モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第94話 ルフィールの涙 悲しきイビルアイの宿命

 問題となった狩猟学から数日後の夜、学校区画の中にある石造りの大きな建物。それは生徒会館と呼ばれており授業のない生徒がスポーツを楽しんだり様々なスポーツ大会、生徒総会などが開かれる場所であり、全校生徒を余裕で収納するに十分な大きさを持っている校内最大規模の建物だ。

 そんな生徒会館には大勢の生徒達が集まっていた。しかし球技大会をするでも堅苦しい生徒総会を開くでもない雰囲気。会場には端から端までを長いテーブルが数列もあり、そこには豪華な料理などが並んでいる。それを囲んでいる生徒達は皆一様に笑顔であり、とても楽しげな雰囲気に包まれていた。ちなみに会場の端に椅子は用意されているが、基本的に立食である。

 実は今日はこのドンドルマハンター養成訓練学校の創立記念日。その為今日は授業は全て休みであり、生徒達はドンドルマの街に遊びに出たり寮でゆっくりしたりとそれぞれの休日を楽しんだ。そして夜はこうして大規模なパーティーが開かれ、生徒達は豪華で美味な料理や様々な飲物(酒は禁止)を肴(さかな)に仲間達との会話を楽しんでいる。まぁ、中には仲間との会話を肴に料理を食べまくる生徒もいるが。

 学校と言いつつも制服などない服装自由な為、普段から私服を着ている生徒達。だが今日は特別な日とあって皆自分の持てる服の中でも選りすぐりの上等な服を着ている。程度に違いはあれど、皆いつもより華やかだ。

 生徒達は皆基本的にクラスごとに集まって食事をしているが、厳格な定義はなく同郷の出身者や元クラスメイト、中には恋人同士などクラス関係なく楽しんでいる者も少なくない。

 そんな中、いつものように皆の輪から離れて隅っこの方にクリュウとルフィールは陣取っていた。

 ちなみに今日のクリュウは全身黒いスーツに白いワイシャツ、赤色の紐ネクタイという格好。始業式や終業式、そしてこのようなパーティーの時限定に着る彼の持つ服の中で一番高価でかっこいい服装だ。

 一方のルフィールはフワフワのフリルたっぷりの真っ白なドレスを着ている。頭にはフリルと花飾りをあしらったカチューシャで飾り立て、髪もいつものザザミ結びではなく後ろで白いリボンで結ったポニーテール。少しだけお化粧をした顔にはいつもの細メガネは掛けられてはいない。軽度の近視なので授業でなければなくてもあまり不自由しないのだが、光の角度によってはイビルアイを隠す為、彼女はいつも細メガネを愛用している。しかし今回は服装に合わせて珍しく外していた。

 いつになくオシャレな格好をしているルフィール。例年ならこんな格好するどころか部屋に閉じこもっていた彼女だが、今年は特別だ。

 先程彼にこの格好を見せたら「かわいいよ」と言われて有頂天になっていたが、今はいつもの冷静さを取り戻している。

 他のメンバーはと言うとクードは女生徒達に捕まり、シャルルもクラス関係なく集まった友人達と一緒にいる。必然的に残されるのはこの二人であった。

 クリュウ自身も元クラスメイト達からのお誘いはあったが、寂しげな笑みを浮かべながら「いいですよ。ボクの事は気にしないでください」と言って見送るルフィールを見てその誘いを断ると彼女と一緒にいる方を選んだ。

 わかっていた事だが、ルフィールには友達と呼べる存在がクリュウ達以外には全くいない。イビルアイという他の人と瞳の色が違うだけ、たったそれだけでずっと迫害されていたのだ。今でこそこうして自分が一緒にいるが、それまではきっとずっと一人だったのだろう。去年までの創立記念日だって、きっと部屋でずっと一人でいたに違いない。そう思うと、今更ながら悲しくなってしまう。

 せめて、自分が卒業するまでの間は彼女の傍にいて幸せにしてあげたい。究極のお人好しである彼らしい思いだ。

「……先輩」

「うん?」

「別にボクの為に無理はしなくてもいいですよ。先輩もシャルル先輩のようにお友達と楽しんでください。ボクは大丈夫ですから」

 どこか力ない笑みを浮かべながらハチミツ入りホットミルクを両手で抱えるように持つルフィールが言った。どっからどう見ても無理をしているのは丸わかりだ。本当はそんな事は嫌なのに、相手の事を想って自らを犠牲にする。彼女らしいというか、どこか自分に似ている気がしてクリュウはフッと微笑む。

「いいの。僕はルフィールと一緒で十分楽しいから」

「でも、お友達は大切にするべきだと思います」

「それを言うならルフィールだって大切な友達だよ」

「先輩……」

 ルフィールはクリュウの言葉に嬉しそうに微笑むと、うるんだ瞳をハンカチで拭った。そんなルフィールの頭にクリュウはポンと手を置くと、そっとその柔らかな髪を撫でる。

「泣く事ないでしょ」

「泣いてなんかいません……」

「素直じゃないね君は」

 おかしそうに笑いながら、クリュウは彼女の頭を撫で続ける。ルフィールはそんな彼にプイッとそっぽを向けてしまう。ただその頬はほのかに赤らんでおり、きっと二人っきりの時なら彼に抱きついてしまうほど嬉しいのだろう。

「あ、あの料理取って来ますね。先輩の分も任せてくださいッ」

 これ以上優しくされると本当に皆の前だと言うのにデレてしまいそうになり、ルフィールは慌ててそう言うと小走りに彼から離れた。皿を二枚取り、バイキング形式で並んでいるおいしそうな料理に近寄る。すると、それまでテーブルの近くで楽しく談笑していた生徒達が彼女に気づいて口を閉ざした。それは波紋のように辺りに伝わり、彼女の周りから笑顔が消えた。

 空気が変わった事は彼女自身が一番良くわかっている。皆の冷たい視線に今にも逃げ出しそうになるが、グッと堪えて前進を続ける。彼の分も持って行くと決めた以上、何が何でもそれだけは成し遂げないとならない。

 ローストビーフを見つけ、早速取ろうとトングに手を伸ばす。だが、指先がそれに届く寸前で横から伸びた手によってそれは取られてしまった。横を見ると、見知らぬ女生徒が数人こちらを向いたまま立っていた。先頭に立つ縦ロールの少女がトングを片手にカチカチと鳴らしながら人を小バカにしたような笑みを浮かべる。

「あなたに差し上げる料理はないわ」

 彼女の言葉に後ろの女生徒達も加勢に加わる。周りを見回すが、もちろん誰も助けてはくれない。こういう場合は無視するのが一番と今までの経験でわかっているルフィールはプイッと反転する。だが、そんな彼女の行き先を縦ロールの背後にいた女生徒達が塞いでしまう。

 ルフィールの周りに女生徒達の円陣が組まれ、彼女の退路を塞いでしまった。

 ニヤニヤとこちらを見詰めて来る女生徒達を一瞥し、おそらくこの中のリーダー格と思われる縦ロールの方に向き直る。縦ロールは相変わらず人を小バカにしたような笑みを浮かべ続けている。

「……ボクに何の用ですか?」

「別に用なんてないわよ」

「だったら邪魔しないでくれますか?」

 冷静に返すルフィールの言葉に対し、縦ロールの表情が不機嫌そうに歪む。

「下級生の、それもイビルアイの分際で上級生に歯向かうの?」

「別に、そんなつもりはありませんよ」

 それから縦ロールからは言葉による嫌がらせが続いた。しかし悲しくもこういう事に慣れているルフィールはそれら全てを器用にスルーしている。縦ロールとルフィールとでは経験の差が違うのだ。

 ルフィールに全て器用に受け流されてしまい、縦ロールはついに悪口も出なくなってしまった。それを見極めたようにルフィールは「失礼します」と言ってその場を去る。周りを囲んでいた女生徒達は悔しそうに彼女を睨むが、ルフィールは気にしない。

 輪の中から脱し、ようやく解放され疲れたようにため息する――事件はその時起きた。

「そういえば、あの子いつも6年生の男子と一緒じゃない?」

「あぁ、あの女の子っぽい人の事?」

「物好きもいるものよね。顔はまあまあだけどそれってキモくない?」

「うわッ! チョーキモイんですけど」

「あんな女の子しか一緒にいられないなんて、きっと童貞よ童貞」

「チョーキモーイッ!」

 キャハハハハハッと下品に笑う女生徒達。それはどこにでもある女子が行う普通会話と言ってもいいくらいの定番。しかし、女子の中で育った事がない為にそんな免疫などない。何よりも自分を救ってくれた大切な存在であるクリュウを冒涜するような発言は、絶対に許せなかった――この瞬間、いつもは冷静沈着な彼女の中で何かがキレた。

「先輩の事を悪く言うなッ!」

 突然の怒号に女生徒達が驚いて振り返ると、そこには激昂したイビルアイの少女――ルフィールが立っていた。

 ルフィールは驚いて固まっている女生徒達に早歩きで迫ると、怒り狂ったように怒鳴る。

「ボクの事はどれだけバカにしても構わない。だけど、先輩の事を悪く言うのは絶対に許さないッ!」

 誰もが恐れる邪眼(イビルアイ)を鋭利な刃物のように鋭くし女生徒達を睨み付ける。女生徒達はそんなルフィールの眼光に一瞬呆けていたが、すぐに負けじと彼女を睨み返す。

「何よあんた。何キレてんの?」

「マジうざいんですけど~」

「バッカじゃないの?」

 女生徒達はめんどくさそうにルフィールを睨み付ける。さっきまで何を言ってもどこ吹く風のようだったのに突然怒り出した彼女に戸惑っている者も少なくない。そんな彼女達を怒りの眼光で睨み付けるルフィール。

「先輩の悪口は、絶対に許さないから……ッ!」

 怒りに震える彼女の言葉に縦ロールは何かに気づいたらしい。すぐに余裕たっぷりな、意地の悪い笑みを浮かべてルフィールに対峙する。

「あなた、あの男の事が好きなの?」

「……ッ!?」

 突然の予想だにしない彼女の言葉にルフィールは顔を別の意味で赤く染めた。そんな彼女の反応を見て縦ロールは確信を得たようにさらに笑みを増す。

「好き、なのね」

「……そんな事、あなたには関係ない」

「ふーん。イビルアイのくせに生意気ね」

 そう言って縦ロールは周りにいる女生徒達に一瞥を送る。すると、女生徒達は一斉に動き出してルフィールの腕や肩などを掴んで動きを封じた。

「何を……ッ!?」

「ちょっとこっちまで来てもらうわよ」

 

 その頃、クリュウは一人で会場の中を歩いていた。いつまで待っても帰って来ないルフィールを探しているのだ。

「おっかしいなぁ」

 彼女は料理を取りに行くと言っていた。しかし一番近いテーブルには彼女の姿はない。テーブルは複数あるが全て同じ料理が置かれているのでなくなりでもしない限りは別のテーブルに行く必要はない。そして彼らから一番近いテーブルには今の所空の皿は見当たらない。

 クリュウは戸惑いながらも改めてルフィールの捜索を再開した。これがシャルルならどこかで道草を食っていると簡単に予想できるし、友人の多い彼女なら心配する必要もないだろう。だがルフィールはまさにその対極に位置するような子なので心配は尽きない。

 そんな感じで一人ウロウロとしながら彼女の姿を探していると、そんな彼に近づく者がいた。

「ルナリーフ先輩ッ!」

 名前を呼ばれて振り返るとかわいらしい少女のような少年、エルが小走りで駆け寄って来た。彼もクリュウと同じようなスーツ姿だが、なぜだか男装したかわいい女の子というイメージが抜けない感じだ。その後ろからはフェニスが優雅な歩みで近寄って来る。彼女は白いフリルがかわいらしい桜色のドレスを着ている。全体的にかわいらしいイメージのドレスなのに、彼女が着るととても美しく見える。

「あら、クリュウ君じゃない。一人なの?」

 まだ会って間もない美少女にいきなり名前で呼ばれたクリュウは頬を赤らめて戸惑う。そんな彼の反応を見てフェニスは楽しそうに笑う。

「一人なら私とデートでもしましょうか?」

 ――刹那、周りの男達から放たれた殺意の込もった無数の視線がクリュウの体を串刺しにした。冗談ではなくマジで命の危機を感じたクリュウは冷や汗ダラダラの状態でぎこちない笑みを浮かべながら「い、いえ。連れがいるので結構です」と断る。

 さすが学園の四大女神の一人、《水の女神》と称されるフェニス・レキシントン。その絶大な人気は計り知れない。ちなみに他の女神はその美しい容姿と絶大な信頼と人気を持つ《雷の女神》と称されるアリア・ヴィクトリア、意外かもしれないが容姿端麗で何より皆を引っ張る力強さと熱血魂が魅力のシグマ・デアフリンガーもまた《炎の女神》と称されている。

 そして、今だクリュウとは接点がないが四大女神の中でも一、二を争う人気を誇るのがAクラス委員長にして現生徒会会長を務めるクリスティナ・エセックス。《氷の女神》と称されており、校内学科順位ではルフィールに唯一接戦しわずかな点差で2位。実技ではシグマと拮抗できるだけの力を持つ、正に文武両道に長けた少女だ。

 四大女神のうち三人と交流があるクリュウはある意味おいしいのかもしれないが、本人はそういう気がほとんどないので意味を成さない。ちなみになぜクリュウが同学年の彼女に対して敬語を使うかと言うと、まだ慣れていないというのもそうだが彼女が自分よりも一つ年上だからというのが大きい。

「連れ? 一人じゃないの?」

「えぇ。ルフィールがどっか行っちゃって探してたんですけど」

「あぁ、あの弓使いの子ね」

 ここで「イビルアイの子ね」と言わない辺りが彼女の優しさを感じる。フェニスは「私は見てないわね」と言ってから辺りを見回す。だがもちろん、すでにずっと探しているクリュウが発見できないのに見つかるわけもなく、フェニスは小さな笑みを浮かべた。

「いないみたいね」

「えぇ。本当どこ行っちゃったのか」

「あの、僕見ましたよ」

 エルの自信なさげな声。一瞬そのまま素通りしかけたが、二人は驚いたように一斉に彼に振り返った。突然二人に視線を向けられてエルは一瞬ビクッと震える。

「それ、本当?」

「は、はい。先程数人の女子と一緒に外に出て行くのを見ました」

「ルフィールが?」

 それはかなりおかしな話だ。こう言うのも何だが、彼女にはおそらく友達と呼べる存在は自分やシャルルを除けばいないはず。本人もそう言っていたので合っているだろう。だが、そんな彼女が数人の女子と一緒に外に出た――なぜだか、嫌な予感がする。

「それで、どこに向かったかわかる?」

「いえ。でも西側のドアから出て行ったのでそっちの方向かと」

「そっか。ありがとう」

 クリュウは二人に礼を言うと、エルに教えられた西側の出口に走った。そんな彼の後姿をエルは首を傾げながら見送り、フェニスはいつになく真剣な表情で彼の姿が消えるまで見詰め続けた後、踵を返して群衆の中に消えて行った。

 

「キャァッ!」

 今まで掴まれていた腕を突然離されたかと思ったら、力強く突き飛ばされてルフィールはつんのめって倒れた。石畳で舗装された床に倒れたルフィールは身を起こして振り返る。月光をバックにして立つ女子生徒達の表情は暗くてわからないが、きっと意地の悪い笑みを浮かべているに違いない。

「ここがどこだかわかってるわよね?」

「……備品倉庫ですね」

「そう。ここには狩猟学で使う防具や武器、道具類をしまっておく倉庫よ。そしてここは夜には人気がない事で有名。しかも今日は創立記念パーティーがあるからさらにね――ここなら助けを呼んでも誰も来ないわよ」

 その言葉を合図に、縦ロールの周りにいる女生徒達が一斉に動き出した。扉を閉めて退路を完全に封じると再びルフィールの腕や肩を捕まえて動きを封じる。もちろんルフィールだって抵抗はするが、数人掛かりで押さえられてしまってはどうしようもない。

「あなたは本当に生意気ね。イビルアイってだけでも嫌われ者なのに、そういう態度はムカつくわ」

 ゆっくりと歩み寄りながら縦ロールはそう言うと、ルフィールのドレスの胸元を掴み――無言のまま一気に引き裂いた。

「……ッ!?」

「あら、かわいらしい下着ね」

 破かれたドレスから顔を出したのはドレスと同じ純白のキャミソール。いつもは冷静で表情を変えないルフィールもこれには顔を真っ赤に染める。

「な、何を……ッ!?」

「でもあなたの格好って地味なのよね――私達がもっと良くしてあげるわ」

「や、やめて……ッ!」

 ルフィールは必死になって抵抗するが、数人掛かりではその抵抗もほとんど意味を成さない。伸びる手が次々に彼女のドレスを掴んでは力強く引き裂いていく。女子の弱い力でも、貧弱なドレスは簡単に破けてしまう。ドレスと一緒にキャミソールまで引きちぎられ、一分もしないうちにルフィールは引き裂かれて所々真っ白な肌が露出するボロボロのドレス姿に変わり果ててしまった。胸元もキャミソールと一緒に引きちぎられてしまい、今は両腕で必死に隠している。

 涙目になってキッと邪眼(イビルアイ)で睨み付けるが、彼女達だってその瞳に何らかの能力があるとは思っていないので余裕の表情で見詰め返す。

「うふふ、ずいぶんマシになったじゃない。イビルアイには相応しいわね」

 楽しそうに笑いながら、縦ロールはルフィールから奪ったカチューシャを壊した。飾りつけの花は踏み潰され、見るも無残な姿に変わる。それを見詰め、ルフィールは唇を噛んだ。

 せっかくこの日の為に、彼にかわいいと言われたくて勇気を出して片目を眼帯で塞いで街に出て洋服屋で買って来たドレス。実際、彼には「かわいいよ」と言われて気に入っていたドレス。なのに、今ではもうその見る影もないほどにボロボロになってしまった。

「何胸なんて隠してるのよ。隠すほどもないくせに」

「どうせペッタンコでしょ」

 そう言って女生徒の一人がルフィールの両腕を掴んで引き剥がすと、もう一人の女生徒が隠されていた胸を見てニヤニヤと下品な笑みを浮かべる。

「本当にペッタンコじゃない。どれどれ?」

 女生徒はルフィールのまだ膨らみ始めたばかりの胸を鷲掴みにした。その瞬間、ルフィールはビクッと震えてさらに顔を真っ赤にする。

「キャハハハッ! 何これまな板? 本当に凹凸ないじゃん」

「……くッ!」

「悔しかったら胸を大きくしてからにしな」

 二人は散々罵倒してからルフィールから離れる。もはや隠す気力もないのか、ルフィールは解放された腕をだらんと垂らしてうつむいた。視界の隅ではドレスの端を靴で踏まれているのが見えた。しかも何度もグリグリグリグリと踏みつけているので、ついに切れてしまった。するとその足は再び別の部分を踏みつけた。別の場所ではいつの間にか脱げてしまった真っ白のハイヒールがヒールの部分が折れた無残な形で転がっているのが見えた。

 ドレスはもはやズタボロ。そして彼女自身の気力や誇りもズタボロにされてしまった。さっきまではすごく楽しくて仕方がなかったのに、今ではもうこんな状況。

 ――結局、イビルアイの自分が人並みの幸せを願ってはいけないという事なのだろうか。

 自分は伝説の化け物と同じ瞳を持つ、普通の人とは違う。それが原因で今までずっと虐げられてきて、もはや慣れっこになっていた。以前の自分なら、この程度の事じゃ何も感じなかっただろう。だが、良くも悪くも自分は変わった。

 ――クリュウ・ルナリーフ。

 彼と出会って、自分は変わった。

 彼は自分を普通の女の子のように接してくれた。それはとても嬉しくて、何もなかった自分に希望をくれた。そんな彼が大好きで、ずっとずっと一緒にいたのだ。そんな彼に気に入られたくて、普通の女の子のような幸せを願い、こうして普通の女の子のようにオシャレをした――でも、イビルアイの自分にはそんな普通の事は認められないのだ。

 悲しくて、涙が頬を流れた。

 彼と出会わなければ、こんな悲しみを感じないで済んだだろう。でも、同時にそれは嬉しさも感じなかったはず。彼と出会えた事に一切の後悔はない。だけど――こんな無残な格好で、こんな辛いを思いをするなら、楽しい事はもういらない。どうせその後にはこうした絶望が待っているのだから。

 今までがそうだったのに、自分は有頂天になってすっかりそれを忘れていた。

「……ボクは、幸せになっちゃいけないの?」

「はぁ? 何を言ってるのよ。イビルアイに幸せになる権利なんてある訳ないじゃない」

 ……やっぱり、そうなのだ。イビルアイの自分は、人並みの幸せを得る事すら許されない。

 ――そんな当然の事、今更思い出した。

 もういい。何もかもがどうでも良くなった。このまま、以前のような何の感情も抱かない人形のような自分に戻って――

「ルフィールッ!」

 閉められていたはずのドアが勢い良く開かれた。驚いて振り返る女生徒達に少し遅れながらルフィールもまた濁った瞳で見詰めた――その瞬間、彼女の瞳に光が戻った。

 神秘的に光り輝く月光に照らされた彼は、どうしてこう自分が危機に陥っていると必ず駆けつけてくれるのか。一回目は初めて出会った時、そして今回。出会ってから二回、こうして彼は駆けつけてくれた。

 ほろりと、頬に涙が流れる。

「……せん……ぱい……?」

 ひどい姿になって涙目で自分を見詰めて来るルフィールを見て一瞬驚いたクリュウだったが、すぐに状況を理解して彼女を囲む女生徒達を睨み付ける。

「お前ら、何やってんだ?」

 自分でも驚くくらいに低くて怖い声に、ルフィールがビクッと震えるのが見えた。自分ではわからないが、きっと今の自分は余程恐ろしい形相をしているのだろう――それほどまでに、憤激しているのだ。

 突然のクリュウの乱入に驚いていた女生徒達だが、すぐに彼一人だけであるとわかるといつもの余裕を取り戻した。そして、ルフィールにも放った人の感情を逆なでするような声で彼を迎える。

「あら、誰かと思えばいつもこの子と一緒にいる人じゃない」

 縦ロールは余裕たっぷりな表情でクリュウと対峙する。他の女生徒達はすぐにルフィールの周りに集まって彼女を包囲した。女子生徒の間からこちらを見詰めるルフィールは怯えたような瞳をしている。その瞳を見て、クリュウは胸を痛めた。同時に、彼女をこうした女生徒達に激しい憎しみを抱く。こんな黒い感情が自分の中にあったなんて、自分の事なのにまるで他人の事のように驚く。

「一体何の用かしら?」

「……お前らが、ルフィールをそうしたのか?」

「生意気な下級生の、イビルアイに対して礼儀を教えただけよ。上級生に歯向かう下級生なんて信じられない事でしょ?」

「……そんなくだらない事でか?」

「くだらない? バカじゃないのあんた? あんたみたいな奴がいるから下級生に舐められるのよ。それに――」

 縦ロールはルフィールに振り返ると、まるで道端に落ちているゴミでも見るような目でルフィールを見詰める。それは確実に、同じ人間を見る目ではなかった。

「イビルアイの扱いなんてこの程度で十分よ。こんな女、さっさと消えちゃえば――」

 それ以上先を彼女はしゃべる事ができなかった。突然クリュウは彼女の胸元を掴むと容赦なく横にあった備品の詰まった木箱に投げ捨てたのだ。縦ロールは背中を強打して激しく咳き込む。それを見て女生徒達から余裕が消えた。

「先輩ッ!?」

「あんたよくも先輩をッ!」

 好戦的な少女がクリュウに拳を振り上げて迫るが、クリュウはそれをギリギリで回避してがら空きになった脇腹に向かって拳を叩き込む。少女は悲鳴を上げて倒れると、激しく咳き込みながら悶える。

「どけ」

 その氷のように冷たい怒りが込められた声に、ルフィールを囲んでいた少女達は一斉に彼に道を開いた。あまりの恐怖に泣き出す者もいる。クリュウは構わずルフィールに近寄る。

「せ、先輩後ろッ!」

 ルフィールの悲鳴に振り返ると、少女の一人が箒(ほうき)を振り上げて襲ってきた。クリュウはギリギリで回避するが、間に合わず右肩を激しく打たれた。一瞬顔をしかめるが、すぐに少女の箒を掴んで奪い取ると、がら空きの少女の腹に蹴りをぶち込み吹き飛ばす。少女は後方にいた二人の女生徒を巻き込んで倒れた。

 クリュウは打たれた右肩を押さえながらルフィールに近寄ると、彼女の前に立って少女達と向かい合う。ルフィールはそんな彼の背中を呆けたように見上げる。

 目の前の光景に、ルフィールは驚きを隠せなかった。あの温厚な性格をした彼が、女の子相手に容赦なく暴力を振るう姿が信じられなかった。彼の本気の怒りを見て、ルフィール自身怖くなっていたのだ。

「ルフィール」

 だから、自分の名前を呼ばれて体が勝手にビクッと震えてしまった。そんな自分の反応を感じ取ったのか、彼はとても優しい声を掛けてくれた。

「――もう大丈夫だからね」

 その言葉に、どれだけ救われた事か。

 ルフィールは今にも泣きそうになりながら「はい……ッ」と小さな声で答えた。クリュウはそんな彼女の返事を聞いて一瞬だけ小さく口元に笑みを浮かべたが、すぐに再び険しい顔つきに戻って少女達と向き直る。

「僕の仲間をずいぶんとかわいがってくれたみたいだね」

「えぇ。それはもう全身全霊を込めてね」

 立ち上がった縦ロールもまたクリュウと同じように憤激した様子。怒り狂った眼光でクリュウを睨み付けるが、クリュウもまた激怒する彼女達を睨み返す。こっちの方が今にも全員殴り倒したい衝動に駆られる程に激怒している。纏うオーラも彼の方が格段に恐ろしい。ルフィールはそんな彼に怯えながらも、自分の為にこんなにも怒ってくれる彼に心の底では感動していた。同時に、そんな事を考える自分の不謹慎さにも呆れてと、意外と忙しい。

「あなた、私が誰だかお分かり?」

「さぁ。お前みたいなクズ女をいちいち覚えていられるか」

 クリュウに暴言を吐かれ、縦ロールのこめかみに青筋が立つ。そしてもはや余裕すらもなくなってヒステリックな声で今度は叫び出した。

「私はGクラスの副委員長よッ! 私に歯向かうって事は、Gクラス全体を相手にする事と同義なのよッ!?」

 それは委員長の側近だからこその脅し文句だ。大抵の場合はそれで解決するのだろうが、今回はそんな姑息な手段は通じない。根が真っ直ぐだからこそ、クリュウにはそんな手は通じない。

「だからどうした。今ここでお前を殴って二度と僕やルフィールに逆らえなくすればいい事だ」

 自分でも驚くくらいひどい言葉が次々に出て来る。憎悪とは、自分自身の本来の性格までも捻じ曲げてしまうらしい。だが、今はその方が都合が良かった。

「手を出せば、あなたに責任が行くわよ?」

「ルフィールに対する行為を見れば、どっちが悪者かはすぐにわかると思うけど?」

「ハッ。イビルアイがどうなろうと知ったこっちゃないわよ。どうせみんなイビルアイの方が悪いって思うに決まってるわ」

「……どこまでも根が腐った女だな」

 ギリッと歯軋りし、真っ白になるくらいまで握り締めた拳はブルブルと震える。本気で、今すぐにでも彼女の顔面を殴り飛ばしたかった。そんな激昂を何とか理性で止めているが、そろそろ限界に達しつつあった。

 縦ロールはそんな彼の姿を見て性根が腐り切った笑い声を上げる。世の中、これほどまでに不快な笑い声はないに違いない。そう思えるほど、それは腐った笑い声だった。

「イビルアイなんて死んだって誰も困らないゴミのような存在じゃない」

「お前……ッ」

「ゴミをどう扱おうが、私達の勝手じゃないッ!」

 

「――ゴミはテメェだコノヤローッ!」

 

 我慢の限界に達し、全力で縦ロールの顔面を殴ろうとしたクリュウの拳を止めたのは、自分と同じく怒り狂った者の迫力満点の怒号であった。

 女生徒達が驚いて振り返り、クリュウとルフィールもドアの外を見る。すると、そこには見知った顔がいくつもあった。

 先頭に立つのは憤怒の形相をしたシグマ。その横には同じように自分が今まで見た事もないくらいに激怒しているアリア。他にもその背後にはレナとシアとディア、フェニスとシルト。そしてシャルルとクードの姿もあった。

 突然のシグマ達の登場に女生徒達は一切の余裕が失われて狼狽(ろうばい)を始める。クリュウとルフィールもあまりにも突然の事に呆けてしまう。先程まであんなに憎しみに支配されていたのに、今では冷静さを取り戻しつつあった。

「あなた達、一体何をしに来たのよッ!?」

 余裕を失ってヒステリックに叫ぶ縦ロールの言葉に、憤激するシグマがその何倍もの迫力のある怒号で返す。

「仲間を助けに来たに決まってんだだろうがッ!」

「仲間ッ!? こんなゴミみたいな連中がッ!? イビルアイがッ!? バッカじゃないのッ!?」

「んだとゴラァッ!」

「ゴミはあなた達ですわ。私は、あなた方を絶対に許さない」

 アリアの凛とした放たれた鋭い声はシグマとはまた違った迫力を持つ。BF両クラスの委員長からの宣戦布告のような言葉に、縦ロールが邪悪な笑みを浮かべた。

「それは私達Gクラスに対する宣戦布告かしら?」

「えぇ。そう取ってもらっても結構ですわ」

「アハハハハハッ! あなた方は本当にバカなのねッ!」

「んだとッ!? どういう意味だッ!?」

「イビルアイを仲間に引き入れて、クラス全体が一致団結できるとでも本気で思ってるのッ!? バカバカバカッ! こんなクズがいたんじゃクラスの統制もできないわよねッ!? ここに集まっている連中の数を見ても、あなた方二人が共闘しても私のクラス一個にも及ばない。それに、あなた方のクラスから裏切り者が出たらおもしろくないかしら?」

 縦ロールはどこまでも卑劣な女だった。彼女の言葉にはさすがのシグマとアリアも言い返せない。彼女達はイビルアイなんて関係なくルフィールを同じ学校の生徒と思っているが、クラスは必ずしも同じ考えではない。今イビルアイのルフィールを仲間として迎え入れた場合、きっと諸手を振って賛同する生徒はクラスの四分の一にも満たないだろう。多くは中立的立場であり、そして残る反抗的な輩もいる。対するGクラスはイビルアイ云々関係なく委員長や副委員長の指示でクラス対決も辞さないだろう。

 いつの間にか、シグマとアリアは劣勢に追いやられていた。

 月明かりの下、縦ロールの不快な笑い声だけが響き渡る。

「いいわよッ! やってやろうじゃないの! あなた方程度なら私のクラスだけで十分よ!」

「テメェ……ッ!」

「本当に腐った女ですわね」

「吐き気すら感じるわ」

 シグマ、アリア、フェニスの三人は縦ロールを怒りと呆れの眼光で睨み付ける。アリアの背後にはレナとシアがピッタリとくっ付いてGクラスの面々を睨んでいる。

「全員シャルがぶっ潰してやるっすッ!」

 シャルルに至ってはもはや今ここで対決も辞さない構えだ。ディアとクードも程度は違えど委員長の指示があればそれに従う意向だ。クードから笑みが消えているほど、この状況は真剣そのものだ。

 苦渋の表情を浮かべるシグマやアリア達を見て、縦ロールは好戦的な笑みを浮かべる。

「これより私達GクラスはBクラス及びFクラスに対して宣戦布告するわッ! 邪眼(イビルアイ)の呪いで朽ち果てるがいいわッ!」

 

「――その決闘、BFクラスに代わってこの私が引き受けよう」

 

 その凛とした声が響いた刹那、場の空気が一瞬にして急低下した気がした。体感温度にして氷点下。まるで氷の棒を背中に突き刺されたかのように、全身が凍りつく。

 声のした方を全員が注視する。すると、闇の向こうから一人の少女が姿を現した。雪のように真っ白なブレザーとスカート、サファイアのような美しい青色のネクタイを締めた格好。白と水色の中間の、まるで氷河のような色をした長い髪をポニーテールで纏め、海のような濃い青色の鋭い眼光が光る。人形のような精錬された美しさとその恐ろしさが彼女の魅力を引き立てる。まるで全てを凍りつかせるかのような雰囲気と迫力を秘めたその美少女。彼女の事を知らない者はこの学園には存在しない。

 彼女の背後には同じような格好の男女十人程度の生徒が続く。少女、そしてその後ろに続く彼らの腕には各クラス委員長と同じく腕章が付けられている。だが、そこに書かれているのは《委員長》ではなく――《生徒会》。

「生徒会とAクラス全軍。これだけの戦力が相手になればGクラスといえどただでは済まんぞ」

 クールな表情に鷹のような鋭い眼光でGクラスの面々を威圧する美少女。彼女こそ校内学科次席にしてAクラス委員長、そして生徒会の長である生徒会長を務める、場合によっては教官以上の権力を有する、四大女神の中でも一、二を争う美貌と人気を持つ最強の戦姫。氷の女神とも称される彼女の名は――クリスティナ・エセックス6年生。

 生徒会会長兼Aクラス委員長であるクリスティナの登場に驚く皆を無視し、クリスティナは一歩一歩と進んでシグマやアリアの前に立つ。

「生徒会長ともあろう人が、何でこんな所にいるんだ?」

「先程貴様の子犬がやって来て、貴様らを助けてほしいと頼まれたのでな」

「あいつ……」

 シグマはいつも自分にくっ付いている情けない後輩の余計だが嬉しい行動に苦笑した。そんな彼女を一瞥し、クリスティナはまずシグマ達一同を見回し、彼らと対立しているGクラスの女生徒達、そしてその奥にいるクリュウとルフィールを見詰める。

「なるほど。彼の言う通りな状況だな」

 クリスティナは一度うなずくと、自分の登場に狼狽しているGクラスの女生徒達を刃物のように鋭い眼光で射抜いた。純粋な恐怖であれば、ルフィールのイビルアイなんかよりもずっと恐ろしい。

「今日は創立記念日だ。皆の気持ちの羽目が外れてしまうのは仕方がない事。だから私達も通常よりは厳しくはしていなかった。せっかくのパーティーだ。水を差すような無粋はせん――だが」

 クリスティナの眼光が不気味に光り輝いた。その瞬間、場の空気がさらに低下。氷が張ってもおかしくないような体感温度と恐怖に、皆が震え出す。

「校内の風紀を乱す輩は絶対に許さん。Gクラスの副委員長? 副委員長ならば皆の模範となる行動をしろ。貴様は副委員長などと名乗る資格はない」

 威圧感全開のクリスティナの言葉に縦ロールはその場にペタンと座り込むと、うつむいたまま動かなくなった。他の女生徒達も同じような状態になり、あっという間に制圧が完了した。

 先程まで怒りに燃えていたシグマ達はそのあまりにも呆気ない終わりにしばしその場で固まっていた。そんな彼女達を無視し、クリスティナは震える女生徒達の横を通り過ぎると、クリュウとルフィールの前に立った。

「あ、あの……」

 礼を言おうとしたクリュウをも無視し、クリスティナは自らの上着を脱ぐと座ったまま自分をイビルアイで見詰めているルフィールにそれを放った。ルフィールは投げられた上着を受け取って驚いたようにそれを見詰めると、再び彼女を見上げる。

「……それでも羽織っていろ。今日は冷えるぞ」

「え? あ、ありがとうございます」

 ルフィールの戸惑いながらの礼に、クリスティナは一瞬だけフッと口元に笑みを浮かべた。驚く二人に背を向けて、クリスティナは歩き出す。

「それに、その格好は風紀を乱すからな」

 彼女に言われてルフィールは改めて自分の格好を思い出し大赤面。慌てて上着を羽織るとキッと鋭いイビルアイでクリュウを睨みつけた。

「み、見ないでくださいッ!」

「え? あ、ご、ごめんッ!」

 クリュウも顔を真っ赤にして慌てて彼女に背を向ける。外の方ではシグマがディアの、アリアがシルトの首を掴んで無理やり視線を逸らせていた。二人とも悲鳴を上げているが、この際は仕方がない。クードはシャルルに背を押されてドアの陰に消えた。こういう部分では女の子というのは団結するらしい。生徒会の男子生徒もまた女生徒達に睨まれながら皆背を向けている。

 そんな中、クリスティナは女子に命令してGクラスの女生徒達を捕縛。教官室に連れて行くよう指示した。

「まったく、宴を楽しむ事もできんな」

「お前がパーティーを楽しむ光景なんて想像できねぇぞ」

「ひどいな。私だって女だ。男子にエスコートされて踊ってみるのも――貴様、何を笑っている」

 そんな会話をシグマとクリスティナがしている一方、アリアとフェニスがルフィールに近寄って彼女を慰めている。そんな女子達を見てクリュウは邪魔しないように立ち去ろうとする。

「ちょっと待ちなさい」

 だが、突然フェニスに腕を掴まれてしまいクリュウは振り返った。すでにルフィールはしっかりとクリスティナの上着を着ているので一応大丈夫。まぁ、スカートもズボンも穿いていないので上着だけだとかなり短いワンピースのような感じで目のやり場に困りはするが。

「彼女を部屋まで送り届けてあげて」

「え? 僕よりアリア達の方がいいと思うけど。女の子同士だし」

「……わかってないわね」

 フェニスの言葉に「何が?」と問い返したが、彼女は答えてはくれず「とにかく、連れて行ってあげて」と強引にルフィールを押し付けてきた。

「ルフィールはそれでいい?」

「……わ、私は構いません」

 まだ赤い顔を隠すようにうつむきながら言うルフィールに、クリュウも「じゃあ、部屋まで送って来ますね」と言って彼女の背中に手を添えながら歩き出す。そんな二人の背中を見詰め、フェニスは優しげな笑みを浮かべていた。

「普通の女の子なのね、ルフィールちゃんも」

 そう言って親友に振り返ると、彼女はどこか複雑そうな表情でクリュウとルフィールの背中を見詰めていた。それを見てフェニスも困ったように苦笑した。

「ごめんなさいね。余計な事だったかしら?」

「誤解しないでくださる? 別に私は何とも思っていませんもの」

 そう言ってアリアは彼女の横を通り過ぎた。そんな彼女の後姿に「もう、素直じゃないんだから」と苦笑しながら彼女の追いかけるフェニス。アリアが歩き出すと、レナとシアが駆け寄って彼女に抱きついた。

 一方、寮の方へ歩いて行くクリュウとルフィールの後姿をじっと見詰めるシャルル。そんな彼女の背後から近づく者がいた。

「いいんですか? 二人っきりにしても」

「フン。今回だけっすよ」

「……意外としっかりしてるんですね」

「失礼っすね。シャルはこれでもあんな奴よりずっとずっと大人っすよ――って、ランカスター先輩ッ!?」

 ここでようやく振り返って背後にいたのがクードだとわかったシャルル。そんな彼女に向かってクードはいつものようにニコニコと楽しげな笑みを浮かべる。

「クマさん柄のパンツを穿いていてもですか?」

「んなもん穿いてないっすよッ!」

 そんな二人から少し離れた場所では連行される女生徒達を睨むクリスティナ。ふと今も楽しげな笑い声と曲が流れて来る生徒会館を見詰め、一瞬だけどこか残念そうな表情を浮かべると殿となって生徒会役員達と共に教官室へ向かった。

 月明かりの下、様々な者達がそれぞれの向かう先に散っていった……


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