確かに鰹はスズキ目サバ科マグロ属に分類されるからつぶ貝よりもマグロに断然近い。
「そもそもてめぇなんで鰹なんだよ!」
「普通に食べる以外にも出汁にするっていう選択肢があるじゃん!他の料理の引き立て役にもなるんだよ!?」
「うるせぇ!出汁なら煮干しが一番に決まってんだろ!」
「だいたい煮干しはあんなちっちゃいところからはらわたとか取らなくちゃいけなくて面倒なんだよ!」
「だからこその美味しさがあるんじゃねーか!」
その後もこんな身の無い議論(言い合い)が続いた。
あまりにも身が無さすぎるので割愛させてもらう。
そして2時間後。
「へっ、なかなか鰹も捨てたもんじゃねぇじゃねーか」
「つぶ貝こそ」
がっちりと握手を交わし、さらに友情を深めた。
深めたのだが……。
「待て待て待て待てぇーい!」
一人まだ解決してない奴が。
「なんで鰹は良くてマグロはダメなんだよ!ってかさっきの『つぶ貝こそ』ってなんだよ!『そっちこそ』みたいなフレーズで使うんじゃねーよ!聞いたことねーよ!」
「はいはい、マグロも美味しい美味しい。これで良い?」
「なんでそんな冷めてんだよ!もっとつぶ貝みたいに語り合おうぜぇ!?」
「えー……疲れたよ」
「テンションひっく!これじゃあ俺がバカみたいじゃないですかぁ!」
「えっ…違うのか?」
横から素で音無がツッコんだ。
「ちっがーう!」
「音無くん違うよ、日向くんはバカじゃなくてアホだよ」
「大山もどこ訂正してんだ!?」
好きな寿司ネタの話はどこへいったのやら、この後ひたすら日向がアホだという話で盛り上がった。
そして、つぶ貝と鰹の歴史的和解から更に30分後、話題はやっとこさボーイズトークらしく恋愛のことへと変わった。
変わったのだが……。
「さあて篠宮、洗いざらい話してもらおうか?」
まあそういうことになってるのは戦線メンバー内で俺しかいないもんね。
そりゃそうなるよね。
おそらくこの空間での一番の常識人の音無に助けを求めようにもサクラと遊んでいて助けて貰えそうにもない。
「っていうか野田くんはいいの?ゆりっぺが篠宮くんのものになっちゃったんだよ?」
「………確かに俺はまだゆりっぺのことが好きだ」
みんなが注目する中でぽつりと野田がつぶやく。
「だが、ゆりっぺはそれと同じように篠宮が好きだ。人を好きになる気持ちは痛いほどわかる」
「「「「「…………」」」」」
その場にいる全員が黙って野田の言葉を聞いている。
「俺は本当にゆりっぺのことが好きだ。本当に好きだからこそ、ゆりっぺに幸せであってもらいたい。だからゆりっぺが篠宮といて幸せだというなら俺はそれを受け入れる」
「じゃあ野田としては俺とゆりの関係は公認ってこと?」
「ああ」
おお〜と、感嘆の声が俺と野田以外の口から漏れる。
野田を除く全員がその考えは意外だったようだ。
もちろん、俺も含まれる。
「ただし!もしゆりっぺを悲しませるようなことをしたらその時はただで済むと思うなよ!」
ああ、そうだ。野田はまだゆりっぺのことが好きで好きでたまらないんだ。
大好きなゆりが幸せだからという理由で俺との関係を肯定しているんだ。
「わかった。絶対に悲しませることはしないし、幸せにするよ」
「ああ、約束だ」
そうして俺は野田と本日二度目の握手をがっちりと交わした。
「ってことが昼間あったんだよね」
「ふぅん」
野田との和解当日の夜、俺の部屋にはゆりが来ていた。
ちなみにサクラは昼間遊び疲れたのかご飯を食べたらすぐに専用の寝床に入って寝てしまった。
ゆりにはソファーで横になってもらってマッサージを施し中である。
いつもお疲れのリーダー様に少しはご奉仕しないとね。
「野田のやつ、そんな風に思ってたんだね」
「まあ何はともあれ和解できて良かったじゃない」
「それは本当に良かったと思うよ」
内心、このまま野田に怯えられてたままじゃどうしようかと思ってたし。
これが原因で野田が戦線を離脱して人手が足りなくなった……何てことになったら俺としても責任は取れない。
多分可能性は限りなく低いけどね。
「いや〜、本当にいい報告が聞けて良かったわ」
「そんなに嬉しい?」
「野田くんとの和解ももちろんリーダーとして嬉しいけど、太一くんが私を幸せにしてくれるだなんて彼女として嬉しいわよ」
ゆりはいまうつ伏せなので表情はよく確認できないが、多分ニヤついてるだろう。
声色がなんかはしゃいでる時のやつだもん。
「ね、太一くん、今度は私がマッサージしてあげる」
「え?いいよ、俺そんなに疲れてないし」
「いいのいいの!かわいい彼女がやってあげるっていうんだからちょっとは甘えなさい!」
そういうとゆりはうつ伏せの状態から起き上がり、ソファーを降りて、逆に俺をソファーで寝るよう誘導してきた。
じゃあ今回は可愛い彼女のご好意に甘えるとしますか。
そう思いつつ、ソファーでうつ伏せになる。
「違うわよ、仰向けになってちょうだい」
「あ、仰向け?」
「そう、仰向け。いいツボ知ってるから大丈夫よ」
半信半疑でうつ伏せから仰向けになる。
「はい、体を楽にして、目も閉じてリラックスリラックス」
言われるがまま、なるべく全身の力を抜き、目を閉じた。
その直後。
唇になんか当たった。
っていうか何が当たったかくらいはわかる。
一応こういう経験は初めてじゃないんだし。
そーっと目を開けると予想通り、ゆりの赤面した顔が目の前に広がっていた。
「えへへ、ちょっとベタだったかしら?」
いや「えへへ」って。らしくないですよ。
「でも初めてで慣れてないんだからこれくらいベタでもいいわよね?」
一体誰になんの確認を取っているのでしょうか。
「だーいすきよ、太一くん♪」
そう言いながら仰向けの俺に向かって抱きついてくる。
ひさ子未満雅美以上のものが……ゲフンゲフン。そこで比較するのはやめよう。
「……お風呂、沸かしてくるわね?」
ホールドを解いたゆりの第一声はそれだった。
あんな笑顔で言われたら断ることもできない。
っていうか断る気なんて最初から無いんですけどね。
その後お風呂場から戻ってきたゆりとソファーで隣同士に座り、お風呂が沸くまでの十数分間、なんとも心地いい無言の時間を過ごすこととなった。
もちろんその沈黙を破ったのはお風呂が沸いたという合図の音。
ぴぴぴ、ぴぴぴ、と軽快な音だ。
「さ、行きましょ」
ただが脱衣所までの数メートルの距離でも腕を組みながら歩く。
そして脱衣場に着くと俺は緊張しながら服を脱ぎ始める。
雅美とひさ子でこういうのは経験済みなんだけど、やっぱりまだ慣れないね。
1分もしないうちにお互いが生まれたままの容姿になった。
「やっぱりゆり……服越しでも思ってたけどスタイルいいね……」
「た、太一くんこそ無駄な肉とか一切なくて引き締まってる……」
「「……」」
やはりゆりも緊張しているようで、顔が真っ赤っかである。
「……とりあえず入ろっか」
「……ええ……」
風呂場に入ってまずすることといえば全身を洗うこと。
シャワーから出るお湯でお互いの体と髪の毛を洗い合い、そして湯船に浸かる。
浴槽もいつもながら大きく無いので二人で入ったらいっぱいいっぱいだ。
まあ、必然的に肌と肌は密接するよね。
お互いこの状況には気まずさを感じている。
とは言ってもいい意味(?)での気まずさなんだけどね。
俺は必死にこの状況を打破しようと話題を模索中だ。
おそらくゆりもそうなのだろう。本人は無意識であろうが、目があっちへこっちへと泳いでいる。
「えーっと……」
なんかゆりが口を開いた次の瞬間、ゆりが俺に抱きついてきた。
そして、キス。さっきのようなキスではなく、10秒、20秒、1分と続く長いやつだ。
「ぷはっ」
「ふふ、どう?びっくりした?」
「…うん、びっくりした」
「……愛してるわよ、太一くん」
「……俺も…」
これを皮切りに俺とゆりは風呂場を出て、再びリビングへと戻った。
あ、一応寝間着は二人とも着てますよ?
「あ、やっぱりさっきの雅美から聞いたやつだったの?」
「う、うん……いざこうなった時どうすればいいかわからなくって……ついアドバイス求めちゃった」
通りでなんか似てると思った。
「ま、そうだよね。俺だって未だにわかんないし」
「た、太一くんも?」
「うん」
今までも今回も相手側から来てくれたし……あれ?俺ヘタレ?
いやいや、そんなはずは……。
……よし、たまには男っていうものを見せてやろうじゃ無いか。
「それでさ、太一くん、この後の流れ…むぐっ!?」
ゆりの言葉を遮ってキスをした。
再び1分以上もの長いキス。
「ぷはっ……」
「ここからは俺に任せて」
「う、うん!」
こうして俺はゆりと暑い夜を過ごしたのであった。
次回、副会長登場