依頼書に名前を書き、正式に依頼を受注した四人。シルフィードは荷物を取って来ると五分ばかり離れ、そして戻ってくると早速クリュウ達が座っていたテーブルを囲んで作戦会議を行った。席はクリュウの両側をフィーリアとサクラが座り、シルフィードはその対面に座っている。
「改めて僕の名前はクリュウ・ルナリーフ。見ての通りの片手剣使いです」
「私はフィーリア・レヴェリと言います。武器はライトボウガンを使っています」
「……サクラ・ハルカゼ。太刀使い」
「なるほど。クリュウにフィーリア、サクラか。武器はチームとしてはバランスが取れているな」
シルフィードはクリュウ達の自己紹介にうなずくと、背中に背負った大剣の柄を握る。
「改めて、シルフィード・エアだ。見ての通りの大剣使い。君達と比べて攻撃力はあっても機動力が低い事だけは頭に入れておいてほしい」
大剣使いは名の通り巨大な剣で戦うハンターである。その剣はそれこそ一撃で飛竜の甲殻をぶち破る威力を発揮する事がある。ただしその巨大さ故に重量もかなりあり、背中に背負っている時はまだしも構えると両腕の力だけでその巨剣を支えなければならない。その為に構えている時は動きが極端に制限されるのだ。
構えている最中に動きを制限されるのは大剣の他にはランス、ガンランス、ヘビィボウガンなどが挙げられる。
大剣の欠点はそこにあるのだが、その分威力は絶大だし、太刀に比べて刀身が太く頑丈な為盾として使う事もできる。ただし武器自体を盾に使うので切れ味はその分低下する。
近距離戦において、大剣使いはチームの主力であり最も頼れる存在である。
「まず最初に、君達の武具とスキルを教えてほしい」
仲間の能力を知っておくのは大切な事。それによって戦法や作戦も変わるのだ。
「僕は見ての通りバサルシリーズです。武器はデスパライズで、スキルは防御+20、地形ダメージ【小】、睡眠無効です」
「私はリオハートシリーズとレッドピアスです。武器はハートヴァルキリー改。スキルは回復アイテム強化、精霊の気まぐれです」
「……凛シリーズ。飛竜刀【紅葉】。スキルは回復速度+1、ガード性能+2、探知、砥石使用高速化」
クリュウ達はそれぞれの武具名とスキルを言った。中には今回の狩りには不必要なものもある。クリュウの地形ダメージ【小】や睡眠無効、サクラのガード性能+2も太刀使いの彼女には不要なスキルだ。
クリュウ達のスキルなどを聞いたシルフィードは何かを考えるようにあごに手を指を当ててうつむきながら「なるほど」とつぶやくと再びクリュウ達に向き直る。
「私は見ての通りリオソウルシリーズ、頭はレッドピアスだ。武器は煌剣リオレウス。スキルは耳栓、攻撃力UP【中】、見切り+1だ」
シルフィードのスキルはかなり戦闘型のスキルだ。
耳栓とは大抵の大型モンスターのバインドボイスを防ぐ能力。詳しい理由はギルドが公開していないから不明だが、飛竜の強烈な怒号を空気中で中和する特殊機能が搭載されており、同時に幾分か恐怖心が和らぐ事によって体の動きを制限される事がなくなるらしい。さらにこの耳栓の上に高級耳栓というものが存在するが、これは全てのモンスターのバインドボイスを防ぐというもので、接近戦を主体とする剣士系のハンターからは重宝されている。
見切りとは時折戦闘能力が上昇し、通常攻撃よりも強力な一撃を放てる能力。攻撃力UPとは文字通り攻撃力を上昇させるスキルだ。
お互いの能力を教え合った所で、シルフィードは次なる質問をする。
「次に、リオレウスの討伐経験がある者は?」
シルフィードの問いに、フィーリアとサクラが手を挙げた。ここで手を挙げられない自分に、クリュウは恥ずかしくなった。
「なるほど。見る限り君達二人はかなり腕が立つように見えるが」
「あ、フィーリアは今は桜リオレイアの武具を身に纏ってますが、以前はリオレイアの武具を纏っていて新緑の閃光なんて呼ばれてます。サクラも隻眼の人形姫という通り名で通ってるんですよ」
クリュウが説明すると、シルフィードは一瞬驚いたような顔をしたが、彼女達の装備や雰囲気に確信を得たのか、小さくうなずいた。
「なるほど。春を迎えた新緑の閃光に、護衛の女神とまで謳われた隻眼の人形姫か。どちらも相当な実力者だな」
「いえ、そんな事は」
フィーリアが謙遜するが、その身が纏っている桜リオレイアの装備を見る限り全くもって説得力がない。
一方のサクラはじっとシルフィードを見詰め続ける。その視線に気づいたのか、シルフィードは彼女を向く。
「何だ?」
「……蒼銀の烈風、そう名乗った」
「そうだが」
シルフィードの返事に対し、サクラはスッとその隻眼を細める。彼女が真剣になった時の仕草だ。自然とクリュウ達も気が引き締まる。
「……その二つ名は聞いた事がある。確か、《剣聖ソードラント》のメンバーだったはず」
サクラの言葉にクリュウとフィーリアは二人して驚く。そんな三人の視線を受けるシルフィードはその名前にどこか懐かしそうな表情を浮かべると、静かに首肯した。
「確かに。私は元ソードラントのメンバーだった」
その返答に、サクラは「……そう」と小さくつぶやき、クリュウとフィーリアはさらに驚愕の表情を浮かべる。
世の中にはフィーリアやサクラのように二つ名を持つハンターは少ないながらも存在する。これらのハンターはそれが通り名として知られ、折り紙付きの実力者だ。だが、世の中には上が存在するもの。二つ名を持つハンターの上にはギルドの書類などに正式に記載される称号持ちという最上級ランクのハンターが存在している。
称号持ちクラスになると古龍が現れた際はギルドが全力を挙げて居場所を捜索するほどの存在となり、称号持ちはこの世界には極わずかしか存在しない。
まさに生ける伝説と呼ぶに相応しいハンターなのだ。
だが、そういう個人で有名なハンターの他にもチームで有名になるハンター達も存在する。剣聖ソードラントもそのうちの一つであり、実力及び知名度も高いチームで、チーム戦においては最強クラスだ。
かつてカルナスを襲ったラオシャンロンを撃退しようとして失敗し街が壊滅したカルナス防衛戦の時に、サクラのチームと同じく最後まで戦い続けたチームだ。その実力は他を圧倒するもので、炎王龍テオ・テスカトルや風翔龍クシャルダオラを撃退した事もある名実共に史上最強クラスの強さを誇るチーム。ハンターどころか一般人ですら知らない者はいないとまで言われる最強のハンター集団。それが剣聖ソードラント。彼女はそんな最強チームの出身なのだ。
「す、すごいですねッ!」
クリュウはキラキラした瞳で彼女を見詰める。何しろ相手はあの天下無敵の剣聖ソードラントの元メンバー。憧れないはずがない。だが、そんなクリュウの瞳にシルフィードは視線を逸らした。その表情はどこか不機嫌そう。
「私はもうあのチームとは関係ない」
「あ、すみません……」
シルフィードの言葉にクリュウは口を閉じた。
何があったか知らないが、彼女はあの最強のチームから脱退した。もうあのチームとは関係ない。そう思っているらしい。世の中そんなにうまくいかないのだが、クリュウ自身フィーリアやサクラといった二人の無双ハンターと一緒なので気持ちはわからなくもなかった。
「どうして脱退なされたのですか?」
フィーリアの問いに、シルフィードは苦笑する。
「大した事じゃないさ。ただ、目指す道が違った。それだけだ」
「そうですか……」
いくら有名で強いチームであったとしても、目標とか主義が違うなら共に行動する事はできないだろう。そういう風に些細な違いが後に大きな亀裂となって所属していたチームを去る者も数多い。皆自分の力を振るえるチームを求めて旅をしているのだ。
「ソードラント出身という事は、シルフィードさんも古龍と戦った事があるんですか?」
クリュウはどこか真剣な表情で尋ねる。そんな彼の雰囲気にフィーリアとサクラが不思議そうに彼を見詰める。
彼女達は知らない。クリュウの父を殺したのはその古龍という天災クラスのモンスターである事を。彼が追いかけ続けた父の背中を奪った、クリュウにとっては忘れられない存在だ。
そんなクリュウの問いに対し、シルフィードは首肯する。
「私もカルナス攻防戦には参加したので、ラオシャンロンとは戦った事はある。他にも街を襲ったクシャルダオラを撃退した事はある。と言っても、私はチームでは一番弱かったからな。あまり目立った活躍はしていない。私の剣は奴の鋼の鱗を突破する事はできなかった。奴に決定打を与えて撃退を成功させたのは私以外のメンバー、リーダーとかだったよ」
風翔龍クシャルダオラ。天災クラスに位置づけられる古龍の一種で、全身を鋼の鱗で覆う別名鋼龍とも呼ばれるモンスター。奴が現れれば街は避難勧告が出され、ハンターを投入しても時間稼ぎになるかどうかというくらいの強敵だ。人の身で敵う者は、それこそ剣聖ソードラントなどの世に名を馳(は)せた一部の英雄クラスのハンター達だけである。
そしてクリュウの父は、そんな古龍と戦って命を落とした。クリュウの父は決して弱くはなかった。むしろ辺境でばかり活躍していたから名が知られてないが最強とまで謳われただけの実力者だ。それが命を落とした相手、それが古龍なのだ。
「すごいですね」
「すごくなどないさ。私はまだまだ修行中の身。リーダー達には敵わないよ」
そう言ってシルフィードはテーブルの上に置かれた水滴がたっぷりと付いたコップを手に取って水を飲む。
やはりそのリーダー達とは何かあったのだろう。彼らの事を口にした時、シルフィードはどこか不機嫌そうに見えた。史上最強と謳われるチームの一つである剣聖ソードラントを脱退したほどだ。ケンカ別れでもしたのだろうか
「まぁ、私の昔話はここまでにしておいて、問題はリオレウスだ」
仕切り直すように言うシルフィードの言葉に、クリュウ達は気を引き締める。今は彼女の昔話を聞くのではなくイージス村の脅威となるリオレウスを討伐する為の重要な会議だ。
「クリュウ。君はリオレウスとの戦闘経験はないらしいが、奴がどのような動きをしてどのような戦い方をするか、どんな生態かなどは知っているか?」
「あまり詳しくは知らないです、すみません」
「謝る事はない。これから知ればいい」
そう言ってシルフィードは先程持って来た荷物の中からゴソゴソと何かを取り出した。それは一冊の使い古された付箋(ふせん)や付け加えた紙などが本来の幅から無数に溢れているノート。シルフィードはパラパラとページをめくる。その中の一ページを見つけ出すとテーブルに置いた。
「これがリオレウスだ」
クリュウは提示されたページを見てみる。するとそこにはリオレウスの鮮明な絵と彼女の手書きの美しい達筆文字が無数に埋め尽くすかの勢いで書かれていた。
「これは?」
「私が今までの経験などを書き込んだ門外不出のノートだ。他言は無用」
「あ、はい。わかりました」
シルフィードはさらに付け加えた無数の紙まで開く。余程使い込んでいるのがわかる。無数の矢印が伸びまくって付け加えたページなどの文字や図に無数に繋がっている。かなり見づらいと思うが、実際は的確な事項などに繋がっていて意外と読みやすい。
「まずこのリオレウスの絵を見てくれ」
そう言って彼女が示したのは一枚の絵。クリュウはリオレウスを見た事がないのでよくわからないが、フィーリアが言うにはかなり正確な絵らしい。凶悪そうな顔や姿に、絵だというのに威圧感を感じる。
「大きさは十五メートルから二〇メートルくらいだ。イャンクックの倍と考えて構わない」
「そ、そんなに大きいんですか?」
「大きなものだと二〇メートルを超える」
クリュウはいきなり出鼻を挫かれた気がした。彼が今まで相手にして来たイャンクックやダイミョウザザミ、バサルモス、ドドブランゴとはまるで桁違いの大きさだ。
「基本的な動作だが、奴は主に空戦を主体としている。空中からの奇襲攻撃や低空飛行での強襲、ブレス攻撃などだ。リオレウスのブレスは火球。その名の通り丸い炎だ。体内で凝縮した高温の激しい炎で、主に地上では遠距離タイプの単発だが、空中からだと単発と三連発がある。この威力は大タル爆弾に匹敵するような威力だ。ガードはせずに避けろ」
「そ、そんな強力な攻撃を撃って、リオレウスは大丈夫なんですか?」
クリュウの何気ない問いに、シルフィードはぽかんとする。そんな彼女の反応にクリュウが首を傾げると、彼女は突如口元を抑えて小さな声を漏らしながら笑った。
「君は倒すべきリオレウスの体調を気にしているのか? おもしろいな」
クリュウはその言葉にようやく自分がおかしな事を言っていると気づいて顔を真っ赤にする。
「あ、いや、その……」
「安心しろ。リオレウスの鱗や甲殻はマグマにだってある程度は耐えられる耐熱に関しては最強クラスのものだ。自らのブレスで身を傷つけるような相手ではない。むしろそれだけ強固な鎧を纏っていると考えてくれ」
安心どころか脅威でしかない。マグマに耐えられるような強固な鱗や甲殻を持つリオレウス。とてもじゃないがまるで勝てる気がしない。
「大タル爆弾は、ちゃんと利くんですか?」
クリュウの攻撃スタイルは罠にモンスターをはめて大タル爆弾で粉砕するというもの。クリュウにとっては大タル爆弾が主力とも言える。それが利かないのであれば、絶望的である。だが、
「大タル爆弾は肉質の硬さや鱗や甲殻に関係なくダメージを与えられるから、もちろん利く」
「よ、良かった……」
安堵の息を漏らすクリュウ。だが、そんな彼を訝(いぶか)しげに見詰めるシルフィード。
「しかし、君は大タル爆弾なんて危なっかしい物を使っているのか?」
「え? あ、そうですけど」
「珍しいな」
シルフィードの言葉にクリュウは驚く。自分の戦法って、そんなに珍しいのだろうか。不安になって隣にいるフィーリアを見ると、彼女は苦笑いしていた。
「その、大タル爆弾って威力は絶大ですが誤爆というリスクがあり移動にも荷車を使うので使い勝手が悪く、実はあまり広くは使われていないんです」
「そ、そうなのッ!?」
自分が今まで普通だと思っていた事が、まさか危険過ぎてあまり使われていない戦法だと知りクリュウは驚きを隠せない。
「……片手剣は威力の低さからチームを組む事が多い。他の単独ハンターは威力の高い武器かガンナーである事が多い。だから、爆弾を使う事はあまりない」
「そ、そうだったんだ。知らなかった……」
クリュウの今までの戦い方からもわかるように彼は大タル爆弾を使う事が多い。これはクリュウが自らの武器の威力の低さを補おうと考えた結果なのだが、改めて考えてみれば今は仲間もいる。その必要はなかったのではないか。むしろ今まで彼女達を危険に晒していたのではないか。急に不安になってきた。
そんなクリュウの心境を悟ったのか、フィーリアはにっこりと微笑んだ。
「大丈夫ですよ。私もガンナーで威力が低いから大タル爆弾を使う事はありましたから」
「……私も、罠に落として起爆する事はある」
クリュウはそんな二人の気遣いに感謝しながらも、自分の戦法を根本的に考え直そうかと思った。が、
「気にするな。別に悪い戦法という訳ではない。危険な分威力は絶大だから、短期決戦を考えているのならば良策だ」
「シルフィードさんも大タル爆弾は使うんですか?」
「場合によってはだ。君のように毎回のように使う事はないが、グラビモスのような強固な相手の甲殻を粉砕する時などには重宝している」
クリュウはふとバサルモス戦を思い出した。確かにあの強固な甲殻をぶち破るのは、それこそ大タル爆弾がなければ厳しいものだろう。まして彼女が言ったのはその完全体であるグラビモス。より強固だろう。
クリュウがそんな事を考えていると、シルフィードはどこか懐かしそうにクリュウを見た。その視線に気づいてクリュウが「何ですか?」と尋ねると、彼女は小さく笑った。
「いや、大タル爆弾を使うハンターには久しぶりに会ったからな。懐かしいと思っただけさ」
「そんなに珍しいんですか?」
「かなりの少数派だ。まぁ、世の中には爆弾が好きで使っている者もいるからな。それに比べたら君はまだマシだよ」
シルフィードの言葉にはクリュウだけでなくフィーリアやサクラまでもが驚く。
「爆弾好きのハンターなんて、本当にいるんですか?」
「実在する。持てるだけの爆弾とその素材を持ち込んで狩りをするくらいだからな。あまり組みたいとは思わんが――以前私は組んだ事がある」
「そうなんですか。で、どうでしたか?」
「そいつはちょっと……いや、かなり変わった奴だったよ」
「変わった方? どう変わってるんですか?」
自分と同じように爆弾を多用するハンターというだけでも興味があるのに、さらに変わった人物と聞いてしまえば興味津々になるのも当然といえよう。そんなクリュウの問いに対し、シルフィードはその奇怪な人物をどう説明しようか逡巡(しゅんじゅん)し、答える。
「……アイルーフェイク以外何も着けていないハンマー使いの女だったよ」
『……は?』
クリュウだけでなく何気なく聞いていたフィーリアとサクラまでもがポカンとする。それだけ奇怪な事であった。
「えっと、それはどんな冗談で?」
「冗談ではない。真実だ。奴はアイルーフェイクだけを被り他の防具など一切着けずインナーのみ。腰には立派なハンマーを下げているが、攻撃のほとんどが爆弾だったよ。ふざけた格好だったが、腕は大したものだった」
そこまで言ってシルフィードは目の前ですっかり理解不能状態に陥って呆然としているクリュウ達を見て軽く咳払いする。
「まぁ、この話はここまでにしよう。今はリオレウス戦だ」
シルフィードが仕切り直すと、クリュウ達もハッとして慌てて頭を切り替える。クリュウは一瞬その奇怪なハンターの姿を思い浮かべてみるが、あまりに奇怪過ぎて想像できなかった。だが、とりあえず自分はその人とは違う事だけは確信していた。
「ぼ、僕は別に爆弾をそんな風には思ってませんから大丈夫ですよ」
「そうだな。郷に入れば郷に従え。今回の狩りも、大タル爆弾を使おう」
「い、いいんですか?」
「構わない。君達の自由にやって結構だ」
何て頼もしいのだろう。クリュウは彼女の頼れる態度や雰囲気、口調などにすでにかなりの信頼を寄せていた。それほどまでに、彼女からは歴戦の戦士というオーラが伝わって来るのだ。
そんなすっかりシルフィードに懐く(?)クリュウを見て、フィーリアとサクラはムッとする。確かに相手は自分達よりも実力は上で頼れそうな人柄だ。だが、同時に彼女は絶世の美少女でもある。二人の不安は募るばかりだ。
「すっかり話が脱線してしまったな。つまりリオレウスは強固な鎧を身に纏っていると考えてくれ」
そう言ってシルフィードは話を戻す。クリュウも再びテーブルの上に置かれたノートを見る。フィーリアとサクラは様子見だ。
「先にも説明したがリオレウスはブレスを吐くので要注意だ。他にも奴は百メートル以上離れていても己が敵に向かって突進して来る。他の飛竜同様突進の後は大きな隙が生まれるが、迂闊(うかつ)に攻撃すれば反撃を受ける。接近戦では首を振って正面の敵を吹き飛ばそうとしたりブレスを吐く。奴が一度距離を取る為に後方に飛ぶ場合も気をつけろ。あの巨体をいきなり空中に飛ばすにはいくら奴の筋肉でも不可能。その為ブレスを撃ってその反動で飛ぶのだ。つまり、他の飛竜同様正面は危険だと頭に入れておいてほしい。だが、側面であっても奴は体を回転させて尻尾で薙ぎ払おうとしてくるから常に注意しておくように」
「……なんか、聞いている限り全然勝てる気がしないんですけど」
リオレウスのすさまじい戦闘能力の数々に、すっかりクリュウの意気は消沈していた。聞けば聞くほど勝算がなくなっている気がするのだ。まるで歩く高速要塞だ。
そんなクリュウに追い討ちを掛けるようにフィーリアが口を開く。
「あと、リオレウスは脚の爪から強力な毒液を染み出させています。上空に上った後ブレスを撃たずに体を大きく揺らしたりしたらすさまじい勢いで毒爪で斬りつけて来ますので、絶対回避。無理でも最低ガードはしてください。解毒薬には限りがありますから」
「さ、さらに毒まであるの?」
クリュウのやる気をゲージ化したら、もうレッドゾーンである。これだけでもすでに戦意は喪失し掛かっているが、さらにとどめとばかりにサクラが付け加える。
「……口から黒煙を吹いている怒り状態はさらに危険。動きや攻撃力が通常時よりも高いし凶暴化する。空中からはほぼ三連ブレスを撃ってくるようになる。熟練のハンターでも奴の怒り状態の時は戦闘を避ける者がいるくらい」
「……無理」
クリュウ戦意喪失。
テーブルに突っ伏してついに動かなくなってしまった。フィーリアが慌てて肩を揺すってみるが、完全にクリュウは沈黙してしまった。
「く、クリュウ様ぁッ!」
「まぁ、確かに初めてでこれだけの情報を聞けば戦意が喪失するのも納得できるが」
「……クリュウ、ファイト」
三人の美少女に励まされ、クリュウは何とか戦意を多少取り戻す。だが、状況は芳(かんば)しくない。どう考えても自分では勝てそうもない。
「そんな相手、どうやって戦えばいいんですか?」
クリュウの自信なさげな問いに対し、シルフィードは一瞬ちょっと驚いたような顔をすると、フッと小さく笑った。
「――君の戦いたいように戦えばいいさ」
返って来たどこか無責任な答えに、クリュウどころかフィーリアとサクラまでもが呆気に取られた。そんな三人の反応に、シルフィードはノートをパラパラとめくる。次に開いたのはイャンクックのページ。
「確かにリオレウスは厄介な強敵だ。だが、基本動作はイャンクックと然程変わらない。つまり、リオレウスは全く未知の敵ではない。今までの経験があれば、十分戦える相手だ」
「た、確かにそうかもしれませんが、クリュウ様はリオレウス初挑戦ですよ? 何かアドバイスを差し上げませんと。私はリオレイアが専門なので、間違った知識を与えてしまう可能性がありますし」
リオレウスとリオレイアでは多少だが行動や生態などが変わる。フィーリアは自分の間違った発言でクリュウを危険に晒したくないのだ。
そんなフィーリアの言葉に、シルフィードは「確かにそうだ」と肯定した。だが、その瞳は真剣そのもの。何も無責任な事を言っている訳ではない。
「私はさっき奴の生態を細かく教えた。多少個体によって違った動きをするかもしれないが、基本動作は全て同じだ。今のアドバイスをちゃんと理解し、今までの経験をちゃんと生かせれば、問題はない」
「し、しかしクリュウ様は初めてです。もしもクリュウ様が怪我でもされたら――」
「――怪我などしない」
その断言のような言葉に、クリュウは下がっていた顔を上げた。落ち込む自分を優しく見詰める瞳。その表情は頼もしく、彼女が気休めなどを言ったのではなく、真実を言ったという事がわかった。
驚くクリュウに、シルフィードは言った。
「クリュウは私が守る。この身を盾にしてでも、守ってみせるさ」
刹那、シルフィードは優しげな笑みを浮かべた。その笑顔はクリュウが見てきたどんな笑顔よりも頼もしく、凛々しくて、でもどこか優しくて、自信がみなぎる、そんな笑顔だった。
彼女と一緒なら大丈夫。そんな根拠のない自信が湧き上がった。
クリュウの顔がぱぁっと華やぎ、彼は突然立ち上がる。驚く三人の視線を受けながら、クリュウは目の前のシルフィードに向かって勢い良く頭を下げた。
「よろしくお願いしますッ!」
シルフィードはそんなクリュウの行動に呆気に取られていたが、フッと口元に小さな笑みを浮かべると「こちらこそよろしく」と言ってスッと手を差し出す。クリュウも顔を上げるとそんな彼女の手を握り返した。
より固い信頼の絆を結んだ二人に対し、フィーリアとサクラはどこか釈然としない感じだった。
「……シルフィード様、要注意人物ですね」
「……クリュウ」
そんな二人の不安をよそに、クリュウとシルフィードは作戦会議を続行した。わからない事を正直に質問するクリュウに、シルフィードは的確にアドバイスを行う。
まるで以前から知っていたように二人の会話は弾んで進む。そんな二人にフィーリアとサクラが警戒したのは言うまでもない。