モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第75話 月下流麗 差し伸べられる手への想い

『かんぱぁいッ!』

 テーブルの上でカチャンッときれいな音を立ててぶつかり合う四つのグラスやジョッキ。中にはなみなみと注がれたワインやビール、ジュースなどが入っておりぶつかった衝撃でその飛沫が飛び散った。

 シルフィードはジョッキになみなみと注がれたビールをグイッと一気に半分ほどまで飲み干す。シュワシュワとした炭酸とほど良い苦みが疲れを癒してくれる大人の味だ。

「プハァッ、……やはり勝利の後の酒はうまいな」

「そうですねぇ」

「……(コクリ)」

「僕だけジュースだけどね」

 ビールを豪快に飲むシルフィード、白ワインをおいしそうに飲むフィーリア、一見しただけではわからないが小さく微笑みながら赤ワインを飲むサクラ、残念ながら酒が苦手な為にオレンジジュースを飲むクリュウ。飲み物一つを取ってもこうもバラバラになるチームというのも珍しい。

 リオレウス討伐を終えてリフェル森丘を発(た)ち、長旅の末に一行はやっとの思いでドンドルマに帰還。一度荷物を置いたり数日ぶりのお風呂に入ったりなどをしてからギルド受付のあるこの酒場に向かい受付に報告をして報酬をもらい、そのままこうして打ち上げをしている所だ。

 討伐した証としてモンスターの素材――今回は火竜の鱗――を一枚提出して簡単な書類を書いて報酬を受け取るのがギルド流。書類には支給専用アイテムの残存数、狩場の状況などをわかる限りで書く。手間な作業だがこれが自分達の後からその狩場を使うハンター達の為の情報になるのだ。小さな村とは違うギルドだからこそのやり方だ。

 クリュウは報酬を受け取る際に自分が医療アイルーを使ったのだから報酬は受け取らないと言い出したが、フィーリアとサクラが強く反対して無理やりな形で報酬を押し付けられた。そしてそのお金を使って打ち上げ中という訳だ。

 ちなみに席順はクリュウとシルフィード、フィーリアとサクラに分かれてテーブルを挟む形で座っている。最初、フィーリアとサクラがクリュウの隣を巡って一触即発な状態になった為、クリュウは怖くなって空いているシルフィードの隣に腰を落ち着けた訳だ。

 余談だが、クリュウの対面に二人して座る事になった二人は、今度はクリュウの正面を巡って一触即発。クリュウが慌ててジャンケンで決めてと提案し、フィーリアが彼の対面を勝ち取った訳だ。その時のサクラはすさまじく不機嫌そうだった。

「クリュウ様、どうぞこれをお食べくださいッ」

 フィーリアは早速攻勢に出る。狩場では散々サクラに先手を打たれてクリュウにいい所を見せられなかった。その遅れを取り戻す為にもここは正念場だ。

「え? あ、ありがとう」

 クリュウはなぜか必死になっているフィーリアの迫力にちょっと引きながらも、ありがたく彼女の料理をもらう。今回のリオレウス討伐でクリュウの注文できる料理のレベルも上がったのだが、やっぱりまだまだフィーリア達の方が上である。

「……うん。やっぱりこっちの方がおいしいね」

「遠慮なさらずにもっと食べてくださいッ」

「い、いや自分の料理あるし」

 ちなみにクリュウが食べているのはガブリブロースステーキ。猛牛バターとギルド伝統の秘密のタレを使った値段も手頃でボリュームもある料理だ。手頃と言ってもランポスに苦戦していた頃と比べればかなり高いのだが、今の彼の収入から考えれば普通ぐらいだ。技術だけでなく金銭面でも成長したクリュウであった。

「……これあげる」

 そう言ってクリュウにサラダの盛り合わせを分けてくれたのはサクラ。この瞬間、クリュウには見えない位置でフィーリアとサクラが睨み合う。

「ありがとう……って、きゅうりがある……」

「……好き嫌いはダメ」

「うぅ、わかったよ」

 きゅうりがあまり好きではないクリュウに有無を言わせずに食べさせるサクラ。フィーリアは目の前でいきなり自分の知らないクリュウの弱点をサクラに突かれ、悔しそうに彼女を睨む。共に過ごした時間の差がこうもハッキリと現れるとは……

 ちなみに、最近肉料理が多くなって来た彼の栄養バランスを考えてサラダを渡したというサクラの思いやりは誰も気づいていない。

 そんな対面に座る二人の恋する乙女にすっかり振り回されているクリュウを一瞥し、シルフィードは無言でビールを飲む。ちなみに彼女が食べているのは黄金魚の幻獣チーズとシモフリトマトソース和えムニエルだ。フィーリア達よりもさらに上のクラスの料理。もちろん値段も破格だ。

「それにしてもシルフィードさんの料理すごいですね」

 クリュウは以前ドンドルマで黄金魚を釣り上げるという依頼を受けた事があった。その際に釣り上げた黄金魚はものすごく高価な値段で取引され、驚かされた記憶がある。その魚を使った料理なのだ、気になるのも当然と言えよう。

「食べるか?」

「え? いえ僕はそういう意味で言った訳じゃなくて……ッ」

「構わんぞ。食事は皆で楽しんだ方が美味だ」

 そう言ってシルフィードは小皿に簡単に盛り付けるとスッと彼に渡す。

「あ、ありがとうございます」

 パァッと満面の笑みを浮かべて小皿を受け取るクリュウ。その邪心のない純粋な笑顔につい三人は不意打ち気味にドキリとする。元々比較的女顔なクリュウの笑顔は破壊力抜群だ。

 フィーリアとサクラは顔を真っ赤にさせて彼を見詰め、シルフィードは鼓動の早くなる心臓に困惑するばかり。そんな三人の心中など全く理解していないクリュウは嬉しそうに笑みを浮かべながらムニエルを口にする。

「お、おいしいですこれッ!」

 口に入れた瞬間、言葉にはできないようなおいしさが口の中いっぱいに広がる。このうまさを口で説明するのはきっと不可能だろう。絶品の品というものはその味に相応しい言葉など存在しないからだ。

「そ、そうか。それは良かった」

 満面の笑みを浮かべて嬉しそうにムニエルを食べるクリュウを見て、シルフィードの口元に小さな笑みが浮かぶ。こんなに喜ばれるのであれば、ちょっと奮発していつもは頼まないような高級料理を頼んだ甲斐があったものだ。

「あ、あのぉ……」

 おずおずと手を上げてこちらをじーっと見詰めて来るフィーリア。何故か捨てられた子犬を想わせるようなその潤んだ瞳。その視線を追うと――手元にある黄金魚のムニエル。

「好きにしろ」

 シルフィードの素っ気ない言葉にフィーリアは一瞬瞳をパチクリとさせた後、彼女の言葉の意味を察してパァッと笑みを浮かべる。世の中の男達が一瞬で悶絶するようなかわいさ爆発の笑顔だ。

「あ、ありがとうございますッ!」

 フィーリアは弾んだ声でお礼を言うと、少し少なめなくらいに小皿に盛る。早速とばかりにその絶品黄金魚のムニエルを食べてみる。その瞬間、フィーリアはとろけそうなくらいに幸せそうな笑みを浮かべた。

「お、おいしいですぅッ」

「それは重畳(ちょうじょう)。好きなだけ食べてくれ」

「い、いえこれで十分ですよ」

「そうか? クリュウはどうする?」

「え? あ、僕もこれで十分です。シルフィードさんの分が少なくなっちゃいますし」

「気にしなくてもいい。私はビールがあればそれで十分だ」

 大人びた雰囲気や容姿をしているだけあって、ビールを飲んでも違和感はなく、むしろかっこ良く見える。この黄金魚のムニエルだって、食事というよりは酒の肴に近い感覚で頼んだものだ。

 一口ムニエルを頬張り、そのおいしさに少しだけ口元を緩める。と、そんな彼女の前に突如視界の端からスッと小皿が出て来た。何事かと小皿を持つ白く細い手を追うと、

「サクラ?」

「……ほしい」

 何とも単刀直入な要求だ。今回の狩りで彼女の性格が結構わかったシルフィードは小さく苦笑しながら「好きなだけ持って行け」と返す。サクラはその返答に小さくうなずき――

「ちょっと待てサクラ。さすがに皿ごと持って行くのは勘弁してくれないか?」

 サクラは本当に好きなだけ――つまり皿ごと全部持って行こうとした。これにはさすがに苦笑を通り過ぎてちょっと笑顔も引きつる。まだほとんど手を付けていないだけに余計だ。

 一方のサクラはそんなシルフィードの言葉に無表情のまま感情の込もっていない声で、

「……好きなだけ持って行けと言ったのはあなた」

「いや、常識の範疇(はんちゅう)で勘弁してもらえないか?」

 わがまま、という訳ではない。ただクリュウやフィーリア以上にサクラは純粋なのだ。真っ直ぐ過ぎて、言葉の意味そのもので理解してしまう。実に彼女らしい天然ボケだ。

 シルフィードだってそこはわかっている。だが無自覚というものほど厄介なものはない。彼女をどう説得したものかとシルフィードが困っていると、

「さ、サクラッ! そんな無茶な事言わないのッ!」

 さすが彼女と付き合いの長いクリュウ。すぐさまサクラの天然暴走を止めに入る。

「ほらッ、僕の料理で良ければあげるからさ」

 そう言ってクリュウはまだ食べている途中のガブリブロースステーキを差し出す。黄金魚のムニエルとは比べ物にすらならない品だが、サクラは無言でそれを見詰め、コクリとうなずいた。

 シルフィードはそんな二人のやり取りを一瞥し、取り返した黄金魚のムニエルを一口食べる。と、

「このステーキも結構おいしいよ。ほら」

 天然少年クリュウ。何の違和感もなくカットしたステーキをサクラの口元まで運ぶ。サクラもいきなり目の前に差し出されたステーキに思わず口を開いてしまい、

 パクッ、モグモグモグ………

「ね? おいしいでしょ?」

 笑顔で言うクリュウの言葉に、ようやく自分が何をしたのかを理解してサクラは顔を真っ赤に染める。

「……あぅ、く、クリュウ……ッ?」

「うん? どうしたの――」

 ここでクリュウもようやく自分がした行為に気づいたのか、急に顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。サクラも掛ける言葉を失ってしまい沈黙。二人の間に淡い桃色の雰囲気が流れる。

「な、何でいつもサクラ様ばっかりぃ……ッ!」

 目の前でクリュウに料理を食べさせてもらったサクラを悔しそうに見詰めるフィーリア。その瞳は薄らと涙が浮かんでいる。

 シルフィードは突然目の前で恋人同士のような行為をした二人を見て固まっていた。

 一瞬にして会話が消えたテーブル。聞こえるのは周りで騒ぐ他のハンター達の喧騒だけ。気まずい雰囲気が彼らを包み込む。と、

「いやっほぉ〜ッ! みんな無事だったんだねぇ〜ッ!」

 いい意味で不謹慎なほど明るい声に四人は一斉に振り向く。するとそこに優しげな笑みを浮かべながら手を振って、ドンドルマ酒場の看板娘ことライザ・フリーシアが駆け寄って来た。

 ライザは四人のテーブルまでやって来るとその中のクリュウに向かってニコッと微笑む。その笑顔にクリュウはドキッとする。

「クリュウ君も無事だったんだねぇ」

「は、はい。何とか」

「……って事は、リオレウスには勝てたのね?」

「はい。かなり苦戦しましたが、何とか勝てました。シルフィードさん達のおかげです」

「そっかそっかぁ。クリュウ君もついにリオレウスを倒したのねぇ。それで宴会って訳かぁ」

 ライザは納得納得とばかりにうむうむと何度もうなずく。

 突然のライザの出現に驚くクリュウ達。だが幸いな事にライザの登場によって気まずかった雰囲気はすっかり消えていた。

 ニッコリと微笑むライザ。すると、ふと何かおもしろい事を思いついたように意味深な笑みを浮かべる。

「じゃあ私も混ぜてもらおっかなぁ」

「え? 別に構いませんが、仕事はいいんですか?」

「今日は非番よ。制服着てないんだから」

 そういえば、ライザはいつも着ているギルドの制服ではなく紺色の薄手のコートに薄水色のブイネック、紺色のショートパンツという私服姿だ。

「へぇ、ライザさんの私服姿なんて初めて見ましたよ」

「そうだっけ? うふふ、似合ってるぅ?」

「え? あ、はい。とってもお似合いです」

「ふふふ、ありがとうね」

 ライザは笑顔でウインクする。その威力は全く関係ない別のテーブルの野郎どもが嬉しさのあまり悶絶して気絶してしまうほど。その直撃を受けたクリュウもカァッと顔を真っ赤にさせてうつむいてしまう。ライザはそんなクリュウをおかしそうに笑いながら見詰める。

 一方、そんなクリュウを見ておもしろくないのはフィーリアとサクラ。ムスッとした表情でライザを睨む。二人のちょっと殺意が込もった視線に気づいたライザは小さく苦笑いする。

「もうフィーリアもサクラも。大丈夫よ、私は彼に手を出したりなんてしないから」

「ふえッ!? ち、違いますよぉッ!」

「……不潔」

 ライザの意味深な言葉にフィーリアとサクラは顔を真っ赤にさせてうつむく。そんな二人を見てライザはまるでお姉さんのような優しげな笑顔を浮かべると、二人の頭を撫で撫でする。

「まったくもぉ、いつまでも子供ねぇ」

「子供じゃないですよぉッ!」

「……発言を撤回して」

「なぁに一人前ぶっちゃって、あなた達はまだまだ世間知らずのお子ちゃまよ」

「むぅ……」

「……」

 ライザに髪をワシャワシャと掻き乱される二人だったが、抵抗はしなかった。ただ赤らめた頬を恥ずかしそうにうつむいて隠すだけ。全く逆とも言うべきタイプの二人だが、ライザという共通の友の前では不思議と似て見えてしまう。

 ライザは二人を十分かわいがった後、補助席を持って来てクリュウとフィーリアの横に腰掛ける。

「なかなかおいしそうな料理が並んでるわね。ふーん、クリュウ君もなかなかの物食べてるじゃない」

「あ、ありがとうございます」

 クリュウは少し照れながらステーキを一切れ食べる。

 ライザも給仕の女の子を呼んで軽くあいさつをしてから注文をする。いつも注文を受ける側の彼女が注文をする光景は結構新鮮だ。

「それにしても、今思うと蒼銀の烈風と呼ばれるあなたがクリュウ君達とよく組む気になったわね。今までずっと一人で戦い続けて来たのに、どういう心境の変化?」

 ライザは心底不思議そうな感じでシルフィードに問う。ずいぶん親しい相手への話し方だが、ライザはこの酒場の看板娘だしギルドの受付嬢だ。どこかでシルフィードと接点があってもおかしくはない。

「大した事じゃない。クリュウの強い想いに興味を持っただけだ」

「僕の、ですか?」

 首を傾げるクリュウを一瞥し、シルフィードはそれ以上何も言わずに無言のままビールを飲む。すると、そんな彼女を見てライザは目を丸くする。

「あら? あなたお酒はいつも一杯くらいしか飲まないんじゃなかったかしら?」

 ライザはすでに空になったジョッキを見て驚いたような顔をする。さすがギルド嬢、すさまじい観察力だ。これにはシルフィードも驚いたように目を大きく見開く。

「あ、あぁ。いつもは一杯くらいしか飲まんが――良く知ってるな」

「これでも私ギルド嬢だからね。お客さんの特徴を覚えるくらい朝飯前よ」

「……今は夕食」

「細かい事は気にしないの、サクラ」

 上機嫌なライザ。何かいい事でもあったのだろうか? そこへ彼女の注文した料理とお酒が運ばれて来る。ライザはご機嫌なままクイッとおいしそうにワインを飲む。

「ライザ様、今日はいつになくご機嫌ですね。何かあったんですか?」

 皆の疑問を代表してライザと最も親しいフィーリアが訊いてみる。さすがフィーリアだ。

 フィーリアの問いにライザはむふふと楽しそうな笑みを浮かべる。

「別に何もないわよぉ」

「ご冗談を。ライザ様今日はすごくご機嫌じゃないですか。何かあったんですよね?」

「まぁ、あったといえばあったし、なかったと言ったらうそになるわね」

「……あるんじゃん」

 サクラの冷静過ぎるツッコミに対してもライザは気にした様子もなく嬉しそうに笑みを浮かべる。

「実はね、今日は同僚の結婚式だったのよ」

「そうだったんですか。それはめでたいですね」

「そうなのよぉ。純白のウエディングドレス、私もいつか着てみたいわぁ」

 ライザはキラキラとした瞳で天を仰ぐ。夢見る乙女にとって結婚とウエディングドレスはまさに幸せキーワードなのだろう。

「結婚かぁ……」

「……ウエディングドレス」

 フィーリアとサクラは早速自分の結婚式やウエディングドレス姿を想像してみる。どんな想像をしているかは乙女の秘密だが、サクラは顔を真っ赤にしてニヤけてるし、フィーリアに至ってはよだれまで垂らしている始末。安易に想像できそうだ。ちなみに新郎の方はわざわざ言うまでもないだろう。

「ライザさんのウエディングドレス姿ですか。きっと似合うと思いますよ」

「うふふ、ありがとうクリュウ君」

「ライザ。君には彼氏というものはいるのか?」

 シルフィードはふと気がついたように問う。すると、ライザは肩をすくませる。

「ううん、残念だけどいないわね」

 ライザは心底残念そうに答え、ワインを一口飲む。刹那、美女美少女が四人も揃っているおかげで周りから注目されていたクリュウ達。ライザの恋人いない発言に一斉に野郎どもがガッツポーズ。共にいる女達は彼らを軽蔑したような眼差しで見詰めた。

「そうなのか? 君は美人だしてっきり彼氏持ちだと思っていたが」

「もう、おだてたって何も出ないわよ? まぁ、こういう仕事柄ラブレターや告白なんて散々受けてるけどね、私は恋愛には妥協する気はないから、これだと思う男がなかなかいないのよねぇ」

 そう言ってライザは小さくため息する。周りの野郎どもからも一斉にため息が漏れたが、これはきっと別の意味だろう。

「ライザ様の好みの男性というのは、どういうタイプなんですか?」

 フィーリアが気になったように問うと、ライザは「そうねぇ……」としばし天を仰ぎながら考え、ふとクリュウの方を見る。突然見られたクリュウは不思議そうに首を傾げた。

「そうねぇ、クリュウ君だったら彼氏にしてあげてもいいかな」

「ふえッ!?」

「なぁッ!?」

「……ッ!?」

 突然のライザの爆弾発言にクリュウは顔を真っ赤にして大慌てし、フィーリアとサクラは一斉にライザを睨み付ける。シルフィードはどうしたもんかとしばし傍観態勢に入った。

「ぼ、僕がですかッ!?」

「うん。クリュウ君かわいいし素直だし。結構好きよ?」

「あうぅ……あ、ありがとうございます……」

 ハンター達にとってはアイドルのような存在であるライザ。その美貌は折り紙つきだ。そんな彼女に笑い掛けられてしまえばどんな男も悶絶必須。クリュウも顔を真っ赤にして照れているのを隠すようにしてうつむいてしまう。

「あははは、照れちゃってかわいい〜」

 ライザは楽しそうに笑いながらクリュウの頭を撫で撫でする。

 もちろんライザはクリュウをからかっているのだ。確かに彼の事は好きな部類に入るが、それは例えを上げるなら弟に対するような《好き》であって、フィーリアやサクラとは違うものだ。シルフィードはちゃんとわかっているらしく、冗談をぶちかますライザを見て小さく苦笑している――だが、世の中には冗談が通じない者もいる訳であって……

「クリュウ様は渡しませんッ! ライザ様とはいえ、勝手な行動をされるなら容赦はしませんよッ!」

「……覚悟はできてるだろうな」

 血走った目でライザを睨むのはフィーリアとサクラ。全方位に放つ殺気は怒り狂うリオレウスを思わせるほど、かなり怖い。

 冗談が通じずに激昂する二人に、さすがのライザも笑顔が引きつり慌ててなだめ始める。

「ちょ、ちょっと待ってよ二人とも。冗談だからね冗談。ほ、本気になられても困るんだけど……」

「私は本気ですッ! この気持ちは一時の気の迷いなんかじゃありませんッ!」

「……私は子供の頃からずっと想い続けてる」

「意味が違うッ! 本気の意味の捉え方が違うわよッ!」

 お酒が入っているせいかいつになく攻撃的な二人に、ライザは戸惑いながらも二人の誤解を解こうと慌てて説明する。そんな三人を見てクリュウは小さく苦笑いする。

「――さて、じゃあ私は行くぞ」

 ガタンと隣で小さく音を立てて立ち上がったシルフィード。クリュウは驚いたように彼女を見詰める。

「行くって、どこにですか?」

「うん? 家だが」

「あ、じゃあ僕送って行きますよ」

 クリュウは残ったジュースを一気に飲み干して立ち上がる。そんな彼にシルフィードは驚いたように瞳を見開く。

「いや、すぐそこだが」

「夜に女の人を一人にさせちゃいけないって言いますから。色々と危ないですし」

「私がそういう輩(やから)に屈するとでも?」

「……たぶん大丈夫でしょうけど、念の為って事で――ちょっと、話したい事もありますし」

「私に話? 彼女達の前では言えないような事か?」

「いえ、そういう訳じゃないんですが……こんな状態じゃ二人で話した方がいいかなぁって」

 そう言ってクリュウは未だにライザと言い合う二人を見る。白熱する論争の最中、三人はグイグイとお酒を飲んでいる。これは長期戦になりそうだ。

「まぁ、確かにこの状態じゃ何を言っても無駄だろうな。わかった、ついて来い」

 シルフィードも納得したようにうなずくと、壁に立て掛けてあった煌剣リオレウスを背負って酒場を出る。クリュウもそれに続く。

 酒場の外へ出ると、そこは酒場の華やかさとは別世界の静かな世界。満天の星空に月が淡く照らし上げる街並みは幻想的な光景だ。

 ここは市民の行き来が賑やかな市場通りから離れた場所なので、眠らない街と言われるドンドルマであっても夜の静けさを放っている。

 シルフィードとクリュウはそんな誰もいない月明かりに照らされるだけの道を並んで歩く。

「きれいですね」

「何がだ?」

「星空ですよ。すっごくきれいですよ」

 キラキラした瞳で天を見上げるクリュウの視線を追って、シルフィードも星空を見上げる。

 普段は然程気にしない夜の空。だがこうして改めてじっくりと見てみると、その美しい輝きに心奪われる。

「確かに、きれいだな」

「イージス村の星空はもっときれいですよ」

「ほぉ、それはぜひ一度行ってみたいものだな」

「――来て、みませんか?」

「何?」

 クリュウの突然の申し出にシルフィードは驚いたように視線を下げて彼を見る。その瞬間、彼の真っ直ぐな瞳が自分をじっと見詰めている事に気づく。だがその瞳は少し不安げに揺れていた。

「行くというのは、旅の途中でという事か?」

「そ、そうじゃなくて、その……、僕達と……僕と組みませんか?」

 クリュウの言葉に、シルフィードは一瞬瞳を大きく見開いた。だがすぐにいつものクールな表情に戻る。

「組むというのは今回のような一時的なものではなく、これからずっと一緒にという意味か?」

「は、はい」

 その途端、今まで穏やかだった彼女の表情が硬くなる。それを見てクリュウはさらに不安そうに瞳を揺らす。

「あの、ダメですか……?」

「私は誰とも組まない。今までもこれからも変える気はない。今回のはただの気まぐれだ」

 それはうそである。本当は彼の言葉に揺れる自分がいる。でも彼女の中で決意という鎖がそんな彼女の気持ちを封じているのだ。その言葉はまるでそんな自分を押さえるように自分に言い聞かせているかのような言葉だ。

 断られる。そんな焦りからクリュウは慌てて彼女の手を握って必死に訴えた。

「ど、どうしてもダメですかッ?」

 ギュッと手を握り締めながら不安げに見詰めて来るクリュウにシルフィードは風で乱れた髪を整えながら少々困ったような表情を浮かべる。

「なぜ私なのだ? 君にはフィーリアとサクラという心強い仲間がすでにいるではないか。私が加わる必要性があるようには思えないが」

 彼女の言う通り、すでに自分にはフィーリアとサクラという心強い仲間がいる。今回の狩りでもその連携が確かなものだと改めて確認もできた。三人でこれからも狩りを続けて行く事は全然可能だ。だが、このチームには決定的に足りないものがある。それは――

「僕は、シルフィードさんのような隊長(リーダー)がずっとほしかったんです」

「リーダーだと?」

「はい。今僕らのチームは明確なリーダーが存在しません。書類上は僕がリーダーになっていますけど、実際は二人が僕に合わせて戦っているんです。そもそも上級ハンターである二人をランクの低い僕が指揮する事自体が間違ってるんですよ。僕にはそんな指揮能力ありませんし」

「そんな事はないと思うが……」

 シルフィードはあまり強くは言わなかったが、内心はそんな事はないと思っていた。確かに未熟な部分は多々あるが、今回の彼の動きを見る限り比較的このチームでは一番指揮能力があるように見える。フィーリアとサクラがクリュウをリーダーに立てたのはあながち間違っていないのだ。

 だが、クリュウは力なく首を横に振る。

「そんな事ありませんよ。いつも僕のせいで二人には迷惑を掛けてしまってばかりで……」

「それは君の思い込みだ。二人は本当に君を信頼している。迷惑だなんて思ってはいないさ」

「でも、いつも危険な目に遭わせているのは事実ですよ……」

「クリュウ……」

 自分を責めてどんどんと小さくなっていくクリュウを見て、シルフィードは何だかいたたまれない気持ちになって来る。

「だから、今後の為にもシルフィードさんのような頼れるリーダーが必要なんです」

「いや、私は一匹狼だぞ? 一番指揮とは無縁の存在だが」

「そんな事ないですよ。今回の狩り、僕は何度もシルフィードさんの指示に助けられましたし、すごく心強かったです。だから、これからもシルフィードさんの指揮で狩りをしたいんです」

 必死に訴えるクリュウの姿と言葉に、シルフィードの決意はさらに揺らぐ。

 今までこんなに自分の存在を必要とされた事はなかった。いつも淡々と仕事をこなし、一人で戦い続けてきた自分をここまで必死に必要された事はない。だからこそ彼の必死の熱意が新鮮に感じ、心の奥底で嬉しさを感じてしまう。

 蒼銀の烈風と呼ばれ、孤高に戦い続けてきた。その氷のような心が、ついこの前出会ったばかりの自分よりも小さな年下の少年に溶かされていく。何とも不思議な感じだ。

 ――なぜだろう、彼と一緒なら今までの自分には見つからなかったものが見つかるかもしれない。そんな風に思ってしまう。

 じっと自分を見詰めて来る彼の視線と、瞳が合う。その吸い込まれそうな汚れのないキラキラと輝く純粋な翡翠色の瞳に、気持ちが傾いて行く。

 ――優しくて、笑顔が素敵で、誰よりも人一倍努力をして必死にがんばる彼を、守ってあげたい。そんな想いが胸を満たしていく。

 その想いは彼が弟に似ているから来るものなのか、それとも別のものなのか、今の彼女にはそれはわからない。だが、わからない中にもわかる事はある――彼と共に狩りを続けたい。その気持ちだけは、どんなに言い訳を並べても変わる事はなかった。

「身勝手だって事はわかってます。いくら理由を並べた所でそれは変わりません。でも、これだけは言わせてください」

 クリュウの真剣な瞳と、シルフィードの心揺れる瞳が重なる。

「――僕は、シルフィードさんとこれからもずっと、ずっとずっと一緒に狩りをしたいんです」

 真っ直ぐ過ぎる、うそ偽りも飾りも付けない言葉。単純であり、単純であるが故に心に響く想い。その想いは、確実に彼女の心にも伝わった。

 シルフィードは何も答えず、無言のまま踵を返してクリュウに背を向ける。狩りの間は何度も助けられたその頼もしい背中が、今は耐えがたい絶望に姿を変えてクリュウの前に立ち塞がる。

 ――シルフィードは、仲間になってくれない。

 そんな想いがクリュウの熱くなっていた心を急激に氷のように冷たくしていく。

「……勝手な事ばかり言って、ごめんなさい。僕がわがままでした。シルフィードさんの想いも無視して自分の都合を押し付けてしまって、すみませんでした」

 クリュウは丁寧に頭を下げると、もうこの場にいる勇気もなく逃げ出そうと彼女に背を向けて走り出す。

「――君の村の星空、見てみたいな」

 その小さな、まるでつぶやくような言葉にクリュウの足が止まる。振り返ると、シルフィードは自分を見詰めていた。その瞳の中にある優しさ、何度も何度も助けられたその優しさが、クリュウの心を射抜く。

 驚いたように振り返る彼のおかしな顔を見て、フッと口元が緩む。

「まったく、君は本当に変わった奴だな」

「そ、そうですか?」

「……だが、嫌いではないぞ?」

「シルフィードさん?」

 口元に小さな笑みを浮かべたまま歩み寄るシルフィード。クリュウはそんな彼女をただ見詰める続ける。そして、彼の目の前までやって来たシルフィードは――優しく、彼の頭を撫でた。

「シルフィード……さん?」

 呆然と見詰めて来る彼の頭を優しく撫でながら、シルフィードは言った。

 

「――こんな私で良ければ、これからも君の力になろう。よろしく頼むぞ」

 

 一瞬、何が起こったかわからなかった。

 だが、自分に向かって優しく微笑む彼女の姿を見て、それが現実であるという事に気づく。

「ほ、本当ですか……?」

 自分でも声が震えているのがわかった。

「あぁ、本当だ」

 その言葉に、クリュウは大きく瞳を見開く。そして、溢れ出る熱さが目の縁に集まり、ツゥッと夜風で冷えた頬を温かさを残しながら流れる。

「く、クリュウッ?」

 突然泣き出したクリュウを見てシルフィードは先程までのかっこ良さは消えて年相応の少女のように慌て出す。

「ど、どうしたッ? 私、君を傷つけるような事を言ったかッ!?」

 さっきまでの彼女とは別人のように右往左往するシルフィードを見て、クリュウはおかしそうに笑った。その途端、シルフィードの顔は見る見るうちに真っ赤に染まっていく。

「な、なぜ笑うのだッ!? 笑うとはひどいではないかッ」

「ご、ごめんなさいッ」

 謝ってはいるが、クリュウは笑いが堪えられなくてまだ笑ってしまっている。そんな彼の笑いが明らかに自分に対するものだとわかっているシルフィードは「何を笑っているかはわからないが、それは決して気分が良いものではないぞ」と言ってプイッと背を向けてしまう。どうやら拗ねてしまったらしい。彼女にもそんな女の子っぽい所があるのだとちょっと意外で驚きながらも、慌てて謝る。

「ごめんなさいごめんなさいッ! もう笑いませんからぁッ!」

「理由は何だ? なぜ私が笑われる必要があるのかまるでわからんのだが」

 シルフィードは本当にわからないといった具合に首を傾げる。クリュウは言うべきか言わざるべきか少し悩んだ後、正直に言ってみた。

「いえ、シルフィードさんの慌てふためく姿がおかしくて、つい……」

 途端、見る見るうちにシルフィードの顔は再び真っ赤に染まり、プイッとまたも背を向けられてしまう。

「人の慌てふためく姿を笑うとは、あまりいい趣味とは思わんぞ」

「ご、誤解ですってッ! 僕にそんな趣味はありませんよッ! ただ本当におかしいというか、かわいいなぁって思っただけでッ!」

「ッ!? ……一つ忠告するぞ、君はもう少し自分の言動に気をつけるべきだ」

「ふえ?」

 背を向けたままそう言ったシルフィードを見詰め、クリュウは困惑したように首を傾げる。そういえば以前、ツバメ達のリーダーをしていたジークフリートにも同じような事を言われた事がある。そんなに自分の言動はおかしなものなのだろうか? もちろん天然少年であるクリュウが気付く訳もなく、首を傾げるばかり。

 そんなまるでわかっていないクリュウを見てシルフィードは疲れたようにため息する。相当な天然だとは思っていたが、ここまで来るとある意味才能だ。

 だが、そんな彼がどうしても気になる。その邪な心がない真っ直ぐな生き方をする彼が、気になって仕方がない。

「でもシルフィードさんが仲間になってくれて本当に良かったです」

 笑顔で言うクリュウを見て、シルフィードはふと自分の中で引っ掛かっているものに気づいた。そしてそれはあまり無視できるようなものではなく、即刻変えるよう彼に言う。

「クリュウ。仲間になる条件として頼みがあるのだが」

「条件? 頼み? 何ですか?」

 仲間になる条件。クリュウは一転して表情を引き締めると彼女の言葉を待つ。一方のシルフィードはなぜか彼に背を向けていた。彼からは見えないが、月明かりの下でも彼女の頬は明らかに赤く染まっている。

「う、うむ。その、あのだな……」

 シルフィードはそこで一度大きく深呼吸すると彼に向き直って言い放つ。

「――その他人行儀のような敬語、やめてはくれないか?」

「へ?」

 クリュウはあまりにも突拍子もない事を言われてポカンとする。仲間になる条件だというのだからさぞかし難問をぶつけられると思っていただけにその予想外の要求に唖然とする。

「え? 敬語をやめてほしい、という事ですか?」

「そうだ」

 シルフィードは真顔で答える。頬は相変わらず赤く染まっているが。

 冷静になって来たクリュウは早速首を傾げる。

「何でですか? 別に支障はないと思いますが」

「私はこれから君達の仲間になる。その関係には例え私がリーダーとなっても上下関係は存在しない。だから敬語は必要ない」

「そ、それはそうかもしれませんが、一応リーダーですし。元々僕は年上の人には基本的に敬語で接して来ましたし」

「それをやめてほしいと言っているのだ。私は君にフィーリアやサクラと同じように対等に接したい」

 ふと、その《対等》というものが仲間としてのものなのか、それとも胸で高鳴る正体不明の熱さに対するものなのか考えてしまう。だがシルフィードはフルフルと首を横に振って今はそんな事を考える時ではないと無理やり考えを頭の外へ追い出す。

 一方のクリュウは困惑顔だ。

「そ、そんないきなり敬語をやめろと言われても困りますよ……」

「何を言う。君は一度私を呼び捨てで読んだだろうが」

「え? そ、そうでしたっけ?」

 クリュウはシルフィードの言葉に驚愕すると、自分の記憶を辿ってみる。だがそんな記憶はどこにもなかった。またいつものように自覚がなかったのだろうと気づき、シルフィードは苦笑する。

「まぁ、覚えていないのならそれでも構わない。だが、私はクリュウと対等な立場でいたいのだ。仲間なのだから、年とか経験とか関係なく接せられる、そんな仲にな。だから、君には敬語抜きで接してもらいたい」

 シルフィードは真剣そのものであった。本当にクリュウを信頼しているからこそ、彼の自分に対するどこか一線を引いた態度が嫌なのだ。信頼しているなら、フィーリアやサクラと同じように対等に扱ってほしい。そう願ってしまう。

 そんなシルフィードの願いに、クリュウは複雑そうな顔をする。

「し、シルフィードさんがそこまで言うんでしたら構いませんけど……」

「頼む」

「わ、わかりました」

 クリュウは覚悟を決めたようにその場で大きく数回深呼吸して気持ちを整える。そして月明かりの下、小さく笑みを浮かべて……

 

「じゃあ、これからよろしくね――シルフィ」

 

 その瞬間シルフィードはドキリとし、カァッと顔を真っ赤に染める。それを隠すように彼に背を向けた。

「あ、あれ? ダメかな?」

 急に不安になるクリュウに、シルフィードは背を向けたまま首を横に振る。

「い、いや。別に問題はない。これからはそう接してほしい」

「う、うん」

「だが、一つ訊いていいか?」

「え? 何を?」

「――な、何なのだ? シルフィとは」

「え? あ、そっちの方が親しみを込めて呼びやすいかなぁって思って。ダメかな?」

「いや、ダメではない。むしろ良いというか、その……」

 そこまで言ってシルフィードは沈黙してしまった。首を傾げるクリュウからは見えないが、シルフィードの顔は月明かりの下でもはっきりとわかるくらいに真っ赤に染まり、人差し指同士を胸の前でツンツンさせている。

「そ、そのような呼び方をされた事がないので、驚いただけだ」

「そうなんだ。じゃあ、シルフィードって呼び直そうか?」

「いや、それで構わない――それで頼むッ!」

 バッと振り返って力強く言うシルフィードにクリュウは一瞬ビクッと驚くが、すぐに親しみを込めた笑みを浮かべる。

「じゃあ、改めてこれからもよろしくね。シルフィ」

「あ、あぁ――よろしく頼む。クリュウ」

 二人は互いに微笑み合うと、どちらからとなく手を差し伸べ、握り合う。

 煌びやかな星々に見守られながら、二人は固い絆を結び合う。

 温かな頼れるリーダーの手を握って、嬉しそうに微笑むクリュウ。そんな彼の手を握り、その笑顔にちょっとドキドキしながら口元に笑みを浮かべるシルフィード。

 どちらも、新しい物語の始まりを予感していた。

 彼の温かな手を握りながら、シルフィードは内心苦笑する。まさか本当に仲間になってしまうとは思ってもみなかった。だが、悪い気はしない。ずっと一人で戦って来た自分に仲間ができるというのは、とても嬉しい事だ。

 仲間とは何か。その答えが、彼らと共にいる事で見つかるかもしれない。

 何より、この自分よりも年下で身長も低い少年と一緒にこれからも狩りができる。それが最も嬉しい――と、自分は一体何を考えているのか。なぜ、彼と一緒に狩りをしたいなどと考えるのか。なぜ――こんなにも胸が熱くなるのか。

 シルフィードは彼と一緒にいると今まで体験した事のない感覚に襲われる。そしてその感覚が一体何を示しているのか、それはわからない。

 だが、一つだけ言える事がある。それは――

「引っ越しの準備をしないとな」

「あ、そっか。仲間になったんだから村に来なきゃいけないのか。でも、大丈夫?」

「心配するな。ハンターという生活柄、あまり荷物はないのでな。素材や武具、生活に必要な最低限なものしかない。帰ったらすぐに準備をして、明日には出発できるようにしておく」

 すでに時刻は日付が変わる少し前くらい。いくら少ないとはいえそれなりの重労働になるだろう。

「手伝おうか?」

「いや、私一人でやる。中には下着とかの類もあるのでな」

「あ、そ、そうだよね」

「見てみるか?」

「い、いいよッ! そういうのは見ちゃいけないものだからッ!」

 顔を真っ赤にして全力拒否するクリュウ。そんな彼を見てシルフィードはおかしそうにクスクスと笑うが、ちょっとだけショックを受けていた。

(そ、そこまで全力否定するほど、見たくないのか……って、私は一体何を考えているんだぁッ!?)

 彼と一緒にいると時折感じるこの不思議な想い。そしてその想いに自分の心が少しずつ変わっていく感覚に、シルフィードは少しだけ不安を覚える。

「とりあえず家に送って行くだけ送って行くね。じゃあ行こっか」

 そう言ってクリュウははにかむと、何の前触れもなくシルフィードの手を握った。その瞬間、シルフィードの胸がドキッと高鳴る。

「く、クリュウ?」

「もう夜遅いし寒いからさ、早く行こうよ」

 クリュウは早く早くと言わんばかりにシルフィードの手を引っ張って走り出す。そんな彼に手を握られ、シルフィードは赤くなった頬を夜風で冷ましながら彼に連れられて走る。

 煌めく星空の下、二人の少年少女はその淡い闇の中に静かに溶けて行った。


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