モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第50話 ババコンガ迎撃作戦

 翌朝、用意を整えたクリュウ達は再び密林に入った。

 まだ朝早い密林は静かであった。葉には朝霧が煌き、沿岸部は海風が心地いい。さざ波の音、風に木々が揺れる音が耳を優しく包む。眠りから覚めたばかりの生命の息吹を感じながら、クリュウは大きなあくびをした。

「眠いんですか?」

 フィーリアが心配そうに問うと、クリュウは苦笑いする。

「昨日は疲れたからね。まだ寝足りないくらいだよ」

「あまりご無理をされない方がいいです。もう少し休まれてからにしますか?」

「ありがとう。でも遠慮しとくよ。あんまり僕のせいで二人の足を引っ張りたくないから」

「そ、そんな! 私は全然そんな事は――」

「あはは、ありがとう。でも実際僕は二人に比べたらまだまだひよっ子だよ。だからまだまだ二人にも迷惑を掛けちゃうからね。あんまり二人に負担を掛けたくないんだ」

「クリュウ様……」

 クリュウは自分を見詰めるフィーリアに小さく微笑むと、出撃前に徹底的に磨き上げたオデッセイの柄を握った。

 クリュウ達はいつものように隊列を組んで密林を進む。朝早いせいか、モンスターの数は少ない。時折ランポスやコンガが現れるが、その数は昨日とは比べ物にならないほど少ない。

 さらに奥に進み、鬱蒼と木々が生い茂る中を歩く。しかしババコンガは現れない。

「いないね」

 クリュウがつぶやくと、フィーリアも「そうですね」と辺りを見回しながら言う。

「……もしかしたら洞窟の中かもしれない。でも狭い洞窟でババコンガと戦うのは自殺行為。放屁されれば洞窟内にいる限り悪臭に苦しむ」

「そうですね。あまり深追いはしない方がいいかもしれません」

 サクラの言葉にフィーリアも賛同する。確かに空気の逃げ場が少ない洞窟の中で放屁なんかされたら全滅する恐れもある。そんなのは勘弁だ。

「仕方ない。とりあえずあまり深追いはしない方がいい。一度海岸へ戻ろう」

「そうですね。それが一番です」

「……わかった」

 クリュウの言葉に二人はうなずくと、三人は元来た道を戻る事にした。クリュウは改めてそう簡単に目的のモンスターとは出会えない事を実感した。

 

 三人が海岸に戻る頃には日も結構上がっていた。ここまで戻るのに来た時以上にモンスターに襲われたが、もちろん全て撃退した。しかしババコンガは現れなかった。

「ふぅ、ちょっと一休みしよ」

 そう言ってクリュウは小さな岩に腰を下ろすとヘルムを脱いだ。フィーリアとサクラもそれぞれ地面に座った。

 ここまで来るのでランポスを五匹、コンガを十匹。不気味な羽音を響かせて麻痺毒を分泌する針で襲って来る巨大なハチ型のモンスター、ランゴスタを三匹倒した。目覚めたばかりのモンスターは空腹のせいかいつもよりも凶暴でてこずった。さらにババコンガを求めて歩き回ったせいで、特にクリュウは疲れていた。

「どうぞ」

「あ、ありがとう」

 疲れているクリュウを気遣ってフィーリアが元気ドリンコを渡してくれた。クリュウはそれを受け取ると一気に飲み干す。これで幾分かは楽になるだろう。

「いないね」

 ポツリとつぶやいた言葉に、フィーリアもため息しながらうなずく。

「すでに今日だけでコンガは十六匹倒しました。これだけ仲間を殺(や)られたら、親玉であるババコンガが動かないはずはないんですが」

「そうだよねぇ、これがドスランポスならとっくに遭遇しててもおかしくないし」

「これ以上動き回っても仕方ありません。ここで待ち伏せするのがいいでしょう」

「そうだね。サクラはどう思う?」

「……クリュウの指示に従う」

 どうやら満場一致のようだ。三人しかいないが。

「本当は罠を設置したいけど、時間が経って使えなくなったら困るからやめとこう」

「そうですね。では私は狙撃できる場所を探してきます。まぁ、だいたい場所は決まってますが」

 セレス密林は近場という事もあり最も三人が訪れる狩場だ。その為どこに何があるか、どこが戦いやすいかなど、三人は熟知していた。そしてフィーリアはどこが狙撃に有効な場所かも調べている。ガンナーの基本だ。

 フィーリアは二人から離れると狙撃ポイントへ移動する。残されたのは前衛を担当するクリュウとサクラ。

「じゃあ僕らも岩陰に隠れよう」

「……(コクリ)」

 クリュウとサクラも荷車を引いて突然ババコンガが現れても見つからないように岩陰に移動する。

「とりあえずここに隠れて――」

「……ッ!」

 サクラは突如剣を抜くと振り向きざまに一閃を振るった。ガンッという鋭い音に振り返ると、そこには人の背丈くらいはある巨大な蟹がいた。サクラは構わず剣を振るう。堅固なヤドに剣が弾かれても、構わず剣を叩き込む。

「ギャーオワァ……」

 不気味な断末魔の声の後、それは鋏を投げ出して倒れた。

 サクラはそれを見て止めていた息を吸うと、剣を戻した。

「び、びっくりしたぁ。ヤオザミか」

 クリュウはオデッセイを納めると小さくため息した。

 ヤオザミとは主に密林や砂漠の水辺などに生息する蟹型のモンスターだ。ダイミョウザザミの幼生らしいが、全てのヤオザミがダイミョウザザミになるのではないらしい。詳しい事はギルドでも不明だそうだ。

 人間並みの大きさのヤオザミは硬いヤドを盾にして、その大きなハサミで攻撃してくる。厄介なのはまず一つに硬いヤドもだがそのスピードである。通常は遅い動きだが、時には人間の全速力に匹敵する速さで動く事もあるのだ。そしてもう一つは土の中に潜んでいるという事。その為見つけるのが難しく、今みたいに突然現れて襲われる事もあるのだ。

 クリュウとサクラは別の岩陰に荷車を置くとヤオザミの剥ぎ取りをする。その殻はもちろんいい素材になるが、一番の魅力はザザミソと呼ばれる内臓の部分だ。一概にザザミソと言うが、甲殻種は他にもいるのでその種類によって異なるが、どれも大変な美味なのだ。保存が難しく需要が高い高級素材なので、高値で売れる。

 二人は運良く良質なザザミソを手に入れた。状態が悪いと売れない事もあるのだ。

「いやぁ、いい収入になるぞ」

「……えぇ」

「あ、さっきは助けてくれてありがとう。僕全然気が付かなかったよ」

「……礼はいらない。当然の事」

 サクラはそれだけ言うと岩陰に腰を下ろした。クリュウもそっと隣に腰を下ろすとヘルムを脱ぐ。やっぱりヘルムは窮屈(きゅうくつ)でクリュウはあまり好きにはなれなかった。しかしだからと言って着けない訳にもいかず、こうして時折脱ぐようにしている。なぜか、二人共その時をとても楽しみにしているらしい。

「フィーリア、そろそろ位置に着いたかな?」

 辺りを見回すが、彼女の姿はない。一体どこから援護射撃してくれるのだろうか。まぁ、彼女だったら心配はないだろう。フィーリアの腕はクリュウが一番良く知っている。

「まぁ、背中はフィーリアに任せて、僕達は前に――」

 クリュウが話している最中、スッとサクラがクリュウの手に自分の手を添えた。驚くクリュウをサクラはじっと見詰める。隻眼の黒い、吸い込まれそうな瞳が、クリュウを捉える。

「さ、サクラ?」

「……嫌」

「え?」

「……二人きりの時に、他の女の名前は言わないで」

 そう言うと、サクラは両手でクリュウの手を包み込む。温もりが、伝わる。

「さ、サクラ」

「クリュウ……」

 サクラはじっと、うるんだ隻眼でクリュウを見詰める。

 クリュウはいきなりの事にびっくりして動けなくなる。狩場での緊張感が、解けていくような気がした。

 サクラはきれいだ。整った顔に薄桃色の唇、いつもは凛としている瞳も、今は柔らかい。そんなかわいい子が目の前にいて、しかもじっとこちらを見詰めている。そう思うと、今まであまり意識してなかった恥ずかしいさが込み上げてくる。クリュウは慌てて視線を逸らそうとするが、サクラはクリュウの両頬を押さえてそれを阻止する。

「さ、サクラ……ッ!」

「……ダメ。私を、見てて」

 サクラはそう言うと、そっと朱色に染まった顔を近づけて来る。柔らかそうな唇が、クリュウに迫る。二人の唇が、そっと、合わさ――

「……ッ!」

「うわぁッ!?」

 突如サクラはクリュウを突き飛ばした。刹那、二人を隠す岩に弾丸が炸裂した。その位置は二人が唇を合わせる、ちょうどその場所だった。

「な、何ッ!?」

 クリュウは驚くが、突如背中が凍り付いた。それはすさまじい恐怖であった。恐る恐る振り返ると、海とは逆側にある何の変哲もない岩壁の一角から、ものすごいダークオーラが噴き出していた。そっと双眼鏡で確認すると、岩の間の人一人が入れそうな亀裂の中に、こちらにピタリと銃口を向けたフィーリアがいた。

「ふぃ、フィーリア?」

「……邪魔者」

 サクラはキッと一度フィーリアを睨むと、いつもの無表情に戻って剣の手入れをする。クリュウはそんなサクラを一瞥し、再びフィーリアを見る。せっかく隠れているのに気配バレバレである。もしかしたらババコンガも気づいてしまうかもしれない。と思っていたら、その気配は徐々に収束し、再び気配は消えた。今のは一体なんだったのだろう?

 クリュウはふと岩に突き刺さった弾を見る。確実に狙われた。あのフィーリアが、自分達を狙った。一体何が彼女を暴走させたのだろうか。

「フィーリア。君に背中を任せて……いいんだよね?」

 複雑な乙女心などまるでわからないクリュウは、どうすればいいかわからず、ちょっと不安になりながらも、岩陰から辺りを見張った。

 

「まったく! 油断も隙もないんだから!」

 フィーリアは不機嫌そうに唇を尖らせると、再び可変倍率スコープで二人を見る。どうやら今の一撃でサクラは引いたようだ。

「クリュウ様の唇を死守できて良かった……」

 フィーリアは胸を撫で下ろす。

 しかしもしも、あのままクリュウとサクラが唇を合わせていたら、自分はどうしていただろうか。それを見て冷静でいられただろうか。そして、二人に再び会った時、今までのように話せるだろうか。

 ――クリュウは、サクラの事を、どう思っているのだろうか。

 不安が胸を包む。

 もしも、二人が相思相愛だったら、自分は、どうすればいいのか。

「そんなの……嫌だよ……」

 クリュウとサクラのラブラブな光景なんて、見たくない。だって、自分はクリュウの事を……

 

 バァオオオオオォォォォォッ!

 

 突如響いた空気を震わす咆哮に、三人は反射的に空を見上げた。すると、晴れ渡った空から何か巨大なものが落下して来た。

 ドオオオオオォォォォォン……ッ!

 地響きと共に着地したのは昨日見た桃色の獣――ババコンガだ。

 クリュウは道具袋(ポーチ)から閃光玉を掴むとギュッと握る。

 バァンッ!

 銃声が響き、ババコンガの桃色の毛にさらに鮮やかなピンク色の塗料が付着した。同時にあの独特の匂いが辺りに流れる。フィーリアが撃ったペイント弾だ。

 ババコンガは突然の事に鼻を動かして辺りの匂いを嗅ぐ。しかしすでに辺りにはペイントの匂いが充満していて三人の匂いはかき消えている。

 ババコンガがこちらを振り向いた瞬間、クリュウは閃光玉を投げた。その後すぐに岩陰に隠れる。刹那、辺りをまばゆい光が包み込んだ。だがそれも一瞬、光が止むとすぐに二人は岩陰から飛び出す。同時に、フィーリアが一斉射撃を開始。もがくババコンガに無数の銃弾が叩き込まれる。

「……クリュウは奴を引き付けておいて。その間に私が罠を張る」

「え? あ、わかった」

 クリュウは驚いた。いつもならサクラが引き付けている間にクリュウが罠を張るからだ。しかし彼女にも何か考えがあるのだろう。決して、ババコンガに近づきたくないという理由ではないはずだ。うん。

 クリュウはサクラの言うとおりにババコンガに突貫した。

 ババコンガは視界を奪われてもがき苦しんでいる。その顔や腹、腕などには昨日サクラが付けた傷があった。しかし、たった一日でその傷口は塞がっている。なんていう常識外れの治癒能力だろうか。だが、まだ完全ではないだろう。そこが弱点となるはず。

 クリュウはオデッセイを抜き放つと、ババコンガの頭に剣を叩き込んだ。

「バァオオオォォォッ!」

 視界ゼロの状況でいきなりの激痛にババコンガは悲鳴を上げる。クリュウは構わず第二撃を叩き込む。鋭い刃がババコンガの側頭部に炸裂する。

「ガオオオォォォッ!」

 ババコンガは腕を振り回して暴れる。クリュウは一度後ろに下がって距離を取ると、横に回り込んでその脇腹に剣を叩き込む。ババコンガもすかさず腕を振り回してクリュウを吹き飛ばそうとするが、クリュウは再び後ろに飛んでそれを避けた。その瞬間、ババコンガに無数の弾丸が雨のように降り注ぐ。フィーリアからの援護射撃だ。

「グオオオォォォッ!」

 ババコンガは悲鳴を上げて仰け反る。その間にクリュウは再びババコンガの横に回って剣を叩き込む。と、突然ババコンガは動きを止めて尻を突き出した。その動きにクリュウは声にならない悲鳴を上げて横へ飛ぶ。刹那、ババコンガの尻から茶色いガスが放出された。放屁攻撃だ。クリュウは地面に転んだが、回避できた。

「あ、危なかった」

 クリュウは立ち上がるとふぅと息を吹く。そして、再びババコンガに突撃した。

 

 サクラはクリュウがババコンガに向かって走って行ったのと同時に走り出すと、別の岩陰に隠していた荷車に駆け寄る。そしてそこからシビレ罠ともう一つを取り出す。それは紙に包まれた大きな生肉。正確には粉状にしたマヒダケをたっぷりと塗ったシビレ生肉だ。これを食べたモンスターはシビレ罠と同様に一時的だが体が痺れて動けなくなる。ババコンガの旺盛な食欲を利用したサクラのとっておきだ。

(……これで、クリュウにほめてもらえる)

 ババコンガを倒す為というのが第一目標であり、決してクリュウに喜ばれたりほめられたりする事が何にも変えがたい最高の勲章であり目標とは彼女は思っていない……たぶん。

 シビレ罠とシビレ生肉を持つとサクラは振り返る。現在ババコンガはクリュウが引き付けてくれている。

 今のうちだ。

 サクラはクリュウの少し後ろにシビレ罠を設置し、すぐに少し離れた場所にシビレ生肉を置く。これで準備完了だ。

 サクラはクリュウを向く。するとクリュウが無理な体勢のまま横へ跳んだ。当然だが彼はそのまま転倒した。刹那、ババコンガが放屁。どうやら彼はあれを避ける為にあんな無茶な体勢で跳んだらしい。本当に嫌なのだろう。

 クリュウは立ち上がると再びババコンガに向かって突進した。サクラも急いで剣を構えるとクリュウを追って突撃した。

 

「……クリュウッ!」

 その声にクリュウは足を止めた。そこへサクラが駆け寄って来る。

「……シビレ罠とシビレ生肉、設置完了」

「わかった」

 サクラがシビレ生肉まで持って来ていた事は意外だったが、彼女の策には感心せざるを得ない。

 クリュウは剣を構える。サクラも少し横にズレると飛竜刀【朱】を抜き放った。

 ババコンガはようやく視界が回復し、目の前にいる敵を初めて見た。それは昨日仲間を殺し、自らにも攻撃してきた小さな敵であった。そのうちの一人は昨日自分に傷を負わせた奴。

「ブァアアアァァァッ!」

 ババコンガは頭に血が上って怒り狂う。顔を真っ赤にして目の前の敵に襲い掛かった。

 ババコンガはその巨体では考えられないような跳躍をする。そしてそのまま腹を下にして二人の上に落下。クリュウとサクラはお互いに反対に跳んでそれを回避。獲物を失った体は空中で止める事もできず地面に激突。地面が揺れて陥没する。

「何て威力なんだよッ!」

「……クリュウッ!」

 サクラの声にその意味を悟ると剣を納めて走った。その先にはすでにサクラが先導するように走っている。後ろからババコンガが追い掛けて来るのを感じた刹那、銃声が轟いてババコンガの悲鳴が上がった。フィーリアからの援護射撃だ。

 

 岩陰から狙撃するフィーリアは二人が逃げられるように連続して貫通弾LV1を連射する。銃口に取り付けたロングバレルと射程距離の長い貫通弾のおかげでこの辺一帯全てカバーできる。

 ババコンガは見えない敵から執拗な攻撃に堪らず後ろへ跳ぶ。だがそれでもフィーリアからの攻撃は止まない。

「あともう少し」

 フィーリアは空薬莢を全て吐き出す。カランカランと軽い音を立てて空薬莢が地面に落ちた。すでに彼女の周りには無数の空薬莢が転がっている。

 フィーリアは目にも留まらない速度で再装填すると再びスコープを覗く。すると、すでに二人は罠の後方に着いていた。それを見てフィーリアはスコープから目を外した。

「うーん、私も前に出た方がいいのかな?」

 基本的にフィーリアは相手(モンスター)と間合い取って動き回りながら攻撃する中距離戦型のハンターだ。なのにあえて狙撃を選んだ理由は……

「クリュウ様には悪いですけど……、女の子がフンまみれになるのはちょっと……」

 困ったようにちょっと赤くなった頬を掻くフィーリア。年頃の少女であるフィーリアの乙女心であった。

「でもまぁ、動き回らず集中できるからいいんですけどね」

 苦笑いしながらそう言うとフィーリアは再びスコープを覗き込む。その先にはクリュウがいる(彼女の視界ではサクラはおまけ)。

 彼のかっこいい姿に一瞬ドキリとした。自然とグリップを握る手にも力が入る。

「クリュウ様は、私が守ります!」

 

 すさまじいフィーリアの銃撃の嵐にババコンガが後退したのを見て、クリュウはやっぱりフィーリアは頼りになると思った。おかげで二人は無事に罠まで到達できた。二人が準備を終了すると同時にタイミングを見計らったようにフィーリアの銃撃が止む。日頃の連携のたまものだ。

 銃撃が止むとババコンガは怒り狂いながら突進して来た。クリュウはオデッセイを構える。

 そのまま激突するかと思われたが、ババコンガはいきなり跳び上がって上から襲って来た。クリュウは慌てて横へ跳ぶ。サクラも舌打ちすると横へ跳んだ。一瞬前まで二人がいた場所にババコンガが落ちて来る。

 ババコンガの腹が地面に当たって瞬間、ドゴォンッと大きな音を立てて地面が陥没した。

 だが大振りな攻撃な分隙も大きい。クリュウはすかさず地面を蹴って跳ぶとオデッセイで横から斬り掛かる。ババコンガは起き上がると同時に二足で立つと腰を張った。その瞬間、腹に叩き込んだ一撃が弾き返される。

「なぁッ!?」

 クリュウは手加減なく剣を叩き込んだので腕が痺れた。

「ヴォフッ!」

 ババコンガは再び四足に戻るとクリュウに向き直る。だが、そこへ銃弾の嵐が降り注ぐ。さらに横からサクラが突進。構えた飛竜刀【朱】をババコンガの横腹に叩き込む。迸る血の雨の中、サクラはガッと右足で体の勢いを止めると、そこで体を回転させながら横一線に強力な一撃を叩き込む。刃がババコンガの硬い筋肉に刺さって血が噴き出した。だが、サクラは己の失態に気づいた。

「……ッ!? ぬ、抜けない……ッ!」

 ババコンガの強靭な筋肉に刺さった剣はガッチリと筋肉に包まれてビクともしない。サクラは必死になって抜こうとするが、ババコンガが動き回って集中できない。

 ババコンガは横腹に異物をぶち入れた敵を吹き飛ばそうと爪を振るう。サクラは反射的に後退した。もちろん、剣を見捨てて。

「……ッ!」

 サクラは道具袋(ポーチ)の中に手を伸ばすと、両手に二本のナイフを構えた。ギルドに選ばれた者のみが保有を許される特殊アイテムの投げナイフに毒テングダケのエキスを染み込ませた毒投げナイフだ。

「任せてッ!」

 サクラが戦力から外れたと知るやいなや、クリュウはババコンガに突貫する。ババコンガも武器を失ったサクラを無視して突っ込んで来るクリュウに向き直る。だが、すぐにフィーリアからの援護射撃がその背中を砕く。

「ブォアアアァァァッ!?」

 ババコンガは背中の激痛に悶える。その隙にクリュウは懐に入ると下から上に剣を突き上げた。腹に刺さった剣を引き抜くと、バシャアッと血が噴き出す。ババコンガはクリュウを吹き飛ばそうと巨大な爪を振るう。クリュウはその一撃を盾で防ぐが、衝撃で大きく後退してしまった。そこへすかさずサクラが毒投げナイフを投げ放った。両腕のナイフを飛ばし、すぐに道具袋(ポーチ)から二本を引き抜くとそれを投げる。深々と刺さった四本の毒投げナイフにババコンガは悶える。どうやら毒を受けたらしい。

「うりゃあッ!」

 クリュウはババコンガの腕に剣を叩き落すが、刃が深く刺さらずにわずかな血しか出ない。傷も浅い。なんていう強靭な筋肉をしているのだろうか。さらにババコンガは放屁をして来た。直撃は避けられたが、やはりくさい!

 クリュウはそのあまりの悪臭に涙が出そうになる。

「クリュウ様ッ! 目を閉じてください!」

 その声にクリュウは後退しながら瞳を閉じた。その瞬間炸裂した閃光。ババコンガは再び視界を奪われる。

「クリュウ様!」

「フィーリア!?」

 そこへ連続して銃を撃ちながら走って来たのはフィーリア。クリュウの横へ来ると貫通弾LV1から通常弾LV2に切り替える。

「どうして? 狙撃するんじゃなかったの?」

「いえ、サクラ様が戦闘不能となったので慌てて来ました」

 どうやらサクラが剣を失った事でクリュウ一人では荷が重いと判断して出て来たらしい。

「先程サクラ様が仕掛けたシビレ罠のすぐ近くの岩陰に荷車を移動させました。これで爆弾も使用可能です」

 さすがフィーリアだ。ちゃんと考えて行動している。こういう考えて何かをする事に関しては、フィーリアはチーム一の実力だ。

「ありがとう」

 そう言いながらクリュウは剣の刃に砥石を添えて磨く。これまでの戦闘でかなり切れ味が落ちていた。その間にサクラも駆け寄って来た。その手には残った最後の毒投げナイフが握られている。

「……ごめん」

 いつもは凛々しい隻眼も今はどこか弱い。どうやら自分の失態に落ち込んでいるらしい。クリュウはちょっと安心した。サクラみたいな優秀なハンターでもこうしたミスはするのだという事に何か自分に近いものを感じたからだ。

「気にしないでよ。とりあえずシビレ生肉に奴を誘き寄せよう。奴が痺れたら僕とフィーリアはで攻撃する。その間にサクラは剣を抜いてみて。痺れ状態だと筋肉が収縮して抜けにくいかもしれないけど、それ以外に引き抜くチャンスは少ないからね。でも無理はしないで。無理とわかったらすぐに離れて。わかった?」

「……(コクリ)」

 クリュウはフィーリアと目を合わせるとすぐにシビレ生肉の方に向かって走る。サクラも後から続く。そろそろ閃光玉の効き目が切れる頃だ。

 三人はそれぞれシビレ生肉の周辺の物陰に隠れる。警戒されない為だ。もちろん他のモンスターならこの戦法は使えない。ババコンガだからこその戦法だ。

 フィーリアは草陰に隠れると腹ばいになってヴァルキリーブレイズを構える。

 ババコンガはどうやら閃光玉の効き目が切れたらしい。消えた敵を臭いで探す。そこへフィーリアは弾倉の中の弾を全て撃ち出す。それらは全て寸分狂わずにババコンガに命中。ババコンガはこちらを向いた。そしてそのまま突進して来た。

 四足で突っ込んで来る。クリュウは迫る巨体に逃げ出したくなったが、横に隠れるサクラが小さく「……大丈夫」と言った。その言葉を信じて逃げ出そうとする足を押さえた。

 そしてババコンガはサクラの読み通りシビレ生肉の前で止まるとそれを食べ始めた。数秒後、ババコンガは突如体を痙攣させた。成功だ!

「サクラ急いでッ!」

 クリュウはそう叫ぶとババコンガの頭に向かって剣を叩き落とす。フィーリアは立ち上がるとババコンガの体に徹甲榴弾LV1を撃ち込んだ。突き刺さった銃弾は数秒後に中の火薬が炸裂して爆発する。

 クリュウはババコンガの頭に向かって連続して剣を叩き込む。砥石を使ったおかげでずいぶんと切れ味も良くなった。腕に掛かる負担も少ない。

「てぇいッ!」

 クリュウ渾身の一撃。蓄積されたダメージに耐え切れず、ババコンガの頭の角(正確には硬い毛の集合体)が粉砕された。クリュウはそれに心の中でガッツポーズしてさらに剣を振るう。その間もフィーリアの銃の嵐は続く。

 一方のサクラはババコンガの横腹に突き刺さった飛竜刀【朱】の柄を掴むと、全力で引っ張る。だが、やはり動かない。

 まずい……ッ!

 サクラの中で焦りが生まれる。

 早くしないとシビレ生肉の効果が切れてしまう。でも、抜けない……ッ!

 サクラはチラリと横を見た。その先ではクリュウが必死に剣を振るっている。自分の為に、彼は一生懸命になっている。その姿に勇気をもらい、サクラは再び力を込める。

「……ッ!」

 それでも動かない。サクラは泣きそうになった。

 クリュウの役に立てない。これほどまでの絶望はない。それだけは、絶対に嫌だった。

 サクラは腰に挿しておいた毒投げナイフを構えると。飛竜刀【朱】が刺さった傷口に突き刺した。そしてそのまま力を込めて切り裂く。ドボドボと血が流れ出すが構いやしない。必死に傷口をえぐり、広げていく。そして、

「……これでッ!」

 サクラは思いっ切り傷口にナイフを刺し込むと、飛竜刀【朱】の柄を握って思いっ切り引っ張った。グラグラしている。いける……ッ!

「サクラッ! もう限界だッ!」

 もう痺れが解けるのだろう。だから限界――いや、まだだ。まだ終わらない。

 サクラは全力で剣を引き抜く。と、ついにババコンガが動いた。だがその瞬間、今まで引き締められていた筋肉が緩み、剣がついに抜けた。

 サクラは勢い余って後ろに倒れそうになったが何とか堪えた。だがその手にはしっかりと愛器、飛竜刀【朱】が握られている。

 ババコンガは散開した敵を睨むと、砕けた頭に手をやって怒号を発した。だが、フルフルなんかに比べれば大した事はない。

 クリュウはチャンスと突っ込む。サクラも同じだ。だが、ババコンガはその動きに大きく後退すると四足で地面をしっかりと掴み、口から霧状の赤い液体を噴出して来た。ババコンガのブレス攻撃だ。サクラは隻眼を大きく見開いて急停止するが、クリュウは間に合わなかった。

「ぐあぁッ!」

 クリュウの体が液体に触れた途端爆発。煙を纏いながら大きく後ろに吹き飛ばされた。

「クリュウ様ッ!」

 フィーリアが慌ててクリュウに駆け寄る。サクラはそれを見て二人を守るように二人の前に立つ。これが大剣やランス系ならガードで守る事もできる。だが、太刀はそれができない。サクラは道具袋(ポーチ)に手を入れて閃光玉を握った。

「ヴオオオォォォッ!」

 突如ババコンガは怒鳴り声を上げると、再び前傾姿勢になった。またブレスだろうか。だが、射程が届かないはず。そこまで考えて、サクラは真っ青になった。

「……ダメッ! 逃げてッ!」

 サクラは反転すると二人に駆け寄る。サクラの必死な形相にフィーリアは驚いた。そこへ、ババコンガはしっぽにフンを流すと、それをそのまま投げつけて来た。

「……ッ!」

「きゃあッ!」

「うわぁッ!」

 三人は避けきれずに全員着弾してフンまみれになった。その瞬間、すさまじい悪臭に気が狂いそうになる。クリュウはもちろん、フィーリアとサクラも悪臭に顔をゆがめて吐き気を感じる。

 理性が飛びそうになる中、クリュウはわずかに残った理性の中で次のババコンガの動きを考えて絶望した。

 三人とも、やられる……

 クリュウは必死に悪臭と戦いながら立ち上がると剣を構える。後ろで倒れながら悶え苦しむ二人の少女は、必ず守る!

 ババコンガとクリュウの瞳が正面からぶつかる。

 クリュウも、ついに覚悟を決める。だが、ババコンガは突如反転するとそのまま四足で走って離れていく。そして――

 

 ヴォオオオオオォォォォォッ!

 

 すさまじい鳴き声と共に大ジャンプ。そのまま森の向こうへ消えていった。

「逃げた……? た、助か――おえぇッ!」

 助かったには助かったが、その後に残されたのは絶望的な状況であった。

 歴戦のハンターであるフィーリアとサクラ、そしてかけだしハンターのクリュウの三人は、しばしババコンガの残していった強烈な肉体的・精神的に大ダメージの悪臭に悶え苦しむのであった。


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