モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第93話 ランポス迎撃戦 消え逝く命に捧げる想い

 狩場の西側にある灰色の岩肌が露出するこの崖は大昔の大地震で隆起してできたもので、人間や竜人族の寿命よりもはるかに長い年月をかけて自然が生み出した鉱石が採掘できる場所だ。火山のように希少素材が出る事はないが、一般的に使う鉄鉱石や円盤石、マカライト鉱石などは豊富に採掘できる。

 この狩場には他にも何ヶ所か採掘可能な場所はあるが、黄金石はここでしか採掘された事はない。その為、すでに二〇人程の生徒達が集まってピッケルを振り回していた。

「ピッケルは僕とシャルルが担当するから、二人は僕達が砕き出した破片から必要な鉱石を選んで採取して」

 クリュウの指示に三人はそれぞれ了解し、すぐに余っている岩の亀裂の前に立った。普通の岩肌を削るよりこうした亀裂を使った方が奥の、つまりは誰も触れていない場所から鉱石が採掘できるので、採掘方法としてはベターなやり方だ。

「じゃあ行くよ。シャルル」

「ういっすッ!」

 ピッケルを振り上げ、まずクリュウが一撃を叩き込む。甲高い音と共に破片が飛び散った。続いてシャルルが負けじと体全体を使って思いっ切りピッケルを振り下ろす。クリュウとシャルルの休む事のない波状攻撃に、岩はどんどん削れて破片が彼らの足元に飛び散る。

 一分程度ピッケルを振り、二人は一息ついた。交代するようにルフィールとクードが散らばった破片一つ一つを確認していく。だが、そのほとんどは役立つ事があまりない石ころばかりだ。

「どう?」

「ダメですね。ほとんど石ころです。まぁ、中には鉄鉱石などもありましたので採取はしましたが、肝心の黄金石のかけらはありません」

「まぁ、名前の通り黄金色の石だからね。普通は飛び散った時点で気づくものだけど、やっぱりないか」

 ルフィールの言葉にクリュウは額についた汗をタオルで拭いながらため息を吐いた。一分振っただけでもすでに彼の腕にはそれなりに痛みが起きていた。そりゃ硬い岩に向かってピッケルを全力で振るえば腕に負担が掛かって当然だ。

「大丈夫ですか?」

 心配そうに見詰めて来るルフィールに、クリュウは「大丈夫だよ」と笑顔で返す。まだまだ腕は大丈夫なので、これはうそではない。

 一方、クリュウと同じか、むしろクリュウよりも力強くピッケルを振るっていたシャルルはというと、

「うっしゃぁッ! どんどん掘り進めるっすよぉッ!」

 すでに一足早くまたしても全力でピッケルを振るっていた。彼女には疲れるとか限界という言葉が通用しないのだろうか。

「げ、元気だねシャルルは……」

「単純というか、本当に怪力バカなのですねあの方は」

 感心半分呆れ半分のクリュウと、呆れ満点の視線で見詰める二人など気にした様子もなく、シャルルは「うおりゃあああぁぁぁッ!」と気合の入った声と共に連続してピッケルを振るいまくる。本当に疲れなど微塵も感じていないのだろうか。

 そんな感じでクリュウ達やその他数小隊が崖にへばり付いてピッケルを振り回していると、突如として笛の音が響き渡った。それもここからかなり近い場所からだ。

「これは、角笛の音色だよね……」

 角笛とは特定のモンスターの注意を惹く笛の事で、それ以外にも連絡手段や古龍討伐戦などでは大勢のハンターを作戦通りに動かす為に合図として使われるなど、使い方によっては便利な道具だ。

「訓練で狩場に角笛が鳴るって事は……」

「何か危険なモンスターが現れた、という事でしょうか」

 クリュウとルフィールはその角笛の意味を考える。クードもいつになく真剣な顔で角笛の音が聞こえた方角を見詰めている。シャルルは突然の事に首を傾げていた。

 周りの生徒達も何事かとざわつき始めた時、突如として森の中からランポスの群れが現れた。数にして何と約三〇匹。奇襲される形になった生徒達は悲鳴を上げて慌てて散り散りになる。その時、

「うろたえんじゃねぇえええぇぇぇッ!」

 角笛に勝ると劣らない迫力ある怒号と共にランポス達を追撃するように現れたのは、我らがFクラス委員長であるシグマ・デアフリンガー。その背後から三人のハンターが駆け寄る。彼女の腹心の仲間達(チームメイト)だ。

 生徒達だけでなくランポスすらも皆一斉にシグマを見詰める。それらの視線を一身に受けるシグマは背に背負った大剣、バスターソードを引き抜くと両手でしっかりと柄を握って構えた。そして、再び怒号を放つ。

「テメェらそれでもハンターかコノヤローッ! ランポスなんかにビビんじゃねぇッ! 全員武器を取れッ! こいつらを叩き潰すぞッ!」

 シグマの迫力ある号令にクラス関係なく次々に生徒達が武器を構える。

 アリアのような頭脳派なリーダーもいれば、その一声で状況すらも変えてしまうだけの迫力と頼もしさで皆を率いるシグマのようなリーダーも存在するのだ。

 シグマ達を中心に、散り散りになっていた生徒達がランポスの周りを囲むようにして包囲陣を築き始める。その時、

「皆さん目を閉じてくださいッ!」

 突然響いたその声に反射的に全員が目を閉じた。刹那、強い光がまぶたの壁を突き破って炸裂。再び目を開けると、あちこちでランポス達が悶えていた。

「こ、これは……」

「良くやったぞエルッ!」

 不敵な笑みを浮かべるシグマの横で「はいッ!」と元気の良い声で返事する屈託のない笑みを浮かべる細メガネを掛けたかわいらしい女の子っぽい銀髪赤眼の少年。どうやら彼が先程の声の主らしい。

「シグマッ!」

 クリュウはルフィール達の所を離れて今まさにランポス達に向かって突撃しようとしているシグマに駆け寄る。シグマは「何だッ!?」と横槍を入れられた事にイラ立った感じで振り返った。

「闇雲に突っ込んでもダメだッ! まずは全員を集めようッ!」

「全員で叩き潰せばいいだろうがッ!」

「数が多すぎるッ! このままだと各個撃破されるよッ! 全員を一ヶ所に集めて固まって戦おうッ!」

 クリュウの提案にシグマはなおも反抗しようとする。アリアは団体プレーを。シグマは個人プレーを。同じリーダーでも戦い方もまた人それぞれなのだ。そんな彼女の方をポンと叩く者がいた。腰まで伸びる桜色の髪と翡翠色をした瞳を持つ、凛とした顔立ちと優しげな笑顔が似合う美少女。

「彼の言うとおりよシグマ。ここはまずみんなの安全を確保するのが先決じゃないかしら?」

 少女のまるで駄々をこねる子供を諭すような母親の笑顔に、シグマは「チッ」と盛大に舌打ちするとバスターソードを背に戻した。それを見て、少女はニッコリと微笑む。

「しゃあねぇな。テメェの策に乗ってやるよ」

 そう言ってシグマは彼に体ごと振り返った。彼女を囲むように他のチームメイトも振り返る。

「エル。閃光玉はあといくつだ?」

 シグマの問い掛けにエルと呼ばれた少年は「ちょ、ちょっと待ってくださいッ!」と言って道具袋の中を確認する。

「あと二つです。調合しても三つが限界です」

「上等だ。エル、その完成している閃光玉をよこせ。その後お前は後ろに下がってもう一個作った後は援護に徹しろ」

「で、でも……」

「大丈夫だ。俺に任せておけって」

 ニッと白い歯を見せて頼もしげに笑うシグマに、エルは「わかりました。がんばってくださいッ!」と言って後ろへ下がった。それを確認し、再びランポス達と向き直るシグマ。

「ルナリーフ。一つ頼み事をしてもいいか?」

「遺言なら聞くつもりはないよ」

「バカ、冗談言ってる状態じゃねぇだろ――まぁいい。みんなを一ヶ所にまとめてくれ。その間は俺達が押さえる」

「……わかった。気をつけて」

「あぁ」

 すぐにクリュウはルフィール達の所へ戻ると、彼女達と共に散らばっている生徒達の誘導を始めた。そんな彼を見て、少女はくすくすと笑う。

「フェニス。笑ってないでさっさと行くぞ」

 背負ったバスターソードの柄を掴みながら言うシグマの言葉に、フェニスと呼ばれた少女も「仕方ないわね。まぁ、がんばりましょう」と言って背負っていたハンターボウ1を構える。

「結局こうなりやしたか。まぁ、それも一興って事ですかね」

「シルト。ふざけてないで、今回ばかりは少し真面目にやって」

「わーってますよ」

 フェニスの言葉にツンツンした茶髪に琥珀色の瞳をした背の高い、彼女にシルトと呼ばれた少年が笑いながら答えた。シルトは背負っていた巨大な銃槍、アイアンガンランスを構えた。体格がいい彼だからこそ仕えるような重装備だ。

「わかってんな。俺達の今の目的はランポスの殲滅じゃなくて、生徒達が一ヶ所に集まるまでの時間稼ぎだ。無茶はせず、慎重にやるぞ」

「あら、あなたから慎重なんて言葉を聞けるとは意外ね」

「そーっすね。罠とわかっていてもその罠ごとぶっ壊して突っ込む委員長としては意外な言葉ですぜ」

「……テメェら、これが終わったら覚悟しておけよ」

「あら、それは早々の勝利宣言と受け取ってもいいのかしら?」

「好きにしやがれ」

 フェニスのからかうような言葉にシグマは口元に不敵な笑みを浮かべながら返す。そんな二人を見て、シルトは小さく肩をすくませると、改めてその重量感あるアイアンガンランスを構える。

 先頭を大剣使いのシグマ、その右斜めを後ろを弓使いのフェニス、左斜め後ろをガンランス使いのシルトがそれぞれ武器を構える。先程離脱したエルはクリュウと同じルーキーナイフを武器とする片手剣使い。これがシグマ達のチームメイトだ。

「行くぞッ!」

 シグマの掛け声と共に放たれた閃光玉を合図に三人は一斉に走り出す。視界を封じられて混乱するランポス二匹をシグマはバスターソードで薙ぎ払う。吹き飛んだ二匹のランポスだったが、致命傷にはならずすぐに起き上がるもそこへフェニスの放った矢がとどめとなって突き刺さり、二匹のランポスは倒れた。

 シルトは二人の攻撃で慌てて生徒達の方へ走り出す閃光玉の影響範囲外にいたランポス達の前に立って道を塞いでいる。それでも突撃してくるランポスには砲撃で牽制し、立派に砦の役割を行っている。

 そんな三人の活躍によってできた隙に生徒達はクリュウ達に誘導されて一ヶ所に集まる。そこでクリュウはさらに指示を飛ばす。

「大剣、ハンマー、ランス、ガンランス使いは前衛をッ! 片手剣、双剣、狩猟笛は前衛から少し距離を開けてガンナーを死守ッ! ガンナーは後衛からとにかくランポスを撃ってくださいッ!」

 クリュウの指示を受けて前衛を大剣、ハンマー、ランス、ガンランスが担当し、後衛をガンナーが行い、そのガンナーを守るように残る片手剣、双剣、狩猟笛が固まる。

 本来、狩場において四人以上でパーティを組むのはご法度だ。ハンターの祖であるココット村の英雄が五人で戦い、そのうちの一人死んでしまった事から四人以上では死者が出るというジンクスの為だ。実際、ギルドも通常依頼は四人を定数としている。しかし、今回はギルドが関係していない学校の訓練。ジンクスなんか当てにならない死より、各個撃破による確実な死を天秤に掛ければ、訓練生の彼らは後者を選ぶのだ。

 一人前のハンターならご法度な決まりも、訓練生ならば破っても大きな問題にはならない。一人前だからこその自由もあれば、訓練生だからこその自由もあるのだ。

「シグマッ! こっちは準備完了だよッ!」

 数に物を言わせてシグマ達は次第に劣勢になっていた。クリュウの言葉に三人はすぐさま後退する。ランポス達は逃げる獲物を追って、群れを成して突撃して来る。

 シグマ達が前衛の陰に隠れるのを確認し、クリュウは迫り来るランポス達を見詰める。

「まだですッ! 弾や矢の威力を最大にする為には、もっと引き付けて下さいッ!」

 迫り来るランポスの群れに焦る気持ちを何とか押さえ込み、冷静に戦局を見極める。本人は否定しているが、彼はリーダーとしての素質を十分に持っているのだ。

 そして、前衛とランポスの大群との距離がなくなり掛けた刹那、

「撃てぇッ!」

 クリュウの指示に合わせて後衛のガンナーから一斉に弾と矢が放たれた。一斉に放たれた矢や弾は外れも多いが、その大部分は見事にランポスの前衛に命中。次々に急停止し、ランポス達の動きが乱れる。ガンナーはそこへさらなる連続射撃を行う。

 ガンナーからの集中砲火に乱れるランポス達に向かって、前衛の剣士達が一斉に襲い掛かる。大剣の強力な薙ぎ払いやハンマーの叩き潰し、ランスの突き、ガンランスの砲撃。先程までの劣勢はあっという間に逆転した。

 暴れ回る前衛の中にはシャルルの姿もある。彼女は「うりゃあああああぁぁぁぁぁッ!」と気合の入った声と共にサイクロプスハンマーを振り回している。他のハンター達も彼女に負けじと様々な攻撃を繰り出す。

 しかし、そんな前衛の攻撃の間や彼らを飛び越えてランポス達が十匹程度突破してしまった。だが、このような事態もちゃんと想定済み。クリュウの布陣に抜かりはない。迫り来るランポスに向かってクリュウを先頭に中衛部隊が襲い掛かる。前衛は主に機動力に劣る、攻撃力が高いなどの武器を集中させ、中衛には機動力のある武器を集めている。攻撃力は低いが、壁のようにハンター達は展開して彼らの攻撃を後衛に向かわせないようにする。

 前衛と中衛が必死に戦闘を行う中、後衛のガンナー部隊は休まずに弾や矢を撃ち続ける。とにかく撃ちまくる生徒もいれば、クードやルフィールのように正確な射撃を行う者もいる。しかし、それらの攻撃は確実にランポスの数を減らしている。

 そして戦闘開始から数分後、一匹のランポスが身を翻した事で残るランポスが慌てて逃げ出した。その数は八匹。クリュウ達の猛反撃により部隊の大部分を失ってしまったようだ。

 あっさり引き上げていくランポス達に呆けている生徒達。そんな中、真っ先に勝利という事実に身を震わせる生徒がいた。

「シャル達の勝利っすよおおおぉぉぉッ!」

 シャルルの歓喜の声を合図に、生徒達の歓喜の声が爆発した。そこかしこで男女、年齢、クラスなど関係なく互いの奮闘を称え合う。2年生は初の実戦での勝利に興奮しっぱなしのようだ。

 だが、もちろん犠牲は出てしまった。数人の生徒が怪我を負い、他の生徒達によって手当てを受けている。幸い、どれも軽い怪我で済んだ。

 数人を見張りに立て、激戦を制した生徒達はぐったりとその場に腰掛ける。その中には中衛部隊の先陣を切って二匹のランポスを葬ったクリュウもいる。

「先輩ッ!」

 後衛としてクリュウの周りに群がるランポスを集中的に射抜いていたルフィール。疲れ切ったように木に寄り掛かりながら座っているクリュウを見て慌てたように駆け寄る。怪我をしているのではないかと心配したが、どうやらただ疲れているだけで怪我はしていないようだった。

「先輩、大丈夫ですか?」

「僕は大丈夫だよ。それよりルフィールは大丈夫?」

「先輩に守ってもらったので、怪我一つしていません」

「そっか。良かった……」

 クリュウはほっとしたように安堵の息を漏らした。自分の事よりも仲間の事を心配するとは、何とも彼らしい。その優しさが、自分のような人々を集めるのだろう。

「立てますか?」

「立てるには立てるけど、疲れちゃって」

 そう言って、クリュウは困ったような笑みを浮かべた。そりゃランポスの群れの中で奮闘したのだから、疲れて当然だ。何せこれだけの混戦は狩猟学でも珍しいくらいなのだから。

 ルフィールはそっと彼の隣に腰を下ろすと、見事な勝利をした事で盛り上がる生徒達を見詰める。クリュウの策や指揮あってこその勝利だと言うのに、誰もが皆自分達の勝利と思い込んでいる。正直、あまりいい気持ちはしない。

「己の力量も弁えない愚か者どもですね、あの方々は」

「ルフィール。そういう事言わないの」

「だって……」

「勝ちは勝ちさ。僕達もみんなと同じように喜ぼうよ」

「……まったく、あなたという人は」

 苦笑しながらも、ルフィールは彼の事を心から誇りに思えた。こんなすばらしい人と一緒の隊にいられる。これほど名誉な事はない。例え彼の実力を皆が認めなくても、自分だけは彼の事を信じて認めたい。

「やっぱり、先輩はすごいです」

「そんな事ないよ。学年首席の君には全く敵わないって」

「勉強なんて、努力していれば誰でもできるようになります」

「その努力がみんなできないからこそ、できるルフィールがすごいんだよ」

 クリュウの言葉に照れたのか、「そ、そうでしょうか?」と少しだけ頬を赤らめて首を傾げる。

「――僕なんて、まだまだだよ」

 そう言って空を見上げた彼の横顔は、いつになくどこか寂しげな雰囲気を纏っていた。一体どうしたのだろうと声を掛けようとした刹那、

「兄者ぁッ!」

 手をブンブンと大きく振りながら満面の笑みを浮かべこちらに走って来るシャルル。ルフィールはいつものように無愛想な顔つきになると、クリュウから少し離れる。そんな彼女に小さく苦笑しながら、クリュウは駆け寄って来るシャルルに声を掛けた。

「大活躍だったねシャルル。すごいよ」

「えへへ、そうっすか?」

 駆け寄って来た早々にクリュウにほめられ、シャルルは嬉しそうにはにかんだ。この何事においても真っ直ぐというか素直な彼女の性格は、少しだけうらやましいとルフィールは思った。単純バカな所はいらないが。

「兄者もかっこ良かったっすよ!」

「あはは、ありがとう」

 ニャハッと屈託のない笑みを浮かべるシャルル。表裏のない性格だからこその純粋なその笑顔は、同じ女の子から見てもとてもかわいらしいと思う。表裏全開の自分にはできない芸当。ルフィールはちょっとだけ落ち込んだ。

「皆さんご無事で何よりです」

 そう言っていつもと同じニコニコとした笑みを浮かべながら歩み寄って来たのはクード。先程までの死闘など最初からなかったかのように平然としている彼には、感心半分呆れ半分といった所か。

「クードも無事で良かったよ。的確な援護、ありがとうね」

「いえいえ。私もスコープからクリュウの活躍を見ていましたが、とてもかわいらしかったですよ」

「……スコープによる邪な盗撮か、男の僕に対する間違ったほめ言葉か。どちらを先にツッコミを入れればいい?」

 相変わらず天然なのか計算しているのかわからない彼の発言に振り回されつつも、やっと日常を取り戻してほっと胸を撫で下ろすクリュウ。すると、そんな彼らに近づく一団があった。シグマを先頭にしたチームだ。自然とクリュウとルフィールは立ち上がった。

「よぉ、全員無事のようだな」

「シグマの方こそ。一時とはいえランポス全匹を相手にしてたけど、大丈夫なの?」

「ケッ、ランポスの三〇匹や一〇〇匹。俺の敵じゃねぇっての」

「さすが先輩ですッ!」

 先程見事な閃光玉の投擲を行ったかわいらしい女の子のような外見をした少年、エルがキラキラとした瞳でシグマを見詰めている。その横では弓使いの美少女フェニス、ガンランス使いの長身の少年シルトがエルを微笑みながら見詰めている。

「おっと、俺の仲間を紹介しないとな。この掴み所のない女がフェニス・レキシントン6年生。俺やアリアとは幼なじみで、ずっと俺の相棒をしてくれてる頼もしい奴だ」

「あら。素直じゃないシグマにしてはずいぶんと嬉しい事を言うじゃない」

 シグマは嬉しそうに笑うフェニスを無視し、今度はシルトの方を向いた。視線が合ったシルトは胸を突き出して頼もしげに仁王立ちする。

「こいつはシルト・ランドルフ5年生。特に紹介する程の奴じゃない」

「そりゃひどいですぜ委員長……」

 シグマの容赦ない言葉にシルトは結構傷ついた様子。だがまぁ、先程の戦いを見てもかなりの実力者である事はわかるので、ハンターとしては頼りになりそうな男だ。

「そしてこの男だか女だかわからない点ではルナリーフと同じ子供がエル・アラメイン2年生だ」

「エル・アラメインです! よろしくお願いしますルナリーフ先輩!」

「……まず君はシグマに対して怒っても構わないんだからね? あと、なぜ僕をそんな仲間を見るような目で見るの?」

 かなり適当ではあったが、シグマのチームメイトを紹介されたクリュウ達。一応クリュウも自らとその仲間達を改めて紹介した。同じクラスメイトだからこそ、仲良くしておきたかった。

「そして、この子がルフィール・ケーニッヒ4年生。学科では校内首席を見事に取った秀才だよ」

 最後にクリュウはルフィールを紹介した。ルフィールはいつものように無表情のまま四人と対峙し、無言のまま一礼した。顔を上げるとフェニスは「よろしくね」と微笑み、シルトは「よろしくな」と気さくに声を掛けてきた。しかしエルは彼女のイビルアイに少し恐怖を感じているのか、シグマの陰に隠れて「よ、よろしくお願いします……」と小さな声で応えた。そして、シグマは……

「ケーニッヒ。もしテメェの目の事でギャーギャー言ったりするような奴がいたら遠慮なく俺に言え。俺が容赦なくぶっ飛ばしてやる。この何十倍の威力でな」

 そう言ってシグマは自分の背後に隠れるエルの頭を小突いた。

「いたッ!? な、何するんですか先輩ッ!?」

「うるせぇ。同じクラスメイトに対して怯えんじゃねぇ」

「べ、別に怯えてなんて……」

「だったらシャキッとしやがれ!」

 シグマはグイッとエルの腕を掴むと、そのまま勢い良く前に突き出した。だが、小柄な体格のエルはその馬鹿力を相殺するだけの力はなく、エルはつんのめりながらルフィールの成長途中(と願いたい)の胸に飛び込んでしまった。

「ひゃッ!?」

 クリュウと二人きりの時以外はほとんど表情を変えないルフィールだが、さすがにこれには驚いたような反応をした後、カァッと顔を赤らめた。

「ご、ごめんなさいッ!」

 一方のエルも顔を真っ赤にして慌ててルフィールから離れた。距離を置いた二人はどちらも沈黙を続け、自然と二人の間だけではなく場の空気全体が気まずいものに変わっていく。

「ご、ごめんなさい……」

 エルは今にも泣き出しそうな顔になってルフィールを上目遣いで見詰める。そんな彼に必死に見詰められるルフィールは何とも言えない罪悪感を感じていた。これではまるで自分がか弱い彼をいじめているみたいではないか。

 ルフィールはとっさに胸を守っていた腕を下ろすと、くるりと彼に背を向けた。その行動にエルは完全に彼女を怒らせてしまったのだと思い、泣き出す寸前。そんな彼に背を向けたまま、ルフィールは言った。

「人間万事、塞翁(さいおう)が馬。気にしなくてもいい」

「人間バンジー最高?」

 エルの盛大な聞き間違えには、さすがのルフィールもつい吹いてしまった。驚くエルに振り返り、彼女は小さな笑みを浮かべながらそのことわざの意味を教えた。

「人間万事塞翁が馬。人生の何事においても幸福不幸は予測できない。だから、その事にいちいち一喜一憂する必要はない。東方大陸のことわざの一つよ」

「えっと……」

「だから、別に気にしてくてもいいって事」

 そう言って、ルフィールはクリュウの背後に隠れるように移動した。皆からは見えない位置で、彼女は顔を赤く染めていた。突然のことわざは、素直じゃない彼女らしい照れ隠しだったのだろう。それをわかっているのは、きっと彼女に防具の裾を握られているクリュウだけだろう。

「ったく、これだから頭が無駄にいい奴は難しくて困るぜ」

 実技では圧倒的な実力を誇るシグマだが、学科においてはシャルルほどではないが真ん中くらいの成績であるシグマには難しい話だったのだろう。そんな彼女を見て、校内学科7位のフェニスと18位のシルトは小さく苦笑いしていた。

 一方、突然難しいことわざを投げ掛けられ呆然としていたエルだったが、いつの間にかクリュウの背後に隠れたルフィールをキラキラとした瞳で見つめていた。それはシグマに向けている時と同じ、尊敬のまなざし。

「ケーニッヒ先輩はすごいですねッ!」

 突然名を呼ばれ、ルフィールはクリュウの背後でビクリと震えた。しかしそれは表情には出さず、彼からのその熱い視線にプイッをそっぽを向く。そんな冷たい対応をされたのに、エルの尊敬のまなざしは止まらない。

「あら、すっかりエルに気に入られたみたいね」

 フェニスは楽しそうに微笑んでいる。同じ笑みでも腹の底の知れないクードとは違って、その笑顔は純粋にこの流れを楽しんでいるように見える。もちろん、その楽しいというのもクードのような厄介なものでは決してない。

「委員長。幸い歩けないような負傷者はいないようですぜ」

「そうか。それは良かった……」

「それと、委員長にお客ですぜ」

 苦笑するシルトの背後から現れたのは、アリアであった。背後にはレナとシア、ディアの三人も控えている。

「アリアか」

「シグマ。相変わらずあなたは無茶苦茶な方のようですわね」

「あぁん?」

「……聞きましたわ。私のクラスの生徒がランポスの大群に襲われて、それをあなた方が助けたと。怒涛の攻撃でランポスの群れを生徒達が密集するエリアから追い出し、角笛で危険を知らせていたのでしょう?」

「フンッ。別に狙ってやった訳じゃねぇよ。偶然そういう形になっただけさ」

「――でもまぁ、結局は生徒が密集するエリアに誘導してしまったというのが、あなたらしいですけど」

「うぐッ……」

 痛い所を突かれ、シグマはプイッとそっぽを向いた。その頬がほのかに赤らんでいるのは誰が見ても明らかだ。直接は見ていなくても、長い付き合いで彼女の行動パターンを理解しているアリアは小さく口元に笑みを浮かべた。

「何はともあれ、結果的には私のクラスの生徒も助けてくれた。その点には感謝していますわ――ありがとう」

「……ケッ、テメェに礼を言われると虫唾が走るわ」

 シグマの素直でない言葉もしっかりと理解し、アリアは踵を返す。と思いきや、今度は今まで話の流れを傍観していたクリュウに歩み寄った。

「あなたにも感謝していますわ」

「別に僕は何もしてないよ」

「笑えないウソはやめてほしいですわね。あなたの見事な指揮が、自分達を救ってくれたと生徒達からいくつも報告が入っていますわよ」

「あ、あれはシグマの指示を代弁しただけで……」

「笑えないウソはやめてほしいと言ったはずですわよ? 見敵必戦、猪突猛進なシグマにそんな頭脳戦ができるとでも?」

「あ、あははは……」

 笑って誤魔化すが、もちろんそんな事では誤魔化し切れないのは百も承知。アリアはそんなクリュウに小さく口元に笑みを浮かべると、スッと彼の横を通り抜ける。

「――ありがとう」

 そう言い残し、アリアはクリュウ達から離れた。レナとシア、ディアの三人も慌てて彼女の後を追う。そんな彼らの後姿を見送り、クリュウは小さく笑みを浮かべた。

 完全勝利。とまでは行かなくても、圧勝と言ってもいいくらいな勝利をした生徒達は有頂天であった。シグマの腹心とも言うべき生徒達は見張りに徹しているが、その表情もどこかほっとしているように見える――そして、その心の隙に奴は現れた。

「ギャオワッ! ギャオワッ!」

 その声に見張りの生徒の一人がハッとなって声のした方向を見ると、森の木々の中から一匹のランポスが現れた。だがそれは普通のランポスよりも一回りも二回りも大きい。何より、頭に生えた血のように真っ赤なトサカがそれが普通のランポスとは違う事を表していた。

 そして、生徒はその姿を授業でしっかりと頭に記憶しており、悲鳴のようにその名を叫んだ。

「ど、ドスランポスだぁッ!」

 その悲鳴に生徒達は一斉に振り返る。そしてドスランポスの姿を確認するとさっきまでの笑みは消え、皆が絶望に顔を真っ青に染めた。誰かの悲鳴を引き金に、生徒達は一斉に悲鳴を上げながら逃げ惑い始める。さらに追い討ちを掛けるように、ドスランポスの後ろからランポスが八匹現れた。どうやらさっき逃げたランポスが親玉を呼んだらしい。

 逃げ惑う生徒達を見詰めながら、シグマは盛大に舌打ちした。

「大型モンスターはいないって話だっただろうがッ!」

「皆さんッ! 落ち着いて行動しなさいッ!」

 アリアの指示も聞かず、生徒達は我先とエリア外に脱しようとする。だが、ドスランポスは知能型のモンスター。それも計算の内だったのだろう。二ヶ所ある別エリアに繋がる道に突如として五匹ずつランポスが現れてその道を塞いでしまった。

 退路を断たれた生徒達の混乱はさらに激しくなる。クリュウもまたこの絶望的な状況に唇を噛んだ。

 そんな中、ドスランポスに正面から向かい合う生徒達がいた。それはアリアのクラスに属する屈強な男四人で編成された隊だ。その強大な筋力に物を言わせたそれぞれの武器は大剣、ハンマー、ランス、ガンランスという重量武器ばかり。

「ここは俺達で守り切るぞッ!」

『うおっすッ!』

 四人の生徒は一斉にドスランポスに向かって襲い掛かる。だが、ドスランポスは冷静にそれを見極めて後退し、逆に部下のランポスに襲わせた。小さくて動きの素早い小型モンスターに対し、彼らの武器はあまりにも機動力に欠けていた。あっという間に翻弄され、各個分断される。そこへドスランポスが前進し、大剣使いの男に襲い掛かった。

「ギャァッ!」

「ふぬッ!」

 間一髪、大剣自体を盾のように構えて事なきを得たが、人間よりも力強い筋力を持つドスランポスと男の力は拮抗する。それは何とも熱い戦いだ。だが、いつまでも傍観している訳にはいかない。

「俺達も行くぞッ!」

 シグマが一番に突進し、それに続いてフェニス、シルト、アリアの臨時四人部隊が突っ込む。他のメンバーは逃げ惑う生徒達の統制に走った。そして、クリュウ達は道を塞ぐランポスに向かって走り出す。が、

「ギャアッ! ギャアァッ!」

 突然の後ろからの鳴き声に振り返ると、森の中からランポスが三匹現れた。それだけではない。あちこちから次々にランポス達が現れ、その数は三〇匹近くにも及んだ。

「な、何だよこれ……ッ!」

 クリュウは歯軋りをしながらルーキーナイフを構えた。それを見てシャルルもサイクロプスハンマーを、ディアはボーンシュターを、ルフィールはハンターボウ1をそれぞれ構える。そして、四人は背を合わせるように円陣を組んだ。

「いいね? 絶対にみんなから離れないで。各個撃破されたら、それこそおしまいだから」

「うっすッ」

「わかりました」

「了解です」

 四人は無数に現れたランポス達に包囲されるのを肌で感じながらも絶望はしていなかった。頼れる仲間達に自分の背を預けられる。つまり、自分が担当するのは自身の正面だけ。あとは、他の仲間がやってくれる。

 自らの背を預け、自らの全力は真っ直ぐ前に向ける事ができる。それが――

「チームって奴さ」

 その声に驚いて振り返ると、そこには好戦的な笑みを浮かべたフリードが威風堂々と立っていた。

「ふ、フリード先生ッ!?」

「おう、ルナリーフ。無事か?」

「は、はいッ」

「そうか。それじゃ、こっからは情報を間違えてた俺達教官が汚名挽回といくか」

 そう言ってフリードは背負った巨剣タツジンブレイドに手を掛けた。その圧倒的なまでの迫力と威圧感は、生徒達のそれとは比べ物にならない。真に死線を幾度も潜り抜けて来たからこその絶対的な気。その気の前ではクリュウ達も息を呑むしかない。ルフィールもまた正しくは《汚名挽回》ではなく《汚名返上》、もしくは《名誉挽回》であるという秀才ツッコミを入れる事もできなかった。

 現れたのは何もフリードだけではない。いつの間にかエリアにはクロード、シャニィ、ヴィレールの三人も現れていた。教官達の登場に、生徒達の混乱も止まっている。

「それじゃ、教官の力を存分と見ていろ」

 そう言い残し、フリードは走り出した。それを合図に他の三人も一斉に行動を開始する。

 生徒達に見守られながら、フリード達の桁違いの戦いが始まった……

 

 ――フリード達の一方的な戦いとなった戦闘はあっという間に終わった。残されたのは二十匹を超えるランポスとドスランポスの死骸。すでに生き残ったランポス達は逃げ出しており、エリアは平和を取り戻しつつあった。

 フリードはタツジンブレイドを盛大にブンッと振り回して刃に付いた血を吹き飛ばすと、背負い直す。ヴィレールもまた血に汚れたプロミレンスランスを一振るいして血を吹き飛ばしてから背に戻した。

 今回の戦いでほぼ全ランポスとドスランポスを仕留めたのはこの二人だ。クロードとシャニィは二人が戦闘を行っている間に生徒達を一ヶ所に集めたり生徒に襲い掛かろうとするランポスを駆除するなど裏方に徹していた。

 クロードの指示でシグマ達と共に先程自分達がピッケルを振るっていた崖の下に集められたクリュウ達。彼の手に握られているのはクリュウと同じルーキーナイフ――ではなく、同じ形状をしているものの切れ味も攻撃力も桁違いに高く、麻痺属性も加わった武器、タツジンソード。生徒達に近づいてきた二匹のランポスを葬った刃には、血がベットリと付着しており、一度振って血を落としてから腰に戻した。

 同じ片手剣使いでも、自分と彼との間には確実に力と経験の差があると感じたクリュウ。いずれ自分も、彼のような片手剣使いになれるだろうか。そんな事をふと思った。

 フリードとヴィレールの活躍によってランポスは壊滅し、クロードもフッと肩に入れていた力を抜いた。それを見て、生徒達の緊張もまた必要最低限だけを残して過剰な分は抜ける。そこかしこでざわざわと雑談が始まり、ハートショットボウ2を背に戻したばかりのシャニィには男女問わず多くの生徒が集まっている。さすが人気者だ。もちろん、アリアやシグマ、クードの周りにも生徒達が集まる。

 そんな中、クリュウはクロードの行動をじっと見詰めていた。クロードは自らが倒したランポスの前に腰を下ろすと、そっとその場で手を合わせた。

「クロード先生?」

 クロードはそうしてしばし黙祷を捧ぐと、腰から剥ぎ取り用ナイフを引き抜いてランポスの解体を始めた。皮や鱗を剥ぎ取り、残った部分は自然に返す。そうして素材を袋に入れ、ナイフを持ったまま次のランポスの亡骸に向かう。そんな事を数度繰り返し、幾分か膨らんだ素材袋を腰に下げて戻って来たクロード。じっと彼を見詰めていると、ふとこちらを向いた彼の視線と目が合った。

「何ですか?」

「あ、いえ。今何をしていらしたのかと思って……」

 クリュウの言葉にクロードは「あぁ……」と納得すると、多少ズレていた細メガネをクイッと上げて小さく笑みを浮かべた。その笑顔は、慈愛に満ち溢れたとても優しげなもの。

「ランポスだって命を持つ者です。その命を奪ったからには、彼らの冥福を祈らなければなりません。今のはそういう想いを込めて黙祷を捧げ、そして残された亡骸をできる限り使う。僕なりの冥福を祈る方法なのですよ」

「モンスターの冥福を、ですか?」

 クリュウは小さく首を傾げた。いまいち彼の言っている事が理解できないのだ。そんな考え方をした事もなければ、そんな考え方を教わった事もない。クリュウが理解できていないのを見て、クロードも少し言い方を変えてみた。

「例えば、肉を食べる為には動物やモンスターを殺さないといけません。野菜を食べる為には、これも植物を殺さないといけません。我々の食事は全てそれらの生き物の命を糧としているのですよ。思い出してみてください。食事をする前に行う《いただきます》というのも、元々は自分達の為に殺されて自分達の栄養となる生き物全てへの感謝とその冥福を祈るものが起源なのです」

「そ、そうなんですか」

 料理は得意でも、その料理に纏(まつ)わる話とか豆知識なんかは人並みでしかないクリュウは純粋にクロードの説明に感動していた。そんな彼を見て笑みを浮かべるクロード。

「狩りだって、本来は失われなくても良い命が失われてしまう。我々ハンターは、その失われなくても良い命を奪うのが仕事です。ですから、私はこうして自らが奪った命は、気持ちを込めて成仏してもらいたいと考えています。これらの行為で本当にそんな事ができるかはわかりませんが、何もしないよりはマシじゃないですか」

 クロードの言葉に、クリュウは自然とうなずいていた。

 確かに彼の言うとおり、自分達ハンターは仕事とはいえモンスターの命を奪う。その命が、せめて無事に成仏してくれるというのなら、生き物を殺すという多少なりとも感じる罪悪感が消えるかもしれない。モンスターの為でもあり、自分の為でもある。彼の行動は、そんなものの表れなのだろう。

「先生はすごい人ですね」

 自然と出たその言葉は本心からのものであった。そんなクリュウの言葉にクロードはフッと口元に笑みを浮かべる。

「君は良いハンターになれますよ」

「え? そ、そうですか?」

「《ハンターは殺戮者ではない。ハンターは自然との共存者である》。これは私の師匠の言葉です。倒したモンスターの冥福を祈るというのも、その師匠の教えなのです」

「先生の師匠、ですか?」

「相手を傷つけるという事は、その痛みを理解する事が必要です。それがなければ、それはただの殺戮者でしかありません。あなたは、その《痛み》をちゃんと理解しています。それが、良いハンターになるとても大切な条件なのです」

「痛み、ですか」

 クリュウはクロードの言う言葉を何となくは理解していたが、具体的には良くわからなかった。そんな彼の反応を見て「全てがわからなくても、今は欠片で十分です。いずれ全てを理解した時、本当のハンターになれますよ」と言い残すと、クロードはフリード達の所へ去った。

 残されたクリュウはしばし胸に手を当てながらその場に立ち尽くしていた。そんな彼をルフィールが少し離れた場所から心配そうに見詰めていた事に、彼は気づいていなかった。

 

 結局、ドスランポスやランポスの大群に襲われた事で狩猟学は中止となってしまった。もちろん、両クラスの壮絶な得点争いも、今回はお預けだ。

 今回の事件はどうやら街側に監視ミスがあったらしく、ドスランポスとランポスの群れを見落としていたらしい。しかしさらに事前に学校側関係者が確認調査を行っていたのだが、そこでも見落としがあったらしく、今回は双方の単純なミスが重なってしまった事で起きてしまった。

 幸い、怪我人は出たものの皆軽傷で済み、生徒達は無事に学校に戻る事ができた。


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