一度帰宅する楽。
「坊っちゃんおかえりなさいやせー!!」
迎える個性的(893)たち。
「おう、ただいま。
ちょっとばかし料理するからよ、台所に行くわ。」
「へい!ん、しかし晩飯にはまだ早いですよね・・・?」
「ああ、ちょっと友達の見舞いにお粥でも作ろうと思ってな。」
急に泣き出す個性的(893)たち。
「うおお・・・なんと優しい坊っちゃんなんでごぜえましょう・・・!!!こんな方に2代目を継いでもらえる俺たちはしあわせでさあ・・・!!」
「だーかーら、俺は継がねえっての!あと、いちいち泣くな泣くな!」
いつものやり取りを終え、手際良くお粥を作り終える楽。
「よっと・・・こんなもんでいいかな。んじゃ、ちょっと行ってくるわ。」
「へい!行ってらっしゃいやせ坊っちゃん!」
「さて、急ごう・・・」
橘の家に向かい走り出す楽。
その頃、橘はと言うと・・・
「うう・・・もう放課後の時間ですわ・・・今治ったところで楽様に会えるのは明日までお預け・・・ううう・・・。」
珍しく、ひたすらに落ち込んでいる。
「はあ、こんなとき楽様がお見舞いに来てくださったら3秒で治りますのに・・・」
「(3秒・・・)お嬢様、なにかお召し上がりになりますか?」
「うーん、今は食欲が湧かないからいいわ・・・。
ああ・・・会いとうございますわ楽様・・・」
ピーンポーン
「・・・なあに?こんなときにどなたかしら・・・。本田、確認してきてちょうだい・・・。」
「はい。」
「まったくもう、こんなときに来客だなんて・・・」
数秒後。
「お嬢様。どうやら一条様のようで」
ずばばばばっっっ
しゅたっっっ
何枚も重ねていた掛け布団を吹き飛ばし、ベッドから飛び降りた橘。元気なときより明らかに身体能力が高い。
「なんですっt☆△〇◇□▽☆〇~!!??」
興奮のあまり何を言ってるのかよくわからない。
「・・・はあ・・・はあ・・・本当に楽様なの?」
「はい、インターホンで確認した後、直接の確認も行いましたので間違いないかと。」
「ちょっちょっちょっ・・・どうしましょう・・・こんな汗びっしょりで人に見せられない状態で・・・ましてや楽様に・・・どどど、どうしましょう・・・」
ピーンポーン
もう一度呼び鈴が鳴る。
「ああ、このままでは楽様を待たせてしまうわ・・・ええいままよ!」
ドアに向かい全力疾走する橘。
「・・・あれ・・・いねえのかな・・・まさか病院とか・・・?お粥が冷めないうちに食わせてやりてえんだけどな・・・」
「もう一回押すか・・・」
「・・・んー・・・出ないなー・・・どうしたものk」
どどどどど
ばんっっっ
ばきっっっ
「ごふっ!!??」
ごろごろごろっっっ
ごしゃっっっ
橘が思い切り開けたドアに吹き飛ばされる楽。
「!!きゃああ楽様!!!いったい誰がこんなことを!!」
「い、いや橘が開けたドアで・・・げふっ・・っていうかまず一旦落ち着いてくれ・・・」
瀕死のまま揺さぶられる楽。お粥が無事なのは奇跡である。
「・・・はっ!ごめんなさい!楽様!でもどうして・・・」
ようやく落ち着きを取り戻した橘。
「いや、どうしてって・・・おまえが風邪で休んだって聞いて・・・心配になってな。療養に差支えないようにお粥だけでも持って行こうかと・・・」
持って来たお粥を差し出す楽。
それを見てとてつもなくしあわせそうな表情を浮かべる万里花。瞳が輝いている。
「はわわわ・・・楽様・・・なんとお優しい・・・!!
ぜひ、ぜひ、お上がりになってくださいまし!」
「え、いいのか?」
「はい、もう、ぜひ!」
「じゃ、じゃあ・・・。」
こうして家に上がることになった楽。
「(橘の部屋に入るのは初めてだな・・・うおお緊張が・・・!)」
「楽様、こちらですわ!」
「うおお・・・!
(なんか良い匂いがする・・・ん、なんで橘の写真がたくさん・・・?・・・いやしかし他の部分はTHE☆女の子って感じで・・・や、やべえ、ドキドキが・・・)」
「(うう・・・楽様が来ると分かっていればこの100倍はきれいにしましたのに・・・いやでも楽様から来ていただけたのは千載一遇のチャンス・・・これを逃す訳には・・・!)」
腹を括る橘。
「では、こちらにお座りくださいまし♪」
「お、おう、ありがとう・・・
(めっちゃ良いソファだ・・・いくらするんだろうこれ・・・)
あ、そうだ、お粥なんだけどさ、出来たら冷めないうちに食ってみてほしいんだ。食欲あるか?」
「!!ありますわ!!楽様に作って頂いた料理とあらば無限に食べられます!!」
「お嬢様、先程食欲がないと・・・」
壁に掛けてある橘の写真の裏側から話しかける橘。構図がすごいことになっている。
「気のせいだったわ」
「(すごいな・・・)はあ・・・承知しました」
「(・・・誰と話してんだ橘は・・・?)お、おう、じゃあ早速・・・」
お粥を取り出す楽。
その瞬間橘の目が怪しく光る。
「(これは・・・チャンス!!)
・・・あの・・・楽様・・・せっかくのお粥ですので、あーんしてもらいたいのですが・・・」
「!?ばっ!いや、それはちょっと!」
顔を赤らめる楽。
「昨日私がやったように・・・だめですか?」
瞬間、楽の脳裏に橘の表情と言葉が浮かぶ。
『らっくん、おいしい・・・?』
ぼしゅっっ
楽の顔から湯気が噴き出す。
「(うおああああ!!!こ、これは、応じずにこのまま迫られたら、や、やばい!いや、なにがやばいのかわかんねえけど、とにかくやばい!
か、かくなる上は・・・)」
「しょうがねえなあ。ほれ、口開けて。」
楽がいざ橘にスプーンを差し伸べると、橘の顔が何やら赤くなっている。
「?・・・おい、橘、どうした・・・?」
「はひ、ひゃい!!?あ・・・あの・・・いざ楽様にやって頂けるとなると、その・・・心の準備といいますか・・・は、恥ずかしくなってしまって・・・」
急に照れ出し、楽の顔も見ることが出来なくなる橘。
それを見て一瞬フリーズする楽。
「(のおおおおお!!??ここにきてそんな風に照れるのかああああ!!攻めに弱いのかあああ・・・!!い、いかん、理性が・・・!耐えろ、たえろ、タエロ俺ええええ!!)」
ものすごい勢いで葛藤する楽。
呼吸を落ち着け、平静を装いながら
「はは、もう、こっちまで恥ずかしくなるだろ・・・?ほら、あーん」
目を閉じたまま頬張る橘。
ぱくっ
「・・・ん・・・おいし・・・」
恍惚とした表情を浮かべる橘。
ぶばっっっ
ぷしゃーーーーー
「!?楽様!?どうしましたの?」
「い、いや、なんでもない・・・」
鼻血を盛大に噴き出す楽。無理もない。
「(や、やばい、今のは・・・エロすぎるだろ・・・)」
「あ、あの、楽様・・・」
「ん、どうした・・・?」
鼻血を吹きながら応える楽。
「あの、今思ったより身体のだるさがひどくてですね、それで、できましたら、お粥の残りも食べさせて頂けますか・・・?」
「( マ ジ か 。)」
数瞬の葛藤の後、楽は覚悟を決めた。
「おう、ま、任せとけってんだ!」
~20分後~
空になったお粥の器と、満足げな橘と、鼻血の出し過ぎにより橘より具合が悪そうな楽。
「楽様、ありがとうございます・・・♪おいしゅうございました♪ごちそうさまでした♪」
「お、おう・・・。」
度重なるときめきにより、心臓への多大なる負担と大量の出血が。もはや瀕死である。
「(な、なんつう嬉しい拷問だ・・・このままじゃ命がいくつあっても足りねえ・・・)」
「楽様から元気をたーくさん頂いたことですし、何かお茶でも入れますわね♪
よっ、と。では♪・・・あっ・・・」
ふらっっ
立ち上がった瞬間、ふらついて倒れ落ちる橘。
「あぶねえ!」
がしっ
どたどたっっ
橘を抱え、カーペットにしりもちを着いた楽。
「ふー、あぶなかっ・・・た・・・」
楽が橘を後ろから抱えるような体勢になっていたため、楽の目の前に橘のうなじが。
じっとり汗ばんでなんとも言えない艶っぽさを漂わせている上に、シャンプーの良い香りが楽の鼻腔をくすぐる。
「(やべ、橘のうなじ・・・汗ばんでて色っぽいな・・・それにすげえ良い匂いが・・・あ、頭が・・・くら・・・くら・・・する・・・)」
楽が呆けていると、橘が口を開いた。
「あの・・・楽様・・・ありがとうございます・・・
あの、わ、私・・・ま、まだ、心の準備ができていませんので・・・もう少しだけお時間を・・・」
後ろから見ても分かるほどに橘の顔が赤くなっている。
「・・・え?」
楽が自分の手が伸びている場所に目をやると・・・
楽の右手は橘の左胸を、左手は右胸を完全に掴んでいる。「触れた・触った」では済まされないレベルで掴んでいる。
「うおえええああお☆△〇◇□▽☆〇!??!?!?!!!??ご、ご、ご、ごめん!!!!」
慌てて凄まじい速さで手を放す楽。
それに対し橘は、ゆっくり振り返ると
「もう・・・別に嫌だなんて言ってませんわよ・・・らっくんたら・・・♪」
やばい
これは
やばい。
あまりの興奮により思わず鉤括弧が外れてしまう楽。
「(いいいいいいいかーーーーん!!!これは、まずい!!!)」
「ここここ、これ以上長居すると風邪長引かせちまうかもしれないから、そろそろお暇するわ!!ほらほら、安静にしな!な!?」
超速で橘をベッドに寝かしつけ、布団をかけ、濡れタオルをおでこに置く楽。何故これだけ急ぎながらも手際がやたらと良いのか。
「あ、楽様・・・」
「じゃ、じゃあな!お大事に!」
ばたばたと立ち去ろうとする楽。
しかし、一瞬立ち止まって再び喋り始めた。
「・・・あ、具合良くなって学校来れそうだったら、一言メール送ってくれるか?その方が俺が学校に行く楽しみが増えるから、さ。
そ、それじゃ、お邪魔しましたーーー!!」
びゅんっっ
がちゃっ
だだだだだだ・・・
ぽつんと残された橘。
「もう、楽様ったら・・・。
紳士で、優しくて、
・・・少しだけ、意気地なし・・・。」
たったったっ
帰り道、楽は急ぐ必要もないのにずっと走っていた。
「あぶねえ。あのままだったら絶対押し倒してた。ふーーよく耐えたな俺・・・
・・・何のために耐えたんだ、俺は・・・?
しかも最後のセリフ、ほとんど何にも考えずに言っちまったけど・・・なんで俺はあんなこと・・・
・・・俺は・・・」
自身の感情の変化に付いて行けないまま、二人の長いようで短い放課後は終わった。
続く。