モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第6話 鍛冶師の心得

 翌朝、クリュウは早速アシュアの下に向かった。

 まだ朝早いのにアシュアの家の煙突からはもくもくと煙が出ている。

「こんな朝早くからもう起きてるんだ」

 感心と罪悪感が入り混じった微妙な表情を浮かべながら煙突から立ち上る煙を一瞥して家に近寄ると、ドアの前に立ってノックをする。

「アシュアさん。僕です。クリュウです」

 少しの間を置いてドアが開かれると中からアシュアが出て来た。

「あらクリュウくん。早いねぇ」

 そう言って微笑む彼女の目元には薄っすらと隈が浮いていた。心なしか少し笑顔が力ないし、髪もボサボサだ。

「アシュアさん……もしかして徹夜したんですか?」

「当たり前や。夜通しやらんと不可能やったしねぇ」

「別にいつでもいいですのに。無理して徹夜する必要はありませんよ」

「何言っとるん。職人たるものお客を待たせちゃダメなんよ。お客様は神様や」

 そう誇らしげに言うアシュアはどこかかっこ良く見えた。これが職人魂というものなのだろう。

「ほら、そないな所につっ立っとらんでこっちへいらっしゃいな。あんたの相方はしっかりと強化と整備しておいたからねぇ」

 そう言ってクリュウは中に案内された。

 中は外の涼しい空気とは違い蒸し暑かった。あまりの暑さに一瞬顔をしかめてしまう。そんな彼の表情を見てアシュアはくすりと笑った。

「暑いんか?」

「え? あ、はい」

「こんくらい鍛冶師ならいっつもの事やで?」

「アシュアさんは暑くないんですか?」

 そう聞くとアシュアは笑みを浮かべて意外な答えを言った。

「そりゃ暑いに決まっとるやろ? 人間そう簡単に体質が変わる訳やないんやから。ほら見てみぃ。おでこなんか汗ダラダラや」

 視線を上げると、確かに彼女の額には汗がポツポツと浮いていた。慣れてはいても暑いのは変わらないらしい。

「すごいですね。アシュアさんは」

 素直にそう言うと、アシュアは「そんな事あらへんよ」と言って手の平をヒラヒラと左右に振った。

「それやったらクリュウくんみたいなハンターの方がすごいやろ。あんな恐ろしいモンスターと戦うんやから」

「でも、僕はまだランポスが限界ですよ?」

「そんでも普通の人から見ればすごい事やで? ランポスなんて、見たらすぐ逃げろって小さい頃から耳にタコができるほど言いつけられとるからねぇ」

 そう言って笑うアシュアは、真っ赤な炎が燃え盛っているタタラに薪(まき)を数本くべた。火がより強く燃え盛る。

「あんたもそのうち砂漠や火山へ行くんやろ? あないな所に比べたら工房の暑さなんてかわええもんやで」

「でも僕らはクーラードリンクを使ってますよ?」

 クーラドリンクとは暑さを和らげる道具の事。砂漠や火山といった高温地帯は人の体が長時間耐えられるような場所ではない。それを一時的とはいえ和らげて活動を可能にさせるのがクーラードリンクであった。

「そんでも暑さは和らいでも相当なもんやろ?」

「まあ、そう教わっていますが……。なにせ僕はまだ密林戦ですら不安定なんですから。砂漠はまだ先ですし、火山なんてとてもとても」

 そう言うと、アシュアはクリュウの肩をポンポンと軽く叩いた。顔を上げると、そこには頼もしい女鍛冶師の笑顔があった。

「大丈夫や。あんたはきっと強くなるで。うちはそう信じとるよ。せやから、うちも全面的にバックアップするで。これからもバンバン武具の事なら任せてぇな。あ、でも有料なもんはきっちり代金はもらうから、覚悟しときぃや」

 そう言って笑顔で応援してくれるアシュアにクリュウは嬉しそうに笑みを浮かべてうなずいた。その笑みに満足したのか、アシュアはすっと背を向けてタタラの横にある棚に近づくと、そこからクリュウのハンターナイフ《改》を取り出した。

「刃の部分に純度の高い鉄鉱石を新しく強化したこのハンターナイフ改なら、前よりもずっと切れ味は抜群のはずやで。あたいが保証するから安心してぇな」

「ありがとうございます」

 受け取ったハンターナイフ改は前よりも美しい輝きを放ち、アシュア一押しの美しい刃はどんなものでも切れそうな気がした。

「あと、これがあんたの防具やからね。まったくもう、これ全然整備してなかったでやろ? 繋ぎ目の所がガタガタだったで。こんなんじゃ動きが鈍るし防御力も急降下やで? 武具の手入れはこまめにしてぇな」

「はい、すみません」

 謝りながら防具を受け取るクリュウを見詰め、アシュアは小さく微笑んだ。

 渡されたチェーンシリーズ(+ブルージャージー)は昨日まで自分が使っていたのと別物のように輝いていた。いつも泥が付こうが傷が付こうが帰って来くると疲れて手入れもしていなかったのに、今目の前にあるのは新品同然に輝いていた。

 汚れはきれいに落とされ、ヤスリか何かで磨いたのか傷もない。

「すごい……新品みたいだ……」

 驚くクリュウにアシュアはフフンと胸を反らす。

「それくらい鍛冶師なら当然よ。でも手入れはちゃんとしといてぇな」

「はい。気をつけます」

 嬉しそうに防具を隅々まで見詰めるクリュウに一度微笑むと、アシュアはふわぁとあくびをした。昨日鉄徹夜をしたおかげですっかり睡眠不足なのだ。

「さってと、クリュウくんに武具はちゃんと渡したし、ちょっと仮眠でもしよっかな」

「お疲れ様です。ごゆっくり休んでください」

 そう言ってクリュウは邪魔をしないようにペコリと頭を垂れて外に出た。後ろからついて来たアシュアは出口で「今日もお仕事がんばりぃや」と見送ってくれた。

 クリュウはもう一度お礼を言った後新品同然になった防具や新しく強化された剣などを嬉しそうに見詰めながら丘を下った。アシュアはそんな彼の背中に小さく微笑むとふわぁ、とあくびを一つし、パタンとドアを閉めた。

 その日、一晩中煙を吹き続けていたアシュアの家の煙突はずっと沈黙していた。


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