二日目。朝4時。
前日早く寝すぎた影響からか、目が覚めてしまい、更に悪ことにもう一眠りしようとしても目が冴えて眠れない。
ベッドの上でうだうだするだけでは時間が勿体無い。
なにか時間の潰せること……。あ、そうだ。今日の予定を考えよう。
昨日は一日中雅美の提案に従うだけだったからな。今日のひさ子はちょっとエスコートしてやろう。
さて……どんなのがいいかなぁ……。
あれ?そもそもひさ子の好物とか知らないや。
麻雀好きとか聞いてるけど、俺麻雀分かんないし……。
むう……。
考え始めて1時間経ったが、ほとんど案が思い浮かばなかった。
運動神経とか良さそうだというイメージがあるので、なにか一緒に運動でもしようかと思ったが、なんというか……デートっぽくない。というかそもそも運動が好きかどうか分からない。
ひさ子の情報、少ないなぁ……。
う〜ん………………。
と、悩んでいたその時。
ガチャ
ドアの開く音がした。
「おじゃましま〜す……」
ひさ子だった。
っていうか朝早いな。人のこと言えないけど。
「スー…ハー……ここが篠宮の部屋か……。篠宮の匂いがする……」
そりゃあ俺の部屋なんだから俺の匂いするよ。
「さてさて、篠宮の寝顔でも拝見するとするか……」
ベッドに近づいてくる音がする。
ここは寝たふりをしたほうが良いのか、それとも、起きてることを教えたほうがいいのか。
……そうだ。少し脅かしてやろう。
「篠宮〜……」
そろりそろり近づいてくる。
もうそろそろいいかな?
「おはよう!」
「きゃああああ!?」
ベッドからガバッと勢い良く起き上がってみると、余程驚いたのかひさ子は悲鳴を上げながら尻もちをついてしまった。
「あははは!」
こんなリアクションを取るひさ子は見たことがない。故にとても面白い。
「びっくりした〜……って!驚かすなよ!」
「ごめんごめん。面白そうだったからつい……ぷふっ」
「わ、笑うなよ!」
頬を染めながら上目遣い。ひさ子もこんなテクニックが使えたのか。
「ひさ子、何しに来たの?」
「何しにって……そりゃあ……その……」
「その?」
「し、篠宮の寝顔でも見て……そして…ベッドに潜り込もうかと……」
「ほう…」
雅美も同じことやってたな。
「それなのに篠宮起きてんだもん」
「ちょっと拗ねた?」
「だいぶ拗ねたな」
ちょっとやり過ぎたかな。
「ごめんごめん、ほら、おいで」
俺は再びベッドに入り隣をぽんぽんする。
「ん……」
ちょっとふてくされながらもベッドに潜り込むひさ子。
「篠宮」
「ん?」
「お返しだ!」
「うわっ!?ちょ、ちょっと!」
思いっきり抱き着いてきた。雅美とはまた違ってボリュームが……。
「ん〜、篠宮の匂い……」
ひさ子が顔を埋めると自然と女の子独特の匂いがする。
「あ、あの……ひさ子さん……」
「なんだよ。岩沢も同じことやったんだろ?」
「ま、まあ、やったけどさ……」
「ならいいじゃねえか」
「えぇ〜……」
超理論。
「篠宮も」
「え?」
「篠宮も私を抱き締めてくれ」
なんちゅーことを言い出すんだこの人。
「な、なんで……?」
「私が抱き締めて欲しいから。今日一日は彼氏彼女の関係なんだろ?」
「そ、そうだけど……」
「なら早く」
「……わかったよ」
昨日に決心した通り、背徳感は気にしない。
「ああ……あの時みたいで安心する……」
「あの時?」
抱き締める力をゆるめてひさ子の顔を見る。
「ギルドで私を助けてくれた時。忘れたとは言わせないぞ?」
「ああ、あの時ね。大丈夫、しっかり覚えてるから」
っていうか忘れようにも忘れられないから。
「あの時は…私の大切な思い出なんだ……。あの瞬間、私は篠宮に惹かれたんだ」
わーお。あの瞬間か。
「その…私、昔から男っぽいって言われてきて恋愛とか慣れてないから上手く言えないんだけどさ、愛してるよ、篠宮」
思わずドキッとする。
ひさ子は男勝りとは言えれっきとした女の子であり、しかも美人。
そんな人から目を真っ直ぐ見つめられて「愛してる」なんて言われればドキッとしない方がおかしいと思う。
「あ、今は返事は要らねえよ。彼氏彼女ってもまだ仮の関係だからな」
「ひさ子……」
「だけど、良い返事は期待してるからな」
ニコッと笑いながら言う顔を見て再びドキッとする。
この笑顔だけ見れば男勝りなんて言われても信じないだろう。
「っと…まだ6時にもなってないんだな。朝っぱらから何言ってんだろ」
確かに雰囲気的には朝という感じでは無かった。
「っていうか眠くないの?こんな早起きして来て」
「少し眠い」
「じゃあ寝る?」
「いや、少しでも篠宮と一緒の時間を過ごしたいから起きてる」
「起きてるって……無理してない?」
「無理はしてねえよ」
ならいいんだけど。
「じゃあ何するの?」
「何って、このままでいいじゃん」
抱きつかれたまんまですか。
「まあ……いいけどさ」
「お、素直だな」
「彼氏彼女の関係でしょ?普通だって」
「はっはっはっ、分かってんじゃん。それじゃあたっぷり堪能させて貰うぜ」
その言葉を最後に結局ひさ子は寝てしまった。
俺?俺はたっぷり寝たのとドキドキで眠れないよ。
そして朝7時頃。
「ん…くぅあぁ〜……」
盛大な伸びとあくびでひさ子が目を覚ました。
「あ〜……私寝ちゃってたのか……」
「おはよう、ひさ子」
「おはよ」
まだちょっと眠そうだ。
そんでもってちょっとエロい。
「よく寝れた?」
「ああ、そりゃあもう気持ちよく寝れたさ。誰かさんのお陰でな」
「そっか。良かった。朝ごはんどうする?」
「ん〜、まだいい。今はもう少しこのままでいたい」
そう言って再び俺の背中に手を回す。
まだドキドキしているが、俺もひさ子の背中に手を回す。
「ふふ、篠宮も乙女心がわかってきたじゃねえか」
「からかうなよ……」
「ごめんごめん」
まあすぐ離したけどね。
理由?ちょっとまずいかなーって。
「……なんで離すんだよ」
少し口を尖らせながら聞いてくる。
「なんでって……ひさ子は女の子だよ?」
「ほう、私を女と認識してくれていたのか」
「当たり前じゃん!」
「ここでか?」
そう言って胸を押し当ててくる。
「ひ、ひさ子!」
「はっはっはっ!ウブだな!」
「うぅ〜……」
「……でも……篠宮にそういう目で見て貰えて……ちょっと嬉しいぜ」
多分今の俺はゆでダコのように顔が真っ赤になってるだろう。
ひさ子だってゆでダコみたいになってるんだもん。
「……自分から言っといてあれだけど……すっげー恥ずかしいな……」
しばらく沈黙。
「………」
「………」
「……えーっと……ご飯、食べに行こうか?」
「……うん」
沈黙に耐えかねた俺はこの状況を打開すべくご飯を食べに行こうと誘った。
ひさ子も気まずかったのか、すぐに応じてくれた。
寮を出て食堂へと向かう。
時間が少し早いのもあり、人影はまだまばらだ。
「二人で食事なんて初めてだな」
「そういえばそうだね」
「いつもなら岩沢とか関根とか入江とかと一緒に食べるもんな。ってかそう言えば関根も篠宮に告ったんだって?」
「え?んあ、ああ、まあ…」
今このタイミングで聞いてきますか。
「関根もライバルになるのか〜。ま、私の方が上だけどな。な?篠宮」
「ノーコメントで」
「なんだよ。そこはお世辞でもそうだよって言うところだろ」
「……ソウダヨ」
「だよな!」
ビシッと親指を立てて笑顔を向けてきた。
「……ソウダネ」
「よーし!テンション上がったところで食うぞー!」
食事中は大して変わったことも無かったので割愛させてもらう。
大して変わらなかったと言ってもあーんくらいはあった。
しかし、雅美もやったし、どうせ明日関根もやるだろうからそこまで取りだたすことでもないだろう。
「「ごちそうさまでした」」
「この後どうするんだ?」
俺は結局プランを決められずにいた。
「ひさ子はなんか案ある?」
「ああ、あるぞ」
よかった。
「ちょっと篠宮にギターを教えようと思ってた」
「俺に?ギターを?」
「あの歌声でギターもやったらすっげー格好いいと思うんだよなぁ」
ギターか……確かにギター弾いてる雅美とひさ子は格好いいと思う。
ただ俺にできるかなぁ……。
まあ、ものは試しにやってみるか。
「わかった。やってみるよ」
「そう来なくっちゃ」
と、言うわけでいつも練習している空き教室にやってきた。
「ほら、これ」
そう言ってひさ子はギターを手渡してくる。
あまり詳しくはないが、恐らくアコースティックギターと呼ばれているものだろう。
ギターを手に取りちょっと鳴らしてみる。
すると、少し違和感があった。
「ひさ子、これひさ子たちが弾いてるのより1/4音くらい低くない?」
「え?ちょ、ちょっと貸せ」
「はい」
ギターを受け取ったひさ子はチューナー(?)を使って音を確認しだした。
「……本当だ……1/4音低い……篠宮、チューナー使わなくてもわかるのか?」
「え、わからないの?」
「わかんねえよ!なんでお前絶対音感持ってんだよ!」
「ぜったいおんかん?」
「道具使わなくても音の高さがわかる能力のことだよ!」
「それって凄いの?」
「スゲーよ!私たちミュージシャンは喉から手が出るほど欲しい能力だよ!しかも1/4音まで当てられるってどんだけ精度いいんだよ!」
へぇ、知らなかった。
俺はいままで歌うことはしてきたが、専門的な知識は全部雅美に丸投げしてきたため、殆どそういうことはわからないのだ。
「……まあいい……チューニングについての説明は省く。次は……」
そこからひさ子先生によるギターの基礎講座が始まった。
説明しようにも俺の知らない単語が沢山出てきたので説明できない。
よって、割愛させてもらう。
「……と、まあ、これくらいでいいか」
講座開始から4時間、ようやく終わった。
「お疲れさん、篠宮」
「ひさ子もお疲れ様。楽しいもんだね、ギターって」
「ああ、そうだな。初めてであそこまで上手けりゃ楽しいだろうな」
若干やさぐれ気味。
「なんか嫉妬しちまうよ。私が初めてギターを触った時は一音一音弾くのがやっとだったのにさ、篠宮はfコードまでのらりくらりこなすんだから」
「そう?fコードには手こずったじゃん」
「1時間つっかえるだけじゃ手こずるなんて言わねーよ。むしろ天才って褒められるぜ。私なんてあれマスターすんのに2ヶ月もかかったのに……。こりゃあ抜かれるのも時間の問題だぜ」
「そんなそんな、ひさ子を抜くなんて有り得ないよ」
「いーや、このまま行けば私は抜かれる。だからこれ以降私は篠宮にギターを教えない」
「えぇ!?」
「だって抜かれたらショックだもん」
ちょっと頬を膨らませながら言うひさ子。可愛いです。
「ははは、じゃあひさ子を抜けるように雅美にでも教えて貰おうかな」
「なっ!?岩沢に教わるくらいなら私が教える!」
「結局教えてくれるのかよ」
「あ、いや、教えない!」
どっちだ。
「はは、まあそれは追々考えればいいさ。ご飯食べに行こ?お腹空いちゃった」
「……そうだな。追々じっくり考えなきゃいけない問題だな……。まあそれより今は飯にするか」
「うし、何食べる?」
「昼は私が昨日作ったカレーがあるからそれを食うぞ」
「ひさ子が作ったの?」
「そうだぞ。私が篠宮の為に愛情をたっぷり入れて作ったんだ」
「ほぉ……そりゃあ楽しみだ」
「楽しみにしとけって。んじゃ、私の部屋に行くぞ」
「はいよ」
ところ変わってひさ子の部屋。なんだかんだで初訪問だったりする。
「おじゃましま〜す」
「う〜い、上がって上がって」
「ほぉ〜」
「なんだよ」
「ここがひさ子の部屋か〜って思って」
俺の想像ではもっとこう、乱雑に服が脱ぎ捨てられていて、物で溢れかえり、足の踏み場がないものだと思っていた。
しかし、実際はそんな想像とは真逆で、きちんと整理整頓されていた。
流石にぬいぐるみなどの類は置いてなかったけどね。
「こら、人の部屋をそんなにまじまじ見るな」
「ごめんごめん。予想以上に綺麗な部屋だったからつい」
「お前の中で私はどんな生活を送ってると思ってるんだ?これでも恋する乙女だぞ」
「そうだったね」
「分かればよろしい。さ、カレー温めてくるからちょっとそこらに座って待っててくれ」
「はーい」
そう言ってひさ子は台所へ消えていった。
5分もしない内に部屋中にカレーの良い匂いが充満してきた。
「よ〜し、出来たぞ」
ひさ子がカレーを運んでくる。
「めっちゃ良い匂い……」
「そうだろ〜?私の自信作なんだぞ。なんせ篠宮のことを想いながら作ったからな!」
豊満な胸を張りながら満足げに言う。
「味にも期待していい?」
「ああ、大いに期待しとけ!」
「そんじゃあ、いただきます」
パクっと一口。もぐもぐ。
んん!?
「美味っ!?」
「だろ〜?」
「めっちゃ美味い!」
「そんなに急いで食べなくても残りはちゃんとあるから」
「だって美味いんだもん!」
ガツガツとかき込むようにして食べる。
「でもまあ気に入ってくれたようでなによりだよ」
「おかわり!」
「はやっ!」
「「ごちそうさま」」
「ふぅ〜、食った食った」
「篠宮食べ過ぎだぞ」
「そういうひさ子だって2杯食ってたじゃん」
「いいんだよ、この世界ではいくら食っても太らないから」
さらっと羨ましい情報。
「じゃあ俺もいくら食ってもいいじゃん」
「5杯は流石に食いすぎだ」
まあね。
「3日は持たそうと思ったのに1食で無くしやがって……」
「だってひさ子の美味しいんだもん」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけどさ……」
ちょっと腑に落ちない様子のひさ子。それでいてどこか嬉しそうだ。
「よし、カレー作ってくれたお礼をしよう。ちょっとそこにうつ伏せに寝転んで」
「? これでいいのか?」
「うん。いくよ」
グイッと背中を押す。
あ、ちゃんと大丈夫なように力加減はしてるからね。
「んんっ!?」
「結構疲れてるねー」
グイッグイッ。
「んん〜!」
「どう?」
「気持ちいい〜……」
昔っから雅美にちょくちょくやってたのでマッサージは得意だ。
「あ゙あ゙〜…そこそこ……」
「ここか!」
グイ〜っ。
「ん゙ん゙ん゙〜!」
30分後。
「ふはーっ!気持ちよかったー!」
「どうだった?」
「なんか肩こりとか全部吹っ飛んだよ」
「それはよかった」
やっぱ大きいと肩こりとかで悩まされるのかな?
「よし、次は私の番だな。篠宮、ここ」
ひさ子は正座をしたかと思うと自分のももをぽんぽんと叩いた。
「へ?」
「耳かきしてやるから、膝枕」
「ああ、膝枕ね……」
少し戸惑いながらもひさ子のももにお邪魔する。
なんというか……柔らかくて良い匂いだ……。
「は〜い、まずは右から」
右耳を上に向ける。
「ほう、意外と綺麗だな」
「まあ耳かきは結構やってるからね」
「でも、こことか結構取りこぼしあるぜ」
「あー…そこいつも怖くて出来なかったんだよねー…」
「気持ちいいか?」
「気持ちいい……」
「でも残念だったな。右耳はもうおしまいだ。次、左耳」
少し名残惜しいが体制を変えて左耳を上にする。
上にするのだが、ここで少し問題が……。
「あの、左耳を見せるとなるとスカートの中とか見えるんだけど……」
そう、ひさ子のパンツが丸見えなのだ。
色についてはひさ子の威厳を損なうといけないのであえて言わない。
「別に篠宮なら構いやしないさ」
ここらへんは男っぽいのね。
「そ、そう?じゃあお言葉に甘えて……」
体制を変えると一気に女の子の匂いがする。
なんで女の子っていうのは良い匂いがするのかね。
更にそれに加えて耳かきだなんて、ここは天国か?
なんて考えている内に耳かきは終わった。ちくしょう、勿体無いことをしたぜ。
「ん、ひさ子、ありがと」
「礼を言うのはこっちの方だぜ。篠宮こそマッサージありがとな」
「そんなの大したことじゃないよ。またしてほしくなったらいつでもするよ」
「じゃあ私もいつでもやってやるよ」
お互い約束を交わしたところで一つ問題が起きた。
「これからどうする?」
またもやノープランなのだ。
「ちょっとまた私の我儘に付き合って貰っていいか?」
「我儘?俺にできる範囲ならいいよ」
「ちょっとグラウンドに行ってキャッチボールでもしないか?」
「キャッチボール?」
という訳で、ところ変わってグラウンド。
俺の手にはグローブ、ひさ子の手にはグローブと軟式球がある。
どこから持ってきたのやら……。
「篠宮はこう言うの初めてか?」
「いや、少しだけならやったことあるよ」
「じゃあやり方わかるよな?」
キャッチボールに説明しなきゃいけない行程なんてあっただろうか。
少し疑問に思いつつも俺は頷く。
「あ、ただ少し問題が……」
「問題?なんだよ」
「球が速すぎるかもしれなくて……」
そう、俺がちょっとだけしかやったことがない理由はここにある。
昔体育の授業でキャッチボールがあったのだが、その時に投げたボールがあまりに速すぎて俺以外誰も目視出来なかったのだ。
そこで危険と判断した先生はそれ以降俺にボールを握らせることは無かった。
まあ、あの時ばかりは俺も危ないって思ったから、別に先生を責める気は無いけどね。
「ほう、じゃあ一球あっちに向かって投げてみろよ」
ひさ子が指差すのは森林の方。なるほど、あっちなら人もいなくて安全だな。
「よーし、じゃあいくよー」
森林の方に向かって投げた次の瞬間、
パァーン!
ボールが粉々に砕け散った。
「………え?」
「は……?」
俺もひさ子もしばらく理解が追いつかない。
「えっと……篠宮、ボールは?」
「今投げたけど……」
「じゃあ今破裂したのは……?」
「多分ボール?」
「……まさかボールが空気抵抗に耐えられなくて破裂したとかそんなオチじゃないよな?」
「あー……そのまさかかもしれない」
「…………」
ひさ子、フリーズ。
俺自信もまさかだった。
まさか俺の投げたボールがあんな木っ端微塵になるとは予想もしていなかったからだ。
というかたった今新しい事実に気がついた。
あの時より確実に力が強くなっている。
俺も薄々そんな気がしていたが、今確信に変わった。
昔、力を抑える方法をマスターして以来、徐々に徐々に力が強くなっていったから気づかずにそのまま慣れていったのだろう。
頭の中で合点がいった俺はひさ子の方を見てみる。
「……………」
まだ固まってる。
「お〜い?ひさ子?」
「……………………なに?」
おーっと、ラグが凄い。CPUが火を噴いているようだ。
「その……大丈夫?」
「……ちょっと頭を整理する時間をくれ……」
そう言って少し考え込む。
5分後。
「オーケー、篠宮。もう大丈夫だ」
「……なに考えてたの?」
「どうやれば一緒にキャッチボールできるかだよ」
「……本当に?」
「ああ、本当だ。どうした?」
「いや、これからの俺との付き合い方について考えていたのかと……」
「はあ?」
「あ、いや……俺、嫌われちゃったかなーって……」
正直内心不安だった。
生前はあんな感じのを見られるだけでかなり騒ぎ立てられ、遠ざけられていたからだ。
そのトラウマが少し蘇ったような気がした。
「なんで私が篠宮のこと嫌うんだよ」
「だって…怖かったでしょ?」
「いいや、全然」
「でも……」
「あのな、よく聴け。私は篠宮のことを愛してる。何があっても篠宮の味方でいるんだ。そんな風に思っている私があんなこと如きで篠宮のことを嫌いになるわけないだろ?第一、篠宮が優しい人間だってことは岩沢程じゃないけど、私だってわかってる。だから安心しろ。篠宮を遠ざけるなんて絶対に有り得ねーから」
俺が何か言おうとすると、ひさ子はスラスラと俺に対する考えを述べた。
それは俺が生前、雅美以外の人に言ってもらいたくても言ってもらえなかった言葉だった。
「ひさ子……」
「だからな?私たちに嫌われるとかそういうこと考えるのはやめようぜ?」
「……ごめん……ごめんね……」
思わず泣き出してしまった。
以前、校長室でも同じような理由で泣いたことがあったが、やはり慣れないものだ。
「お、おいおい……なにも泣かなくたって……」
ごめんひさ子、俺には我慢出来ない。
グラウンドの真ん中でなに泣いてるんだって思われるけど、今の俺には関係ないね。
「ありがとう……本当にありがとう……」
「べ、別にお礼を言われるようなことじゃねーよ……私はただ好きな人に好きって言っただけだ……」
その言葉で更に泣いてしまった。
いい年した男が、情けないね。
それから10分後。
「泣き止んだか?」
「うん…ごめんね……」
「いいって。気にすんなって」
「ありがとう……」
「ほーら、泣き止めって。せっかくのデートなんだから楽しもうぜ」
「……うん、それもそうだね!」
ひさ子の一言でなんとか泣き止むことができた。
なんか……ひさ子に任せっぱなしだな、俺。
「よーし、篠宮も笑顔になったことだし、これからどうする?」
「キャッチボールは……無理だよね」
「そうだな……篠宮、なんかやりたいこととか無いのか?」
「俺?俺は……う〜ん……」
う〜ん……。
「……ひさ子の昔について聞きたいかな」
「私の?そんなもん聞いても面白く無いぜ?」
「パッと思いつくものって言ったらこれなんだよ。あ、別に嫌だったら話さなくていいから」
「まあ…確かに告白したのに過去を明かさないっていうのはおかしいよな。いいぜ、話してやる」
「ほんと!?やったー!」
正直ひさ子の過去は興味がある。
別にいやらしい想像をしてるんじゃないぞ。
「あー、こんなところで話すのもなんだから移動するか」
「じゃあ俺の部屋来る?」
「おう、女子寮より男子寮の方が近いしな」
そんなわけでひさ子の過去を聞けることとなった。
次回、流れから予測できる通りオリジナル設定が入ります。
読まなくてもストーリーに影響はないようにします。