やはり『過負荷』は青春ラブコメなんて出来ない。   作:くさいやつ

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モチベが上がらなくて書く気が起きないよ………
やっぱり文字数が多すぎるかなぁ……



川崎沙希の勉強

「由比ヶ浜結衣さんだよ。ピンク色の髪の女の人。ピンクは淫乱って相場は決まってるからおにいちゃんには会わせなかったんだよね。あと、おにいちゃんを轢いた黒塗りの高級車の人は雪ノ下建設の人だよ」

 

小町は坦々と知っている事を話す。棒読みなソレはまるで予め八幡に聞かれたらそう答えようとセリフを用意していたかのような喋り方だった。聞いてもいない雪ノ下建設のことまで言われたことで八幡も察する。

 

「『ねぇ』『小町ちゃん』『もしかしてなんだけどさ』『知ってた?』」

「当たり前じゃん。おにいちゃんの事なら何でも知ってるよ?」

「『はは』『妹にこんなに愛されて僕は嬉しいよ』『それで』『お願いがあるんだけど』」

 

前々から決めていたことを小町に手伝ってもらうことにした。本当だったらもう少し早くするべきだった。戸塚の依頼の時点で決めていたのだ。ただあの時は由比ヶ浜の言葉に珍しく八幡が付き合ってみようと思っただけだ。

 

「『---』『お願いできるかな?』」

 

自転車の横を大きなトラックが通り過ぎていく。その音にかき消されて後ろに座っている小町にちゃんと聞こえただろうか?と後ろを見る。

だが、兄大好きっ娘の小町が八幡の声を聞き逃すわけがなかった。

ニンマリと嗤う小町が見えた。

 

「うんうん、分かってるよおにいちゃん。報酬は次の日曜日にデートでいいよ」

「『あはは』『これが終われば暇になるからね』『いいよ』」

 

☆ ☆ ☆

 

平塚はSHRが終わったのにも関わらず教壇の上で一つだけ空いた席を見て頭を抑えていた。

 

「はぁー、今日も休みか……。3日連続だぞ?何をしているんだ比企谷の奴は」

 

出席簿を確認しながら平塚静は問題児の事に頭を悩ませる。あいつが来なくなってクラス全体としては穏やかにはなった。だが、比企谷が居なくなってクラスが良くなろうが平塚の流儀として1人を排斥した上での平穏は許せない。今日という今日は家に殴り込んでやろうと決心する。

 

「今日もヒッキー休みなんですか?」

 

そこに由比ヶ浜は暗い顔で近づく。比企谷は態度や雰囲気は悪かったが無断欠席なんてした事もなかった。それが急に3日連続の無断欠席だ。あの雪ノ下でさえ初日は冷たい笑みで「言い負かすネタが増えたわね」と笑っていたが昨日の夜メールを入れた時は「部長である私に連絡を入れないなんて何様のつもりなのかしら!」と彼女なりに心配していた。雪ノ下は比企谷と連絡先を交換してないから出来ないのは当たり前なのだが。

 

「ああ、家に連絡を入れてるんだが誰も出ないんだ。由比ヶ浜、お前のところにも連絡は来ていないんだろう?」

「はい…、もう何回も電話したんですけど出なくて」

「そうか、………しかしこのまま無断欠席を続けられると問題だぞ。彼を嫌っている先生は多い。タダでさえあんなオーラを纏っていて第一印象が悪いのに授業態度がアレだからな……」

 

数学の時間にジャンプを広げていた比企谷の姿を思い出して由比ヶ浜も苦笑いするしかない。

 

「このままいけば学校を辞める事にもなりかねん。そうだな、やはり今日の放課後家まで行ってみるか」

 

【辞める】という単語を聞いて由比ヶ浜の顔色が真っ青になる。

 

「私も行きたいです!あ、ゆきのんも絶対来ると思います!」

「うーむ、そりゃ来てもらった方が助かるのは助かるんだが……実は依頼者がいるんだ………」

「このタイミングで!?」

 

滅多に無い依頼だ。普段なら喜ぶところだが生憎と間が悪い。比企谷事が心配だが、仮にも部と名乗っているからにはキチンと活動できる時には活動したい。

 

「悪いね、コッチも困ってるんだ」

 

ムムム、と部活動と比企谷どちらを優先するべきか由比ヶ浜が唸っていると教室の入り口から入ってきた川崎サキが頭をポリポリと掻きながら謝ってくる。

 

「今日も遅刻か、川崎。今の立場をわかっているのか?私も余り庇えないぞ。私の胃をイジめるのは比企谷だけにしてくれ」

「わかってます、先生。先生には感謝してます。依頼(コレ)が解決すれば真面目にします」

「そうしてくれると助かる」

 

平塚と川崎の会話を聞いて今回の依頼者がサキだと気付いた由比ヶ浜。いつもなら、笑顔で受けるのだが比企谷の事が気にかかってしまう。

 

「比企谷の事は私に任せろ。だからお前は部活に集中しろ」

「先生………」

「川崎の依頼に関して詳しくは放課後だ。川崎は私が部室に送り届けるから由比ヶ浜は掃除が終わったら先に奉仕部の方に行っていてくれ」

 

そう言って平塚は教室から出て言ってしまった。

 

「じゃあ、よろしく」

「う、うん」

 

川崎が出してきた右手に握手する。それだけすると川崎はそのまま席に行ってしまった。

 

☆ ★ ☆

 

放課後

 

由比ヶ浜が急いで奉仕部に行くとすでに雪ノ下は来ていた。いつものように窓際で本を読んでいた。

 

「あら、由比ヶ浜さん?そんな急いで来てやる気はあるみたいで安心したわ」

 

雪ノ下は勢いよく扉を開けて入って来た由比ヶ浜に驚きながらも、息を荒げて元気が溢れている様子の由比ヶ浜に頬を緩ませる。

 

「うん、早く終わらせてヒッキーの事を問い質さないとね」

「そう言えば、今日も来ていないらしいわね。クラスの人が話しているのを聞いたわ。由比ヶ浜さん彼の家に行くつもり?」

「ううん、行かないよ」

「じゃあどうやって問い質すの??」

「え?ゆきのん平塚先生が今日ヒッキーの家に行くこと知らないの?」

 

なるほどついに平塚先生の堪忍袋の尾が切れてしまったのね、と頷く雪ノ下。

 

「それなら同じ部の一員として私達も行かないといけないわね。戸塚くんには申し訳ないけれど」

「なんで彩ちゃんが出てくるの?」

「それはもちろん勉強会を開くからでしょう?由比ヶ浜さんが言い出した筈よね?」

 

ハッ!とそこでまだ比企谷が来ていた数日前に「もうすぐ定期考査があるから勉強一緒にしよ!」とゆきのんと彩ちゃんに言ったのを思い出した。一応比企谷にも声をかけてはいる。

 

「そのやる気は勉強会へのものじゃなかったのね……」

 

由比ヶ浜の顔を見て全てを悟った雪ノ下は呆れたように呟く。

 

「うぅ、でも依頼の事もあるしどうせ勉強会出来なかっただろうし」

「依頼?私は聞いてないけれど…」

「あー、私も朝聞いたんだけど依頼が来てるの。内容までは聞いてないんだけど詳しくは放課後にって言われた」

「平塚先生……部長の私が知らないってどういう事なの……?」

 

頭が痛そうに眉間を抑える。連絡を入れない社会人ってどうなの?とかもしかして私信用がない?なんてブツブツと呟いている雪ノ下を見て由比ヶ浜が慌ててフォローする。

 

「多分先生も私がゆきのんに言ってくれるって思ってたんだよ!ほ、ほら今日は違ったけどいつもお昼ご飯一緒にしてるし!だから、ゆきのんが信用されてないとかそんな事は無いはず!」

「いいえ、私が悪いんだわ。比企谷くんの更生もままならないし、それどころか更生対象の比企谷くんのお陰で解決出来た依頼もあるくらいだもの……。信用をなくして当然よね」

 

涙声で俯いて目元を隠す雪ノ下。

自分のせいでゆきのんが!?と焦った由比ヶ浜がアワアワとしていると、さらにヒックヒックと泣き声が聞こえて来た。それを聞いた由比ヶ浜はよし!と覚悟を決めて、慰めようとまるでサブレにやるように抱きしめようと近づいたところで雪ノ下から待ったが入る。

 

「ふふ、わかってるわよ。平塚先生はズボラだけど良い人だわ。私も気にしてない。冗談よ冗談」

「へ?」

 

抱きしめようとした由比ヶ浜は笑顔で俯かせていた顔を上げた事でピタリと止まる。

 

「比企谷くんがいっつもあなたをからかっているのを見ていて私も少しだけやって見たかったのよ」

「………」

「ご、ごめんなさい。冗談が過ぎたかしら?私冗談とか滅多にしないから分からなくて。お、怒ってないわよね?」

「………」

「ゆ、由比ヶ浜さん?な、何か言ってもらえるかしら?怖いのだけど……」

「………」

「そ、そのジリジリと近づいてくるのやめてくれるかしら?指をワキワキさせるのも」

「………」

「ちょっと!?いや!やめて!!キャァァァーーー」

 

コチョコチョ

コチョコチョコチョ

コチョコチョコチョコチョ

 

「ゆきのんはヒッキーの悪い影響を受けてるみたいだから治すね!」

「あははは、はひーひー、ちょ、アッハハハ!まっへ!ゆひがはましゃん!ハハハハハ!ひ、ひきができなひ!ヒヒヒヒー!ひょんとにあびゅないから!や、やめへーーーーー!」

 

必死の抵抗も虚しく由比ヶ浜の魔の手は収まることを知らない。それから数分間平塚先生が川崎を連れてくるまで雪ノ下は天国のような地獄のような時間を味わう事になった。

 

 

 

「君達は一体何をやっているんだ」

 

息を乱して時折ビクリッと身体を震わせ床に倒れている雪ノ下と妙に肌をテカテカとさせている由比ヶ浜を見て平塚はため息を吐く。

その後ろには同じよう呆れた目をしている川崎と顔を真っ赤にして俯いている戸塚がいた。

 

髪を汗で張り付かせ、口元からはヨダレがツーーっと垂れている。制服は大きく乱れ、目は焦点が定まっておらず光を映していない。そんな、何処か背徳的な美を感じさせる雪ノ下をチラリと見ては更に顔を真っ赤にさせて俯く戸塚。可愛い。

 

「ふむ、だが他人に隙の一つも見せなかった雪ノ下がこうやって無防備でいられるのも由比ヶ浜、君を信用しているからだろう。良い変化だと思うことにしよう」

「私だけじゃないです。ヒッキーもきっとゆきのんに影響を与えてます。さっきなんか冗談って言って私をからかってきたし!」

「そうか!雪ノ下が冗談か!ふふふ、それは良かった」

 

雪ノ下が冗談を言うなんて数ヶ月前なら信じられなかっただろう。比企谷をここに入れたのは正解だったと確信できる。やはり彼は彼が思うほど過負荷(マイナス)では無いのだ。

 

「それでは川崎の件に関して本題に入りたいんだが………雪ノ下は大丈夫か?」

「え、ええ、問題ないです」

 

いつのまにか意識を取り戻している雪ノ下はヨロヨロと立ち上がり、服を整えてから席に座った。

 

「ふむ、では今回の依頼についてだが

「先生、私から話すんで大丈夫です」

 

本題を切り出した平塚の後ろに立っていた川崎が前に出てきた。戸塚はすでにちょこんといつもなら比企谷が座っている場所に座っていた。

 

「そうか?まぁ、お前も自分の状況は分かっているだろうから心配はして無いが……。では私は比企谷のところに行ってみるからよろしく頼む」

「わかりました」

 

そのまま平塚は教室から出て行く。

 

「さて、依頼について聞かせてもらいましょうか。どうぞ、掛けて」

 

川崎は勧められた対面の椅子に腰掛ける。

 

「少し長くなんだけど?」

「構わないわよ?由比ヶ浜さんと戸塚くんも良いわよね?」

「私はいいよ!」

「えっと、部員じゃない僕が聞いてもいいのかなぁ」

 

今更ながら何故自分がここにいるのか疑問に思う。本当だったら勉強会を開く予定だったのだ。そのために来て見たらいつの間にか依頼に関わる事になって居た。

 

「そうね、川崎さんだったかしら?良かったら戸塚くんも手伝ってもらいたいのだけど良いかしら?」

「………あんまり聞いてほしい話じゃないんだけど。まぁ、多い方が出てくる案も多いか」

「ゴメンね、彩ちゃん。考査近いのに巻き込んじゃって。ホントは勉強会するつもりだったんだけど」

「ううん、別にいいよ。同じクラスの川崎さんが困ってるんだもん!手伝わせて!」

 

『手伝わせて』という真っ直ぐな戸塚の言葉を聞いて川崎も安心する。実は部長の雪ノ下の初見がアレだったから不安だったのだ。由比ヶ浜もアレだし。

 

「あー、じゃあ喋ろうと思う。私、金に困っててさバイトしてたんだ」

 

川崎は少しずつ話して始める。

 

「あたしの家って両親共働きでさ。そこまで裕福な家じゃないんだ。別に毎日ご飯食べれるし、学校だって通えるから貧困ってほどじゃないんだけど、塾の夏期講習とかお金の面で両親の迷惑をかけたくなくてさ。下に弟と妹が2人いてキョーちゃん………ゴホン!妹が最近オシャレに興味が出始めたみたいで可愛い服も買ってあげたくて。弟も塾に行き始めて、それで少しでも家計を助けたくて始めたんだ」

「「「…………」」」

 

正直舐めていた。

ぶっきらぼうな態度と言葉遣い。

不機嫌な表情で目元も細く制服も改造している。一見近寄りがたい、要するにこの総武高校には珍しく不良のように思ってしまう見た目をしているのだ。

だから、あの優しさの塊である由比ヶ浜も、正しさの塊である雪ノ下も、思いやりの塊である戸塚彩加でさえ、ほんの少しだけ、小指の爪の垢程度だけ見た目の印象で判断してしまっていた。

その印象が今壊れた。

彼女は真面目だった。

彼女は家族想いだった。

 

雪ノ下は下唇を軽く噛み、自分の愚かさを恥じた。彼女は家族の話しをする時、普段の不機嫌な顔が嘘のように優しそうな顔になったのだ。それだけでわかるものがある。

 

「ごめんなさい、川崎さん。貴女を見た目で判断してしまった。ソレは私が何よりも嫌ったモノのはずなのに」

「え?あ、ああ別にいいよ。いつものことだし、あたしも分かっててやってる節あるし」

「貴女は素晴らしい人だわ。今回の依頼、精一杯やらせてもらうわ。続きを聞かせてもらってもいいかしら?」

「う、うん」

 

居住まいを正し、真剣に聞くために開いたままだった本のページを閉じる。隣を見ると、由比ヶ浜も戸塚もより熱が入っているようだった。

 

「それで、そのバイトなんだけどさ。バイト先が実はBARでさ」

「………なるほど、校則違反ね。お酒を供与するお店では働けないわ」

「ちょっとまって!?私たまにコンビニとかで働いてたりするんだけどお酒を売っちゃダメなの!?」

「由比ヶ浜さん、販売は良いのよ。供与、つまりキャバクラと言われるモノだったりガールズバーで働くことを禁止にするだけでね」

 

良かったー、とホッと息を吐いている由比ヶ浜。そこで戸塚が聞きにくそうに質問する。

 

「じゃあ、平塚先生にバレたの?」

「ま、そういうこと。それでさ、BARで働いてたのも悪いんだけど年齢を偽って4時まで働いてたんだよね」

「川崎さんが最近遅刻が多かったのってそれが原因なんだ」

「高校生が4時まで………。条例でも労働基準法でも禁止してるわね……」

 

深刻そうに呟く雪ノ下。校則違反くらいなら教師にバレたところでコッテリ絞られるくらいで済むが、法律違反となるとお店側も巻き込む事になるし、何よりも内申点や生活調査など大学入試で参考にするものに支障が出る。

 

「貴女、停学処分にでもされるの?」

「いや、バレたのが見つかった訳じゃなくて外来の電話で知ったらしくてさ」

「外来の電話?」

 

訝しげな顔になる雪ノ下。

 

「うん。『総武高の川崎という女子生徒が深夜に働いている!』って。それで電話を取ったのが生活指導の平塚先生で今は先生がそこで話を止めてくれてて、教師全体に話がいってるわけじゃ無いらしい」

「ふふ、平塚先生も無茶するわね。黙ってる事バレたら先生も怒られるんじゃ無いかしら」

「うん、先生には感謝してるよ。それでさ、今の状況を好転させたくてここに依頼を持ってきたんだ」

 

具体性の無い依頼だ。

今までの依頼は全てやる事が決まっていた。クッキー作りから始まりチェーンメールの解決まで全てやる事が決まっていた。依頼者自体がやるべきことを考えて分かっていたから。でも、今回は依頼者である川崎もどうして良いか分からない様子だった。

 

「これはまた難しい依頼が来たわね……」

 

雪ノ下はボソリと呟く。

そして戦慄した。

 

---比企谷くんが居たら……と一瞬でも考えてしまった自分に。

 

☆ ★ ☆

 

雪ノ下達は今頃解決に乗り出しているだろうか。彼女達は川崎の依頼の本質に気づく事が出来ればいいが……。

まぁ、彼女達も成長し変化している。心配するまでも無いだろう。心配すべきはむしろ自分だ。彼の家の前に今まさに立っているんだから。

かれこれ十分程度ここで立ち尽くしている。インターホンは目の前にあるんだが、押す勇気がここにきて出ない。

はぁ、どうするべきか……。

 

「あのー?どなたでしょうか?私の家に何か用事があるんです?」

「ひゃい!?」

 

後ろから声をかけられてアラサー女性有るまじき可愛い悲鳴をあげて振り向くと中学の制服を来た女の子が立っている。私の家と言ってたし比企谷の妹といったところか。だが、これは僥倖だ。彼女は若干の違和感は感じるが比企谷と違って普通そうだ。

 

「ああ、こんにちわ。私は総武高校の生活指導でして。平塚静といいます。比企谷八幡くんがここのところ無断欠勤をしているようなので心配で伺ったんです」

「ああー!お兄ちゃんのトコの先生なんですね!私はお兄ちゃんの妹の比企谷小町って言います!すみません!『今日は行く』って言ってたんですけどまた休んだんですね……。わかりました!どうぞ上がってください!まさかお兄ちゃんのために家まで来る先生がいるとは思いませんでした!嬉しいです!お兄ちゃんも誰かに怒られないと分からないと思いますし!ビシッと怒鳴り散らしてやってください!それはもう泣かす勢いでやってくださって結構ですんで!両親もお兄ちゃんの事に関しては放任主義というかそんな感じなんでモンペになることも無いと思いますし!どぞどぞやっちゃってください!」

「え?あっ……ちょっと」

 

早口でまくし立てられて、手を引かれ家に上がってしまった。

リビングまで通されるとそこには少年ジャンプを開いたまま顔に乗せソファーで寝ている比企谷八幡の姿が。

 

「お兄ちゃん!平塚先生って人が来てるよ!起きて!」

「『う、ううん?』『なんだい』『小町ちゃん』『僕の惰眠を邪魔するのは困るなぁ』」

 

ダルそうに重いまぶたをあげた八幡。無断欠勤した挙句呑気に昼寝をしている比企谷に対して少しずつ頭に血が上っていくのがわかる。マズイ、ここで殴るのは流石にマズイ。妹さんも見ているし、何より冷静にならないと八幡の相手は難しい。怒るな、私!と必死に平塚は自分に言い聞かせる。

 

「だから!平塚先生が来てるの!」

「『あー』『平塚先生?』『やっと入って来たんだ』『家の前でウロウロしてるから不審者として通報するところだったよ』」

 

のそりと起き上がって『ふぁ〜』と欠伸する比企谷を見て、ブチリと血管が切れたのがわかった。いや、これは血管じゃない堪忍袋の尾だ。

 

「比企谷ァ……」

「『?』『どうしたんです?』『そんな顔真っ赤にして』『トマトみたいですね』『あはは』」

「私はなァ!お前が授業でフザケタ態度を取るたびに他の先生から小言を言われるんだ。お前が問題行動をする度に私がどれだけ頭を下げていると分かるか。お前が今回の無断欠勤で事を早めようとする教師たちと対立してどれだけフォローしたと思う」

 

グググッと右拳を突き上げ、人差し指、中指、薬指、小指の順番にゆっくりと握っていく。

 

「『ちょっと待って!』『僕は悪くない!』『それは全部先生が自分が勝手にやった事だ』」

「比企谷ァ!歯を食いしばれェ!この拳には日頃のストレスの全てを込める!」

「『だから待って!』『いや困っちゃう!』『僕は話を聞かない相手は苦手なんだ!』『有無を言わせず殴ろうとする先生を止めることが出来ない!』」

「抹殺のォ----ラストブリットォォオ!!!」

「『グベラッ』」

 

 

---比企谷小町は見た。

自慢の兄が拳一つで3メートルほどぶっ飛ぶ姿を。

 

何時もなら八幡の不幸な姿にキャッホーーイとはしゃぐところだか流石に死んだんじゃ……とらしくなく心配してしまう。

 

「お、おにぃちゃぁぁん!?」

 

小町の悲痛な叫びを聞きながら、八幡はガクリと気を失った。心配しながらも口元がニヤケている小町の顔が最後に見えた気がした。

 

 

「『う、うぅ…』」

「あ、お兄ちゃん気がついた?」

 

ゆっくりと目を開くと小町の顔が視界全体に広がっていた。後頭部にはモチモチとした柔らかい感触がある。どうやら膝枕をされているみたいだ。

八幡は小町の太ももに更に頭を沈み込ませながら記憶を辿る。

 

「『あー』『確か僕は平塚先生の自慢の拳を受けて気絶したんだっけ?』」

「意識と記憶もはっきりしてるみたいで良かった。不思議とアザとかにはなってないみたいだよ?」

「『バカだなぁ小町ちゃんは』『そりゃあ』『ギャグパートなんだからケガするわけないじゃないか』『いくら小町ちゃんだからってそこまで僕の事をバカにすると不幸になるぜ?』」

「ギャグパートっていうのは良くわかんないけど、まず最初に小町の膝枕の感想を言うのが当たり前だと思うんだよね。折角小町からの幸せのプレゼントしてるのに、あんまり小町の事を蔑ろにしたらお兄ちゃんだからこそもっともっと不幸にするよ?モチロン私以外の手で」

 

ニコニコと笑いながら物騒な話をする比企谷兄妹を見て平塚はやはり彼の妹だな、普通じゃない。と常識人だと期待していた故にがっかりする。

 

「あのだな、兄妹仲良く話をしているのは喜ばしいんだが私の話を聞いて欲しいんだ。いや、比企谷くん。君の話を聞かせて欲しい」

「イヤです」

 

応えたのは小町だった。

兄との大事なイチャイチャに割り込まれた小町は平塚を冷めた目で見ながら断る。

 

「というか、まだ居たんですね。もう用済みなんで帰ってくださって結構ですよ。では、さようなら。お兄ちゃんを不幸にする気があるならまた会うこともあるでしょうね」

「な!?」

 

小町は優しく八幡の頭を退けてから立ち上がる。そしてそのままガシッと腕を掴まれた平塚は細腕では信じられないくらいの力で掴まれた事に驚く。

そのままリビングの外まで連れて行こうとした小町を止めたのは八幡だった。

 

「『待ちなよ小町ちゃん』」

「なんで止めるのお兄ちゃん?この人を家に入れた理由はお兄ちゃんを不幸にする為だよ?もうその役目は終わったんだからお帰り願わないと」

 

小町はもう満足していた。小町に取って平塚の役目は八幡を不幸にする事。いや、平塚だけじゃない。自分以外の全てがお兄ちゃんを不幸にする為に存在してると信じている。

そしてその役目はさっきの右ストレートで終わってしまった。後は私だけができるお兄ちゃんを幸せにするタイムだ。その空間にお邪魔虫(平塚)は要らない。

 

「『小町ちゃん?』『僕は待てって言ったんだよ?』」

「私は……」

 

「『うるせぇなぁ』」

 

八幡は更に言葉を続けようとした小町の後頭部を掴み、床に叩きつけた。

「!」

ベゴォと鈍い音がする。

そのまま小町は気を失ったようで平塚の手首を離し、ペタリと床に落ちる。

 

「『じゃあ』『平塚先生』『何を話せばいいのかな?』」

 

小町の後頭部から手を離し、パンパンと軽く手を叩いてからゆっくりとソファに腰を下ろす八幡。

まるで何にもないかのようにケロッとした態度の八幡に平塚は声を荒げる。

 

「お、お前……妹だろう!?」

「『うん?』『僕は妹じゃないんだけど?』『もしかして聞きたかったコトってそれだけ?』」

「違う!君が今床に叩きつけたこの娘は妹だろうって言ってるんだ!!」

「『そうだよ?』『正真正銘僕と血の繋がった妹だけど』」

 

本気で分かっていない八幡の顔に動揺が隠せない。

 

「そうだよ、じゃなくてだな!兄なら妹には優しくするべきだろう!?肉親だぞ!?」

「『いやー』『人の話を聞かずに行動するような自己中心的なヤツは僕はキライなんだ』『だから僕は悪くない』」

 

横たわっている小町の頭の上に足を乗せながらキッパリと言い切る。

 

「---」

 

絶句して何も言えなかった。

雪ノ下も由比ヶ浜も奉仕部で良い方向へ変わっていた。

だが、この男は何も変わらない。いつまでたってもどこまでいっても過負荷(マイナス)だ。

 

「『それで話せよ』『平塚静』『君は何のためにここに来たんだい?』」

 

比企谷の妹のことは気にかかる。気にかかるが、話を進めないと比企谷は妹の頭から足を退けないだろう。

 

「………奉仕部に君を入れてから早数ヶ月。雪ノ下も由比ヶ浜にも変化がある。雪ノ下は変わった数あるが特に笑顔が増えた。由比ヶ浜は自己をしっかりと持ち、流されるコトが少なくなった」

「『ふぅん』」

 

興味も無さそうに相槌を打つ八幡。

 

「当初は不安だったが君は良い変化をもたらしてくれた。感謝をしている。だからこそ唐突に無断で休み始めたコトに驚いてもいる。君に何があった?」

「『?』『何もないけど?』」

「じゃあ何で休んでいるんだ!?」

「『何も無いからだけど?』『僕は頭が良いからね』『考えてみたら気づいてしまっただけだよ』『学校にも奉仕部にも』『行く必要性がカケラも無いことにね』」

 

ゾワリと全身の産毛が総毛立つ。

 

「君は!奉仕部に入って何も変わらなかったのか!?本当に必要ないと言えるのか!?」

 

つい聞いてしまった。

だってコレでは余りに情けないじゃないか。彼を始めて見た時、変えてあげたいと思った。彼女(・・)を変えられなかった後悔もあったのだろう。それは余りにも傲慢な想いだが、雪ノ下も由比ヶ浜も変わってくれた事で彼も変わってくれているとばかり思っていた。

 

「『んー?』『僕が』『奉仕部に入って』『変わったこと』『ねぇ--』

 

『別にないけど?』」

「………………………そう……か」

 

平塚は脱力する。

 

「『まず』『僕って思うんだよね』『「価値観が変わる」とか』『「人生観が変わる」とか』『そんな簡単に変わってしまうモノになんの意味があるっていうんだ』『特に』『最低最弱の過負荷()なんかに影響受けて変わってしまうモノなんて』『要らなくない?』」

 

彼が何か喋る度に全身に虚脱感が襲う。なぜ彼を変えたい思ってしまったのか。そんな考えがふと過ぎってしまう。ただもう一つだけ聞きたい。

 

「もう戻るつもりは無いのか?彼女達にはもう興味がない、意味がないと言うのか?」

「『それを今確かめてるんだけど?』」

「な………に?」

「『意味が無かろうと価値はあるかもしれないじゃないか!』『それに』『これは元々考えていた事だしね』」

 

意味が分からない。何の話をしているんだ?こいつは。

 

「何のことだ?」

「『今までの依頼』『僕がちょっと頑張りすぎてないかと思っただけだぜ』『だから暫く休んで僕が居なくてもちゃんと解決が出来るなら』『それは彼女達に価値があったって潔く認めて戻るつもりだぜ?』『ほら』『丁度今来てる依頼で判断するつもりだぜ』『アレの結果次第と言った感じかな』」

 

その言葉に少し安心する。

彼の事を例え変えられなかったとしても彼女達には彼が必要だ。彼のような人間が。それに彼は彼なりに彼女達に名残惜しさがあったんだろうと前向きに考えることにした。

平塚も思っていた事だった。彼の突飛な発言や行動が依頼解決に生きているのはいいが、流石にこのままじゃ比企谷に頼りきりになってしまうんじゃないか、と。

 

「なる…ほどな。あっさりと捨てる訳では無いんだな」

 

少し彼の負のオーラに当てられていたようだ。彼の言葉一つに絶望するなんて私らしくない。

だがそこで平塚はふと引っかかるモノに気づく。

 

「いや、ちょっと待て!さっきなんて言った!?」

「『どれの事?』」

「依頼のことだ!何故君が知っている!今日来た依頼だぞ?例え由比ヶ浜からの連絡があったとしても速すぎるぞ!?」

 

昨日、外来からの電話があってそこから川崎のアルバイトのことを知った。その日のうちに川崎に話を聞いて私が今日先ほど奉仕部に連れて言ったのだ。

つまりは休んでいた比企谷八幡が知っているわけがない。というか、雪ノ下、由比ヶ浜、戸塚、川崎以外知らないはずだ。

 

「『ああ』『やっぱり今日連れて行ったんだ』『いやーよかったよ』『平塚先生が行動の早い人で』」

「どういう意味だ?答えになってないぞ。その感じでは依頼が今日来たことは知らなかったのか?依頼があることは知っていたのにか?」

「『察しが悪いな先生は』『ほら』『今回の依頼でおかしい点が一つだけあるだろ?』」

 

可笑しい点?いや、そんなものあったか?と一つ考えを一巡させる。

 

「あの電話か?」

「『ピンポーン!』『正解した平塚先生にはご褒美にネタバレをしてあげよう』」

「私もおかしいと思ってたんだ。川崎が未成年であることどころか総武高の生徒だって何故気づけたのか、とな」

 

川崎に電話で言われた話が事実かどうか確かめた時、あいつは素直に認めた。だが、その後あいつは「なんでバレたんだろ?」とボソリと呟いていた。聞いてみれば、総武の制服でバイトに行く事や接客の最中にポロっと喋ってしまうなんていうマヌケな事はしていないらしい。私もあの電話の相手が川崎の事だと断定していた事からてっきり川崎本人にも思い当たる節があると思っていた為不思議には思ったが、まぁ他にも分かる原因だって何個もあるから気にかける事じゃ無いと流した。それよりも、大事な事があったからだ。

 

「『まぁ』『大変だったよ』『僕だけじゃ最悪の結果になっていただろうけど』『小町ちゃんに協力してもらってなんとか適当な困ったちゃん(サキちゃん)を見つけてもらってね』『良い感じの依頼だぜ?』『最低な結果になりそうだ』」

「あの格好つけたような喋り方に既視感があると思ったらお前だったのか!比企谷!川崎が停学になってしまっていたかも知れないんだぞ!?」

「『おいおい』『平塚先生とは言え聞き捨てならないぜ』『校則違反してたのは彼女だ』『僕は悪くない』」

「…………それはそうだが」

 

確かにその通りだ。だが、私は彼女の家庭事情を少しだけ知ってしまっている。川崎がどんな気持ちでバイトをしていたのか知ってしまったし、大学に向けて頑張っているのも聞いた。だから感情移入してしまう。

 

「『寧ろ』『感謝してくれても良いんだぜ』『雪ノ下ちゃんと由比ヶ浜ちゃんが無事依頼を解決出来たとしたら』『それは彼女たちが成長したって事なんだから』『教師としてそれほど嬉しいことはないと思うけど?』」

 

嬉しいだろうが、クラスメイトをまるでお遊びかの様に利用する比企谷のやり方が気に食わない。

 

---だが、今回は笑って許してやることにした。

 

「ふふ、そうだな。彼女たちは絶対に解決するだろうな」

「『へぇ』『大した自信だね』『怖いなぁ』」

「ああ、話を聞いて安心した。お前は絶対に奉仕部に戻ることになる。気まずい思いをして戻るんだな」

 

安心した拍子に時計を見るともうそれなりに時間が過ぎていた。学校にまだ少し仕事が残っている。そろそろ戻らないとマズイな。

 

「ふぅ、言いたいことは何個もあるが今回の件はもう良い。何故だか燃えてきた。お前を絶対に奉仕部に入って良かったって思わせることにした。若いくせに不幸(マイナス)がどうたら言ってるんじゃない。卒業式で奉仕部に入って幸せ(プラス)だったと言わせてやる」

「『……………』」

「最後に一つ、仮にお前が川崎の依頼を解決するならどうした?」

「『僕なら---』」

「案外普通だな。安心したよ」

 

普通という感想に比企谷がピクリと反応する。それを気にせず平塚は爽やかに笑う。

モヤモヤしたものは確かにある。納得できないことも、理解できないこともあった。だが、私は前向き(プラス)に考えることにした。結局比企谷は自分(マイナス)に頼っていると感じた雪ノ下と由比ヶ浜の事が不安だったから、やった事なんだろう。彼の行動の本質はコレだ。彼はヒドく臆病者なのだ。

 

「私はもう帰る。仕事も残っているからな。そう言えば、小町さんが………」

 

ふと、まだ倒れている小町さんに目を向ける。

 

「『ああ』『小町ちゃんのことなら心配しないで』『小町ちゃんは僕と違って強い子だから』『そんな事より自分の心配をした方がいい』『早く帰った方がいいぜ』」

 

川崎の無断バイトを黙っていることについて言っているんだろうか。

 

「………大丈夫だ。だが、学校に帰らないといけないのも事実だな。小町さんは心配だが……」

「『大丈夫って言ってるんじゃあないか』『ほら』『アレだって』『軽い脳震盪ってやつだから』『これ以上はこっちが困るから』『早く帰ってくれませんか?』」

「む、むぅ……。軽いと言ってももうだいぶ気を失ってから時間が……、コレは軽度と言えないだろう……」

 

脳震盪だから後遺症が残ることは少ないだろうが、無いことはない。もう2分以上は確実に経っているから速やかに病院に連れて行くべきではないか。教師として。

 

「………。そこまで言うなら分かった。帰ろう。暫くしても意識が戻らないなら病院にすぐ連れて行くんだぞ?」

「『はーい』『わっかりましたー』」

 

後ろ髪が引かれる思いだったものの、比企谷を信頼してその場を後にする。

 

「ふむ、依頼が解決できれば戻るらしいが私が依頼に手を出すわけにはいかない……か。私の流儀として頼まれない限り手伝わない事にしているし、雪ノ下たちを信用している。それに私が手を出せば比企谷は納得しないだろう」

 

比企谷家から一歩出て、玄関の目の前で少し考えをまとめる。

 

「明日には来ると言っていたが……。今日で終わるかは流石に自信がない。やはり学校に戻ったら一回奉仕部の顔を出すか」

 

考えをまとめた後に愛車のスポーツカーに乗り、タバコに火を点ける。

フゥと煙を吐き出すと、スッキリした頭で車を発進させた。

 

 

 

 

 

「『それで』『小町ちゃんはいつまでそうしているのかな?』『確かに小町ちゃんの頭は踏み心地がいいけど』『最愛の妹を足蹴にするだなんて』『さしもの僕も心が痛いぜ』」

 

グリグリと床に小町の頭を押しつけながら、悲しそうに泣き出しそうな顔で言う八幡。行動と表情があっていない。

 

「あはは、やっぱりバレちゃってるよね!流石はお兄ちゃんだよ!やっぱり違うなぁ!私のお兄ちゃんは」

 

グググと床に押さえ付けてくる八幡の足に抵抗して立ち上がる小町。

 

「『おいおい』『だって』『気絶する様な力でやってないぜ?』『と言うか』『非力な僕にそんな腕力は無い』」

「私の小細工だよ!ちょっと大きな音が出る様に自分から頭をゴツン、とね。コツがあって、音だけは凄かったでしょ?」

 

小町は最初から気絶なんかしていなかったことを告げる。

 

「そもそも本当に何分間も脳震盪なんかしてたら大変だよ?」

「『まぁ』『確かに救急車を呼ばないといけないレベルだよね』『平塚先生はゴリ押しで帰らせたけど』『冷静だったらメンドくさい事になってたよ』」

 

平塚を無理矢理早く帰らせたのは小町が起きている事に気付かれたくなかったからだ。

 

「だってしょうがないでしょ?あの教師お兄ちゃんにあんな事言うんだもん。殺してやろうかと思ったのに」

「『僕が咄嗟に体重をかけてなかったら』『危なかったぜ?』」

 

平塚が八幡のことを幸せ(プラス)にしてやる、と言った時だ。小町の大切な一線を軽々と越えた平塚を小町は本気で殺るつもりだった。後先なんて考えずに平塚を殺そうと思えるほどに『兄の幸福』は小町にとって重要なことなのだ。

 

「私も冷静じゃなかったよ。あの生活指導の教師にお兄ちゃんが妹を足蹴にする様なやつって不幸にも思われたかったから、黙って気絶したふりしてたらあんなこと言い出すなんて。なりふり構わず叩き出してたらよかった」

 

名前も呼びたく無いのか、平塚の事を生活指導の教師だなんて遠回しに呼ぶ小町に呆れた顔をする八幡。

 

「『ん?』『小町ちゃん』『平塚先生が生活指導の教師って知ってたんだ』『僕言ったっけ?』」

「ぬふふふふ。私には特別な情報網があるのだ!まぁ、内緒だけどね!」

 

ペロっと舌を出して、お茶目に言う小町に『あー、はいはい』と適当に返す八幡。

 

「それにしても、本当に奉仕部に帰るの?これが終わったら暇になるって言ったのお兄ちゃんなのに。学校辞めるつもりだったんじゃないの?」

「『流石の僕も高校卒業くらいはするさ』『奉仕部は明日行ってからの楽しみってところかな』『今の所半々だぜ』」

「むぅ、お兄ちゃんを養う計画は既に出来てるのに。お兄ちゃんは敗北の星の元にいるからなぁ。そう言う時は戻るんだから」

 

はぁ、でもデートはしてもらうけどね。と呟く小町に苦笑いをする八幡。

 

「『僕の心の整理に必要な儀式なんだよ』『僕は嘘なんて吐いたことないのに』『彼女達は僕に嘘を吐いていた』『その清算だよ』『いつも通り』『僕らしい自己中心的なね』」

「嘘を吐いていたわけじゃなくて黙ってただけだよね」

「『故意に黙っているなんて』『なんて悪意があるんだ!』『そんなの』『嘘と変わんないでしょ?』」

 

だから、小町ちゃんに手伝ってもらって手頃な川崎の無断バイトを利用した。

 

「ふふ、でもやっぱりお兄ちゃんは過負荷(マイナス)だね。関係のない他人を巻き込んでて罪悪感のカケラもない」

「『おいおい』『平塚先生にも言ったけど』『悪いのは無断バイトをやっていた川崎サキちゃんだぜ』『例え』『それが誰かしらの悪意によってバラされたとしても』『例え』『家族思いで根が真面目な川崎サキちゃんへの教師の印象が悪くなろうと』『例え』『大学受験を考えて必死に勉強している川崎サキちゃんの内申点がダメになろうが』『僕は悪くない』『だって僕は悪くないんだから』」

 

八幡の言い分を聞いて小町は満足そうに笑い頷く。

 

「小町、そんなお兄ちゃんが大好きだよ」

 

こんな残念な兄だからこそ小町だけが幸せにしてあげたいと願うのだ。彼を真に許容出来るのは産まれてずっと一緒にいる小町だけだと信じているから。

 

「でも川崎さんの依頼が解決できなかったらどうするの?」

「『どうもしないけど?』『もうどうせ解決できない時は二度と関わることのない人だろうし』」

「ふぅん、じゃあ逆にもし依頼を解決してこれからも関わっていく事になったら?」

「『別に』『気まずいかと聞かれるとそんな事は無いことは無いかな?』『解決したらその川崎さんって見ず知らずの人と関わってしまう可能性もあるわけか』『でも』『僕は悪くないから謝る訳にはいかないし』『形だけ土下座したらいいと思うな』」

 

なんのプライドもなく土下座しようと言う八幡にアチャーと頭をおさえる。

 

「お兄ちゃん、さっきも言ったけど自分が敗北の星の元に産まれてるってことわかってる?そんな事言ったらフラグ立っちゃうのに。今頃解決してるんじゃない?」

「『………』」

「まぁ、土下座してもお兄ちゃんのことは好きだから安心してね」

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

つかつかと、靴の音を響かせ紅く染まった廊下を歩く。窓の外、グラウンドを見ると運動部も片付けを始めていた。そういえば、雪ノ下も普通はこのくらいの時間に部室の鍵を返しに来てたな。

 

「彼女達はもう帰ったかも知れないな。雪ノ下がいるから戸締りは心配していないが、一応顧問として確認はせんと怒られてしまう」

 

部室に近づいて言っても話し声は聞こえない。やはり帰ったかと扉に手をかけると少し開く。

 

「ん?閉めてないのか?」

 

ゆっくりと開いていくと雪ノ下、由比ヶ浜、川崎の3人の姿が見えた。

雪ノ下は世界史の教科書を見ながら、ノートを確認していく。

由比ヶ浜は渋い顔をしてブツブツと呟きながら漢字帳を埋めていく様だった。

川崎は数学の参考書の例題を解いて黙々と解いていっている。

黒板には雪ノ下の綺麗な字で数学の公式やらグラフあるいは常用漢字が多数書かれていて雪ノ下が2人に教えていたことが伺える。

どうやら3人とも教科は違うが真面目に勉強している様で、高校生の在るべき姿に感心する。だが、今は依頼がどうなったのかを聞きたい。

 

「雪ノ下、これってどうすれば良いの?」

「ちょっと待って頂戴。………、この場合公式に当てはめてやるよりも一回グラフを描いて見たほうが分かりやすいかもしれないわね。接線の傾きが……」

「ゴホン」

「「「!!!」」」

 

平塚が帰って来ているのに気づいてなかったのか3人して驚く。

 

「真剣に勉学に励んでいる君たちを邪魔するのは心苦しいのだが、それはそれとして依頼がどうなったのかを聞かせてもらえないか?」

「び、ビックリした〜」

「せ、先生ノックをしてくださいと何回言えば……!」

 

キッと睨みつけられ、苦笑いしか出来ない平塚。

 

「すまんすまん、邪魔するのが悪いと思ったんだ。それで、依頼はどうなったんだ?」

「解決しました」

「なに?本当か?」

 

あまりの早さに驚く。雪ノ下が嘘を言うとは思えないが疑ってしまう。平塚のそんな目にムッとした顔をして雪ノ下は言う。

 

「生憎と先生の帰りが遅かったのでとっくに終わってしまいました」

「うむ、そう言われると困るな」

「ホント!平塚先生遅い!ヒッキーがどうしてたんですか!?」

 

漢字帳をほっぽり出して、机にダンッと両手を叩きつける。

 

「あー、その前にお前達のことを聞いて良いか?」

「依頼のことですか?そうですね、確かに依頼の結果を先に言ったほうがいいですね」

「そうだね、もういい時間だし。あたしの依頼については雪ノ下が話してよ」

「いいの?」

「別に、誰が話しても変わらないでしょ」

 

そう、とだけ言って詳しく話し出す雪ノ下。その話を平塚は黙って聞いていた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

比企谷君が居たら………、そう考えてしまった雪ノ下はサーッと顔を蒼くする。

 

「でも、どうしよっか。何したらいいのかな?状況を良くするって言っても平塚先生が黙ってくれてるなら問題は無いように思えるんだけど……」

「そうだね、平塚先生が黙ってくれてる限り悪くなることは無いと思う。あれ?雪ノ下さん顔色悪いけど大丈夫?」

「ホントだ!ゆきのん?体調悪いの?」

 

雪ノ下の顔色に気付いた戸塚と雪ノ下が心配そうに声をかける。

 

「ええ、大丈夫よ」

「本当に?保健室いく?」

「いえ、本当になんでも無いの」

 

雪ノ下が再度断ると2人とも心配そうな顔をしつつ下がった。それに一安心して自分のせいで横槍を入れてしまった依頼の話に戻す。

 

「それで依頼の話だけどそれでもバイトをやらなきゃいけない理由があるんでしょう?無断バイトするくらいだもの。確か……妹の服とか弟の塾とか言ってたわね」

「あー、無断バイトで賄ってたお金が必要だもんね。なんか良いバイトないかな?」

「あたしも結構探したんだけどね。やっぱり深夜働くのが1番稼げるんだよ」

 

お金の面で奉仕部が手伝えることは無い。雪ノ下本人のポケットマネーで何とかなるかと言われれば微妙、それにそのやり方は一時しのぎであって奉仕部のモットーからかけ離れたものだ。

雪ノ下は聞き辛そうにしながらも聞くしか無いことを聞くことにした。

 

「本当に聞き難いのだけど、川崎さんの家はそこまで苦しいのかしら?ご兄弟の塾や服が買えないほどに?」

「いや、そんな事はないよ。塾だって4月から行かせてるから解決してる。妹の服についてはあたしがお裁縫少しだけ出来るから一からは流石に作れないけど個性を出せたりしたら良いなって感じでワッペンとか刺繍とかやってる。その材料費もまぁ何とかなってる」

 

川崎の意外な趣味に3人ともへぇ〜と感心する。よく見ると単なる改造かと思っていた制服もかなり手が込んでいる。

 

「じゃあ、夏期講習かしら?考えられるのはそれくらいだわ」

「そう………だね。うん、その通り。親に迷惑をかけたくない。夏期講習のお金くらい私が出したい。だからバイトしてた。結局こうしてあんた達に迷惑をかけてるのは悪いと思ってる」

「いえそれはもういいわ。でもそうね、お金ね……」

 

予備校やコースによって変わるが夏期講習の相場は50〜70万くらいだったはず。冬季講習も合わせると100万はいると考えていい。そんなものポンと出せる家庭はそうそう無いだろう。

 

「…………学資保険とかは?」

「入ってたらバイトしてないでしょ」

「それもそうよね。困ったわ。私もそうそう出せるような額じゃないし。何とかしてあげたいんだけど…」

 

雪ノ下と川崎の会話をぼーっと聞いていた由比ヶ浜がふと言う。

 

「サキサキも奉仕部に入部して勉強会入ったらどうかな?」

「は?……いや無理で…………」

「ジーー」

「うっ」

 

川崎は咄嗟に断ろうとするが由比ヶ浜の真っ直ぐな瞳にたじろぐ。戸塚を見ると「えー、いいなぁ。僕は部活があるから毎日来れないしなぁ」と羨ましがっているようで反対する意思は無いようだ。助けを求めるように雪ノ下に目を向けると、雪ノ下は考えているようだった。

 

「ここも一応部活なんでしょ?私なんかが邪魔しちゃ悪いでしょ?」

「いえ、依頼を理由に入部してもが構わないわ。事実、既に奉仕部には依頼で入部させられた人もいるもの。入部という形でなくとも夏休みの短期間だけ勉強会を開くのもいいと思うわ。丁度夏休みの間活動をするべきか悩んでいたのだし」

「依頼も来ないしね!暇だから勉強しやすいよ」

「でもやっぱり夏期講習のが勉強になると思うんだけど」

 

雪ノ下が学年1位であることは知っている。だが、同級生に教えてもらうとなるとどうしても緊張感というか、熱量が足りないと考えて断る。正直不安だった。

その訝しげな視線にピクリと震える雪ノ下。

 

「あら、私そんな優しく見えるのかしら?分かったわ、お試しでいいから今日今から勉強会を開きましょう。貴女が納得出来ないならまた考えましょう」

「………まぁ、こうやってグダグダ考えるよりは勉強した方がスッキリするかもしれないか」

 

しぶしぶと言った様子で頷く川崎の横で戸塚が慌てたように言う。

 

「あの、僕今日はもう帰ってもいいかなぁ」

「あら、用事でもあったかしら?」

「いや、その…………」

 

比企谷が居ると聞いて(本人は勉強会を開くとは知らない)男女2:2で気まずくないと思ってきたのだ。少し前の戸塚なら気にしなかったかも知れないが、前の比企谷を撃退した一件でなんだか女子生徒から男子扱いをされ始めた戸塚はそういう事も気にし始めていた。要は女子3人の中に1人だけ混ざるのは居心地の悪さを感じるために帰らせて貰おうと思ったのだった。

その思いを感じた由比ヶ浜はすぐに言う。

 

「あーゴメンね、彩ちゃん。私から誘った事だったのに。手伝ってくれてありがと!じゃあね!」

「じゃあね由比ヶ浜さん、雪ノ下さんと川崎さんも。僕も少しでも力になれたんなら嬉しい」

「ええ、さようなら戸塚くん」

「勉強会邪魔して悪かったね。聞いてくれるだけで助かったよ。ありがと」

 

戸塚はポリポリと照れたように頭を掻いた後、カバンを抱いて帰った。

 

「じゃあ、気を取り直して勉強会を開きましょう。今日の私は厳しめにいくから覚悟して頂戴?」

 

ニコリ、笑みを浮かべる雪ノ下。酷く整っていて端整な顔立ちのその笑みは普段なら同性でも見惚れるところだが、何故が背中に悪寒が走った。

 

「うわぁ………、怖いゆきのんだ。頑張ってサキサキ」

「あら、由比ヶ浜さんも勿論勉強するのよ?」

「ヒッ……」

 

そうやって2人の雪ノ下先生による地獄の授業が始まったのだ。

 

☆ ☆ ☆

 

頭が痛そうにため息を吐く平塚。

自分がいなくなってからの話を聞いて最初に思った事が呆れだった。

 

「平塚先生?何か可笑しいところが?」

「ふむ、経済的理由から塾に行けないのはしょうがない事だ。大学に入るのに高校の授業だけではダメだと云うのは我々の怠慢だが、それを君に押し付けるつもりは全くない」

 

由比ヶ浜は何を言いたいのか分からないのか頭を捻りながら「つまりどういうこと?」と質問する。

 

「私が依頼した手前言うのも何だが………雪ノ下、君はもし川崎が大学に落ちた場合責任を取れるのか?いや、正確には川崎への罪悪感や恨みを覚悟出来ているかね?」

「ッ!」

 

雪ノ下は目を見開いた。

 

「川崎がもしあの時無理にでも夏期講習に行っていたら合格したかも知れない。もし雪ノ下に教わるのではなく独学で勉強していたら受かっていたかも知れない。と、思われる覚悟はあるのか?」

「……………では、何もしないのが正解だったのですか?」

 

暗い顔をして俯きながら呟く雪ノ下を見て由比ヶ浜が咄嗟に叫ぶ。

 

「ゆきのん!そんな事ない!私も凄い勉強になったし、サキサキも捗ってたじゃん!」

「はい、先生。例え大学に落ちたとしてもあたしをこんなに手伝ってくれた雪ノ下を恨むつもりは全くないです」

 

2人の言葉に参ったと言うふうに後頭部を掻いて頰を緩ませる。

 

「ふー、これでは私が悪役みたいじゃないか。比企谷でもあるまいし似合わんな。だがな?雪ノ下、君とも在ろう人が何故比企谷でも思いついた事が出ないのだ?」

「彼は何て言ったんですか?」

「『スカラシップでも勧めらた良いと思いますよ』と興味なさげに言っていたよ」

 

あ、と雪ノ下の口から漏れる。

スカラシップという聞き覚えのない言葉に由比ヶ浜と川崎は首を傾げている。

 

「スカラシップというのは優秀な生徒に学費を給付している制度の事よ。つまり、川崎さんもスカラシップの資格を認められれば学費を気にしないで良いわ」

「ええぇぇぇ!!そんなのあるなら悩む意味なかったじゃん!」

「ええ、そうよ。私もうっかりしていたわ。簡単に思いつくことなのに忘れていた。はぁ、悪いわね川崎さん。さっき教えた時に思ったけど川崎さんの学力は高い方だからスカラシップも取れると思うわ」

「………………」

 

川崎の学力は十分に高い事が教えている内に分かった。日々真面目に予習復習をしているのだろう。スカラシップも狙っていける筈だ。だが、肝心の川崎は嬉しそうではなく返事をしない。「川崎さん?」と声をかけると川崎は言った。

 

「あたしまだこの勉強会参加しても良いかな?今日だけで塾よりも捗ったと思ったし、何より楽しかったから。迷惑じゃなかったまだ続けたいんだけど……」

「「「!」」」

 

その場にいる全員が驚く。

 

「い、良いのだけど、川崎さんの方こそ良いの?後悔はしないのかしら?」

「多分……しないと、思う」

「やったーー!!サキサキも新入部員だぁ!」

「ちょ!あぶな!」

 

嬉しそうに川崎に駆け寄り抱きしめる由比ヶ浜。由比ヶ浜の激しい好意の主張に川崎はタジタジだったが嬉しそうだった。

 

「まぁ、教師の私から言わせてもらうと大学に受かってほしいからちゃんと塾に行ってほしいとは思うが。本人が納得しているなら野暮というものか。はぁ、比企谷め。お前の負けだな」

「あ、そう言えばヒッキーは!?なにか病気にでもなったんですか!?」

 

由比ヶ浜の言葉に雪ノ下も思い出したのか平塚に詰め寄る。

 

「待ちたまえ、待ちたまえ!彼はただの5月病だよ。学校にしばらく来たくなかったらしい。私が叱っておいたから明日からは来ると思うぞ」

 

比企谷がした事を言おうかと迷ったが無事に終わった今の空気を台無しにしたくなかった平塚は黙っておくことにした。

 

「はぁ……、彼って人はまったく。平塚先生だけに任せるのは悪いですから私からも明日叱っておきます」

「私も手伝うよ!ゆきのん!」

 

2人は怒りながらも明日から来ると聞いて嬉しそうに叱る内容を相談していた。

そんな2人を見守りながら平塚は川崎に声をかける。

 

「では、川崎。君は奉仕部に入部するということでいいんだな?」

「はい」

「わかった。では明日入部届けを渡すから書いて私に渡してくれ。もう1人比企谷というアホがいて大変だとは思うが頑張ってくれ」

 

川崎の肩をポンポンと優しく叩いてから教室から出て行く平塚。

こうして、川崎沙希の依頼は無事終わり。入部が決まった。

 

 

「比企谷ってどんなやつなの………?」

 

 

2人が好意的に話しているのと教室でも悪い噂の齟齬に戸惑いながら呟いた言葉は未だ叱る内容を相談している2人には届かなかった。

 




次回は陽乃さん回になります(次回があるとは言っていない)

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