モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第89話 共同生活 ルフィールの幸せに満ちた笑顔

 申請書を提出してから三日後、校内は至る所で騒がしかった。新しくチームを組んだ事により、寮の再編が行われているのだ。この学校では狩猟学でチームを組むと、最低でも一ヶ月は男女問わずチームで共同生活をするのが慣例となっている。これは私生活においても互いの事を知る事によって、より親密なチーム関係を築くのが目的である。

 決まりでは最低でも一ヶ月は共同生活をしないといけないのが規則となっているが、一ヶ月を過ぎてその共同生活を解くかどうかはそのチームで決める。実際、期間を過ぎたら元の個人もしくは二人部屋に戻る者もいれば残りの期間もチームで過ごす者もいる。

 そして今回、新たにチームを編成した事によって寮が再編成され、これから最低でも一ヶ月間は各チームが共同生活をする事になる。それはもちろんクリュウ達も同じだ。

 

 教官から与えられた部屋は寮の最上階の隅に位置する場所にあり、ドンドルマの街並みを見下ろす事ができる。ある意味当たりのような部屋であった。

 クリュウがカギを開錠し、ドアを開くと「シャルが一番乗りっすッ!」とまず一番にシャルルが室内に入り、その後をクリュウ、ルフィール、クードの順番で続いて部屋に入った。

 奥にリビング兼寝室があり、そこへ至る通路にはトイレや風呂、台所などが隣接されている。この学校は自炊が基本であり、部屋ごとに決まった量の食材が支給されるので、この台所で料理をする場合が多い。食堂での食事は自腹なので、比較的裕福な生徒だけが食堂生活を楽しんでおり、多くの生徒は食堂を間食程度に使っている。そしてもちろんクリュウ達は決して裕福という訳ではないので、多勢の自炊組だ。

 シャルルを追ってリビングの方に入ると、そこは結構広い部屋であった。中央には四人掛けのテーブルがあり、部屋の両端には二段ベッドがそれぞれ二つ備えられている。

 すると、シャルルは荷物を乱暴に放ると、クリュウに向かって笑顔で駆け寄って来た。

「兄者ッ! 兄者はどこで寝るっすかッ!?」

 ウキウキと嬉しそうに言うシャルルに、クリュウは首を傾げつつも少し考え、部屋の右側の二段ベッドの上段を指差した。

「僕はあそこにしたいけど、いいかな?」

 三人に問うと、全員がうなずいた。クリュウは「ありがとう」と言うと早速荷物を新たな自分のベッドに放った。すると、そんな彼の背を見ながらシャルルが動いた。

「それじゃシャルは兄者の下のベッドを――」

「――では、先輩の下のベッドは私が」

 その瞬間、二人の間で激しい火花が迸った。そんな睨み合う二人の後ろではクードがニコニコと楽しそうに笑みを浮かべている。

「兄者の下はシャルが寝るっすよ。お前は別の所で寝るっす」

「丁重にお断りさせていただきます。ボクは先輩の下のベッドがいいんです。シャルル先輩こそ身を引いていただけないでしょうか?」

「嫌っすよ。それに、先輩の言う事は聞くもんっすよ」

「校内順位はボクの方が上ですよ」

「……ケンカ売ってるんすか?」

「今頃気づいたのですか?」

 結局、あれからクリュウの奮闘も空しくこの二人は対立関係のままだった。元々馬が合わない性格同士な為か、何かある事に二人は対立している。そのたびにクリュウは仲裁に振り回され、疲れてしまっていた。

「いやはや、いつ見ていてもおもしろいですねあの二人は」

「おもしろいって……たまには仲裁を手伝ってよ」

 いつもは頼りになるクードは二人のケンカに対してはこんな感じな為、あまり役に立たない。こういう経緯や女子二人の推薦、クードの辞退などがあってクリュウがこの第77小隊の隊長(リーダー)になったのだ。不本意ではあるが、仕方がない。

「これだけは絶対に譲らないっすッ!」

「譲るって、あなたが所有権を保持している訳ではないじゃないですか」

「この問題そのものっすよッ! そんな事もわからないっすか?」

「あぁごめんなさい。低俗な言葉遊びではさすがのボクも勝てそうもありません」

「ウニャアアアァァァッ!」

「二人とも、ケンカはやめてってば」

 こんな具合で、この三日間クリュウはかなり女子二人に振り回されっぱなしであった。正直、まだ狩猟学は始まっていないのに前途多難過ぎて軽く絶望すらも感じてきた。

「まったく、たかが寝る場所くらいでそんなにもめるなよ」

「たかが寝る場所じゃないっすよッ!」

「たかが寝る場所とは聞き捨てなりませんね」

「……何でそんな部分だけ息がぴったり合うのさ」

 呆れるクリュウは小さくため息すると、仕方ないとばかりに二人に妥協案を提示した。それは自分とクードで一つの二段ベッドを上下に分け、女子二人はもう一つの二段ベッドを上下で分けるというもの。クリュウはこれで問題解決したと安易に考えた。だが、現実はそんなに甘くなかった。

「そういう問題じゃないっすッ!」

「先輩の下はボク達二人の問題です。ランカスター先輩など問題外の極みです」

「そうだそうだッ!」

「だから、何でそんな所で息が合うのさ――って、さりげなくクードを責めるのはやめような」

「構いませんよ。おもしろいですし」

「君はおもしろければ自分が非難されてもいいのッ!?」

「おもしろい事の為なら、私は身を削る覚悟はできていますので」

「そんな覚悟はいらないってッ!」

 ニコニコと笑みを浮かべるクードのボケを、ひたすらツッコミまくるクリュウ。ものすごく追い詰められている状況だというのに、意外と冷静な部分ではこのボケ三人に対してツッコミが自分だけというのはあまりにも酷である。などと考えられる余裕がある事に驚いた。

「とにかく、さっさと決めようって。もうこの際だから公平にジャンケンな」

「望む所っすッ!」

「不確実な確率に懸けるなど愚かな極み。しかし、このままでは埒(らち)が明きませんしね。仕方ありません」

「シャルはジャンケンじゃ負けないっすよッ!」

「そのような不確実かつ非科学的な事はありません。ジャンケンはグー、チョキ、パーのどれかの三通りです。二人の場合は三×三より九通りとなります。このうちAが勝つのは三通り、Bが勝つのは三通り、引き分けは三通りなので確率はそれぞれ三分の一となります。つまり、あなたが勝つ可能性は三分の一でしかありませんし、ボクが勝つ可能性もまた三分の――」

「ウニャアアアァァァッ!」

「……あぁ、ルフィール悪い。シャルルは単純だから難しい事わかんないんだ。その辺にしといてあげて」

「まったく、この程度の事も理解できないとは本当にお頭がかわいそうな方ですね」

 哀れむような目でシャルルを見つめるルフィール。何となくだが、彼女が周りから迫害されていたのは実はイビルアイだけじゃない気がしてきた。

 結局、自称ジャンケン百戦錬磨のシャルルが敗北。ルフィールは悠然とクリュウの下のベッドを占領した。シャルルはものすごく悔しそうではあったが、白黒ハッキリさせる性格の為に見苦しい行動はせず素直に負けを認めてもう一つのベッドの上段を占領。必然的にクードが下段となった。

 こうして、ものすごく無駄な労力を浪費して寝床が決定。四人は持って来た荷物をそれぞれのベッド周りを中心に置き始めた。

 私物というのは性格が出る。クリュウ、クード、ルフィールの上位成績優秀者は本がそれぞれの簡易本棚にズラリと並べられ、私物は少なめ。一方チーム内で唯一上位成績優秀者ではないシャルルは本は教科書くらいで適当に置かれ、私物満載。ルフィールは早速そんなシャルルを非難し、シャルルも激しく応戦。またもケンカが勃発した。

「……もう、好きにして」

 クリュウは諦めたようにため息を吐くと、ベッド周りの整理を続ける。

 ギャーギャーとわめくシャルルとクール過ぎる態度で真っ向から対峙するルフィール。そんな二人のケンカをニコニコとおもしろそうに見詰めるクードと、第77小隊はずいぶんと個性的というか滅茶苦茶なメンバーが揃っている。

 クリュウはチーム結成三日で、自分の人選ミスを多少なりとも後悔するのであった。

 

 その夜、あらかた部屋の片付けを終えた四人は夕食作りをしていた。

 台所に入って料理をするのはクリュウ。このメンバーの中で最も料理の腕がいい為に選ばれたのだ。ちなみにクードはほとんど料理の経験はなし、シャルルに関しては料理をした経験は全くなしという状態。ルフィールは参考書を見ながらなら常人並みに作れるのだが、〇.一グラム単位でこだわる、まさに教科書通りな作り方しかできない為、時間がものすごく掛かる。しかしメンバーの中ではクリュウの次に料理に適している為、クリュウの助手として台所に入っている。

「塩貸して」

「何グラムですか?」

「いや、ビンごと頂戴よ」

 クリュウは苦笑しながらルフィールから塩を受け取ると、目分量でフライパンの中に加える。それを見てルフィールは不機嫌そうに眉をひそめた。

「そのような適当な分量でよろしいのですか?」

「え? うん。だいたいこれくらいだよ」

「だいたい、ですか? ずいぶんと信憑性のない適当な発言ですね」

「そ、そんな事言ったって。ほら、胡椒(こしょう)少々とか言うじゃないか」

「そうなんですよね。教科書にも少々って書かれていますが、キッチリとグラム単位で書いてもらわないと困ります。だいたい少々ってどれくらいのものなんですか」

「少々は、少々だよ」

「説明になっていません。まったく、料理というのは何とも適当なものなんですね」

「いや、適当というか。そこら辺は経験で何とかしないとね」

 真面目過ぎる故に滅茶苦茶頭が固いルフィールの発言に苦笑しながらも、クリュウは手際良くフライパンの中にすでに切った食材や調味料を加えていく。ちなみに食材を切ったのはルフィールなのだが、その手にはしっかりと定規が握られている。一ミリ単位でしっかりと全て切り分ける彼女。もはや真面目というレベルではなく、単に融通がきかないという感じだ。

「兄者ッ! 次はこれを持って行けばいいんすよね?」

 先程から台所の中の食器棚で食器を選別していたシャルルがクリュウに問うてきた。クリュウは一瞬一瞥して「それでお願い」と指示。シャルルは「うっすッ!!」と嬉しそうに食器を持って台所から出て行こうとする。すると、クルリと振り返りムスッとしているルフィールに一言。

「細か過ぎる奴は嫌われるっすよ」

「大雑把過ぎるあなただけには言われたくはありません」

 ルフィールは容赦なく反撃したが、実際問題先程から役に立っているのはどちらかと言えばシャルルの方だ。さっきからああやって何往復もして皿を持ち運び、その前にはクリュウの指示でテーブル拭きや花瓶に花を挿すなどをしている。一方のルフィールはさっきから定規を駆使して全ての食材を均等に切っていただけだ。

 シャルルは自分の方がクリュウの役に立っていると自負しているのか、ルフィールの発言に怒る事もなく余裕の表情で台所を出て行った。すると、

「ボクも、ちゃんと役に立っていますよね?」

 クイッとクリュウの服の裾を引っ張ると、ルフィールは不安げなイビルアイで彼を見上げた。先程までの超がつくほどの真面目っぷりはどこへやら。今は普通のか弱い女の子といった感じだ。

「ちゃんと役に立ってるから。そんな目しないでよ」

「し、しかし……」

 そう言いながらルフィールはスッとクリュウに近寄ると、ピトッとクリュウにくっ付いた。少しだけ体重を掛けて寄り掛かって来るルフィールに、クリュウは小さく苦笑した。

「る、ルフィール。危ないよ」

「ちょっとだけですから」

 スリスリとすり寄って甘えて来るルフィールに、クリュウは若干頬を赤らめながら小さく苦笑した。

 この三日間でわかった事。それは――ルフィールには二つの顔があるという事だ。いつもはものすごく真面目で優等生っぽい感じの彼女だが、クリュウと二人っきりになるとこうして普通の女の子のような一面を見せる。典型的なツンデレであった。

「シャルルやクードが今のルフィールを見たらどう思うかな?」

「だ、ダメです。これは先輩だけのボクなんですから……」

 恥ずかしそうに頬を赤らめながら言うルフィールに、クリュウも小さく苦笑しながらフライパンを返す。

 いつもこれくらい素直だったらシャルルとも仲良くなれるのになぁと内心思いつつも、なかなかそうもいかないものだ。どうやらルフィールはこちらの顔を自分以外には見せたくないらしい。なぜなのか訊いたら、ルフィールは唇を尖らせながら「デリカシー。この言葉の意味がわかりますか? 先輩」と睨んで来たので、それ以降深い追求はしていない。

「それにしても、先輩は本当に料理がお上手ですね」

「うーん、まぁ両親共に僕が小さい頃に死んじゃったからね。それからは自分の事は自分でしないといけなかったし。幼なじみが料理人を目指してたから、散々叩き込まれてさ。それでね」

「ご両親、お亡くなりになっていたんですか?」

「うん。父さんはハンターだったんだけど、古龍と戦って殉職。母さんは主婦だったけど元々はハンターで、ある嵐の日に村の子供を森に探しに行って、そこでモンスターと戦って殉職したんだ」

「そう、ですか……」

 クリュウの言葉に、ルフィールはうつむいた。そんな彼女を見てクリュウはしまったと内心後悔した。暗い話をするつもりは全然なかったのだが、結果的にそうなってしまった。気まずい雰囲気が流れる。

「あ、あのさルフィール。別に僕は――」

「――でも、ご両親の思い出があるだけ、先輩は恵まれていると思います」

「え?」

 焼き終えた料理を皿に盛りながら、クリュウは彼女を見た。すると、ルフィールは悲しそうな表情でじっと自分を見詰めていた。イビルアイが、微かに濡れて光り輝いている。

「――ボクは、教会出身なんです」

「教会?」

 ルフィールの言葉に、クリュウは思わずフライパンを落としそうになった。それだけ、彼女の言葉は衝撃だったのだ。

 教会出身、それはつまり両親が死んでしまったり両親に見捨てられた孤児という事。そういう子供達を集めて世の中に旅立たせる役目を負っているのが、教会だ。

「じゃあ、ルフィールの両親は……」

「ボクは、赤ん坊の頃に教会に捨てられていたそうです。きっと、両親はボクのイビルアイを恐れたのでしょうね」

「そんな……」

 生んでくれた両親に捨てられる。そんな状況など考えた事もなかったし、想像もできないほどの衝撃であった。

 どう声を掛けていいか困り果てるクリュウを見て、ルフィールは「そんなに困った顔しないでくださいよぉ」と小さく笑った。その笑顔からは過酷な出生に対する悲しみなどは一切感じられなかった。

「別に教会出身だからって不幸という訳じゃありません。むしろボクにとっては幸せでした。人里離れた森の中という環境のおかげで、ボクの目を怖がったり不快に思う人はいませんでした。教会にいた頃は、ボクにとっては一番幸せだった時間です。やがて独り立ちして教会を出ました。ハンターを目指してこの街に来てから、ボクは自分の瞳の異常さに気づいたんです」

「そっか……」

「このイビルアイでいじめられる度に、何度もここを出て教会へ戻ろうと考えました。しかし、結局決心は着かずにそのまま時は流れ、今はこうして先輩の隣にいる訳です。ボクは、初めて逃げ出さなくて良かったと思いました――だって、こうして先輩の傍にいられるんですから」

 そう言って、ルフィールは幸せそうにはにかんだ。そんな彼女の笑顔を見て、クリュウは小さく笑みを浮かべた。

 ルフィールは本当に強い子だ。普通、これだけ自分を傷つける悪条件が揃えば絶望しても仕方がないはず。しかし彼女は夢を追い続け、どんな苦境にも一人で立ち向かって来た。そして、今ここにいる事を本当に心から喜んでいる。

「そっか。そう言ってもらえると、誘った甲斐があったよ」

「先輩には感謝してもし切れません。ボクは先輩と出会えた事、心から神に感謝します」

「そこまで言われると、さすがに照れるな」

「照れる先輩というのもぜひに興味があります」

「こいつ」

 ルフィールは楽しそうに笑うと、ギュッとクリュウの腕にしがみ付いた。その仕草はまるで大好きな兄に甘える妹の様。クリュウも何となく仲間であると同時に、彼女を妹のように感じていた。

 クリュウがそっと頭を撫でると、ルフィールは嬉しそうに微笑み、さらにギュッと彼の腕にしがみ付き――

「兄者ぁッ! 次は何を持って行くっすかぁ?」

 台所にシャルルが入って来る直前、逸早くその気配を感じ取ったルフィールはクリュウを突然突き飛ばすと先程までのかわいらしい少女の顔をすぐさまいつものクールな顔に切り替えた。

「先輩。料理ができたならさっさと持って行って夕食にしましょう。ここにいつまでもいるのは時間の無駄です」

 あまりに見事な切り替えっぷりについて行けないクリュウはポカンとしている。そんな彼を一瞥し、ルフィールはできあがった料理を持って台所を出て行った。そんな彼女の背中に、シャルルはあかんべーをする。

「何なんすかあいつは。料理を作ってくれてる兄者に失礼じゃないっすか」

「……あぁ、まぁいいけどね」

「良くないっすよッ! ここはビシッと言うべきっすッ!」

「いいからいいから。ほら、これで最後だからさ。早く夕食にしちゃおうよ」

 クリュウの言葉にシャルルはまだ納得していないようだったが、渋々といった具合にうなずいて残った料理を持った。すると、後ろから続くクリュウに振り返った。

「何?」

「兄者はルフィールに対して甘くないっすか?」

「そんな事ないって。ほら、さっさと行くぞ」

「う、うっす」

 クリュウの返事に不満は残しつつも、素直に彼の指示に従うシャルル。意外にも根が真面目なシャルルに続きながら、クリュウはリビングに向かった。

 リビングの中央にあるテーブルにはすでに料理が並んでいる。片手に料理を持ちながらもう片方の手で食器を並べているクード。見た目がかっこいいだけにこうして見るとウエイターに見えてしまう。ルフィールもそれを手伝っているようだが、やはりというか並べるに関しても結構細かい。

「ほら、もういいからみんな座って」

 クリュウがそう言うと、皆素直に従って一斉に椅子に座った。クリュウもまた自分の席であるシャルルの隣に腰掛けた。クリュウの下段ベッドをルフィールに占領されたシャルルに対する交換条件として、彼女の席はクリュウの隣にされているのだ。ルフィールとしては至極納得できないものであったが、理屈自体は通っているので素直に従っていた。

 テーブルに並ぶどれもおいしそうな料理を見詰め、シャルルは目を輝かせる。

「さっすが先輩っすッ! どれもすごくうまそうっすねッ!」

「見た目だけじゃなくて、クリュウの料理ならどれも美味ですよ」

「そんな事ないって。お世辞はいいから早く食べようよ」

「お世辞ではないんですけどね」

「またまた〜」

「……とか言いながら、すごく嬉しそうですね先輩」

「そ、そうかな?」

 ジト目で睨んでくるルフィールの視線に小さく苦笑しながらスルーするクリュウ。そんな彼を見ながら、クードは楽しそうにニコニコと笑っている。

「な、何だよその笑顔は」

「いえいえ。お気になさらず」

「気にせずにいられるかッ!」

 クリュウのツッコミに対してもクードはその涼しい笑顔を崩さない。さらに本当に楽しそうな雰囲気を纏う彼を見ていると、だんだんと怒る気も失せてしまう。すごいスキルの持ち主だ。

「とにかく、さっさと食べてよ。後片付けや皿洗いもあるんだからさ」

 クリュウがそう言うと、三人も納得したようにうなずいた。そして、やっとの思いで全員で『いただきます』と食事が開始された。

「さっすが兄者っすッ! どれもめっちゃおいしいっすよッ」

 そう言って本当においしそうに頬張る彼女の姿を見ていると、作った甲斐があったと心から思える。だがやはりと言うか、シャルルは肉料理ばかりにフォークを突撃させている。だがこれも予想の範囲内だ。

「シャルル。ちゃんと野菜も食べなさい」

「うえぇ〜?」

 クリュウがサラダを突き出すと、シャルルは明らかに嫌そうな顔をした。だが、ここで引く訳にはいかない。一応チームの料理担当を任されているからには、チームメイトの栄養バランスも考えなくてはいけない。

「シャルは別に野菜なんて食べなくても大丈夫っす」

「ダメだ」

「あ、あれっすよ。肉食動物は体内でビタミンなんちゃらとか野菜の栄養を作れるらしいっすよ?」

「君は人間でしょ? 人間はちゃんと野菜も肉もバランスよく食べないとダメなの」

「しゃ、シャルは大丈夫っすよ。今までだってかなり健康だったっすよ?」

「今までは運が良かっただけだ。文句を言わずに食べなさい」

「い、嫌っすぅッ!」

 フォークとナイフを構えて徹底抗戦しようとするシャルルと、サラダを有無を言わせずに彼女に突き出すクリュウ。それを見て楽しそうにニコニコと笑っているクード。そんな三人を見て、これが三人のいつもの日常なのだぁと納得するルフィール。きっと、三人は自分と出会う以前からこんな事を繰り返していたのだろう。

 ――少しだけ、疎外感を感じてしまった。

 決して三人にはそんなつもりはないのだろうが、人間とは不思議な事に環境によってポジティブにもネガティブにも考え方が変わるもの。どうしても今までの経験から、自分はネガティブな方に考えてしまうらしい。

「とにかく、野菜は食べなさい。ルフィール、君からも何とか言ってくれ」

 そんな風に考えていると、突然クリュウはルフィールに話題を振った。あまりにも突然の事に驚くルフィールだったが、すぐにそのかしこい頭をフル回転させて彼の期待に応えようとがんばってみた。

「野菜食べないと――死にますよ?」

『……』

 ――がんばり過ぎて、どうやらかなり発想が飛んでしまったらしい。この間にはちゃんと肉ばかり食べると体調を崩すし病気になりやすいなどちゃんとした過程があるのだが、かなりすっ飛ばしてしまった。

「し、死ぬっすかッ!? た、食べるっすッ! シャルはまだ死にたくないっすッ!」

 だが、単純な性格のシャルルにはかなりの威力を発揮したらしく、シャルルは真っ青になって慌ててサラダを食べ始めた。そんな彼女の反応を見てクードは声を上げて楽しそうに笑っている。

「いやはや、これはおもしろいですねぇ」

「いや、まぁ結果はどうあれサラダを食べてくれているならいいんだけどね」

 ものすごい勢いでおかわりを繰り返しながらサラダを食べまくるシャルルを見ながら、クリュウは小さく苦笑した。そして、決定的な一打を入れてくれたルフィールに振り返ると、優しげな笑みを浮かべる。

「ありがとう。何はともあれ助かったよ」

「べ、別に先輩の為じゃありませんからね。ボクはただうるさいのが嫌だっただけです」

「それでもいいよ」

 クリュウは絶えず嬉しそうな笑みを浮かべ続ける。それを見て、ルフィールはツンとそっぽを向くが、その頬は赤らんだまま。照れ隠しの為に頬張ったオンプウオのムニエルは、口では言わないが本当においしかった。

 

「うぅ……気持ち悪いっす……吐きそうっす……」

「気持ち悪くなるまで食う奴があるかッ! ルフィール水を頂戴ッ!」

 その後、一人でほぼ全員分のサラダを食べたシャルルはダウン。クードはもう必死に笑いを堪えているらしく目に涙を浮かべながら先程からうずくまって何度も床を叩いている。そんなチームメイト達を見て、ルフィールは冷静にこのチームの今後に不安を感じるのであった。

 

 その夜、消灯時間を過ぎた部屋は一切の照明が消され、薄暗く部屋を照らすのは窓から入り込む月明かりだけ。すでにクリュウ達は全員各々のベッドに入っている。

 月明かりに薄っすらと照らされる各々のベッドでは、それぞれが自身の寝やすい体勢で横になっている。

 シャルルは掛け布団を蹴っ飛ばしてだらしない格好で爆睡中。クードは横向きで小さな寝息を立てている。ルフィールは布団を頭まで被っている。そして、クリュウは仰向けになりながら天井を見上げていた。

 明日は早速狩猟学の授業が入っている。しかし、正直このメンバーで行うのには多少なりとも不安があった。

 まずはシャルルとルフィールの関係だ。何かにつけて対立するこの二人が狩場でもケンカを勃発させたら話にならない。ある意味、このチームの要は二人の協調性かもしれない。

 他にも学校で訓練の為に戦うであろう大部分の小型モンスターは機動力があり、大概群れで襲って来る。この場合機動力が劣りある程度の間合いを必要とするヘビィボウガンのクードと、一撃が重い分連続攻撃に向かないハンマーのシャルルは不利となる。その為、この場合基本的に動き回るのは機動力に優れた片手剣の自分と弓のルフィールとなる。

 その他にもトラップなどを置いたりしてチームを常に支援し、確実にチームの作戦の中心にいるのは万能武器片手剣の自分だ。しかも自分は一応名義上とはいえチームのリーダーだ。この第77小隊は自分を中心に動く事になる。

 考え始めたらキリがない。どんどんどんどん頭の中では明日の授業の事でいっぱいだ。明日は実際に狩場に出る訳ではないが、演習場には行く可能性がある。作戦を考えておいた方がいいのは当然だ。

 そんな事を考えているとすっかり眠気なんて吹っ飛んでしまい、何もない天井を見上げながら様々な戦法を考えるという時間が永遠と続く。

 月明かりに照らされながらクリュウがそんな事を考えていると、誰かがハシゴを上ってくるのを気配で感じた。

「誰?」

 その声に、ひょこッと顔を出した少女はビクッと震えた。外されたメガネの奥にあったその特徴的な左右非対称色の瞳は、怯えたように震えている。

「る、ルフィール?」

「まだ、起きていらっしゃったのですね」

 驚くクリュウが体を起こすと、ルフィールは「失礼します」と言ってベッドの中に入って来た。月明かりに薄っすらと照らされる彼女は昼間とはまた違った輝きを見せる。左の金眼と右の碧眼が、美しく輝く。その腕には彼女の枕がしっかりを握られていた。

「ど、どうしたの? こんな夜中に」

 クリュウが当然のようにそう問うと、ルフィールはなぜか小さく微笑んだ。そして、突然彼の横に自分の枕を置くと、ころんと寝転がった。

「る、ルフィール?」

「先輩……お隣、よろしいでしょうか?」

「えぇッ!?」

 再び驚くクリュウの横で、ルフィールは掛け布団を自分にも引き寄せて完全にここで寝る気満々だ。クリュウはそんな彼女の行動に頬を赤らめて戸惑う。

「ちょっと待ってッ。君のベッドは下でしょ? なのに何でここで寝る事になるのさ」

 あまりにも突拍子もない展開にすっかり困惑しているクリュウ。そんな彼の問い掛けに、ルフィールは頬を赤らめながら布団を手繰り寄せてその赤みを隠すように顔の半分を隠した。何ともかわいらしい行動だ。

「……一緒に、寝たいからです」

「一緒にって、どうしてまた……」

「ずっと、誰かと一緒に寝たかったから……」

「え?」

 ルフィールはそう言って、クリュウの寝巻の裾をちょこんと掴んだ。月明かりの下でも彼女のイビルアイはその異彩な輝きを失わずに光り輝く。

「教会では、みんなと一緒に寝ていました。しかし、こちらに来てからはこのイビルアイのせいで誰も近寄ってくれず、いつも一人で寝ていました。それが、すごく心細かった……。しかし、先輩は違った。ボクのイビルアイを含めてボクを認めてくれた。だから、そんなあなたなら、一緒に寝てもらえるかなぁって思って……」

 上目遣いでそう訴えてくるルフィール。怯えているのか、濡れた瞳が月の光を浴びてキラキラと輝き、その威力を何十倍にも高める。その断りづらい瞳の輝きに、クリュウは困ったように頬を掻いた。

「いや、気持ちはわからなくもないけど……。教会では女子同士だったんでしょ?」

「はい」

「じゃあ少しは疑問を持とうよ。僕は男子で君は女子。一緒に寝るのは色々と問題があるでしょ」

「問題とは?」

「いや、それはまぁ何というか……」

 どう答えるべきか迷うクリュウは困ったように頬を掻いて視線を右往左往させる。そんな彼を見て、ルフィールも彼の言いたい事に気づいたらしい。するとルフィールは気にした様子もなく微笑んだ。

「大丈夫です。先輩が女子に対して校内でも一、二を争うクラスに人畜無害な存在だという事は全女子の間での共通意識ですから。誰も先輩がそのような間違いを犯すなんて思っていませんよ」

「……いや、それは嬉しいけど。何だか釈然としない気が……」

「――それとも、先輩は一夜の間違いを犯すような方なのですか?」

 そう言って、ルフィールはジト目になるとススス……とクリュウから遠ざかった。ある意味これは一番傷つく。

「そんな事しないって」

「では、何ら問題はないかと」

「いや、だからね……」

「往生際が悪いですよ先輩。ここは諦めて一緒に寝ましょう」

「それ、絶対君が言うセリフじゃないよね?」

 と言いながらも、嬉しそうに布団に潜り込む彼女を見ていると拒否できなかった。彼女が今まで辛い思いをしていた事は出会ってから今まで色々と知った。だからこそ、彼女に対してなかなか強く言えないでいた。

「今日だけだからね」

 そう言ってクリュウ自身も横になった。もちろん向かい合う事はなく彼女に背を向けてだが。すると、ルフィールは嬉しそうに無邪気な笑みを浮かべると、そんな彼の背中に抱きついた。驚くのはもちろんクリュウの方だ。

「ちょッ、ルフィール……ッ」

「――これで夜ももう、寂しくないです」

 クリュウの完敗であった。

 ここまで言われてしまえば、もう彼女を突き放すような事は言えない。元来の優し過ぎる性格が仇となってしまった訳だ。

 仕方なくクリュウは抵抗せずにそのまま横になった。背中に彼女の温もりを感じながら、何とも言えない気恥ずかしさを覚える。

 やがて、背中から彼女の小さな寝息を感じると、クリュウもやっとの思いで眠りについたのであった。


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