家に戻ったクリュウは早速チェーンシリーズを着てみた。
「すごい。動きやすいや」
驚くクリュウ。それもそのはず。着心地がまるで違うのだ。初めてこの防具を使っていた頃のように動きやすい。整備しただけでこれほど差があるものなのだろうか。
「これならランポスに囲まれても大丈夫かな?」
あまりにも弱々しい発言だが、これが彼の限界である。普通初心者のハンターは自分の実力を過大評価して失敗する事が多いのだが、元来の謙虚な性格なクリュウはむしろ自分を過小評価するのでそういう失敗はまるでなかった。
正直言ってクリュウのようなタイプがこの世界では生き残れるのだ。自分の実力を過信している奴ほど無茶な戦いをして逆にモンスターに返り討ちになってしまうのが多数だからだ。
自分の限界を知っているからこそ無茶をせずに戦える。それがこの厳しい世界で生き残る術である。
ハンターに必要なのは技術はもちろんだが、こうした心構えと経験も必要である。それらを兼ね備えてこそ、真のハンターである――と、師匠がいつも言ってたっけ。
師匠や訓練仲間達との日々を思い出し小さく笑う。
「さて、今日も張り切って村の為に仕事をするかな」
そんな大それた事を言っても、結局今日もランポス狩りだ。ちょっと情けないなぁとは自分でも思うが、それが彼の限界であるし依頼もそれくらいしかない。。
必要な装備を持ってクリュウは家を出た。
腰に下げている道具袋(ポーチ)の中には今日使う色々な道具が入っている。と言ってもほとんどは使わずに終わってしまう。師匠からの教えで常に準備万端で戦っているので、その装備は依頼に対して重武装なのだ。ちなみに彼の座右(ざゆう)の銘(めい)は《備えあれば憂いなし》だ。
だが回復薬やこんがり肉に砥石は普通だが、肉焼きセットと生肉を多少。薬草とアオキノコをわざわざ持参して向こうで調合して回復薬を作る用意も整え、他には大型モンスターと突如遭遇する事も考えて閃光玉まで用意している。ここまで来ると用意周到のレベルをはるかに超えている。
だがしかし、これだけ用意しているからこそどんな事態にも対応できるのだ。
「でも、ちょっと重いよなぁ」
クリュウは苦笑いした。
普通ならそんなに重くないが、ハンターは軽快な動きが要求される。特に機動力を重視する片手剣ともなればそれはなおさら必須である。それが少しでも阻害されるのは危険を伴う。
目先の小さな勝利を優先するか、いつ起きるかわからない大きな脅威への用意をするか。そのどちらを優先するかはその人次第だ。
クリュウはその低姿勢な性格から後者を選んでいる。いかにも彼らしい選択である。
そんな装備をしながらクリュウは酒場に向かう。ハンターが依頼を受けるのは基本的に酒場というのが定石である。それはこんな小さな村でも同じ事だ。
酒場には朝食を食べに来ている村人が数人いた。みんなクリュウを見ると「おはよう」とか「朝早いね」とか「今日も狩りかい? がんばってね」、「無理するなよ」等々声を掛けてくれる。クリュウはそれらに笑顔であいさつするとカウンターでサラダの盛り付けをしていたエレナに声掛ける。
「おはようエレナ。朝早いね」
「あ、クリュウおはよう。今日も狩りに行くの?」
「うん。アシュアさんに防具の整備や新しい武器を作ってもらったから試したくてね」
「へぇ、アシュアさんに手入れしてもらったのね」
「うん。もっとこまめに来いって怒られちゃったよ」
「それはあんたが悪いんでしょ?」
呆れ笑いするエレナはカウンターの下から一枚の紙を取り出す。それは依頼書であった。
「今日もどうせランポスでしょ? ランポスの討伐依頼なら今日もまた来てるわよ」
エレナから受け取った依頼書にクリュウは毛筆でサインする。だが、サインしながらクリュウはその異変に首を傾げる。
「おかしいな、やっぱり依頼は減らないね」
そう言うと、エレナはキョロキョロと辺りを見回し周りに人がいない事を確認するとそっとクリュウに耳打ちした。
「昨日あんたからそれを聞いて気になったんで村長に訊いたんだけど、どうもランポスの大群がセレス密林にいるみたいなのよ」
「大群? どれくらいの規模?」
「うーん、よくわかんないけど、一〇〇匹近いって話よ?」
「ほんと?」
驚くクリュウに「どうも本当らしいのよ」とエレナはため息する。
「今までに三〇匹くらい狩ってるけど、まだその倍以上いるって事?」
「そうなるわね」
一〇〇匹ものランポスが一斉に行動している事はたぶんないだろう。小さな群れが徐々に集まってそれだけの規模になったのだろうが。だが、もしもそれが一つの群れだったら……
クリュウは複雑そうな顔で考え込む。そんないつになく真剣な彼の表情にエレナが不思議そうに声を掛ける。
「どうしたの?」
「ねぇ、密林で目撃されてるモンスターってランポスとかだけ?」
「そうね。あとはモスとブルファンゴ、ランゴスタくらい。あ、海岸ではヤオザミが何匹か目撃されてるくらいね」
エレナの返答にクリュウは安堵したような笑みを浮かべる。
「そう、なら大丈夫だね」
「大丈夫って何が?」
「ううん。気にしないで――はいこれ」
クリュウから依頼書を受け取ると、エレナは「確かに」と言ってそれをしまうと盛り付け終わったサラダを持ってカウンターを出る。
「じゃあがんばって。あまり無理はしないでよね」
「うん。エレナもがんばって」
エレナと別れたクリュウは酒場を出ると村の出入り口に向かう。
「お、今日も仕事かい? がんばりなよ」
「はい。行ってきます」
いつもあいさつしてくれる門番の人にあいさつをして、クリュウはいつものように村を出てセレス密林に向かって歩き出した。