モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

72 / 251
第70話 瑠璃色の夜空の下で

 フィーリア、サクラ、シルフィードの三人は一度山頂付近に行き荷車を拾ってから拠点(ベースキャンプ)に向かった。幸いリオレウスと出会う事はなく三人は無事に拠点(ベースキャンプ)に到着した。

 拠点(ベースキャンプ)には先に到着していた救護アイルー達が帰り支度を整えていた。三人と視線が合うと二匹はニッコリと微笑む。

「……笑うなんて不謹慎」

「「ニャアアアァァァッ!」」

 早速二匹の頭を鷲掴みにするサクラにシルフィードは苦笑いし、フィーリアは慌てて二匹を解放する。この二匹が対人恐怖症にならなければいいのだが……

「それで、クリュウの具合はどうだ?」

 やっと解放された二匹にシルフィードが問うと、涙目で二匹は天幕(テント)を指差した。

「治療は成功ニャ。あとはぐっすり眠れば明日にはほとんど問題なく動けるようになるニャ」

「そうか……、だそうだ。良かったな」

 そう言って振り向くと、フィーリアが涙をボロボロと流しながらクリュウの無事を喜んでいた。見た感じ最も彼の無事を心配していたのは彼女だ。無事だと知って、涙が止まらない。

「あ、ありがとうございます……ッ!」

 泣きながら感謝するフィーリアにアイルー達もニッコリと微笑んだ。こうして感謝される事が、彼らにとって最高の報酬なのだ――まぁ、きっちり報酬金はもらうのだが。

「あとこれ、仲間が森の中で見つけた物ニャ」

 そう言って彼がシルフィードに手渡したのは爆発で吹き飛ばされて行方知れずとなっていたクリュウのバサルヘルムであった。

「すまない。助かったよ」

「良かったニャ」

 シルフィードに感謝されて嬉しそうに笑うアイルー達。そんな二匹にそっとサクラが背後から近寄った。

「……ねぇ」

「「ニャァッ!?」」

 その恐怖の声に二匹はビクリと震える。また何か死刑判決を受けるのかと恐る恐る振り返る。と、そんな二匹の頭をサクラはそっと撫でた。驚く二匹が見たのは、彼女の柔らかな隻眼だ。

「……ありがとう」

「ウニャ……、どういたしましてニャ」

「あ、あんたも怪我はするニャよ」

「……わかった」

 サクラと二匹のアイルーは固い握手を交わす。その光景にフィーリアは小さく微笑んだ。シルフィードは背を向けて天幕(テント)に近づくと背中に下げていた煌剣リオレウスを下ろして立て掛けた。

「そうニャ。あんた怪我してるみたいだからこれをやるニャ。ギルドには秘密ニャよ」

 そう言ってアイルーはどこからか小箱を取り出すとサクラに手渡した。

「……これは?」

「アイルー族の技術で作られた万能薬ニャ。傷も打撲も火傷もこれで吹っ飛ぶニャ」

「……いいの?」

「秘密ニャよ。その代わり、リオレウスを倒してほしいニャ。オイラ達の住処(すみか)もアイツの攻撃をいつ受けるかわからないのニャ。オイラ達はともかく、子供達を助けてほしいニャ!」

 リオレウスが現れた事によって困るのは何も人間だけではない。彼らのようなアイルーなどの他の生き物にも危害が加わってしまう。

 リオレウスを倒すというのは、彼らを助ける事にもなるのだ。

 アイルーのクリッとした真剣な瞳を見詰め、サクラは小さくうなずいた。その隻眼は真っ直ぐと前だけを捉えている。

「……安心して。私達が必ず倒すから」

「頼むニャッ! ハンターのお嬢さんッ!」

「信じてるニャよッ!」

 救護アイルーは三人に頭を下げると荷車を掴んで走り出す。その小さな背中をサクラは小さく手を振って見送った。

 救護アイルーがいなくなると三人は早速アイルーに貰った万能薬をそれぞれの傷や打撲、火傷などに塗った。これで明日には全員が全快しているだろう。それを終えるとシルフィードは焚火の用意に取り掛かる。フィーリアとサクラはすぐさま天幕(テント)の中に入ってクリュウを見に行った。

 天幕(テント)の中に一つだけあるベッドの上で、クリュウは静かに寝息を立てていた。どうやら頭を打っていたらしく頭にも包帯が巻かれ毛布の間から見える手などにも包帯が巻かれていて痛々しい姿だが、彼の寝顔を見る限り大丈夫らしい。

「クリュウ様の寝顔……」

「……(ポッ)」

 二人の恋姫は愛しの彼の寝顔にすっかり釘付け状態。そこまでは良かったのだが突如サクラがクリュウのベッドに潜り込もうとするという暴挙を決行。もちろんこれに対してフィーリアが激怒して恒例のケンカが始まってしまった。そんな騒がしい二人にシルフィードはため息する。

「少し静かにしろ。クリュウが起きてしまうだろうが」

 その言葉に二人は顔を見合わせて慌てて離れた。そしてクリュウが起きていない事を確認して安堵の息を漏らした。そんな二人を見詰めるシルフィードは小さく口元に笑みを浮かべる。

「そろそろ夕食にしよう。手伝ってくれ」

「は、はいッ」

「……(コクリ)」

 三人の戦姫は早速夕食の準備に入った。エレナほどではないがフィーリアも結構料理上手で、サクラもそれなりに料理はできたので一時間もしないうちにおいしそうな料理が並んだ。今日のメインはモス肉と山菜が入った山の幸鍋だ。

 ――その中に一つだけある真っ黒な物体。これを料理と呼ぶにはちょっと勇気がいるだろう、そんな品だ。

「え、えっとぉ……シルフィード様? これは何なのでしょうか?」

「……一応、コゲ肉」

「えっとぉ……、コゲ肉って確か外は真っ黒中は焼き過ぎでカチカチというイメージがあるんですが……」

「……すごい。中まで全部炭化してる」

 料理上手な二人の哀れむような視線に、シルフィードはいつになく頬を赤らめて恥ずかしそうに頬を掻いた。

「すまない。料理は苦手なのだ」

「苦手にしてもこれはちょっと……」

「……ひどい」

「返す言葉もない」

 完璧超人シルフィードの意外な弱点に驚きつつも、フィーリアはふと気になった事を訊いてみた。

「このような状態で、今までどうやってハンターをして来たのですか?」

「街では酒場で料理を食べ、狩場では買い込んだこんがり肉などを食べていたのだが――君達を見ていると自分が情けなく思えてきたよ」

 そう言って苦笑いするシルフィード。そんな彼女にフィーリアはサラダの盛り合わせを差し出す。

「ちゃんと栄養バランスを考えて食生活は管理してください。という訳で、シルフィード様にはこのサラダを食べてもらいます」

「いや、私は野菜が苦手で――」

「ダメです。食べてください」

 フィーリアはそう言って有無を言わせずシルフィードにサラダを押し付けた。意外とこういう所では頑固なフィーリア。サクラが逆らっても無駄だと言いたげな瞳を向けると、シルフィードは苦笑いしながら諦めた。

 そんなやり取りの後、夕食が開始された。

 フィーリアが作った料理は全て美味で、初めて食べるシルフィードも「狩場でこんなおいしい料理を食べるのは初めてだ」と言って絶賛した。苦手だったサラダも最初こそは渋っていたがフィーリアに無理やり食べさせられると意外とおいしいのに驚き、結果全部食べてしまった。

 軽い雑談を交わしながら続いた食事は十分ほどで終わった。後片付けも行い、三人は再び焚火を囲むようにして座る。

「不思議だ。君のサラダは全然嫌じゃなかったよ」

「えへへ、嬉しいです。これはエレナ様というクリュウ様の幼なじみの方に教えてもらった調理法なんです」

「クリュウの幼なじみ? 彼の村にいるのか?」

「はい。他にもたくさん、クリュウ様の大事な方が村にはいらっしゃいます。もちろん私やサクラ様にとっても、特別な存在です――だから、守りたいんです」

 イージス村はクリュウの故郷であると同時に二人にとっても大切な、故郷のような存在だ。守りたい、大切な居場所。

 二人の濁りのない真っ直ぐな瞳に、シルフィードは「そうか……」と小さく返した。

 嬉しそうに村の話をする彼女を見て、シルフィードは彼女の事を羨ましく思った。自分には守るべき村やものは存在しない。自分が何の為に戦っているのか、いまだに見つかってはいない。

 昔は故郷の小さな村を守る事に全力を注ぎ、皆に感謝され、それを誇りに戦っていた。だが、そんな自分の故郷は――

「どうしたんですか?」

 一人、昔の記憶に浸っているとフィーリアが心配そうに顔を覗き込んできた。そのクリッとした瞳は真っ直ぐで、心の底から心配されているのだとわかる。

「何でもないさ。それより今日は明日に備えてもう寝た方がいい。怪我の事もあるからな」

 そう言ってシルフィードは立ち上がると二人に背を向けて離れ、天幕(テント)に立て掛けてある煌剣リオレウスの柄を握って引き抜いた。道具袋(ポーチ)からは砥石を取り出し、すっかり刃こぼれしていた刃をきれいに整える。そんな彼女の背中を一瞥し、フィーリアはサクラと顔を見合わせる。

「ではサクラ様、明日に備えてそろそろ就寝しましょうか」

「……私はいい。起きてる」

「え? どうしてですか?」

「……クリュウが心配だから。私が寝ずに看護する」

「だ、ダメですよ! サクラ様は怪我をされてるんですから! そういう事は私に任せてください! サクラ様はお休みになるべきです!」

「……あなたには関係ない」

「関係大ありですッ!」

 今にも再び言い争いを始めそうな二人に、シルフィードは小さく苦笑いする。

 ――これがリオレウスと死闘を繰り広げていたハンターだと思うと、すっかり緊張感というものも緩んでしまう。

 だが、歴戦のハンターである二人もさすがに疲れているのが見て取れた。そんな二人にシルフィードは小さく口元に笑みを浮かべた。

「クリュウの事は私に任せて、君達はもう寝なさい」

「え? そ、そういう訳には……ッ!」

「明日もリオレウスとの戦いだ。疲労を残されて戦われては困る」

 シルフィードの少し強い言い方にフィーリアは黙ってしまった。そんな彼女とサクラの肩をシルフィードはそっと叩いた。

「いいから寝ろ。こういう時こそ、年長者に任せておけ」

「は、はい……」

「……(コクリ)」

 やはりかなり疲れていたのか、二人は素直に従った。歴戦のハンターである二人でもさすがにリオレウスとの死闘は相当な負担になるのだ。二人はそれぞれシルフィードに挨拶を済ませると足早に天幕(テント)の中に消えた。そんな二人にシルフィードは小さく、

「ゆっくり休め」

 そう言い、パチパチと弾ける音を立てながら燃える焚火の近くに腰掛けると、その揺らめく炎を見詰める。

 静かな木々の中、炎に焼かれて弾ける枝の音だけが小さく響き渡っていた……

 

 眠らない街と謳われるドンドルマであっても最も活気が小さくなる、世界の全てが寝静まったかのような時間である真夜中。そんな全てが眠る時に、クリュウは目覚めた。

 そっと目を開けると、そこは見慣れぬ天井。それが拠点(ベースキャンプ)の天幕(テント)の天井だとわかるのに少々の時間を要した。

 体をゆっくりと起こすとバサルシリーズは脱がされ、今はインナーと包帯だけという姿に気づいた。軽く包帯に手を当ててみるが、痛みはなかった。

「助かったのかな……?」

 リオレウスの毒爪の直撃を受けてよく無事だったと自分でも驚く。リオレウスの凶悪な顔を思い出すと今でも体が震えてしまう。まだ恐怖心が残っているのだ。

 もう夜中だが、すっかり目が覚めてしまったクリュウは起きようと視線を横に向ける。と、そこには毛布に包まってフィーリアとサクラが眠っていた。クリュウが唯一のベッドを使っていたので、彼女達はどちらも地面で眠っている。

「悪い事しちゃったな……」

 クリュウはベッドから降りると自分の荷物から上着を取り出して着込んだ。そして静かに寝息を立てている二人を起こさないようにそっと外に出る。思った以上に外気は寒い。考えてみれば季節はもう冬に限りなく近い秋だ。あと一ヶ月ほどでイルファ雪山は全面立ち入り禁止になるだろう。季節が変わるのは早いものだ。

 天井の木々の葉の間から差し込む月の光だけが薄く照らし上げる、すっかり生命が寝静まった空間。起きているのは自分一人。無音の世界。そんな世界に、自分の他に起きている少女――シルフィードがいた。

 パチパチと小さな音を立てて燃える焚火に当たりながら本を読んでいるシルフィード。どこか邪魔しちゃいけないような雰囲気にクリュウはそそくさと天幕(テント)に戻る。と、

「誰だ?」

 その第三者に対してのみ掛けられる声に、クリュウはビクッと震えて驚く。熟練のハンターであるシルフィードの索敵能力は常人のそれをはるかに上回っているのだ。

「あ、えっと……」

 クリュウはそっと顔を出す。すると、こちらを見詰める彼女と目が合った。その瞬間、シルフィードの表情に小さな笑みが浮かぶ。

「……なんだクリュウか。怪我の具合はどうだ?」

「あ、はい。もう大丈夫です」

「そうか、良かった――そうだ、腹減ってないか? 夕飯食べてないだろう?」

 そう問われた途端、お腹が小さく鳴ってしまいクリュウは頬を赤らめて苦笑いした。どうやらお腹はかなり素直らしい。

「少しだけ……」

「そうか。夕食の鍋が残っているからな。食べるなら温めるが」

「あ、ありがとうございます」

 シルフィードは本を閉じて横に置くと、焚火の横に大きな葉で蓋をした鍋を取って火にかけた。これはフィーリアがクリュウの分と残しておいたものだが、どうやら早速役に立ったらしい。

 火に安全に鍋を掛け、ふと顔を上げるとクリュウが先程と変わらぬ位置でこちらを見詰めていた。

「どうした? こっちへ来い」

「は、はい」

 クリュウは小走りで近づくと、シルフィードの対面に腰掛けた。肌寒い気温も火の周りだけは心地良いくらいに温かい。

「今日は冷え込むな」

「そうですね。冬が近いですから」

「寒いのは苦手だ」

「そうなんですか? じゃあこれから大変ですね」

「冬は冬眠でもしてるか」

「あははは、それは名案ですね」

 おかしそうに笑うクリュウにシルフィードは口元に小さく笑みを浮かべると火に数本枝を加える。その途端、パチンと小さな音を立てて火が弾ける。

 それからしばし二人の間に会話はなかった。ただ火に炙(あぶ)られた枝が弾ける音だけが響くだけ。

 お互いに気まずさがあった。クリュウは自分のせいで全員を危険に晒した事。シルフィードは彼を守り切れず怪我をさせてしまった事。それぞれの気まずさが、沈黙として二人の間に見えない壁を作っていた。

 それから数分後、火に掛けられて温まった鍋からいい匂いが漂い始めた。

「いい匂い」

「そうだな」

 シルフィードは蓋代わりに被せられている葉を取った。途端にさらに強いおいしそうな匂いと水蒸気が解放されて噴き出た。クリュウは鍋の中身を覗き込み嬉しそうに微笑む。

「おいしそう……」

「美味だったぞ。まぁ、フィーリアと付き合いの長い君なら当然わかっているだろうが」

「フィーリアの料理はおいしいですよね」

「食材を切ったのはサクラだ。まったく、二人揃っていい腕をしているよ」

「そっか、これサクラが切ったんだ」

 じっと鍋を見詰めるクリュウ。そんな彼を見て、シルフィードは小さく笑みを浮かべた。

 嬉しそうに喜ぶ彼を見て、フィーリアだけでなくサクラもがんばったと伝えたかった。だからつい言ってしまった。こんな事初めてだ。

「シルフィードさんも手伝ったんですか?」

 クリュウはふと気になってみて問う。が、それに対してシルフィードは小さく苦笑いした。その質問は愚問としか言いようがない事は彼は知らないのだ。

「一応こんがり肉を作ろうとしたのだが……コゲ肉の究極形態が完成してしまったよ」

「何ですか? コゲ肉の究極形態って」

「中まで見事に炭化した食べたら間違いなく腹を壊すような一種の兵器だ」

「……どうやったらそこまで見事なコゲ肉ができるんですか?」

 さすがのクリュウも苦笑いしかできない。それもそのはず。ハンター養成所ではまず最初に生肉の調達、そして調理が基本修行の中にあるのだ。肉が焼けないなどハンターとしてはかなりの致命傷だ。っていうか、卒業不可能なはずだが……

「シルフィードさんって、料理苦手なんですか?」

「苦手というレベルではないな。いわゆる混ぜるな危険って警告ものさ」

 そう言って苦笑いするシルフィードだが、気にしていない訳ではない。むしろかなり気にしている。才色兼備と呼ばれる素晴らしい女性であっても、何かしら意外な弱点があるものだ。彼女の場合は料理がそれに当てはまるらしい。

「しかし、さすがにいつまでも肉が焼けないという訳にはいかんな……」

 どうしたもんかとため息するシルフィード。と、そんな落ち込む彼女にクリュウが慌てて手を差し伸べる。

「だ、大丈夫ですよ! シルフィードさんならきっとすぐ上達しますって! 僕も協力しますから、がんばりましょうよ!」

 笑顔でそう力強く言うクリュウに、シルフィードは小さく笑みを浮かべた。

「……優しいのだな。クリュウは」

「そんな事ありませんよ。僕なんてまだまだ」

「そう謙遜するな。君は十分すばらしい人間だ――っと、そんな事を言っている間にできたようだな」

 シルフィードは話を切り上げると熱々に温まった鍋におたまを入れて適量をお椀によそう。辺りにはすっかりいい匂いが漂っている。

「まずはこれくらいでいいか?」

「あ、はい。ありがとうございます」

 シルフィードは湯気を上げるお椀を箸(はし)と共にクリュウに手渡す。が、彼の指がお椀に触れる寸前、シルフィードは小さく腕を引いた。

「シルフィードさん?」

「怪我はもう大丈夫そうだが、一人で食べられるか?」

「え? 全然問題ないですけど……何でですか?」

「いや、食べられないのであれば私が食べさせてやろうかと――」

「全然大丈夫ですッ! そのようなお手数は必要ありませんッ!」

 クリュウは力強くきっぱりと断言した。普段は優柔不断な彼だが、こういう時にはすさまじい即決力を発揮するのだ。あまり意味はないのだが。

「そ、そうか。なら受け取れ」

 あまりにクリュウが焦りながら言うのでシルフィードは不思議に思って首を傾げるが、彼はそんな彼女の手からお椀を受け取り安堵の息を漏らして食事を開始する。

 とりあえず息を数回吹き掛けてから一口。

「熱ッ……あ、でもおいしい」

 いつもいつも狩場ではこんな感じの料理を食べているのだが、改めてフィーリアの料理はおいしいと思った。

「だろ? まさか狩場でこんな豪華な食事にありつけるとは思ってもみなかった」

「シルフィードさんはどんな食事だったんですか?」

「うん? 買っておいたこんがり肉とかを食べてたな。温めると必ず黒焦げになるからそのままで」

「……苦労してますね、色々と」

「言うな。負けた気がするから」

 そんな彼女の言葉にクリュウは苦笑いすると改めて息でしっかりと冷ましてから汁をすする。味はもちろん美味。体の底から温まる、肌寒い今日みたいな日には最適だ。

 おいしそうに汁をすするクリュウ。そんな彼を見詰めるシルフィードの口元には小さな笑みが浮かんでいた。その笑みに気づいたクリュウは首を傾げる。

「何ですか? 僕の食べ方が変ですか?」

「あ、いや違う。すまない」

「別に構いませんが、理由がすごく気になります」

 クリュウがそう言うと、シルフィードは突然天を見上げた。木々の枝のせいでほとんど空は見えないが、隙間からは星の瞬(またた)きが美しく輝いているのが見える。

「シルフィードさん?」

「……ちょっと昔話をしたくなった。聞いてくれるか?」

「へ? あ、別に構いませんが」

 クリュウは不思議そうに彼女を見詰める。シルフィードはそんな彼の言葉に小さく礼を言うとそっと瞳を閉じた。まるで、昔の光景を思い出しているかのようだ。

「昔……と言ってもつい五年ほど前の話だ。私はその頃かけだしのハンターとして日々様々な依頼を受けていた。子供だったせいか、狩りが楽しくて仕方がなかったよ。その頃の私は故郷の村に拠点を置いて活動していた。狩りに出てモンスターを狩れば村の人達が喜んでくれた。今思えば、その感謝の言葉や笑顔がほしくて、狩りが楽しかったのかもしれん」

 その気持ち、何となくだがクリュウにもわかる気がした。彼も依頼が成功すれば村の人みんなで祝ってくれる。そんな嬉しさも、彼が戦う理由の一つでもあるのだ。

「私の家族は父と母、そして私と弟で成り立っていた。父は世間でも名の通ったハンター。母も以前はハンターで父の相棒だったらしいが、結婚してからは引退して普通の主婦になった。二人とも優しくて笑顔の絶えない、大好きな両親だった。弟は昔から無愛想な私と違って喜怒哀楽の多い元気で活発な少年だった。本当に、いい子だったよ」

 自分の過去を話しているシルフィード。そんな彼女の言葉を真剣に聞くクリュウだったが、その時すでにその違和感に気づいていた――彼女が語る事すべてに過去形が付いている。その意味がわかるのに、そんなに時間は掛からなかった。

 ――自分と、似ている気がした……

「シルフィードさん……」

「毎日が楽しくてな。皆の笑顔を守りたいと思った。ドンドルマみたいな大都市など興味はない。自分はただこの村を、人々を守りたいを思っていた――だが、それは突然終わりを告げた」

 シルフィードは辛そうに眉を歪めて唇をキュッと噛んだ。その表情をクリュウは知っている。自分もそんな表情をする時がある。

「……それは外部からの依頼で一週間ほど村を空けていた時に起きた。村は突如現れたリオレウスとリオレイアの番(つが)いに襲われ――壊滅した。生存者はゼロ。父も母も、弟も、友や親しかった村人達も皆殺された。私がそれを知って慌てて帰った時には、無残な光景しか残されていなかった。焼け崩れた家、踏み潰された畑――見知った顔の死体。それはもう地獄のような景色だったよ。私は、その場で泣き崩れた」

 シルフィードはそこまで言うと、しばし黙ってうつむいた。小刻みに震えるその肩を見て、クリュウは声をかける事はなく黙っていた。こういう時は何もしない方がいい。自分自身の経験からそう思い、何もしなかった。

 パチン、と火に焙られていた木の枝が弾ける音が響いた。

「……後の事は、よく覚えていない。周辺の村や街から救護隊や支援隊が来たが、そんなものは必要なかった。そうだろ? 助けるべき人々はすでに全滅しているんだから。助ける事も復興の手伝いをする事もできない。簡単な調査だけを終えて、それらは全て帰ったよ」

「仕方が、ないですよね」

「そうだ。仕方がないのだ。別に私は彼らを薄情だなどと責めたりなどしていない。むしろ焼け焦げた家などから村の人達の遺体を掘り出して丁重に葬ってくれた事を心から感謝している」

「……村を襲ったリオレウスとリオレイアは?」

「後日、周辺の村などが私の村の仇と合同でギルドに依頼を発し、それを受けたハンター達によって討伐されたそうだ」

 シルフィードは新しい枝を数本束のまま火にくべた。火はより一層強く燃え上がる。まるで、彼女の魂のように。

「私は守るべきものを一挙に全て失った。おかげで立ち直るのに数ヶ月かかってしまった。立ち直る前は村を守れなかった自分を責めたが、いつまでも落ち込んでいられんしな。立ち直った後は私の村のような犠牲を少しでも喰い止める為に戦った。ただそれだけを目指して戦い、勝ち続けていたら、いつの間にか蒼銀の烈風などと呼ばれるようになっていた。私は二つ名をもらえるような大した人間(ハンター)ではないのだがな」

 そう言って自嘲気味に笑うシルフィード。だが、クリュウは首を横に振る。そんな事ない。彼女は立派なハンターだ。まだ出会って短いが、それだけは絶対自信を持って言える。

「シルフィードさんは立派な方です。もっと自分に自信を持ってください」

 だが、クリュウのそんな励ましの言葉もシルフィードは首を横に振って否定する。

「私にそんな資格はない。私はただ犠牲を出さない為に戦ってきた。だがそれは単なる自己満足でしかない。誰の為でもない、自分の為さ。君のように何かを守る為に戦っているのではない。そんな私を認める必要はない」

「シルフィードさん……」

 自分も彼女のように辛い過去がある。追い続けていた父の背中を突然失ったあの時の事は、今でもはっきりと覚えている。

 彼女の瞳には、自分と似た悲しみの光がある気がした。大切なものを失い、心に穴が開いたようなあの瞳だ。

「私は君がうらやましい。守るべきものがあり、頼れる仲間がいて、目的がある。私には、何一つないものを、君は持っている」

「そんな事ありませんよ。シルフィードさんだって、きっとあるはずです。まだ見つからないだけで、きっと守るべきものも、頼れる仲間も、目的もきっと。それにシルフィードさんも僕にはないものをたくさん持ってるじゃないですか。僕だって、シルフィードさんがうらやましいです」

 クリュウの言葉に、シルフィードは一瞬だけ瞳を大きく開いたが、すぐにフッと小さく口元に笑みを浮かべて瞳を細める。

「……君は、どこか弟に似ているな」

 シルフィードの言葉に、クリュウはハッとする。彼女が言う弟とは、村が滅んだ時に亡くなったという彼女の弟。

「そう、なんですか?」

「あぁ、いつも真っ直ぐ前だけをキラキラとした希望に満ち溢れた瞳で見詰める、心優しい少年だった。さっきも言ったが、無愛想な私と違って本当に明るい自慢の弟だったさ。生きていれば、ちょうど君と同じくらいの歳になっていただろう」

 どこか嬉しそうに話すシルフィードを見て、クリュウは胸が苦しくなった。きっと、本当に大好きな弟だったのだろう。だからこそ、そんな彼を失った苦しみは計り知れない。

「……僕は、シルフィードさんの弟さんのような立派な人間じゃないですよ」

「そんな事はないさ。君は十分立派だよ。故郷の為に戦える、ハンターにとってこれ以上ない名誉な事を、君はやっているんだ。私は、ただその手助けをしているに過ぎない」

 シルフィードは小さくため息を吐くと、火の中に新しい枝を数本加える。揺らめく炎に照らし出されたその表情は、歴戦のハンターとは違う、一人の少女の悲しみを映し出していた。

「シルフィードさん……」

「すまない。食事時にするような話ではなかったな――忘れてくれ」

 そう言って、仕切り直すように笑みを浮かべるシルフィード。だが、その笑顔がどこか暗く見える事に、クリュウは気づいている。

 モンスターと共生するこの世界では、彼女のようにモンスターに襲われて両親や友人、故郷を亡くす者は数多く存在する。理不尽な自然の暴力。人間はそれに立ち向かう為に武器を手にそれらの脅威と戦ってきた。それがハンターであり、自分達の職業だ。

 だが、いくらハンターが大勢いても全てを守るなど到底できない。全てを守るなど、妄言にしか過ぎないのだ。だから人々は自分の守るものを守り、そしてその輪が大きくなって全体を守る事に繋がる。でもそれは表面的なものでしかない。どんなものにも穴はあり、その穴がある事によって、傷つく者が必ず存在する。彼女も、そして自分もその犠牲者の一人なのだ。

「……僕も、父さんをモンスターに殺されました」

 沈黙の中突如放たれた彼の言葉に、シルフィードは下げていた視線を上げて彼を見る。その表情は自分の知らない、彼の悲痛な姿。

「そう、なのか?」

「父は村の周囲を守る守護神のような存在でした。強くて、優しくて、どんな小さな犠牲でも決して許さない、まるで正義感の塊のような人で、僕にとっては誇りに思える最高の父親でした。僕は小さい頃から、父さんのその広い背中を追い掛けて育ってきました。しかし、父さんはギルドからの依頼を受けて出て行き、そしてそのまま帰って来ませんでした」

「そんな事が……」

「でも、僕はそんな父さんに憧れてハンターを目指す事にしたんです。父さんのような立派なハンターになって、みんなを守れるような、誰も悲しまない、誰も傷つけない、そんなハンターになりたいんです――これが、僕の夢なんです。父さんから受け継いだ、大切な夢」

 クリュウはそっと胸に手を当てた。

 思えば、父の背中を見て自分はハンターを目指した。いつか父と一緒に狩りに出る。そんな小さな夢すらも胸に抱いて――でもそれは叶わなかった。

 父の死。それが自分を変えたのだと思う。

 父が命を懸けて守ったものを、今度は自分が守りたい。そう思うようになった。だからこそ単身ドンドルマに移り住んでハンター養成所に通った。そこで教官や師匠の下で猟友達と一緒に必死に訓練を重ね、四年の歳月の末に卒業し、自分が守るべき村に戻った。

 そして、新しい日々が始まったのだ。

 エレナや村の人達との再会から始まり、フィーリアやサクラ、アシュア、ライザ、ラミィ、、レミィ、ツバメなど多くの人達との出会いがあった。シルフィードとの出会いもまた、その中の大切な一つ。

「僕は、自分の大切なものを守れるような立派なハンターになりたいんです。だから、僕は村の脅威となる存在は全て排除します――リオレウスも、必ず倒して見せます」

 彼の鋭く真剣なその瞳に、シルフィードはフッと小さく笑った。

 初めて彼と出会った時、一匹狼として生きてきた自分が彼らを仲間にした理由。それは彼の瞳がきれいだったからだ。

 自分の志を貫き、それに向かって不器用でも一生懸命前に進もうとしているその汚れのない瞳。自分はそれに惹かれた。だから、共に行こうなどと言ってしまったのだ。

 後悔はしていない。むしろ感謝しているくらいだ。一匹狼として戦ってきた自分に、仲間という温かな存在を教えてくれた。実力主義のソードラントとは違う、互いを支え合う、心優しい――本当の仲間というものを。

 ――きっと彼は、強くなる。そう思った。彼の人を集める力は、いずれ大きな力となる。

 孤独の中にはなかった、清々しい気持ち。まさか自分よりも年下で、どこか頼りなさげなこんな少年にそんな大切な事を教えられるとは、世の中わからないものだ。

 小さく笑みを浮かべるシルフィード。そんな彼女に、クリュウはそっと手を伸ばした。その手を見て首を傾げながら顔を上げると、そこには木々の枝の合間から見える月光に照らされた、どこか幻想的な彼が真剣な瞳を自分に向けていた。

「――守ります」

「何?」

「僕、シルフィードさんも守ってみせます。今はまだ守られてばっかりの頼りない子供でも、いつかきっと、シルフィードさんだって守れるような立派なハンターになってみせます。だからその時は、今度は僕がシルフィードさんを守ってみせます」

 ――不覚にも、その時の彼の言葉や姿にドキリとした自分がいた。だが、それが一体何を意味しているのか、それはわからなかった。

 ただ一つ言えるのは、胸がドキドキし熱くなった事。心地良い温かさが胸を優しく包むような感覚。こんな感覚初めてだ。

「シルフィードさん? 顔が赤いですけどどうしたんですか?」

 その言葉にハッとし、慌てて頬を両手で押さえる。すると、火に当てられた表面だけの熱さじゃない、内側からの熱さが少し冷えた手のひらを温めた。

「な、何でもない」

「風邪ですか? 無理はなさらずもうお休みになった方が……」

「大丈夫だ。風邪ではない。だが確かにもう夜遅い。私は寝る事にするよ。君はどうする?」

「僕はとりあえずフィーリアが残してくれたこれを食べてから寝ます」

「そうか」

 シルフィードはそう答えて横に置いてあった本を持って立ち上がると、彼に背を向けて天幕(テント)に向かって歩き出す。そんな彼女にクリュウは「温かい格好をして眠ってくださいね」と声を掛けた。すると、彼女はそこで立ち止った。

「なぁクリュウ」

 背を向けたまま声を掛けてくるシルフィード。そんな彼女にクリュウは「はい、何でしょうか?」と返事する。

「君が私を守れるほどのハンターになるのは、まだ相当先だろうな」

「ま、まぁそうですよね」

 苦笑いするクリュウ。そんな彼に、シルフィードは背を向けたまま言葉を続ける。

「それまでは、私のような経験の豊富な者に守ってもらえ。そうして、少しずつ経験を積み、そして強くなれ。君はきっと、いいハンターになれるさ」

「はい。ありがとうございます」

「――だが、君が言ったいずれ私を守ってくれるという言葉、楽しみに待っているぞ」

 そう言って、シルフィードは天幕(テント)の中に消えた。彼女の背中が暗闇に消えるまで、クリュウは呆けていた。そして、彼女が言った最後の言葉を思い出し、小さく笑みを浮かべる。

「がんばらなくちゃッ!」

 みんなを起こさないように小さな声で気合を入れ直すと、食事を再開する。心なしか、先程よりもおいしく感じられた。

 十分ほどで食べ終えたクリュウは、天幕(テント)に戻った。するとフィーリアやサクラと同じようにシルフィードも地面に毛布に包まりながら横になって眠っていた。

 またも迷惑を掛けてしまったなぁと思いつつ、クリュウはちょっぴり罪悪感を感じながらもベッドに入って眠った。

 疲れがまだ残っていたのか、すぐに眠りについた。

 月明かりに照らされる天幕(テント)の中、四人の少年少女達は次なる戦いに備えてしばし体を休めた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。