楽×マリー『オネガイ』その後   作:高橋徹

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鶫。第62話「キンヨウ」(3)

楽と鶫のデートは続く。

現在、楽の万里花に対する土下座ポイント:15ポイント

 

 

「(…いかん、抑えろ俺。いやしかしこれは…うおお…)」

二人で歩く中、先程の鶫の抱き付きを思い出してしまい胸をちらちらと見る楽。

「い、一条楽…」

「ん、どうした?」

「そ、その…恥ずかしいから、あまり見ないでくれるか…?」

顔を赤らめながら、ちらりと楽を見る鶫。

「(ばーれーてーたー恥ずかしい死にたい)」

女性への視線は気を付けなければならない。

楽は一つ学んだ。

「わ、わりい、つい…」

「こ、この部分を見たいなら…その、後でちゃんと見せてやるから…あまり、こんな人通りの多い場所で見ないでくれ…」

「(なんだって)」

楽は声に出すことすら出来ずに固まった。

「…は。」

鶫は楽のリアクションを見て、自分が言ったことのまずさに気付く。

「は、はわわわ…流石に今のは忘れてくれーーー!!!」

「ですよねべぶらぁっっ」

びんた兼掌底を右頬にくらい、コンクリートを抉るようにして転がる楽。

久しぶりの、本気だった。

 

「(…ちらちら見過ぎた…。18ポイントってとこかな…)」

積み重なる土下座ポイント。

 

 

「あ、あそこに行ってみたかったんだ。いいか?」

鶫が指差したのは、以前飼育係のエサを買いに行ったペットショップだった。

あのときは、まだ二人は出会って間も無く、まして楽は鶫が女性だと知ってからは本当にちょっとしか経っていなかった。

そのとき楽は彼女を可愛い女の子だと言う認識は多かれ少なかれ持ったのだが、男女としてどうかなどとは露ほども考えていなかった。

しかし今は、鈍感の極みである楽も流石に気付いている。

…鶫が、自分のことを好いているのだと。

それを考えると、男女として意識せざるを得ない。

ペットショップを指差されたとき、楽は以前来たときのことと、今との違いに思いを巡らせていた。

「ああ、いいよ」

そう言って、二人はペットショップに入った。

 

「おおー…モコモコしている…」

鶫は以前と同じように、可愛らしい犬を見つめている。

「(…やっぱり、前に比べたらほんと変わったよな、こいつ…)」

楽はそんなことを考えながら、鶫を見つめている。

ふと、二人の目が合った。

「う…」

楽は呻いた。

以前は『…何をジロジロ見てる変態め。目玉くりぬくぞ…!!』などと言う恐ろしい台詞を吐かれたので、自然な反応と言えた。

しかし。

「…どうした、一条楽?私の顔に何か付いているのか?」

柔和な表情で言った。

「…!」

以前とのあまりの違いに驚く楽。

「あ、いや、その…さ、前と比べて、お前の雰囲気があまりにも違うもんでな。」

「ふふ…なんだ、そんなことを考えていたのか?♪」

鶫はそう言うとすっと立ち上がり、手を後ろに組んで歩き出した。

「…時が流れれば、人の心も移り変わるものだろう?…私もそうだよ。」

そう言って、くるりと楽の方を振り返って微笑んだ。

「!そ、そうか…」

楽は顔を真っ赤にしながら俯いた。

「(うおお、何だよ今のかわいい仕草ーーー!!?めっちゃどきっとしちまった…!!…土下座ポイント、21ポイントだなこりゃ…)」

几帳面にカウントしていた。

 

 

「あ、あれ食べたい!」

ペットショップを出て歩いていると、鶫がクレープの屋台を指差した。

「ああ、そういや前も食ったことあったよな」

「そう、あのときの美味しさが忘れられない…♪」

そう言って目をきらきらとさせる鶫。

「…なんか、千棘みてえに感情を出すようになったな、お前」

楽がふと思ったことを呟く。

「…ほ、本当か?どっちの方が良い…?」

「(やばい、土下座の予感…)…ああ、うーん、今の方が、かわいいと思うぞ」

照れ隠しに頭をぽりぽりとかきながら、楽が言った。

「…あ、ありがとう…」

俯きながら、楽の服の裾をきゅっと掴んだ。

「お、おう。(はいやばいかわいすぎるだろ何これ土下座ポイントもう1ポイント入りまーす)」

予感が当たった。

 

「はいよ、お待ち!嬢ちゃんかわいいから、トッピングサービスしといたよ!」

店員さんが気前良くサービスをしてくれた。

「あ、ありがとうございます!」

「良かったな」

「ああ♪」

鶫は嬉しそうに笑みを浮かべた。

「いやー、仲の良いカップルで良いねー!見ていて気分が良いよ♪」

「「ええっ!?」」

「ん、どうしたんだい?」

「あ、いえ、なんでもないです!サービスして頂きありがとうございますー!」

恥ずかしそうに言うと、急ぎ足でその場を去った。

 

「…カップル…」

鶫がクレープを見つめながら、ぽそっと呟く。

「ま、間違えられるもんなんだな!はははっ!」

楽は不自然極まりない笑い声を上げた。

「…カップル…」

「お、おい、つぐみ?」

「…カップル…」

明らかに、表情がにやけている。

「…つぐみさーん?」

「!あ、ああなんだ、食べたいのか!?ほら、あーん!…あーん!?」

楽の声に気付く。

そして、テンパる。

テンパりすぎて、楽が自分のクレープを食べたがっているのだと勘違いする。

勢いで、以前からやってみたいと思っていたあーんをしてみようとする。

直後、勢いでやってしまった行動に自分で驚いて、ツッコミ気味に言い直す。

一行のセリフに、膨大な量のテンパりが詰め込まれていた。

「いやもう色々おかしいぞ今の!?」

楽のツッコミも追い付かない。

「い、いいんだ、ほら、あーん!」

戻れないと思ったのか、鶫は勢いそのままに続けようとする。

「い、いや、それは…!!」

「だ…だめか…?」

楽の言葉を聞いて、子犬のようにしゅんと縮こまる鶫。

「うぐぅっ!!」

きゅーーーーーーん

落ち込ませてしまった罪悪感と、しゅんとする鶫のかわいさに撃ち抜かれる楽。

「…あ、やっぱり食べたいかも…」

「!!ほ、本当か!?♪」

結局、乗った。

「はい、あーん♪」

「…あーん」

「美味しいか?」

「(恥ずかしすぎて味がわかんねえ…)ああ、美味いよ」

「良かった…。じゃあ、今度は私に…」

そう言って、口を開ける鶫。

「(やばい)」

心の中でそう叫ぶも、これを断る流れではまかり間違っても無い。

「…あ、あーん…」

意を決して、鶫の口にクレープを運んだ。

「…んっ…美味しい♪」

笑顔で答える鶫。

「(何なんだもうかわいすぎだろ…今日本当にやばいな…)」

尋常でない程の危機感を募らせる楽であった。

 

 

鶫はこのデート中、何としても達成したい目標をいくつか掲げていた。

「(一条楽に褒めてもらうのは…クリア。

顔を赤くさせるのも…クリア。と言うかもう何回もクリア。

互いにあーんするのもクリア。

そして次は…手を繋ぐ…!)」

鶫は歩きながら、手をわきわきと動かしていた。

…その動きは、無駄にいかがわしかった。

 

「よし、手を…手を繋ぐぞぉ…!!」

歩きながら、会話の途中で懸命にタイミングを探る鶫。

「(…今だ!!)」

さっ、と手を伸ばす。

「そうそう、それでそんときおふぅっ!?」

楽が変な声を上げた。

「えっ?」

鶫は素っ頓狂な声を上げる。

「つ、つぐみ、お前、急に何して…!?」

楽は顔を真っ赤にしながら尋ねる。

「え、何って、手を…おわぁっ!?」

鶫の手は、緊張のあまり距離感をばっちりと誤り、楽の股間をがっちりと掴んでいた。

楽の先程の間抜けな声は痛みによるものではなく、全く予想していない若干の…快感によるものだった。

「すすす、すまないーーー!!!」

「んぐっ…」

「!?」

鶫はテンパる余り、楽の股間を更に握り込んだ。

痛みを感じない程度の、適宜に快感に思う絶妙な握り具合であったため、楽は色っぽい声を漏らしてしまった。

「い、いいから、早く離してくれ…!!」

「は!そ、そうだよな…ふぅ」

やっと手を離した。

「はわわわ…す、すまない…」

鶫は顔を真っ赤にしながら湯気を噴き出している。

「ったく、どうしたんだよ?」

「い、いや、なんでもない!」

そう言って、二人は再び歩き出した。

 

「(こ、今度こそ…)」

再度チャレンジを試みる鶫。

今度は、なるべくそぉっと手を伸ばす。

「(ん…あ、いけね、手が当たっちまったか…)」

ちょん、と手が触れると、楽は気を遣い手を引いた。

「(あ、あれ…もう一度…)」

もう一度、手を伸ばす。

「(あれ、またか…申し訳ねえな…)」

手が触れ合うと、再び手を引っ込める楽。

「(あ、あれ、あれれ…?も、もう一度…!)」

三度目の正直。もう一度、手を伸ばした。

「(…なんだろう、妙に手が触れるな…どうしたんだ?)」

不思議に思いながら、もう一度手を引っ込める楽。

 

「…」

「…」

「…うう…」

「!どうしたんだ?」

「き、貴様は…」

「?」

「…わ、私のことがキライなのかーーー!!?」

「!!?」

涙目になって大声を上げる鶫に、楽はぎょっとした。

「な、ど、どうしたんだよ!?」

「どうしたって…手、手を何度も繋ごうとしたのに…三度も避けて…うう…」

目をウルウルとさせる鶫。

それを見て、楽は大いに慌てる。

「!!あ、そ、そう言うことだったのか!?てっきりぶつかってるもんだと思って、申し訳ねえなって…。」

「…え?」

ここで、ようやく誤解が解けた。

「そ、そうだった…のか…」

鶫はすとんと肩の力が抜け、腑抜けた表情になった。

「いや、そりゃ、だって、鶫の方から手を繋ごうとするなんて思わなくて…」

「そ、そうか。…わ、私から手を繋ごうとするのは、そんなに変か…」

そう言って、再び目をウルウルとさせながら、上目遣いで楽を見つめる。

「(…いや、これ、こんなことされて『うん、変だよ☆』とかほざける奴がこの世にいるのか…?…いや、いない。)」

心の中で、わざわざ反語で考える楽。

「別に、変ではないと思う…ぞ?」

「そうか…じゃ、じゃあ…」

そう言って、鶫がすっと手を差し出す。

「(やばい)」

楽は激しく動揺した。

「(ここで手を繋ぐのは流石にもう…『千棘と恋人のフリをして、実際は万里花と付き合っていて、鶫とも手を繋いじゃうヤクザ者の息子』になるんだろ?もう堅気で生きられない感バリバリになるぞ…!!!)」

…激しく、動揺した。

そんな葛藤をしている楽を、鶫が更に追い立てる。

「…だ、だめか…?」

「(あかん)」

使ったことの無い関西弁まで飛び出す楽。心の中でだが。

「(ここでつぐみの誘いを断ることの方が、よっぽどクズな気がしてきた…)」

なんかもう、倫理って何だろうと言う状態になっている。

「…ほら」

「!…ありがとう…。」

結局、押し負けた。

「~♪」

ものすごく幸せそうに微笑みながら歩く鶫。

「(だから何だよそのかわいさはーーー)」

内心、楽は悶えていた。

 

 

その頃。

ポーラはしっかりと楽と鶫のデートの尾行を続けていた。

「…おお、やるわね黒虎…遂に手を繋いだわね!行け行けー!押し倒しちゃえー!」

…色々と、段階をかっ飛ばしていた。

「良い感じだねぇ、ふふっ♪…んん?」

ポーラが何かに気付き、目を凝らす。

手を繋ぎながら歩く二人の前を塞ぐようにして、男二人が立ち止まった。

「…なんすか?」

楽は目つきを変え、道を塞いだ二人の男を睨む。

「おうおうおう、僕ちゃんよぉ、ずーいぶん可愛い子と歩いてるじゃん?その幸せ、俺らにも分けてくんねえかなー?」

「そうそう!幸せ幸せー!」

「(なんだこの偏差値25くらいにしか見えない喋り方は…)具体的には?」

楽は呆れながらも聞く。

「あー、そうだなー、3000円くれえかなー!」

「(思いの外手頃な金額を提示しやがった…)」

逆に驚く。

「あんだーその顔はー!?払えるのか払えねえのかどっちなんだーおー!?」

「(面倒だなぁ…つっても俺は喧嘩よええし、どうすっかな…)」

楽はどう対処するかに迷っていた。

すると。

「…おい」

二人の男が楽に絡んでいると、隣にいた鶫から禍々しいオーラが放たれる。

そのオーラに、男たちは思わず怯んだ。

「!?な、なんだよ?やんのかこらあ!」

「私たちは今、大切な時間を使ってのデート中なんだ。それを邪魔する輩は…!!」

そう言って、拳を握りこむ鶫。

「許さん…ぞ…?」

拳を振りかざした鶫を、楽が手をかざして制止した。

「…ったく、頭のわりい話し方する上にかわいい女の子にまでケンカ売んのかよ?救いようの無いバカどもだな…。…俺の女に手を出すな!!」

「ほわっ!?」

楽の言葉を聞いて、鶫の顔から湯気が噴き出す。

「(やっべ…後で色々フォロー入れねえと。…もう、四の五の言ってらんねえな。)おら、かかってこいよ。」

楽はそう言って、人差し指でくいくいと挑発する。

「あんだとぉ!?このガキがーーー!!」

「(まずは初撃を防ぐ…!)」

男二人が殴りかかってくると、楽はまず防御する為に腕を斜めに交差させた。

 

すると、次の瞬間。

「狙いはあそこ…えいっ!」

ビシビシッ

「「!!?」」

何か音がしたかと思ったら、男二人がよろめいて、急に楽の方へ倒れ込んで来た。

そして。

ごっごっ

「「ぐおっ!?」」

楽が防御のために出していた腕の肘の部分に、男二人の顎が器用に直撃した。

そのまま、あっさりと倒れ込む二人。

「…あれ、勝った…のか?」

倒れ込んだ男たちを、足の先でちょんちょんと突いて確認する楽。

「…勝った…みたいだな…」

「…そ、そうか…」

困難を切り抜けたには切り抜けたのだが、二人は何となく釈然としないまま、その場を後にした。

 

「…ふう、狙撃成功、と。感謝してよね、黒虎と一条楽♪」

不良の足元を狙撃したのはポーラであった。

誇らしげに、銃を構えていた。

 

「…い、一条楽…さっきは、何故私にやらせなかったんだ…?」

鶫は、楽と繋いだ手にきゅっと力を入れて聞いて来た。

「ああ、お前は今日頑張って、めいっぱいかわいい女の子として来てくれたんだ。そんなお前に手を出させる訳にはいかねえよ」

「…あ、そう、か…」

ぽーっと頬を赤らめる鶫。

「そ、それと、さっきはその、お、俺の、女って…」

顔を真っ赤にしながら、更に質問を続ける鶫。

「あ、あれは言葉のあやってやつで、な!そう言った方があの場では迫力が出るだろ?」

楽は慌てて弁明をする。

心の中で、必死に万里花に謝りながら。

「…そ、そうか、そうだよな!はは…は…」

「…!」

鶫が浮かべた作り笑いと、その直後に一瞬だけ見せた切ない表情に、楽の胸はずきんと痛んだ。

 

 

 

「あ、もうこんな時間か。すっかり夕暮れ時だな。」

時計を見ると、時間は18時近くになっていた。

「そうだな…(よし、そろそろ家に誘うぞ…!!)いつっ!?」

「!?どうかしたのか…?」

鶫が突然、痛みで顔を歪めた。

楽は心配して、どこが痛んでいるのかを確認する。

「あ、足が…」

そう言って、ヒールを脱ぐ鶫。

「まさかまた…案の定だ。すげぇ靴ずれしてんじゃねぇか…お前、ヒールをあれ以来履いてないのか…?」

「あ、ああ…」

「ったく、しょうがねぇなぁ…」

「(ま、まさか…!?)」

鶫はこの後の展開が分かると、瞬間的に物凄く興奮した。

「…っと!」

「うひゃぁ!!?」

鶫の予想通り、以前靴ずれしたことが分かったときと同様に、楽が鶫をおんぶした。

「そ、そこまでしなくても…!」

「ばーか、無理すんなよ。」

「…あ、ああ…。(ぬああああああーーーー!!♪!!!♪!♪♪♪)」

楽の変わらぬ優しさに、鶫は楽に見えないのを良いことに盛大ににやけて悶えていた。

 

ちなみに楽はと言うと。

「(…相変わらず、軽いな鶫は…。いや、それよりもやばい、胸がやばい。良い匂いもするし、何より胸がやばい。いやそう言うんじゃなくて、とにかく胸が柔らかくてやばい。ってばかやろう。土下座ポイントが高速で積み重なって行くーーーーー)」

脳内で一人お祭り騒ぎとなっていた。

土下座ポイント、現在33ポイント。

 

 

 

続く。

 




コミック3巻でのくだりを思い切りなぞりつつ書いてみたかったので、楽しかったです。

鶫とのデート編のノーマル部分は次の部分で最後になります。1時間後には上げますのでどうぞお楽しみください(^^)


それでは、今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!

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