モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

54 / 251
第52話 変わるものと変わらないもの

 対大型モンスター戦を考えて重装備だった今回の狩り。しかし結局爆弾などは使わなかった上にさらにババコンガの素材も加わったので、行きと同じく船を使う事になった。その為、村に着いたのはすっかり夜が深まった頃になった。

 村に帰って来た一行。いつものようにクリュウはエレナの跳び蹴りを受けて悶絶。もしもエレナがいつも自分の帰りを不安ながら待っていると知っていなかったら、いくらクリュウでも家出していたかもしれない。そんないつもの光景。

 蹴りを喰らった脇腹を押さえながらクリュウは村長に結果報告。大喜びした村長は三人の予想通り宴会を開く事になった。

 そして、村人全員が酒場に集まって宴会が開始された。

 崖の上に立つイージス村は付近の旅人の中継基地になっているので、村人以外の顔も見えるのはこの村の風景のひとつだ。皆旅の疲れを癒そうと、意味もわからずにこの宴会に参加する。中にはクリュウ達の活躍をほめてくれる人もいたし、ドンドルマや他の街や村の優秀なハンターの話をしてくれる人もいた。

 村は村長の家を中心としていて酒場は村の中心部、村長の家のすぐ近くにある。村民だけでなく逗留客も宴会に参加している為、近場にある村長の家や庭も使って大々的に宴会が行われた。逗留客は三〇人ほど、村民は一五〇人ほど。クリュウ達の活躍のおかげで村人も少しずつ増えている。

 三人はそれぞれの防具を外していつもの私服で参加している。ちなみに三人ともすでにお風呂は済ませている。いくら消臭玉で匂いは消えたとはいえ、どこか心地悪いし汗も掻いていたからだ。

 そんな宴会の中、クリュウは一人でジュースを飲んでぼーっとしていた。その視線は村人達ではなく、その後ろの森に注がれている。

 この辺は北部に位置する為に常緑樹林が多い。だが温暖な気候の為落葉樹林も結構存在する。村を守るようにして生える小さな森もそれは同じだ。

 クリュウがこの村に戻って来て初めてハンターになった時と違って、紅葉した木々が時が流れた事を表していた。

 あの頃はまだまだ未熟だった。それがフィーリアのおかげで一人前となり、サクラのおかげでより正確なものになった。もうあの頃とは違う。そう思った。

「クリュウ様」

「あ、フィーリア」

「こんな所でお一人でどうされたんですか?」

「ちょっとね」

「はぁ……。あ、お隣よろしいですか?」

「もちろん」

「失礼します」

 フィーリアはそっとクリュウの横に腰掛ける。その手にはクリュウと同じジュースが入ったグラスが握られている。フィーリアは彼を一瞥した後、一口飲む。

「いい月ですね」

「うん」

 二人が見上げた月は暗闇だけの世界を淡い光で照らし上げている。その光は森の木々を薄っすらを輝かせ、とても美しい。

「すっかり紅葉したね」

「そうですね。あっという間でした」

 フィーリアもすっかり赤や黄色に色を変えた葉を身に纏った木々を見詰めながら小さく微笑む。その瞳にはどこか懐かしそうな光があった。

「私がこの村に初めて来た時は緑でいっぱいでしたのに」

「時が経つのは早いよ。この数ヶ月は、僕にとって忘れられない、貴重な時間だったと思う。フィーリアやサクラのおかげで、僕は強くなれた。二人には、本当に感謝してる」

 そう言ってクリュウはフィーリアに笑みを向けると「ありがとう」と礼を言って小さく頭を下げた。そんな彼の行為に対しフィーリアはあわあわと驚く。

「そ、そんなッ! 全てはクリュウ様の努力の結果です! わ、私は別にお礼を言われるような事はしてませんよ!」

「そんな事ないよ。フィーリアが基礎や応用を教えてくれたからここまで来れたんだ。本当にありがとう」

「クリュウ様……」

 フィーリアは頬を赤く染めながら照れたような笑みを浮かべる。そんな彼女の笑みに一瞬ドキリとし、クリュウは顔を隠すように月を見上げる。その頬が赤いのは彼女には内緒だ。

「でも確かに、クリュウ様は大きく成長されましたね。特に再会した時はずいぶんと成長されていて驚きましたよ。まぁ、今もどんどん成長されていますが」

「そ、そっかな?」

「はい。クリュウ様はハンターとしての才能があるんですよ。それも優秀な」

「そんな事ないって」

 クリュウはまさかと笑い飛ばすが、フィーリアはいたって真剣であった。本当に、彼はいずれ自分やサクラを超える凄腕のハンターになると予感していた。

「……クリュウは、強くなる」

 その声に振り向くと、ジュースと焼き七味ソーセージが盛られた皿を持ったサクラが立っていた。眼帯に覆われていない隻眼が、しっかりとクリュウを見詰めている。

「サクラ……」

「……クリュウは強くなる。私よりもずっと」

「サクラまでそんな事言って。二人を超えるなんて僕には無理だよ」

 そう言って笑うと、クリュウはジュースを飲む。そんなクリュウを見詰め、サクラはそっと彼の隣、フィーリアの反対側で二人で彼を挟み込むような形でに座るとジュースをクイッと飲む。

「……クリュウ。一緒に食べよう」

「え? あ、ありがとう」

「……これ、フォークとナイフ」

「ありがとう。用意いいね」

「あの、私の分は……?」

 見ると、用意されているのはナイフとフォーク二本ずつ。二人分だ。それもしっかりとクリュウとサクラの前に。フィーリアの前にはなし。

 サクラは無表情で、言った。

「……これは私とクリュウの分」

「あ、そうですか……」

 予想していたとはいえ、こうもはっきりと言われるとショックは大きい。気にした様子もないサクラに対しフィーリアは明らかにしゅんとしている。

「ちょっとサクラ。あんまり意地悪しないで」

「……わかった」

 クリュウが言うと、サクラはスッとどこからかもう1セットフォークとナイフを取り出すとフィーリアの前に置く。

「あ、ありがとうございます!」

 フィーリアの顔に嬉しそうな笑みが浮かぶが、サクラは一切それを見ずに「……食べるなら食べて」と素っ気ない。だが、クリュウにはちゃんとそれが彼女なりの照れ隠しだとわかっている。フィーリアもわかっているのか、笑顔で応えるとフォークを構える。

 こうして一つのテーブルをイージス村のハンター総勢三人が囲む形となった。

 七味ソーセージを摘みながら三人はジュースをあおる。クリュウと違ってフィーリアとサクラはビールも飲めるが、今はクリュウに合わせてジュースを飲んでいる。

 わいわいと騒ぐ人々と少し離れた場所にいる三人は楽しげに会話を弾ませる。と言ってもサクラはあまりしゃべらないので相槌を打つばかりだが。

 楽しげに話しながら、クリュウはふと思う。

 こうして楽しく会話し、狩場では命を預け合う仲間。それがこの二人なのだ。ずっとこの二人と一緒に狩りをしたいが、未来なんて誰にもわからない。サクラは腰を据えてはいるがまた出て行ってしまうかもしれないし、フィーリアはまだ客人扱い。正式にこの村のハンターになった訳ではないのだ。

「ずっと、このままでいたいね」

 クリュウの何気ない言葉に、二人は驚いて顔を上げた。サクラは「……そうね」と小さく返してくれたが、フィーリアからの返事はついになかった。

 彼女のも悩んでいるのだろう。旅をして色々な人の役に立ちたい。そう願っているし目的にしている彼女は立ち止まる事はできない。でも、クリュウとサクラとは一緒にやっていきたい。相反する想いに、フィーリアは挟まれているのだ。その苦しみは表情に出ている。クリュウは小さく「気にしないで」と言って彼女のグラスにジュースを注ぐ。

「あ、ありがとうございます」

「出て行く時は、今度こそちゃんと見送るから。フィーリアがいないと寂しくなるけど、大丈夫。もう僕は昔とは違うから。でも、出て行ってもまた来てね」

「クリュウ様……」

 彼の優しい想いに、フィーリアは安堵する。自分の事を心配してくれる彼が、本当に嬉しくてたまらない。

 笑顔を浮かべるフィーリア。だが、

(え? でも私が抜けたらクリュウ様はサクラ様と二人っ切りで……)

 その時、今日あったサクラの大胆行動(クリュウにキスを迫る)を思い出す――途端にものすごく不安になってきた。

(ま、まさか私がいなくなった後に何か良からぬ行動を起こすのでは……)

 フィーリアはサクラを盗み見るが、彼女は相変わらず表情の読めない無表情でジュースを飲んでいる。

(え、エレナ様が黙ってるはずがないですよね! きっと大丈夫です! 大丈夫ったら大丈夫です!)

 まるで自分に言い聞かせるように何度も心の中で叫ぶ。どうやら彼女が二人からいなくなる事があったとしても、それは当分先になりそうだ。

「何か注文して来るけど、何かいる?」

 クリュウは二人の注文を聞くと酒場の方へ歩き出す。すると、

「あんた達こんな端っこで何してるのよ」

 エレナがいつもの緑色のロングスカートにエプロン、頭にはヘッドレスという給仕服でやって来た。相変わらず宴会の時は忙しいらしい。その手には注文が書かれた紙の束が握られている。

「別に何をしてるって訳じゃないけど」

「ふーん、まあいいけど」

 そう言うとエレナはくるりと身を翻す。立ち去ろうとする彼女の背中を見詰め、クリュウは声を掛ける。

「あのさ、何か手伝おっか?」

「え?」

 その言葉に驚いて振り返るエレナ。すると、そんな彼女が見詰める先には小さく笑みを浮かべた彼がいた。

「何か忙しそうだし。僕も手伝うよ」

「べ、別に手伝いなんていらないわよ」

 クリュウの優しい言葉にエレナはふんッとそっぽを向く。その頬が赤いのは、先程お客におごってもらったお酒のせいだけではないのかもしれない。

「え? で、でも忙しそうだし」

「いいったらいいのッ! あんたはお客様で私は店員! あんたはゆっくりしてなさい!」

 そう叫ぶように言うと、エレナはダッと走り出す。だが、興奮していたせいか足元不注意。舗装されていない道だからこその土の凸に足が引っ掛かった。気が付いた時には視界が自分の意思と関係ない動きをしていた。

 転ぶ……ッ! 

 エレナは受身の体勢に入った。だが、それは徒労に終わる。

「……え?」

 倒れる直前でに、自分の体が誰かに抱き止められていた。驚いて視線を巡らせると、そこには……

「大丈夫? 怪我はない?」

 そこにはいつもの屈託のない笑みを浮かべたクリュウの顔があった。エレナはしばし呆然としていたが、ようやく状況に気づく。

 ――自分は、クリュウに抱き上げられているという事に。

 顔がかぁッと熱くなるのを感じた――恥ずかしい!

「は、放しなさいよバカ――ッ!?」

「え、エレナ? どうしたの?」

 突如エレナは顔をしかめると、右足を押さえた。クリュウも慌てて彼女を地面に降ろす。その間もエレナはずっと右足を押さえていた。

「ど、どうしたの?」

「ちょ、ちょっと捻ったみたい……」

「だ、大丈夫?」

「平気よこれくらい」

 そう言ってエレナはフラフラと立ち上がる。

「む、無理はしない方がいいよ」

「これくらい大丈夫よ。それより仕事が――つッ!」

「ほら言わんこっちゃない」

「大丈夫よ! 放っといて!」

 頑固に怒鳴るエレナ。そんな彼女を見てクリュウは呆れたように笑みを浮かべる。

 そう、いくら自分が強くなり、村の景色が変わっても、変わらないものがあるのだ。その一つが、目の前にある。

「まったく、エレナは昔から頑固だよね」

「うるさいわねッ! あんたには関係ないで――ちょ、ちょっとぉッ!」

「よいしょ……と」

 クリュウは突然エレナの肩を支えると、そのまま彼女の体を起こして自分の背中に乗せて立ち上がる――世に言うおんぶというやつだ。

 クリュウからは見えないエレナの顔が見る見る赤く染まっていく。

「ち、ちょっと何すんのよッ! 放しなさい!」

 顔を真っ赤にしながらエレナはクリュウの頭をポカポカと殴る。

「いててッ、殴らないでよ!」

 エレナの暴行を抵抗せずにクリュウは歩き出す。周りの人達が二人を見て優しげな笑みを浮かべている。それを見てエレナはさらに顔を真っ赤にする。

「や、やめてよ! 恥ずかしいでしょ……」

「だって放っとけないでしょ」

 エレナは「え?」と彼の横顔を見る。いつも見ている子供っぽさがまだ残る彼の顔が、なぜかとても頼もしく見えた。

「怪我人なんだし、一応女の子なんだからさ……」

 その言葉に、ドキッとする自分がいてエレナは顔を赤くする。

「ど、どういう意味よ《一応》ってッ!」

「気にしない気にしない。言葉のあやだよ」

 そう言ってクリュウは気にした様子もなく歩き出す。みんなに見られて恥ずかしくないのかと思ったが、彼の頬がちょっと赤くなっている事に気づいて、エレナは小さく笑みを浮かべた。

 いつも自分の後ろに隠れて泣き虫で弱虫だったクリュウが、みんなに見られて恥ずかしい思いをしながらも、怪我をした自分をおぶってくれている。

 いつの間にか、身長もすっかり追い抜かれてしまってるし、力だって本気を出さないだけで幾分かクリュウの方が強くなっている。

「やっぱり、男の子なんだよね……」

「え? 何か言った?」

「なッ!? 何でもないわよバカッ!」

「そ、そう?」

 クリュウは少し気になりつつも視線を再び前に戻す。もうすぐ酒場のカウンターだ。そこへ行けば応急キットもある。

 ギュッと、幾分か彼女の手が首を強く抱き締めた。

「バカクリュウ……」

 その小さなつぶやきは、周りの喧騒に掻き消えて彼の耳には届かなかった……

 

「まあ、軽い捻挫(ねんざ)ですね」

 騒ぎを聞きつけてやって来たフィーリアはそう言いながらエレナの素足にすり潰した薬草を塗り付けてその上から包帯を巻く。

「大した事はありませんが、しばらくは大人しくしててください。特にクリュウ様を跳び蹴りするような事だけは双方共に痛いですからダメですよ」

「わかった」

 包帯を巻き終えると、フィーリアは笑顔で立ち上がる。

「いい機会です。エレナ様は少しお休みなさってください。クリュウ様達もがんばってくれてますから」

 そう言ってフィーリアは視線を別の方へ向ける。エレナもそっと盗み見るように視線を向ける。二人の視線の先では――

「おいクリュウ! 早くビール持って来い!」

「はいただいまッ!」

「クリュウ君! こっちはサンドイッチ三個追加ね!」

「はいッ!」

「酒がないぞッ!」

「はいぃッ!」

 エレナの代わりにクリュウが必死に給仕をしていた。そりゃあもうほとんど泣きそうなぐらい振り回されている。エレナの大変さを身をもって体験していた。

「クリュウ様、大変そうですね」

「いい気味よ」

「そんな事言ってはいけませんよ」

 ふと、二人は別の場所に視線を向ける。そこにはサクラもクリュウと一緒になって給仕をしていた。ただしやっぱり美少女なだけあって大人気だ――営業スマイルはなしだが。

「サクラちゃん、ぶどう酒追加お願いね」

「……(コクリ)」

「サクラちゃぁん。おじさんにお酌(しゃく)してよぉ」

「……嫌」

「サクラちゃん笑顔笑顔!」

「……無理」

「――ぐあぁッ!」

「……お触り禁止」

 さすがサクラ。大人気で振り回されながらもしっかりとお客の対応をし、違反客には鉄製のおぼんによる強烈な脳天直撃を炸裂させている。ちなみに今の逗留客はそっとサクラのお尻に手を回そうとしたが、触れる直前に鉄おぼんを脳天に受けたのだ。

「さて、クリュウ様とサクラ様ばかりに押し付けてはおけません。私も手伝いますね」

「あ、うんごめんね」

「いいえ。困った時はお互い様ですよ」

 フィーリアはそう言うと、柔らかな顔に満面の笑み(営業スマイル0z(ゼニー))を浮かべてお客の対応をする。その笑顔もあって人気はもちろん首位独占。ただしサクラ同様に違反客に対しては鉄製のおぼんを(笑顔で)炸裂させている。侮れない……

 一部エレナより二人の方が酒もうまいという声が聞こえてエレナはブチギレそうになるが、足のをかばって我慢する。と、

「クリュウくんやないかぁ。そうや、うちのお酒の相手してぇな」

「あ、アシュアさん困ります! うわぁッ!」

「ええやないかぁ。クリュウくんはほんまかわええなぁ」

「こ、困りますよ!」

「あはは、顔真っ赤やで?」

「そ、それはアシュアさんの胸が――ごはぁッ!」

 突如飛来したエレナ渾身の跳び蹴りがクリュウを吹き飛ばした。そのあまりの激痛にクリュウは悶絶し、後先考えずに怪我した足で跳び蹴りを炸裂させたエレナも激痛に悶える。そんな二人を見詰めながら皆は大笑いし、サクラはため息し、フィーリアは慌てて二人の看護に走る。

 いつもと変わらない日常。だけどその中にも変わっていくものがある。

 何が変わって、何が変わらないのか。それはわからない。

 だけど、時間というものは一秒一秒確実に進み続けている。

 月明かりの下、イージス村はまたいつもと同じ日常を過ごしている。誰もが笑い、誰もが楽しめる、そんな時間を。

 アシュアは二人の悶絶を見ながらグラスを傾ける。と、ぶどう酒の水面に小さな紅葉(もみじ)の葉が浮かんでいた。

「風流やなぁ……」

 アシュアはそうつぶやくと、ぶどう酒をクイッと飲んだ。

 今日もまた、平和な一日だった。

 そして明日も、明後日も、平和な日々であるように……


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。