時間は遡り、土曜日の夕方。
楽と万里花が結ばれた頃。
「う、うーん…場所が悪かったかしら、いまいち動きがわからないわね…」
今回は千棘・小野寺・鶫それぞれが持参して来た双眼鏡で覗いていた。
しかし、角度の問題があったのか、重要な場面は見えずにいたのである。
「しょうがないね…もう、帰ろうか?」
「そうですね…」
3人はため息混じりに引き返し始める。
と、そこに。
「おーい!どうだったー?」
集とるりが戻って来た。
「あ、るりちゃん、舞子君!」
「それがねー、見てた場所が悪かったのか、大事なところがまるで見れなかったのよー」
「あら、そうだったのね」
観覧車を見ていた3人が報告を始める。
「…あれ、るりちゃん…?」
ごく普通に話している中、小野寺がある異変に気付く。
「…なにかしら?小咲」
「…いや、なんで、顔真っ赤なのかなって…」
小野寺の言葉に反応し、千棘と鶫もるりを見る。
確かに、平静を装っているが、顔は耳まで真っ赤になっている。
「…!!…な、なんでも、ないわ、よ…」
ここで話せる理由ではないのか、るりは口をつぐんだ。
「…そっか。わかった♪」
小野寺はそんなるりの雰囲気を察して、追及するのをやめた。
「じゃ、みんな帰ろっかー」
千棘の言葉を皮切りに、5人は帰り始めた。
集は用があるからと先に別れ、帰り道の関係で千棘は鶫と、小野寺はるりと帰ることに。
千棘と鶫は、歩きながら今日のことを悶々と思い返していた。
「…ねえ、鶫」
「なんですか?お嬢」
「結局、観覧車で何が起きたかは分からなかったじゃない?もし…もし、さ、楽と万里花が本当に付き合うことになったらどうする?」
「!…私、は…」
千棘の質問に、鶫は言葉を詰まらせた。
「…ごめんね、急にこんな質問したら答えづらいわよね。…私はさ、もし、あの二人が付き合うってことになったらって…考えただけで、胸が苦しくなって、泣きそうになるんだ」
「お嬢…」
ぴたっ、と千棘は立ち止まり、鶫もそれを見て立ち止まった。
「だって万里花は、あいつを…楽を振り向かせるために、今までずーっと努力して来たんだよ?それで楽と恋人になれるのって、すごく自然で、当然のことだと思うの。
…でも、だからこそ、この気持ちを、楽が好きで、楽に振り向いてもらえる万里花に嫉妬したいって言う気持ちを、誰かにぶつけることができなくて。苦しい…んだ」
千棘は、泣きそうな顔で言った。
「お嬢…私もです。橘万里花の努力を考えたら、『なんであいつが』などと考えることが出来ない…それが、気持ちのやり場をなくしてしまっているんですね。
…でも、お嬢!」
「わ!どうしたの、鶫?」
鶫が千棘の両肩をがしっと掴む。
「…私は、諦めることなんて出来ないです。例えあの二人が恋人になっていようとも。彼女は…橘万里花は、お嬢と一条楽が恋人なのだと思っている状態で、ずっと一条楽に振り向いてもらうための努力をしてきたのですから。今からでも、ほんの少しでも、あがきたいのです。…お嬢は、どうなんですか?」
鶫の表情は千棘が今まで見たことがないくらいの、真剣なものだった。
「つ、鶫…。…わ、私…私も、諦めたくない…諦めたくないよ…!!だって、あいつが、楽のことが…大好きだから…!!」
涙をぽろぽろと流しながら、鶫を見つめた。
そんな千棘を見て、愛おしく思い、鶫は千棘を抱きしめた。
「そうですよね…そうですよね…頑張りましょう、頑張りましょう…!!」
「うん…うん…!」
二人で、固い決意を固めた。
一方その頃、小野寺とるりも、歩きながら今日のことを悶々と思い返していた。
「…るりちゃん」
「なに?」
「もし、もし…さ、一条君と橘さんが付き合うことになったら…そのうち、キスとか…その先のこともするんだよね?」
「…!あ、ああ、そうね…」
「私、それを考えただけで、胸が…って、あれ、るりちゃん?」
小野寺が気付くと、るりは先程と同様に真っ赤になっていた。
「るりちゃん?…さっき赤くなってたのと関係あるの…?」
「…!…小咲には…隠せないわね…」
流石は親友、と言うべきか。小野寺はるりの異変をすぐさま先程の異変と結び付けた。
「あの…ね…
私、舞子君と付き合うことになったの。」
「そっかー…って、ええええええ!!!?!?!?」
あまりに突然の発表に、小野寺は危うくリアクションをし損ねるところであった。
「ちょ、ちょ、ちょ、それっていつ…って、あ、私たちが観覧車を見てるとき?え、でも、ホントに??え、え、えええ…!?!!?」
「お、落ち着いて…小咲…私もびっくりしてるんだから…」
小野寺が本気で慌て、るりが顔を真っ赤にしたままなだめる。
「あ、あのとき…ね」
以下、回想。
小野寺が楽の下から帰って来て、しばらく話をした後。
「(るりちゃん、ちょっと一緒に来てほしいんだ)」
「(え、ちょ、なんなのよ…!?)」
集は不意にるりの手を掴み、3人が観覧車の方を見ている内にさっと連れ去ってしまった。
小声で話しかけてきた集を見て、るりは空気を呼んで小声で応じたため、3人に気付かれることは無かった。
はっ…はっ…はっ…
二人は息を切らしながら、数百メートル程走り、道端で止まった。
「…はあ、はあ、はあ…。…一体なんなのよ?橘さんの家のときと言い、今と言い…」
るりは、突然連れて来られたことに戸惑いを隠せずにいた。
そんなるりを見て、集はにっこりと笑う。
「ごめんね、るりちゃん、わざわざこんなに走らせて。…俺がしたいことは、何も変わってないよ。ただ、るりちゃんにもっと近付きたいんだ。」
るりを真っ直ぐに見つめる。
「…!ば…ばか…なんで私なんかに…」
突然の集の真剣な言葉に、るりは赤面して、思わず顔を背けた。
「るりちゃん」
「きゃっ!?な、なによ?」
集はるりの肩を掴んだ。
戸惑うるりに構いもせず、先程よりも真剣な目で見つめる。
「なんか、なんて言わないでくれよ。俺はるりちゃんのことすげえ素敵でかわいいと思ってんだからさ。」
あまりに真剣に褒められたため、るりの顔は更に赤くなる。
「…な、なんで、そん…な…だ、大体、あなた、そんなこと言っておいて…前に一条君の家で好きな人の名前を挙げたとき、私の名前だけ挙げなかったじゃないのよ…!」
ふと、ずっと気にしていたことを話した。
それを聞いて、ふふっ、と集は笑う。
「…そんなこと気にしてたんだ…」
「笑わないでよ!…ずっと胸につっかえたままなのよ…?」
「…ごめんね。素直じゃないもんでね。…はい、お詫びも兼ねて、プレゼント♪」
「…え、こ、これって…」
集がるりに差し出したのは、立派なハードカバーの洋書だった。
「前に二人で遊んだとき、本屋で見かけて、欲しいけど中々手が出せないって言ってたでしょ?♪」
「た、確かに言ったけど…あんな些細なことを覚えててくれたの…?」
るりは驚きを隠せないでいる。
「こういうの、得意なんだ俺♪それに、るりちゃんのことだから、尚更、ね」
「…え…。」
「…よし、じゃあ、もうちょっとストレートに言うね?」
「え、え、え…?」
集の顔つきと、空気感が変わる。
その瞬間、るりはこの空気感をどこかで感じたことがあると気付いた。
水泳部の後輩が、集に告白したときの空気だ。
あのときは自分は部外者だった。
でも、今自分は、その渦中にいる。
集の真剣さから、次の言葉を待たずして、るりの心臓は破裂しそうな程に鼓動を早めた。
そして。
「宮本るりさん、あなたのことが好きです。どうか俺と付き合ってください。」
「!!!!!な、な、な、なんで、あ、え、え…!?」
予想していたとは言え、その予想はほんの数秒前に為されたもので心の準備をするには心許ないものであったし、何より、実際言われると、想像を遥かに超えた衝撃があった。
「…どう、かな?」
集は笑顔を保ちつつも、緊張で固くなっている。
「そそそ、そんなこと言われたって、まだどうしたらいいか…あ、あ…」
るりは全力で戸惑っている。
「…かわいいなあ」
「!?ば、ばか…」
「少し考えてもらってもいいけど…その間に…。…いやなら、本気で振りほどいて、殴るなりなんなり好きにしてね」
「え…?」
次の瞬間、集はるりの唇を奪った。
「!!!?!?!?!?!!?」
全く予想していなかった事態に、るりの思考が停止する。
そして数秒後。
「…っ…ぷはっ…ななな何すんのよ!!あなた、そんなこと今まで色んな女の子にやってきた訳!?」
集から数歩離れ、全力で集を指差しながらまくし立てる。
「初めてだよ」
「え…」
集は真剣な表情で答えた。
「今のが俺のファーストキス。るりちゃんだからしたくなったんだ」
「…え…あ…」
るりは何も話すことが出来なくなった。
「ってことでー…♪」
空気感がいつもの感じに戻る。
「今ので拒否されないことがわかったので!好き、って言ってくれるまでしちゃいまーす!」
「え、ええ!!?ちょ、ちょっと…ん、んむう…ふむう…!」
もう一度るりの唇を奪い、今度は舌を絡める。
そして一度離れ、頬やおでこ、首筋にも口付けをする。
「あ、んあ…ちょ、ちょっと…んん…んぐ…うう…」
徐々に、るりの表情から緊張が消え、表情がとろけてきた。
そして。
「わ、わ、わかったわよ!わかったから!」
集の顔を無理やり引き離すと、顔を真っ赤にしたままるりが話し始めた。
「え…?」
集の動きが止まる。
「付き合うわよ、舞子君、あなたと!」
「ほ、本当に…?」
「恥ずかしいから何度も言わせないでよ…一緒に居てあげるって言ってんの!!」
るりが、集の想いに応えた。
「…ほ、本当に…?………やったー!!!!!」
集は全力で喜び、辺りを飛び回る。
「ちょ、ちょっと…恥ずかしいからやめてよ…」
「むふふー♪…でもまだ、るりちゃんが俺に好きって言ってくれてないのでキスを継続しまーす!」
そう言うと、再びるりと口付けをした。
「んむうー!?ん、んぐぐ…う…んぐ…」
今度は頭の後ろに手を回し、逃げ道を無くして濃厚に口付けを交わす。
「っぷはっ!…はあ…はあ…はあ…」
「…さてさて~…?♪」
「…あなた、後で覚えてなさいよ…?」
「むふふー♪るりちゃんにお仕置きされるなら喜んで♪」
「何言ってんのよまったく…。…ったく、なんでこんな人のことを…私は…」
「え、今何て?」
「う、うるさーい!…ああもう、…好きよ、舞子君。あなたのことが、好き。…これでいいでしょ?」
そう言うと、るりは、顔を赤らめたまま顔を背けた。
それを聞いた集は、満面の笑顔になる。
「やったー!えいっ!」
「ちょっ…!…んむ、んむう…」
この流れに慣れてきたのか、るりは徐々にうっとりとした表情になって行く。
「…ぷはっ…。…キス、好きなんだ?」
「…!!!」
集がいたずらっぽい表情で言った言葉に、るりは最大限に赤くなる。
「う、う、う…うるさーい!!」
「わー!ごめん、ごめんってー!」
るりから逃げ回る集は、終始笑顔であった。
回想、終了。
「…そ、そんな濃厚なやりとりが…!!」
小野寺は口をはわわと動かしながら、興奮して聞いている。
「でも、どうしてすぐに言ってくれなかったの?隠すことないのに!」
「…あんたの状況を考えると、素直に喜べなくてんがっ!?」
るりの鼻をきゅっと摘まむ小野寺。てんが。
「も〜、そんなこと考えなくていいの!るりちゃんったら!
…私の大事な大事な友達が、しあわせになれたんだよ…?…うれしい…!!」
そう言って、小野寺は涙を流し始めた。
「小咲…ありがとう、ありがとね…」
るりも、小野寺に釣られて泣き始めた。
「うん…おめでとう、るりちゃん…!!私も、頑張るよ。例え一条君と橘さんが恋人になったとしても、絶対諦めない。諦めたくない。」
「わかったわ…どこまででも、応援するわね、小咲の恋。」
「ありがと、るりちゃん♪」
それぞれが、これからの意志を明確に固めた帰り道だった。
続く。
楽とマリーが二人共出ない、初めての話でした。
次はエロの方に、デート中に万里花が鶫にお仕置きする話を書きたいと思います。木曜日中には!
それでは、今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!