モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第57話 雪山に響く最期の怒号

 クリュウ達が広場に出ると、そこにはすでにドドブランゴと数匹のブランゴが待ち構えていた。先頭に立つドドブランゴは憎き敵を睨み付けると怒号を山中に響かせる。それが戦いの合図となった。

「目を閉じてくださいッ!」

 レミィはそう叫ぶと同時に閃光玉を投擲した。突撃体勢に入っていたドドブランゴの眼前でそれは炸裂し、視界を潰す。周りを囲むブランゴも同様だ。

 視界を奪われてもがき苦しむドドブランゴとブランゴ。その間にクリュウは荷車を端に置くとすぐにシビレ罠を取り出して少し離れた場所に設置する。他の三人はそれぞれ大タル爆弾Gを掴むとクリュウに駆け寄る。クリュウの分はツバメが持ってくれていた。

「クリュウの分の大タル爆弾Gじゃ!」

「ありがとう!」

 ツバメから大タル爆弾Gを受け取るとクリュウは三人と一緒にシビレ罠の後ろに移動する。四人が見詰める先でドドブランゴはまだ視界が回復できずに暴れ回っていたが、そろそろその効き目も切れる。クリュウはグッと両手でしっかりと大タル爆弾Gを掴む。

 そして、突如ドドブランゴは動きを止めると背を向けていたクリュウ達に振り向きしっかりとその双眸で睨み付けて来た。閃光玉の効き目が切れたらしい。

 ドドブランゴは白い息を吐きながら怒鳴ると雪を蹴り飛ばして全力疾走でクリュウ達に突進する――だが、鋭利な爪が憎き敵を斬り刻む寸前で、ドドブランゴの体は強制的に停止させられた。その足元には麻痺性の電撃が放電されるシビレ罠が。

「グオオオォォォッ!?」

 気づいた時にはすでに遅かった。

「今じゃッ!」

 ツバメの言葉を聞くよりも前に全員は動き出すとそれぞれの手に持つ大タル爆弾Gを痺れて動けないドドブランゴの周りに設置する。

「終わったよッ!」

「皆さん離れてくださいッ!」

 レミィはそう叫ぶといまだにもがき苦しむドドブランゴと大タル爆弾G一個とに照準を合わせて姿勢を低くすると砲撃加速装置を点火。再び白い蒸気を噴出し始めるシザーガンランス。その砲口はしっかりと獲物を捉えていた。

「ファイアァッ!」

 すさまじい爆発と共に竜撃砲が発射され、さらにそれは大タル爆弾Gを爆破。連鎖爆発を起こしてドドブランゴは爆炎に包まれた。超強力な爆弾を一斉に起爆した事による爆風や衝撃波はクリュウ達をも容赦なく襲い、サクラは吹き飛ばされ、ツバメは飛ばされる事はなかったがバランスを崩して尻餅を着いた。クリュウに至っては吹き飛ばされた上に顔面から雪にダイブしてしまう。レミィは盾でそれら全てを防ぎ、先ほどと寸分変わらぬ場所にいた。

 レミィはシザーガンランスを背中に戻すと巨大な黒煙から距離を取るように離れる。その背に背負われているシザーガンランスの放熱装置は真っ赤に焼け、白い蒸気が噴出し続けている。これでまたしばらく竜撃砲は撃てなくなった。

 クリュウはサクラと共に立ち上がると天まで昇る巨大な黒煙を見詰める。それはツバメやレミィも同様だ。

 真っ白な世界を黒く染め上げる黒煙を見詰めながら、クリュウは「やったの?」と隣に立つサクラに問うが、サクラは状況を見定めるように黒煙をその隻眼で見詰め続けていた。と、

「……まだみたい」

 そう小さく答えると、サクラは背中の鞘に収めていた太刀を構えた。サクラに続いてクリュウ、ツバメ、そしてレミィと次々に武器を構えて黒煙を睨み付ける。そして……

「ゴァオオオオオォォォォォッ!」

 大地を震わせるような怒号に黒煙は吹き飛ばされ、黒い煙の渦の中から白き雪山の主――ドドブランゴが姿を現した。白い毛皮には黒い焦げや幾つもの傷があり血だらけだが、ドドブランゴはその四本の足でしっかりと大地に立っていた。その威風堂々とした姿にクリュウは驚愕する。

「うそでしょッ!? 効いてないのッ!?」

「……大丈夫。効いてる」

 残酷な現実に戦意を失いつつあるクリュウの肩を、サクラがそっと叩いた。その横顔はとても凛々しく、彼女が言うならと思ってしまうが、それでも疑ってしまう。

「でも、立ってるよ?」

「……大タル爆弾G四発なんて、リオレウスの甲殻ですら吹き飛ばせる威力。ドドブランゴごときに効かないなんてありえない」

「そ、そうかもしれないけど……」

 クリュウは彼女の言葉に改めてドドブランゴを見る。すると彼女の言葉を裏付けるようにドドブランゴに異変が起きた。

「むぅッ! 足を引きずっておるぞッ!」

 ツバメの言葉どおりドドブランゴは突如足を引きずって歩き出した。それはモンスターが弱っている証拠だ。

 身構えるクリュウ達だったが、彼らの予想に反してドドブランゴはそのまま足を引きずってクリュウ達とは別方向に向かう。

「逃げるつもりじゃッ!」

 ツバメはそう叫ぶと急いで逃げるドドブランゴを追いかける。クリュウとサクラもそれに続き、遅れてレミィも追撃。ブランゴが邪魔するがサクラとレミィがブランゴを一掃。二人が作った隙を突いて残ったクリュウとツバメがドドブランゴを追撃する。

 足を引きずるドドブランゴはそれほど速くない。一番最初に走り出したツバメはなんとかドドブランゴの側面に追いつくと双剣を引き抜いて連続して斬り付けた。遅れてクリュウもドドブランゴの後部にオデッセイを叩き込む。だが、二人の猛攻撃を無視してドドブランゴは足を引きずりながらも歩き続ける。

「止まってよぉッ!」

 ドドブランゴの後足の表皮をオデッセイの刃が斬り裂いて真っ赤な血が噴き出るが、ドドブランゴは止まらない。

「止まるのじゃッ!」

 ツバメも連続して剣を振り回す。二本の剣がすさまじい速度で暴れ回ってドドブランゴの白い毛皮を真っ赤に染めるが、ドドブランゴの足は緩まない。そして、

「くぅッ! 離れるのじゃッ!」

 ツバメの声にクリュウがドドブランゴから離れた刹那、ドドブランゴは咆哮と共に大ジャンプして雪を被った岩壁の向こうに消えて行った。一瞬でも遅れていたら巻き込まれていただろう。

「逃げられたぁッ!」

 クリュウは悔しそうにドドブランゴの消えた空を見上げる。ツバメも「逃がしてもうたか」と残念そうにため息した。ブランゴを片付けたサクラとレミィも残念そうにドドブランゴが消えた方向を見上げながらため息する。

「逃げられちゃいましたね」

「うむ。残念じゃ」

「……空気を読まない奴」

「コラコラ」

 集まった四人は幸いにも誰も怪我はなく無事だった。クリュウはとりあえず残っているブランゴから剥ぎ取りを行う。サクラはそんなクリュウの解体作業を見守り、レミィは荷車を持って来た。そしてツバメはくんくんとペイントボールの匂いをかぎながら手に持つ地図と位置を見比べている。

「ふむ。どうやら今度こそ巣に向かったらしいな」

「巣ですか。では眠っている可能性もありますね」

「大タル爆弾Gが残ってれば大ダメージを与えられたのにね」

 解体を終えたクリュウは合流すると残念そうにつぶやく。睡眠時は緊張が解れている為か通常時よりも大ダメージを負わせられる。その状況で大タル爆弾Gを使えばかなりの大ダメージを与えられたのだが、さっき使ったので全部だったのでそれは不可能だ。

「まぁ、その際は私の竜撃砲で代用します。威力はかなり下がりますが現在使える攻撃の中では一番威力がありますから」

「そうだね。じゃあ任せるよ。やっぱりレミィは頼りになるなぁ」

「そ、そんな事ないですよ……ッ!」

 はわわと顔を真っ赤にしながら慌てるレミィ。そんな彼女を見てクリュウとツバメは微笑ましげに小さな笑みを浮かべる。と、

「……私は、頼りにならないの?」

 サクラがクリュウの袖をちょこんと引っ張って寂しげな隻眼で彼を見詰める。その今にも涙が零れ出しそうな瞳にクリュウは慌てる。

「も、もちろんサクラも頼りになるよ!」

「本当?」

「ほ、本当だよ! サクラにはいつもいつも頼ってばっかりで、本当に感謝してるよ!」

「……そう」

 背を向けるサクラに、クリュウは不安そうにツバメに声を掛ける。

「あ、あのさツバメ。もしかしてサクラ怒ってる? 僕やっぱりまずい事言っちゃったかな?」

「うむ? いや、あれは違うのじゃよ。気にするでない」

「え? そ、そうなの? でも……」

 まだ少し不安そうなクリュウの肩をポンと叩くツバメ。彼はちゃんとわかっている――サクラは怒っているのではなく、照れているのだと。

「相変わらずじゃな、サクラは」

 クリュウに背を向けるサクラは、その頬が真っ赤に染まっていた。色白の肌でこんなに赤いのは目立ってしまう。だからこそ恥ずかしくてこうして背を向けてしまうのだ。

「……クリュウ」

 サクラは頬の紅潮を冷ましながらも頭の中で彼の言葉を反芻(はんすう)する。結果、せっかく落ち着いた頬がまたしても赤みを帯びてしまう。

「サクラ? 大丈夫?」

 心配して彼女の顔を覗き込もうとするクリュウにサクラはプイッとさらに彼に背を向ける。もちろん赤面した顔を見られたくないのだが、クリュウから見れば思いっ切り避けられたように見えて……

「うぅ、ごめんよぉ」

 しょんぼりとしてしまうクリュウ。サクラは慌てて訂正しようとするが、まだ顔が赤面しているので彼に顔を向ける事ができない。それはさらにクリュウにダメージを与えてしまい……

「お、お願いだから嫌いにならないでよサクラ!」

「……ち、違う! 私はクリュウを嫌ったりなんか……ッ!」

「け、ケンカはダメですよッ!」

 わいわいと騒ぐ三人を見て、ツバメは小さく笑みを浮かべる。

「まったく、お主らには緊張感というものがまるでないのぉ」

「うぅ、ごめん」

「いやいや、それくらいの方が体も自由に動くものじゃ。見ているこっちまで緊張が解けるしのぉ」

 ツバメはそっとクリュウの肩を叩いた。彼のクリッとした瞳が、クリュウをじっと捉えて離さない。クリュウはその黒真珠のような美しい漆黒の瞳に吸い込まれそうになる。

「サクラは照れておるだけじゃ。気にするでない」

「ツバメ……」

 見詰め合う二人。雪山だというのにその背景にはなぜか美しい花々が咲き誇り、桜色の雰囲気が流れる。

「……ツバメ、許さない」

「ツバメさんばっかりずるいです」

 じーっと睨む二人の恋姫。その視線に気づいたツバメは慌ててクリュウから離れる。その頬が真っ赤に染まり、瞳はキラキラと濡れている。

「こ、これは違う! 誤解なのじゃ! そもそもワシは男じゃぞ!?」

「……クリュウは渡さない」

「お、落ち着くのじゃサクラッ! ワシとてクリュウなどもらっても仕方ないぞ!」

「……ッ!? つ、ツバメ……、ひどいよぉ……」

「ぬおッ!? す、すまぬクリュウ! 別にお主を愚弄した訳ではないのじゃ! じゃから泣くんでない!」

「ツバメさんひどいですッ!」

「いや、そこはまぁ否定できないのじゃが……」

「ツバメぇ……」

「ぐぬぅ、そ、そんな捨てられた子犬のような目でワシを見るでない!」

「……ツバメひどい。クリュウがかわいそう」

「そもそもお主達のせいであろうがッ!」

 ギャーギャー言い合う四人。すっかり本来の目的であるドドブランゴの討伐など抜け落ちてしまっている。

 しばしそんなコントのような会話を続けていたクリュウ達であったが、ドドブランゴの事を思い出して準備を整える。

「お主らがふざけておるからペイントボールの効き目が切れて見失ったじゃろうが」

 すっかり振り回されていたツバメはすねたように唇を尖らせてそっぽを向く。その頬を紅くしながらの行為にいつもよりかわいさが一・八倍になっている事は自覚はないだろう。

「ご、ごめん……」

 しゅんとするクリュウにサクラとレミィがギロリとツバメを睨む。その睨み殺すかの勢いにツバメはぞっとし、慌てて態度を覆す。

「じゃ、じゃがドドブランゴは瀕死(ひんし)の傷を負っているはずじゃ! 今頃は体力を回復させる為に巣で眠っておるはず! じゃからペイントボールがなくても大丈夫じゃ!」

「ほ、本当に?」

「本当じゃ! じゃからお主も泣くでない! ワシが二人に殺されてしまう!」

「べ、別に泣いてなんかないよぉッ!」

 クリュウは顔を赤くして怒るが、ツバメにとってはそれどころではない。仲間に命を狙われるというありえない危険と隣り合わせなのだ。そんな事を気にしている暇はない。

「……クリュウ、泣いてるの?」

「クリュウさんを泣かせるなんてひどいです!」

「ワシのせいなのかッ!? ワシが悪いのかッ!?」

「泣いてなんかないよぉッ!」

「えぇいッ! とにかく行くぞ! もたもたしていては奴に回復の時間を与える事になる!」

 ツバメは無理やり話を戻すとズンズンと先に歩き出す。その後をクリュウが慌てて荷車を引いて追い掛け、サクラとレミィも遅れて続く。

 岩壁にぽっかりと開いた極寒の洞窟の中にクリュウ達は再び入る。洞窟の中には数匹のブランゴがいたが、サクラとツバメが駆逐した。

 向かう先はドドブランゴがいるであろう巣。先程来た道を引き返すだけなので迷う事はないし、夜のせいかモンスターの数も少ない。

 雪を踏み締め荷車を引きながら歩くクリュウ。いよいよ決着すると思うと自然と緊張感が高まる。だが、

「……クリュウ」

「サクラ? どうしたの――ってちょっと!」

「あぁッ! 何してるですかッ!」

 突如サクラは荷車の操舵枠の中に入るとクリュウに抱き付いた。荷車を引くクリュウは逃げる事もできずにサクラに抱き付かれる。もちろんレミィも黙ってはいない。

「ちょっとサクラ!」

「……寒い。温めて」

「できるかぁッ!」

「サクラさん! クリュウさんから離れてくださいッ!」

 クリュウからサクラを引き剥がそうレミィも加わる。レミィが「離れてください!」と叫ぶが、サクラは「……嫌」と一刀両断。「僕の意思は無視なのぉッ!?」とクリュウが逃げたくても逃げれない状況で悶絶する。そして、

「お主達は少し緊張感を持たぬかッ!」

 ツバメの限りなく怒号に近いツッコミが炸裂するのであった。

 道中そんな具合で、結局退屈する事なく一行は無事にドドブランゴが眠る巣に到達した。

 

 月の光がわずかに照らし上げる巨大な空洞――モンスターの巣。昼間だった先程よりも暗いのは夜だからというのは仕方ない。だが、そんな薄暗い洞窟の中に、目的の奴はいた。

 洞窟の真ん中で眠るのはドドブランゴ。あれほどの大ダメージを受けていたのに幾つかの傷口が塞がっているのはモンスターの驚異的な治癒能力がなせる業だろう。

「……厄介」

 今四人は岩陰に隠れている。なぜならまるでボスであるドドブランゴを守るようにブランゴが数匹が動き回っているからだ。こういう場合に頼りになるフィーリアのようなガンナーは今回のチームにはいない。どうするべきか。

「仕方ない、全員で総攻撃を掛けよう。ただし、ドドブランゴは起こさないように細心の注意は払ってね」

「……(コクリ)」

「うむ」

「わかりました」

 クリュウは岩陰からブランゴの動きを見る。まだこちらを向いているブランゴがいるのでタイミングが悪い。だが次の瞬間、全てのブランゴの視線が別方向に向いた。

「今だ!」

 クリュウの合図と共に四人は一斉に駆け出した。一番近くにいたブランゴが敵襲に気づいて反撃しようとするが、サクラのすさまじい剣撃により一撃で倒された。残ったブランゴは突然の敵襲に驚いて反応が少し遅れる。その隙にレミィが鋭い突きでブランゴを串刺しに、ツバメが華麗な剣舞で斬り倒す。残る一匹は一番奥で対応が取れたのか、クリュウの一撃目を避けた。だが、彼の奮闘もそこまで。続いてクリュウの第二、第三の攻撃が炸裂して吹き飛ばされ、ピクリとも動かなくなった。

「よし! 皆の衆攻撃用意じゃ!」

 ツバメの声にクリュウ達はすぐさま武器を構えた。クリュウはドドブランゴの背後へ、ツバメとサクラがそれぞれ両側に、そしてレミィがドドブランゴの正面に立つ。

 レミィはチラリと三人を見る。皆小さくうなずいた。準備オッケーという事だ。レミィはそれらにうなずき返すと先程冷却を終えたばかりの竜撃砲を構え、砲撃加速装置を点火させる。

 シュゴオオオォォォと白い蒸気が噴き出してすさまじい熱を発生させ、砲身が真っ赤に焼ける。その熱だけでドドブランゴが起きないかと不安はあったが、奴の瞳は閉じられたまま。鼻提灯(はなちょうちん)までしている。どうやら杞憂(きゆう)だったようだ。

 レミィはグッと腰を低くして重心を低くし衝撃に備える。そして、

「ファイアァッ!」

 引き金を引いた刹那、砲口が爆発。すさまじい大爆発が起きた。巨大な炎と黒煙がドドブランゴの白い体を一瞬で包み込み、次の瞬間にはドドブランゴは吹き飛ばされた。とんでもないモーニングコールだ。まぁ、まだ夜なのだが。

「グオオオォォォッ!?」

 睡眠中にすさまじい一撃を受け、ドドブランゴは悲鳴を上げながらもがき苦しむ。そこへすぐさま武器を構えていた三人が攻撃を開始する。

「うりゃぁッ!」

 クリュウはオデッセイを上から下へ体重を掛けて振り下ろす。その一撃はドドブランゴの白い毛皮を引き裂き、真っ赤な血が噴き出す。別方向でもサクラが上から下に飛竜刀【朱】を振り下ろし、すぐさま振り上げ、薙ぎ払った後再び全力で振り下ろした。その連続攻撃に血と炎が舞い散る。

 ツバメも負けてはいない。鬼人化すると限界時間までひたすら両方の剣を振り続ける。右剣が斬り裂き、左剣が突き刺す。流れるように剣が暴れ回り横や縦、斜めにも次々に剣が振るわれ、血と水が吹き荒れる。まさに神速の技だ。

 レミィも遅れてもがくドドブランゴの正面から突きと砲撃のコンボを連続して行う。

「グオオオォォォッ!」

 ドドブランゴは怒り狂いながら立ち上がると拳を大きく振って周りに群がる敵を追い払おうとするが、すでにその動きは読まれており当たらない。それどころかさらに勢いを増して攻撃をされる。

「倒れろッ!」

 クリュウは横一線にドドブランゴの足を薙ぎ払った。軸足となっていた部分にいきなり全力攻撃を受けてドドブランゴは悲鳴を上げながら横転。すぐさまクリュウはその腹に剣を振り下ろす。

 サクラやツバメ、レミィも他方向から連続して攻撃を続ける。

「ガアアアァァァッ!」

 ドドブランゴは無理やり体を起こすと二本足で立ち上がる。その動作に四人は一斉に離れた。刹那、ドドブランゴが地面に激突して地面が大きく揺れる。幸いにも誰も動けなくなる事はなかったが、距離が離れてしまった。

 ドドブランゴは前方にいるレミィに向かって雪ブレスを吐く。レミィはとっさに盾でガードして事なきを得る。ガードした盾が凍りついたが、問題はなさそうだ。

「せいやぁッ!」

 ツバメが横から斬り掛かるが、ドドブランゴは後ろに跳んでそれを避けると地面の雪を持ち上げて投げ飛ばす。それはサクラに降り注ぐもサクラは横に跳んで避けた。

「ゴアアアァァァッ!」

「くぬぅッ!」

 ドドブランゴは四足一斉に地面を蹴ってツバメに突進する。ツバメはそれを横に転げるようにして避けた。すかさずクリュウとレミィが一斉にドドブランゴを攻撃するが、ドドブランゴは腕を振り回してそれを排除しようとする。二人とも盾で直撃こそ避けたがレミィは大きく後退し、クリュウの片手剣はレミィのガンランスと違って小さな盾なので吹き飛ばされて凍った地面の上に叩き付けられた。

「ゲホォッ! ゴホォッ!」

 先ほどまでの柔らかい土ではなく凍った岩盤の上に激しく叩き付けられたクリュウは全身に激痛が走って咳き込んだ。

「……クリュウッ!」

 サクラは一度クリュウを心配そうに一瞥した後、仕返しとばかりにドドブランゴに重い一撃を叩き込んだ。刹那、刀身から噴き出した炎がドドブランゴの純白の毛皮を焼く。ドドブランゴはそのすさまじい炎撃に悲鳴を上げて後ろに大きく跳ぶが、そこへツバメが閃光玉を投げつけて視界を潰した。

 目が見えなくて暴れ回るドドブランゴから距離を置き、サクラ達は一度クリュウの周りに集まった。

「……クリュウ。大丈夫?」

「う、うん。何とか」

「ここは狭くて戦いづらいですね」

「うむ。気をつけておらぬとすぐに壁際に追い詰められるしのぉ」

「とにかく、がんばるしかないね」

 クリュウの言葉に皆はうなずいた。ツバメは一度砥石で刃を軽く研ぎ、レミィも砲身から空薬莢を吐き出して新たな弾を装填する。サクラはドドブランゴの側面に移動し、クリュウはその反対側に回った。

 しばし暴れ回っていたドドブランゴだったが、閃光玉の効き目が切れると白い息を荒々しく吐き出しながらレミィに向かって雪を放り投げる。レミィはそれを横に走って逃げるとすぐにシザーガンランスを構える。

 ドドブランゴはレミィが射程外に移動するやいなや今度はすぐ近くにいたツバメに巨大な拳を振るう。突然攻撃をされたツバメは慌てて横に転がるようにして避けた。だがそれは間違いだった。拳は囮。本当の目的は――

「ツバメさんッ!」

「くぬぅッ!」

 転がって避けた為雪に体を投げ出すような形になっていたツバメに向かってドドブランゴは容赦なく雪ブレスを放った。風圧に吹き飛ばされるツバメ。地面に転がった彼の体は所々凍りついていた。

「ふ、不覚じゃ……ッ!」

 ツバメが一時的だが戦闘不能になるとすぐにサクラは少し離れた場所にいるクリュウに視線を送った後に単騎突貫。自分の何倍はあろうかという巨大なドドブランゴに向かって必殺の気刃斬りを炸裂させる。

「……チェストオオオォォォッ!」

 とどめとばかりにサクラは渾身の一撃を叩き込む。そのあまりの激痛に耐えられず後ろに跳んで避けようとしたドドブランゴだったが、そこにはすでにクリュウが待ち構えていた。見事な連携だ。

「よくもツバメぉッ!」

 クリュウはドドブランゴの背中に向かって大きく剣を振り下ろした。その一撃はドドブランゴの背中を斬り裂き、真っ赤に染める。

 響き渡るドドブランゴの悲鳴を背後にレミィは倒れているツバメに駆け寄った。

「大丈夫ですか!?」

「う、うむ……」

 レミィはすぐにツバメの体に張り付いた氷を叩いたりして落とす。おかげでツバメは動けるようになったが、そのダメージは大きい。ツバメは回復薬を飲んで回復を図る。と同時に広域化のおかげで他の三人の体力も回復した。

 ツバメは立ち上がるとドドブランゴ相手に二人で立ち回る仲間を見る。

「ワシらも負けておられぬぞ! 行くぞレミィッ!」

「はいッ!」

 二人は駆け出すと暴れ回るドドブランゴの側面にそれぞれ一撃を叩き込む。

「グオオオォォォッ!?」

 予期していない場所に攻撃を受けてドドブランゴが悲鳴を上げる。すかさずレミィは弾倉にある弾を全て撃ち出し、ツバメは鬼人化して乱舞。さらにサクラとクリュウも一斉に攻撃を叩き込んだ。

 そして、ドドブランゴが自分に向いた瞬間、クリュウは跳躍した。突如として忽然(こつぜん)と消えた敵に驚くドドブランゴが上を見上げた瞬間――

「てりゃあああああぁぁぁぁぁッ!」

 クリュウは落下速度と体重を腕力に組み合わせた全力の一撃をドドブランゴの肩に向かって振り下ろした。

 肩から大量の血を噴き出し、ドドブランゴは断末魔の悲鳴を上げる。クリュウが着地に失敗し地面に激突して悶絶した瞬間、ドドブランゴの巨体が大きく揺れた後ズズゥン……と鈍い地響きと共に倒れた――そして、二度と動く事はなかった……

 動かなくなったドドブランゴを見て、ツバメの顔がまるで春の到来に合わせて元気良く開花した花のごとくパァッと華やぐ。

「やったぞぉッ!」

 ツバメの歓喜の声が、戦いの終わりを告げる福音(ふくいん)だった。

「やったですぅッ! 私達の勝利ですぅッ!」

 レミィはピョンピョンと跳ね回って大喜び。サクラもゆっくりと太刀を背中の鞘に収めながら口元に小さな笑みを浮かべる。と、ふと思い出す。

「……く、クリュウッ!?」

 サクラは慌てて悶絶しているクリュウに駆け寄る。大した怪我はなさそうだが、かなり痛そうだ。そういえば着地に失敗して盛大に転倒していたような……

「……クリュウしっかりして!」

「だ、大丈夫……ッ! これくらい……何でもないって……ッ!」

 痛みのあまり引きつっていても、クリュウは笑顔を向ける。女の子に心配を掛けさせるのが嫌だという、あまりにもクリュウらしい理由だ。

「まったく、お主達は何をやっておるのじゃ」

 そう呆れながら近寄って来たツバメは小さくため息をする。結局、彼はずっとクリュウ達のノリに振り回されていた、ある意味一番の被害者だったりする。

「ほれ、さっさと剥ぎ取って撤収じゃ。早く拠点(ベースキャンプ)に戻って温かい飲み物でも飲みたいものじゃ」

「そ、そうだね。そうしよう」

 やっと痛みから解放されたクリュウはうなずくとドドブランゴに近寄る。ちゃんとその冥福を祈った後、早速解体に取り掛かる。毛皮なのでそれほど苦労する事もなく素材は剥ぎ取れた。毛や牙、髭などを剥ぎ取り終え、それらを荷車に積み込む。荷車にはドドブランゴやブランゴ、ギアノスなど今日狩ったモンスターの素材が大量に積まれていた。

「うむ。これくらいで良かろうて。では皆の衆帰るぞ」

「そうだね。早くゆっくり休みたいや」

「……(コクリ)」

「レッツゴーです!」

 クリュウ達は歩き出し、巣を後にした。

 洞窟の中は依然として薄暗く、日が暮れた雪山の温度は尋常じゃないほど寒い。ホットドリンクがなければ今頃倒れていただろう。そんな道を歩いて帰らないといけないとは、過酷以外の何ものでもない。深夜という事もあってかモンスターの姿が見えない事だけが数少ない良い事だ。

 しばし洞窟を歩き続けると、ようやく洞窟の外に出た。月や星の光だけが照らしているのだが、意外にも結構見えるほど明るい。洞窟の中に長時間いたせいでわずかな明るさも感知できるようになったのかもしれないが。

 クリュウ達は途中の道でモンスターに襲われる事はなくそのまま無事に拠点(ベースキャンプ)に戻る事ができた。

 小高い丘の上に高い木々に覆われた中にある拠点(ベースキャンプ)を、月明かりが薄っすらと静かに照らし上げていた。


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