モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第65話 王の領域

 リフェル森丘の拠点(ベースキャンプ)に到着した一行は竜車を止めるとアプトノスを繋ぎ止め、早速準備に取り掛かった。

 フィーリアとシルフィードは搭載されていた荷車を降ろし、クリュウとサクラは大タル爆弾Gを外に運び出す。その他にも罠や道具袋(ポーチ)に入り切らなかった道具が入ったかごを積み降ろしていく。

 クリュウは降ろされた荷物を荷車の上に載せていく。とりあえず荷物の関係もあって持てる大タル爆弾Gは六発が限界だった。たった六個でも荷車の半分近くを占拠してしまうほど大きいのだ。残った部分に小タル爆弾G、打ち上げタル爆弾Gを載せ、さらに罠やその他の道具類を詰め込んでいく。その慣れた手つきを見てシルフィードは感心する。

「見事ね」

「そんな事ありませんよ」

 クリュウは謙遜するが、彼の荷車経験値はかなりのもの。無意識に大タル爆弾Gなどの重い物を車輪が付いている後ろに集中させ、前には軽い物を置いている。

「しかし、改めて見ると危険極まりないなこれは」

 シルフィードは苦笑いしながら言った。確かにこれはもはや荷車というより移動式の火薬庫とも言えるレベルだ。一発でも攻撃を受ければ即爆死という運命がご丁寧に待ってくれている。

「確かにそうかもしれませんけど、ちゃんと護衛すれば大丈夫ですよ」

「そうだな。君達は今までそうした来たのだろう? なら問題ない」

 シルフィードはそう言うと自らの荷物を降ろしに掛かる。竜車の中だったので降ろしていた煌剣リオレウスも背中に装着し、準備万端。

 サクラも飛竜刀【紅葉】を背中に下げて準備を完了している。クリュウ自身もすでに腰にはデスパライズが下げられ、左腕には盾も装着済みだ。残るはガンナーであるフィーリアだけ。

「す、すみません。もう少し待ってください」

 申し訳なさそうに言いながら、彼女はガンベルトを装着し、太股(ふともも)にもガンベルトを装着。その他の弾は専用の袋に入れて腰に下げる。最後に通常弾LV2を装填して準備完了だ。

「お待たせしてすみません」

「問題ない。では全員準備を完了した所で出陣するぞ」

 シルフィードの言葉にクリュウ達はうなずくとここに来るまでの道のりで決めていた配置に着く。

 荷車を引くのはフィーリア。その前方をシルフィードが先導し、クリュウは右、サクラは左を護衛する。

 総員配置が終了した所でいよいよ出発した。吹き抜けの穴を潜って外へ出るとそこはまず最初はアプトノスがいる川沿いの小さな草原。ここにはあまり危険なモンスターは出て来ない。時たまランポスが異常発生するとここまで出て来る事があるくらいだ。

「周りだけでなく上空も見張りを怠るな。奴は空中からの奇襲攻撃を得意としているのだからな。爆弾を満載した荷車に直撃を受けたら全滅だと覚悟しておけ」

 シルフィードの言葉にクリュウはうなずくと空を見上げた。空はどこまでも蒼く澄んでいてリオレウスなどはどこにもいなかった。

「……アルコリス地方に似た景色だな」

 シルフィードが言ったアルコリス地方とはドンドルマのハンターが俗に《森丘》と呼ぶ狩場である。このリフェル森丘と同じく穏やかな狩場で、主に初心者ハンターが力をつける為に利用する事が多い。ただしその穏やかな自然のおかげで動植物も豊富な為飛竜が住み着く事もあり、熟練ハンターも使用する万能な狩場だ。

 リフェル森丘も初心者ハンターが使う頻度が高いのだが、今回は後者。危険な狩場に変貌してしまっている。

 アプトノスはクリュウ達の存在に気づくも敵意がないと感じて食事を再開した。そんな彼らの横をクリュウ達四人は通り抜ける。

 広場の奥は少し細い道になっていて、緩やかな坂になっている。ここからはこんな緩い坂が続いて山を登っていく事になる。

 クリュウ達はいつものように、シルフィードは幾分か警戒しながら登っていく。

 五分ほどゆっくりと登っていた時、クリュウは荷車を引くフィーリアが幾分か辛そうな顔をしている事に気づいた。いつもよりも爆弾や荷物の量が桁違いに多く荷車はかなり重くなっているのだ。

「フィーリア、大丈夫?」

 クリュウが声を掛けるとフィーリアは慌てて笑みを浮かべて「だ、大丈夫です……」と答えた。だがその声にはやはりどこか元気がない。疲れているのだ。

「無理しないで。荷車は僕が引くから」

「そ、そんなダメですよ。クリュウ様が疲れてしまいます」

「男の僕の方が力はある。これくらい大丈夫だって」

「し、しかしそれでは隊列が崩れてしまいます」

「戦闘をする前に疲労を蓄積して動けなくなってしまうのでは本末転倒だ。クリュウの好意に甘えるべきだ」

 そう言ったのはシルフィード。いきなり横槍を入れられたフィーリアはムッとして反論しようとする。が、

「ここは僕に任せてよ。フィーリアは護衛をお願い」

 笑顔で言うクリュウにフィーリアは顔を赤らめながら渋々といった具合に首肯して荷車を引き渡し、彼の代わりに右を護衛する。荷車を受け取ったクリュウは彼女の時よりも幾分か早く進み始めた。やっぱり基本は男と女。体力の差はあるものだ。

「大丈夫ですか?」

 フィーリアは不安そうにクリュウに声を掛けるが、クリュウは「大丈夫だよ」と笑顔で返して来る。情けない部分ばかり目立つが、クリュウだって男の子。それもハンターである。こういう力仕事だったらフィーリアやサクラよりは得意である――まぁ、自分の身長並みの巨剣を扱うシルフィードと比べたら、ちょっと自信はないが。

 クリュウが大丈夫だとわかると安堵したフィーリアはハートヴァルキリー改を構えてスコープを覗き込み、辺りを見回す。と、

「前方にランポス数匹を確認!」

 フィーリアの言葉に一行は動きを止めた。肉眼で見ると確かに少し先の広場に青い何かが動き回っていた。それがランポスだろう。数はこの距離からだとはっきりはわからないが、最低でも三匹は視認できた。

 護衛しながら突破する事も可能だが、先に討伐してから安全に移動するのも手だ。どうするのか、クリュウはシルフィードを見て彼女の判断を待つ。

「……強行突破は危険だ。それにリオレウス戦を考えると今のうちに少しでも雑魚は狩っておきたい」

「じゃあ、戦うんですね?」

「あぁ。だがあの程度なら私一人で十分だ。君達はここにいてくれ」

「え? いいんですか?」

 クリュウは不安そうに問う。大剣は一撃が重い分連続攻撃には向いていない。さらに機動性も低く、動き回るランポスのような小型モンスターとは相性はあまり良くないのだ。だが、クリュウの不安をよそにシルフィードは「問題ない」とだけ言って駆け出す。フィーリアがとりあえずいつでも掩護射撃できるように貫通弾LV2を装填して射撃体勢になる。

 巨大な剣を背負いながら何事もなく駆けるシルフィード。ランポスとの距離は詰まり正確にその数がわかる。

「……五匹」

 前方にいるランポスは奥のも含めて全部で五匹――問題ない。

「ギャアッ! ギャアッ!」

 一番手前にいるランポスが敵襲に気づいて警戒の声を上げる。周りのランポスが振り向き、自分達に迫って来る敵に向かって怒号を発する。そこへシルフィードは突っ込む。

 最初に気づかれたランポスに向かって突進しながら、シルフィードは煌剣リオレウスの柄を握る。

「せいやぁッ!」

 自らの体の勢いをそのまま剣に込め、背中の剣を引き抜くと振り上げ一気に振り下ろす。俗に抜刀と呼ばれる技。その威力は絶大で、飛び掛ろうとしたランポスは刀身にぶち当たって吹き飛び、地面の上を二転三転しそのまま動かなくなった。

 一撃で仲間を葬られたランポスは警戒しながらも見事な連携を発揮してシルフィードを取り囲む。そして振り下ろした巨剣を持ち直す敵に向かって二匹が一斉に突進する。だが、

「はあッ!」

 シルフィードは剣を横向きに変え、横一線に振り回す。その広範囲で絶大な威力を持つ攻撃にランポス二匹は吹き飛ばされ、一匹は崖下に。一匹は岩壁に叩き付けられて絶命した。

 たった十数秒で三匹の仲間を葬られた残る二匹のランポスは驚愕し、一瞬動きが止まった。そこへ一度剣を背中に戻したシルフィードが突進。うち一匹に向かって再び抜刀。ランポスは吹き飛び絶命。残った一匹はついに自分ひとりだけになってしまった事に気づき、慌てて逃げ出そうとする。だが、次の瞬間彼は頭を撃ち抜かれて即死した。

 シルフィードは一度息をフゥと吐いて煌剣リオレウスを背中に戻す。そこへ後方に待機していたクリュウ達が駆け寄って来る。

「す、すごいですシルフィードさんッ!」

 クリュウは興奮気味に叫んだ。その声にシルフィードは口元に小さく笑みを浮かべると、ハートヴァルキリー改を構えているフィーリアを向く。

「見事な腕だ」

「お褒めいただき光栄です」

 フィーリアは小さく微笑むとハートヴァルキリー改を背中に戻す。サクラは相変わらずの無表情でジッと隻眼でシルフィードを見ている。

「ランポスは消えた。すぐに出発するぞ」

 そう言って歩き出すシルフィードに、クリュウはついて行く。ランポスの亡骸を少し残念そうに見るが、すぐに首を横に振って前を見て歩き出す。

 今はランポスの事よりもリオレウスの方を優先すべきだと思ったからだ。

 フィーリアとサクラはクリュウの両側を守るように続く。サクラは周りからの敵襲を警戒し、フィーリアも同じく、特にランゴスタの奇襲を警戒していた。

 一行はそのまま広場を抜けて再び細い道を進む。片側を崖、反対側を岩壁に面する細道を歩きながら、シルフィードは支給されていた地図を見詰めていた。クリュウ達はすでに頭に入っているので問題ないが、彼女は初めての狩場だ。地形を把握しなければならないのだ。

「この先は意外と広い場所だな。これならリオレウスも現れるか」

「あ、そこは以前イャンクックが出た場所ですけど」

「なるほど。という事はリオレウスも降り立つ可能性があるな。貴重な情報ありがとう」

「い、いえそんな」

 照れたように笑みを浮かべるクリュウ。彼の笑みを一瞥だけして再び前を向き直るシルフィード。そんな二人を見ながらムッとする恋姫が二人。

「……クリュウを無視した」

「クリュウ様もクリュウ様です。少しは私達を信頼してくれてもいいですのに」

 ふてくされる二人。完全にやきもちを焼いているのだ。シルフィードが現れてから竜車の中でもクリュウは彼女にくっ付きっぱなし。そしていざ狩場に着いてもクリュウは彼女を追い掛けて笑っている。まるで子犬状態だ――そして、そんなクリュウに絡まれるといううらやましい事この上ない状態にありながらもクールなシルフィードが、二人は気に入らないのだ。

 今までは二人でクリュウを取り合っていた。だが、今では圧倒的にシルフィードの独占状態。こんな事許されるだろうか――断じて否!

「サクラ様。ここは一時休戦して共同戦線を張りませんか?」

「……共倒れになるくらいなら組む」

 その瞬間、二人の瞳が交差し、互いの手を握り合い厚い握手を交わした。

 ――この世で最もレベルの低い同盟が組まれた瞬間であった。

「うん? 二人ともどうしたの?」

 いつの間にか十数メートル後ろで立ち止まって握手し合っている二人にクリュウは声を掛ける。そんなクリュウの声に二人は慌てて離れると走って追い掛けて来る。

「す、すみませんッ!」

「いや、別にいいけどさ。二人で何してたの?」

「ひ、秘密ですよねサクラ様ぁッ!?」

「……(コクコクコクッ!)」

 フィーリアは微妙に怪しい笑みを浮かべ、サクラはいつになく早い首肯で返答する。クリュウはそんな二人に疑問を抱きながらもとりあえず今は追求はしなかった。

「何をしている。早く行くぞ」

「あ、はいッ!」

 シルフィードの声にクリュウは慌てて返事をすると彼女の下に向かう。そんな彼を見詰めながらムッとする二人。

「共同戦線ですね」

「……共同戦線」

 それを合言葉に二人は互いの絆を確かめ合うと、二人を追い掛けて走る。

 先頭を無言で歩くシルフィード。そんな彼女を荷車を引きながら追い掛けるクリュウ。そしてクリュウを取り返す為に同盟を結んだフィーリアとサクラ。

 それぞれの想いを交錯させながら、一行はリオレウスを目指して緩い坂道を登り続けた。

 

「せいやぁッ!」

 目の前のランポスに向かってシルフィードの見事な抜刀斬りが炸裂した。ランポスはそのたった一撃で沈黙する。

 あらかた片付けたシルフィードは小さく息を吐くとランポスの血で汚れて切れ味の落ちた煌剣リオレウスの刃に携帯砥石を当て、擦って切れ味を直す。そんな彼女の周りには十匹ほどのランポスが転がっている。これらは全て彼女が倒したもの。それも一分も掛からずに。

 切れ味を直した煌剣リオレウスを背中に戻したシルフィードは広場の入り口に待機させていた三人に手で来るように指示する。その指示に三人が歩いて来る。

 フィーリアとサクラはどこか複雑そうな顔をしている。今の戦闘だけでも十分彼女が自分達よりも実力が上だという事が嫌というほどわかったからだ。動きが制限される巨剣を荒々しく振り回しながらも全て冷静な一撃。とてもじゃないが大剣を使っているようには見えない鮮やかなものだった。

 そしてクリュウは自分の背丈と同じくらいの巨剣を振り回し、ランポスを駆逐した彼女の圧倒的な実力に呆然とするしかなかった。

 そんな一行にシルフィードは冷静に指示した。

「ここは見晴らしがいい。奴もきっと降り立つだろう。ヘタに探し回って体力を消耗するよりここで待ち伏せしていた方がいい。各自辺りの警戒を怠らないように」

 そう言って彼女は広場の中央の方に生えている木に手を掛けると跳躍。鮮やかな足取りで枝に足を掛け、窪(くぼ)みに手を引っ掛け、さらに跳躍してあっという間に天辺まで登ってしまった。

「し、シルフィードさんッ!?」

「私はここから見張る。君達は自由にしてて構わない」

 そう言ってシルフィードは腰に下げていた双眼鏡を取り出すとそれを使って空を見回す。

 すっかり取り残されたクリュウはとりあえず荷車を岩陰に置くと近くにある膝くらいの高さの岩に腰を掛けて空を見回す。

 蒼い空には雲が穏やかに流れている以外には何も変わったものはなかった。

 クリュウは今のうちとばかりに携帯食料を取り出すとかじり付く。相変わらず味気ない食べ物だ。本当に腹を膨らませる程度のものなのだろう。

「クリュウ様、空腹でしたら肉を焼きますけど」

 ここぞとばかりに得点を稼ごうと肉焼きセットを取り出すフィーリア。

「え? いや、別にいいよ。わざわざそんな事しなくてもこれで十分――」

「何を言ってるんですか。食事は生きる活力ですよ。おいしいものを食べれば元気が出ます。それにクリュウ様は育ち盛りなんですから、ちゃんと栄養のある物を食べないといけません」

「いや、狩場で栄養バランスなんて考えてたらやってられないと思うけど……」

「ほらほらクリュウ様、私の焼いたお肉好きですよね? 誠心誠意焼かせていただきます!」

 腕を引っ張られながらここまで言われてしまうとクリュウもさすがに断れない。苦笑いしながら「じゃあお願い」と頼むと、フィーリアはぱぁっと笑顔を花咲かせ「はいッ!」と元気良く嬉しそうに答えた。

 ――という事で、レッツクッキングッ!

 火薬草をすり潰して天日干しにした乾いた粉と乾いた草でできた燃料に火種を入れて着火。火が勢い良く燃えたかと思うと安定する。そこにすぐ骨付き肉を軸にセットしてクルクルと回し始める。

 ハンドルを回すフィーリアは相変わらずご丁寧に肉焼きの歌を口ずさむ。何とも心地良い音色だろうか。危険な狩場も今だけはピクニック気分だ。

 意外と火力が強い肉焼きセット。あっという間に焼けてしまい、一瞬でも見逃すとコゲ肉になってしまう。だが、フィーリアは肉焼きに関しては神レベルだ。っていうかマイ肉焼きセット(高級肉焼きセット)を持参しているくらいだ。

 香ばしい匂いが辺りに流れ始め、心地良い歌もついに終わり無言の空間が流れる。この時間こそが肉をおいしく仕上げる重要な時なのだ。

 スッとフィーリアの瞳が細まった刹那、この時を逃すまいと骨を掴み一気に火元から外す。その動きは見事としか言いようがない。

 そして、彼女の手には香ばしい香りを漂わせる絶妙な焼き加減のこんがり肉Gが……

「えへ、ウルトラ上手に焼けました」

 恥ずかしそうに決めゼリフを決めると、キラキラした瞳でこんがり肉Gを見詰めるクリュウに笑顔で手渡す。

「どうぞ、召し上がれ」

「いただきますッ!」

 クリュウは嬉しそうにそれにかぶり付く。外はパリパリ、中はジューシー。最高の焼き加減だ。おいしくない訳がない。さっきの携帯食料とは比べ物にならない美味だ。

「どうですか? おいしいですか?」

「すごくおいしいよ!」

 その言葉に、フィーリアは嬉しくて失神しそうだった。もうさっきまでの不機嫌さはどこへやら。ニコニコと笑顔が絶えなくなる。

「あ、サクラ様も食べますか? そろそろお昼ですし」

「……もらう」

 サクラの言葉にフィーリアは笑顔で答えると、生肉を取り出して再び火に掛ける。先程と同じ手順で、またも絶妙の焼き加減で焼けたこんがり肉Gが完成。サクラはそれを受け取ると小さくかぶり付く。

 フィーリアはさらにもう一本自分用ではないこんがり肉Gを完成させると木の下に駆け寄って上を見上げる。葉に隠れた向こうにシルフィードが見張りをしている。

「シルフィード様! お昼ごはん食べませんか!?」

 そう声を掛けると、彼女はいきなりかなりの高さの枝から跳躍。そのまま地面にスタッとほとんど音もなく着地した。すさまじい身体能力だ。

「私が焼いたこんがり肉Gです。どうぞお食べください」

「ありがとう」

 シルフィードはできたてのこんがり肉Gを片手に持つと、再び跳躍。片手だけで枝に掴まって体を振り子のように大きく振って勢い良くさらに上に跳び、再び元の位置に戻ってしまう。

「あ、あの、一緒に食べないんですかぁ?」

「私は遠慮する。見張りをしなければならないからな」

 そう言ってシルフィードは一度こんがり肉Gにかぶり付くと双眼鏡で空を見詰める。そんな彼女を見てフィーリアは軽く肩をすくませて踵を返す。と、

「いい焼き加減だ」

 風に乗って聞こえてきたその声にハッと振り向くが、声の主であろう彼女は双眼鏡で空を見上げ続ける限り。そんな彼女にフィーリアは小さく微笑み、そっとクリュウ達の所へ戻る。

「あれ? シルフィードさんは?」

「見張りを続けるそうで、今は木の上にいます」

「そっか。こんがり肉Gは受け取ってくれたの?」

「はい。いい焼き加減だってほめられました」

 そう言って微笑むフィーリア。その表情にはどこかすっきりしたような感じがする。それを見て「そっか」と微笑むクリュウ。そして無言でこんがり肉Gを食べ進めるサクラ。

 そんな感じで食事の時間はすぐに終わる。三人は残った骨などを穴を掘ってそこに埋めた。無造作に置いておけばモンスターを呼び寄せる原因になるからだ。

 後片付けを済ませたフィーリアは自らも岩壁の上に登ってハートヴァルキリー改を構えるとそのスコープで辺りを見回し始める。

 二人に見張りを任せたクリュウは荷車に近寄ると小タル爆弾G二つと落とし穴を取り出してベルトのフックに引っ掛けて腰から吊るし、さらに大タル爆弾Gを一個持つ。

「……クリュウ?」

 そんな彼の行動にサクラが不思議そうに首を傾げる。彼が一体何をしているのかわからないのだ。クリュウはそんなサクラに気づくと苦笑いする。

「あ、サクラ。悪いけど大タル爆弾Gをもう一個持ってくれないかな?」

「……構わない。でもなぜ?」

「この二つは向こうの岩陰に置いておこうかと思って。ほら、ここって細長い広場でしょ? もう一方に置いておいた方がいいかなぁって思ってさ」

「……なるほど」

 クリュウ達がいる広場は頂上に向かう道が真ん中付近にある結構広い場所だが飛竜が突進するには方向が制限される幅の細長い広場だ。クリュウはより爆弾を有効に使う為にこの二つを反対側の岩陰に隠しておこうと思ったのだ。

「……わかった」

 クリュウの意図を理解したサクラはそう答えると自らも巨大な大タル爆弾Gを持ち上げる。相変わらず大きな上にすさまじく重い代物だ。物騒だし。

 クリュウとサクラはそんな重い大タル爆弾Gを持ちながら自分達がいた場所とは反対側に到達するとそっと岩陰に大タル爆弾G二つと小タル爆弾二つを置いた。岩壁の窪みなので、例えモンスターが突進して来ても誤爆はしない――まぁ、さすがにリオレウスのブレスが直撃したら誤爆は確実だろうが。とりあえずは安心だ。

「これで爆弾を使える範囲は大きくなった」

「……その落とし穴は?」

「うん? あぁ、地面に置いとこうと思って。もちろんまだピンは抜かないけど、とりあえず設置する手間はずいぶん省けるでしょ?」

 いつ現れるかわからないリオレウスに対して罠を先に設置するのは得策ではない。落とし穴ならネットが空気に触れると急速に粘着性を失うからだ。だから完全な設置はしないが、ピンさえ抜けばいつでも設置できるようにしておこうとクリュウは考えたのだ。

 クリュウはとりあえず脛(すね)ほどの高さしかない草むらの中に落とし穴を置いた。位置的にはすぐ近くに爆弾を隠した岩陰がある、絶好の位置だ。

「これで良し。手伝ってくれてありがとう」

「……礼はいらない」

 そう言って背を向けるサクラ。慣れない人には無視したように見えるが、実際は違う。クリュウはちゃんとわかっていた――それは彼女の照れ隠しの動作だと。事実、サクラの頬はほんのりと赤く染まっていた。

 クリュウは小さく微笑むと腰のベルトに引っ掛けてある水筒を取り出し水を飲む。氷結晶入りの水はずっと冷たくて体を冷ましてくれる。

 すると、なぜかジッとこちらを見ているサクラの視線に気が付いた。

「サクラも飲む?」

 クリュウは何気なく問いながら自分の水筒を彼女に差し出した。 

 確かにのどは渇いていた。だが、自分の腰にも自分用の水筒がある。わざわざもらう必要はな――

「……」

 なぜだろう、いつの間にか勝手に手が伸びて気が付いたら受け取っていた。

 サクラは自分の体の無意識の反応に困惑していた。表情にこそ出ていないが内心かなり焦っている。

「二人に落とし穴と爆弾の位置を伝えてくるね」

 そう言ってクリュウはサクラが声を掛ける暇もなく走り出すとそのまま反対側に行ってしまった。一人ポツンと残されたサクラはそんなクリュウの背中を見詰めながら小さく、本当に小さく笑みを口元に浮かべると、クイッと水筒を傾けて水を飲んだ。

 のどに潤いを取り戻しながら、ふと彼女の冷静な部分がある事実を教えてくれた。

 ――これは、いわゆる間接キッスというものなのでは……?

「……ッ!」

 サクラは顔を真っ赤にすると慌てて飲むのを止めて急いで蓋を閉める。せっかく冷水で体が冷えたのに、今はさっきよりも体が熱い。

 そっと唇に指を当て、恥ずかしさのあまりうつむいてしまう。その顔はもう熟れたシモフリトマトのごとく真っ赤に染まり、今にも湯気が噴き出そうな勢いだ。

 うつむくサクラは自分の行為に恥じ、こんな邪(よこしま)な想いを抱いた事に対してクリュウに謝罪し――ちょっぴり心の中でガッツポーズをしてみたりするのであった。

 

 クリュウ達が待ち伏せを始めてから一時間ほどが経った。依然としてリオレウスは現れず、時たまランポスの襲撃があったが、クリュウとサクラで安易に撃退できた。フィーリアとシルフィードは依然として監視を続けている。

 クリュウも見張りを手伝おうとしたが、支給されていた双眼鏡は一個だけでそれはシルフィードが持っている。その為、彼の役目は二人が見張っている間に他のモンスターから荷車を守る事だけであった。

 いつ現れるかわからない恐怖はあるものの、クリュウは岩陰に座りながら熱心に勉強をしていた。教材はシルフィードから借りたあのノート。これにはリオレウスの動きなどが正確に書かれていた。

 例えば、リオレウスは主に空中戦を主体としてよく空に舞い上がる。その為ハンターからは卑怯者と呼ばれたりするらしいが、それは彼らなりの生きる為の戦い方なのだ。

 モンスターに誇りとかは基本的にはない。あったとしてもそれはモンスター同士での話。人間のように命を懸けてなどといった考え方は彼らにはないのだ。あるのは生への執着。生き残る為だったらどんなに無様な姿を晒してでも逃げる。

 卑怯などではなく、根本的に人間とモンスターでは考え方が違うのだ。

 他にもリオレウスはもちろん地上戦も行える。主に遠距離は突進攻撃とブレス。群がる敵に対しては体を回して尻尾で攻撃したりバックステップブレスを使ってくるらしい。空中からは毒爪攻撃かブレス攻撃。ただしこのブレスは単発と三連発があり、三連発の場合は一発一発で照準を修正してくるので、気をつけなければならない。

 怒り状態ならほぼ空中ブレスは三連発。地上戦においても行動が全て速くなり、無茶苦茶な攻撃が増える。これはクリュウ自身もイャンクックなどでわかっているが、怒り状態とはある意味リミッター解除状態。理性うんぬんを無視してただ生きる為に己が能力を完全解放している。だから攻撃で自らが傷ついても生き残る為に必死なのだ。

 骨が折れようが傷だらけになろうが、とにかく生き残れればいい。何せ飛竜の回復能力は尋常ではない。それくらいの傷ならすぐに治せる。だからこそ、無茶をしてでも攻撃ができるのだ。

 リオレウスは特に怒り状態になるとかなり凶暴化するらしい。ノートにも怒り状態になったら逃げる事を考えた方がいいとまで書いている。

 シルフィードのノートは知識の宝庫だ。彼女の今までの経験や蓄えた知識が全て記載されている。

 ハンターの中にはこうして記録を作る者がいるらしいが、どうやらこうして記録し、何度も何度も読み直す事によって個々のモンスターの生態を覚え、戦うらしい。

 より安全に、より正確に倒す為の手段なのだ――まぁ、実際は言われてもこんな正確なノートは書けないだろうが。

「……クリュウ」

 すっかりノートに集中していたクリュウにサクラが声を掛けて来た。

「サクラ? どうしたの?」

 クリュウの問いを無視し、サクラは彼の横に腰掛けた。無言のままの彼女に、クリュウは不思議に思って声を掛けようとする。が、それよりも先に口を開いたのはサクラの方だった。

「……クリュウは、シルフィードを信頼してる?」

 突然の質問だったが、内容はさらに驚くには十分なものだった。それは愚問というのではないかとクリュウは思ったが、彼女のいつになく真剣な瞳に正直に答える。

「そりゃあ信頼してるよ。素人の僕の為に大切なノートを貸してくれたり色々とアドバイスしてくれたり。ほんと、あんなリーダーがほしいよ」

「……そう」

 クリュウの返事を聞いたサクラは明らかに表情を暗くした。

「さ、サクラ?」

「……じゃあ、クリュウは私達三人で誰を一番信頼する?」

 先程よりもさらに真剣な表情で訊いて来るサクラ。その表情には切羽詰ったというような雰囲気まで感じる。黒く澄んだ隻眼は、クリュウを逃がさない。

「ど、どうしたの? 何でそんな事」

「……答えて。クリュウは、誰を一番信頼してる?」

 サクラはギュッと、まるですがるようにクリュウの手を握った。必死さ故に迫り、互いの顔の距離はかなり近い。もしここで何らかのアクシデントが起きたら、それはすぐにイベントに直結するような、そんな距離。

 目の前に美少女サクラの顔。クリュウは頬を赤くして離れようとするが、サクラはそれを許さない。

「さ、サクラ?」

「……答えて」

 サクラはギュッとクリュウの手を握って離さない。答えを聞くまで、何が何でもという気迫さえ見え隠れする。

 なぜサクラがこうも必死になるのか、クリュウにはまるで意味がわからなかった。

 そもそもクリュウは三人を皆平等に信頼しているつもりだ。誰が一番で誰がビリだなんて、そういう考え方は失礼だと思っている。だからこそサクラの問いには答えられない。

 ――だが、なぜだろう。サクラに最初に問われた時、なぜか最初に思い浮かんだのはフィーリアだった。彼女の優しげな笑顔が浮かんだのだ。

 確かに、もしかしたら内心一番信頼しているのは彼女かもしれない。一番最初に出会い、仲間になってくれた。自分のハンターとしての応用技術を教えてくれたのは、彼女だった。

 彼女が自分の背中を守ってくれるから、クリュウは安心して戦えるのだ。

 確かにそうかもしれない。でも、だからといってサクラやシルフィードを信頼していない訳ではなく、彼女達にも背中は預けられる。

 だから結局みんな平等で、別に誰が一番とか二番とかは……

「……答えて。何で黙るの?」

 サクラはさらにクリュウに迫る。だが、彼だってどう答えるべきかわからず必死に考えているのだ。

 もはや押し倒すような勢いのサクラに、クリュウはやっとの思いで口を開く。

「ぼ、僕はみんな信頼してる。みんな同じくらい。誰が一番とか、誰が二番とか、そんなのは考えてないよ」

 クリュウは正直に答えた。これが彼の本心だったからだ。

 サクラはじっと彼の瞳をその隻眼で見詰めていたが、やがて小さくため息すると「……そう」とだけ小さくつぶやき身を引いた。なぜだろうか。その姿はどこか悲しげで、小さく見える。

「サクラ。どうしていきなりそんな事を訊いたの?」

 クリュウは今度は自分の疑問をぶつけてみた。なぜいきなりそんな事を訊かれるのか。なぜあんなにも必死そうな顔だったのか――なぜ、そんなに寂しげな顔をしているのか。

 サクラはクリュウの問いに対しうつむいたまま何も答えない。

「サクラ? あ、いや、別に答えたくないなら言わなくてもいいけど」

 沈黙を続ける彼女に、クリュウは慌てて話題を変えようと考えを巡らせる。と、そんな彼の手を、サクラがそっと握ってきた。

「……クリュウ、あの」

「さ、サクラ?」

 サクラはうつむいたまま、クリュウの手を両手で包み込むようにして握る。クリュウからは見えないが、その頬はほんのりと赤く染まっている。

「……私は、クリュウが一番だから」

 クリュウには聞こえないほど、小さな小さな声でサクラはそう言った。

 自分はずっと彼が一番だった。子供の頃からずっと、そして今も、これからも……

 だから、彼にも自分が一番であってほしかったのだ。だからあの時、彼の口からそう言ってほしかったのだが、それは叶わなかった。

 ならば、これから努力して、彼の一番になればいい。そう思った。

「……クリュウ、ずっと一緒」

 そう言って、サクラは小さく微笑んだ。それが彼女にとっては最高の笑顔であると、クリュウは子供の頃から知っている。

「え? あ、うん。これからもずっと一緒だよ。一緒に強くなろうね」

「……そうね」

 本当はそういう意味ではないのだが、今回はこれくらいで妥協した。これでも十分サクラにとっては嬉しい言葉だった。

 もう少しだけ、彼の近くにいたい。

 そう思って、サクラはクリュウにちょっとだけ近寄ろうと腰を浮かせる。

 ――その時、風の流れが変わったのを感じ、サクラの隻眼がスッと細まった。

「リオレウスだッ! 戦闘用意ッ!」

 刹那、怒号のようなシルフィードの声が響くと、彼女はいきなり木の上から飛び降り音もなく着地。すぐさま駆け出した。少し遅れてフィーリアも岩壁の上から飛び降りるとハートヴァルキリー改を構えて走る。

 突然の事態に戸惑うクリュウ。そんな彼を照らしていた日の光が一瞬遮られた。驚いて空を見上げる。

 どこまでも澄んだ、さっきと何も変わらない蒼い空――だが、そこに何か異質な、巨大な赤い影が見えた。

 巨大な翼を持つ、紅蓮の竜。

 そこまで見てクリュウは慌てて立ち上がるとバサルヘルムを被り、フィーリア達を追って駆け出した。サクラもそれに続く。

 シルフィードはクリュウが設置してあった落とし穴を発見するとするさまピンを抜いて落とし穴を展開させる。そこへフィーリア、クリュウ、サクラの三人も合流した。

 クリュウは視線の先に暴風を纏いながら舞い降りて来る紅蓮の竜を見て絶句した。

 まるで燃えているかのような紅蓮の鱗や甲殻に覆われ、空を制すとまで謳われるだけの巨大な翼を羽ばたかせ、全方位に威圧するかのように己が存在感を発する巨大な竜。

 クリュウはそれだけで確信した。

 ――奴は、今までとは桁違いに強い。

 紅蓮の飛竜は暴風を纏いながら降りてくる。その下にある草が激しく暴れ回り、中には耐えられなくて千切れ飛ぶものも。

 木々が激しく揺れ、小鳥達が一斉に逃げ出す。

 全方位に威圧するかのようなその存在感。それだけでクリュウは背中が冷たくなる。

 そして、紅蓮の飛竜はその巨体を支える巨大な二本の脚で地面に着地した。その瞬間、ズシン……という鈍い衝撃がずいぶん離れたここまで響いてくる。信じられないような重量感だ。

 竜は荒々しい翼を閉じると、その強靭な脚でしっかり地面に立つ。長い首をもたげてキョロキョロと自らの縄張りを侵す者はいないか探す。と、その体色とはまるで違う蒼き瞳がクリュウ達を捉えた。

 ――刹那、すさまじい殺気の奔流がクリュウ達を襲う。たったそれだけで、理性が危険信号を発し、体が勝手に逃げようとする。クリュウはそれを必死に押し留め、圧倒的な存在感と殺気を撒き散らす紅蓮の飛竜を睨み返す。だがそれは彼の前では、空しい抵抗とも言うべき小ささだった。

 紅蓮の飛竜は自らのテリトリーを侵す許せぬ敵を睨み、翼を広げて体を大きく見せて威嚇。そして、沸き起こる激昂を怒号と共に敵に撃ち放つ。

「ギャアアアアアオオオオオォォォォォッ!」

 怒号と共に暴風が発生し、クリュウ達にぶち当たる。

 クリュウの兜に付けられた赤い羽根が、フィーリアやサクラ、シルフィードの長い髪が暴風に激しく揺れた。

 リフェル森丘を舞台にした、クリュウ達と空の王者――火竜リオレウスとの戦いが始まった瞬間であった。


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