やはり『過負荷』は青春ラブコメなんて出来ない。   作:くさいやつ

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全然、過負荷っぽく出来なかった……。コレジャナイ感がすごい。作者が書くにはキャラが濃ゆすぎましたわ……。
しかも、まだ原作の1巻の半分しか読んでないんですけど、アニメでカットされてる部分の多さに驚くという。1話投稿した後に、この話書くためにアニメを見ながら、どうしようかなーと悩みながら書いてると文字数がたまげた数字になってるし。


由比ヶ浜結衣のクッキー作り

比企谷が奉仕部なる部活に入部した翌日の放課後

 

比企谷八幡は昨日、平塚に言われた通りに奉仕部の部室に来ていた。依然何も書かれていないプレートが目印である。

 

「『こんばんは』『あれ?』『雪ノ下さんもう居るんだ』『早いね』」

 

授業が終わり、誰とも話すことなくここまで来た比企谷は雪ノ下はまだ来ていないだろうと思っていたのだ。

 

「貴方が遅いのよ、比企谷くん。それに現在(いま)の時間帯は「こんにちは」よ。まともな挨拶も出来ないのかしら。それとも太陽も見えない盲目なのかしら」

 

雪ノ下は小説から目を離さずに、比企谷に話しかける。

 

「『今日も毒舌が輝いてるね』『雪ノ下さん』『それに』『粗探しが上手だ』『細かいとも言えるけど』『粗しかない僕の粗を探そうたってそうはいかない』『一晩中探しても無くならないよ』」

 

比企谷は昨日と同じで、雪ノ下の数メートル横に置いてある椅子にドカッと座り、肩にかけていた鞄を椅子の横の床に置く。

 

「そうね。まるで欠陥品だわ。駄目なところばかり。でも、まさか来るとは思ってなかったから意外だったわ。律儀なのね」

 

「『まさか』『僕はただパンツを見に来ただけだよ』『負ける覚悟は出来てる?』『雪ノ下さん』『いや』『正確にはパンツの準備はできてる?』『僕的にはクマさんパンツでも構わないけど』」

 

比企谷は鞄の中から週刊少年ジャンプを取り出しながら、ニコッと気持ちの悪い笑みを作る。

 

「律儀と言ったさっきの言葉は取り消すわ。死になさい。エロがやくん」

 

「『雪ノ下さん沸点低いな〜』『雪ノ下だけに氷点下ってね〜』『あはは〜』『それと』『雪ノ下さんのパンツを見ることができたら』『僕の生涯に一片の悔いは無いよ』」

 

「私は可愛いからそれも仕方ないと思うわ」

 

「『うわ』『凄い自信過剰』『もしかしなくても』『雪ノ下さんって友達いないでしょ』」

 

なんの躊躇もなく、失礼なことを言う比企谷に流石の雪ノ下も眉がピクリと持ち上がる。

 

「……………そうね。まず、何処から何処までが友達なのか定義してもらっても……」

 

「『隠さなくても良いよ!』『大丈夫』『心配しなくても人間は』『友達がいなくても生けていけるから』『ソースは僕』」

 

小説から顔を上げる雪ノ下。

 

「『それにしても』『雪ノ下さんって人気者だから』『友達いっぱい夢いっぱいなんだと勘違いしてたよ』『あ!』『ついでに言うと』『夢もなくても生きられるよ!』」

 

「貴方には分からないわよ」

 

雪ノ下はスッと椅子から立ち上がり、コツコツと窓際の机の上に置いてある鞄の元へ向かう。

 

「私は昔から可愛かったから、近づいてくる男子はみんな好意を持っていたわ」

 

「『へー』『あ』『逆ハーレムってやつ?』『じゃあ聞きたいんだけど』『ハーレムってどんな感じなの?』『本当は普通のハーレムが良いんだけど』『僕は日本人だから遠慮して逆ハーレムで我慢しとくよ』」

 

何か重苦しい顔をしている雪ノ下に躊躇もなく、空気も読まずに変なことを聞く比企谷。

 

「……………。ふふ、そうね。本当に誰からも好かれるなら逆ハーレム?って言うのを作っても良かったかも知れないわね。今じゃ全然考えられないけれど」

 

鞄の横に置いてある先程まで読んでいた小説とその続きの小説を取り替え物憂げに空を見る。オレンジ色の太陽の光が雪ノ下の頬を濡らす。その姿はまるで有名な絵画を貼り付けたように様になっていた。

 

「小学校の頃、60回ほど上履きを隠された事があるわ。そのうち50回は女子からだったわ」

 

空から目を離し、椅子まで戻っていき、そのまま座る。

 

「そのせいで私は毎日上履きとリコーダーを持って帰らないといけなかったわ。はぁ」

 

当時の事を事を思い出したのか小さくため息を吐く雪ノ下。

 

「でも、それも仕方がないと思うわ。人はみな完璧ではないから。弱くて、心が醜くて、すぐに嫉妬し蹴落とそうとする。不思議なことに優れた人間ほど生きづらいのよ、この世界は。そんなのおかしいじゃない。だから変えるのよ、人ごと、この世界を」

 

普通の人間が聞けば何も巫山戯た事をと笑うだろう。だが、雪ノ下の本気の眼だった。何処までも愚直に真摯に生真面目に本気だった。

優れた人間程生きにくい。それは、雪ノ下の経験則だ。ただ、それを雪ノ下は信じていた。確信を得ていた。この過負荷(比企谷八幡) という男を見るまでは。だからだろう。この話しをしてみようと思ったのは。この過負荷(おとこ) はこの話しを聞いて、どういう反応を見せるか気になったのだ。

 

チラリと雪ノ下は比企谷を見る。

 

「ッ!」

 

そして、雪ノ下は目を見開く!なぜならそれは

 

「『〜〜♪』」ペラ

 

週刊少年ジャンプを昨日と同じように鼻唄混じりに楽しそうに読んでいたから。

 

雪ノ下は胸の中にふつふつと湧いてくる怒りを抑えながら、必死に平静を装う。

 

「比企谷くん。貴方、人が話してるのに漫画雑誌なんて読んで……。聞いていたのかしら?」

 

すると比企谷は眼をジャンプから話して笑顔を作る。

 

「『うん』『聞いてなかったからもう一回話してよ』『その詰まらない話し』」

 

「貴方………ッ!」

 

本格的に雪ノ下が怒ろうとした瞬間、比企谷が両手を挙げて雪ノ下に落ち着くように動かす。

 

「『嘘だよ』『嘘』『ちゃんと聞いていたよ』『あれだろ、あれ』『雪ノ下さんの壮絶な不幸自慢だろ』『全く』『不幸の塊たる過負荷(ぼく) に対して不幸自慢するなんて』『皮肉なやつだぜ雪ノ下さんは』『過負荷(マイナス) の才能がある』」

 

「不幸自慢なんてしてないわ。ただ私は……」

 

雪ノ下は比企谷が自分が言いたかった事とは違う巫山戯た事を言い始めたので止めようとする。が、比企谷は

 

「『違わねぇよ』『雪ノ下さんは「私、こんな不幸な事があったんですぅ〜」って可哀想に思われたいんだ』『まるで自己顕示欲と承認欲求の塊だね』『きもちわりぃー』」

 

比企谷の言葉の一つ一つが雪ノ下の心を抉る。雪ノ下は比企谷 (マイナス) というものを甘く見ていた。後悔していた。こんな人間期待したことを。そして同時に驚いていた。何故ここまで人を不快にさせる事が出来るのか、と。

 

「……………」

 

雪ノ下は何か言うわけでもなく、比企谷をただ睨みつける。

 

「『なぁんて!』『これも嘘!』『そんな怖い顔しないで』『雪ノ下さんが言ってることは正しいよ!』『世界がおかしい!』『社会がおかしい!』『だから』『君は悪くない!』」

 

比企谷はパァ、と笑顔を作りまるで先程の会話が何もなかったかのように振る舞う。

 

「元々、私が悪いだなんて言ってないのだけれど」

 

「『そうだね』『その通りだ』『でも』『「優秀な人間ほど生きずらい」なんて言うのは信じないけどね』『だって』『僕は優秀じゃ無いのに生きずらいもの』『いや』『そうだな』『……逆に考えるんだ!』『僕は優秀なんだと!』」

 

まるで死に瀕した波紋使いのようにハッとした表情をして叫ぶ比企谷。

 

「いえ、それは無いわ。貴方は確かに劣悪よ。でも、初めて知ったわ。劣悪過ぎたら、生きずらいのね。ありがとう比企谷くん。貴方から教えてもらった事は糧にして、貴方の事は忘れるわ」

 

「『そんな』『酷いよ』『僕たちもう友達だろう?』」

 

「ごめんなさい。それはないわ」

 

ヨヨヨ、と態とらしい嘘泣きをして、チラリと見てくる比企谷をばっさりと切り捨てる雪ノ下。

 

「『ええー』『なんでー』」

 

「貴方の弱さを肯定する部分嫌いだもの」

 

「『それは仕方ないよ!』『だって僕は地球上で最も弱い生き物だと自負しているんだから!』『弱さしか自慢するところが無いんだから仕方ないよね』『でも雪ノ下さんは僕の事が嫌いみたいだから』『無理には友達にはならないよ』『ほら』『僕は悪くない』」

 

「………そう」

 

雪ノ下はそのままさっき取り替えた小説を開き、視線を落とす。それを見て、比企谷も再度ジャンプを読み始める。

 

----コンコン

 

2人の会話が終わったのをまるで見計らったかのようなタイミングでノックがある。その瞬間、キラリと比企谷の目が光る。ノックをするということは、平塚ではないだろう。十中八九依頼者だ。つまり、パンツを見れるかどうかの一大勝負の幕開けになる。

 

「どうぞ」

 

雪ノ下が応えると、ガラッと戸が開いて女生徒が入ってくる。

 

「失礼します……」

 

入ってきたのは童顔でピンク色の髪の毛で頭頂部にはお団子がついており、後ろ髪を肩の辺りまで伸ばしている女生徒。見た目は所謂女子高生らしい姿で制服を着ているが所々女の子らしいポイントが見られる。そして、比企谷が1番驚いた、というより注目したのはその胸の大きさである。雪ノ下がまな板だとするとこの女生徒はメロン。つい「『でかパイだぁ』」と聞こえないように呟いてしまう比企谷。

 

「平塚先生に言われて来たんですけど………」

 

女生徒は開けた戸をお利口にも後ろを向いてゆっくりと閉めてから此方に振り向く。

 

そして、比企谷の存在に気づいた瞬間、目を見開いて指を差す。

 

「あー!なんでヒッキーがここにいんの!?」

 

この女生徒の言っているヒッキーとは自分の事だろうな。と判断した比企谷が応える。

 

「『うん?』『そんなの』『僕が部員だからに決まってるじゃないか』『それより僕は君のこと知らないんだけどなぁー』」

 

「はぁー!?ヒッキー同じクラスでしょ!?」

 

「2年F組由比ヶ浜結衣さん、よね。とにかく座って」

 

雪ノ下はこの女生徒ーーー由比ヶ浜結衣が座る為の椅子を教室の後ろに置いてある余った椅子の中から取り出してから、言う。

 

そんな雪ノ下を見て、パァと顔を明るくして、雪ノ下が出した椅子に座る由比ヶ浜。

 

「私の事知ってるんだ!」

 

嬉しそうに言う由比ヶ浜。

 

「『へー』『雪ノ下さん』『凄いなぁ』『ひょっとして』『全校生徒の名前を知ってたりする?』」

 

「いいえ、そんな事は無いわ。貴方の事なんて全く知らなかったもの」

 

「『そうなんだ』『ああ』『でも』『気にしなくてもいいよ』『僕なんて』『今の総理大臣の名前すら知らないからね』」

 

「それは気にした方がいいと思うのだけど。まぁ、貴方なら仕方ないわよね。貴方なら」

 

「『そんな言い方されると』『まるで僕が特別みたいじゃないか』『照れるなぁ』」

 

「皮肉が通じないほど馬鹿な人間って幸せよね。だって、傷つくことが無いんですもの」

 

「『それは僕の事を言ってるのかい?』『雪ノ下さんは冗談が上手いなぁ』『確かに僕はバカだけど』『バカ過ぎて幸せすら感じられないんだ』『そんな僕は不幸かな』」

 

比企谷と雪ノ下の会話が進むに連れて、由比ヶ浜の瞳がキラキラと輝いていく。

 

「なんか……楽しそうな部活だね!!」

 

雪ノ下がえ?と不思議そうな顔をする。

 

「それになんかヒッキー凄い喋るよね!」

 

「『そうかい?』『そんなつもりはなかったんだけど』」

 

比企谷が由比ヶ浜に眼を向けると、椅子から立ち上がり「えっと、その、あの、」と両手をブンブンと振った後、チョコンと座り直して由比ヶ浜は照れるように前髪を弄り始める。

 

「なんつーか教室だとヒッキージャンプを読んで1人で笑っててキモいし」

 

由比ヶ浜がそう言った瞬間雪ノ下は「貴方そんな事してるの?」と冷たい視線を向ける。

 

「『あはは』『初対面でdisられるのは慣れてるけど』『由比ヶ浜さんみたいな可愛い娘に言われたら傷つくなぁ』」

 

由比ヶ浜が座っていた椅子が後ろに数cm下がるほど勢い良く立ち上がる。

 

「は、はぁ!?か、可愛いとか急に言うとかキモいし!!」

 

「『へぇ』『由比ヶ浜さん』『可愛いとか言われなれてると思ってたけど』『意外とウブなんだね』『見た目はそんなんなのに』」

 

「そんなんってなんだし!」

 

両手をブンブンと上下に振って、比企谷に抗議する由比ヶ浜。

 

「『うーん』『なんていうか』『まぁ』『簡単に言うと』『アソビ慣れてる?』」

 

「わ、私はまだ処j…………あ、う、うはーうはー!な、なんでもない!」

 

勝手に自滅して赤面している由比ヶ浜に雪ノ下が顎に手を当てながら冷静にフォローを入れる。

 

「別に恥ずかしい事ではないでしょう?この年でまだヴァー「うわーうわー!!」」

 

とんでもない事を普通に言おうとしている雪ノ下に由比ヶ浜が大声で被せるように叫んで打ち消す。

 

「ちょっと、何言ってんの!?高2でまだとか恥ずかしいよ!雪ノ下さん女子力足んないんじゃないの!?」

 

「くだらない価値観ね」

 

フンと鼻で笑う雪ノ下。

対して比企谷は「『処女ビッチか……』」と小さく呟いてから

 

「『由比ヶ浜ちゃん由比ヶ浜ちゃん』『この場にいる男を代表して言うけど』『ポイント高いよ!』」

 

ビッ!と親指を立てて、いい笑顔でサムズアップする比企谷。

由比ヶ浜は「そ、そうかな…」と納得しかけるが

 

「ていうか!ヒッキーなんで「ちゃん」付けで読んでるの!キモいし!」

 

「『由比ヶ浜さんこそ』『ヒッキーってなんで言ってるの』『勝手にあだ名付けるとか』『ユイユイまじキモいし』」

 

最後だけ由比ヶ浜の真似をして言う比企谷。それに由比ヶ浜は顔を赤くして怒る。

 

「な……!こ、の!本当うざい!キモい!それにマジあり得ない!!」

 

そんな2人を見ながら雪ノ下は「はぁー」と長い溜息を吐く。

 

「『あり得ないなんてことはあり得ない!』『なんて言えばカッコいいよね』『使い所が全くないけど』」

 

「ヒッキー意味わかんない」

 

「『過負荷(ぼく) の事は過負荷(ぼく) にしか分からないよ』」

 

「どういうことだし!もっと分かりやすくいえし!」

 

「『由比ヶ浜さんは手がかかるなぁ』『まぁ』『めんどくさいから分かりやすくなんてしないけど』『あ』『でも』『処女なら奪ってあげるよ』『さっき恥ずかしいって言ってたよね』『大丈夫』『僕はフェミニストを自称してるから』『僕が生物としての本能に負けなかったら』『優しくしてあげるよ』」

 

ガタッと椅子から立ち上がり、比企谷は由比ヶ浜に近づいていく。

 

「えっ?えっ?」

 

由比ヶ浜は唐突な比企谷の変わりように戸惑ってしまう。

 

「『二度』『「処女が恥ずかしい」なんて言えなくなるけど』『由比ヶ浜さんが望んだことだからね』『仕方ないよね』『僕は悪くない』」

 

比企谷八幡は誰にも何にも勝てたことが無い。つまり、生物としての本能なんかに比企谷が勝てるわけがない。簡単に言うと、優しくしないということだ。

 

ついに比企谷の手が由比ヶ浜の胸部……おっぱいに触る!という間近で雪ノ下が声をかける。

 

「比企谷くんいい加減にしなさい。それ以上したらブタ箱行きよ」

 

いつの間にか取り出していたのか、雪ノ下の手にはケイタイがあり、そこには110と表示されている。

 

「『あーあ』『第三者である雪ノ下さんがいるこの場でやるべきでは無かったな』『やっぱり』『僕は勝てなかった』」

 

由比ヶ浜の胸に向けていた両手を離して、肩を竦める比企谷。

 

「あ………、え、へ?」

 

依然、由比ヶ浜は話しについて行けてなく、ただ意味のない声を漏らしている。

 

「『どうしたの由比ヶ浜さん』『もしかして』『本当に犯されるとか思ってた?』『そんなことするわけないじゃないか』『でも少しは分かったでしょ?』『過負荷(ぼく) がどういう人間か』」

 

そんな由比ヶ浜を見て、比企谷はニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべて、嘲るように言う。そこで由比ヶ浜が全部演技だったことに気がつく。

 

「な、なぁ〜〜〜!!!ヒッキー!ジョーダンにしては趣味悪すぎだし!私、本気で怖かったんだからね!」

 

「『え?』『冗談なんかじゃないよ?』『由比ヶ浜さんが本当に望むなら』『何時でも何処でも誰とでも』『襲ってあげるよ』」

 

「ヒッキーやっぱりキモい!」

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

その後も暫く、由比ヶ浜と比企谷のやりとりが続いたが、雪ノ下が「貴女なんのために来たのかしら……」と呆れた様に呟かれたことで由比ヶ浜が

 

「...あのさ、平塚先生から聞いたんだけど、ここって生徒のお願いを叶えてくれるんだよね?

 

と本題を切り出した。

 

「『へ?』『そうなの?』『雪ノ下さん』『実際』『奉仕で勝負なんて言われてたけど』『やること全く知らないんだよね』『僕』」

 

すると雪ノ下は顎に手を当てて

 

「由比ヶ浜さんの言っている事とは少し違うわね。あくまで奉仕部は手助けをするだけ。願いが叶うかどうかは貴方しだいよ」

 

「『ふーん』『つまり』『「叶わなくても当社は一切の責任を負いません」って事だね』『うわぁ』『僕ほどじゃないけど』『雪ノ下さんズルいなー』『卑怯だなー』」

 

アホな由比ヶ浜になるべく悪印象を持たせる様にいう比企谷。事実、由比ヶ浜は「え!そうなの!?」と何も分かってないのに驚いている。

 

「貴方……!」

 

雪ノ下はキッと比企谷を睨みつける。が、当の比企谷はどこ吹く風でピュ〜と下手な口笛を吹いている。

 

「つまりね、由比ヶ浜さん。飢えた人に魚を与えるか、魚の取り方を教えるかの違いよ。ボランティアとは本来そうした方法論を与えるもので結果のみを与えるものではないわ。自立を促す、というのが一番近いのかしら」

 

小難しく説明する雪ノ下。するとまたもや、アホな由比ヶ浜は「な、なんか凄そうだね!!」と、よく分かってないのに感心したように頷く。ほえーと擬音が聞こえてきそうだ。心なしかいつも冷たい雪ノ下の眼が「大丈夫かしら…」と心配しているように見える。

 

「『でも』『それってまるで良い事のように聞こえるけど』『自立出来てないよね』『自立するのにも自分でやらなきゃ』『だって』『自分で立ってこその自立でしょ?』」

 

そこで茶々を入れる、水をさす、話の腰を折るのが比企谷八幡と言う過負荷(おとこ)だ。

雪ノ下も慣れたように対応する。

 

「そんな事は無いわ。確かに他人の力は借りてるけれど、最後の決め手は自分にあるんだから」

 

「『でも』『それは自信に繋がるのかな?』『最後の最後が自分でも』『他の殆どが他人の力なら』『それはどうかな』」

 

「…………。例え、始めがそうでも2回3回とやっていけば、自ずと自信が付いていくでしょう。それに、天才は1%のひらめきと99%の努力って言われるでしょう?例え99%他人の力だったとしても1%自分の力が無いと全てが台無しなのよ」

 

また目の前で言葉の応酬が始まってしまった由比ヶ浜はもう一度本題に入り直そうと「あのッ!」と大声で2人を止める。すると、その声に驚いて2人は由比ヶ浜の狙い通りに言い合いをやめてしまう。だが、由比ヶ浜は急に集まってしまった視線に「あの、えと、その……」と焦って要領を得ない対応になる。がそれでも、雪ノ下を冷静にさせるには十分だったらしく、素直に頭を下げる雪ノ下。

 

「ごめんなさい。由比ヶ浜さん。私とした事が依頼者(あなた) を置いて熱くなってしまったわ。それで依頼の事だけど」

 

「あ、うん。あのね、そのクッキーを……」

 

と言いながら、由比ヶ浜はチラリと比企谷の方を見る。比企谷本人は全く気付いていなかったが、雪ノ下はそれだけで大体を察したらしく

 

「比企谷くん。自動販売機でジュースを買ってきて」

 

と遠回りに暫く退室して貰えるように頼む。

 

「『えー!』『絶対に嫌だよ!』『いくら僕が弱いからってパシリになるつもりは全くないよ!』」

 

「貴方の分のジュース代もあげるわ」

 

雪ノ下は財布から小銭を取り出して、比企谷に渡す。そこには丁度2人分のお金があった。

 

「『是非行かせてもらうよ!』『小学校中学校で鍛えあげられた某アイシールドにも負けない俊足で帰ってくるから!』」

 

ババババッと普通なら見せない俊敏さで廊下へ消えていく比企谷。

 

「ヒッキーダサい」

 

流石の由比ヶ浜もこれには本心から罵倒の言葉が出てしまう。

 

「さて、邪魔者は消えたわね。依頼について教えてもらえるかしら」

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「『買ってきたよ!』『雪ノ下さん』『いやー』『意外と自販機まで遠いんだね』『疲れたよ』」

 

特別棟三階にある奉仕部から一階の自動販売機まで早くても数分かかる。それをこの男はたった一分そこらで買ってきた。本当に俊足だったようだ。

 

「遅い」

 

だが、いくら普通より早いからと言ってそれで許す雪ノ下ではない。

 

「『あはは』『いやはや』『流石雪ノ下さんだ』『友達のいないだけのことはある』『人が必死に3人分のジュースを買ってきたというのに』『文句を言うだなんて』『やっぱり君には過負荷(マイナス) の才能があるよ』」

 

「貴方みたいなクズでグズな人と一緒にしないで欲しいわね。………ちょっと待って、確か私が渡したお金は貴方と私の分だけだった筈だけれど?」

 

雪ノ下が比企谷に渡したのは2人分しかない。それなのに比企谷は3人分と言った事に疑問を持つ雪ノ下。

 

「『それはもちろん』『由比ヶ浜さんの分だよ』『はい』『由比ヶ浜さん』」

 

比企谷は由比ヶ浜のところまで行って、ポンと渡す。

 

「あ、ありがと」

 

おずおずと受け取る由比ヶ浜。

 

「『うん』『感謝して飲んでね』『わざわざ自腹切って買ってきたんだ』『それだけの感謝はしてもらわないと』」

 

雪ノ下は心底意外そうにする。

 

「まさか貴方がそんな人間だと思ってなかったわ。見直したくなかったけれど、見直したわ」

 

「『言っただろう?』『僕はフェミニストなんだ』『それに』『好感度を上げておけば』『処女が貰えるかもしれないだろう?』」

 

「…………。貴方の事見直したってさっきの台詞取り消すわ。やはり、貴方はクズね」

 

一気に軽蔑した眼に変わる雪ノ下。豹変ぶりが凄い。

 

「『そんな事』『何度も言わずとも分かってるよ』『それで』『話しは進んだのかい?』」

 

「ええ、貴方がいないおかげでスムーズに話しが進んだわ。ありがとう」

 

「『僕のおかげか……ふふっ』『変な気分だ』『そんなこと今まで言われたことなかったな』『そして、これからもないっ!!』」

 

「やっぱり貴方には皮肉が通じないわね」

 

「『そんな事はないよ!』『僕の純情ハートが傷心ハートになるくらいに』『通じてるよ!』」

 

由比ヶ浜は雪ノ下と比企谷の言い合いを見ながらに、ストローをジュースパック刺して、チューチューと飲み始める。依頼者なのに完全に傍観者だ。まぁ、由比ヶ浜は楽しそうに見ているが。

 

「ああ、また貴方と馬鹿な会話をしてしまったわ。馬鹿って移るのね。まるで病原体ね。はやく隔離病棟に連れて行った方がいいんじゃないかしら」

 

「『そんな事をしたら病院が潰れてしまうよ!』『だから』『僕は今までどんな病気になろうと怪我をしようと』『病院に行ったことがないんだ』『そこまで考える僕が』『優しさの塊で有るのは明白だよね』」

 

「病院を潰すだなんて、もはや公害だわ。訴訟を起こされるのも目前ね」

 

そこまで聞いて、今までジュースを飲みながらの聞いていた由比ヶ浜が割り込んでいく。

 

「え!?ヒッキーって入学したばっかの時、交通事故で入院したよね!?病院行ってるよね!?」

 

「『ええ!!』『なんで由比ヶ浜さんがそんな事を知ってるんだい?』『もしかしなくてもストーカー?』『由比ヶ浜さんだったら』『僕のあんな事やこんな事包み隠さず教えてあげるのに』『直接聞かないだなんて』『嫌われ者は辛いぜ……』」

 

「え!あ、そ、その……、てかストーカーってなんだし!」

 

自分が言ったことを誤魔化す様にわーわー!と騒ぐ由比ヶ浜。

 

「比企谷くん、そうなの?」

 

「『うん?』『事故のことかい?』『車に引かれちゃってね……』『全く』『引くんならちゃんと殺せって言うんだ』『そしたら』『あんな痛い思いもしなくて済むし』『生命保険でお金もうはうはだったのに』『あの運転手は優しさがないよ』『僕を見習えって言うんだ』」

 

「……………そう」

 

少し顔に影が差す雪ノ下。

 

「『そういえば』『依頼はどうなったんだい?』」

 

「ああ、そうだったわ。比企谷くん、仕度をしなさい。家庭科室にいくわ」

 

「『家庭科室?』『何をするつもりだい?』『もしかして』『火事でも起こす?』『それなら』『若輩ながら僕も協力するよ』」

 

比企谷がまた馬鹿な事を言い出したとギロッと睨みつける。

 

「確かにガスコンロもあるけれど、私が居る限り火事(そんなこと) には絶対にならないわ」

 

「『そうかい?』『でも』『例え火事になったとしても』『この近代化していく社会の中』『今時IH調理器を使わない』『この学校が悪い』『つまり』『僕は悪くない』」

 

雪ノ下は意味不明なこじつけをする比企谷を無視して、由比ヶ浜に声をかける。

 

「じゃあ、行きましょう。こんなゴミ……じゃなかったクズを相手にしてるの日がくれてしまうわ」

 

ゴミからクズ。言い直しても大して変わってない上にもしかしたらより悪くなっている。

 

「う、うん」

 

由比ヶ浜はチラリと比企谷を見ながら、頷く。

 

「『ちょっと』『待ってよー』『僕は寂しかったら直ぐに死んでしまうだ』『ウサギより弱いんだぞ!』」

 

ガラリと戸を開け、教室から出て行く2人を追いかけて比企谷が言う。

 

「貴方1人で死んでくれるなら、すごく嬉しいわ。誰も加害者にならずに貴方が死ぬんだもの」

 

「『僕は生まれながらにして』『被害者だよ』『雪ノ下さん』」

 

こうして家庭科室に向かう3人。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

エプロン姿になった雪ノ下と由比ヶ浜を見ながら、比企谷が質問する。

 

「『結局』『何をしに家庭科室にきたんだい?』」

 

それに応えるのは由比ヶ浜。

 

「クッキー…。クッキーを焼くの」

 

「『ふぅん』」

 

「どうやら由比ヶ浜さんは手作りのクッキーを食べてほしい人がいるのだそうよ。でも、自信がないから手伝ってほしい、というのが彼女のお願いよ」

 

雪ノ下が由比ヶ浜の補足説明する。

 

「『へぇー』『なんとも乙女チックなお願いだなぁ』『そんなの』『女子力の低い雪ノ下さんじゃなくて』『友達に頼めば良いのに』」

 

「……なんで私の女子力が低いという話しになってるのかしら?貴方は私に喧嘩を売っているの?いいわ、買ってあげる。返品はないわよ」

 

こめかみに青筋を作り、とても不愉快そうに言う雪ノ下。

 

「『僕に言われてもなぁ』『最初に女子力低いって言ったのは由比ヶ浜さんじゃないか』『僕はてっきりその通りなんだと思ってたよ』『つまり』『由比ヶ浜さんが僕を騙したのが悪いのであって』『僕は悪くない』」

 

「えええ!?私ぃ!?」

 

簡単に由比ヶ浜を身代わりにした比企谷。由比ヶ浜は雪ノ下に睨まれた事で慌てる。

 

「貴方なんでそんな簡単に人を踏み台に出来るのかしら。思考回路が腐ってるんじゃないの?ダメよ。腐ったものは捨てないと」

 

「『あはは』『僕は貧乏性でね』『どんだけダメになろうと』『捨てられない人間なんだ』」

 

「そうね。貴方に腐ってないところなんて無いものね。腐ったものを捨てたら、貴方の全てを捨てないといけないもの。さて由比ヶ浜さん、こんな腐卵臭の漂う男は置いといて、クッキーを作りましょう」

 

由比ヶ浜をクッキー作りへと誘う雪ノ下。

 

「わ、わかった」

 

由比ヶ浜は少し俯きがちに応えた。

 

----十数分後

 

ボロッと由比ヶ浜が作ったうっかり人が死んでしまいそうな見た目をしている真っ黒なクッキー?が皿に盛り付けられる。

 

作る途中、ドボドボとバニラエッセンスを入れたり、ボウルたぷたぷに牛乳を入れたりしていた時も比企谷はいつも通りの気持ちの悪い笑みだったが、瓶一つ分のインスタントコーヒーを入れた時点で比企谷は珍しくも顔を青くしていた。完成品を見た今となっては頬も引きつってしまっている。

 

「理解できないわね……。どうすればここまでミスを重ねられるのかしら」

 

片手で頭を押さえながら、眉間に皺を寄せている雪ノ下。

由比ヶ浜は苦い匂いを放っているクッキーを見ながら

 

「でも、食べて見ないことには分からないよね!」

 

とポジティブな発言をする。

 

「まぁ、そうね。ここには自称フェミニストがいるし。味見してくれるでしょう。ねぇ、比企谷くん?」

 

雪ノ下はドSな笑みを貼り付けて、比企谷を流し見る。

 

「『確かにそうだね』『もちろん食べるけど』『その前に訂正させて欲しいな』『味見じゃなくて毒味だよ』」

 

「どこが毒だし!………やっぱり毒かなぁ……?」

 

比企谷の発言に憤慨するが、自分でクッキーを摘まんでじっくりと見てから、弱気に呟く。

 

「『はは』『本当』『まるで練炭自殺に使えそうなくらい真っ黒だね』『もし僕が自殺すると決めたら』『由比ヶ浜さんに頼むとするよ』」

 

「食べるだけで死にそうな見た目なんだけれど……。大丈夫よ。私も食べるわ」

 

「『ついに』『雪ノ下さんのデレが見れるのかい?』『いやぁ』『ちょろいなぁ』」

 

「やっぱり貴方が全部食べなさい。そして無残に死になさい」

 

雪ノ下と比企谷がコソコソと小声で話しているのに、由比ヶ浜が羨ましそうに見ている。どうやら、自分だけ仲間外れで寂しいようだ。

 

「『そうだ!』『由比ヶ浜さんにも食べさせよう』」

 

「え!私も!?い、いや、それは当然だけど……」

 

チラリともう一度、手に持っているクッキーを見る。

 

「死なないかしら……」

 

雪ノ下がいつになく弱々しい声で呟く。心なしか目も潤んでいる。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

結局食べることができた。

というより、雪ノ下と由比ヶ浜が1枚ずつだけ食べて、それ以外の全てを比企谷が食べた。

 

そのせいで今、比企谷は椅子にグッタリと力なく座っている。

 

雪ノ下たちは使った調理器を洗った後、話し合う。

 

「さて、どうすればより良くなるか考えましょう」

 

すると、グッタリとしていた比企谷の手がゆっくりと持ち上がる。

 

「『二度料理をしない』」

 

「それは最終手段よ」

 

「それで解決しちゃうんだ!?」

 

比企谷と雪ノ下の言葉にがっくりと肩を落とす。

 

「やっぱり私、料理に向いて無いのかなぁ?……才能ってゆーの、そういうのないし…」

 

「『クク』」

 

グッタリとしていた比企谷の顔に笑みが出来る。ゆっくりと口角が上がっていく。この過負荷(ひきがや) という男は、人の駄目な姿を見るのが大好きなのだ。

 

「解決方法が分かったわ」

 

「『へぇー』」

 

「努力あるのみ、よ」

 

雪ノ下は断言するようにそう言って、小麦粉やバターなど材料を準備して行く。

 

「『なんて面白くない解決方法だ』『いいじゃないか』『このまま諦めてしまっても』『ほら』『「私には才能がないから……」そういえば全てを諦められるなら』『これ以上素晴らしいことはない』」

 

「貴方は今黙っていて、比企谷くん」

 

雪ノ下の今までで一番迫力があり、低い声だった。

 

「『りょーかいでーす』」

 

それに愉快そうに応える比企谷。

 

「由比ヶ浜さん。貴方さっき才能がないっていったわね」

 

雪ノ下はボウルに小麦粉をふりかけながら喋る。

 

「え、あ、うん」

 

「その認識を改めなさい。最低限の努力もしない人間には才能がある人を羨む資格なんてないわ。成功できない人間は 成功者が積み上げた努力を想像できないから成功できないのよ」

 

断言するように言う雪ノ下。辛辣な言葉だった。それと同時に説得力も強い。さすがの由比ヶ浜も言葉に詰まっている。

 

「で、でもさ、こういうの最近やんないって言うし。……やっぱりこういうの合ってないんだよ、きっと」

 

はにかみながら言う由比ヶ浜。

まるで今すぐ消えてしまいそうなほど力が無い言葉だ。だが、そんな相手であっても雪ノ下の鋭利な雰囲気は消えない。

 

「……その周囲に合わせようとやめてくれるしら。ひどく不愉快だわ。自分の不器用さ。無様さ、愚かしさの遠因を他人に求めるなんて恥ずかしくないの?」

 

はっきりと嫌悪が見える言葉だ。容赦がない。完全にコンボが決まってしまった。K.O.である。流石の比企谷も「『う、うわぁ』」と小声で呻いてしまう。

 

「………」

 

由比ヶ浜は俯いて、スカートの裾をギュッと握りしめている。

彼女はコミュニケーションが上手いのだろう。クラスでもトップカーストのグループに入っている事から理解できる。しかも、普通の人間だと対面しているだけで気持ち悪くなる比企谷に対して普通に接している。これだけで異常さがわかる。

 

「『あーあ』『可愛そうに』『由比ヶ浜さん!』『雪ノ下さんが言っていることは気にしなくてもいいよ!』『どれもこれも幸せ(プラス) な意見だ』『胸焼けがするね』『成功者は失敗者がなぜ失敗したかわからないし』『勝者は敗者の気持ちが分からない』」

 

「貴方、黙っててと言ったはずだけど」

 

「『しかも』『雪ノ下さん言ったよね』『「天才は1%のひらめきと99%の努力」って』『雪ノ下さんはきっとその1%の何かしらを手に収めてきた人間なんだろうね』『だから99%の努力が無に帰した事のある人間の気持ちが分からないんだ』『その虚しさ』『絶望』『言葉じゃ表せないだろうね』『まぁ僕は』『努力したことも無ければ』『絶望したことも無いけど』」

 

「本当、ここまで人を不快に出来るなんて逆に才能だと思うわ。私を人をここまで嫌いだと思ったのは初めてかも知れないわ」

 

その言葉に比企谷は更に笑みを深くする。

 

「『ふふ』『雪ノ下さんの初めてを奪っちゃったよ』『責任を取った方がいいのかな?』『それで』『さっきから黙ってる由比ヶ浜さんはどうしたのかな?』」

 

肩を震わして、未だに顔を俯かせて良く見えない。コミュニケーション能力が高い由比ヶ浜がここまで正面から言われるのは慣れていないんだろう。

 

「か………」

 

比企谷は帰るとでも言うのかな?と期待に胸を膨らませて待つ。が、由比ヶ浜が言ったのは比企谷が期待したものでは無かった。

 

「かっこいい………」

 

「え?」

「『え?』」

 

予想外の発言に2人ともが疑問の声を漏らす。

 

もしかして、マゾだったか?と怪訝な表情をする比企谷。

 

「建前とかそういうの全然言わないんだ……。なんていうか、そういうの……かっこいい!」

 

眼がキラキラと輝いている由比ヶ浜。

 

「『あらら』『残念』『もしかしたら』『由比ヶ浜さんの心を折れるかと思ってたのに』『雪ノ下さんから嫌われるだけだったなぁ』『全く』『割に合わねぇぜ』『世の中』『ままならねぇなぁ』」

 

残念そうに言うが比企谷の表情は楽しそうだ。なぜなら、いつも冷静な雪ノ下が動揺しているから。

 

「何を言ってるのかしら……。私、結構キツイこと言ったと思うんだけど……」

 

今まで、こんな反応をしてくる人間は居なかったのだろう。雪ノ下は2、3歩後ずさる。

 

「確かに言葉は酷かった。でも、本音って気がした。私、人に合わせてばっかだったから!」

 

強い意志を目に宿して、由比ヶ浜は雪ノ下を見る。

 

「ごめん、次はちゃんとやる!」

 

雪ノ下は素直に謝られた事で、どうしたらいいか分からなくなっていることが頬を伝う汗から理解できる。

 

「『………』『いいよ』『由比ヶ浜ちゃん!』『僕は絶対に』『努力なんてしないけど』『努力する奴のことは大好きだ!』『いつ』『どんな』『凡人と天才との壁にぶつかるのか』『そして』『無残にも』『残酷にも』『残虐にも』『心が折れて』『才能のなさに絶望する姿を想像すると』『心が踊るね』『だから僕は君が絶望して』『瞳に光がなくなるまで』『由比ヶ浜ちゃんのことを』『誠心誠意』『心の底から』『応援しよう』」

 

バッと両手を広げて、カッコつけて言う比企谷。「『だから…』」と続けながら、比企谷は雪ノ下を見る。

 

「『協力してあげてくれないかな』『雪ノ下さん』『僕は応援しかできないから』」

 

その言葉に雪ノ下は「元からそのつもりよ」と返す。言葉はキツイが、雪ノ下の口角は少し上がっていた。

 

「一度お手本を作るから。その通りにやってみて」

 

パァと由比ヶ浜の顔に喜色が広がっていく。

 

「うん!」

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

由比ヶ浜がレシピを見た上、雪ノ下の全面的な協力があって出来たクッキーは先程の木炭のようなクッキーに比べて、格段にクッキーに見える代物だった。が、雪ノ下のまるで本職のパティシエが作ったかのような綺麗なクッキーと比べてしまうとやはり見劣りがある。

 

「全然違う……」

「どうすれば伝わるのかしら……」

 

調理台に縋りながら2人はグッタリと疲れている。

比企谷はそんな2人を見ながらクッキーを乗せている皿に指を差す。

 

「『一枚ずつ貰ってもいいかな?』」

 

「別に良いわよ……」

「え!……いや、そんな美味しくないし……」

 

雪ノ下は調理台に縋りついたまま力なく応えるが、由比ヶ浜は立ち上がってクッキーを摘まんだ比企谷を止めようとしている。

 

「『そうかい?』『全然美味しそうだよ?』『それに』『女の子が心を込めて作ったものを』『僕は絶対に不味いとは言わないよ』」

 

「う、うぅ」

 

比企谷の言葉に照れてしまい、俯く由比ヶ浜。

 

サクッと二つとも順番に食べる比企谷。雪ノ下が作ったクッキーはデパ地下で既製品として売っていてもおかしくないくらいに美味しいクッキーだった。由比ヶ浜の作ったクッキーはジャリジャリと何かざらついた感触があるし、所々コゲて苦い。が、先程のクッキーよりは何倍も美味く出来ている。普通にクッキーとして見れるものだ。

 

「『うん』『どっちとも美味しいよ』」

 

「そんな……雪ノ下さんのに比べると全然……」

 

「『うん』『そうだね』『確かに雪ノ下さんのに比べたら』『格段に劣っているよ』」

 

「比企谷くん!貴方「『でも』」…」

 

その言葉に雪ノ下が咎めるように声を出すが、それを遮るように比企谷が続ける。

 

「『やっぱり思ったのは通り』『心がこもってるよ』」

 

うんうんと頷きながら比企谷は由比ヶ浜のクッキーばかりを口にする。

 

「………ふふ。ヒッキーって、気持ち悪いけど。いい人なんだね!」

 

「『僕がいい人?』『由比ヶ浜ちゃんはいつか騙されそうで怖いよ』『でも大丈夫』『一番最初に君を騙すのは僕だから』『というか』『既に僕がいい人だと騙されてるからね』」

 

「はぁ……。まぁ、由比ヶ浜さんが納得するなら別にいいんだけれど」

 

頭に手を当てて、ため息を吐く雪ノ下。

 

「『まぁ』『由比ヶ浜ちゃんみたいな可愛い娘に貰ったら』『例え』『不味くても嬉しいものだよ』」

 

「か、可愛いって言うなし!やっぱヒッキーは本当気持ち悪い!」

 

「『あはは』『人間は相手によって態度を変えてしまうものだよ』『だって』『例え凄く美味くても』『ガチムチのおっさんに貰っても嬉しくないからね』」

 

「あはは、ヒッキーさいてー!」

 

☆ ☆ ☆

 

由比ヶ浜はどうやら何かしらの答えを見つける事ができたらしく、あの後クッキーを焼き直すことは無かった。

 

「ありがとう!ヒッキー!雪ノ下さん!」と笑顔で帰って行ったのは印象的だった。

 

「でも良かったのかしら?先週の由比ヶ浜さんの依頼……」

 

雪ノ下が小説を読みながら、ジャンプを読んでいる比企谷に聞く。

 

「『何がだい?』」

 

雪ノ下は小説から視線を外して、比企谷を見る。

 

「私は自分を高められるなら限界までやるべきだと思うの。それが由比ヶ浜さんの為になるんじゃないかって……」

 

「『ふぅん』『くだらないなー』『努力なんて』『糞食らえだね』『いくら努力しようとも』『結果が伴わなければ意味がない』『そしてその結果手に入れるのは』『一握りどころか人摘みの人間だ』」

 

「努力したこともない過負荷(あなた) に聞いてもそれこそ意味のない事だったわ」

 

ーーーコンコン

 

ふと、ノックがされる。

 

「やっはろー!」

 

馬鹿みたいな挨拶をしながら入ってきたのは、由比ヶ浜。

 

「『やぁ』『由比ヶ浜ちゃん!』『どうしたの?』」

 

ジャンプを閉じて、ピョンッと椅子から立ち上がる比企谷。

だが、そんな比企谷を無視して由比ヶ浜は雪ノ下を見る。

 

「…………なにかしら?」

 

真っ正面から由比ヶ浜の視線を受け止める雪ノ下。いつも通り、冷静な対応だ。

 

「もしかして、雪ノ下さん。私のこと嫌い……?」

 

恐らく、由比ヶ浜から見ると雪ノ下の冷静さが冷たく思えたのだろう。不安そうな眼で雪ノ下を見る。まるで捨てられた仔犬のようだ。

 

「別に嫌いではないけど……。苦手かしら」

 

うーん、と顎に手を当てて、軽く考えた後、あっさりと苦手だと伝える雪ノ下。

 

「それ、女子言葉じゃ同じ意味だかんね!」

 

女子言葉なんて存在するのか……。と感心する比企谷。

 

「で、なんのようかしら?」

 

そこで目的を思い出したのか「あ!」と叫んでから、背中に背負っている黄色のカバンのなかから、包装されたクッキーを取り出す。

 

「この前のお礼として作ってきたんだー」

 

クッキーを渡された雪ノ下は由比ヶ浜が作った木炭クッキーの味を思い出したのか少し引きつりながら「食欲ないから……」と伝える。が、由比ヶ浜にそんなものが効くわけがなく「やってみたら楽しくてさーお弁当とか作ってみようかなー」「ゆきのん!お弁当ここで食べてもいいかな!」とマシンガントークで喋られ、雪ノ下も「いや、それはちょっと……」「ゆきのんってやめてもらえないかしら」と対応するが押されてしまっている。

 

 

そんな2人を見ながら、静かに比企谷は退室する。

 

「ヒッキー!」

 

廊下を歩いていると後ろから声をかけられる。この呼び方は由比ヶ浜かと判断した比企谷はゆっくりと振り向く。すると雪ノ下に渡していた包装されたクッキーと同じようなものを投げ渡してくる。

 

「『お、おっと』」

 

比企谷が危なげに受け取ったのをみると

 

「一応、お礼の気持ち。ヒッキーにも手伝ってもらったからさ」

 

と小さく微笑みながら言って、奉仕部の教室へ戻っていく。

 

帰り道、校内にあるベンチに座り、由比ヶ浜から貰ったクッキーの包装を解いていく。

入っていたのは、こげ茶色のハートに見えないこともない形をしているクッキーだった。

 

「『美味しそうだぜ』」

 

パクパクパクと一気に食べる比企谷、一瞬顔が苦しげに歪むがそのままゴクンと飲み込んでしまう。

 

「『あ』『そういえば』『勝負の事を忘れていた』」

 

比企谷が言っているのは雪ノ下のパンツを見れるかどうかの一大勝負の事だ。

 

「『確か』『「手作りのクッキーを食べてほしい人がいるのだそうよ。でも、自信がないから手伝ってほしい」だったよね』『由比ヶ浜さんのお願いは』『………ぷ、くく』『全く』『また勝てなかったぜ』」

 

お願いからして勝ち負けがあるものではない。というか、奉仕で勝負という時点で勝ち負けがあるわけがないのだ。奉仕……つまりボランティアとは損得などでやるものじゃないんだから。唯一、依頼者である由比ヶ浜が決められないこともないが、由比ヶ浜は比企谷を選ぶわけがない。ましてや、雪ノ下のパンツまでかかっているのに。つまり、この勝負を仕掛けられた時点で比企谷は負けていたのだ。勝者はもちろん雪ノ下……ではなく勝負をけしかけた平塚先生ということになる。

 

「『あーあ』『騙されたぜ』『でもなんでかな』『騙された上に負けたのに』『そんなダブルパンチを食らったというのに』『全く悔しくない』『「女の子の為に」というのも悪くないかな』『昔から散々女の子に騙されてきたというのに』『僕ってやつは昔から』『本当に惚れっぽい男だぜ』」

 

比企谷は夕日によって真っ赤に染まった道を楽しそうに嬉しそうに自宅まで歩いて帰る。

 

その後、ご機嫌な様子を妹から見られてちょっとした騒ぎがあるのだが、その話は割愛しよう。

 




続きは期待しないでください。戸塚の話しなら頑張れますけど、中二の話しはネタが全く出てこない。

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