モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第73話 捲土重来 決意の果ての死闘

 リオレウスに向かって駆けるクリュウは腰の道具袋(ポーチ)から閃光玉を取り出す。その動きを三人はしっかりと見ていた。

「目を閉じてッ!」

 投擲するクリュウの言葉よりも早く三人は瞳を閉じた。

 激しい光が炸裂し、リオレウスの悲鳴が轟く。再び瞳を開いた時、リオレウスは視界を封じられてもがき苦しんでいた。

 クリュウはすぐさまリオレウスの懐に潜り込むと、その巨体を支える脚に向かって剣を振り上げる。狙うは昨日集中的に攻撃していた場所。モンスターの驚異的な治癒能力はすさまじく、その傷口はすでに塞がっていた。だが、まだ完全ではないのか身を守る鱗はないむき出しの状態。クリュウはそこに狙いを定め、振り上げたデスパライズを一気に叩き込む。

「喰らえッ!」

 強固な鱗に邪魔される事なく、デスパライズはリオレウスの肉を斬り裂き、大量の血を噴き出す。

「グギャアアアオオオォォォッ!」

 悲鳴か怒号かはわからない声を上げるリオレウス。どうやらかなりのダメージになったらしい。クリュウはすぐさま二撃、三撃と剣を叩き込む。三撃目で血に混じって空気に触れて迸る麻痺毒が炸裂。リオレウスの巨体を封じる為に奴の体内に蓄積される。

 暴れるリオレウスの脚。ちょっとでも触れれば途端に吹き飛ばされるだろう。クリュウは感覚を研ぎ澄ましてそれらの動きを見極め、紙一重で次々に回避して攻撃を叩き込む。

 一方、シルフィードはクリュウが攻撃を開始した瞬間さらに加速。昨日集中的に狙っていた頭を通り過ぎ、翼の下をすり抜け、そこで反転。すぐさま煌剣リオレウスを抜き放つと構えて体中の力を巨剣を支える両腕に注ぎ込み溜める。

 狙うは、視界を封じられて盛んに動き回る――尻尾。

「はあああああぁぁぁぁぁッ!」

 気合裂帛。限界まで溜め込まれた力を一気に解放。全力で振り下ろされる巨剣はリオレウスの尻尾の中間部分に吸い込まれ、見事に炸裂。鱗を吹き飛ばしながら肉を斬り裂き、大量の血飛沫が舞い上がる。

「ギャアアアアアァァァァァッ!」

 悲鳴を上げてたたらを踏むリオレウス。シルフィードはすぐさま剣を斬り上げ、今度は溜めなしで勢いを殺さずに剣を叩き込む。再び炸裂した一撃に傷口はより深く広がり、真っ赤な血が飛び散る。

 シルフィードの狙いは尻尾の切断。短期決戦ではなく確実に仕留めるなら、唯一全方位攻撃に使われるこの尻尾を何とかしなければならない。尻尾を切断すれば、戦況はグッとこっちが有利になる。

 シルフィードは再び寸分狂わぬ場所に剣を叩き込んだ。と、そこへサクラが合流。シルフィードの行動の意味を瞬時に判断したサクラはすぐさま抜刀の一撃をシルフィードの反対側から叩き込む。その一撃は鋭くリオレウスの尻尾を斬り裂き、血を飛び散らせる。

 斬り上げ、斬り下ろし、そして振り抜き。次々に流れるような剣の動きで確実にリオレウスの尻尾にダメージを蓄積させる。同時に、サクラの自身にも力が蓄積される。

 だが、リオレウスだって目が見えなくとも狙われているのが尻尾だとはわかっている。群がる敵を吹き飛ばそうと尻尾を激しく振り回す。尻尾の先端には骨か、それとも鱗が進化したものかは不明だが巨大な棘(とげ)が数本生えている。もしもあんなものを喰らえば、最悪一撃で即死してしまうかもしれない。シルフィードとサクラはすさまじい緊迫感の中、振り回される尻尾を避けながら確実に一撃一撃を叩き込む。

 一方フィーリアは通常弾LV2の速射を使ってリオレウスに集中砲火をしている。次々に撃ち出される弾丸は容赦なくリオレウスに降り注ぎ、強固な鱗や甲殻がわずかながらも削られ、剥がれ落ちる。リオレウスにダメージを与えられ、注意も引き付けられる。まさに一石二鳥だ。

 フィーリアはすさまじい集中砲火を行いながらも頻りにリオレウスの下で攻撃しているクリュウを確認する。もし彼がダメージを受ければ、すぐに回復弾を撃つ為だ。

 そんな仲間達の動きにも注意しながら、クリュウはリオレウスの真下で立ち回る。次々に剣撃を叩き込むが、そろそろ閃光玉の効き目が切れる頃。クリュウは最後の一撃とばかりに剣を振るうと、腰にデスパライズを納めて一度を距離を取る為に大きく後退する。同時に、シルフィードとサクラも一度剣を納めて距離を取った。その直後にリオレウスは視界を回復させて周りに群がる敵に向かって怒号を放つ。

 凶悪なまでの迫力に委縮するクリュウ。そんな彼の横にシルフィードが駆け寄って来た。

「私は尻尾切断を狙う。クリュウはなるべく私から離れないように自由に戦ってくれ」

「尻尾切断ですか。じゃあ、シビレ罠を使いますか?」

「必要ない。シビレ罠はもっと後の方、総攻撃などに使いたい。尻尾は地道に攻めるしかないな。だが、君が痺れさせてくれれば、仕事はやりやすくなるのだがな」

 そう言って試すように見詰めてくるシルフィード。そんな彼女を見て、クリュウはしっかりとうなずいた。

「わかりました。シルフィードさんの為にも、がんばりますッ」

 シルフィードはクリュウの言葉に満足そうにうなずくと、再びリオレウスと対峙する。リオレウスは目の前に堂々と立つシルフィードに狙いを定め、ブレスを撃ち放つ。だがシルフィードは横に跳んでそれを回避した。

 一方クリュウはブレスを撃つと生まれる隙を突いて一気にリオレウスとの距離を詰める。そんな彼を援護するようにサクラがブレスを撃ち終わったリオレウスの顔面に抜刀斬りを叩き込む。

「……はぁッ!」

 縦斬りからすぐさま横斬りへ繋げ、次々に剣撃の嵐を叩き込む。だがリオレウスも負けじと至近距離からブレスを撃ち放つ。サクラは間一髪で横に身を投げて回避した。彼女の艶やかな黒髪が数本焼け焦げる。

 目標を見失った火球はそのまま直進し、彼女の背後にあった岩壁に直撃。爆発と共に岩壁の一部が吹き飛んだのを見てクリュウは改めてリオレウスの凶悪なまでの戦闘能力を思い知った。

 クリュウは一度距離を取る為にバックステップ。尻尾の範囲外に脱出する。刹那、リオレウスはフィーリアに向かって突進。しかしフィーリアはその一撃を横に跳んで紙一重で回避する。勢いを止められず、リオレウスは体を投げ出すようにして無理やり停止する。

 サクラはその隙を突いて一気に接近。チームの中で最も動きが俊敏なのは彼女だ。

 リオレウスが起き上がる直前にはすでに奴の尻尾に到達。背中の鞘に納めた飛竜刀【紅葉】を抜き放ち、そのままの勢いで一気に振り下ろす。鋭い刃先はリオレウスの強固な甲殻や鱗を切断し、その奥の肉を斬り裂く。血が噴き出してサクラに降り掛かるが、その直前でサクラは一定の距離を取る。この状態で肉薄しても危険だという事がちゃんとわかっているのだ。

 リオレウスは逃がした敵を追うように巨大な体をその場でゆっくりと回して振り返る。その瞬間、再びまばゆい光が炸裂して視界を奪われる。

「ギャアアアァァァッ!」

 閃光玉を投げたのはクリュウ。シルフィードは内心彼の絶妙な閃光玉の使い方に感心すると視界を塞がれたリオレウスに突撃する。狙うはすでにサクラが攻撃している尻尾。だが、リオレウスは近寄られないように体を回して尻尾を大きく振り回す。シルフィードはとっさに伏せて回避すると、再び突進する。

 サクラも振り回される尻尾を屈んで回避すると、脚の関節に向かって振り上げの一撃を叩き込む。常に動く関節には鱗などはなく、全身鎧のようなリオレウスの生物としての数少ない弱点の一つだ。そんな場所に一撃を受けたリオレウスはくぐもったような声を上げて一瞬だけ膝を折る。その隙にシルフィードは翼の下をくぐり抜けて剣を構える。力を溜め、全力で刃先を打ち込む場所を見抜く。狙うは先程一撃を叩き込んだ傷口だ。

 グッと柄を握る手にも力が込もる。盛んに動き回る尻尾に狙いがなかなか定まらない。だが、シルフィードはスッと瞳を細く絞り、気合と共に一気に振り下ろす。

「はあああああぁぁぁぁぁッ!」

 全力を込めて放たれたその一撃は、暴れ回る尻尾の動きを完全に見抜き、見事に狙った傷口に炸裂する。火属性特有の小規模な爆発と共に血飛沫や鱗が吹き飛び、リオレウスは激痛に悲鳴を上げる。

 視界がきかない中、リオレウスは狙われている尻尾を必死に振り回して尻尾への攻撃の緩和、同時に周りに群がる敵を殲滅しようとする。サクラは距離を取って回避し、シルフィードは威力を流すようにガードして防ぐ。

 一方クリュウは姿勢を低くしてリオレウスに突撃する。頭の上を尻尾が巨大な影や風圧と共に通り過ぎるのを無視し、再び懐に潜り込むと抜き放つと同時にデスパライズを振るう。肉が裂け、血と共に麻痺毒が迸る。確実に麻痺毒は蓄積しているはず。

「このぉッ!」

 もう一撃と剣を構えるクリュウだったが、その寸前でリオレウスは視界を回復。目の前のシルフィードに向かって突進。クリュウは突如動き出した脚に巻き込まれて砂煙の中に転がる。

「クリュウ様ッ!」

 フィーリアはすぐさま回復弾LV2を装填し、クリュウが消えた砂煙を見る。砂煙が晴れると、クリュウが片膝をついていた。どうやら間一髪で避けられたらしい。フィーリアは彼の無事な姿を見て安堵の息を漏らすと再び通常弾LV2を装填してリオレウスを撃つ。

 一方のクリュウは間一髪でガードして何とか直撃を避けていた。ゆっくりと立ち上がり怪我がない事を確認すると、リオレウスを見る。シルフィードは突進をうまく避けたらしく、勢い余って倒れたリオレウスの尻尾に向かって剣を振り下ろしている。その反対側ではサクラもまた翼に向かって流れるような一撃を叩き込んでいた。

「僕もッ!」

 クリュウは再びリオレウスに向かって突進する。しかしリオレウスは翼を広げて暴風と共に上空へ飛び立つ。クリュウはその風圧につい目を閉じてしまう。再び開いた時、奴はゆっくりとこちらに振り向いて来る。

「逃げろクリュウッ!」

 シルフィードの声と同時にクリュウは駆け出す。リオレウスはそんなクリュウに向かって空中から狙いを定め、ブレスを撃ち放つ。クリュウはとっさに岩壁に跳び込んだ。刹那、岩壁にブレスが直撃して爆発。爆音と共に地面が震える。そのあまりの威力に岩壁上部が崩れ出してクリュウに破片が降り注いで来た。

「うわぁッ!」

 クリュウは落ちてくる岩の破片を次々に避け、避けられないものはガードして事なきを得た。再び岩壁から飛び出すと、同時にリオレウスが着地した。

「はあぁッ!」

 シルフィードは横薙ぎに剣を振るう。その刃先は鋭くリオレウスの脚に炸裂し、リオレウスはグッと一瞬膝を折る。そこへサクラが突撃し、リオレウスの顔面に向かって剣を振り抜く。

「……ッ!」

 刃先から爆発が起き、リオレウスの頭を炎が包む。しかし耐火能力に優れているリオレウスの鱗の前にはそのような小さな炎は意味を成さない。そんな事、もちろんわかっている。

「ギャアッ!」

 リオレウスは首を大きく振ってサクラに噛みつこうとする。が、そこへフィーリアの貫通弾LV2が飛び込んでリオレウスの首を貫いた。

「グギャアアアァァァッ!」

 首から血を流しながら怒号を放つリオレウス。その口元からは黒煙が噴き出し、瞳は血走っている。完全な怒り状態だ。

 怒り狂うリオレウスは首を撃ち抜いたフィーリアに今までとは桁違いの速さで容赦なく突撃する。フィーリアは慌てて回避するが、完全な回避はできない。迫り来るリオレウスにフィーリアは小さな悲鳴を上げる。が、そこへ飛び込むようにして閃光玉が炸裂。間一髪でリオレウスの動きが強制的に停止された。フィーリアはそのまま地面に倒れると慌てて起き上がる。

「い、今のは……」

「フィーリアッ! 大丈夫ッ!?」

 立ち上がったフィーリアに駆け寄って来たのはクリュウ。クリュウは無事なフィーリアの姿を見て小さく笑みを浮かべて安堵の息を漏らした。

「良かったぁ。間に合ったみたい」

「では、先程の閃光玉は、クリュウ様が?」

「うん。ほとんど勘で投げたんだけどね。うまくいって良かったよ」

 クリュウも慌ててとっさに投げた閃光玉。だがその閃光玉によってフィーリアは救われたのだ。彼に助けてもらったという実感に、フィーリアにも自然と笑みが浮かぶ。

「ありがとうございました」

「お礼なんていらないよ――っと、今のうちに攻撃しないとッ! フィーリアは引き続き援護をお願いッ!」

「お任せくださいッ!」

 クリュウに頼られているという実感を改めて感じ、フィーリアは再び気合を入れると貫通弾LV2を撃ち放つ。その一撃は容赦なくリオレウスの背中を貫く。

 リオレウスに駆け寄るクリュウにサクラが合流する。

「……援護する」

「ありがとう。じゃあ行くよッ!」

「……(コクリ)」

 サクラはダッとさらに加速してクリュウを追い抜くとリオレウスの顔面に再び剣を叩き込む。何も見えない状況でいきなり顔面に攻撃を受けた事によってリオレウスは悲鳴を上げてたたらを踏む。その隙にクリュウは翼の下に潜り込むとデスパライズの柄を握る。

 すでに幾多の攻撃を受けている脚はボロボロ。鱗は剥がれ、傷だらけで血がにじみ出している。だが、それでも尚リオレウスは立っている。何ていう化け物なのだろうか。

「でも、負けられないんだッ!」

 ここでリオレウスを倒さないと、村が危険に晒される。

 今頃、エレナは何をしているだろうか。自分の帰りを待っていてくれているだろうか。

 戦いの最中なのに、ふとそんな事が思い浮かんだ。

 そういえば、村を出てドンドルマから直接リオレウス討伐に向かったから、もう二週間以上も村には帰っていない――こりゃ、帰ったらエレナの跳び蹴りのオンパレードを受けるだろうなぁ。

 せっかく守っても、報酬が蹴りでは採算が合わないどころか逆に大損だ。せめて何かごちそうしてもらいたいが、蹴りは避けられないだろう。

 そんな事を思っていると、自然と緊張が緩む。途端に今まで以上に視界が広く見えた。どうやら緊張して視界がいつの間にか狭まっていたらしい。と、

「うわぁッ!?」

 突如視界の隅から尻尾が襲い掛かって来た。とっさに屈んで何とか回避。視界が広がったからこそ回避できたのだと思うと、ちょっとだけエレナに感謝。

「でも蹴りはごめんだよッ!」

 クリュウはデスパライズを引き抜くと、両手でしっかりと握る。すでに何度も攻撃しているデスパライズの刃は幾分か欠けている。だが、まだ戦える。

「うわあああぁぁぁッ!」

 クリュウは両腕の力を精一杯使って上から下に向かって剣を振り下ろす。彼の全力を込めたその一撃はリオレウスの脚に縦一直線に肉を抉(えぐ)るようにして傷を作り、バシャァッと血が噴き出す。さらにリオレウスが悲鳴を上げる直前、刃先の欠けたドスゲネポスの牙の先端から強力な麻痺毒が流れ出し、空気に触れて発光。そしてそのままリオレウスの体内に流れ込む。

 すでに幾多の攻撃でリオレウスの体内には麻痺毒が蓄積され続けている。そして、その一撃がついに引き金となった。

「グオオオオオォォォォォッ!?」

 リオレウスは悲鳴を上げて突如としてその場で痙攣(けいれん)を始めた。ついにリオレウスが麻痺状態になったのだ。

「や、やったぁッ!」

「よくやったッ!」

 シルフィードの激励にクリュウは疲労の中にも小さく笑みを浮かべると、再び真剣な表情に戻って剣を振るう。今がまさに攻撃のチャンス。クリュウはリオレウスの真下でとにかくがむしゃらに剣を振るった。今この時に全力を注ぐ。それだけを考えて……

 フィーリアもまた今まで以上の勢いで集中砲火を与える。しかしさすがフィーリア。無数の弾丸を休む事なく撃ち込んでいるのにその全てがリオレウスの背中や翼に命中。的確に真下にいるクリュウ達に当たらないようにしている。

 サクラは動きを強制的に止められたリオレウスに突貫。その顔面に向かって溜めに溜めた練気を一斉に解放。すさまじい剣撃の嵐――気刃斬りを炸裂させる。

 爆発的に戦闘能力を向上させる気刃斬りはまさに剣撃の嵐。右へ左へ、上へ下へ、様々な方向に剣が舞う。それを自在に操作しながらリオレウスの眼前でサクラが舞い踊る。

 息を止め、この瞬間に全力を注ぐようにしてまるでダンスのように華麗に舞う。右足に重心を置いて振り抜き、すぐさまその勢いを使って剣を叩き落とし、体を捻って回転と同時に剣を横薙ぎ一線に振るう。その鋭過ぎるまでの剣撃の嵐にリオレウスのボロボロな頭はさらに形が変形し、真っ赤な血が噴き出す。

 容赦のない連続した剣撃の嵐に、リオレウスは悲鳴を上げる事もできずに動かぬ体を必死になって動かそうとする。しかし、当然体は動かない。怒りだけが積もり積もっていく。

 クリュウ、フィーリア、サクラの猛攻撃が続く中、シルフィードは一人沈黙していた――正確には体の奥底から湧き上がる力を練りに練って、この一撃に全力を込める為に動かずにいる。

 痺れた事によって動かない尻尾は格好の的。クリュウがせっかく作ってくれたチャンスを、無駄にはできない。そんな想いがシルフィードの中で大きく、強く広がっていく。

 グッとさらに姿勢を低くし、限界まで力を溜める。

 そろそろ麻痺が解ける。その瞬間が最大の攻撃チャンスだ。

「散開ッ!」

 シルフィードの指示にクリュウとサクラは一斉にリオレウスから距離を取る。ちゃんと自分の声をわかってくれた事にシルフィードは感心し、狙いを定める。すでに腕には巨大な大剣を一気に振れるだけの力が溜め込まれている。今にも爆発しそうだ。

 そして、リオレウスの脚が微妙に動いた瞬間――シルフィードは叫んだ。

「はあああああぁぁぁぁぁッ!」

 軸足を固定し、体全体を使って自分の背丈ほどはありそうな煌剣リオレウスをその細腕からは考えられないような怪力で振り上げ、全力で振り下ろす。その剣先は寸分の狂いなくリオレウスの傷ついた尻尾に炸裂――その瞬間、リオレウスの尻尾が一刀両断された。

「ギャアアアアアァァァァァッ!?」

 リオレウスは悲鳴を上げながら前に倒れ込み、そのまま失われた尻尾の激痛に悶え苦しむ。

 一方リオレウスの尻尾を切断したシルフィードの煌剣リオレウスはその刀身の半分近くをヒビの入った地面に埋めていた。そのすさまじい破壊力を物語っている。

 地面に沈んだ大剣を持ち上げて再び背中に戻すシルフィード。その横には切断されたリオレウスの尻尾が無残な形で落ちていた。

 実に鮮やかな技の前に、一瞬三人は呆けてしまう。そんな三人にシルフィードは一喝。

「まだ戦いは終わっていないッ! 気を抜くなッ!」

 シルフィードの怒号にハッとし、三人も慌てて再び戦闘態勢に戻る。

 リオレウスはゆっくりと起き上がると、目の前の敵に向かって怒号(バインドボイス)を放つ。殺気の奔流が荒れ狂い、大地を震わせる。

 幾多の攻撃を受けてボロボロになっても尚威風堂々と立つその姿はまさに王者。決して情けない姿は晒さない、そんな誇りを胸に生きる王者の風格そのものだ。

 リオレウスの怒号(バインドボイス)を遮断できる耳栓のスキルを持つシルフィードは構わず突っ込む。むしろ彼女にとってこの咆哮時は攻撃のチャンスなのだ。

 リオレウスの眼前に駆け込み、背中に下げた煌剣リオレウスの柄を握り締めると、そのままの勢いで剣を振り抜く。

「喰らえッ!」

 左足をガッと地面のわずかなへこみに引っ掛けて体を急停止。しかし勢いはそのまま軸足となった右足を中心に体を回転させる力に変え、遠心力が加わった勢いは煌剣リオレウスに注がれる。

 シルフィードは全力で煌剣リオレウスを横薙ぎに振り抜く。巨大なその刀身は殴り飛ばすかの勢いでリオレウスの左側頭部に炸裂。火属性の小爆発が加わり、強大な威力となってリオレウスを襲う。

「グギャアアアアアァァァァァッ!」

 炸裂した煌剣リオレウスによって、リオレウスの顔の左側に目から口元までに大きな裂傷ができ、大量の血が噴き出す。

「グワアアアアアァァァァァッ!」

 怒り狂うリオレウス。バッと翼を広げて首を持ち上げる。その動作にシルフィードはすぐさま剣を盾のようにして横向きに構える。

 刹那、リオレウスの口から爆炎のようなブレスが撃ち放たれた。そのあまりの威力にすさまじい爆音と同時に地面が爆砕。荒れ狂う暴風がクリュウ達を吹き飛ばし、立ち上る炎と煙、そして砂塵がシルフィードの姿を隠す。

 暴風から目を守るように片手を添えながら、細く目を開いてクリュウはシルフィードの姿を捜す。だが、辺りは砂煙しか見えない。

「シルフィードさんッ!」

「グワアアアアアァァァァァッ!」

 再び炸裂する怒号とブレス。一発一発に全力を込めたブレスが数発発射され、岩壁や地面などが次々に爆発し跡形もなく消える。砂煙はより一層ひどくなり、いつの間にかクリュウはシルフィードだけでなくフィーリアとサクラの姿まで見失ってしまった。

「みんなッ! どこにいるのッ!?」

 クリュウは必死に辺りを見回して三人の姿を探す。と、その時空気の流れが変わった事を敏感に感じ取った。なぜそんな事ができたのか、自分でもわからない。でも、勘でわかった。

 続いて響く地響き。そこまで理解した瞬間、クリュウはとっさに盾を構えた。刹那、視界ゼロに等しい中、砂煙を掻きわけてリオレウスが突っ込んで来た。ガバァッと開いた口はクリュウに噛み付こうとしているように正確にクリュウに迫る。

「……クリュウッ!」

 突然、クリュウは横から誰かに押し倒されて地面に転がった。そのわずか数センチ横をリオレウスの巨体が暴風を纏いながら通り過ぎて行った。

 うつぶせに倒れるクリュウは、自分の背中に誰かが覆い被さっている感触に慌てて振り返った。見えたのは黒く艶やかな見慣れた長髪。

「さ、サクラッ!?」

「……無事?」

「う、うん。ありがとう」

 サクラはフルフルと首を横に振る。

「……礼はいらない」

 サクラは先に立ち上がるとスッとクリュウに無言で手を差し伸べる。クリュウはその手に掴まって立ち上がった。だが、砂煙に覆われていて視界がはっきりしない。わかるのは、ギュッと握られたサクラの温もりだけ。

「これじゃ周りが見えないよ」

「……気をつけて。いつリオレウスの攻撃があるかわからないから」

 サクラはそう言うと周りの気配を探るように辺りを見回す。クリュウにはわからないが、サクラくらいのレベルになると気配で対処できるらしい。それは先程助けられた事でも立証されている。

 クリュウもこれまで培ってきた経験から何とか気配を探る。先程もそうしてとっさに盾を構えたのだ。しかし今度は全然わからない。さっきのはまぐれだったらしい。

 不安に胸が押し潰されそうになる。そんな彼の気持ちを悟ったのか、サクラがギュッとより強く手を握り締めて来た。

「サクラ……」

 サクラは何も言わず、気配を探る事に集中している。ただその手は、しっかりとクリュウの手を握り締めて離さない。そんな彼女の気持ちにクリュウは感謝する。

 ――クリュウは気づいていない。サクラが手をギュッと握って来たのは、彼の為でもあると同時に自分の為であるという事を。

 サクラのように経験豊富なハンターでも、完全に気配を探り切る事はできない。さっきクリュウを助けたのだって、彼の悲鳴が聞こえたからというのが大きい。本当は自分だって不安だし、怖い。そんな想いを紛らわせる為に、手を握ったのだ。

 その時、突如辺りに暴風が吹き荒れた。すさまじい風圧に、クリュウとサクラは吹き飛ばされて地面に倒れる。その直上を巨大な何かが通り過ぎて行った。それが何なのか、二人は確認するまでもなかった。

 慌てて立ち上がり、暴風のおかげで晴れた辺りを見回す。すると、少し離れた場所にシルフィードとフィーリアの姿を見つけた。

「シルフィードさんッ! フィーリアッ!」

 クリュウとサクラは二人に急いで駆け寄る。フィーリアはそんな二人を一瞥し、彼らの背後に向かって閃光玉を投げた。刹那、振り返ったリオレウスの眼前で炸裂。再びリオレウスは視界を封じられた。

「お怪我はありませんかッ!?」

「僕は大丈夫。サクラも」

「……(コクリ)」

 クリュウの言葉にフィーリアはほっと胸を撫で下ろす。砂煙に消えたクリュウ(一応サクラも)の安否が確認できず、フィーリアはずっと不安に胸が押し潰されそうだった。構えられたハートヴァルキリー改の弾倉にはフルで回復弾LV2が装填されている。

「それより、シルフィードさんは大丈夫ですか?」

 クリュウは先程リオレウスのブレスを受け止めたシルフィードに怪我はないかと問う。シルフィードはそんな彼の言葉に口元に小さな笑みを浮かべてうなずく。

「リオソウルシリーズは耐火能力に優れている。何せ蒼リオレウスの鱗や甲殻でできてるのだからな。あの程度の火力では問題ない」

 恐るべき蒼リオレウスの防具、リオソウルシリーズ。クリュウは改めて自分と彼女のすさまじい差を感じた。

「でも皆さん無事で良かったです。これからどうしますか?」

 フィーリアは弾倉に貫通弾LV1を装填しながら問う。サクラもシルフィードの次の指示を待っている。クリュウは今のうちとばかりに砥石を使ってボロボロになったデスパライズの刃を研ぐ。でもちゃんとシルフィードの指示を聞くように構えている。

 シルフィードはそんな三人に向かってリオレウスを一瞥してから指示を出す。

「リオレウスの尻尾は切断した。これで奴の全体攻撃はほぼ封じられたも同然。さらに奴も相当体力を疲弊(ひへい)して来ているはず――たたみ掛けるぞ」

「「はいッ!」」

「……(コクリ)」

 四人は再びそれぞれの武器を構え直して戦闘態勢に入る。刹那、リオレウスの視界が復活して、再び殺気の奔流が吹き荒れる。

「グギャアアアアアァァァァァッ!」

 怒り狂うリオレウスは四人に向かってブレスを撃ち放つ。四人は一斉に左右に跳び、クリュウとシルフィードは右へ、フィーリアとサクラは左へ回避する。しかしすぐさまリオレウスは突撃を開始して四人に襲い掛かる。四人はより間隔を開くようにして散開。リオレウスは誰もいない空間に体当たりする事になった。

「シルフィードさんッ! 罠を使いたいんですがッ!」

「わかったッ!」

 シルフィードはクリュウの声にうなずくと、すぐさまリオレウスに突貫。サクラもまたそれに遅れながらも突進する。

「貴様の相手はこの私だッ!」

 シルフィードは立ち上がって振り返るリオレウスの顔面に煌剣リオレウスを叩き込む。予期しない強力な一撃にリオレウスは悲鳴を上げてたたらを踏む。そこへサクラが突っ込み、地面を蹴って跳び上がった。

「……はあああああぁぁぁぁぁッ!」

 サクラは空中で抜刀すると、その鋭い刃先を下段に構えてリオレウスの翼の上を滑空。飛竜刀【紅葉】の刃先を翼膜に突き付けて一気に斬り裂く。

「グオオオオオォォォォォッ!」

 翼膜に突き刺さった飛竜刀【紅葉】はそのまま滑空するサクラの勢いを利用してズバァッと引き裂く。しかし角度が甘かったせいか、完全に寸断する事はできなかった。

 サクラは悔しそうに舌打ちすると、そのままリオレウスの背後に着地しようとする。だがそこへリオレウスの尻尾が襲い掛かって来た。いくらシルフィードが切断したとはいえそれは先端部分。付け根から中部までは残っており、そこが襲い掛かって来たのだ。

 空中では回避する術がない。サクラは何もできないままリオレウスの尻尾に直撃。そのまま悲鳴も上げずに吹き飛ばされて地面に転がった。手放された飛竜刀【紅葉】は彼女の後ろに刺さり、凛【鉢金】という彼女の暁色の額当てがカランと小さな音を立てて地面に落ちた。

「サクラ様ッ!」

 フィーリアはすぐさま回復弾LV2をサクラに向かって最大装填数である三発を発射。すぐに彼女の下へ駆け寄る。

「よくもッ!」

 倒れたサクラを一瞥し、シルフィードは煌剣リオレウスを握り直してリオレウスの翼に巨大な刃先を叩き込む。

 一方のクリュウはサクラが吹き飛ばされた事に慌てたが、すぐさまフィーリアが回復弾を撃って駆け寄ったのを見て、とにかく急いで荷車に駆け寄ってシビレ罠を取り出す。

「シルフィードさんッ!」

 クリュウが声を上げると、リオレウスと肉薄するシルフィードはすぐさま後方に距離を取る。しかしリオレウスは逃がすまいと逃げるシルフィードを追い掛けて突進する。

「くぅ……ッ!」

 あっという間に追い付いて来るリオレウスはシルフィードに向かって噛み付こうと鋭い牙が無数に並ぶ巨大な口をガバァッと開いて襲い掛かる――だが、間一髪でクリュウが放った閃光玉が炸裂。リオレウスは強制的に動きを停止された。

「シルフィードさんッ! 大丈夫ですかッ!?」

 クリュウがシルフィードに駆け寄ると、シルフィードは武器を構えたまま振り向き小さく笑みを浮かべる。

「あぁ、助かったよ」

 クリュウはほっと胸を撫で下ろすが、すぐにサクラの事を思い出して彼女に駆け寄る。シルフィードはサクラの事は二人に任せ、再び突撃。少しでも注意を引き付けるつもりでいた。

「サクラッ!」

 クリュウが駆け寄った頃にはサクラはフィーリアに肩を借りて立ち上がっていた。しかし少々足取りが危ない。かなりのダメージを負っているらしい。

「サクラ大丈夫ッ!?」

「……問題ない」

「む、無理してはいけませんよッ! フラフラじゃないですかッ!」

 サクラはフィーリアの制止を振り切って一人で立ち上がると、地面に刺さる愛刀を拾い上げて構え直す。だがその動きが先程よりも格段に落ちているのはクリュウでもわかった。

「フィーリアッ! サクラを安全な場所まで連れてってッ! ここは僕とシルフィードさんで押さえるからッ!」

「えッ!? し、しかし……ッ!」

「早くしてッ!」

「わ、わかりましたッ!」

「……ッ!? い、嫌ッ! 私はクリュウを守るッ!」

 クリュウの指示にいつも冷静沈着なサクラがまるで別人のように冷静さを失って声を荒げる。だが、こういう時に感情的になるのはより危険。クリュウの決意は変わらない。

「そんな状態じゃ戦えないでしょ?」

「……」

「サクラとフィーリアは撤退。フィーリアはサクラを安全な場所まで連れて行ってから合流して。それまでは何とか僕とシルフィードさんで耐えるから。急いでッ!」

 クリュウはそう言うと単独でリオレウスと対峙しているシルフィードに向かって走る。そんな彼の背中を見送り、フィーリアはサクラに肩を貸して反対方向に歩き出す。

「急ぎましょうッ!」

「……わかった」

 サクラは少々落ち込んだような声で答えると、フィーリアに肩を借りて歩き出す。その足取りはおぼつかないまま、無念の戦線離脱となった。

 サクラとフィーリアの離脱を独断で下したクリュウは、シルフィードに怒られるのではないかと少々の不安があった。しかし、駆け寄る自分に気づいて近づいて来たシルフィードは――

「まったく、君らしいというか何というか」

 苦笑するシルフィード。クリュウは怒られなかったと安堵するが、そんな彼女の笑みに申し訳ないという気持ちが込み上げる。

「す、すみません……」

「君が謝る事じゃないさ――っと、じゃあその分しっかりと働いてもらおうかッ!」

「はいッ!」

 閃光玉の効き目が切れて向き直るリオレウスに対峙するクリュウとシルフィード。怒り狂うリオレウスは巨大な翼を羽ばたかせて、暴風と共に天に舞い上がる。襲い掛かる暴風を二人はそれぞれ盾と剣で防ぎ、上空へ飛び立ったリオレウスを見詰める。

「走れッ!」

「はいッ!」

 リオレウスからの空中攻撃を避ける為に、二人は左右別々に走り出す。

 反対方向に逃げる敵にイラ立ちながら、リオレウスは翼を大きく羽ばたかせて方向転換する。追い掛けるのはクリュウだ。

「クリュウ気をつけろッ!」

 シルフィードの声にクリュウがハッとなって振り返ると、リオレウスが上空から自分を睨みつけていた。そしてガバァッと巨大な口を開くと、のどの奥、体内にある火炎袋で練り込んだ強烈な炎の塊をブレスとして撃ち出す。

 爆音のような轟音と共に撃ち出されたブレスは一直線にクリュウを襲う。着弾寸前、クリュウは真横に身を投げ出すようにして回避。ブレスは外れた。しかし、立ち上がろうとしたクリュウに向かって再びブレスが襲い掛かる。

「うわぁッ!」

 慌てて再び横へ跳ぶ。ギリギリで回避できたが、今度は至近距離で爆発したのでそのすさまじい爆風に吹き飛ばされ、クリュウは数メートルもの距離をゴロゴロと転がった。そこへリオレウスは最後の一撃とばかりにブレスを撃ち込む。クリュウは迫り来るブレスに慌てて起き上がる。が、その時にはすでに目の前まで火炎が迫っていた。無駄だとわかっていてもとっさに盾を構えた。

「させるかぁッ!」

 そこへシルフィードがクリュウとブレスの射線上に入り込んで来た。驚くクリュウの前でシルフィードは煌剣リオレウスを横に構えてガード体勢になる。直後にブレスが直撃し、辺りを爆発が包む。

 爆発の中に消えた二人の敵に、リオレウスは勝利を確信して悠々と大地に降り立とうとする。しかしそこへ突如黒煙の中から小さな玉のような物体が放たれた。気づいた時には遅く、玉はリオレウスの眼前で炸裂。まばゆい光が辺りを包み込み、リオレウスに衝撃と共に視界を奪う。その瞬間、リオレウスはバランスを崩して落下。地面に叩き付けられた。

 そして、倒れるリオレウスに向かって黒煙の中からシルフィードとクリュウが飛び出す。そのどちらも煤焦げていたりしているが、無傷だった。

 シルフィードがうまくブレスを受け止めたおかげで、二人は助かったのだ。

 前を走るシルフィードに、クリュウは改めて彼女は頼りになると思った。あんな危険な行為、自分はたぶんできないだろう。でも、おかげで助かったのだ。

 彼女にこうしてブレスから身を守ってもらうのは、これで三度目。彼女には本当に感謝してもし切れない。

「クリュウは罠を仕掛けろッ! 急げッ!」

「はいッ!」

 突撃するシルフィードと別れ、クリュウはリオレウスから少し距離を取った場所にシビレ罠を仕掛ける。すぐさまもう一度荷車に走り、今度は落とし穴を手に取ってシビレ罠のさらに後方に設置した。

 一方クリュウがお得意のトラップを設置している間に、シルフィードは視界を封じられてもがくリオレウスの翼に煌剣リオレウスを振り下ろす。翼を引き裂かれ、真っ赤な血がバシャアアアァァァッと噴き出しリオレウスは悲鳴を上げる。すぐさま振り下ろした剣を持ち直し、横薙ぎに脚に振るい、今度は胴体に向かって振り下ろす。その重量ある一撃はリオレウスの強固な鱗や甲殻さえも粉砕し、肉を抉るように傷を負わせる。

 見えない敵に一方的に攻撃される。それは誇り高き空の王者であるリオレウスにとって屈辱以外のなにものでもない。

「グオオオォォォッ!」

 リオレウスは憎き敵を吹き飛ばそうとその場で時計回りに回転する。しかしすでに尻尾を切断されているのでその攻撃範囲は狭い。シルフィードは最低限の動きだけで回避すると、再び強力な一撃を叩き込む。

「シルフィードさんッ!」

 設置を終えたクリュウが叫ぶと、シルフィードはすぐさま武器を収納し、踵を返してクリュウの下へ駆け寄る。その際に設置されている罠を確認する。

「そろそろ閃光玉の効き目が切れる。気をつけろ」

「はい」

 クリュウとシルフィードはシビレ罠の後方にて武器に手を掛ける。奴がシビレ罠に掛かったらすぐさま抜刀攻撃をする構えだ。

 二人が準備を整えて見詰める中、リオレウスは閃光玉がの効き目が切れた嬉しさからか、天に向かって吼える。そして、クリュウ達に向かって振り向くと、怒りに燃える右目でギロリと憎き敵の姿を捉える。

「グギャアオオオオオォォォォォッ!」

 怒りのバインドボイス。安全な間合いがあるので効果はないのに、その殺気に満ちた怒号はビシビシと二人の本能に警鐘を鳴らす。

 自然と、デスパライズの柄を握る手にも力が込もる。

 リオレウスは逃げずに自分と対峙する敵に向かって再び怒号を放つと、その敵を踏み潰す為に突撃する。

 迫り来る死という恐怖。すさまじいその迫力に逃げ出そうとする弱い自分を戒(いまし)め、グッと柄を強く握り締めて迫り来るリオレウスを睨み付ける。

 そして――

「グオオオォォォッ!? グワオォッ! ギャアァッ!?」

 再び全身に痺れが駆け抜け、体が一瞬にして動かなくなる。自分の体なのに、自分のものではないかのように動かない。何とか必死になって体に力を込めて動こうとするが、全く歯が立たない。

 完全に体の自由を奪われたリオレウスに向かって、クリュウとシルフィードは一斉に大地を蹴って突撃する。

「喰らえッ!」

 クリュウはリオレウスの顔面に向かってデスパライズを叩き込む。鱗が剥がれ、傷が生まれて血が噴き出し、内蔵された麻痺毒が迸る。すぐさま次の一撃に繋げて横薙ぎに振るい、再び縦、そして回転斬りにまで繋げて攻撃。ステップと共に立ち位置を変えて再び剣を叩き込む。クリュウの容赦のない攻撃の数々に、リオレウスの怒りの炎は激しく燃え上がる。

 さらに攻撃はクリュウだけではない。無防備な胴体に向かってシルフィードは溜め斬りを炸裂させる。その一撃はリオレウスの強固な鱗や甲殻を吹き飛ばし、中の肉を斬り裂き血を飛び散らせた。

 振り下ろしの一撃はすぐさま横薙ぎに繋げ、再び煌剣リオレウスを構え直して力を溜める。そしてリオレウスがようやくシビレ罠から解放された瞬間、再びシルフィードの強力な一撃がリオレウスに叩き込まれる。

「ギャオオオォォォッ!?」

 悲鳴を上げてたたらを踏むリオレウス。二人はその隙にすぐさま後ろに設置してある落とし穴にまで後退。リオレウスと距離を取る。

 リオレウスは激痛に耐えながら再び離れた敵を睨み、怒りの炎を凝縮して撃ち放つ。ブレスは待ち構える二人に襲い掛かるが、二人は完全にその弾道を見切っており、簡単に回避する。

 自らの攻撃をあざ笑うかのように余裕で回避する敵にリオレウスは怒り狂いながら突撃する。怒りで冷静さを失った彼が求めるのは勝利の血の味。ガバァッと黒煙を吐き出す口を大きく開き、このまま突撃して噛み付く。今の彼が考える事はそれだけだ。

 怒りとは冷静さを失わせ、動きを単調にしてしまう。それは本人が決して気づく事はない。だが、対峙する者にはその変化は手に取るように分かる。

 迫り来るリオレウスにクリュウは恐怖を打ち負かしながら対峙する。そんな彼の横では、迫り来るリオレウスを見詰め――小さく口元に笑みを浮かべるシルフィード。

 リオレウスがその笑みに何かを察した時にはすでに手遅れ。その瞬間、突如襲った一瞬の地面喪失。その次の瞬間には体が一気に降下して目線が半分近くの高さまで下がる。そして、下半身は地面に陥没し、周りの土などが粘りついて来て動きは封じられる。

 小賢しい敵の策だとは頭では理解している。でも、上半身しか動かせずにその場に拘束されたという焦りから、もう何も考えられずに暴れ回る事しかできない。

 リオレウスが落とし穴に引っ掛かった瞬間、クリュウとシルフィードは地面を蹴ってリオレウスに襲い掛かる。

「うりゃぁッ!」

 暴れ回るリオレウスの胸に向かってクリュウはデスパライズを叩き込む。血と共に迸る麻痺毒が再び着実にリオレウスの体内に注ぎ込まれる。クリュウは構わず連続して剣を振るい、次々に攻撃を当てて行く。

 シルフィードは上半身だけで暴れ回るリオレウスに向かってグッと姿勢を低くして巨大な剣を構えたまま、どんどん力を溜めていく。そして力が限界に達した瞬間、

「はあああああぁぁぁぁぁッ!」

 限界まで溜め込まれた力を一気に解放。爆発的な力で振り下ろされた巨剣の一撃はリオレウスの胸をズバァッと引き裂き、大量の血を噴き出す。

「ギャアアアアアァァァァァッ!」

 激痛と怒りで咆哮するリオレウス。暴れ回る力もより強くなり、激しく抵抗する。クリュウはその動きに激突しないように注意しながらひたすら武器を振るう。すでにデスパライズにはベットリとリオレウスの真っ赤な血が付着している。それでもクリュウは全力で武器を振るい続ける。

 今までにないほどの長期戦に手は力を込めるたびにズキズキと痛む。それでもクリュウは諦めない。

 ここでリオレウスを倒さないと、村が危ない。

 自分の役目は、故郷のイージス村を守る事。今回の戦いはその役目そのものだ。絶対に負けられない戦い。

 ただ武器を振るう事だけに集中するクリュウ。そんな彼に向かってシルフィードが叫ぶ。

「後退だッ!」

 シルフィードの声に、クリュウはすぐさま攻撃を止めてバックステップで距離を取る。シルフィードも同じだ。

 刹那、落とし穴が限界を越えてしまい、リオレウスは地面から脱出。巨大な翼を羽ばたかせて浮き上がると、元の土に戻った落とし穴だったものの上に重々しく降り立つ。

 再び対峙する両者。

 すでに勝敗は決しているとも言っていい状況であった。

 体も誇りもボロボロな空の王者リオレウスに対し、クリュウとシルフィードは疲労こそしているものの無傷同然。まだ戦う力は残っている。

 リオレウスの口から絶え間なく噴き出ていた黒煙が消えた。

 刹那、リオレウスは二人に背を向けて歩き出す。その片足はズルズルと引かれている――それはモンスターが弱っている証拠だ。

「逃げる気だッ!」

 シルフィードはすぐさま追撃する。クリュウは一度荷車に走り、打ち上げタル爆弾Gを数個抱えて走る。

 シルフィードは逃げるリオレウスに向かってペイントボールを投げ付けてから煌剣リオレウスを叩き込む。しかしその刃先が触れる寸前、リオレウスは翼を大きく羽ばたかせて空へ飛び立った。舌打ちするシルフィード。しかしすぐそこへクリュウが到達すると慣れた手つきで一斉に打ち上げタル爆弾Gの狙いを定めてピンを抜く。次々に打ち出される打ち上げタル爆弾Gはリオレウスの脚や翼、胸などに次々に命中して爆発するが、リオレウスはそれに耐えてさらに高空へ逃げる。ついに打ち上げタル爆弾Gの射程外にまで上昇したリオレウスはそこで水平飛行に移ると、空の向こうへ去って行ってしまった。

 広場に再び平穏な風が通り抜け、二人の緊張の糸も切れる。シルフィードは深く息を吐きながら煌剣リオレウスを背に戻す。クリュウは疲れのあまりバサルヘルムを脱いでその場にぐったりと座り込む。

「大丈夫か?」

 心配するシルフィードにクリュウは「大丈夫です……」と力なく答える。口ではそう言ったが、実際はもうヘトヘトだ。腕だってズキズキ痛む。

 クリュウが息を整えている間にシルフィードは荷車に歩み寄り、それを引っ張って再びクリュウの下に戻る。疲れているのは確かだが、それにしても自分以上に激しい戦いをしていたのに動く余裕が残っているシルフィードに改めてクリュウは敵わないなぁと苦笑いする。

「どうした? 怪我でもしたのか?」

 クリュウが右手のバサルアームを外して石の上で薬草をすり潰しているのを見てシルフィードが不安そうに訊いて来る。

「いえ、ちょっと無理したせいで腕が痛くなっただけです。薬草を塗っておけば問題ないですよ」

 そう言ってクリュウはすり潰した薬草を包帯に塗り、右手に左手で巻こうとする。しかしなかなかうまくいかない。すると、スッとシルフィードの手が伸びて包帯とクリュウの手を掴み、丁寧に巻いてくれる。

「あ、ありがとうございます……」

「礼などいらない。仲間なら助け合うのは当然だ。料理はダメでもこれくらいは私でも出来るからな」

「まぁ、治療の仕方を知らないのはさすがにヤバイですからね」

「そういう事だ。生きるか死ぬかに直結する問題だからな」

「いや、食事が作れないというのも直結すると思いますが」

「そうだな」

 クリュウのツッコミにシルフィードはおかしそうに小さく笑う。その戦闘時とはまるで違う優しげなお姉さんのような笑みに、クリュウは一瞬ドキッとする。

「これで良し。包帯はきつくはないか?」

「え? あ、はい。大丈夫です。ありがとうございました」

 クリュウは丁寧に礼をすると、アームを付け直して道具袋(ポーチ)の中から回復薬グレートを一本取り出し飲み干す。さらに常に常備している元気ドリンコを二本取り出す。

「どうぞ」

 そのうちの一本をシルフィードに渡した。

「ありがとう」

 シルフィードは元気ドリンコを受け取る。クリュウは残った一本を一気に飲み干す。シルフィードもゆっくりと飲む。

 元気ドリンコとしばしの休憩で体力を回復させたクリュウは立ち上がった。すでに十分息を整えるだけの休憩はした。戦闘終了直後に比べれば体の軽さが全然違う。

 シルフィードもクリュウと同じく疲れを取った。二人とも砥石で武器の切れ味を直し、素材を調合して罠を作り直した。準備は万端だ。

「どうやらリオレウスはこの山の頂上付近に向かったらしいな。脚を引きずっていた所を見ると、眠るかもしれないな」

「この山の頂上には飛竜が入れそうな洞窟がありますけど」

「おそらくそこが巣だろうな。案内してくれ」

 すぐさま歩き出すシルフィードに、クリュウは「え?」と驚く。まさか二人だけで行くつもりなのだろうか。

「あ、あのシルフィードさん。フィーリアやサクラと合流した方がいいのでは」

「いや、脚を引きずったという事は眠って体力を回復する可能性が高い。寝てしまえば奴は驚異的な治癒能力で回復してしまう。そうなればこっちが不利になる。時間がない」

「で、でも……」

 クリュウはサクラとフィーリアが消えた方向を不安そうに見詰める。と、その視線の先で何かキラリと光るものが見えた。それを見てクリュウの瞳が大きく開く。

「あれは……ッ」

「クリュウ?」

 駆け寄ったクリュウが拾い上げたのは、先程の戦闘で取れたサクラの額当てだった。

 額当てを見詰めたまま動かないクリュウに、シルフィードが近づく。

「それは……」

「……サクラは、大丈夫ですよね?」

 クリュウは振り返り、背後に立つシルフィードに問う。

 先程の戦闘で負傷したサクラの無事が、クリュウの中で不安となって大きくなっている。

 サクラは大切な仲間だし、子供の頃からの付き合いだ。そんな彼女が怪我をして今も苦しんでいるかもしれないと思うと、不安で胸が押し潰されそうになる。

 すがるような必死なクリュウの瞳に、シルフィードはしばし沈黙する。その沈黙が、クリュウの中の不安をより大きく、黒く染めていく。

「シルフィードさん……」

「――彼女が凄腕のハンターだという事は、君の方がよく知っているのではないか?」

「そ、それは……」

「ならば、君が信じないでどうする? 少なくとも、君よりはずっと彼女と共にいた時間が短い私は、彼女を信じている」

 シルフィードは迷わずそう断言した。そのうそ偽りのない真っ直ぐな言葉に、クリュウは少しだけ安心を得た。自然と口元に小さく笑みが浮かぶ。

「そうですよね。信じる事が大切ですよね。さすがシルフィードさん」

「そんな事ないさ」

 そう言ってキラキラとした瞳で見詰めるクリュウに背を向けるシルフィード。クリュウからは見えないが、彼女の頬はほんのりと赤く染まっていた。

「じゃあ、早くリオレウスを追いましょう。きっとフィーリアも途中で合流してくれるはずですから」

「そうだな。では行くぞ」

「はいッ!」

 歩き出すシルフィードを追い掛けるようにして、荷車を引っ張って歩き出すクリュウ。その瞳は希望に満ち溢れていて、純粋にキラキラと光っている。その視線が、ちょっぴりくすぐったいシルフィードは彼には見えない位置で小さく照れ笑いしていた。

 クリュウはどこまでも澄んだ蒼い空を見上げ、そっと脱いでいたバサルヘルムを被る。狭まった視界で見詰めるのはこのリフェル森丘で最も高い山の頂。あそこにある洞窟に、きっとリオレウスはいる。

 長かった戦いもこれが最後。気合を入れ直し、王の住まう砦とも言うべき山頂を目指し歩く。

 二人を見守る大空は、雲ひとつない快晴。空の王者との最終決戦に相応しい天気であった。


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