その日は珍しくエレナと共にドンドルマに訪れたクリュウ達。今日は狩りに来たのではなく道具の補充に来たのだが、その際にエレナも酒場で使う食材や食器などの必需品を補充しについて来たのだ。
「相変わらずすごい品揃えね」
そう言って少し興奮気味に並ぶ品を見回すエレナ。
ここはドンドルマの中心部に位置する自由市場。右も左も店だらけでそれを埋め尽くす大勢の人々。ここは大都市ドンドルマでも一番賑やかな場所だ。
一般市民の他にちらほらとハンターの姿が見えるのは、クリュウ達と同じく道具の買出しに来たのだろう。ギルドが経営する各所にあるギルドショップよりも安く手に入ったり、通常は売っていない貴重な道具や素材が手に入るからだ。
「ふぅん、これは安くていいわね」
エレナは早速食材が並ぶ店に走ると食材の吟味を始める。彼女の前にはたくさんの新鮮な食材が並べられていた。そんな彼女を見て、クリュウは小さく微笑む。
「そこが目的のお店?」
「はぁ? バカじゃないの? ここはお肉が安いの。この通りの向こうにある店では安い野菜。別の場所で食器、また別の場所でお酒を買うの。しかもお肉でもアプトノスの肉はあっちの店の方が安くて品質もいいの。目的はこの通りそのものよ」
「え? そ、そうなの?」
「お店によって値段は変動しますからね。皆さんより安いものを目指してこの通りを歩き回ってるんですよ」
フィーリアはそう言うと目の前に広がるそのすさまじい人ごみに苦笑いする。
クリュウ自身はドンドルマでアイテムを揃える時はギルドショップを使っていたので知らないが、フィーリアとサクラはこの通りでいつも道具を買っているらしい。だからこそ、相変わらずなこの人ごみに苦笑いしているのだ。
「……人に呑まれたら迷子決定。みんな固まって動くように」
サクラの言葉にクリュウは緊張した様子でうなずく。こんな場所ではぐれたりでもしたら一巻の終わりだ。
「あ、私はここにはいつも来てるから大丈夫よ」
そう言ってエレナは再び食材の吟味を始めた。どうやら本当に大丈夫そうだ。
「では、私達だけで行きましょう。クリュウ様には私のお得意先に案内しますね」
そう言ってフィーリアはクリュウの手を掴んだ。
「さぁ、行きましょう」
「え? あ、うん」
クリュウは少し頬を赤らめながら彼女に手を引かれて歩く。とその時、反対の手をサクラに掴まれた。
「……クリュウは、私の知ってる店に行く」
「え? あ、別にいいけど」
「だ、ダメですよ! 私が最初にお声を掛けたんです!」
「……いい店知ってる」
「私だって知ってます!」
「……私の方がいい店」
「私の方が絶対いいお店ですッ!」
「ちょ、ちょっと二人とも!」
睨むフィーリアと無表情で返すサクラ。二人とも確かこの前仲直りしたはずなのだが、あれ以降もなぜかこうして対立する事が多い。さすがに狩りの時はないが、食事中や雑談中、日常生活では一日最低一回くらいはこうして言い争うのだ。ケンカするほど仲がいいということわざを、村でチームを結成してから二週間ほど経った今もずっとクリュウは信じ続けている。
「ふ、二人のおすすめの場所に行くから! まずはフィーリア! これでいいでしょッ!?」
「く、クリュウ様がそう仰るなら」
「……わかった」
こうしていつもクリュウが仲裁に入ると何とかなるが、そのたびに苦労しているのだ。
クリュウ達はエレナと別れるとすさまじい人ごみの中を進む。前をフィーリアが誘導し、人の流れに流されそうなクリュウをサクラがその針路を修正する。見事な隊列だ。
ちょっと目を離したらはぐれてしまうかもしれないという不安の中、人の流れに従ったり逆らったりと歩き続けて数分後、ようやく目的の場所に着いた。それは大通りから少し離れた裏路地にある店。なのにも関わらず十数人のハンターが店に並ぶ商品を眺めていた。
「ここが私のおすすめのお店です!」
自信満々、意気揚々と言うフィーリアにクリュウは「すごいねぇ」と笑顔を浮かべる。が、サクラはじっと店を見詰めたままだ。
「ど、どうされたんですか?」
フィーリアが問うと、サクラはそっと彼女に視線を向ける。
「……ここ」
「え?」
「……私がクリュウに教えようとした店」
「そ、そうなんですか!?」
驚くフィーリアに対し、サクラは凛とした瞳をスッと細める。この表情、喜怒哀楽が少ないサクラが見せる機嫌が悪くなった時の表情だ。
「……私の見せ場がなくなった」
「そ、そんな事ないよ! だ、だって二人がすすめたって事は確実に信用できるじゃん! 僕こんな穴場を教えてもらって嬉しいよ!」
クリュウが慌ててフォローに入れるが、サクラは暗い瞳を向け続ける。どうやらすっかり機嫌を損ねてしまったらしい。
「ほ、ほら! 早く中を見ようよ! こ、今度はサクラが案内してよ!」
そう言うと、クリュウはサクラの手を握って歩き出す。すると、サクラは「……任せて」となぜか急に機嫌が良くなった。
一方、二人に置いて行かれたフィーリア。その顔は見る見るうちに悲しげに染まる。
「そ、そんなのずるいですぅッ!」
フィーリアは慌ててクリュウとサクラを追って店の中に入った。
店の中には様々な道具が置かれていた。爆弾や罠はもちろん、回復薬やホットドリンクにクーラードリンク、さらにはキノコや木の実、魚などの調合素材も大量にある。さすがは二人がすすめただけあって物は充実している。人もそれなりにいて賑わっている。
「うわぁ、安いし数もあるね」
「……ここは上級ハンターなら誰でも知ってる店だから」
「え? じゃあ僕はいいのかな?」
「……別に低級ハンターが来るなって規則はないから大丈夫」
「今、思いっ切り僕を低級って言ったよね? 本当だから言い返せないけど」
クリュウは苦笑いしながら棚に並ぶ商品を吟味する。素材コーナーに入ると、そこには釣りミミズの入ったケースやにが虫やカクバッタなどの虫が入った虫かごが大量に置かれていた。そんな中クリュウが見つけたのは檻(おり)の中で光り輝く虫――光蟲がたくさん入っている虫かごだった。
「うわぁ、光蟲がいっぱいだ」
光蟲はクリュウには必需品である閃光玉の素材になるのでかなり嬉しい。狩場で採取はできるのだが、光蟲はあまり数が多くない為なかなか捕まえられない。ちょうど閃光玉も枯渇していたのでちょうどいい。
「……《残り寿命が短い光蟲 半額セール》。ちょうどいい。向こうの素材玉も二割引だった」
「本当? そりゃあいい。最近ネンチャク草が採れなくて素材玉がなくなってたから、村へ帰る途中に調合すれば大丈夫だよね?」
「……えぇ」
サクラの返事を聞くと、クリュウは嬉しそうに光蟲の虫かごを一つ取った。この中には光蟲が十匹入っている。これが一人のハンターが持ち運びできる限界だ。密猟などを規制する為にギルドが各アイテムを一度に持ち運びできる数を決めているので、光蟲も十匹しか持てない。ちなみに道具一覧というギルドが配布している表には各アイテムのレア度というものは決まっていて、レベル4以上のアイテムはハンター同士の交換を禁じている。これも密猟を防ぐ為らしいが、結構守られていないのが現状だ。ギルドもある程度は黙認しているらしい。
サクラも無言で虫かごを一つ取る。と、
「クリュウ様! 爆弾が半額セールやってますよ!」
そう言って笑顔で駆け寄って来たフィーリア。クリュウはその言葉に目を輝かせる。
「は、半額ッ!? 本当なのッ!?」
「はいッ! ギルドショップの余剰品が流れて来たそうで、それが半額なんです!」
爆弾もクリュウはよく使う道具の一つだ。別に爆弾が好きというのではなく、クリュウは自身の体力なども考えた短期決戦型のハンター。だが武器は攻撃力の低い片手剣なので、威力の高い爆弾で補っているのだが、爆弾は値段が高い。報酬と支出のバランスが合わない事もしばしばだ。最近は大タルと火薬草、ニトロダケで調合した爆薬。小タルと火薬草を調合して大タル爆弾と小タル爆弾を作る事もあるが、どちらの素材にも必要な火薬草は砂漠の奥深くか火山にしか生えておらず、あまり採取できないので結局買う事が多い。そんな爆弾が半額なんて、クリュウは歓喜する。
「すぐに買おう! 二人も協力して!」
「もちろんです!」
「……わかった」
クリュウ達はすぐに爆弾のコーナーに向かう。すると、本当に半額であった。これにはクリュウも笑みが隠せない。
「三人なら九個か」
「カクサンデメキンも売ってますので、大タル爆弾Gにすれば爆弾の節約もできますしね」
「……トラップツールが一割引」
クリュウ達はとにかく安くて消費率の高い道具を次々に購入した。その時、クリュウは終始笑顔であった。こんなに嬉しそうな彼の笑みを見られて、フィーリアとサクラはどちらも来て良かったと心から思った。
買い物を終えると、かなりの出費になっていたが、ギルドショップなどで買えばもっと出費していたと思うと今日は大戦果だ。
店の貸し出し用の荷車に買い込んだ大量の荷物を載せ、三人はエレナを迎いに行った。すると、エレナもかなりの物を買い込んで笑顔だった。彼女も荷車を引いていたが、その上には大量の食材が載っていた。これでしばらくは食材には困らないだろう。皆、買い溜めできる時にするのは同じらしい。
こうして、お互いに大量の荷物を買い込んでイージス村に帰る事になった。
帰りの航路の間、お互いに自分が買ったものを見せ合ったりした。エレナが選んだ食材はクリュウ達素人が見ても全て見事だった。ちなみに彼女が原価ギリギリまで値段交渉し、時には原価割れさせて商人を何人も泣かせた事は秘密だ。
クリュウ達も自信満々に自らの成果を見せたが、一般人であるエレナにはハンターの道具は理解不能なものばかりだった。だが、そんな彼女でも理解できたのは九個の大タル爆弾と二〇個の小タル爆弾であった。これだけの量があれば船なんか軽く吹っ飛ぶからだ。
エレナは危ないから捨てなさいと何度も怒鳴ったが、せっかく買ったものを捨てる訳もなく、しかもどれも信管を抜いているので爆発する事はない。そう何度説明しても、エレナは終始怖がっていた。
村に着いた途端溜まりに溜まっていたストレスが解放され、エレナが強烈な飛び蹴りを放ってクリュウを悶絶させたのは誰もが予想できた事だった。
七転八倒するクリュウにフィーリアは大慌てで助け出し、サクラはムッとエレナを睨み、エレナは悶絶するクリュウとフィーリアの桃色の空気にブチギレ、踵落としを炸裂させた。
クリュウのすさまじい悲鳴が、今日もまたのどかなイージス村に木霊したのだった。