イルファ山脈高地――別名イルファ雪山。夏のわずかな期間を除いては常に雪に覆われたこの極寒の地は、ハンターにとって過酷な狩場の一つだ。
この狩場は主に雪が軽く地面を覆う麓(ふもと)と極寒の洞窟、そして吹雪が突発的に起きる山頂付近とに分かれる。麓以外はホットドリンクなしでは体力の消耗が激しい寒さなので、この地ではホットドリンクは必需品だ。
火山や砂漠とはまた違ったこの過酷な地でもモンスターは住み、近場には人々も村を作って住んでいる。そんな人々を守る為に、ハンター達はこの過酷な地に足を踏み込んでモンスターと戦うのだ。
そして、クリュウ達もまたその一人として、このイルファ雪山に足を踏み入れた。
その第一感想は……
「寒いぃッ!」
クリュウは悲鳴のように声を上げて体を震わせる。
ここは麓の高台の上にあり防風林に守られた拠点(ベースキャンプ)。雪山ではまだ比較的に温かい方に位置するが、それでも寒い。イージス村も北方に位置しているので寒くはなるが、ここまで寒くなる事はない。これが常温だというのだから驚きだ。
「さ、寒いよぉッ!」
「クリュウは雪山が初めてじゃったな? ここはまだ暖かい方じゃ。山頂や洞窟はもっと寒いぞ」
ツバメは何度もここには来ているのは慣れた様子。しかし慣れたと言っても寒くない訳ではなく、白い息を吐きながら何度も手を擦り合わせている。
「うぅ、ここまで寒いなんて……」
「そうですね。何度来てもやっぱり寒いですよ」
そう言ってレミィも体を震わせている。サクラも「……寒い」と言って手を擦り合わせている。皆やっぱり寒いのだ。それを見て同じ人間なんだと心の隅で安堵するクリュウ。
ツバメはそんな寒さに耐える皆を見詰めながら天幕(テント)の横に置かれている道具箱の中から支給品を取り出す。
「これじゃこれじゃ」
そう声を上げて彼が取り出したのは小さな皮の袋であった。
「ツバメ、それは何?」
クリュウが問うとツバメは支給品と同じ物を自らの道具袋(ポーチ)からも取り出す。
「うむ。これは解氷剤という氷や雪を溶かす粉状の薬品が入った袋じゃよ。ドドブランゴの攻撃の中には当たれば体を凍らせるものがあるからのぉ。これなしでドドブランゴと戦うのは自殺行為なのじゃ」
「これの事?」
クリュウは出発前にサクラに持たされたツバメの持つのと同じ皮袋を取り出す。サクラが「……これ必要」と言って有無を言わさずに持たせた物だ。
「おぉ、そうじゃよ。凍った時に衝撃があれば割れるのじゃが、解氷剤がない場合は誰かに壊してもらうかモンスターの攻撃を受けると壊れるのじゃが、仲間の動きはわからんし、モンスターに攻撃されればそれどころじゃないからのぉ。これは必需品なのじゃ」
「雪山に出る大型モンスターは凍結攻撃を持つ場合が多いので、覚えておいてくださいね」
「うん。わかった」
クリュウは解氷剤を持てるだけ道具袋(ポーチ)の中に入れる。他にもホットドリンクに回復薬や回復薬グレート、こんがり肉、砥石にペイントボール、閃光玉などなど様々な物が入っている。そこにさらに支給品の応急薬と携帯食料を詰める。他のメンバーも同様だ。さらに荷車には大タル爆弾G四個と落とし穴二個、シビレ罠が四個。トラップツールとゲネポスの麻痺牙が三個ずつなどが搭載されている。
「しかし、クリュウは爆弾なんて危険なものを使っておるのじゃな」
ふとツバメがつぶやいた。その声にクリュウは「何?」と首を傾げる。
「いや、何でもない。それも個性というものじゃろう」
「はい?」
世の中的に、あまり爆弾を使用するという習慣は浸透していないのが現状である。危険だとか運搬が厄介とか高額だとか様々な理由からよっぽどの事がないと使われないのだ。まぁ、クリュウは世間知らずなのでそういう世の中の常識を知らないのだが。
ツバメもレミィが爆弾を使う事が多いので別段気にした様子はなかった。ちなみに彼女曰く昔自分達をゲネポスの大群から守ってくれた勇者様が爆弾でドスゲネポスを爆破する姿に憧れて使い始めたらしいが……
「まさか、お主……」
「へ? 何か言った?」
「いや、何でもない」
この瞬間、ツバメの中で謎が一つ解決した。
話は戻って今回爆弾が少なめなのは大タル爆弾ではなくより威力の高い大タル爆弾Gである事と、ドドブランゴが主に出現する山頂付近は地面が硬い岩盤なので落とし穴が使えず、その為持続時間の短いシビレ罠を使う訳だが、それだと設置の時間なども考えてあまり使えない手段の為少ないのだ。ちなみに起爆はレミィの砲撃で爆発させる手はずになっている。
「変わった荷車だね」
クリュウがふと思ったのは今回ギルドから借りた荷車の形だ。別段変わったような所はないが、車輪が木製でなくて鉄製になり、細かいトゲが生えているのだ。
「ふむ。これはスリップ防止がされた雪山専用の荷車じゃ。凍った地面や雪が積もった地面は普通の車輪では空回りして動けなくなるからのぉ」
「へぇ、そうなんだ」
また一つ勉強になった。
クリュウは脱いでいたバサルヘルムを被ると、準備を終える。他の皆も準備を終え、荷車を中心に集まる。そして、
「では皆の衆! 出陣するのじゃ!」
「おーッ!」
「いつの間にツバメさんがリーダーに?」
「……生意気」
こうして初めてチームで出撃する事になったクリュウ達。特にクリュウは初めての雪山という事もあってより一層緊張していた。
ガンナーがいないので今回はクリュウが荷車を担当する事になった。隊列(フォーメーション)はクリュウを中心に先頭をレミィ。右をツバメ。左をサクラが守る形となった。
拠点(ベースキャンプ)から最初のエリアまで行く間も、クリュウはキョロキョロと辺りを見回す。どこからモンスターが出てくるか全くわからなくて不安なのだ。すると、そんな彼の肩をツバメがポンと叩いた。振り返ると、フルフルヘルムと呼ばれるフードを被ったツバメが優しげな笑みを浮かべていた。
「そう緊張するでない。ワシらがいるのじゃ。安心せい」
「う、うん。ありがとう」
「うむ」
フードに隠れた黒いクリッとした瞳が嬉しそうに細まる。本当に彼女――じゃなくて彼は頼りになる。クリュウは彼女――じゃなくて彼の言葉を信じて安堵する。
そんな二人をサクラはどこかつまらなそうにじーっと見詰めている。
そんなこんなで一行はまず最初、狩場の入り口に到着する。広い広場で黄緑色の小さな雑草が地面を覆い、その上から雪が溶けきらずに所々残っている。周りは雪を被った針葉樹林が囲み、横には小さな小川が流れている。そして遠くには白色に染まった美しい山々が望める。なんともきれいな場所だ。
そんな平穏な入り口にはクリュウが見た事のないモンスターが数匹いた。慌ててオデッセイを構えるが、そんな彼をツバメが制す。
「あれはポポという雪山に生息する大人しい草食獣じゃ。森丘などにいるアプトノスと同じでこちらが危害を加えねば無害じゃよ」
ツバメがそう言ってその姿を微笑みながら見つめるモンスターはポポ。体中を茶色い長毛で覆い、口の両横から巨大な牙が生えたマンモス型モンスターだ。ツバメの言うとおり大人しい草食獣で、主に雪山に生えているわずかな草木を食べている。人にも慣れやすく雪国の村や街ではアプトノスのように労働力として使ったり食料にしたりしている。ちなみにポポの舌は栄養満点で美味なので高く取引ができる。
クリュウ達が入って来るとポポは一度こちらを見るがすぐにまた地面の草を食(は)み始める。どうやら危害がないと判断されたらしい。人の背丈より高い大人のポポ四匹が川の水を飲んでいる小さな子供のポポ二匹を守るように囲んでいるのは微笑ましい。
「どうしますか? 狩ってみます?」
じっとポポを見詰めていたクリュウにレミィが問う。どうやら狩りたいように見えたらしい。だがそれは間違いだ。
「ううん。そっとしておこうよ」
あんな微笑ましい光景を血で汚したくなかった。そんなクリュウを見てレミィは優しくにっこりと微笑む。
「クリュウさんは優しいですね」
「……クリュウはアプトノスは必要最低限しか狩らないから」
「そうなんですか?」
「うん。なんか肉食獣やブルファンゴは構わず狩れるんだけど、アプトノスやポポはちょっと狩りづらくて」
「うむ。気持ちはわかるのじゃがモンスターに同情していては立派なハンターにはなれんぞ」
「わかってるよ。ちゃんと必要な時は狩ってるから安心して」
「それならば良いのじゃが、そういう優しい性格のハンターは早死にする場合が多いのでな、クリュウにはそういう結末を迎えてほしくないんじゃ」
「ありがとう。気をつけるよ」
クリュウ達は平和そうに生きているポポを避けて進む。ハンターは手当たり次第にモンスターを狩ればいいというものではないのだ。
比較的のどかな麓からクリュウ達は徐々に山を登っていく。さっきよりは高地だが、それでもまだ黄緑色の草が地面を覆い、雪が残っている。ここまで来る間にもポポは数匹会ったが全てスルーした。
そんなこんなで次の広場に出たクリュウ達。するとここにもクリュウ初体験のモンスターがいた。人より少し低いくらいの体を白や茶色の毛を覆い、巨大な角を生やしたシカ型のモンスター。一瞬ケルビというシカ型の大人しく臆病な性格をしたモンスターを思い浮かべたが、違った。ちなみにケルビの角は良薬の材料としてかなり高値で売買されるので一時期はハンターや密猟者によるケルビの乱獲が起きたが、ギルドが規制をして今ではそれもなくなった。そしてクリュウはポポなどと同じ理由で狩った経験はあまりない。
「あれはガウシカという草食獣じゃ。アプトノスやポポと同じくこちらが何もせねば問題ないのじゃが、ひとたび怒らせればあの巨大な角で襲われるから気をつけるのじゃよ」
「うん。わかった」
とりあえずこれも無視していいらしい。クリュウは安堵した。だが、世の中には例外というものが存在するもの。通り過ぎようとしたクリュウ達を警戒してか、一匹のガウシカが角を構えて突進して来た。
「ちょっとぉッ!」
「うむ。仕方ないのぉ」
驚くクリュウの横にいたツバメはふぅと小さくため息を吐いた後、背中に挿したギルドナイトセーバーを抜き放つと両手に構える。ガウシカは構わず突っ込んで来る。結構早い。
「むぅッ!」
ツバメは突っ込んで来るガウシカとの距離を見切り、通り過ぎざまに二本の剣を一斉に叩き込む。途端にバシャァッと真っ赤な血、そしてどういう理屈かはわからないが剣身から水が噴き出す。いきなりの攻撃に驚くガウシカに、ツバメは構わず右剣を上から叩き、左剣を横から斬りつける。そして最後とばかりに両方の剣をまるで一本の剣のように重ねながら体を捻って叩き込む。それで、ガウシカは動かなくなった。
「ふむ。まぁこんなものじゃろうて」
そう言ってツバメは剣に付いた血を水と共に振り払い、背中に挿し戻す。
あっという間に終わった双剣の鮮やかな攻撃に、クリュウはビックリする。流れるような二本の剣による攻撃。相手に反撃のチャンスを与えない見事な連続攻撃だ。単純に片手剣の剣を二本構えたというものではないらしい。
「あれでもツバメさんはまだ鬼人化してませんから、まだまだ序の口ですよ」
驚いているクリュウにレミィがそう言うと、ツバメはいやいやと謙遜気味に首を横に振る。
「ワシなどまだまだじゃよ。それにここから先はより危険なモンスターもおるからな、気を引き締めて行くぞ」
「あ、ちょっと待って!」
出発しようとする一行を止めて、クリュウは慌てて倒れたガウシカの前にしゃがむと、一度手を合わせた後に剥ぎ取りに入る。そんな彼の行動をサクラがそっと説明する。
「ふむ。良い心がけじゃな」
ツバメはそう言って小さく微笑む。ツバメの中でクリュウの株価が上昇した瞬間であった。
クリュウは角と毛皮を剥ぎ取ると、それを荷車に載せる。雪山に来て初めての戦果だ。
「待たせちゃってごめん。じゃあ行こうか」
「そうですね。この先からは洞窟に入るので、ホットドリンクを用意しておいてくださいね」
レミィの言葉にクリュウはうなずくと再び荷車を引っ張る。
残ったガウシカは無視を決め込んだのかクリュウ達を気にせずに草を食べていた。そんなガウシカを後にしてクリュウ達はさらに山を登っていく。
坂を上っていくと、段々と草が雪に消え、その洞窟の前に着いた頃には地面は真っ白な雪に覆われていた。雪山用の車輪のおかげで雪の上でもしっかりと進める。
白い山壁にぽっかりと開いた暗い洞窟。内側から吹いてくる風は冷たく、肌に触れるとどうしようもない冷たさが襲う。
「うぅ、本当に寒いなぁ」
「ここから先はホットドリンクを飲んでください。洞窟の中は所々天井に穴が開いてますから光はあります。途中には大型モンスターの巣に使われる巨大な空洞がありますので、まずはそこを見てみましょう」
そう言うと、レミィは手に持っていた赤い液体の入ったビンをクイッと飲む。続いてツバメ、サクラと次々に飲み、最後にクリュウも飲んだ。
トウガラシを材料に使っているので味はちょっと辛めだが嫌な味ではない。飲んだ途端に体の内側から熱が生まれ、寒さが和らいだ。すごい効力だ。
「全員飲みましたね? じゃあ行きましょう」
レミィを先頭に、クリュウ達は洞窟の中に入った。ホットドリンクのおかげか、先程よりも冷気が暖かく感じる。まぁ、それでも寒いのだが。
洞窟の中は細い道になっていて、レミィを先頭にサクラ、クリュウ、ツバメの順で一列になって進む。特にツバメはランゴスタを警戒して辺りを見回している。
そんな感じで進んでいると、今までずっと黙っていたサクラがススゥッとクリュウに近寄って来た。
「……クリュウ」
「サクラ? どうしたの?」
「……寒い」
「そりゃ雪山だもん」
何を当たり前な事をとクリュウが笑った瞬間、サクラは無言のままクリュウに抱き付いた。驚くクリュウにサクラは構わず身をすり寄せる。
「ちょっとサクラ!」
「……クリュウ、温めて」
「無茶言うなぁッ!」
「な、何してるですかぁッ!」
レミィが顔を真っ赤にして慌ててクリュウとサクラの間に入るが、サクラはそれをうまく回避してさらにクリュウに熱い抱擁(ほうよう)をする。あまりの勢いにクリュウは耐えられずに押し倒された。
「ちょっとサクラ! やめてよぉッ!」
「……あぁ、クリュウは温かい」
「サクラさん! ずるいですよぉッ! 私も寒いですぅッ!」
何か間違った方向に進み、いつの間にかクリュウはサクラとレミィに押し倒される形となった。さすがのクリュウも女の子二人に上から押さえつけられれば身動き不能。体をすり寄せる二人の美少女に無駄に体温を急上昇させる。
そんな三人を見詰め、ツバメは苦笑いした。
「うむぅ、クリュウは大変じゃのうぉ」
二人の女の子に押し倒されたクリュウ。そろそろ助けてあげようと、ツバメが一歩踏み出した瞬間、
「ギャアッ! ギャアァッ!」
突如響いた声にツバメはハッとして振り向くと、自分達が目指して進む方向から白いランポスが数匹現れた。レミィとサクラも慌てて武器を構え、クリュウも立ち上がる。
「ら、ランポス?」
「……違う。あれはギアノス。雪山に住むランポスの亜種」
保護色である白い鱗に背中には青い縞模様があるまるでランポスの色だけを変えたように見えるモンスターは名をギアノスと言う。雪山のような寒帯に適応した体を持ち、寒さで動きが鈍った敵を集団で襲うランポスの亜種だ。
「うむ。基本動作はランポスと変わらんし、強さもランポス程度じゃ。気をつけるのは口から吐き出す氷液じゃな。ギアノス程度のそれでは凍ったりはせぬが、ドスギアノスのは凍る。覚えておくのじゃ」
「うん」
今回の相手はギアノス。どうやら氷液を吐いて来るらしいが、大した威力ではないらしい。レベルもランポス程度。地形に慣れていないのでこちらの動きが鈍かったとしても問題はないだろう。
クリュウはグッとオデッセイの柄を持つ手に力を入れる。と、
「……私が行く」
そう言ってサクラは三人の前に踏み出した。
「サクラ?」
「……私はまだ、二人に力を見せていない。後の事も考えて、仲間の戦い方や実力は見ていた方がいい」
「うむ。そうじゃな。ではお主がどれだけ強くなったか見定めるまでじゃ」
「はい。がんばってくださいサクラさん!」
サクラはうなずくと背中に背負った飛竜刀【朱】を引き抜いて構える。そして、黒い眼帯に覆われていない隻眼をスゥッと細める。それはサクラが戦闘モードに入った合図だ。
ギアノスは全部で三匹。一斉に駆け出して襲って来る。だが、サクラは構わず雪の地面を蹴って前方にジャンプした。驚くギアノス達の上からサクラは飛竜刀【朱】を叩き込む。その一撃で一匹のギアノスは体を真っ二つに引き裂かれた。
「ギャアァ! ギャア!」
残ったギアノス二匹は警戒して一度後ろに飛ぶと、体を後ろに反らして口から水色の白い冷気を発した液体を飛ばして来た。あれが氷液なのだろう。サクラはそれを横に軽く跳んで避けると、一気に地面を蹴って前にいるギアノスに横一線で剣を薙ぎ払う。ギアノスの体が吹き飛び、岩壁に音を立てて叩き付けられ、動かなくなった。
最後の一匹が仲間の仇と勇敢にも突っ込んで来るが、それは無謀であった。サクラは冷静に剣を構え直すと、地面を蹴って鋭い突きの一撃を決める。体を串刺しにされ、ギアノスは絶命した。
サクラは一度息を吐くと、ギアノスから剣を引き抜き、剣を振って血を落として背中の鞘に収める。
あまりにもあっけないくらい短い戦闘であった。これが実力の差というものだ。
レミィは「すごいですぅ!」と拍手喝采をし、ツバメも「うむ。見事じゃ」と小さく拍手している。クリュウも二人に合わせて拍手。
「さすがサクラ。一撃一撃が鋭いね」
「……ありがとう」
サクラは頬をちょっと赤らめて小さく笑みを浮かべると――そのままクリュウに抱き付く。すぐにまたレミィが加わり押し倒され、先程と全く同じ光景が広がる。どうやらフィーリアという邪魔者がいない今、サクラは攻勢に出たらしくやけに積極的であった。
「ちょっとツバメ助けてぇッ!」
ツバメは愉快な仲間達に小さく笑みを浮かべると、そんなちょっとドジだけど優しい親友のような存在に思えるクリュウを、そっと助けるのであった。
途中にある大きな氷の柱にクリュウがはしゃいだり、きれいな白い花を付けた雪山草と呼ばれる草を採ったりしながら先に進む。途中何本か分かれ道があったが、レミィとツバメは地図を見ながら導いてくれる。
そして、一行が到着したのは先程レミィが言っていた大型モンスターの巣である。中は確かにかなり広く、天井も高い。奥の方には大型モンスターが行き来するであろう巨大な穴が天井に開いている。
そんな洞窟の中には目的のドドブランゴはおらず、代わりに数匹のギアノスがいた。洞窟戦となった場合邪魔になるので先に狩っておく。
ギアノスを片付けた後、一行は山頂付近を目指して出発する。ドドブランゴが出るのは主に山頂付近。
クリュウは味気ない携帯食料を食べながら歩く。すでに拠点(ベースキャンプ)を出発して半日。そろそろ日が本格的に傾き始めるだろう。
「夜の戦いは控えたいのじゃが、仕方ないのぉ」
「夜でも戦うの?」
「うむ。夜の方がギアノスとかの数も減るしのぉ」
「ふーん、だったら何で控えたいの?」
「うむ。この山は夜は気流が不安定なのじゃ。じゃから夜は突発的に吹雪いたりするのじゃ。視界が悪くなれば奇襲を受けたりこちらの統制が崩れてしまう可能性があるのじゃ」
「どっちもどっちだね」
「じゃが、今日は雲も少なかったようじゃし、問題ないじゃろう」
そう言ってツバメはかわいげな笑みを浮かべる。そんな彼を一瞥し、クリュウは初めての夜戦を覚悟して気合を入れる。
しばらく進んだ頃、
「あそこが出口です」
先頭を歩いていたレミィが指差したのは外に通じる穴であった。入り込む光はオレンジ色。もう夕方なのだ。
「まずワシとレミィが出よう。辺りにモンスターがいなければ、またはいた場合は駆逐してから合図を送る。そしたらクリュウとサクラも出て来くるのじゃぞ」
そう言ってツバメはレミィと共に洞窟の外へ出た。奇襲に対する備えだ。
クリュウは洞窟の中から二人の動きを見る。二人とも辺りをキョロキョロ見回した後、手招きした。どうやらモンスターはいないらしい。
クリュウはサクラと共に洞窟を出る。あまりの明るさに一瞬目を手で隠すが、再び見るとそこは一面雪景色であった。しかもちょっと遠くの崖から見える夕日が雪をオレンジ色に染めてなんとも美しい景色を作り上げていた。
一行が到着したのは後ろを岩壁、前を崖に囲まれた横長い広場。夕焼けに染まった一面の雪景色が自然とクリュウから緊張を取る。
「きれいだねぇ」
「うむ。確かに美しいのぉ」
ツバメはそう言ってフードを脱ぐ。解放されて風にそよそよと揺れる黒い髪を押さえ、笑みを浮かべる。その人懐っこい笑みが夕日に染まり、かわいさを倍増させる。
「風が気持ちいいのぉ。なぁクリュウ」
そう言ってツバメはクリュウに向かって笑みを向ける。それがかわいい事。クリュウは頬を赤らめるとバッと反対を向く。
「うむ? どうしたのじゃ?」
「な、何でもない!」
「……まさかお主」
「ち、違う! 別にいやらしい意味じゃなくて純粋にかわいかっただけで!」
「じゃからワシは男じゃッ! かわいいとか言うでないッ!」
「……クリュウ。私は別にいやらしい意味でもいい」
「わ、私も! クリュウさんなら!」
「お主らバカじゃろッ!? もう少し考えて行動せぬかッ!」
ツバメはもう必死になって仲間達の間違った道を正そうとする。本当に仲間想いの優しい子なのだ彼は。ただし、クリュウのセリフに夕日以外の理由で頬が赤くなったのは秘密だ。
そんな緊張感の外れた会話を終えたクリュウ達はとりあえず辺りを散策する。クリュウも一度荷車を壁脇に置くと、白い雪を踏み締めながら歩いてみる。
「うーん、ちょっと歩きづらいなぁ」
いつもと違う足場に若干の不安はあるが、とりあえず問題はなさそうだ。崖の下を覗いてみようかと思ったが、あまりにも高そうなのでやめておく。
ツバメやレミィ、そしてサクラも周りを警戒する。突然の奇襲に備えているのだ。
「うむ。どうやらここには何もいないようじゃな。次の場所に行くぞ」
「うん。わかった」
ツバメの声にクリュウが振り返った刹那、サクラが背中の太刀を引き抜いた。クリュウは目を見開いて驚く。
「さ、サクラ?」
「クリュウッ! 後ろからブランゴじゃッ!」
ツバメの声にクリュウが驚いて振り返ると、岩壁に両側を囲まれた細道からクリュウが見た事ないモンスターが三匹現れた。
白い毛に覆われた体に赤や青という鮮やかな色の顔をしたコンガに似たモンスター、ブランゴだ。雪山の寒さに耐える為に進化したモンスターで、コンガよりは体力や攻撃力こそ低いが、素早く、ランポス系なみの仲間との連携さを持つ。集団で襲われたら厄介な相手だ。
「ヴォフゥッ! ヴォゥッ!」
ブランゴは自分達のテリトリーに勝手に入って来た敵を見つけると、一度後ろに跳んで距離を作ってすぐさま攻撃態勢に入る。数は三匹。一番手前にいたクリュウに向かって、ブランゴは三方向から囲む。
クリュウは腰に挿したオデッセイを引き抜くと構える。サクラ達も慌てて駆け寄って来るが、クリュウは多少の余裕があった。
コンガとは何度も戦闘はしている。体力も低いのであれば問題ないと思ったのだ。
先手必勝。クリュウは先手を掛けようと横に動きながらタイミングを見計らう。と、そんな彼よりも先にブランゴ達が動いた。
クリュウの右側にいたブランゴはいきなり地面を蹴って四足で突進して来た。そして、そのあまりの速さにクリュウは驚き、対処が遅れた。
「ぐぅッ!」
あまりの速さにクリュウはガードする事もできず、横からブランゴの体当たりを受けて軽く吹き飛ばされる。転びこそはしなかったが、クリュウは脇腹を押さえて膝を着いた。
直後、クリュウの前にサクラとツバメ、そして少し遅れてレミィが展開する。
「大丈夫かクリュウ!?」
「う、うん」
「……気を抜いちゃダメ。ブランゴは動きが素早いから気をつけて」
「怪我はないですか?」
「うん。平気」
クリュウはそう答えると立ち上がる。バサルシリーズの堅牢さの前ではブランゴ程度の攻撃ではあまりダメージにならない。
小型モンスターとの戦闘に適していないガンランスのレミィは一度後方に下がり、クリュウ、ツバメ、サクラのそれぞれが三匹のブランゴと向き合う。
先頭のブランゴがクリュウに向かって突進して来るが、その斜線上にサクラが割り込むと飛竜刀【朱】で薙ぎ払う。その一撃でブランゴは吹き飛ばされると、雪の上をゴロゴロと転がった後動かなくなった。火属性に弱いブランゴにとって、サクラの炎の一撃は致命傷だったらしい。
たった一撃でやられた仲間を見て、残ったブランゴは驚く。その隙を突いてクリュウ、そしてツバメが突っ込んだ。
「りゃぁッ!」
クリュウはオデッセイをブランゴの体に叩き込む。血を噴き出して激痛に身を悶えさせる。構わずクリュウは剣を振るう。だが、ブランゴは横へ飛んでそれを避ける。クリュウは慌てて追い掛けて斬り掛かるが、またも逃げられる。
「このぉッ!」
クリュウは回転斬りで剣を振るうが、また避けられる。すると、その隙を突いてブランゴが突進して来た。その一撃を盾で防ぐと、また一撃を入れる。ブランゴは悲鳴を上げると後ろに跳んだ。そして再び突進。クリュウは横に跳んで回避しようとするが、ブランゴは直撃直前で急停止し、横に移動したクリュウに向かって爪を振るう。それは何とか盾で防ぐと、もう一撃剣を横一線に炸裂させる。吹き飛ばすような一撃でブランゴはようやく倒れた。
「す、すばしっこいなぁ……」
クリュウは動かなくなったブランゴを一瞥し、ふとツバメを見る。すると、ちょうど彼もブランゴを片付けたところらしい。
「ブランゴは基本的に攻撃よりも回避行動の方が多いからのぉ。逃げ回って厄介じゃのぉ」
そう言ってツバメは苦笑いする。彼の言うとおり、ブランゴの基本動作は攻撃よりも回避の方が多い為、一撃を入れるのが厄介なのだ。
クリュウはブランゴの剥ぎ取りを終えると、ブランゴの毛やとがった爪などを荷車に載せる。すると、ツバメが小さな岩の上に腰を掛けて携帯食料を食べていた。
「やっぱり少し味気ないのぉ」
「まぁ、とりあえずお腹を膨らませる程度のだからね。あ、こんがり肉があるけど食べる?」
「いや、そこまで空腹ではないのでな」
ツバメはそう言うと残った携帯食料を口に入れて食べ終える。
クリュウは辺りを見回るレミィの背中を見詰める。サクラは少し離れた場所で携帯砥石を使って飛竜刀【朱】の刃を磨いていた。
「どうじゃ? ブランゴの感想は?」
「戦いづらいね」
「そうじゃろ? ワシも最初は辛かったもんじゃ。まぁ、今でも厄介な相手じゃがのぉ」
「そうだね。でもこれをドドブランゴ戦の時は僕一人で立ち回らなきゃいけないんでしょ?」
今戦ってみたが、正直言ってちょっと自信がない。予想外に動きが素早いのだ。あんなのに集団で襲われた上にドドブランゴも警戒しなきゃいけないなんて、かなり辛いだろう。
少し自信なさげなクリュウに、ツバメはにっこりと微笑む。
「大丈夫じゃ。クリュウがピンチになったらワシが助けるからのぉ」
その言葉と優しげな笑みに、クリュウはちょっぴり顔を赤らめて視線を逸らす。正直その笑顔は直視できない。
「クリュウ? どうしたのじゃ?」
「な、何でもないよ」
「……頬が赤いようじゃが」
「ゆ、夕日のせいだよ!」
クリュウはそう言って彼に背を向け続ける。そんな彼の態度にツバメはおかしそうに小さく笑みを浮かべる。
「わ、笑わないでよぉ」
「すまんすまん」
「もぉ」
「……クリュウ? 顔が赤いけど」
切れ味を回復させたサクラが不思議そうにクリュウに尋ねるが、クリュウは無言を貫いた。その後サクラはツバメにも問うが、彼も笑顔で無言を貫いてくれた。
「ここにもいませんし、頂上付近に行ってみましょう」
レミィの意見に賛同し、クリュウ達は荷車を引いて山頂を目指して坂道を登って行く。周りを岩壁に覆われた細道を進む。その道はしばらく続いたが、頂上付近になって道が少し開ける。
「この先が頂上です。ドドブランゴがいる可能性が一番高い場所ですので気をつけてください」
「わかった」
レミィの忠告を聞き、クリュウは自然とオデッセイの柄を握る。
岩壁が広がっていき、視界が広がる。そして――
頂上は周りを岩壁に囲まれた闘技場のような場所だった。数ヶ所岩壁が崩れてその先には崖が広がっているが、どこもかしこも真っ白だ。
そこには三匹のブランゴ、そして、巨大なブランゴがいた。
普通のブランゴよりも何倍も巨大な体に巨大な牙、黄色っぽい髭(ひげ)が特徴の四足で歩く雪山の主――ドドブランゴだ。
「散開するのじゃッ!」
ツバメの号令にレミィとサクラが展開し、クリュウも岩壁に荷車を置くとオデッセイを抜き放って構える。
ドドブランゴはその気配に気づいて振り返る。そして、自分のテリトリーを犯した敵を睨み、体を反らす。
「ヴォオオオオオォォォォォッ!」
雪山中に響き渡るようなドドブランゴの怒号が、戦いの幕開けとなった。