モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

90 / 251
第87話 前途多難な始まり 仲間集め奮闘記

 大陸一の大都市、城塞都市ドンドルマ。北、東、西の三方を山に囲まれた天然の要塞とも言うべき位置に建つこの都市は、大陸の繁栄の根源であり象徴でもある。残る南側には巨大な城壁と迎撃区画が設けられ、大砲、バリスタ、撃竜槍などの対モンスター兵器が備えられており、もちろんモンスターとハンターが対峙できるだけの平野も城壁の前にあるので、通常の狩りも行う事はできる。

 ドンドルマにモンスターが来るとすればこの南側に限定される。陸からは山に阻まれ、空からは上空に強力な突風が常に吹いているので、陸も空も南側のみしか通行は不可能。その為に都市評議会やハンターズギルド本部都市防衛対策委員会、ドンドルマ自衛騎士団なども南側防衛を基本に迎撃戦略や避難手順を構築している。

 守るべき場所が一ヶ所に限定される為に装備は充実し、これまでこの都市はモンスターの攻撃を市内に受けた事はない。古龍でさえ、多くの犠牲を出しながらも市内に到達させた事はない実績を持つ、まさに大陸一安全にして最大の城塞都市、それがドンドルマだ。

 そんなドンドルマは経済の街とも商業の街とも貿易の街とも言われるが、最も多く浸透しているのはおそらくハンターの街というイメージだろう。城塞都市という戦う街というイメージと大陸最大の街という事もあって、ドンドルマには例年大勢のハンターがやって来て、駐留している。その数は一〇〇とも五〇〇とも。中には一〇〇〇とも言われているが、実際の人数は不明。何せこのドンドルマを拠点に各地へ狩りに向かうハンターは大勢いるので、実際の人数を把握するのは不可能に近いのだ。

 街には大陸全体に情報網を敷いているハンターズギルドの総本山、ハンターズギルド中央総本部、通称ギルド本部が置かれており、他にもハンターの為の武具店や道具店、鍛冶場や宿なども備えられており、まさに街全体がハンターの為に作られた街。人々はそれらと常に接しながら、恒久的な平和な日々を送っている。

 そんな都市の東端に、その施設はあった。

 大陸全土に多くの優秀なハンターを送り出し、英雄クラスのハンターほとんどがここの卒業生と言われる大陸一のハンター養成施設、ドンドルマハンター養成訓練学校。大陸中から優秀なハンターの卵が集まる、未来のハンターを目指す若者達(若者と言っても、現役の人に比べたらという意味なので、必ずしも若い者達とは限らない)の学び舎だ。

 ここでは軍隊のような規則正しい生活を強いられ、中には体罰もあるので例年入学者も多いが退学者も多い場所。学校の周りは人間では越えられないような壁で囲まれ、もし梯子などで登ったとしても鉄条網がその行く手を塞ぐ徹底振り。各所には監視塔も置かれ、二四時間態勢で脱獄者を見張っている。

 日々の苦しい訓練に耐えられずに逃げ出す者ややめる者も多い。しかし、実戦ではこれくらいの苦労や困難を越えられないような者にハンターは務まらない。厳しいかもしれないが、これも生徒達の為を想っての配慮だ。

 そんな恐ろしい壁や監視塔に囲まれた校舎は、意外にもデザインの良い施設になっている。中央監視塔や伝書バト小屋などのある塔も相まってまるで城のような形になっている。ここで、基本総勢五〇〇人のハンターの卵達が日夜厳しい訓練や学業を学んでいるのだ。

 ハンター養成学校は大きく分けて三つの区画がある。一つは最も大きな区画で生徒が学業や構内訓練を行う学校区画。一つは全寮制なので男女別の個室もしくは相部屋、またはチームを組んだ場合は共同生活の為の隊部屋などが備えられた学寮区画。残る一つは中央教官室、教官それぞれの個室兼寮が備えられた教官区画。他にも様々な区画があるが、大きく分けるとこんなものだ。

 そんな三区画のうち、学寮区内の一室に、彼はいた。

 狭い訳ではないが広くもない一室。二段ベッドが一つ置かれ、そのうちの上段に寝転がりながら教科書を読んでいる若葉色の髪と瞳が特徴の希望に溢れた少年――クリュウ・ルナリーフ第6学年訓練生。

 本来、ハンターになる場合は平均して六年程度の在学期間が必要となる。だが中には短期間で卒業技量を身に付ける者もいれば六年以上の年月を要する者もいる。その為養成学校は実力で第1から第6までの学年を振り分け、最終的に最終学年である第6学年の卒業試験を合格して、晴れてハンターとなれる実力主義が基本となっている。卒業の際に交付されるギルドカードには《ルーキー》の称号が送られる。

 実力診断テスト、または学年振り分けテストは半年に一回行われ、そこで留年や及第が決まる。通常は前期試験では不合格となり、後期試験で合格して学年を上げるので一学年一年の時間が必要となる。しかし中には前期試験で合格して学年を上げる者もおり、最短で三年で卒業する事ができる。

 しかし、半年で学年を上げるのには相当な努力が必要とされ、それらの者はほぼ確実に上位成績優秀者、全学年を通して校内成績上位十名の中に入る。逆に、この制度のせいで落第や留年も起こりやすいので、訓練の厳しさも加わって毎年ここを去る者も多い。

 そんな中、クリュウは日頃の努力もあって安定した高成績を挙げ続け、現在は第6学年に位置している。在学期間はまだ四年も経っていないのでかなりのペースだ。しかも彼は何とかギリギリで校内順位が第10位。つまり、上位成績優秀者に選ばれたのだ。

 上位成績優秀者には特別単位も与えられ、より卒業が近くなる。まぁ、この時期になると単位不足で慌てる生徒というのも必ず現れるのが恒例だ。

 すでにクリュウは必要単位数は全て取得し終え、現在は第6学年の必須単位のみを受けている。現在は空き時間という訳だ。

 今彼が読んでいるのはモンスター学の教科書で、発見されている全モンスターが飛竜種、鳥竜種、牙獣種などに種族別に分類して書かれており、それぞれの弱点部位や弱点属性、生態や攻撃方法などが大量に書かれている。モンスター学は全学年に必須単位としてあり、現在彼はモンスター学6を受けている。6まで来ると覚える事が多いので大変だ。特に地理学と呼ばれる地形を知り、どんな素材が採取できるかや戦闘の場合での有効的な立ち回りなどを学科や、調合学という文字通り調合に関する学科など、基本的にハンターの学科は暗記科目が多いので、第6学年ともなると覚えるだけで精一杯な事が多い。

 まぁ、ハンターは結局実力社会なので、学科と訓練はだいたい四対六、もしくは三対七なので学業を疎かにする生徒も多い。学科に関しては合格ラインが低いので、最低限の勉強だけでだいたい合格は可能。しかし、その場合はもちろん優秀な成績での卒業は無理だ。

 クリュウの場合は根が真面目なのでしっかりと勉強をしている。おかげで上位成績優秀者にもなれた訳だ。もちろん、成績が訓練も含まれるので、そっちでも彼は優秀な成績を出している。

 ちなみに、この世界の識字率はそれほど高くはないので、訓練学校に入るとまず最初に文字の読み書きができる者はそのまま第1学年に回り、できない者は初等学年という文字の読み書き専門の講座を受ける事が義務である。その為、文字の勉強だけする為に入る生徒も少なくない。もちろんクリュウは村で村長が片手間でやる寺子屋に通っていたので文字の読み書きはできていたので初等学年を素通りしたが。

 そんな具合に、順調に卒業までの道のりを構築しているクリュウは、今も熱心に勉強をしている。教科書には所々線が引かれていたり補足事項を書き込んでいたりと、かなり使い込まれているのがわかる。

「リオレウスとリオレイアそれぞれの希少種は、切断の場合は弱点が頭ではなく翼に変わる……って、そんな化け物と戦う事なんてないって」

 発見個体数が火竜の中で最も少なく、未だに謎の多い金火竜及び銀火竜の詳細が書かれたページに苦笑するクリュウ。不確かな情報も錯綜(さくそう)するこの世の中、教科書だって信用できない事もある。この弱点変化にどれだけの信憑性があるかは、定かではない。

 だが、一つだけ言える事がある――それは、自分ではそんな幻級のモンスターとは戦わないだろうという事。彼はここを卒業しても自分の故郷の村へ帰るつもりでいた。いくら辺境だとはいえこれらのモンスターはまず現れないだろう。特にこの二頭に関しては《塔》と呼ばれるG級ハンターでないと立ち入りが禁止されている狩場にしか基本的に現れないらしい。自分とは全く接点などないだろう。

 そんな事を考えながら教科書を読んでいると、部屋のドアが開く音が聞こえた。体を起こしてベッドから見下ろすと、一人の少年が入って来た。

 茶色の髪に端正な顔立ち、スラッとした長身という美男子という言葉や美少年という言葉が似合うその少年はベッドの上のクリュウと視線が合うと、ニッコリと爽やかな笑みを浮かべた。

「相変わらず勉強がお好きですね」

「そんな事ないよ。ただ単に悪い成績を取りたくないってだけだよ」

「いえいえ、その姿勢そのものが偉いですよ。私の周りであなたのようにマジメに勉強をしている者はそうはいませんからね」

「それを言うならクードなんて校内3位じゃないか」

「あれはまぐれですよ」

 ニコニコといつもと変わらない笑みを浮かべる彼を見ながら、クリュウは心の中で断言した。彼の実力は本当にすごい。学業だけでなく、技能においても自分よりずっと優秀な成績を出している。

 彼の名前はクード・ランカスター。上位成績優秀者、それも校内3位という実力の持ち主だ。しかも彼は校内でもかなりの人気者――と言っても、女子陣営のみであり男子陣営からはむしろ嫌われている事も少なくない。その理由はもちろん、彼のこの美しく整った美形にある。その甘いマスクや甘い笑顔、甘い声。そしてさらに元来の謙虚な物腰が加速させ、彼は女子達からアイドルのような扱いを受けており、ファンクラブもあるとか。

 逆に男子からは女子の人気を独占し、いつも愛想笑いしている彼を嫌ったり敵視する者は多い。元々ハンターになるような連中だ。血気盛んで短気、ケンカっ早い連中が多いので、クードみたいなタイプは嫌われやすいのだろう。

 女子には囲まれるも男子からは遠ざかられるクードの前に現れたのが、彼を嫌う連中とは対極に位置するとも言っていいタイプのクリュウであった。クードの方が二つ年上だが、同学年であった彼は他の男子とは違い彼にも普通に接していた。そのうち、二人は親友のような関係になった。

 さらに第6学年に同時及第した二人は名前が近い事と双方共に上位成績優秀者だという事もあって同室になった。

 以来、いつも共に行動する事が多く、女子からは女顔のクリュウと美形のクードが出来ているという噂が一時期流れたが、クリュウ自身女子からは結構評価されていたおかげで長続きはしなかった。

 この学校では第1学年は基礎授業としてソロの場合が多いが、第2学年以上ではチームを組む事になる。第5学年の時はクードと他二人の女子でクリュウはチームを編成した。

 ちなみに、生徒は全員第1学年の時に自分に合った武器を決めている。クリュウは片手剣で、クードはヘビィボウガンだ。

 クードは持っていた荷物を自分の机に置くと、二段ベッドの梯子を上って教科書を読んでいるクリュウを覗き込んだ。

「な、何?」

「いえいえ。クリュウの勉強する姿、なかなか絵になると思いまして」

「そ、そうかな?」

「はい。とてもかわいらしいですよ」

「……そういう事を平気で言うから、今でも女子の一部に疑われるって自覚持とうよ」

「これは失礼」

 ニコニコとしながらそう言って下に下りた彼を見て、クリュウは絶対にわかっていないと内心断言してため息した。いい奴なのだが、天然と言うか不思議な奴というか、いつも愛想笑いを浮かべているので腹の中の知れない男だ。まぁ、それでもいい奴には変わりないのでこうして親友という関係を持っているのだが。

「そういえばクリュウ。君は明日からのチーム決めをどう思っていますか?」

 突然話し掛けられたクリュウはベッドから下を見る。クードは珍しく真剣そうな顔で書類の一枚を見詰めていた。

「どう思うって、別に何も」

「誰か組みたい人はいるのですか?」

 明日から一週間、校内は生徒達で騒がしくなる。その理由はチーム決め期間だからだ。この学校では初等基礎を行う第1学年を除き学年関係なく四人チームを選び、半年間そのチームで全学年共通教科である狩猟学、つまりハンターとしての実技科目を行う。

 このチーム決めには事前にチーム申請をする必要がある。その期間が一週間であり、明日からその期間が始まるのだ。

 クリュウはうーんと考え込むと、小さく苦笑しながら返した。

「いや、僕は別に誰と組むとは決めてないよ」

「そうですか。では今回も私と組みませんか? 残る二人は明日から決めましょう」

「いいよ。僕もクードの方が組みやすいしね」

「恐れ入ります」

 そう言って互いを見合うと、どちらからとなく二人に笑みが浮かんだ。第5学年での一年間、二人は他二名を加えたチームを組んでいた。。第6学年でチームが変わっても、二人は互いを支え合うと最初から決めていたのだ。

 容姿も性格も違えど、二人の絆は固く結ばれているのだ。

「ところでクリュウ。この問題はわかりますか? どうも僕は道具学が苦手なようで」

「それだったら一緒に勉強しようよ。僕も地理学でわからない所があるからさ」

 そう言って、二人は部屋の中央に置かれたテーブルに座り、互いに教え合いながら勉強を開始した。途中、クードを慕う後輩の女子数人が訪ねて来て、その子達を含めて勉強会へと発展したのであった。

 

 翌日、早速朝から校内各所でチームの呼び込みや掲示板への掲示が始まっていた。二人も早速仲間を決めようとしたが、呼び込みをする奴というのは自分がリーダー、隊長になりたい奴が大半だ。そういう奴とはあまりいいチームはできないもので、呼び込む者達の周りには人はあまり集まっていない。

 普通はこのように通路などでお互いにチームを組み、リーダーなどはお互いの事を理解してから決める。このやり方が一番安全で効果的という事で、チーム決めの王道となっている。

 他にも掲示板に掲示してとにかくチームを組みたいという者もいる。

 狩猟学は学年関係なく本番の狩猟の為の模擬訓練。実際に狩場に出る事もある危険な科目だ。何度もやる事に意義がある。同学年と組むチーム重視の者や、後輩とわざと組んで後輩達に教える者もいるし、逆に先輩と組んで自分を磨く者もいる。チーム決めとは、それら様々な思惑が入り乱れる重要な行事なのだ。

「しかし、なかなか集まらないね」

「女子は女子と組む傾向がありますからね。数人誘ってみましたけど、ダメでした」

 そう言って肩をすかすクード。確かに彼なら女子を誘う事もできるが、女子は通常女子と組む場合が多い。男を警戒しているのだ。さすがのクードも、狩場という逃げ場のない空間となると女子からも警戒はされるらしい。それでも去年は一緒に組んでくれた女子がいたのだが。

「でもどうする? このままじゃまずいよね」

「そうですねぇ。初日の間にある程度決めておかないと、期間は一週間あるとはいえ、後半ではほとんどの方がチームを決めているでしょうし」

「とにかく、急いで仲間を探そう」

「そうですね」

 クリュウとクードは手分けして仲間探しに奔走する事となった。クリュウは知り合いに手当たり次第に訊いたが、すでにチームを組んでいる者が数多く、仲間にはなかなかなってくれなかった。

 すでに男子の知り合いはほとんど聞き終えた。残るは女子だが、もちろん女子は仲間になってくれないだろう。創立以来男女混合のチームができた事はほとんどないという事はこの学校の歴史が示している。去年はその例外を見事に生み出したのだが。

 しかし、もはや手段を選んでいられなかった。クリュウは女子の知り合いにも徹底的に訊き回ったが、やはり仲間は得られなかった。

 困り果ててため息を吐きながらとぼとぼと通路を歩くクリュウ。このまま仲間が見つからないのではと今日の捜索を諦めかけた、その時、

「兄者ぁ〜ッ!」

 その声に振り返ると、一人の少女がこちらに向かって走って来る。オレンジ色の髪を赤色のリボンでツインテールに結んだかわいらしい髪形にクリッとした瞳がかわいらしい健康的な小麦色に焼けた肌をした小柄な少女。それはクリュウの知り合いの一人だった。

「あれ? どうしたのそんなに慌てて」

 少女はクリュウの前まで走って来ると、肩を激しく上下させてハァハァと荒い呼吸を繰り返しながら息を整える。ある程度息が整うと、少女はクリュウを上目遣いで見上げた。

「兄者、チームメイトは見つかったんすか?」

「いや、それが全然見つからなくてね。困ってた所だよ」

 クリュウがため息を吐きながら返答すると、少女はパァッと笑顔を咲かせた。グッと両手を胸の前で握り締めると、クリュウを見上げながら嬉しそうに口を開く。

「それじゃ、シャルと組んでほしいっすッ!」

「え? ほ、ほんとッ!?」

 驚くクリュウに、少女はブンブンと首を縦に振った。

「本当っすよッ! シャルは今年こそは兄者と組みたかったんすからッ!」

「それは嬉しいけど、でもいいの? 他の女子と組まなくて」

 そう訊くと、少女は自信満々にあまり成長していない胸を突き出してドンと拳を叩き付け――見事にむせた。

「大丈夫か?」

「だ、大丈夫っす」

 何とか咳が治まると、再び胸を突き出して拳を胸に打ちつけた。さすがに今回はコツンというくらいの勢いに弱まっているが。

「シャルは女ばかりの狩りは嫌っすッ! シャルは男の人が命を懸けて戦うような臨場感溢れる狩りの方がいいっすッ! だから、シャルは兄者と組むっすッ!」

 少女の言葉にクリュウは彼女らしいなぁと内心微笑みながら、彼女のその言葉に嬉しそうにうなずいた。

「ありがとう。あ、もうクードと組んでるけど、大丈夫?」

「問題ないっすッ! ランカスター先輩ともうまくやるっすッ!」

「そっか。じゃあよろしくねシャルル」

「うっすッ!」

 嬉しそうにうなずきながら、少女――シャルル・ルクレールは満面の笑みを浮かべた。

 

 クードにシャルルが合流した事を話した翌日、残る一人を探す為に三人は仲間探しを開始した。クリュウとシャルル、クードの二チームに分かれての捜索だ。

「残る一人、絶対に見つけてやるっすッ!」

 自信満々に拳を握るシャルルを見る。そのクリッとした瞳は、まるで汚れを知らないかのように純粋な光に包まれている。

 シャルルは現在は第5学年に位置するクリュウの一つ年下の後輩だ。クリュウが第5学年の時に当時第4学年だったシャルルと後輩指導という事でコンビを組んだ事があり、それ以来の親交を持つ。

 優しく丁寧に様々な事を教えてくれたクリュウの事を、彼女はいつの間にか《兄者》と呼ぶようになり、彼を尊敬している。

 語尾に《〜っす》と付けたり一人称が《シャル》など独特な言葉遣いをしており、見ての通り真っ直ぐでさっぱりとした性格をしている。人一倍努力をする努力家でもある。男勝りな所もあり、男女問わずに人気がある。ただし、少し熱血過ぎる所があるせいか、トラブルも多いという欠点も持つ。

 武器はその小柄な体格には合わないような重量感溢れる武器、ハンマーを扱う。しかしその小柄な体格を生かしての機動力と、その細腕からは信じられないような怪力でハンマーを自在に振り回すなど、技能ではかなり優秀な成績を持つ。しかし、勉強嫌いな為にいつも学科試験は危険な地位にいるので、プラスマイナスで凡な生徒だ。

「それで、兄者は残る一人に目星はあるんすか?」

「いや、それが全然」

「ま、マジっすかッ!? けど、シャルの知り合いはもうみんなチームを組み終えてるっすよ?」

「そうなんだよねぇ。早く見つけないと本当に見つからなくなっちゃうし」

 困ったように頬を掻くクリュウを見て、シャルルはグッと両拳を握り締めた。

「シャルもがんばって仲間を見つけるっすッ!」

「ありがとうシャルル」

 クリュウが笑顔で礼を言うと、シャルルは頬を赤らめて「お礼なんていらないっすよ」と言って笑みを浮かべた。本当にいい後輩を持ったと心から思える。

「そんじゃ、片っ端からアタックするっすよぉッ!」

「あぁ、がんばってくれるのは嬉しいけど、シャルルは暴走する事があるから程々にね」

「わかってるっすよッ! さっさと仲間を見つけるっすよッ!」

「あははは、本当にわかってるのかな……」

 若干空回りしやすいシャルルが暴走しないように注意しながら、クリュウとシャルルは仲間集めを開始した。しかし、シャルルの男女問わずの仲の良さを使ってもなかなか仲間は見つからず、結局その日は仲間は見つからなかった。

 

 次の日も探したが、見つからない。その次の日も、その次の日も。そうこうしている間に、チームメイトが見つからないまま最終日を迎えてしまった。

 ロビーの椅子に腰掛けてうな垂れるクリュウ。隣ではシャルルもしょんぼりとうつむいてしまっている。そんな二人に、食堂で買って来たジュースを手渡すクード。その顔はいつもの笑顔は消え、申し訳なさそうな表情に染まっている。

「すみません。僕が足を引っ張ってしまって……」

「別にクードのせいじゃないよ。気にしないで」

「そうっすよ。ランカスター先輩のせいじゃないっすよ」

 とは言うものの、実際問題チームメイトが見つからない大きな原因はクードにある。彼は男子から嫌われている傾向にあるので、男子で仲間を見つけるのが難しい。かと言って女子は女子で組むのでこちらも難しい。シャルルがいてもなかなかうまくいかない。こういう状態のまま、三人は最終日を迎えてしまったのだ。

「今からでも遅くはありません。僕と組むのをやめましょうか?」

 クードの言葉に、クリュウは「僕は絶対に嫌だからね」と言って拒否した。ここで親友を見捨てるような事、彼には出来ないししたくもない。シャルルも「ランカスター先輩を見捨てる事なんかできないっすッ!」と力強く断言した。

「その気持ちは嬉しいですが、現実問題としてチームメイトが見つからないのでは仕方ありません。とにかく、今日中にチームメイトが見つからないと本当に危ないですよ」

「そうだね。もうこうなったら徹底的に走り回るしかないね」

「体力になら自信あるっすよッ!」

「では、最後までがんばりましょう」

 クードは優しく微笑むと、シャルルと共に早速ロビーを出て行った。二人はロビーの出口で二手に分かれた。一人残されたクリュウもジュースを飲み干してから再び仲間探しに奔走した。

 しかし、一週間も探していたのに早々見つかる訳もなく、探し始めてから三時間が経過したが、クリュウは仲間を見つけられずにいた。すでに大半の生徒がチームを組み終えて申請を済ませているという状況もまた彼に不利的条件を突きつけていた。

 散々走り回って疲れてしまったクリュウは再びロビーに戻って椅子に腰掛けて息を整える。そして、天井を仰いだ。

「はぁ……、本当にマズイなぁ……」

 期限までに四人見つけないと、集まった人数で授業をしなければならない。しかし授業は四人編成を基本で組まれているので、四人以下となるとかなり厳しい事になる。マジメに授業を受けているクリュウとしては、なるべく避けたい所だ。

「どうしようかなぁ……」

 クリュウが本気で悩んでいると、突如ロビーの喧騒が止んだ。何事かと思ってロビーの出入り口を見ると、一人の少女が入って来た所だった。紺色の柔らかな髪をザザミ結びという髪型にした細メガネを掛けた美少女。周りの者達はその子を遠巻きに見つめ、ひそひそと話したり彼女を指差したりし、好奇の目線で彼女を迎える。

 少女はそれらの視線を無視してスタスタとロビーに入ると、売店でジュースを購入して空いている席に腰掛けた。周りの者達は相変わらず彼女を好奇や、まるで化け物を見る目で見詰めている。

 一方、クリュウはその少女に見覚えがあった。確か、上位成績優秀者のほとんどが第6学年という中、唯一他学年で、それも首席を勝ち取った子だ。

 いつの間にか、クリュウもまた彼女を好奇の目で見ていた。すると、スッと少女がこちらを見てきた。その瞬間、二人の視線が重なった。そして、見てしまった……

 ――メガネの奥の、左右の色が違う、災厄の瞳を。

「……ッ!?」

 クリュウは慌てて視線を外した。少女は気にした様子もなくジュースを飲んでいる。そんな彼女をクリュウはそっと盗み見た。

 左目は金色、右目は碧色。左右で色の違う瞳をした少女。

 なぜ生徒達は一切彼女に近寄らず、遠巻きで好奇な目や嫌悪の目で見ているのか。首席の子は近寄りがたいという事を差し引いても異常だ。その理由は、彼女の瞳にある。

 大陸には多くの伝説が広まっている。その中の一つに左右の瞳の色が違う美しい容姿をした女性の話がある。その女性は悪魔で、その美貌で多くの王族や貴族を虜(とりこ)にし、やがて世界を破滅へと導くという伝説――邪眼姫(イビルアイ)。

 その伝説から取って、左右の瞳の色が違う者を人々はイビルアイと呼び、嫌悪の対象となっている――と、以前何かの本で読んだ事があった。

 再びそっと陰から見ると、イビルアイの少女に近づく男達がいた。

「おいイビルアイ」

 先頭に立つ男の声に少女は一度だけ目を向けたが、すぐに無視した。そんな彼女の態度が気に入らなかったのだろう。男は顔を真っ赤にして少女の腕を掴んだ。

「なめたマネしてんじゃねぇぞ悪魔ッ!」

 ざわざわと周りが騒ぎ始めるが、誰も少女を助けようとはしなかった。無駄な争いに巻き込まれたくないし、イビルアイの少女をかばったなんて知れたら自分も好奇の目で見られるだろう。そんな危険、誰も冒さない。

「放してください」

 少女は感情の籠もっていない声でそう言った。だが、もちろんそんな事で男が手を放すはずもない。隣に立つ男二人が彼女の顔を覗き込む。

「ハッ、本当にこいつ目の色が違うぜ。これが悪魔の瞳って奴か」

「どれどれ? うわッ! 本当にイビルアイだぜこいつッ! 気をつけろ、石にされるぞッ」

 ゲラゲラと下品な笑い声を上げる男達。少女は腕を掴まれたまま「放してください」と小さく呟くだけで抵抗はしなかった。まるで、抵抗するだけ無駄と思っているかのようだ。

 か弱い少女が男三人に絡まれているというのに、周りの生徒達は一切彼女を助けようとはしなかった。誰も自ら争いに巻き込まれたくはないし、イビルアイの少女をかばったら周りから何と思われるか怖がっているのだ。それほどまでに、イビルアイとは異形の存在なのだ。

 人間は自分の窺知(きち)しがたい存在からは距離を置くもの。その領域には決して踏み込む事はない。それが一番安全だとわかっているからだ。

 感情の籠もっていない、人形のように無表情の少女は男達から視線を外した。その瞬間、再びクリュウと目が合った。色の違う瞳、それ以上にその瞳には希望の光なんて存在せず、暗く濁っていた。

 少女が諦めたように視線を下げると同時に、クリュウは立ち上がっていた。周りからどう思われたっていい。でも、これ以上見てはいられなかった。

「やめてください。彼女嫌がってるじゃないですか」

 クリュウは少女の腕を掴む男の太い腕を掴んだ。少女は驚いたような表情を浮かべてクリュウを見詰める。そんな彼女を一瞥し、クリュウは自分の体格の倍はある男達と対峙した。

「何だよ。テメェ、イビルアイの味方をすんのかよ」

「バカじゃねぇのかこいつ」

「ガキはすっこんでろ」

 男達は水を差されてクリュウをつまらなそうに見る。だが、クリュウはそんな彼らの視線を真っ向から真剣に睨み返した。

「イビルアイとか、そんな事関係ありませんよ。女の子に男三人で絡む方が見過ごせません。そんな事して恥ずかしくないんですか?」

 その瞬間、クリュウを見詰めていた少女の肩がピクッと動いた。

 一方、自分達より年下の小柄な子供にバカにされた男達はこめかみに青筋を浮かべてクリュウを睨む。少女の腕を掴んでいた男はその手を離すと、今度はクリュウの肩を力強く握った。肩が潰されるのではないかという激痛に耐え、クリュウは睨み続ける。

「ガキが調子のってんじゃねぇぞッ!」

 空いている手で男はクリュウ頭を掴むと、思いっ切り地面に叩き付けた。突然の事に悲鳴も上げられずに床に顔面を強打したクリュウは意識が飛びそうになった。

 男はグイッとクリュウの頭を掴んで持ち上げた。たった一撃でクリュウは戦闘不能に陥った。体をブランと垂れらしてもはや抵抗もできないクリュウ。今度は地面に投げ捨てられ、痛みに悶えていると次々に男達の蹴りが炸裂した。

 男三人がよってたかって少年に暴行を加える光景は、ケンカが毎日のように起こるこの学内においても危険と判断される状況。周りの生徒達もざわめき始めた。

「やめてくださいッ!」

 腹を蹴られて激しく咳き込むクリュウをかばうように、突如少女が立ち塞がった。

「何だよ悪魔。そこをどけよ」

 少女は何も言わず、ただ無言で睨み続ける――左右の目の色が違う、邪眼(イビルアイ)で。

 少女の生意気な態度に激怒し、男は巨大な拳を思いっ切り振り上げた。

「何をしているか貴様らッ!」

 その怒号に、男達は振り返って顔色を真っ青に染めた。

 ロビーに入って来て怒鳴り声を上げたのは一人の男。教官は実力を示す為に常に防具を身に着ける事が規則となっている。校内で防具を身に纏っている時点で、それは教官となる。

 屈強とまではいかないが鍛えられた肉体にその実力を示すかのような銀色の鱗や甲殻に包まれたリオレウス希少種、通称銀リオレウスの素材をふんだんに使ったシルバーソルシリーズを身に着けた男の名はフリード・ビスマルク。すでに今はハンターを引退しているが、かつては英雄クラスのハンターだったほどの実力者。身に着けているシルバーソルシリーズがその証だ。現在はこのドンドルマハンター養成訓練学校の第6学年を担当する教官。その今も衰えを知らない肉体は彼が有事の際は召集される予備ハンターである為に日々鍛錬を続けている成果だ。

 その火竜をもぶちのめす実力と曲がった事を決して許さない性格から、荒くれ者達からは恐れられる武闘派の教官だ。

 フリードは男達を睨みながら、床に倒れて咳き込んでいる自分の生徒を一瞥し、再び男達を睨みつけた。

「折檻室(せっかんしつ)まで来てもらおうか」

 折檻室、それは校内で唯一暴力が許可されている教官が、思う存分に生徒をいたぶる場所。その名を聞いた瞬間、男達は慌てて逃げ出した。が、

「教育がなってないようだなぁッ!」

 フリードは鉄の拳を握り締めて床をダンッと蹴ると、一瞬にして男三人の逃げる背中に拳を叩き付けた。その一撃で、男達は一斉に転倒しそのまま気絶。周りの生徒達はフリードの鮮やかな動きに驚き、その拳の破壊力に恐怖する。

 そこへ遅れて他の教官達もやって来た。フリードは彼らに倒れている男達を折檻室に連れて行くよう指示すると、立ち上がろうとするクリュウに歩み寄った。

「立てるか?」

「は、はい」

 クリュウは何とか立ち上がると、助けてくれたフリードに礼を言って頭を下げた。フリードは運ばれていく男達を一瞥。

「まさか、君が争い事の中央にいるとはな。何があったんだ?」

 フリードの問いに、クリュウは一瞬だけ隣に立つ少女を見た。フリードはその視線を追って少女を見て、納得したようにうなずく。

「なるほどな。お前らしいといえばお前らしいが、無茶はするものではないと今までも言って来たはずだが」

「す、すみません」

「まぁいい。俺はこれからあのバカどもに軽く教育して来る。見た限りでは問題はなさそうだが、万が一体調を悪くしたら医務室に行くんだぞ」

「わかりました」

 そう言って、フリードは男達を運ぶ他の教官達を追ってロビーを出て行った。騒ぎが収まったロビーにはいつもの賑やかさが戻った。生徒達はクリュウと少女を好奇な目で見るものの、先程の騒ぎもあって誰も関わろうとしない。

「怪我はない?」

 起き上がったクリュウは無言で自分を見詰めている少女に小さく笑みを浮かべながら問い掛けた。まぁ、問い掛けている方がボロボロなのは仕方がない。

 少女は何も言わずに一度小さく頭を下げると、踵を返してロビーから出て行った。小さくなっていく彼女の背中に、何となく彼女の事が気になってクリュウも慌てて彼女を追い掛けてロビーを出て行った。

 周りの者達はそんな二人を珍しそうに見詰めていたが、二人の姿が消えるといつもと変わらない日常を取り戻すのであった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。