モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第66話 最強の飛竜

 リオレウスの怒号が、戦いの火蓋を切った。

 すでに戦闘態勢に入っているフィーリア、サクラ、シルフィード。彼女達に遅れてクリュウも慌てて戦闘態勢に入る。

「まずは落とし穴に落とすッ! 爆弾用意ッ!」

 シルフィードの命令にクリュウとサクラはすぐに岩陰に隠してあった大タル爆弾Gをそれぞれ一個ずつ持ち、クリュウはさらに小タル爆弾Gも持つ。

「ギャオアアアァァァッ!」

 何やら動き出した敵に向かって、リオレウスは先制攻撃を掛けようと必殺の突進を開始する。巨体故に歩幅が広く、その速度はクリュウが今まで相手にして来たどの飛竜よりも速い。

 迫り来る凶悪な顔と圧倒的な迫力。それだけでクリュウは恐怖して逃げたくなるが、幸か不幸か大タル爆弾Gを持っている為そんな激しい動きはできない。

 それに、冷静な部分が教えてくれている。

 迫るリオレウスの足元には――

「ギャアアアォォォッ!?」

 落とし穴が仕掛けてある事をッ!

 突進で敵を潰そうを考えていたリオレウスは見事に落とし穴を踏み抜き、下半身を完全に穴の中に埋めた。仕掛けられたネットが纏わり付き、その強大な力で暴れ回るリオレウスを逃がさない。だが、時間が限られている。

 クリュウはすぐに上半身だけで暴れ回るリオレウスの近くに大タル爆弾Gを設置する。それだけでもクリュウにとっては勇気ある行為であった。以前のクリュウならこんな行為すらできなかっただろう。今までの幾多の経験が、彼を大きく成長させていた。

 イャンクックの時のように相手の目を見て動けなくなるなんて事がないように最初から絶対に目を合わせない。

 クリュウに続いてサクラも大タル爆弾Gを設置した。二つの爆弾は暴れ回るリオレウスの顔付近に置かれている。すぐさまクリュウは小タル爆弾Gを設置してピンを抜くと全速力で走った。すでにフィーリアとシルフィード、サクラも離脱済みだ。

 今まで幾度となく使ってきた小タル爆弾G。その起爆までの時間は完全に把握している。爆発寸前、クリュウは体を投げ出すようにして前に突っ込んだ。刹那――

 ドガアアアアアァァァァァンッ!

 すさまじい爆風が身を投げ出したクリュウの体を吹き飛ばし、彼の体は地面に二度三度叩き付けられた。だが、バサルシリーズの防御力はこの程度では問題なく、すぐに立ち上がる。

 爆風に髪が乱れるが気にせず、すぐさまフィーリアはペイント弾を装填してリオレウスに向けて撃ち放った。刹那、あの独特の匂いが焦げた臭いを押さえながら辺りに漂う。

 黒煙が晴れると、そこにはまるで爆弾など効いていないかのように上半身を大暴れさせて落とし穴から脱出しようとするリオレウスがいた。フィーリアはすかさず今度は貫通弾LV2を装填して撃ち放つ。弾はリオレウスの体に吸い込まれ、炸裂。血飛沫が散る。

 サクラとシルフィードはリオレウスに向かってすぐさま突撃。あれだけの爆発を受けてもまだ落とし穴の中で暴れ回れるリオレウスに突っ込む。

 サクラはリオレウスの胴体に向かって抜刀攻撃。そしてそれをすぐに連続斬りに繋げて容赦ない斬撃を叩き込む。

 一方シルフィードは安定しないリオレウスの頭の前で急停止しその勢いのまま背中の大剣を引き抜くと、右足を軸に固定し、両腕を一杯まで引き絞り、大剣を背負うようにして構えると、神経を集中し力を溜めていく。

 暴れ回るリオレウス。落とし穴の効き目はあとわずか。連続斬りで猛攻撃を行っているサクラが安全の為に距離を取った。刹那、地面にひびが入った。落とし穴が限界に達したのだ。

 リオレウスの巨体が戒めを解かれて飛び上がろうとする。だが、飛び上がる直前、シルフィードは溜めに溜めた力を一気に解放。巨大な大剣を振り上げ、一気に叩き落とす!

「せいやッ!」

 全体重に重力、大剣自体の重量、そして限界まで溜めて解放した力を加えたその一撃はリオレウスの頭に炸裂。同時に火属性の煌剣リオレウスから炎が吹き荒れ、ドゴォンッという轟音と共にリオレウスの頭が地面に叩き込まれた。その威力に地面に無数のひびが入る。あまりの猛烈な攻撃力にリオレウスは前のめりに倒れた。飛び立とうとした瞬間に打ち込まれたので、脚が浮いていたからバランスを取れずに倒れたのだ。

 シルフィードは横に転がって立ち位置を変えると、起き上がろうとするリオレウスの強靭な翼に向かって再び巨剣を振り下ろす。だがその一撃は奴の強力な翼膜に弾かれ、決定打にはならなかった。

 横からはサクラが連続して斬り掛かる。狙うはその巨体を支える筋肉の塊のような脚。体勢を崩すには一番だし、身長の低い人間(ハンター)が一番狙いやすい場所だ。その分相手の懐に入るのでリスクも大きいが。

 紅蓮の柱に向かってサクラは剣を連続して全力で振るう。だが、当たるたびにまるで弾かれているような衝撃と共に手が痺れる。それほどまでに奴の鱗は堅いのだ。

「……チッ」

 サクラは舌打ちすると一度バックステップして離れた。リオレウスと戦うのは彼女にとっても命懸け。それも最近はクリュウと行動している事が多かったのでブランクもある。ここは慎重に行くべきだ。

 一方フィーリアは容赦なく連続して貫通弾LV2を撃ち続ける。いくら堅牢な鱗であろうが、強力な火薬に撃ち出される小さな銃弾の貫通力には負ける。貫通弾LV2は確実にリオレウスの体を貫いて行く。

「ゴアアアァァァッ!」

 リオレウスは最も鬱陶しいフィーリアに対して突進する。フィーリアはそれを冷静に見極めて避けた。この辺の動きは彼女の得意なリオレイアと同じ動きだ。目標を見失ったリオレウスは止まらぬ自らの巨体にそのまま突進を続け、先程シルフィードが乗っていた木を巻き込みながら倒れて停止した。あれだけの巨木を一撃でへし折るなんて、すさまじい威力だ。

 起き上がるのにわずかな隙が生まれるのは基本的に全飛竜に共通する。クリュウはその隙を突いて突撃した。

「せいやぁッ!」

 クリュウは全力で奴の脚に向かってデスパライズを叩き込む。刃先に備え付けられた牙がリオレウスの強力な鱗に命中する。刹那、シビレ罠に出るような黄色い電撃が発生した。これが麻痺毒が奴の体内に注ぎ込まれた証拠だ。どうやら麻痺性の毒は空気に触れると発光するらしい。

 うまく麻痺毒を注入できたが、一発ではもちろん麻痺になどならない。だが、クリュウはそれ以上の攻撃ができなかった。

 リオレウスはクリュウなど無視してこちらに走って来るサクラに向かって突進した。その際、クリュウは突如動き出した奴の脚に蹴られ、悲鳴も上げられずに吹き飛んだ。

「クリュウ様ッ!」

 地面の上を二転、三転して止まる。すぐさまクリュウは起き上がったが、体中に鈍い痛みが走った。さらに先程剣を叩き込んだ右腕も軽く痺れている。まるでバサルモスの甲殻に斬り掛かったかのような衝撃。奴の鱗はあまりにも硬く、突破するのはかなり苦しそうだ。

 クリュウはすぐさままだ少し痛む体を無視して走り出す。リオレウスはサクラへ突進するも回避されて失敗したらしい。倒れているその背後からシルフィードが近付くと、一度背負い直していた大剣を再び全力で引き抜き振り下ろした。大剣の基本動作は主に動きを阻害する大剣を収納し、攻撃する際に抜刀するというもの。彼女の動きはまさにそれであった。

 振り下ろされた煌剣リオレウスはリオレウスの翼に炸裂するが、斬り裂く事はできない。それほどまでに堅いのだ。

 そこへすかさずサクラが尻尾に向かって剣を振るった。だが、その攻撃は全て鱗に阻まれかすり傷程度にしかダメージを与えられない。

「グオオオォォォッ!」

 リオレウスは群がる敵を吹き飛ばそうと体を時計回りに回転させ、強靭な尻尾を振り回す。その攻撃にシルフィードは間一髪大剣でガードしたが、ガードのできないサクラは直撃こそ避けたが命中。吹き飛ばされた。

「サクラッ! このぉッ!」

 クリュウは斬り掛かろうとデスパライズを構えながら突進する。だが、リオレウスはこちらに向いた瞬間、顔を右に向けた。次の瞬間、鋭い牙が並んだ口をガパァッと開けてクリュウに向かって噛み付こうと首を振り下ろした。

「うわぁッ!?」

 クリュウは慌てて盾を構えた。だが、その威力はすさまじく、クリュウは全力で前進していたのに、大きく後ろに後退してしまった。

 ガードには成功したが、手がビリビリと痺れる。一つ一つの攻撃全てが今までとは桁違いなほどに強力であった。

 フィーリアはクリュウの突撃が失敗したと見るやすぐさま射撃を再開する。無数に撃ち出される。リオレウスは殺気を振り撒きながらゆっくりと旋回する。

(ブレスッ!?)

 その動作にフィーリアは横に跳んだ。遅い旋回の後にはブレス攻撃。歴戦のハンターであるフィーリアはそんな奴らの癖まで見極めていた――だが、それは大きな間違いであった。それはリオレイアの場合だけ、リオレウスはそうとは限らないのだ。

 リオレウスは突如翼を広げると地面を蹴って飛び立つ。しかし高くは飛ばず人間の頭ギリギリの高さという低空飛行でフィーリアに突撃して来た。

「きゃあッ!?」

 フィーリアは慌てて地面に倒れた。そのすぐ上を巨大なリオレウスが通過した。そして彼女の背後に滑空しながら降下し降り立った。

「だ、大丈夫ッ!?」

 クリュウがすぐに声を掛けて来た。

「は、はいッ!」

 フィーリアはそう返すとすぐに立ち上がって弾を再装填する。

 今回の相手はリオレイアではない。リオレウスだ。先程の遅い旋回はリオレイアの場合は次の動作がブレスであるが、リオレウスの場合はブレスまたは滑空飛行なのだ。フィーリアは改めてリオレウスとリオレイアの違いを感じた。

 クリュウは一度シルフィードと合流した。そこには先程尻尾攻撃を受けたサクラも立っていた。

「サクラ、大丈夫?」

「……問題ない」

 どうやら大した怪我はしていないらしい。クリュウはほっと胸を撫で下ろす。

 リオレウスは再びこちらに向き直ると、クリュウ達三人を睨み付ける。刹那、翼を大きく開き、首を持ち上げた。その動きにシルフィードとサクラの瞳が大きく見開かれる。

 サクラは右へ、シルフィードはクリュウの腕を掴んで左へ跳んだ。刹那、首を振り下ろしたリオレウスの口が爆発。巨大な炎の塊が撃ち出された。炎の軌跡を残しながらその一撃は信じられない距離まで飛び、やがて霧散した。

 リオレウス必殺のブレス攻撃だ。燃焼性の液体を吐きかけるイャンクックや燃える溶岩を吐き出すバサルモスと違って、リオレウスのブレスはまさに炎の塊。燃え盛る炎がそのまま撃ち出される。だからこそ質量などはなく、撃ち出した威力のまま遠くまで届くのだ。

 クリュウは目の前を通り過ぎた巨大な炎撃に絶句した。もしシルフィードが引っ張ってくれなきゃ、今頃直撃して爆死していた。そう理解すると、背中に冷たいものが流れる。

「怪我はないか?」

 シルフィードはクリュウを見ずにリオレウスを睨んだまま問う。そんな彼女の問いに、クリュウは「は、はい」とちょっと声を震わせながら答えた。

「あ、ありがとうございます」

「気をつけろ。奴のブレスを受ければ、上級ハンターであっても即死の可能性がある。必ず避けろ。首を持ち上げたら横へ跳べ」

「は、はいッ!」

 刹那、シルフィードは走り出した。サクラもほぼ同時に走り出す。クリュウも負けじと遅れながらも突撃した。フィーリアはそんな三人を掩護するように貫通弾LV2を撃ちまくる。

 リオレウスは無数の銃弾を浴びながらも無視し、迫る敵に向かってブレスを放った。再び炎の塊が吐き出され、サクラを襲う。サクラは突撃を諦め横へ跳んでそれを避けた。

 残ったシルフィードとクリュウはその間に一気にリオレウスとの距離を詰める。一番最初にシルフィードが到達。すぐさま抜刀攻撃を首に向かって振り下ろす。爆発と同時に炸裂したその強大な一撃にリオレウスは「グゥオ……ッ!」とうめき声を上げて動きを止め、首をブルブルと振るわせる。そこへクリュウが到着し、遅れながらもその脚に向かって剣を振り下ろした。初撃は見事に命中して麻痺毒が迸る。しかし二撃目は命中するも麻痺毒は出なかった。必ず出る訳ではなく、状態異常属性の攻撃はこうした不発も多いのだ。

「このぉッ!」

 三撃目はなんとか麻痺毒が炸裂した。そして続く四撃目を振り上げる。が、突如すさまじい暴風に襲われ一瞬視界が途絶えた。

「うわっぷッ!」

 倒れそうになる体をなんとか堪えて再び目を開けると、そこにリオレウスはいなかった。

「え? ど、どこッ!?」

「上ですッ!」

 フィーリアが空に向かって貫通弾LV2を撃ちながら叫んだ。その射線の先を目で追うと、巨大な翼を羽ばたかせて大空を空中停止(ホバリング)しているリオレウスがいた。あまりの勇ましい姿に一瞬目を奪われる。すると、リオレウスはいきなりブレスを放った。その向かう先にはシルフィード。

「くッ!」

 シルフィードは横に跳んでそれを避けた。一瞬前まで彼女がいた場所にブレスが着弾。刹那、大タル爆弾Gに匹敵するような爆発が起きて地面をえぐり、土の塊が吹き飛んだ。辺りに舞い上がった土がパラパラと舞い落ちる。

 一方、サクラはリオレウスが飛んでいる間に荷車に駆け寄って打ち上げタル爆弾G三つを掴むと奴の真下でピンを抜いて走る。計三発の打ち上げタル爆弾Gが打ち上がり、リオレウスの脚や胴体で炸裂した。しかしそれだけでは決定的なダメージを負わす事はできず、リオレウスは何事もなかったように悠々と舞い降りた。

 クリュウはすかさず脚に向かってデスパライズを叩き込む。一撃目は不発。二撃目と三撃目は成功して麻痺毒が迸った。

 フィーリアは残弾が少なくなった貫通弾LV2から通常弾LV3に切り替え、すぐさま連続して撃ち放つ。だが、リオレウスはそんな彼女に向かってブレスを放った。フィーリアは横に転がるようにして回避。背後の岩壁が爆発して吹き飛び、爆風が彼女の金色の髪を激しく靡かせる。

 サクラは一度リオレウスの側面に回って近づくと一気に斬り掛かる。炎の連撃がリオレウスの鱗や甲殻に叩き込まれるが、耐火力に優れている火竜の鱗や甲殻はその程度の火力ではびくともしない。

「はあああぁぁぁッ!」

 頼もしい掛け声と共に走って来たのはシルフィード。その細腕からは到底思えないような力で巨大な剣を振り上げ、その重量をも加えて一気に振り下ろす。その刃先はリオレウスの尻尾に炸裂。サクラの飛竜刀【紅葉】ではかすり傷しか付かなかったが、その強力な一撃は鱗を吹き飛ばし、血が飛び散った。

「グオオオォォォッ!?」

 仰け反るリオレウスの脚にクリュウが連続して斬り掛かる。麻痺毒が迸り、蓄積したダメージでようやく一部の鱗が吹き飛び、血が噴き出した。

「よしッ!」

 クリュウは思わず心の中でガッツポーズをした。

 リオレウスに襲い掛かる三人を援護するようにフィーリアが連続して通常弾LV3を波状攻撃する。リオレウスはうなり声を上げるとフィーリアに向かって突進した。サクラとフィーリアは回避し、クリュウとシルフィードはガードした。だが、シルフィードは踏ん張れたが小柄な体格な上に小さな盾しか持たないクリュウは勢いを受け止めきれずに後ろに吹き飛ばされた。

「……クリュウッ!」

「だ、大丈夫ッ!」

 クリュウは駆け寄って来ようとするサクラにそう言って制止する。その間にフィーリアは空薬莢を排出して再装填する。

「目を閉じろッ!」

 シルフィードの声に三人は一斉に目を閉じた。刹那、シルフィードが投擲した閃光玉が炸裂。リオレウスは悲鳴を上げて視界を奪われた。

「今だッ!」

 クリュウは急いでリオレウスの頭に向かって斬り掛かる。麻痺毒と血を迸らせながら、クリュウはデスパライズを振るう。だが、サクラとシルフィードが到着寸前、リオレウスは頭を執拗に攻撃して来る見えない敵に向かって噛み付いてきた。鋭い牙が捉えたのはクリュウのバサルメイルの左側の巨大な肩当て。リオレウスはそれに噛み付くと、なんと堅牢な肩当てを噛み砕いてしまった。クリュウは悲鳴を上げて慌てて後退する。

「クリュウ様ッ! お、お怪我はッ!」

 フィーリアが悲鳴のような声で問うと、クリュウは「だ、大丈夫だからッ!」と焦った声で無事を叫んだ。だが、砕けた肩当てを見てクリュウはぞっとする。あれだけ必死になってもなかなか刃が通らなかったバサルモスの甲殻を使った鎧を、たった一撃で砕くなんて。常識外れの攻撃力にもほどがある。

 クリュウが後退したのと同時にシルフィードがリオレウスの眼前に立つと煌剣リオレウスを構え、力を溜める。狙いを定め、限界まで溜めた力を一気に解放。

「せいやぁッ!」

 気合裂帛(きあいれっぱく)。放たれた強力なその一撃は見事にリオレウスの頭に炸裂した。その破壊力はすさまじく、リオレウスの頭を守る堅牢な鱗が吹き飛び、砕け、破壊された。

「グオオオオオォォォォォッ!?」

 悲鳴を上げて仰け反るリオレウス。サクラはそんなリオレウスの翼に向かって剣を振り下ろした。翼膜の一部が裂け、血が迸る。その瞬間、サクラの体を沸き起こる力が包み込んだ。練気が溜まった証拠だ。

 攻撃力、そして切れ味が上昇した状態を維持しながら、サクラは連続して剣を振るう。

 一方クリュウは一度剣を腰に戻すと荷車に向かって走った。そして荷車からシビレ罠を取り出すと、すぐさま設置する。その間にリオレウスは閃光玉から脱したが、サクラ、フィーリア、シルフィードの猛攻撃を受けて動けない。

 クリュウが設置を終えたのを確認し、シルフィードは剣を背中に戻して大きく後ろにジャンプして後退。それを合図にサクラも後退する。

 刹那、リオレウスは大きく翼を羽ばたかせて暴風を地面に叩きつけながら飛び立った。そしてちっぽけな敵を見下すような高さを維持し、何やら小細工をしていた敵に向かってブレスを放った。その目標はクリュウだ。

「うわぁッ!」

 クリュウは慌てて横へ体を投げ出すようにして跳んだ。刹那、一瞬前まで彼がいた場所が爆ぜた。急いで立ち上がるとクリュウはシビレ罠の無事を確認する。幸い無傷だったようだ。

 リオレウスは悠々と降りて来る。だが、シルフィードはそれを待たずに道具袋(ポーチ)から閃光玉を取り出し、ピンを抜いて投擲。クリュウ達は彼女の行動に慌てずに目を閉じた。刹那、目を閉じていても感じるすさまじい光の後、リオレウスの悲鳴と共に轟音が轟き、大地が揺れた。目を開けると、そこには無理やり落とされたリオレウスが転倒しながらもがいていた。

「す、すごい……」

 感心するクリュウだったが、突撃するシルフィードを見て慌てて自分も突進した。

 シルフィードは再び奴の眼前で溜め攻撃を放とうと腰を落として限界まで構えた剣に力を込める。その間にクリュウはリオレウスの懐に潜り込むと、連続してデスパライズを振るう。

 シルフィード渾身の一撃が再びリオレウスの頭に炸裂。奴の悲鳴が響く。

 サクラはクリュウに命中しないように翼に向かって剣を振るう。一撃一撃は大した事ないが、確実にダメージは蓄積している。

 フィーリアはリオレウスの周りに集まって攻撃するクリュウ達に命中しないように通常弾LV3をリオレウスの背中に集中砲火する。

「ギャアアアアオオオオオォォォォォッ!」

 閃光玉の効き目が切れたリオレウスは翼を広げ、首を持ち上げて大地を振るわせるような怒号を放つ。次の瞬間、リオレウスはその場で回転。巨大な尻尾を大きく横に振るった。その突然の攻撃に、クリュウは避け切れずに盾を構える。が、すさまじい威力に彼の体はまるでボールのように簡単に吹き飛ばされ、地面の上をゴロゴロと無様に転がった。

「……クリュウッ! よくもぉッ!」

 サクラの隻眼に怒りの炎が燃え上がる。刹那、体を纏っていた力を一気に解放。連続して大振りながらも速く鋭い剣撃――気刃斬りを放った。火属性の飛竜刀【紅葉】が炸裂するたびに小規模な爆発が発生する。そして、

「……チェストオオオオオォォォォォッ!」

 渾身の振り下ろしの一撃がリオレウスの堅牢な体に炸裂した。今までのモンスターはこのすさまじい攻撃の嵐には耐えられなかった――だが、相手はあの空の王者リオレウス。その耐久性も桁外れであった。

 サクラ渾身の一撃を受けても、リオレウスは微動だしなかった。

「……チッ」

 サクラは苦々しく舌打ちすると一度後退した。反対側ではシルフィードが抜刀を炸裂させたが、こちらもリオレウスを動かす事はできない。

 フィーリアは自分のすぐ横にまで転がって来たクリュウに驚きながらも、冷静に回復弾LV2を彼に撃ち込んだ。

「だ、大丈夫ですか!?」

「う、うん。何とか……」

 クリュウは苦笑いしながら少しフラつきながら立ち上がった。ダメージの為ではなく地面に叩き付けられた衝撃でちょっと平衡感覚が狂っているのだ。だがすぐに安定する。

 クリュウはすぐにリオレウスに向かって再び突っ込む。走っている最中、背後から衝撃を受けた。おそらくフィーリアの硬化弾だろう。背後の彼女に感謝しながらクリュウは再びリオレウスに接近する。

 リオレウスは纏わり付く敵に体を回転させて尻尾を振り回して殲滅しようとする。しかしその時計回りの攻撃を見切っているサクラはその尻尾の速度に合わせて自らの体を転がすようにして回避。シルフィードも一度距離を取ってその攻撃を回避し、剣を背中に戻して再突撃する。

 クリュウはその直後に到達し、無防備なその懐に潜り込むと巨大な脚にデスパライズを叩き込む。踏み潰されるかもしれないという恐怖と戦いながら、クリュウはデスパライズを振るう。

 そして、そろそろ後退しようと最後の一撃とばかりに全力を込めて剣を叩き込んだ。

「ギャアアァッ!? グギャアアアァァァァッ!」

 その瞬間、突如リオレウスの体が強張って痙攣して動かなくなった。

「すごいですクリュウ様ッ!」

 フィーリアの声に、何事かと一瞬戸惑っていたクリュウは理解した――デスパライズの蓄積された麻痺毒がついに発動し、リオレウスが麻痺状態になったのだ。

「やったぁッ!」

 クリュウは喜びながらも再び巨大な脚に向かって連続して剣を振るう。麻痺状態ならば防御を気にする事はない。今はひたすら剣を振るい続けるのみ。クリュウは力の限り剣を連続して叩き込む。

 サクラは先程から自分達を襲う厄介な尻尾に向かって気刃斬りを発動して連続的な強烈な一撃の数々を叩き込んだ。刃先がリオレウスの強靭な鱗を粉砕し、爆発と同時に血と肉を吹き飛ばす。

 シルフィードは再び無防備な頭に向かって最大まで溜め込んだ溜め斬りを叩き込んだ。すさまじい重量と速度のついたその一撃はリオレウスの頭蓋骨を変形させるようなすさまじい威力。声すらまともに出せないリオレウスが小さな呻(うめ)くような悲鳴を上げる。

 フィーリアはここぞとばかりに取っておきの大技を使う。腰のガンベルトから通常弾LV2三発が込められたベルトリンクを取り出し、弾倉に直結させる。そして狙いを定めて引き金を引いた。その瞬間、内蔵されたモーターが動き出し、リボルバーが回転。銃口から連続して銃弾が放たれた。

 ドンドンドンッと吐き出された三発は寸分違わずリオレウスに命中する。同時に空になったベルトリンクを吐き出し、すぐさま次のベルトを装填する。

 ライトボウガンの中にはある特定の弾を連続射撃できるものがある。《速射》と呼ばれる能力で、ハートヴァルキリー改は通常弾LV2の速射が可能なのだ。

 フィーリアは速射を利用して今まで以上の連発で撃ちまくる。繰り出される数々の銃弾はクリュウ達に当たらないように全てリオレウスの背中や翼に炸裂する。無数の銃弾のうちの一発がリオレウスの右翼の爪を砕いた。

 容赦のない一方的な攻撃の数々。だが、リオレウスだって負けてはいない。麻痺が発生したと同時に体内の防衛機能が麻痺毒を中和させる抗体を作り出し、毒を無力化させていく。そして、

「ギャアアアァァァッ!」

 怒号と共にリオレウスの体に自由が戻った。クリュウ達はすぐさま後退して距離を取る。

 プライドが高いリオレウスは自分よりもはるかに劣る敵に対して怒り狂う。威嚇とばかりに翼を広げ、全力で咆哮した。

「グギャアアアアアアオオオオオォォォォォッ!」

 すさまじい怒号(バインドボイス)にクリュウは思わず耳を塞いで動きを止めてしまった。ダメだとわかっているのに、体が言う事を聞かない。遠くでサクラも同じく耳を塞いでいるのが見えた。刹那、リオレウスは動けなくなっている敵――クリュウに向かってブレスを放った。

「あ……」

 迫り来る火球にクリュウがなす術もなく立ち尽くしてしまう。だが、そんな彼に突如横から何かが激突し押し倒された。すぐさまフィーリアが閃光玉を放ってリオレウスの動きを止める。

 一方押し倒されたクリュウは思わず閉じてしまった瞳を開ける。するとそこには自分に覆いかぶさる様にして倒れるシルフィードがいた。

「し、シルフィードさんッ!?」

「どうやら間一髪だったようだな。大丈夫か?」

 シルフィードはスッと起き上がるとクリュウにそっと手を伸ばした。クリュウは呆然としながらも彼女の手を掴み、立ち上がった。

「ど、どうして……」

「私のスキルは耳栓だ。リオレウス程度のバインドボイスは私には通じない」

「そ、そうでしたね……すみません」

 この《すみません》には彼女のスキルを忘れていた事と彼女に余計な負担を掛けさせてしまった事に対するものだ。少し落ち込むクリュウに、シルフィードは気にした様子もなく煌剣リオレウスの柄を握って彼に背を向ける。

「……先程のリオレウスを麻痺させた事だが――良くやったぞ」

「――え?」

 シルフィードはそれ以上は何も語らず、サクラとフィーリアが攻撃するリオレウスに向かって走って行ってしまった。残されたクリュウは呆然とするが、すぐに笑みが浮かぶ。

「は、はいッ!」

 シルフィードにほめられ、クリュウは再び気合を入れ直すと遅れて突進した。

 暴れるリオレウスの尻尾に向かってサクラは連続して気刃斬りと通常の攻撃を組み合わせて練気を保ったまま斬撃の嵐を炸裂させる。リオレウスは目が見えない状況で襲い掛かる攻撃に尻尾を激しく動き回して敵を排除しようとする。しかしサクラは何度もリオレウスを倒している経験者。それら全てを最低限の動きだけで紙一重で回避しながら剣を叩き込む。

 遅れてシルフィードが到着し、剣を構えて力を溜める。そして、暴れ回るリオレウスの頭に向かって渾身の一撃を叩き込んだ。

「せいやぁッ!」

「グオオオォォォッ!?」

 悲鳴を上げてたたらを踏むリオレウスの懐にクリュウが突っ込む。狙うはずっと集中攻撃していた脚。何度も何度も攻撃していた部分は鱗が剥がれ、赤黒い肉が露呈(ろてい)している。そこに向かってクリュウは全力の一撃を叩き込む。

「うりゃぁッ!」

 血飛沫が舞い、さらに傷が大きく深くなる。クリュウはその傷を連続して何度も何度も斬りつける。その一撃一撃が例え微弱であっても、確実にダメージは蓄積している。同時に爆ぜる麻痺毒もまた、再び奴の体内に蓄積されている。一度効果が発動すると体内に作られた抗体のせいで二回目はより毒を与えないと発動しない。クリュウはただひたすら剣を振るった。

 フィーリアも通常弾LV2を速射で次々に撃ち出し、リオレウスの背中や翼へ集中砲火する。いつの間にか左翼の爪まで折れている。翼にも細かな無数の傷が生まれ、血がにじみ出ていた。

「グギャアアアオオオォォォッ!」

 閃光玉の効き目が切れたリオレウスは己が体に纏わり付く敵に激怒し、口から黒い煙と火の粉を噴き出した。

「怒り状態だッ! 気をつけろッ!」

 シルフィードの声の刹那、リオレウスは翼を大きく羽ばたかせたかと思うと、首を持ち上げる。その動きに正面に立つシルフィードはバックステップで距離を取りながら煌剣リオレウスを縦に構えた。

「グワアァオォッ!」

 怒号と共にリオレウスはブレスを撃ち出した。移動していたシルフィードは直撃こそしなかったがその爆風を大剣で受け止める。足で踏ん張りながらも、その威力に体が後退してしまった。

 シルフィードにブレスを放ったリオレウスはブレスの反動で浮き上がるとそのまま浮きながら後退し、一度クリュウ達から距離を取った。地面に降り立つと、すぐさまブレスを放つ。三人は一斉に横へ飛んでそれを回避した。

 通り過ぎていく巨大な火炎の塊。その大きさや熱量、炎の激しさが先程までとは素人にだってわかるほど大きくなっていた。理性を失った怒り状態での攻撃は凶悪化し、威力は桁違いに上昇するのだ。

 怒り状態になった飛竜――それもリオレウスを相手にまともに戦うのは危険すぎる。しかもこちらにはリオレウス初戦というクリュウもいる。

 シルフィードは再びブレスを放とうとするリオレウスを凝視しながら道具袋(ポーチ)に手を突っ込み閃光玉を取り出すと、奴がブレスを撃ち出す前に投擲。ブレス発射直前で閃光玉が炸裂し、リオレウスはブレスを不発。そのまま悶える。すかさずクリュウが突撃する。が、

「撤退だッ!」

「えぇッ!?」

 シルフィードの声にクリュウは急停止して驚く。振り返ると、すでに彼女は荷車を掴んで走り出していた。その後をフィーリアも「急いでくださいッ!」と続く。

「え? えぇッ!?」

「……怒り状態は危険。ここは撤退すべき」

 クリュウの肩を軽く叩いてそう言った後、サクラも二人を追い掛けて走り出す。そんな彼女にクリュウも慌ててついて行く。

 背後からリオレウスの怒号が響き渡り、背筋を凍りつかせながら必死に三人を追い掛けるクリュウ。

 リオレウスとの初戦は、一時撤退という形に終わった。


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