モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第44話 チーム結成 リーダーはクリュウ!?

「かんぱぁいッ!」

「乾杯ですッ!」

「……乾杯」

 三人の掛け声と共に三つのグラスがぶつかり、歓喜の音色を上げた。そして三人はグラスに注がれたビールを一斉に飲む。

「ぷはぁッ! おいしいですね!」

「……勝利の後の一杯は、最高」

 おいしそうにビールを飲むフィーリアとサクラ。そんな二人を見て三人が注文した料理を運んできたライザが嬉しそうに微笑む。だが、ふと視線を外すと、

「に、苦い……」

 クリュウがまだ一口しか飲んでいないグラスを片手に顔一杯で苦そうな表情を浮かべていた。どうやらビールはまだクリュウには早かったらしい。

「あらあら、クリュウくんにはまだビールは早かったわね」

「うぅ、大丈夫です! 飲めますよ! ほら――苦い……」

 口の周りに泡を付けたまま苦そうな顔をする。そんなクリュウを見て三人は笑みを浮かべた。本当に子供っぽい少年だ。

「やっぱり思ったとおり、あなた達ならきっと勝つって思ってたわよ」

「そんな、これもクリュウ様のおかげです」

「……クリュウがんばった」

「あらあら、クリュウくん大活躍ね」

「そんな事ないですよ。二人がいてくれたおかげです」

 そう言ってクリュウは満面の笑みを浮かべる。その笑みからは本当に心の底からそう思っている事が見て取れた。

「いいチームね」

 ライザはそう言い残すと受付に戻って行った。今日は酒場が大盛況なせいか彼女も忙しいらしい。

 クリュウはそんなライザを一瞥し、目の前の自分の料理――ガブリブロースのステーキに摩り下ろし氷樹リンゴとチリチーズソースがけを見詰める。

「おいしそう。いただきます!」

 クリュウは嬉しそうにステーキをナイフで切ってフォークで刺し、豪快に頬張る。もちろんは味は最高である。

「おいしい!」

 クリュウはぱぁっと顔を輝かせて食べる。その口の周りは肉汁がべっとりと付いている。そんなクリュウを見詰め、サクラは小さく微笑むとそっと自らの料理を差し出す。

「……これ、食べて」

「え? ありがとう」

 クリュウは自分より数段階レベルの高い者が食べられるサクラの料理を食べてみる。味はもちろんうまい。自分のもうまかったが、やっぱりこっちの方がおいしい。

「いいなぁ、こんなのが食べられるなんて」

「……大丈夫。クリュウもすぐにここまで来れる」

「そ、そっかな?」

「……クリュウはやれる。必ず」

 そう言うサクラの瞳はとても優しいものだった。澄んだ瞳は、本当に心の底からそう思っているとわかる。そんなサクラの言葉にクリュウは照れたような笑みを浮かべる。

「あ、ありがとう」

「そ、そうですよ! クリュウ様なら大丈夫です!」

 二人だけの雰囲気になりそうになったのを敏感に感じ取り、フィーリアは慌ててクリュウに声を掛ける。

(二人だけの雰囲気になんてさせません!)

 力強く踏み込んで来たフィーリアに、サクラは一瞬その片目で一瞥すると再びクリュウに向き直る。

「……もっと食べていい」

「え? で、でもそれじゃサクラの分が」

「……平気。私はクリュウに食べてほしい」

「そ、そう? じゃああと一口」

「く、クリュウ様! 私のも食べていいですよ! いえッ! 食べてください!」

 そう言ってフィーリアはクリュウに自らの料理を差し出す。いきなり横から突き出された料理にクリュウは驚くも、すぐに笑みを浮かべる。

「ありがとう。じゃあもらうね」

「はいッ!」

「……クリュウは、私の料理を食べればいい」

 サクラはそう言うと自ら皿をフィーリアの皿の上に被せた。そんな彼女の行為にフィーリアはキッとサクラを睨む。

「結構です。クリュウ様は私の料理を食べるんです」

「……しつこい。クリュウは私の料理を食べる」

「私のですッ!」

「……私」

 ガルルルッと睨み付けるフィーリアと涼しいながらも鋭利な隻眼で睨み付けるサクラ。その間に立たされたクリュウはあわあわとする。

「ちょ、ちょっとケンカはやめてよぉッ!」

 クリュウの泣きそうな声を聞いたライザは三人のテーブルが険悪な雰囲気になっているのを見てため息をしながら近づく。

「もう、何やってるのよあなた達は」

 ライザは睨み合うフィーリアとサクラを片手で引き離す。もう一方の手には空になった皿やグラスが奇跡のバランスで重ねられている。プロがなせる業だ。

「クリュウくんが泣いちゃうわよ?」

「な、泣きませんよ!」

 クリュウは顔を真っ赤にさせて怒る。そんなクリュウを見て二人は慌てて睨み合うのをやめる。

「ご、ごめんなさい……」

「……ごめん」

「まったく、クリュウくんを巡ってケンカするなんて。それじゃクリュウくんがかわいそうでしょ?」

 ライザはすっかりしゅんとしてしまった二人に優しげに笑みを浮かべると、落ち込む二人の頭をそっと撫でる。

「もう、いい加減子供じゃないんだから。いい事と悪い事の区別はしてよね」

「はい……」

「……ごめん」

 ライザはやっぱり根が素直な二人を微笑んで見詰めると、今度はクリュウを見る。話から外れていたクリュウはもう一度ビールに挑戦して負けていた。

「クリュウくんは、いつ村に帰るの?」

 ライザの問いに、二人もクリュウを見詰める。そんな三人に見詰められたクリュウは小さく笑みを浮かべる。

「明日にでも帰ろうかと思ってます。本当は二、三日こっちにいるつもりでしたが、狩場までの移動日数が意外と掛かっちゃって。村で待ってる幼なじみがたぶんブチギレてるだろうし。そろそろ帰らないと殺されかねないですから」

「へぇ、また寂しくなるわね」

「そ、そんな事ないですよ。それにまた来ます」

「そっか――ところで、その幼なじみって女の子?」

「え? あ、はい。凶暴さはリオレウスにも負けないですけど」

 ライザは「ふぅん」とうなずくと、何か意味ありげな笑みを二人に向けた。

「そっかそっか。クリュウくんは帰っちゃうのね。じゃあサクラも?」

「……えぇ。私はあの村に腰を据えているから」

「そっかぁ。で? フィーリアはどうするの?」

 そう言ってライザはフィーリアを見る。クリュウとサクラもそんな彼女を見詰める。彼女は一体どうするのか。それはとても気になった。

 すると、フィーリアは優しげな笑みを浮かべた。

「私も一度クリュウ様の村に行きます。久しぶりに皆さんのお顔を見たいですし。ご一緒してもよろしいですか?」

「も、もちろんだよ! やったぁ、またフィーリアと一緒だぁ」

 本当に嬉しそうな笑みを浮かべるクリュウ。そんなクリュウにフィーリアも嬉しそうに微笑む一方、サクラはどこか不服そうな顔をする。そんなサクラをからかうようにライザが耳元で何事かをささやくと、頬を引っ張られた。

「痛いなぁ、何すんのよ」

「……」

 ライザは頬をさすりながらぷぅと睨むと、お客に呼ばれたので慌ててそのテーブルに走って行った。

 一方、クリュウは嬉しそうにフィーリアと話す。だが、そんな二人を見詰めるサクラの瞳はどこか不機嫌そうだ。そんな彼女の気配を察したのか、クリュウは不思議そうにサクラを見る。

「サクラ? どうしたの?」

「……別に」

 いつになく言葉が短い。長い経験から、彼女の口数が極端に減った時は不機嫌な証拠だ。一体何が不機嫌にさせているのか。それはすぐにわかった。

「もしかして、フィーリアと一緒は嫌なの?」

「……別に」

「ねぇ、どうしてフィーリアをそう毛嫌いにするの? 実力はサクラも見たでしょ? それにとてもいい子だし」

「……別に、関係ない」

 その後、一切何を話し掛けてもサクラは何も答えなかった。それ以上何を話し掛けても無駄だというのは経験からわかっていた。

 仕方なく、クリュウはフィーリアと話を再開する。

 そんな二人を見詰めるサクラの瞳はどこか暗く、どこか寂しげであった。

 

 翌日ドンドルマを出発したクリュウとサクラ、そしてフィーリアの三人はイージス村に向かった。だがその道中、サクラは一切口を開かず、フィーリアもサクラに睨まれるなどして極端に口数が少なかった。自然と、クリュウも無口になってしまう。

 そんな気まずい雰囲気の中、一行はイージス村に着いた。

 クリュウの家は元々ハンターだった父の家だった事もあり、部屋数もハンター四人分が用意されていた。さらに素材を保管できる倉庫もある為、現在サクラもクリュウの家に住んでいるのだ。最初こそはエレナに大反対されて彼女が何度も泊り込んで来たが、今はどうにか収まったらしく回数も減っている。まぁ、それでも三日に一度くらいのペースでやって来るのだが。

 三人はそんなクリュウの家に荷物を一通り置くと酒場に向かった。酒場ではエレナがいつものように仕事をしていたが、クリュウの姿を見た途端跳躍、すさまじい跳び蹴りを炸裂させた。

「ごふぁッ!?」

 吹き飛ばされたクリュウは地面に思いっ切り叩き付けられた。

「このバカクリュウッ!」

「ちょっと待って! ぎゃあああぁぁぁッ!」

 地面に倒れたクリュウに向かってエレナは跳び膝蹴りを炸裂させた。倒れていたクリュウは避ける事もできず直撃。あまりの痛みに悶絶した。

 だが、悶絶するクリュウにエレナはさらなる追撃を加える。見事な蹴りが連続してクリュウの体に叩き込まれる。その勢いは見事だ。あまりの迫力に二人は呆然としていたが、慌ててフィーリアが止めに掛かる。

「ちょっとエレナ様! 乱暴は止めてください!」

「このバカ――え? ふぃ、フィーリア? 何でいるの?」

 驚くエレナにフィーリアは事情を説明し、サクラは悶絶するクリュウに駆け寄る。

「……クリュウ、大丈夫?」

「だ、大丈夫だよ……ひどい時はもっと激しいから……」

 そう言って苦笑いするクリュウ。その笑みには長年エレナに虐(しいた)げられて来たが故の諦めと悲しさがあった。サクラも昔はエレナのクリュウに対してのすさまじいバイオレンスな攻撃の数々を見て来たので、彼の苦しみも幾分かはわかる。

「……クリュウ、かわいそう」

「あはは、ありがとう……」

 クリュウはサクラの手を借りて立ち上がる。昔もこうやってエレナにボコボコにされた後、サクラの手を借りた事があったので、どこか懐かしさを覚える。

 一方、クリュウに対し壮絶な攻撃を叩き込んだエレナは久しぶりのフィーリアとの再会にかなりはしゃいでいた。

「久しぶりね! 元気にしてた!?」

「はい。エレナ様は?」

「この通り元気よ。この村の人達って人使いが荒いから毎日が忙しいけどね」

「大変ですね。何か私に手伝える事がありましたら何でも言ってください。ご協力します」

「ありがとう。あぁ、本当にフィーリアはいい子ね。それに比べてあの二人は」

 そう言って軽蔑の眼差しを向けるエレナ。言っておくが、確かにサクラはあまり協力はしないが、クリュウはほぼ毎日のように扱き使われている。感謝される事はあってもあんなひどい目で見られるような事はない。

「ちょっと待ってッ! 人を散々扱き使ってそれはないんじゃないのッ!?」

「あんたは自発的にしようとしないし、手際が悪いじゃない」

 ものすごく散々な言われようだ。激しく落ち込むクリュウの背中を、サクラがそっと叩いた。今のクリュウには、その優しさがとても嬉しかった。

「ありがとう……」

「……安心して。私は知ってる。クリュウががんばってる事を」

 うるうるとした瞳で見詰めるクリュウと、そんな彼に見詰められ小さく微笑むサクラ。いつの間にか二人の周りには桃色の空気が……

「二人で何してるんですかぁッ!」

「あんた達いい加減にしなさいよッ!」

 ブチギレるフィーリアとエレナの声と、その後のクリュウの悲鳴がいつものように今日も晴れ渡ったイージス村の蒼い空高くに響いた。

 

 その夜、いつものようにフィーリアの歓迎とクリュウとサクラ、フィーリアの初めてのチームでのドンドルマ依頼クリア祝いなどの合同宴会が開かれた。

 わいわいと大騒ぎする村人とそれに振り回される酒場のエレナ。なんかドンドルマの酒場に似てるなぁと思いながらクリュウはジュースを飲む。村長にはビールを勧められたが、向こうの酒場の一件からビールは遠慮しておいた。

 クリュウが座るテーブルにはフィーリアとサクラ、そして村長が腰掛けていた。

「いやぁ、フィーリアちゃんにまた会えるなんて嬉しいなぁ」

 村長は嬉しそうにビール片手にニッコリと微笑む。そんな彼にフィーリアも久しぶりの再会に嬉しそうに微笑む。

「村長様もお元気そうで何よりです」

「いやぁ、病気になる暇なんかないからねぇ。もっともっと村を大きくしないと。クリュウくん達はいつもがんばってくれて助かるよ」

「そんな事ないですよ」

「いえ、クリュウ様はやっぱりすごいですよ」

「えへへ、ありがとう」

「……」

 何とも和やかな雰囲気の中、サクラはずっと無言である。ちなみに席順はクリュウを間に挟んでサクラとフィーリアが腰掛け、その前に村長が腰掛けている。なるべく二人を変に接触させない為のクリュウの配慮だ。

「あ、サクラこれ食べる?」

「……いい」

「そ、そう? ならフィーリアはどう?」

「え? いいんですか? じゃあもらい――」

「……食べる」

「「え?」」

 キョトンとするクリュウから皿を取ると、サクラは無言で食べ進める。そんな彼女を見て、クリュウは苦笑いした。

「あ、えっと、じゃあごめん。こっちのでいい?」

「え? あ、はい。いただき――」

「……食べる」

「ちょっといい加減にしてください!」

 フィーリアが激怒するが、サクラは気にした様子もなくクリュウの手から取った料理を食べる。そのすかした態度がまたフィーリアを激怒させる。

「ちょ、ちょっとフィーリア! そんなに怒らないでよ」

「だってサクラ様がッ!」

「わかった! じゃあこれ! これをあげるから!」

「……食べる」

「サクラ!」

「サクラ様ぁッ!」

「あぁ、ちょっと二人とも落ち着いてね?」

 村長は苦笑いしながら二人をなだめる。

 実は今回のパーティー、村に帰って来てからずっとなんかギクシャクしている三人を心配して村長が開いたのだが、どうやらあまり効果はなかったらしい。

 クリュウはとにかく、どうやらサクラとフィーリアの仲がギクシャクしているらしい。何があったかわからないが、そんな二人の間にクリュウが板挟みになっているようだ。

 どうしたもんかと村長は腕を組んで考える。と、

「いやぁ、盛り上がってるやないのぉ」

 突然響いた特徴的な明るい声に振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべたアシュアが立っていた。

「あ、アシュアさん。今までどこに?」

「堪忍なぁ。昨日徹夜してもうてさっきまでずっと寝てたんやぁ。せやからあんたらが帰って来たって知ってひっくり返るくらい慌てて飛び出して来たんや」

 ニャハハと笑うアシュア。そのきれいな灰色の髪は何ヶ所かはねているし、着ている白いシャツは灰や鉄粉でかなり汚れている。どうやら本当に慌てて出て来たらしい。彼女らしいと言えば彼女らしいが、女性としてはちょっと問題がある気がする。

「お疲れ様です」

「あはは、ありがとうな。クリュウくんはやっぱり優しいなぁ」

「いえ、そんな事は」

「あ、村長はん隣ええか?」

「もちろんさ!」

 アシュアはニッコリと微笑むと、村長の横に腰掛ける。

「うわぁ、うまそうな料理やなぁ! これ食べてええんかぁ!?」

「もちろんですよ」

「いただきまぁすッ!」

 アシュアは満面の笑みを浮かべてムシャムシャとおいしそうに料理を食べる。そのすさまじい食いっぷりに四人は圧倒される。

「うん? どないしたん?」

 スパゲッティを口いっぱいに頬張りながらアシュアが不思議そうに首を傾げる。その姿に、プッと村長が噴いた。

「アシュアちゃん。その顔おかし過ぎだよ」

「笑うなんてひどいやないかぁ!」

 顔を赤くしてプンプンと怒るアシュアに、村長はおかしそうに笑う。そんな二人を見て、クリュウとフィーリアも自然と笑みが浮かんだ。

「あぁッ! 二人も笑うなやぁッ!」

 アシュアは怒るが、スパゲッティーのソースが頬に付いた状態では迫力もないし、むしろ笑えてしまう。

「アシュア様。頬にソースが付いてますよ?」

「嫌やわぁ」

 アシュアは慌てて頬のソースをハンカチで拭き取る。そんな彼女を見て、クリュウはまた笑ってしまった。

 一方、村長は嬉しそうに微笑んだ。アシュアの登場で幾分かテーブルの雰囲気も明るくなったからだ。

「あはは、これうまいでぇ。クリュウくんも食べるか?」

「え? あ、はい」

「はいや」

「え? ちょ――」

 驚いて開いた口に向かってアシュアは料理の盛られたスプーンを突っ込んだ。それを見て、フィーリアの瞳が大きく見開き、サクラの眉がピクリと動く。

「あはは、うまいやろ?」

 アシュアは笑みを浮かべてクリュウの口からスプーンを引き抜く。だが、クリュウは味なんてわからなかった。いきなり食べさせられるなんて想像していなかったからだ。

 モグモグと、まるで機械的に料理をのどの奥に流し込む。そして、やっと自分の今の状況を理解して顔を真っ赤にする。

「あ、いや、その……」

「あはは、顔真っ赤やでぇ? かわええなぁ」

 アシュアはニコニコと笑みを浮かべる。そんな彼女に、クリュウはさらに顔を真っ赤にする。

「こ、これはその……」

「こんのバカクリュウぃッ!」

 突如すさまじい怒号と共に飛来したエレナの強烈な跳び蹴りがクリュウに炸裂した。サクラとフィーリアに挟まれたわずかな隙間にいたクリュウを見事に蹴り抜いたエレナは見事としか言いようがない。

 一方、そんなすさまじい技術の蹴りを受けたクリュウは後ろに吹き飛ばされてぐったりと床に倒れた。

「く、クリュウ様ぁッ!」

 フィーリアが慌てて倒れたクリュウに駆け寄る。一方のサクラはクリュウを蹴り飛ばしておきながら見事な着地をしたエレナに詰め寄る。

「……エレナ、ひどい」

「私は悪くないもん! 悪いのはヘラヘラしてるバカクリュウの方よ!」

「……理解不能」

 エレナの自己中的な発言にサクラは呆れるが、もちろんエレナは自分は悪いとは思ってはいない。なんとも彼女らしい。

 一方、エレナに見事蹴り飛ばされたクリュウはフィーリアの肩を借りて立ち上がる。

「大丈夫ですか?」

「ははは、大丈夫だって。これくらい耐えられなきゃ今頃僕は生きてないよ」

 そう言って苦笑いするクリュウ。そんな彼を見て相変わらずバイオレンスな日々を過ごしているんだなぁと同情してしまうフィーリア。

 一方、サクラはクリュウに暴力を振るったエレナを容赦なく説教する。無表情で冷静に怒るサクラに、エレナはすっかり丸め込まれていた。

 その光景を見て、クリュウは昔を思い出して静かに微笑んだ。子供の頃もエレナの暴走をサクラが冷静に注意するというのがよくあったのだ。

「わ、悪かったわよ……」

 すっかりサクラの説教に反省したエレナは珍しく謝った。これもまた昔と同じ光景に、クリュウは微笑む。

「ほら、向こうの人が呼んでるよ」

「え? あ、はぁい今行きまぁす! ほんとごめんね! 後でジュース一杯タダでいいから!」

 そう言ってエレナは慌てて人ごみの中に消えた。こういう宴会の時はエレナはいつも忙しい。村で唯一の酒場は大変だ。

 クリュウは気を取り直して席に腰掛ける。それに続いてサクラとフィーリアも腰掛けた。いつの間にか村長は村の重役達の所へ行っていた。そしてアシュアは……

「うまうま。幸せやわぁ」

 パクパクと料理を食べ進めている。口の周りにソースが付いていてもお構いなし。これにはクリュウも苦笑い。

「アシュアさん、よく食べますね」

「ニャハハ、うまい料理を思う存分食べる! これが人生最高の幸せやぁ!」

「ははは、太りますよ?」

「失礼やなぁ。うちは毎日毎日ごっつ暑い部屋ん中で燃え盛る炎と真っ赤に輝く鉄と戦ってるんやでぇ? むしろカロリーが少ないわ」

「あはは、そうですよね。ご苦労様です」

「ニャハハ、ありがとな。クリュウくんもうちに武具は任しときぃな。ドンドルマの武具店に浮気したら許さへんよ?」

「浮気って……まぁ、僕はアシュアさん一筋ですから大丈夫ですよ」

「ニャハハ、そう言ってもらえると嬉しいわぁ」

 嬉しそうに笑うアシュアとそんな彼女を見て嬉しそうに微笑むクリュウ。一方、そんな二人にすっかり忘れられてしまったサクラとフィーリアはというと……

「先程のエレナ様への根回し、ありがとうございました」

「……クリュウの為だから」

「そうですね。クリュウ様、いくら何でもあれはかわいそうですよね」

「……昔から、変わってない」

「そうなんですか?」

「……子供の時も、いつもクリュウはエレナの跳び蹴りを受けてた」

「そ、それはそれで辛いですね」

 アシュアやエレナの乱入ですっかり二人の間のわだかまりはなくなっていた。特にエレナの暴力に対して二人はかなり結束したらしい。エレナの想いとは裏腹に、状況は好転していた。

 仲良く話す二人を見て、クリュウは嬉しそうに微笑む。と、

「ほんで、フィーリアちゃんはまたこの村にどれくらいおるん?」

 アシュアの問いに、自然とクリュウとサクラの視線がフィーリアに集中する。

 またお別れが来るのだろうか。クリュウは不安になった。

 だが、そんなクリュウの気持ちを察したのか、フィーリアは優しく微笑んだ。

「またしばらくこの村にご厄介になるつもりです。またクリュウ様と一緒に狩りがしたいですから」

「ほ、ほんと?」

「はい。もちろんサクラ様とも」

「……えぇ」

 いつの間にか仲良くなった二人を見て、クリュウは嬉しそうに微笑む。

 またフィーリアと一緒に狩りができる。しかも、今度はサクラとも一緒だ。賑やかで楽しい狩りになりそうだ。

「いやぁ、クリュウくん。両手に花とはこういう事だねぇ」

 そう言ってニコニコと微笑みながら村長が近寄って来た。

「べ、別にそういう訳じゃ……」

「照れない照れない。いやぁ、それにしてもクリュウくんにサクラちゃん、そしてフィーリアちゃんも村にいてくれるなんて、幸せだなぁ。それで、君達はもちろんチームを組むのだろう?」

「えっと……」

「もちろん組みます」

「……組む」

「じゃ、じゃあ組む方向で」

「――クリュウくん。もう少し男の子としての威厳を持とうよ」

 村長の強烈な一撃に、クリュウは苦笑いする。

 男としての威厳なんて、この二人の前では無力である事はすでにクリュウは嫌ってくらいわかっていた。

「それじゃあ、隊長(リーダー)は誰になるんだい?」

 村長の問いにクリュウは不思議そうに首を傾げる。

 ハンターは狩りをする場合個人で行うか、隊(チーム)を組んで行う二種類がある。そしてチームを組む場合はそのチームの隊長(リーダー)を決めるのが通例になっている。

 ハンターズギルドではハンターをイャンクックも倒せない新米ハンターでもリオレウスを倒せる熟練のハンターでも上下なく一応同等に扱っている。ハンターランクはあくまで酒場での料理や無謀な挑戦を制限する為に受けられる依頼を区別するのに使うので、ランクが低いハンターが高いハンターに強制されるという事はない。しかし実際はランクの低いハンターは高いハンターには従うのが通例になっている。その為、別にリーダーという指揮官的存在はいらなくてもいいのだが、纏め役がいる方が狩りでも効率がいいので、チームを組むハンター達は皆リーダーを決めるのだ。

 ちなみにギルドではチームは狩りの間こそは拘束力を持つが、依頼が済めばチームは一旦解散状態としている。これは狩りの後で仲間割れなどの無益な争いを避けさせる為の配慮だ。

 村長の問いに、フィーリアとサクラはもちろんと言わんばかりにクリュウを見た。

「それはもちろんクリュウ様ですね」

「……クリュウがリーダー」

「えぇッ!? ちょっと待ってッ! それはないでしょッ!?」

 驚き慌てるクリュウに、フィーリアはいえいえと首を横に振る。

「クリュウ様こそがリーダーに相応しいです。サクラ様もそう思いますよね?」

「……えぇ」

「無理無理無理ッ! そんなの無理だって!」

「大丈夫です。クリュウ様ならきっと」

「……クリュウなら、大丈夫」

「その自信は一体どこから出て来るのッ!?」

 クリュウは必死になってリーダーはフィーリアかサクラの方がいいと訴えるが、二人ともクリュウと指名し続けた。民主主義とは時にどんな武器よりも強力なものになる。

 こりゃきっとクリュウがリーダーになるなぁと思いながら、村長はニコニコと微笑みながら人ごみの中に消えた。

 盛り上がる村人の声の中、クリュウの泣きながらの了承の声が響いたのは、それからしばらくもしない頃であった。

 

 数日後、三人はシルヴァ密林に来ていた。すでにフィーリアやサクラはもちろん、クリュウもセレス密林では役不足になっていたのだ。

 今回は増え過ぎたイーオスの討伐である。その為、今回は大タル爆弾もシビレ罠もない為に荷車はなしだ。

 シルキーに手を振って三人は密林の中に入る。

 この三人でのチームでは二度目の狩りだが、今回は前回とは違いリーダーが存在する。それはもちろん……

「じゃあ行きましょうかリーダー様」

「……リーダー、指示を」

「リーダー言うなぁッ!」

 半ば強引にリーダーになったクリュウはため息すると、前途多難だなぁと思いながらも歩く。

 密林は今日も日の光を遮って薄暗く、湿度が高かった。防具の中に着ているダブレットに汗が染み込む。

 不気味なほど静かな木々の中を進んでいくと、前方に真っ赤な何か――イーオスが群がっていた。なるほど、こんな入り口でも出て来るなんて、結構な数がいるらしい。

 クリュウはオデッセイを抜き放つ。

「サクラは僕と連携して挟撃。フィーリアは後方支援を」

「はい」

「……わかった」

 何だかんだ言っても、結局いつも指示を出しているのは彼だった。自覚がないだけで、十分リーダーとしての素質はあったのだ。

「行くよッ!」

 クリュウとサクラがイーオスに向かって突進する。そしてその後ろでは弾を装填したフィーリアが銃口をイーオスに向ける。

 ――刹那、密林に銃声とイーオスの悲鳴が静かに木霊した……


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