モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第68話 紅蓮業火 死闘の末の敗北

 ペイントの匂いを追って一行が辿り着いたのは山頂付近の小さな広場。あまり背の高い木はなく大きくても二メートル前後、野の所々にきれいな花が咲いている。周りを岩壁や崖に覆われていて眼下の景色は清々しい眺め。ここに至る道幅が狭いのでアプトノスがいない為かそれを獲物にするランポスもめったに現れない狩場とは思えないようなのどかなエリアだ。ただし道幅が狭過ぎる故に荷車を持ち込む事はできなかった。その為荷車は途中で置いて大タル爆弾G四個と小タル爆弾Gを四個、落とし穴とシビレ罠を一個ずつ持って登って来たのだ。

 奥には高台があり、そのさらに奥にある道を上に登って行くと洞窟がある。その奥に飛竜が巣に使う頻度が高い場所がある。

 そんなエリアに――奴はいた。

 低い唸り声を上げなら、ズシンズシンと重々しい地響きと共に歩く空の王者リオレウス。口からは黒煙や炎が出ていない。すでに怒り状態は収まったらしい。

 クリュウ達はエリアに入ってすぐにある岩陰や草陰に息を殺しながら隠れている。爆弾などは岩陰に隠し、それぞれ必要な道具や武器を構えている。シルフィードの指示があればいつでも突撃可能だ。

 シルフィードは閃光玉を握っていた。奴がこちらを向いた瞬間に閃光玉を炸裂させて動きを封じ、先制攻撃を仕掛けるつもりなのだ。

 すでにクリュウは落とし穴を、フィーリアとサクラはそれぞれハートヴァルキリー改と飛竜刀【紅葉】を構えて攻撃準備を完了している。

 そして、リオレウスが辺りを見回しながら長い首を持ち上げてこちらを向いた瞬間、シルフィードは閃光玉を投擲した。

 刹那、すさまじい閃光が迸りリオレウスの視界を潰した。悲鳴を上げるリオレウスに向かってすぐさまフィーリアが新たなペイント弾を撃ち込み、サクラは突撃を開始。遅れてシルフィードも突撃。クリュウは側面から回って落とし穴を設置し、すぐさまリオレウスに肉薄する。

 見えない群がる敵にリオレウスは体を回転させて尻尾で薙ぎ払おうとする。だがサクラはその動きを読みながら姿勢を低くして尻尾を回避。すぐさま剣を振るう。先程の休憩で研いだ刃はリオレウスの強靭な鱗を爆発と共に吹き飛ばす。

 シルフィードは回転するリオレウスの傍に駆け寄ると何もない場所で突如大剣を引き抜いて溜め始める。失敗したのかと思った刹那、クリュウは目を疑った。

 回転したリオレウスの頭が寸分狂わずシルフィードの方へ向き、その瞬間溜めに溜めた力を一気に解放したシルフィードの強力な一撃がリオレウスの頭に炸裂したのだ。

「グギャアアアオオオォォォッ!」

 悲鳴を上げるリオレウスからシルフィードは一度距離を置く。すぐさまフィーリアの徹甲榴弾LV2がリオレウスの顔面に突き刺さり起爆。悶えるリオレウスに容赦なく第二射が命中し起爆する。

 暴れるリオレウスの足元ではサクラが気刃斬りと通常斬りをうまく組み合わせて練気を維持したまま攻撃していた。そこへクリュウが到達し足に向かってデスパライズを振るう。迸る麻痺毒を見てサクラは場所をクリュウに譲ってシルフィードがリオレウスの動きを止めた間に尻尾に向かって気刃斬りを炸裂させる。

「……チェストオオオォォォッ!」

「グワアアアオオオォォォッ!」

 サクラの最後の一撃が炸裂したと同時にリオレウスの視界が復活。肉薄していた三人はすぐさま後退する。そこへリオレウスのバックジャンプブレスが炸裂。爆風に飛ばされながらも三人はリオレウスから距離を取った。

 リオレウスはまずブレスをシルフィードに放つが、彼女はそれを横へ跳んで回避。背後にあった木々が爆砕した。

 次にリオレウスはサクラに向かって突進。巨大な体を凶器に変えて襲い掛かるリオレウスにサクラは岩陰に隠れた。狭い岩幅にその巨体は強制的に停止させられ、サクラには後一歩届かない。目の前で憎々しげに睨むリオレウスの顔面に、サクラは容赦なく剣を振るう。

 動きが止まったリオレウスにクリュウはすぐさま斬り掛かる。足を中心に剣を振るうと返り血と共に麻痺毒が迸る。先程のように麻痺させるにはまだまだ毒が必要だ。

 岩幅に阻まれてこれ以上進む事のできないリオレウスはヤケクソとばかりに届かぬ敵(サクラ)に向かってブレスを放つが彼女はそれを間一髪で回避した。長い黒髪が数本灼熱の炎で焼かれた以外は外傷はない。

 リオレウスは次なる敵を探して振り向く。そこへフィーリアの放った徹甲榴弾LV2が頭に炸裂。悲鳴を上げるが容赦なくさらに一発が命中し起爆する。その間にシルフィードは奴の巨大な足に向かって横薙ぎ一線で剣を振るう。そのすさまじい威力にリオレウスはバランスを崩して横倒しになった。

 クリュウはすかさず腰に下げていたデスパライズを引き抜いてリオレウスに襲い掛かる。

「喰らえッ!」

 両腕を使った渾身の一撃が鱗を吹き飛ばして血が舞う。同時にリオレウスの体内へ麻痺毒が侵入しわずかながらも蓄積したが、まだ力を発揮するには程遠い。クリュウは構わず連続して剣を振るう。

 リオレウスは周りに集まる敵を吹き飛ばそうと突進して振り払う。クリュウとシルフィードはガード、サクラは回避してその一撃をやり過ごす。

 背の低い木々を薙ぎ倒しながら前方へ転倒するようにして急停止するリオレウス。不幸にも先程仕掛けた落とし穴の横を通り過ぎてしまった。クリュウは小さく舌打ちすると側面に回る。サクラとシルフィードは真っ直ぐ突進。フィーリアは三人からは少し離れた位置で冷静にスコープを覗いて照準を合わせている。

 風の動きを肌で感じ、正確に狙いを定めるフィーリア。今日は南風がわずかに強い。彼我の距離を目測で測定し、わずかに横に角度をつけて風に流されても着弾予定地に命中するように銃口の向きに角度をつける。口で言うのは簡単だが、不定期に変わる風力や動き回るリオレウスがそれを邪魔する。こんな高度な技術ができるガンナーは世界を探しても数少ない。彼女はそれだけの力を持っているのだ。

「ここッ!」

 一瞬でタイミングを見出し引き金を引く。撃ち出された弾は横風にほんの数センチ流されるが、最初に角度をつけているので狙った場所に寸分狂わずに命中した。突き刺さったのは頭。弾種は徹甲榴弾LV2。時間差で中の火薬が爆発する。刹那、

「グギャオオオォォォッ!?」

 悲鳴を上げてリオレウスは倒れた。立てずにもがき苦しむリオレウスに驚いていると、風に乗ってフィーリアの声が聞こえた。

「今ですッ! 総攻撃を掛けてくださいッ!」

 そう叫びながら自身も通常弾LV2を装填して速射を開始する。

 リオレウスは立つ事もできずにもがき苦しむ。ハンマーなどの打撃武器またはボウガンの徹甲榴弾は頭に命中すると脳に直接ダメージを与えられる。その結果蓄積されたダメージがある一定の限界を超えるとめまいが起きてモンスターは一時的に行動不能に陥るのだ。ボウガンで気絶させるのは至難の業だが、フィーリアはそれをやってのけた。

「ナイスだッ!」

 シルフィードはそう叫びながら突進する。身軽なサクラはすでにリオレウスの翼に向かって連続して気刃斬りを炸裂させている。続いてクリュウがシルフィードより先にリオレウスに斬り掛かった。

「はあぁッ!」

 気合を入れて斬り掛かる。迸る麻痺毒が先程から何度もリオレウスの体内に流れている。一度目以上の毒を与えないと発動しないのなら、まだ発動はしないだろう。クリュウはとにかくひたすら剣を振るい続ける。

 サクラも容赦なく気刃斬りを炸裂させている。そのすさまじい嵐のような剣撃にリオレウスの翼膜はボロボロになるが、決定打は与えられない。フィーリアの放つ通常弾LV2はそんなクリュウ達を避けて正確にリオレウスの体に命中している。さすがだ。

 そして、シルフィードはリオレウスの背後で抜刀し剣を構えている。力をどんどん溜め、ある一定の限界を超えた瞬間、

「はあああぁぁぁッ!」

 気合と共に振り下ろす。その一撃はリオレウスの堅牢な鎧でさえもぶち抜いて内部の肉を斬り裂き、血が滝のように噴き出した。

「ギャアアアアアァァァァァッ!」

 悲鳴のようにリオレウスの怒号が響き、シルフィードは剣を背中に戻して後退する。それを見てサクラとクリュウもリオレウスから離れた。直後、リオレウスはゆっくりと立ち上がった。目の前には憎き敵。自分の誇りを汚す憎き敵がいる。

「ギャアアアオオオォォォッ!」

 怒号を上げ、容赦なく体内の火炎袋と呼ばれる器官で練り上げた灼熱の業火の塊を撃ち出した。爆音と共に撃ち出された炎の一撃は轟音を纏いながら敵に襲い掛かるが敵はそれを回避してしまう。

 リオレウスは怒号と共に突進を仕掛ける――だが、後一歩のところでそれは封じられた。

「ギャアアアオオオォォォッ!」

 再び下半身が地面に沈み視界が低くなるこの感覚。最初に会敵した際に敵が使った小賢しい罠だと気づいた時にはもう遅かった。

 再び脱出しようともがくリオレウスを見て、クリュウはすかさず爆弾を隠した岩陰に駆け出す。それを見てサクラとシルフィードも続いて追いかける。ただ一人残ったフィーリアはとっておきの《秘密兵器》を弾倉に込めて撃ち放った。反動が大きく、ちょっと後退ってしまう。撃ち出された弾はリオレウスの頭に命中し薄い水色っぽい煙を吹き出した。一発しか一度に装填できない大型弾なのですぐさま次の弾を装填する。するとそこへクリュウが大タル爆弾Gと小タル爆弾Gを一個ずつ、シルフィードが大タル爆弾を一個、サクラが新たにシビレ罠を持って戻って来た。

「時間がありませんッ! すぐに仕掛けますよッ!」

「スリル満点だな、これは」

 苦笑いしながら重い大タル爆弾Gを持って走るシルフィード。クリュウはリオレウスに近付いて難なく爆弾を設置する。経験の差か、その動きは鮮やかだ。シルフィードは内心ちょっと恐怖しながらも大タル爆弾Gを設置。クリュウはすぐさま小タル爆弾Gのピンを抜き、二人で一斉に走り出す。

 リオレウスの周りの地面にヒビが入っている。もう持ちそうもない。脱出と起爆。どちらが先なのか……

 地面が裂け、リオレウスの体が落とし穴から解放される。だが、飛び立つ直前に爆弾が起爆しすさまじい大爆発が起きた。

 サクラとクリュウ、フィーリアは慣れたようにその爆風に耐えるが、日頃あまり爆弾を使わないシルフィードは爆風に煽(あお)られてちょっとよろけた。

 大タル爆弾G二発というのはかなりの威力だが、リオレウスは黒煙を巨大な翼で吹き飛ばしながら上昇する。再び空中ブレスかと思われたが、リオレウスはそのままさらに高空まで上昇を続け、水平飛行に移るとそのまま飛び去っていく。

「逃げられたか……」

 クリュウはふぅと息を吐いて緊張を緩める。が、

「いや、まだだ」

 シルフィードはそう言いながら剣を背中に戻して空を睨み続ける。見るとサクラとフィーリアも武器を背負って空を見上げていた。その視線を追うと――リオレウスが上空を大きくエリアを囲むように旋回していた。

「あ、あれは……?」

「旋回して私達を空から強襲しようと狙いを定めているんだ――散開ッ!」

 シルフィードの号令と共にサクラとフィーリア、そしてシルフィード自身もバラバラな方向に走り出した。呆然とするクリュウにシルフィードが怒鳴る。

「走れッ! 狙われるぞッ!」

「は、はいッ!」

 クリュウも慌てて走り出す。

 少し小狭いエリア内で四人のハンターがバラバラな方向に走り回る。何とも奇妙な光景だ。だが、これが奴の攻撃を撹乱させる最も有効な手であった。

 リオレウスは上空で狙いを定めると翼を大きく羽ばたかせて急降下。高度を低くして全速力で空中突撃をして来る――狙いはクリュウだ。

「ぬわあああああぁぁぁぁぁッ!?」

 岩壁を越えて頭スレスレの高度で突撃して来るリオレウスにクリュウは悲鳴を上げながら前方に倒れるように回避。刹那、彼の直上をリオレウスが轟音と暴風を纏いながら滑空して通り過ぎて行った。そしてそのまま崖を越えて急降下して視界から消えた。

「だ、大丈夫ですかッ!?」

 比較的一番近くにいたフィーリアが倒れたクリュウに駆け寄る。と、

「うぅ……ひぐぅ……」

「く、クリュウ様ぁッ!?」

 駆け寄ったフィーリアは驚き慌てる。なぜなら、クリュウが泣いていたからだ。

「こ、怖かったよぉ……」

 あまりの恐怖にクリュウは泣き出してしまった。情けないのではない。誰だって巨大な飛竜の凶悪な顔が目と鼻の先にまで迫って自分に襲い掛かって来たら涙が決壊するのは仕方がない事だ。

「だ、大丈夫ですか?」

「う、うん……」

「はうぅ……ッ!」

 突如フィーリアは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。

 グシグシと手の甲で涙を拭うクリュウ。その赤くなった目や頬を流れる涙、そしてその怯えた表情――不謹慎ながら、かわいいと思ってしまった。

「は、反則ですよこんなの……ッ!」

「そうだよねぇ。あんな攻撃なしだよぉ」

 微妙にかみ合っていない反則の向かう先。フィーリアが不意打ち的にドキドキしているとサクラとシルフィードが駆け寄って来た。

「大丈夫か――って、泣いているのか?」

「……クリュウ、かわいそう」

「だ、大丈夫大丈夫。大丈夫です」

 クリュウは涙を拭ってちょっと無理しながらも笑みを浮かべる。その表情を見てどうやら怪我はないようだったので安堵するシルフィードは今度はなぜかうつむいているフィーリアを見る。

「フィーリア、君は大丈夫か?」

「ひゃ、ひゃいッ!?」

 顔を真っ赤にしてものすごく慌てているフィーリアに、シルフィードは首を傾げる。

 一方、クリュウを泣かせたリオレウスが降りて行った崖を睨みサクラは一言、

「……殺す」

「あのサクラ? 全方位にすさまじい殺気を放つのはやめてくれない? こっちまで身の危険を感じちゃうから」

 そんなわずかな間に流れるいつも通りの雰囲気。だが、それはすぐに崩れる。崖下からあの巨大な羽音が響き、突風が吹き荒れる――刹那、リオレウスが崖下から現れた。

 リオレウスは憎々しげに敵を一瞥して上空を滑空。暴風を纏いながら地面に降り立つ。すぐさま四人は散開し、クリュウとサクラは側面から、シルフィードは正面から向かい合う。そこへフィーリアの銃弾がリオレウスを襲う。炸裂した弾は着弾と同時に薄い水色っぽい煙を放った。それを見て、シルフィードは指示を出す。

「クリュウッ! サクラッ! 攻撃は中止だッ! リオレウスを撹乱するぞッ!」

 その指示にクリュウは首を傾げながらもうなずいて従う。サクラはすでに理由がわかっていたのか無言のまま剣を収納した状態で走る。

 ちょこまかと動き回る敵にリオレウスはブレスを放つが、もちろん当たらない。そこへフィーリアの銃弾が炸裂する。

 リオレウスはちょこちょこと攻撃して来る敵に向かって突進する。フィーリアはそれを回避すると通り過ぎざまに撃ち放つ。

 巨体故に勢いを殺せないリオレウスは体を投げ出すようにして急停止する。そこへ装填したばかりの弾を撃ち放つ。

 リオレウスは再び遠くから攻撃して来る敵に向かって突撃する。だが、撃ち出された銃弾がリオレウスの鼻先に命中した瞬間、その動きは止まった。

 リオレウスは突如周りに放っていた殺気を消すと、そのまま崩れるようにして倒れた。そしてなんと寝息を立てて眠り始めてしまった。

「え? ど、どうしたの?」

 状況がわからず混乱するクリュウに、サクラが小さく説明してくれた。

「……フィーリアの睡眠弾LV2が利いたのよ。今奴は眠ってる」

「眠らせた? あのリオレウスを?」

「……えぇ」

 クリュウは先程まで自分達に殺気を嵐のように放って殺しに掛かっていたリオレウスを見て本当に寝ているのか不安になった。だが、奴はのん気に鼻提灯(はなちょうちん)までしてぐっすりだ。自然と安堵してしまう。

 こうして見ると、凶悪なリオレウスもちょっとだけ怖くない――まぁもちろん、すさまじく怖いのには変わりないが。

 ――だが、時間が限られている。

 フィーリアは銃を背に背負うと三人を呼ぶ。ここからは時間との戦いだ。

「リオレウスが眠っている間に残る大タル爆弾Gを全て設置して爆破しましょう。その方が安全ですし威力もあります。急いでください!」

 クリュウはうなずくとシルフィードと共に残る大タル爆弾Gが隠してある岩陰に走る。フィーリアは起爆の用意を、サクラは砥石で刃を研いでいる。

 師匠に習ったが睡眠付加による眠りは強制的に眠らせた不安定なもので、ちょっとした衝撃でさえ起きてしまう上に持続時間が短い。事は急がなければならない。

「これだ!」

 クリュウは隠してあった大タル爆弾Gを掴む。次にシルフィードが最後の爆弾を掴んで共に走り出す。残っている大タル爆弾Gはこの二つだけ。あと二発は拠点(ベースキャンプ)に置いてきているので、事実上これが最後の爆弾だ。

 クリュウとシルフィードは大タル爆弾Gを持ってリオレウスに駆け寄る。眠っているとはいえその凶悪な顔は何度見ても慣れるものではない。

 二人はリオレウスの顔の両側に大タル爆弾Gを設置する。そして急いで離れた。

「いいよッ!」

「わかりましたッ!」

 フィーリアはハートヴァルキリー改を構えてスコープを覗き込んで狙いを定める。リオレウスに当たらないように気をつけながら大タル爆弾Gに照準を合わせる。そして、

 バァンッ!

 撃ち放たれた銃弾は寸分の狂いなく大タル爆弾Gに命中。刹那、大タル内の信管がその衝撃で発火。カクサンデメキン入りの爆薬に引火して大爆発を起こした。

 すさまじい爆発に消えるリオレウス。クリュウ達は襲い掛かる爆風に耐えながらリオレウスを確認する。だが、黒煙に包まれた奴の安否はわからない。

「やった、かな?」

「……わからない」

 横にいるサクラもじっと鋭い隻眼で黒煙の柱を睨むばかり。

 辺りには焦げ臭い匂いが漂い、大タルの破片や土がパラパラと落ちて来るだけで何の変化もない。黒煙は相変わらず天に向かって伸び続ける。

 クリュウは目を凝らして黒煙を凝視する――刹那、黒煙の中で何かが動いたのを見逃さなかった。

「サクラッ!」

「……わかってる」

 近くにいたシルフィードとフィーリアもわかっていた――奴のすさまじい殺気に。

「ギャアアアアアオオオオオォォォォッ!」

 怒号と共に暴風が吹き荒れ、黒煙が吹き飛ばされた。荒れ狂う嵐のような突風に包まれたのは紅蓮の凶竜。所々鱗や甲殻が吹き飛び血が溢れ出すという少なくないダメージを負っていながらも、大地にしっかりと二本の脚で踏ん張り立つ空の王者――リオレウス。

 大タル爆弾G二発を受けただけあってさすがにボロボロだが、その闘志は衰える事はない。むしろ凶悪なまでに激しさを増している。

 ――まだ、戦いは終わりそうになかった。

 次の攻撃に備えて武器を構え直すクリュウ達を睨み、リオレウスは荒れ狂う激昂を怒号と共に撃ち放つ。

「グギャアアアアアオオオオオォォォォォッ!」

 強烈なバインドボイスにクリュウ達は恐怖のあまり耳を塞いでしまった。と、

「しっかりしろ!」

 耳栓のおかげでバインドボイスが通じないシルフィードが三人の肩を揺らして解放する。おかげでリオレウスよりも先に行動が可能になった。

 リオレウスは口から黒煙と炎を噴き出す。その姿は怒り状態。危険信号だ。

 怒り狂うリオレウスは翼を広げて火炎袋の中で練り込んだ爆炎をブレスとして撃ち放つ。四人はそれを冷静に回避した。クリュウも少しずつだがリオレウスの動きがわかるようになっていた。

 クリュウとシルフィードが右へ、サクラとフィーリアが左へ回避した。

 リオレウスは二手に分かれた敵に対して翼を羽ばたかせて上空に舞い上がる。

「また飛んだッ!」

 クリュウは悔しそうに睨むと走り出す。他の三人もブレスを警戒して走り出した。そこへリオレウスがブレスを放って来る。クリュウから少し離れた地面に命中して爆発した直後、リオレウスは第二射を撃ち放った。再び爆発が起きる。今度はクリュウの真後ろ。狙いを修正しより正確な一撃だ。

 リオレウスの空中ブレスの連続攻撃はあと一回。クリュウはシルフィードから得た知識で次の奴の攻撃を先読みして岩陰に隠れた。刹那、リオレウスはブレスを放った。その一撃は岩に炸裂して爆発する。パラパラと大小様々な砕けた岩がクリュウに降りかかるが、クリュウは盾でそれを防ぎながら岩陰から飛び出す。

 リオレウスは自分の攻撃を全て回避した敵を睨みながら降下して着地。そこへすかさずフィーリアの貫通弾LV1が炸裂する。反撃とばかりにリオレウスも彼女に向かって突撃した。その速度は怒り状態なので通常時よりもずっと速い。クリュウは悲鳴を上げるが、フィーリアは全力で横に走って体を投げ出すようにして回避した。間一髪だ。

 勢い余って倒れ込むリオレウスに、今度はサクラが襲い掛かる。先程の滑空攻撃の間にずっと維持していた練気はなくなっているので多少威力は下がるが、それでもかなりの威力だ。だが、その鋭い剣先が炸裂する寸前でリオレウスは大空に舞い上がってしまう。地面に叩きつけられる暴風に動きを封じられたサクラは小さく舌打ちして再び空に逃げるリオレウスを睨む。

 三連発ブレスを警戒してクリュウはリオレウスからかなり距離を取る。ここまで来ればブレスだって届かないだろう。そう思って道具袋(ポーチ)の中から回復薬を取り出す。が、

「――え?」

 リオレウスはブレスは撃たなかった。ただ、クリュウを睨んだまま体を激しく動かし――

「逃げろクリュウッ!」

 シルフィードの悲鳴が聞こえた刹那、信じられないような速度でリオレウスがクリュウに向かって一直線に襲い掛かってきた。クリュウはほとんど反射的に盾を構えたが、小さな片手剣の盾では防ぎ切れないような連続した巨大な爪の連続攻撃。表面を覆うドスゲネポスの皮はいとも簡単に引き裂かれ、すさまじい衝撃がクリュウの細腕に直撃する。

 質量が違い過ぎる。

 目にも留まらない連続した爪攻撃。一撃目は何とか守り切れたが、二撃目は不可能だった。盾を弾かれ、がら空きになった懐にリオレウスの巨大な爪が突き刺さった。

「がはぁ……ッ!」

 悲鳴も上げられず吹き飛ぶクリュウ。その体は離れた岩壁に激突してぐったりと地面に倒れた――岩壁には、彼の体が擦れて残った血の跡が……

「嫌あああああぁぁぁぁぁッ!」

 フィーリアが絶叫のような悲鳴を上げて慌ててクリュウに駆け寄る。サクラも冷静さを失って悲鳴を上げながら彼に駆け寄る。シルフィードは唇を噛んで道具袋(ポーチ)から閃光玉を取り出すと再び最初の位置に戻ったリオレウスに向かって投擲。炸裂した光にリオレウスは悲鳴を上げて飛行不能となり地面に激突した。すぐにシルフィードもクリュウに駆け寄る。

「クリュウ様ぁッ! クリュウ様ぁッ!」

 狂ったように彼の名を呼び続ける彼女の腕の中で、バサルヘルムが脱げ露になった口から血を流すクリュウは気を失ってぐったりとしていた。爪が突き刺さった脇腹付近はバサルモスの甲殻でできた胸当(バサルメイル)と腰当(バサルフォールド)で守られていたが、それらはリオレウスの爪に砕かれ、真っ赤に染まっている――それが彼の血だと理解するのにそう時間は掛からなかった。

「撤退だッ!」

 シルフィードはこれ以上の継戦は不可能と判断してすぐさま撤退指示を出す――だが、フィーリアもサクラもそんな指示など聞こえてはいなかった。二人とも、血まみれのクリュウに冷静さを失い周りなど見えてはいない。

「しっかりしろッ! このままでは全滅だぞッ!」

 シルフィードの怒号にハッとする二人――だが、すでに遅過ぎた。

 視界が復活したリオレウスは塊になっている敵に向かって鋭い牙が並ぶ凶悪な口を開く。その暗闇ののどの奥に火花が迸った刹那、爆音と共に巨大な業火の塊が撃ち出された。

 迫り来る火炎の塊にサクラとフィーリアはなす術もなく最期の瞬間を覚悟した――が、そんな二人の前に立ち塞がったのはシルフィード。襲い掛かるブレスに向かって煌剣リオレウスを横に構えてガード体勢になる――刹那、山の山頂付近の小さな広場が爆発と共に爆炎に包まれた。

 崩れる岩壁、崖下に向かって落ちる無数の瓦礫(がれき)――四つの小さな黒煙。それらは全て下に広がる森の中に消えて行った。

 煙が晴れた時、燃える草木の中に四人の姿はどこにもなかった。

 消滅した敵に向かって、大地を震わせるリオレウスの勝利の咆哮が力強くリフェル森丘全体に響き渡った……


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