Fate/Knight of King   作:やかんEX

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8 パン作りの少女

 マーリンとの魔術鍛錬を終えた俺は、一旦部屋に戻り午後の時間をどう使うかベッドの上で少し考えたところで、昨日行けなかった村の事を思い出した。そして思いついたのならすぐに行動することにして、昨日もらった怪しげな容器を手に部屋を出て通路を渡り、城の正門へと辿り着く。

 

「うぉ、やっぱりでかいな」

 

 上を見上げながら見たままの感想を洩らす。そこにあるのは巨大な木門だ。まぁ、大きなお城にはそれに見合う巨大な城門があるもので、真下から仰ぐ様に見たそれは一昨日城壁の上から見た時よりも一層大きく、荘厳に見えた。 

 俺はそれをまるで観光するような気分で眺めつつ、門下を通って城外へと歩み出る。

 

 

「────うわっ」

 

 

 そうして門を抜けて開けた光景に、再び俺は感嘆の声を洩らした。

 

 

 緩やかな稜線の丘が遥か遠くまで続き、その壌土には浅く生い茂った薄暗色の花が広く芽吹いている。薄朱紫色の、穏やかなヒースの丘。そしてその丘の下腹に沿うように、多くの家々が集居していた。微かに聞こえる、人々の賑やかな喧騒。

 足元にはその村へと続く曲がりくねった一本道。そしてその道を縁取るように生い茂る草が、吹き抜ける風に軽い音を立てながら、さらりと揺れていった。

 辺りの空気は乾いた草花と野暮ったい土の香り、鳥のさえずりや虫の羽音に充ち溢れていて、人の手の加えられていない、在るが儘の自然がそこには在った。

 

 

 俺は、元居た時代では見る事ができないその光景に、なんとも言えない感慨を少しだけ抱いた。

 

 

「────よし、行くか」

 

 

 もうちょっと立ち止まって眺めていたい気がするけれど、人工物を感じさせないこんな光景だからこそ、悠長にしている時間もそうないだろう。

 意気込んで、馬の蹄や車輪の跡でちょっとデコボコな道に気を付けつつ、強く歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 村は、最初に思ったよりも遠かった。

 余計な建物がなく視界が開けているから所では、遠くの物も見えてしまって逆に遠近感が掴めないんだろう。そんなコトもなんだか新鮮だった。

 

 まぁそんな訳で、なんとかかんとか村の手前までやって来れた。

 俺はそこで立ち止まって、少し村の様子を伺う。

 

 実は遠目に見た時にはあんまり大きな村ではないのかな、なんて思ったりもしたんだけど、とんでもない。やはり古代とはいえ都と呼ばれる場所なんだろう。村の前まで来ると、想像以上に多くの家が建ち並んでいた。

 しかし、家とは言っても俺が見慣れているような形式の物ではない。壁は木目の荒い木材、屋根は草葺で覆われ、家自体の大きさも小屋と呼べるくらいの大きさの物が殆どで、その小屋を囲うように畑と庭が興されている。

 

 そして、家があるということはそこに住む人々も居るということで。もちろんその人々の恰好も、俺が見慣れているものとは大きく異なっていた。

  

 男たちは筋骨隆々の肉体に伸びざらしにしたごわごわの髪を携え、旧時代的な道具を片手に農業へ精を出しており、一方女性たちは膝の下まで届く目の粗い麻の衣を着付け、仕事をする男たちの細々とした手伝いなんかをしてるようだった。そして子どもたちは飼っているのであろう犬達と一緒にそこら中を駆け巡って遊んでいる。

 

 

 さて

 

 

 俺はそうやって、村の様子を少しの間観察していたワケなんだけど──

 

 

「…………」

 

 

 正直に言うと、俺は既に城に引き返したくなっていた。

 

 だって、明らかに自分とは異なる出で立ちの彼らは、穴が空くぐらい熱心にこっちを見つめてきているのだ。

 

 彼らのその瞳には、目一杯の訝りが込められれている。……まぁそれだけなら分かるのだけど、問題は彼らの瞳にはそれ以上の興味深さが明らかに見受けられていて、視線はしっかりこちらを捉えたままでキープされているのだ。俺が少しでも身動ぎする度に大人たちはわざとらしく作業を再開するし、ましてや子どもたちなんて何の憚りもなく俺を指差しながら騒ぎ回っている。

 そこまで熱心に注目を浴びた事のない俺には、この状態はこの上なく居心地が悪かった。

 

 まぁ、だからといって、このまま突っ立ってる訳にもいかないんだけど。

 

 

「…………はぁ」

 

 溜息を一つ零して、村の中へと歩み出す。

 すると、今までなんとかこちらを気にしない振りを続けていた彼らは、弾かれるように家の中へと逃げ込んだり村の奥へと走っていってしまった。

 

「…………気にしない気にしない」

 あえて口にしながら、目的のパン職人の元へと向かう。

 

「えっと、たしか、石造りの家だって言ってたよな」

 

 場所に関してはマーリンに予め聞いておいたので、その通りの家を探す。

 村の入口付近には先ほどの様な木建ての家が多かったけれど、遠くの方には石で建てられた家も幾らか見えた。

 

「そんで、一番手前の家──これか」

 

 そうして暫く歩くとどっしりとした石造りの家が一軒、草葺き屋根の軒並みの間に挟まれて建っていた。窓のない、ドアが正面に付いただけの質朴な石宅。家の前にはサイズのバラバラな太めの木が何本か、丁寧に横たえて並べられていた。

 

「っと、すみませーん! パンを作ってもらいに来ましたー!」

 

 扉の前から呼びかける。

 そうすると、「はーい!」と答える声が家の中から聞こえてきた。

 そしてバタバタと慌ただしい足音と共に、 

 

 

 

「どうしまし──」

 俺と同年代位の、濃い茶髪の女の子が顔を出し、

 

 

 

「────っ!!」

 俺を見て、その表情に緊張を走らせると、

 

 

 

「────へ?」

 その細い両手で握った凶器を、力いっぱい振り翳した。

 

 

 

 

「────って、なんでさッ!!?!??」

 転げるように後ろに飛び退く。

「っ!!」

 彼女は振り翳したその重みに逆に振り回されて地面に前のめった。

 

 

「くっ────このッ────!!」

 

 膝を付いた彼女は俺に躱された事に焦燥を浮かべて、再度凶器を振り翳す。

 

「ちょっ──まっ、待てってば! 一体なんだってんだ!?」

 

 俺はそれをまた転がり避けながら、精一杯の制止を投げ掛けた。

 

 

 

 そのまま何度か、自分に向けられる攻撃から逃げる。 

 いや、女の子の動き自体は最近のとんでも連中とは違い、この年齢の普通の子ぐらいのものだから落ち着けばどうとでも対処できるのだけど、相変わらず状況は全く把握出来ない。

 俺は乱れた息を整えながら、彼女に再度問いかけた。

 

 

「頼むから、ホントに待ってくれッ! 死ぬ!そんなのあたったら死んじまう!! どうしてこんなことするんだよ!!??」 

 

 彼女は肩で大きく息をしつつ両手で武器を構えたまま、俺のその問いかけに訝しむ様に眉根を寄せて、口を開いた。

 

「────ハァ、ハァ────それはこっちの台詞ですッ!!

 一体何の目的があってこの家にやって来たんですかッ!」

「何って、俺はただパンを作ってもらおうと──」

「────そんな訳ないでしょう!」

 駄目だ。何故か知らないけど完璧に疑って掛かられてる。 

「本当だって! 俺はここでパンを作ってくれるって聞いてやって来たんだ」

 それでもただ黙ってやられる訳にはいかない。

 負けじとこちらも身構えて、必死に無実を主張する。

 

「嘘をつかないでください!

 あなたのような何処からきたか知らない余所者が、いったい誰からそんな事を──」

 

 依然強い警戒心を保ったまま俺を見据えていた彼女は、しかし、俺の手元の方に視線を流した途端、激しかった口調を噤む。

 俺は、うん?、と、疑問を覚えながらその視線を追うと、攻撃を躱すのに集中しながらも無意識の内にしっかりと抱え込まれた物を視界に収め、そういえば、と思い出す。

 

「それ……は?」

「あ、ああ、これはマーリンに持たされた物なんだ。

 アイツに、ここに来ればこれと引き換えにパンを貰えるって聞いたから」

「…………魔術師、さまに?」

「えっと、そうだけど……実は俺、今マーリンから魔術を教わってるんだ。

 だからここの事も、その伝手で教えてもらった」

「…………」

 

 俺の返答に、一瞬意味が判らないという表情をした彼女。

 しかし、数拍の間押し黙って俺の手元の容器をじっくりと見つめると、急に何を思い立ったのか。サァッー、と言う音が聞こえそうなぐらい明らかに顔を青ざめさせて──

 

 

 

 

「────ご、ごめんなさいッ!!!!」

 

 

 

 

 力一杯頭を下げて、謝ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、俺を暴漢か何かかと思ったんだな」

「……はい」

「それで、襲われる前に、仕掛けてやろうと」

「……はい」

「成る程なぁ」

「……………………本当に、すみませんでした」

 

 俺は家の前で立ったまま、本人から先ほどの暴挙についての釈明を受けていた。要するに、見たこともない見た目でこの国の人間でなさそうな俺を、不審者として勘違いしたのが原因らしい。

 目の前の彼女は先程とは打って変わって、今は申し訳無さからか縮こまってしまっている。

 

「……でもさ、そんなに外国の人間って珍しいのか? 

 それも、見た瞬間怪しいと思ってしまうほどに」

 純粋に疑問に感じ、問いかける。

 すると、彼女は更にバツが悪そうにしながらもちゃんと答えてくれた。

「そう、ですね。異国の人自体はそこまで稀なことでもないです。騎士様達なんかは、数多くの国から集って来られていました……」

 

 成る程。確かに伝承では円卓の騎士は世界中の人間の憧れ、みたいな風なのもあったっけ。

 俺は彼女の返答に納得して頷いたところで、じゃあ一体どうして、と訊ねる。そうすると、彼女は言い辛そうにしながらも口を開いた。

 

「ここ最近、異教徒がまた近くで現れだしたという噂があって……それに、あなたはどう見ても騎士様には見えなかったから……」

 

 ああそう言えば、確かにアーサー王もそんな事を言ってた筈だ。

 俺は彼女の言い分に納得し、後者の方には、そりゃそうだと苦笑した。

 

「あ、本当にごめんなさいっ! よく考えたら、異教徒が襲ってきてこんなに静かな訳ないのに、私……本当に本当にごめんな──」

「いや、それは別にもういいぞ。俺は全然気にしてない」

 永遠に続きそうな彼女の謝罪を遮る。

 俺の言葉に彼女は、え、と呆気に取られた様に声を洩らした。

 

「だって、ちゃんと訳も話してくれただろ? そりゃ何の理由もなしに襲われたのなら少しはむっとくるけど、今回はそうじゃなかったんだ。だから、俺は全然気にしてない」

 うん。むしろ俺の方こそ、不用心過ぎたのかもしれない。

 これからはもっと、この国で自分は異質だって自覚を持とう。

 

 

「────」

 

 そんな俺の返答に彼女は言葉を返さず、黙りこくったまま目を見開いて俺を見ていた。

 

 

「それにさ、マーリンを知っているんだろう?

 アイツの事だから、きっとこうなるって分かってて黙ってたんだ」

「……」

「だから全部アイツの所為ってコトで、もういいんじゃないか?」

 いや、きっとそうに違いない。

 

「……ふふっ。そう考えると、確かに魔術師様らしいですね」

 俺の拙い冗談に、漸く彼女も柔らかい表情を見せてくれた。

「だろう? 出会って少しの俺もそう思うんだ。きっと、あんたの方がマーリンのふざけた性格も分かってる」

「……そうですね。あの方は少し、悪戯に過ぎるところがあるから……ふふっ」

 どうやら彼女も吹っ切れたみたいで、堪え切れない様に笑いを時々洩らした。俺はそれを見て、心の中でマーリンに感謝する。

 

 

「だから謝罪の代わりって訳じゃないけど、パンを少しわけてくれると、その、嬉しい」

 

 今思えば初対面で不躾な頼みのような気もするけど、こうなったらもう勢いだ。持ってきた容器を彼女に差し出しながら、今日ここに来た目的を改めて伝える。

 

「────はい、喜んで」

 

 幸いな事に、彼女はその穏やかな笑顔のまま俺の頼みに頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ちょっと待って下さいね。この斧を置いてこないと」

 

 しかし、自分の両手が塞がっていることに気付いた彼女は、よいしょ、と、掛け声とともに先程俺を倒そうとした凶器を翳す。

 中長い樹の枝に取り付けられた錆びた鉄の、僅かに見える塗膜より発せられるその光沢に、彼女にもうその気はないと判ってはいても、ゾワリと背筋が凍るのを感じた。

 

「…………あのさ。家の扉を開ける時、いつも斧を持って出るのか?」

 思わず洩れ出てしまったその問いかけに、彼女は一瞬俺が何を言ってるのか判らないと言う表情をしたのだけど、それも束の間。彼女はみるみるその顔に朱を点した。

 

「────そんな訳ないじゃないですかっ!!」

「いや、だって、最初の段階じゃ勘違いもしてなかったんだろう?」

「そうですけどっ!!」

「だったらそうなんじゃないのか」

「違いますっ! 私は火種がそろそろ無くなりそうだと思ったから、ついでだと思ってッ」

 

 火種?と、彼女の言葉に首を傾げた俺は、そこで、視界の隅で散らばった木材を認識する。結構な量のそれはここに来た時にはちゃんと並べられてたのに、どうやらさっきの騒動の内に、思いっきり蹴飛ばしてしまっていたみたいだ。憤っていた彼女もその惨状を目にしたのか、「ううっ、片付けないと」なんて肩を落としてまたヘコんでしまった。

  

 

「ああそうだ。なら、パンをもらう代わりに──」

 

 

 その様子を見て、俺にしてはナイスなアイデアを思いついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 体の中心と、台座上の目標物が一直線になるように立つ。

 手にした鉄斧を左手でしかと握り、右手は添えるようにして上に持ち上げて行く。

 斧が最も力の入りそうな位置まで上がったら右足を前に出し、上体を軽く反らして構えに入る。

 構えを終えれば、振り下ろすべきポイントを視認する。

 

 

 ──── 一点集中。目標は、センター少し手前。

 

 

 ここで重要なのは、弓道と同様、中てようとするのではなく、振り落とす前に斧は中っているのだということ。

 そう。今から行うのは、既に結果の判りきった行為。普通は順序の決まりきった連続工程が同一した、ある意味一つの現在と未来の統一視。

 

 

 ──── 後は振り落とす工程。

 

 

 振り翳したその斧を、目標物に振り落とす。

 ポイントに中る以上、最後に気をつけるのは如何に斧に力を伝導させるか。

 斧を振り落とす最中、軽く曲げた膝に力を加え、反らした背を勢い良く戻すと共に、前に出した足の爪先で踏ん張りをつけ───斧と目標物が打つかる瞬間、伝わる自重を最大化する───!

 

 

 

 スコーン、と、斧を力一杯叩きつけられたそれが、予めあった亀裂を中心に四散した。

 

 

 

「────フッ────ハ──」

 

 

 

 一連の動作の間止めていた呼吸を再開し、瞳を閉じて残心。

 額から流れ伝う汗が、爽快さに似た達成感を俺にもたらした。

 

 

 

 

「お、おお〜! す、すごいですねっ」

 背後から、パチパチと拍手の音が聞こえてくる。

 俺はそれで初めて彼女が見ていたことに気づき、振り返った。

「えっと。薪、これくらいでいいかな?」

 斧を支えにして直立し、汗を拭いながら問いかける。 

「はい、これだけあれば十分です。本当に助かりました」

「そうか。よかった」

 彼女がどれくらい使うのか判らないけれど、足元には優に一週間は使えるであろう量の薪木が分断されて転がっていた。まだまだ続けるのも吝かではないが、これ以上増やすと置いておくスペースに困るだろう。

 

「……それにしても、薪割り得意なんですね」

 彼女はそれらを見ながら、ぽつりと言う。

 

「いや、薪割りするのは初めてだぞ、俺」

「え、嘘ですよね? だってこの短い時間でこんなに……」

「む、本当だぞ。それにこのくらい、コツを掴めばすぐ出来るようになるだろ?」

「……コツ?」

「ああ。俺は前まで弓をやってたんだけど、要するにこれ、斧を振り下ろす事に関しては弓を射る事と一緒なんだ。中るとイメージできれば、中る。だから、重要なのはその中る部分なんだけど、これを見つけるまでに何度か失敗しちまったな。まぁ、それがわかってからは後は振り下ろす時の力の入れよう位だったし──」

 

 なかなか新鮮な作業だったから振り返りつつそのイメージを反芻していると、彼女はなんだかひどく呆れた表情をして、俺の言葉を遮った。

 

「──わかりました。あなたは、薪割りの天才です」

「──む」

 

 なんだろう。褒められたのに、全然嬉しくなかった。

 思わず微妙な顔をしてしまう俺なのだが、彼女はそんな俺を見てくすりと笑い、手に持つものを差し出した。

「これ、どうぞ」

 そう言いながら渡してくれたのは、リュックサック位の大きさの皮袋で、その中には入るだけ一杯のパンが詰められていた。

「わっ、こんなにいいのか?」

「はい。ご迷惑をおかけしましたから……」

 俯いて、恥ずかしそうに笑いを洩らす彼女。

「そっか。それじゃ、ありがたく貰っておくよ」

「そうしてください。どうか魔術師さまにもよろしくお願いします」

「ん、了解」

 彼女とマーリンの御蔭で、今日の晩ご飯は安泰そうだ。それを考えると、あの悪戯翁に改めて礼をするのもさして嫌じゃない。

 

「本当にありがとうな。正直、すごく助かった」

「こちらこそ、材料を届けてもらって助かりました。是非またいらしてくださいね?」

「ああ、よろしく頼むよ。今度は俺もパン作りを見学してみたいし」

 

 幼い頃から料理をしてきてパイなんかは藤ねえの我が侭で作らされる事も多々あったけど、パンを作った覚えは殆どなかった。出される物が気に入らないからって城の厨房を貸してくれってのも無理がありそうだし、何よりこの時代のパンの作り方にも興味がある。

 

「いいですよ。……でも、私もまだ経験が浅くて、自信を持っては教えられないんですけどね」

 少し困ったように笑う彼女。

「そうなのか? でも俺はこのパンの味、すごく好きだったぞ。なんて言うか、パンを作る事に丁寧に向き合ってるのが伝わってきて」

 確かにそう言われると拙い部分もあったような気もするけれど、それが気にならないくらい好きな作りだった。なんだか桜が俺に料理を教わり始めた頃を思い出す。……まあ、それにも限度ってものがあったけれども。

 

 

「……ありがとうございます。そう言って頂けると、とても嬉しいです」

 

 俺の心からの賛辞に、彼女は照れたようにして笑った。

 

 

「そ、そういえば、このパンの作り方は誰から教わったんだ? やっぱり母親か?」

 

 俺は誤摩化すように慌てて話題を変えた。それが言葉の通り本当に嬉しそうだったから、思わずこっちまで照れてしまったのだ。情けない、と独りごちる。

 ──しかし、そんな俺とは正反対に、彼女は俺の問いにさっきまでの嬉しそうな表情を一変させて、やけに意気低げにして呟いた。

 

「──いいえ。パン作りはお父さんに教わりました。お父さんはパンを作りながら、協会で働いていましたから」

 その反応の落差に俺は戸惑いながらも、話を続ける。

「そっか。じゃあ、親父さんはいま協会に行ってるのか」

 ……その何気なく続けた俺に、彼女は今度は面を下げて俯いたまま言葉を返す。

「……いえ。父はつい先日、亡くなりましたから。母も私が幼い頃に亡くなって、今は私の一人暮らしですね」

「────」

 

 思わず、言葉を失った。そして直にその意味が頭の中で氷解し、俺は無神経に放った先程の問いに、深く後悔した。

 ……俺は馬鹿だ。彼女の表情や態度から、それは聞いて欲しくない事と察せられたではないか。それに今思えば、彼女は独りだからこそ俺に対して必要以上の警戒をして、先程の騒動へと繋がってしまったのだろう。

 

「……悪い」

「そんな、気にしないでくださいっ」

 視線を逸らし奥歯を食い縛って呟く俺に、彼女は焦った様に言葉を返した。

「これは仕方のない事ですから!

 ……それに、色んな人たちがとても良くしてくれていますから」

 

 その言葉に、先程の出来事をふと思い出す。

 

 俺が暴漢ではないという事に気づいた彼女が、諍いにより荒れた家の前でひたすら頭を下げてきた時。その俺たちの様子を遠巻きに窺っていたのだろう。近隣に住む人達がものすごく物騒な目つきとともに近づいてきて、俺から彼女を守るようにして身構えたのだ。そのために、あの時は二人してまた違う誤解を解かなくてはならなかったのだけど。

 

「──そっか」

「……はい。だから、気にしないでください」

 それが本当に穏やかな声だったから、俺は少し、安心した。

 

 

 

 

 

「……それじゃ、そろそろ戻ることにするよ」

 

 視線を流して村の外に目を遣ると、丘陵のすぐ上にまで太陽が降りてきていた。じきに日が沈みきり、辺りも真っ暗になってしまうだろう。

 

「そうですね。改めて、今日はご迷惑をお掛けしました……えっと、すみません。あなたは……」

「? …………あ」

 そう言えば、ついと忘れてしまっていた。

「私はリサです……あなたのお名前、お聞きしてもいいですか?」

「ああ、もちろん。俺の名前は士郎。よろしくな、リサ」

「────はい。こちらこそ、シロウさん」

 

 なんて遣り取りをして、初対面の時とはえらい違いだと、二人して軽く笑いあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり美味しそうだよな」

 

 日が沈みきる直前に城へ戻り篝火によって照らされた通路を渡りながら、貰ったパンを一つ取り出す。横から軽く吹いた風に流れ、食欲を誘う優しい匂いが鼻孔を燻った。

 

 ……うん、部屋に戻って早く食べよう。

 

 そんな事を思って、自然と歩む足も逸った。

 

 

 

 

 ────と

 

 

 

 

「────あ」

 

 

 

 

 与えられた部屋に続く、最後の曲がり角。その角を行った所で、ちょうど俺の部屋に入ろうとしている一人の少女を見つけた。真白な髪に、翠の瞳。そうだ、あれは一昨日俺の夕食を持ってきてくれたあの少女だ。

 

 そして、そうだとしたら、彼女の手には燭台と共に──

 

 

 

「これ、晩ご飯」

 

 

 差し出される、木皿に乗った食料があるワケで。

 

 

「ああ、そっか」

 

 

 俺は、そう言えば晩ご飯いらないって伝えてなかったな、なんて思って呟く。

 

 そんな俺を見て彼女は軽く首を傾げていたのだが、次に俺の手にある物を認識しそれをじっと見つめると、合点が行ったと言うように、ひとつ頷いた。

 

「……晩ご飯、いらない?」

「──いや、もらうよ」

「……どうして?」

 

 反射的に返事をした俺に、彼女は純粋な気持ちから訊ねてくる。

 それは小さい子が態々持ってきてくれたからってだけだったので、正直困った。……直接言うと逆に気を使わせそうだし。

 

「──ええと、このパン。今日貰ってきたんだけど、これは君に食べてみて欲しい。味は保証するぞ?」

 うん。嘘はついてない。

 

 

「…………わかった」

 

 少し考えるように間を置いた少女は、囁く位の小さな声でそう呟くと、手に持つ物と俺のパン一個とを交換し、そのままくるりと背を向けて帰っていってしまう。

 俺はその一連の動作を、なんだかやけに茫洋とした頭で見ていた。胡乱な光しかない通路に去り行く、小さな小さなその姿。

 

 

「……しかし、なんだな」

 一昨日も呆気に取られて見ていたけれど

 

 

 

「あんな小さい子も、働いているんだな」

 こんな所でも、自分が住んでいた場所とは全然違うんだって思い知る。

 

 

 

「──さて、今日はどうやって乗り切ろうか」

 

 俺は現実逃避を止め、手に持つ物に目を移した。

 

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです。
ゆっくりですが、進めていきます。
あと一、二話ほど物語の基盤構築を進めつつ、それからは積極的に原作キャラとも絡んでいこうと思っております。

また、実は海外生活突入して久しく、マーリン等が出てくる『Garden of Avalon』や 他の円卓も出てくるかもしれないGrand Orderをプレイする時間もとれそうにありません。
なので更新も長い間途絶えており削除しようかと考えていたのですが、もうそれはそれとして、新しい情報はあえて集めずに独自路線で進めていこうと思います。
このお話もそれらが出る前に自分が想像した人物設定等でいこうと思っていますので、もしもその辺りが気に入らない方がいらっしゃった場合は、ご容赦ください。

また、たくさんの感想をありがとうございました。
今後ともよろしくお願い致します。

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