モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第49話 狩場で過ごす三人の夜

 三人が拠点(ベースキャンプ)に戻る頃にはすでに日は沈み、クリュウ達は武器や荷物を置いて食事の用意に入る。

 今日はこんがり肉とサクラが調達して来てくれたモスの肉と野菜やキノコがたっぷり入ったスープである。クリュウ一人の時とは大違いだ。

「おいしいね」

「えへへ、クリュウ様にほめてもらって嬉しいです」

「……悔しいけど、おいしい」

 エレナには負けるが三人の中では一番料理がうまいフィーリア。今日の料理も彼女が担当したのだ。クリュウとサクラは実力的には同程度である。

「ハンターは自給自足ですからね。これくらい当然です」

 胸を張って言うフィーリアに、クリュウは「すごいすごい!」と大喜びする。その無邪気な姿を見て、サクラは小さな笑みを浮かべた。

 食事を終えると、三人は焚き火を囲んで暖を取る。と言ってもそれほど寒くはないが。

 焚き火を囲む三人は明日に備えての作戦会議を始めた。

「とりあえず明日も今日と同じくまずはコンガの掃討をしましょう。そしてババコンガを誘い出します。沿岸部なら最悪海に逃げ込めますから、そこを主戦場としましょう」

「……罠は先に設置しておこう。その方がいい」

「そうですね。次に戦法についてですが、今までと同じくクリュウ様とサクラ様が前衛でババコンガと肉薄し――クリュウ様、そんなものすごく嫌そうな顔をされても困りますよぉ」

 苦笑いするフィーリアの見詰める先には、持って来た爆弾の点検を行っているクリュウ。その表情にはいつもの彼の笑みはない。珍しく眉をしかめている。

「もう罠を仕掛けて動きを止めたらありったけの爆弾でぶっ飛ばそうよ。それを繰り返してれば倒せると思う」

 クリュウの言葉にフィーリアは横にいるサクラに耳打ちする。

「クリュウ様、余程あの悪臭が嫌なんですね。いつものクリュウ様の発言とは思えません」

「……気持ちはわかる。私だってあんなのを受けたらやる気を失う」

 恐るべきババコンガの放屁攻撃。肉体はもちろんだが精神的ダメージは計り知れないほど破壊的である。いつも真っ直ぐなクリュウが曲がってしまうのだから。

「クリュウ様。お気持ちはわかりますががんばりましょう。さすがにババコンガを倒せるほど爆弾はありませんし、これも試練です」

 フィーリアの言葉にも、クリュウはどこか不満そうだ。

 正直言ってもうあんなのはごめんであった。歴戦のハンター達が皆嫌うのもうなずける。あんな悪臭、いくら何でもひど過ぎる。またあれを喰らうのかと思うとやる気も失せる。クリュウは力なくため息する。と、

「……じゃあ、やめる?」

「え?」

 驚いて顔を上げると、サクラが隻眼でじっとこちらを見詰めていた。その瞳は真剣で、凛として鋭い。

「や、やめるって……」

「……そんなにやりたくないなら、やめればいい。引き時もハンターには必要」

 サクラの言葉にクリュウは絶句する。だが、それは悪い事じゃない。ハンターは依頼を必ず成功させなくてはならないという規則はない。無理と思ったら途中でやめる事も可能だ。依頼を成功させる事よりも自分の命を優先する。ハンターとして、人間として、それは当然の事だ。もちろん途中でやめても罰則はない。ただし、信用は失うが、これは長い時間を掛ければ取り戻す事もできる。それに対し、命というものは決して戻らない。

「……引き際を見極めるのも、ハンターとしては重要な事。ここでやめても、誰もクリュウを責めたりはしない」

 サクラの言うとおりだ。ここでやめても構わない。だが、

「やめないよ。村の一大事なんだから」

 クリュウは先程までの疲れたような表情から一転して真剣な瞳で見返す。

 ――そう、これは村の危機に直結する。エレナや、村のみんなの命に関わるのだ。

 思い出した。

 今回はいつもと違う。村の危機を救う戦いなのだ。たかが悪臭くらいでやめる訳にはいかないし、そんな気持ちもサラサラない。

 サクラのおかげで、大切な事を思い出した。

「ありがとうサクラ。おかげで目が覚めたよ。必ず依頼を完遂させよう」

 クリュウの決意した瞳と言葉に、フィーリアはぱぁっと笑みを浮かべ、サクラも口元に小さな笑みを浮かべる。

「……信じてた。クリュウがそう言うのを」

 そう言って、サクラの片方しかない瞳は柔らかく弧を描く。

「……本当に良かった。もしクリュウがやめてたら、私はクリュウを嫌ってた」

「え? そうなの?」

「……努力して諦めたのなら、それはいい事。努力もせずに諦めるのは悪い事」

「確かに、サクラの言うとおりだ」

「もちろん、引き際を見極めるのも、ハンターとして大切な事ですよ」

「……クリュウは、いいハンターになる」

「そうかな?」

「はい。クリュウ様はきっとすばらしいハンターになりますよ」

 フィーリアはまるで疑う事を知らないかのような信じ切った笑みを浮かべる。そんな彼女の笑みにクリュウも自然と笑みが浮かぶ。サクラもどこか嬉しそうに小さく笑った。

 元気ドリンコを飲み、クリュウは小さく微笑む。

「まぁ、これ以降ババコンガとは戦いたくないね」

「それは皆さん仰られますね。私も正直ちょっと」

「フィーリアはババコンガと戦った事はあるんでしょ?」

「はい。新人だった頃に一度だけ。あれは確か十二歳の頃ですね。その頃はまだランポスシリーズにチェーンブリッツという初級装備で挑みましたが、コンガの掃討とババコンガとの戦闘は三日間掛かりました。疲れた上に放屁やフンを散々喰らって、人には見せられないようなひどい有様でしたね」

 恥ずかしいのか、フィーリアは頬を赤らめて髪に触れる。そんな仕草もかわいいのだが、クリュウとしては十二歳でババコンガを倒したという所に経験の差を感じずにはいられない。クリュウは十二歳でようやくハンター修行を開始したというのに。クリュウは情けなくて頭を抱える。

「……私も同じ十二歳の時に一度。私も同じように放屁やフンを喰らって悶絶した」

「ですよね。あれはもう二度と戦うもんかと思ってましたが」

「……まさかまた戦う事になるとは」

「……うぅっ、ごめん」

「べ、別にクリュウ様を責めている訳ではないんですよ!? ですからそんなに落ち込まないでください!」

 あわあわとフィーリアは誤解だと言うが、クリュウとしては二人のババコンガ初挑戦の年齢が一番大きなダメージであった。

「ま、まあ僕は僕のペースでがんばろう。うん。焦る必要はないんだから」

 一人納得するクリュウにフィーリアは首を傾げつつおもむろに立ち上がった。

「どうしたの?」

「あ、いえ、汗を掻いたので向こうの滝で水浴びでもしようかと……」

「え?」

 その瞬間、クリュウはイャンクック戦の後の事件を思い出した。

 水浴びをしていたフィーリアの真っ白の肌と、腰まで伸びた金色の髪が月に照らされ、キラキラと幻想的に輝く、月の女神のような姿を……

 そんな事を思い出して顔を真っ赤にするクリュウ。フィーリアもそれを悟ったのか、頬を赤く染めてうつむいてしまう。一人、知らないサクラだけはそんな二人をじっと無表情で見詰めている。

「……私も水浴びする」

「あ、はい。この向こうに滝があるんです。どうせなら一緒に行きましょう」

 フィーリアの言葉にサクラはうなずく。そして二人の少女は男子禁制の世界に向かって行った。

 一人残されたクリュウはする事もなく天幕(テント)の中に入ると支給されている毛布に包まる。まだ寝る訳ではないが、疲れのせいか横になりたかった。

 しばらくぼーっと入り口の向こうに見える焚き火を見詰めていると、フィーリアとサクラが戻って来た。一体向こうでどんな会話をしていたのか気になったが、二人の表情を見て納得する。

 サクラは相変わらず無表情。フィーリアはどこか困ったように頬を掻いていた。きっと二人で水浴びはしたまでは良かったが、会話が弾まなかったのだろう。

「あれ? クリュウ様お休みですか?」

 フィーリアが不思議そうに尋ねてきたのでクリュウは起き上がる。

「いや、ちょっと横になってただけ。じゃあ僕も水浴びでもして来ようっと」

「あ、ではこのタオルをお使いください」

 そう言って彼女が差し出して来たのは自分が首に巻いているタオル。反射的にクリュウは首を横に振って自分のタオルを取り出した。いくら何でも女の子が使った後のタオルを使えるほどクリュウは大人ではない。

「じゃあ行って来る。先に寝ててもいいから」

「あ、わかりました」

 フィーリアの返事にクリュウは安心して滝に向かった。残された二人は結局何の会話もなくそれぞれ毛布に包まった。もちろん、一つしかないベッドは空けておいて。

 

 水浴びから戻って来たクリュウはどちらもベッドを使っていない事に苦笑いした。もちろんクリュウも使うつもりはない。

 クリュウはさっき自分が巻いていた毛布を探したが、なぜか見つからない。よく見ると、なぜかサクラが包まっていた。出すのが面倒だったのだろうか?

 クリュウはとりあえず残る二枚のうちから一枚の毛布を取り出して二人からなるべく離れた場所に横になった。困った事に二人ともが天幕(テント)の両端にいるので、自然とクリュウは中央に寝る事になる。どうやら二人の仲はまだあまりいいとは言えないらしい。狩りになれば二人とも見事な連携をするのだが、こういう日常面ではそれはないらしい。

 仲良くなってほしいのだが、クリュウの願いに反してフィーリアはともかくサクラはフィーリアと仲良くなるつもりはないらしい。困ったものだ。

 クリュウはヘルムをすぐ横に置くと眠そうにあくびをする。ふと見ると、二人とも疲れていたのだろう。小さな寝息を立てて眠っている。考えてみれば、二人ともハンターとしてはかなりの実力者だが、女の子なのだ。フィーリアに至っては一歳年下だ。その寝顔はかわいい。もっとも、サクラは寝る時も眼帯は外さないが。

 いつか、二人のように強いハンターになりたい。そう思った。それこそ、二人を守れるぐらい強いハンターに。

 これから先、この三人でずっと狩りを続けるのだろうか?

 サクラは村に腰を据えてくれたが、また出る可能性もある。フィーリアはサクラのように腰を据えた訳ではないのでまた旅立ってしまうかもしれない。

 こうして三人でずっと狩りをしていたいが、どうなるかはわからない。

 それでも、例え別れる事になっても、今度は前のようにケンカ別れをせずに、ちゃんと笑顔で見送ろう。そう決めていた。

 だがまぁ、今はまだこの三人でチームを組んでいたい。

 サクラと連携を組んで、フィーリアに背中を預け、モンスターに向かって突撃する。

 そんな戦い方を、ずっと、二人と一緒に……

 そんな事を考えながら、クリュウはそっと瞳を閉じた。

 明日はババコンガやコンガとの戦いがある。今日の疲れを残さないように、もう寝よう。

 ……できる事なら、もう悪臭はごめんだ。

 そんな事を願いながら、クリュウは眠りに落ちた。


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