モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第48話 桃毛獣の悪臭騒動

 それは突然知らされた。

「セレス密林に、コンガの親玉が現れたらしいんだ」

 酒場でお昼ご飯を食べていたクリュウ達に村長が開口一番にそう言った。クリュウは思わず頬張っていたサンドイッチを落としそうになる。

「こ、コンガの親玉ってババコンガの事ですか?」

「どうもそうらしいんだ」

 桃色の毛に包まれたゴリラ型のモンスター、コンガ。溢れんばかりの硬い筋肉は自然の鎧。濃密な筋肉は見た目以上に重く、のしかかられれば即死の恐れがある小型モンスターだ。喰らったらすさまじい臭いで口に含む道具が全て一時的に全滅する放屁攻撃は厄介だが、めったにやって来る訳ではないのでそれほど苦戦する相手ではない。だが、その親玉のババコンガは例外である。

 ババコンガは通常のコンガのふた回り以上も大きな体を持つコンガのボスだ。ドスとついていないだけで、親玉クラスのモンスターではかなり厄介な相手だ。何せイャンクックやバサルモスよりも強力な相手なのだ。

 まず巨体なくせに動きが素早く、そして見た目以上に重い。空中へ跳んだ後のボディプレス攻撃は地面すら陥没させる威力を持ち、その鋭い爪は大木をも切り裂き、その巨大な拳は岩すらも破壊する。さらには食欲旺盛で常に好物のキノコ類などを細長い尻尾で掴んで持ち歩き、戦闘中であっても腹が減れば食事をするのだが、その食べた際のキノコの種類によってガス状のブレスが変化するのだ。毒テングダケを食べれば毒ブレス、マヒダケを食べれば麻痺ブレス、ニトロダケを食べて炎ブレス。厄介極まりない相手だ。そして何よりも厄介なのはコンガと同じ放屁攻撃。こちらは盛んにするので危険。しかも自らのフンを投げ付けてくるという最悪な相手だ。このどちらも受けるとすさまじい悪臭がし、ヘタなハンターならその臭いで気絶するほど臭い。もちろん口に触れる道具類は全滅である。これを戻すには臭いが納まるまで待つか強力な消臭効果のある落陽草と呼ばれる草の葉を乾燥させてすり潰した粉を素材玉に練り込んだ消臭玉というアイテムを使うしかない。これを地面に叩き付けると粉が噴き出して強力な消臭効果で悪臭を取り除いてくれる。フン攻撃で付着したフンも、なぜかこれでただの泥に変化するので安心だ。

 見た目が不気味で嫌がられるフルフルに対し、その攻撃の仕方から嫌がられるババコンガ。

 歴戦のハンターでさえも、ババコンガ相手では眉をしかめて「二度と戦いたくない」と言うほどだ。

 そんな相手がセレス密林に現れた。当然クリュウ達が討伐に行くのだろうが、話を聞いていた三人の顔は誰もがものすごく嫌そうだった。運悪く、クリュウが食べていたのは特産キノコなどがたっぷり入った山菜カレーであった。当然食う気は失せる。

「ねぇ、何とか討伐してくれないかなぁ?」

 村の危険であるのはわかっているが、今回の相手は戦いたくない。フィーリアとサクラはすでに戦っていて嫌だし、クリュウも周りの話を聞いてすっかり戦意喪失である。そんな三人に村長は必死に懇願する。彼だってババコンガやコンガの放屁やフン攻撃のすさまじさは話には聞いている。それがハンターが戦いたがらない原因だとも。だが、このままにしておく訳にもいかない。セレス密林はイージス村と近くて重要な場所だからだ。

「今回は報酬金も高くしておいたからさ、お願いだよぉ」

 村長は何度も何度も頭を下げてお願いする。その必死な姿に先に折れたのはクリュウの方だった。

「仕方ないですね、引き受けますよ」

「ほ、本当かい!?」

「はい」

「ありがとう! これで村は救われたぁッ!」

 大喜びする村長にクリュウはまだ救われたと決まった訳ではないのにと思いながら苦笑いする。そんな彼を見詰め、フィーリアは疲れたようにため息した。

「ババコンガですか。できればあまり戦いたくない相手ですね」

「まぁ仕方ないよ。村の為だもの。なんなら今回フィーリアは待機でもいいよ」

「そんな、クリュウ様一人を行かせるなんてできません。ババコンガなんて鎧袖一触(がいしゅういっしょく)で蹴散らしてみせます」

 フィーリアは自信満々に宣言した。そんな彼女に「ありがとう」とクリュウは笑顔で礼を言うと今度は今まで沈黙していたサクラを見る。

「サクラはどうする? 嫌ならフィーリアと二人で行くけど」

 クリュウの言葉にサクラは首を小さく横に振る。

「……愚問。クリュウが行くなら私も行く。ババコンガなんて、クリュウがいれば怖くもなんともない」

「じゃあよろしくね」

 クリュウは再び村長を見詰める。すると、彼は依頼書とペンを差し出して来た。クリュウはその受注者の欄に自分の名前を書いてフィーリアに渡す。フィーリアも名前を書いてサクラに渡す。そしてサクラも自分の名前を書いて、今度はそれを村長に手渡す。

「必ずババコンガを倒してみせますよ」

「よろしく頼むよ」

 村長は嬉しそうに笑みを浮かべると「じゃあコンガやババコンガ用の消臭お風呂を用意しておくね!」と去って行った。どうやらクリュウ達が汚物にまみれるのは決定事項らしい。クリュウは絶対汚物攻撃は喰らわないと心に決めた。

 クリュウ達は家に戻るとそれぞれの用意を整える。

 防具を着て武器を挿し、道具を道具袋(ポーチ)や船に詰め込んで行く。今回は相手が相手なので時間は掛かるが船を使う事にしたのだ。

 必要なものを全て積み込むと、クリュウ達は出発した。

 残された村民達は村長の指揮の下大急ぎで消臭風呂の用意に取り掛かった。ある意味、村でも戦いが繰り広げられる事になった。

 

 セレス密林に着いた三人は必要な荷物を荷車に載せて狩場に向かった。

 今回はシビレ罠二つに落とし穴二つ。大タル爆弾Gを四発、小タル爆弾十発、トラップツールとゲネポスの麻痺牙がそれぞれ二個ずつを用意し、後はいつものようにそれぞれ道具袋(ポーチ)に入れている。

 今回最も重要な道具は消臭玉だ。それぞれ五個ずつ携帯している。これなしでババコンガと戦うのは自殺行為である。

 そんな用意を整えたクリュウ達はいつものように荷車を引くフィーリアを中心に前方をサクラ、後方をクリュウが守る形で進む。

 前方を歩くサクラは地図を片手に辺りを見回す。最近はこの辺にもコンガがランポスを押しのけてテリトリーを広げているので警戒を怠ってはいけない。

 ランポスは単体での弱さをチームワークでフォローするモンスター。しかしコンガは逆に単体で強いモンスターだ。しかし、ある意味ではコンガの方が倒しやすい。なぜならばチームワークなどないので死角を警戒する必要がないからだ。ランポスの厄介な所は死角から別のランポスが攻撃してくる所。

 しかし、ババコンガがいるとなれば別だ。いくらチームワークがないとはいえ、親玉がいれば統制される。そうなると単体の強さに加えてチームワークが加わり厄介極まりない。

 ババコンガの恐ろしい所はその強さももちろんだが、こうしたコンガを率いる力が恐ろしいのだ。

 クリュウも何度かコンガと戦った事があるが、一対一ではランポスとは桁違いに強い。フィーリアの援護があったから難なく勝てていたが、今回はそれも期待できないだろう。

「まずはある程度コンガを倒して安全を確保しましょう。ババコンガとコンガを一斉に相手にするのは危険ですから」

「そうだね。とりあえずそれが無難だね」

「……コンガを大量に倒せば、親玉のババコンガも出て来るはず」

「とにかく、まずはコンガを一掃しよう」

 作戦方針も決まったところで、クリュウ達はさらに進む。そして沿岸部に抜けた。横に海が広がっていて、白い砂浜が美しい。だが、その横の鬱蒼と生い茂る木々の向こうに桃色の何かが動いた。その瞬間、クリュウは前に出てオデッセイを抜き放つ。

「コンガだよね?」

「そのようですね。数は、見える限りでは二匹です」

 ヴァルキリーブレイズのスコープを覗きながら言うフィーリアの言葉に、クリュウはうなずくと横にいるサクラを見る。

「まず僕が突っ込んで囮になるから、その後から突っ込んで来て。一応僕とサクラで何とかするけど、フィーリアは掩護をお願い。それと、新たな敵襲も警戒して」

「わかりました」

「……(コクリ)」

 すぐにそう指示すると、クリュウは突貫した。その後をサクラも遅れて突っ込む。フィーリアは荷車を一度岩陰に置くと、ヴァルキリーブレイズを構えたまま二人の後を追う。

 前方の木々が少し開けた場所にコンガは二匹いた。その奥にもう一匹を確認したので、合計三匹がいる事になる。

 クリュウはまず前方にいるコンガに突進する。すると、今まで背を向けていたコンガが敵襲に気がついてこちらを向いた。そして、敵の姿を確認すると二本足で立ち上がって腕を広げ、腰を激しく横に振って鳴声を上げる。威嚇のつもりだろうか。だが、その程度ではクリュウは臆しない。

「うりゃぁッ!」

 クリュウは構わずコンガの頭に剣を叩き込んだ。

「グホァッ!?」

 コンガの頭は意外と硬く、その一撃では多少頭を陥没させる程度であった。クリュウは舌打ちして一度後方に下がる。

 コンガは頭から血を流しながらも吠えると、四本足を使ってかなりの速度で迫って来る。だが、一直線な為クリュウは一度横へ走ってそれを避けると、無防備な背中に剣を叩き込む。背中が裂け、コンガが悲鳴を上げる。だが、それ以上の追撃はせず、クリュウは一旦下がる。なぜかというと、

「ガオォッ!」

 コンガは声を上げると尻からボフゥッという音を立てて茶色い煙が噴き出した。それはコンガ系最大の脅威である放屁攻撃だ。コンガに後ろから迫るというのはこの危険性をはらんでいる。だからこそ、背中からの攻撃はあまり深追いしてはいけない。フィーリアからの教えだ。

 コンガの放屁が終わると、クリュウはすぐさま突進して剣を叩き込む。だが、コンガはそれを横に飛んで回避。失敗したクリュウに向かって鋭い爪を振るう。

「うわぁッ!」

 慌てて盾で防ぐが、その重い一撃にクリュウは横へ飛ばされた。

 コンガは倒れたクリュウに向かってジャンプした。反射的にクリュウは横へ転がる。その判断は正しく、さっきまでクリュウがいた場所にコンガが激突。陥没した。

「ひぃッ!」

 クリュウはその一撃に恐怖する。今まで何度も戦っているが、毎回毎回厄介極まりない。

 コンガは起き上がると横にいるクリュウに向き直る。クリュウも慌てて立ち上がると剣を構え直す。そして突撃してくるコンガに向かって渾身の回転斬りを叩き込んだ。手に重い衝撃がした後、コンガは横へ吹き飛ばされて倒れ、そのまま動かなくなった。

 クリュウは安堵の息を漏らすと剣を一度振って付いた血を払い腰に戻す。周りを確認すると、すでにサクラは一匹を討伐。残り一匹は頭が吹き飛んで倒れていた。きっとフィーリアが倒したのだろう。しかも二人ともすでに剥ぎ取り作業をしている。相変わらず実力の差はすさまじい。

 クリュウは苦笑いしながら腰の剥ぎ取りナイフを抜き、一度手を合わせてから解体に入る。桃色のコンガの毛皮は結構丈夫なので防具の素材にも適している。

 皮を剥ぐと、コンガの残骸をあまり見ずに荷車の余っている部分に毛皮を置く。サクラとフィーリアもそれぞれ毛皮をその上に重ねる。

「クリュウ様、お怪我はありませんか?」

「うん。平気だよ」

「……めんどくさい」

「さ、サクラ様。そんな事言わずにがんばってください」

「……ガンナーにはわからない。放屁を気にしながら戦う剣士の精神的な疲れは」

「そ、それはそうかもしれませんが……」

「まあまあ、どっち道ババコンガ相手ならフィーリアもフン投げとかを気にしなきゃいけないんだから、みんな同じだよ」

 クリュウが慌てて仲裁に入る。こんな時までケンカをされるのは極めてまずい。いい加減狩場まで来てケンカはしてほしくない。だがまぁ、周りの安全を確保しているからこそ二人はケンカしているのも知っている。危険な時にまでケンカするほど二人はバカじゃない。

「でもこんな海辺にまでコンガが出て来るなんて、めったにないよね?」

「そうですね。異常発生の時ぐらいしかこんな所まで出ませんし」

「……それだけ、ババコンガが率いるコンガの数も多いって事」

「そうだね。コンガを一掃するにしても骨が折れそうだ」

 ため息するクリュウに、フィーリアは優しく微笑む。

「大丈夫ですよ。クリュウ様ならきっと」

「そんな事ないよ。むしろフィーリアやサクラがいればこそでしょ?」

「私はクリュウ様を信じていますから」

 その言葉に、クリュウも笑みを浮かべた。バサルヘルムを被っているので見えないが、その笑顔はとても嬉しそうだ。

「ありがとう、フィーリア」

「え? あ、はい……」

 だが、フィーリアの表情はどこか暗い。不思議そうに首を傾げると、フィーリアは寂しそうな顔でクリュウを見詰める。

「やっぱり、ヘルムを被っているとクリュウ様のお顔が見れなくて寂しいです」

「へ? そ、そっかな?」

「はい。あぁ、クックシリーズを身に纏って笑顔を振りまいていた頃が懐かしい」

「そ、そうかな?」

「……これに関してはフィーリアに賛成」

 サクラまでそんな事を言う始末。クリュウは困ったようにため息すると一度ヘルムを脱いだ。柔らかな緑色の髪が解放され、春の若葉のような美しい緑色の瞳が輝く。

 クリュウは道具袋(ポーチ)からタオルを取り出すと汗を拭う。それを見て、フィーリアとサクラの表情が明るくなった。そんな彼女にクリュウは苦笑いする。

「やっぱり、クリュウ様のお顔が見られるのは嬉しいです」

「……ずっとそのままで」

「いや、それはちょっと。ババコンガ相手にそれはキツイって」

「……大丈夫。私が叩きのめす」

「ねぇ、それじゃ僕の存在価値がないでしょ?」

 クリュウはため息すると再びヘルムを被る。その時に二人のものすごく残念そうな表情に少し後ろ髪を引かれたが、この際は無視する。

 というか、そもそもヘルムを勧めたのは確かフィーリアだったような……

 残念そうな表情を浮かべている二人を気にせず、クリュウは荷車の背後へ移動する。二人もすぐに立ち直っていつもの隊列(フォーメーション)で歩き出す。そしてそのまま、森の奥へ向かった。

 

 荒い息をするクリュウ。そしてぐったりとその場に倒れた。ヘルムを外すと顔や髪は汗でびっしょり濡れている。そんな彼にフィーリアが慌てて駆け寄って来た。

「だ、大丈夫ですか!?」

「うん……、何とかね……」

 笑みを浮かべるも、その笑みはあまりに疲れていて力ない。そんな彼の周りには倒したコンガが何匹も倒れていた。少し離れていた場所ではサクラが木に背を預けて荒い息をしていた。

 つい十分ほど前の事、クリュウ達はいきなりコンガの群れの奇襲を受けた。数にして約二五匹。連携などはされておらず断続的に現れて襲われたのだ。三人は何とか全てを倒したが、戦いは苛烈を極め、激しく動き回ったクリュウとサクラは特に疲れ切っていた。

「これもババコンガの影響?」

 水筒に入った水を飲みながらクリュウが問うと、フィーリアはうなずいた。

「そうですね。これだけのコンガが来たという事は、比較的近い場所にババコンガがいる可能性は十分あります」

「この疲れ切った状態で、ババコンガとは戦いたくないね」

「そうですね……」

 そこへサクラが戻って来た。その表情はやはりかなり疲れている様子。奇襲だった上にコンガのほとんどが彼女に殺到したからだ。おかげでクリュウはヘトヘトながら何とか切り抜けられたのだが。

「サクラ様、大丈夫ですか?」

「……問題ない。ただ、少し疲れた」

 あの我慢強いサクラが《疲れた》と言うのだ。彼女の疲労はかなりのものだろう。

 クリュウは汗をタオルで拭いながら立ち上がる。

「一度|拠点(ベースキャンプ)に戻ろう。このまま戦ってもちゃんとした実力は出せないよ」

「そうですね。それがいいと思います。サクラ様は特にお疲れでしょうし」

「……ごめん」

「謝らなくていいよ。それより早く行こう。あんまり長居する訳には――」

 

 ヴォオオオオオォォォォォッ!

 

 突然の鳴き声と共に地面がドシンッと轟音を立てて震えた。三人は驚いて振り返ると、少し離れた場所に巨大な桃色の物体がいた。

 コンガよりずっと大きく、頭には鋭い毛が集まって角のようなものがある。全身筋肉の塊とも言える強靭な体。腕は大木のように太く、その一撃で木なんか簡単に叩き割りそうだ。

 今まで倒してきたコンガとは、まるで別の生き物だ。

 その桃色の化け物は周りに転がる同胞の亡骸を見詰める。そして呆然としているクリュウ達を睨み、

「ゴヴァアアアオオオォォォッ!」

 すさまじい鳴き声と共に腰を激しく振る。コンガと全く同じ威嚇なのに、それとはまるで違う圧倒的な恐怖を感じる。

 コンガの親玉――ババコンガだ。

 クリュウは舌打ちするとオデッセイを抜き放つ。

「こんな時にッ!」

 チームの主力たるサクラが疲れているこの状況。最悪であった。

 フィーリアは急いで道具袋(ポーチ)から閃光玉を取り出そうとする。だが、仲間を殺されたババコンガはコンガと同じく四足で走って来る。しかも巨体が故にその速度はずっと速い。

「散ってッ!」

 クリュウの掛け声に、フィーリアは閃光玉を諦めて横へ跳んだ。サクラとクリュウも急いで跳んで回避する。地面に倒れたが、何とか一撃はかわせた。

 クリュウは慌てて起き上がると、ババコンガはこちらを向いて巨大な爪を振るった。コンガとは圧倒的に違うその射程範囲に、クリュウは慌てて盾を構えるもその重い一撃に吹き飛ばされた。

「あぐぁッ!」

 クリュウはまるでボールのように簡単に吹き飛ばされて地面に叩き付けられた。バサルシリーズの防御力のおかげでダメージは少ないが、それでもかなりの威力だ。

 ババコンガは容赦なくその巨体では考えられないようなジャンプをして来た。コンガと同じ動きに、クリュウはほとんど反射的に横へ跳んだ。刹那、爆音にも似た轟音と共にババコンガの巨体が地面に激突した。なんとか回避はできたが、そのすさまじい威力は地面すらも破壊ししまった。それを見て、クリュウは絶句する。

「……クリュウッ!」

 そこへ突っ込んで来たのはサクラ。その動きはまるで疲れを感じさせないほど速い。そのままの勢いで迫り、ババコンガの横から斬りかかる。厚い毛皮を斬り裂き、真っ赤な刀身が裂いた肉を爆発と同時に焼き尽くす。そのあまりの激痛にババコンガはよろめいた。そこへ間髪入れずに二撃、三撃を叩き込む。容赦ない連続攻撃にババコンガは悲鳴を上げて半歩引いた。そこへ渾身の一撃をその顔面に叩き込んだ。たまらずババコンガは後ろへ跳んで距離を取る。同時にサクラも後方へ下がったが、先程までの勢いを失い、ガクンと片膝を着いてしまった。その表情は苦しそうにゆがみ、額には玉のような汗を掻いている。それを見て、クリュウは慌てて走る。サクラの疲れは相当なものであった。クリュウは道具袋(ポーチ)に手を伸ばして閃光玉を取り出そうとする。が、

「グォアアアァァァッ!」

「……ッ!?」

 突如横からコンガが襲って来た。あまりにも突然過ぎて盾で防ぐ事も受身を取る事もできずに押し倒された。コンガの人間を超える重量に潰され、体が嫌な悲鳴を上げる。息ができず、声も出せない。

「クリュウ様ッ!」

 フィーリアはクリュウの上に乗るコンガに貫通弾LV2を撃ち込む。頭を撃ち抜かれたコンガは悲鳴を上げる事もなく倒れた。フィーリアはすぐにクリュウに駆け寄ると倒れている彼を抱き起こす。

「クリュウ様! 大丈夫ですか!?」

「ケホゲホッ……。だ、大丈夫だよ……」

 クリュウは無理して笑うとフラフラと立ち上がる。フィーリアの制止の声を振り切り、クリュウは走った。気が付くと、周りにコンガが数匹集まっていた。親玉の危機に駆けつけて来たのだろう。最悪だ。

 視線をサクラに向けると、彼女は必死に立ち回っていた。ババコンガの鋭い爪を紙一重で避けるとすかさず剣を叩き込む。だが、ババコンガは横へ大きく跳んで回避すると両腕を大きくめちゃくちゃに振り回してサクラを襲う。ガードのできない太刀では大きく下がって回避するしかない。ババコンガはとにかく腕を振り回してサクラを襲うが、それは虚空を切る。そして、ババコンガは小さくジャンプするとフィニッシュとばかりに背中から地面に激突。すさまじい地響きと共に地面が揺れる。なんという重量であろうか。

 いつの間にか片膝を着いていたサクラは再び突貫しようと構える。

「サクラッ! 目を閉じてッ!」

 サクラの返事も聞かず、クリュウは道具袋(ポーチ)から閃光玉を取り出すとババコンガに向かって全力で投げた。クリュウはそのまま勢い余ってたたらを踏む。

 放物線を描いて飛んだ閃光玉はババコンガの眼前で炸裂。すさまじい光が爆発した。

「フガアアアァァァッ!?」

 悲鳴を上げてババコンガはその場で激痛の走る目を掻き乱しながらもがき苦しむ。他のコンガも同様だ。

 サクラは安堵の息を漏らすとその場に膝を着いた。すかさずフィーリアが駆け寄る。

「サクラ様! 大丈夫ですか!?」

「……何とか」

 そう返すサクラの息はかなり荒い。さすがにコンガ約二〇匹の波状襲撃を受けた後にババコンガでは、歴戦のハンターであるサクラでも辛いらしい。

「今のうちに逃げるよッ!」

 クリュウの叫びに二人はうなずく。

 サクラはフィーリアの手を受けずに立ち上がると、そのまま走り出す。フィーリアも荷車を引いて急いで離脱する。残されたクリュウはとにかく二人が安全な場所まで行く時間稼ぎをするつもりでいた。だが、もちろん真正面から戦う訳ではない。クリュウ一人ではまだ荷が重過ぎる。とりあえず、ババコンガの視界が復活したらもう一度閃光玉を投げつけるつもりでいた。

 そろそろだろう。クリュウは道具袋(ポーチ)から閃光玉を取り出す。そのタイミングはまさに絶妙であった。刹那、ババコンガは顔を真っ赤にして腰を激しく振った。怒り状態なのだろう。

 クリュウは多少恐怖しながらもピンを抜いて投げつける。ここまではうまくいった――だが、怒り状態という事を、クリュウは計算に入れていなかった。

「フゴォアアアアアァァァァァッ!」

 ババコンガは突如突進してきた。そして、閃光玉はその速度に対応できずにババコンガの背後で炸裂した。その光景に、クリュウは声にならない悲鳴を上げる。

 ババコンガはそのままクリュウの目の前まで迫ると、その鋭い爪を豪快に振るった。木をも斬り刻むその一撃を喰らえば、クリュウの大怪我は必死であった。だが、クリュウの才能はかなりのものであった。とっさに盾を構えながら後方へ飛んだ。その瞬間盾にすさまじい一撃が炸裂した。後ろへ跳んで衝撃を和らげたので腕も折れずに済んだようだ。

「あうぅッ!」

 だが、クリュウのダメージは相当なものであった。地面を二転三転して倒れる。急いで起き上がろうとするが、体が思うように動かない。そこへババコンガが迫る。クリュウは動かぬ体にムチを打ってなんとか横へ回避した。だが、その判断が間違いだった事を後に後悔した。

「フゴォッ!」

 背後へ転がったクリュウに向かってババコンガは容赦なく放屁攻撃を炸裂させた。爆音にも似た音と共に茶色いガスが放出される。クリュウはそれに直撃し、そのすさまじい風圧に吹き飛ばされた。

 投げ出されて地面を転がった後、クリュウは止めていた息を吐いて新たな空気を吸い込み――

「ゲホォッ! ゴホッ! うげぇッ! うっぷ……ッ!」

 すさまじい悪臭にクリュウは苦しむ。

 刺激臭なのか、目まで痛くて涙が出て来る。そして何よりもすさまじい悪臭。生ゴミの臭さなんてこれに比べたら無臭と断言できるだろう。それほどまでに臭い。

 あまりの悪臭に、クリュウは吐き気までしてきた。

 悪臭、目の痛み、吐き気、さらにはあまりの臭さに呼吸困難。クリュウは完全に行動不能に陥っていた。

「うげぇ……ッ! あぐぁ……ッ!」

 まともに呼吸できずに苦しむクリュウに、ババコンガは反転して正面を向く。クリュウはそれにすら気が付かない。

 ババコンガは容赦なく目の前で苦しむ獲物に鋭い爪と大木のような腕を振り上げる。その時、すさまじい光がババコンガの正面で炸裂した。

 先程と同じ閃光玉。ババコンガは再びもがく。その隙に突っ込んで来たのはフィーリアだった。

「クリュウ様! うっぷ……ッ!」

 クリュウに駆け寄って抱き上げたまでは良かったが、あまりの臭さに一瞬手を離しそうになる。だが、我慢して彼に肩を貸してそのまま走り出す。

 後ろでババコンガの怒号が響くが、フィーリアは無視して走る。その横でほとんど引っ張られるようにして走るクリュウは、いまだかつでない悪臭に気を失いそうになっていた。

 

 二人が逃げ込んだのは沿岸部であった。先程コンガを一掃したのでここには一切モンスターはいなかった。

 フィーリアの肩を借りながら歩くクリュウに先に到着していたサクラはそのぐったりとした姿を見て目を見開く。

「……クリュウッ!? どうし――う……ッ!」

 サクラの無表情が崩れ、ものすごく嫌そうな顔をして鼻をつまんだ。なんという威力であろうか。

 クリュウはフィーリアから離れるとヘルムを脱ぎ捨ててそのまま走って浅瀬に倒れ、

「おえぇ……ッ!」

 ついに我慢できずに嘔吐(おうと)した。その際、二人は視線を逸らしてくれていた。二人の小さな心やりに感謝する。

 フィーリアはいまだに悪臭と吐き気で苦しむクリュウに近寄ると、道具袋(ポーチ)から消臭玉を取り出して地面に叩き付けた。すると青白い煙が噴き出し、クリュウ、そして彼と接触していたのでちょっと臭いが移ったフィーリアを包み込んだ。

 煙が晴れると、そこには顔の半分を海に洗われながらぐったりと倒れるクリュウが……

「く、クリュウ様ッ!? ご無事ですかッ!?」

「……あ、あんまりご無事じゃない」

 消臭玉の強力な消臭効果によってやっとの思いで悪臭から解放されたクリュウ。空気が、こんなにおいしいとは知らなかった。

 とりあえずフィーリアは浅瀬に倒れるクリュウを砂浜に引き上げると、いつの間にかすっかりオレンジ色に染まった空を見上げ、サクラに向き直る。

「今日はここまでにしましょうか。もうすぐ日は沈みますし、何よりクリュウ様の戦意が絶望的なぐらい下がってますし」

「……そうね。今日はもう拠点(ベースキャンプ)に戻って明日に備えた方がいい」

 もはやもうババコンガとの戦いにすっかりやる気を失い、空気の味に感動している一応リーダーのクリュウを置いて、二人は結論を出した。

「クリュウ様、今日はもう終わりにして拠点(ベースキャンプ)に戻りましょう」

「……わ、わかった」

 クリュウはフラフラと立ち上がる。そして、転がっていたヘルムを持ってサクラを先頭にいつもの形で拠点(ベースキャンプ)に向かって歩き出す。

 今日の戦いを終えた三人を、そっと夕日の光が淡く照らし上げていた。


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