エリア6に逃げ込んだ三人は辺りにモンスターがいない事を確認すると疲れたように腰を下ろした。地面は熱いが、今はそれよりも助かった事の方が大事であった。
クリュウは軽い打撲やかすり傷など負っていたが、大した怪我ではなかった。フィーリアは薬草を取り出してすり潰すとその傷の一つ一つに丁寧に塗る。その間誰も言葉を発しない。
あんな別れ方の後だ。それも当然だろう。一体どうやって声を掛ければいいか双方共に全くわからないのだ。
無言のままフィーリアはクリュウの手当てを終える。
「ありがとう」
そこでクリュウが初めて口を開いた。
「あ、いえ……」
フィーリアはその言葉に返す言葉がわからず、口ごもってしまう。そんなフィーリアにクリュウは「ごめん」と小さく謝った。
「さっきは言い過ぎた。ごめんね」
「そ、そんな! あれは私が悪いんですから! クリュウ様を怪我させたのは私の不注意のせいなのに、サクラ様に責任をなすり付けた私がいけないんです! 私の方こそすみませんでした!」
「……違う。確かにあなたの言うとおり、私の単独行動がいけなかった。ごめんなさい」
謝り合う三人の中、クリュウは謝る二人を見て小さく微笑んだ。
「これじゃみんな謝ってばっかりだね。じゃあその件はなしって事で」
「え? あ、クリュウ様がそう仰るなら」
「……私はクリュウに従う」
二人の言葉に、クリュウは嬉しそうにうなずく。
「じゃあそれは終わり。さっきは助けてくれてありがとう」
クリュウはそう言うと満面の笑みを浮かべた。その無邪気な笑顔に、一応年下であるフィーリアはまるで彼を年下のように思ってしまった。それほどまでにかわいいのだ。
「あ、いえ、その……」
「サクラもありがとう。やっぱりサクラは頼りになるよ」
「……そう」
素っ気ない返事だが、その表情はわずかながらも嬉しそう微笑んで見える。
「わ、私だって頼りになりますよ?」
自信なさげに言うフィーリアに、ついついかわいいなぁと思ってしまう。
「わかってるよ。フィーリアも頼りにしてるから」
「は、はい!」
「さっきのもフィーリアが何か撃ったんでしょ?」
さっきのとは体力が残り少なかったクリュウが突如回復したあの瞬間の事だ。
「はい。先程のは回復弾LV2を撃ったんです。回復薬グレートと同じくらい回復できますから」
「回復薬グレートって?」
「あぁ、通常の回復薬よりも大きく回復できる回復薬の事です。今度作り方をお教えしましょうか?」
「うん! お願い!」
嬉しそうに笑うクリュウは本当に無邪気だ。そんな彼を見て、サクラはやっぱりクリュウは変わってないと思った。子供の頃も、あんな風にいつも無邪気な笑みを浮かべていた。時折見せるあの笑顔が、自分は一番好きだ。もちろん、時折見せる彼の歳相応のかっこ良さもまた好きだが。
三人は仲直りしたという事もあり、これからの事を考え始めた。
「バサルモスには大タル爆弾G二発、大タル爆弾一発を爆破してなんとか腹は壊す事はできた。それにペイントボールも付けたから、今奴がどこにいるかもわかる。この匂いの方向は、たぶんあっちの方向だと思う」
クリュウが指差した方向を見て、サクラは地図と照らし合わせる。その方向は、
「……エリア4ね」
エリア4とは拠点(ベースキャンプ)から最初に入った洞窟だ。あそこなら拠点(ベースキャンプ)にすぐ逃げ込めるので作戦も立てやすい。
「……エリア4は爆弾岩も数多くある。これを利用して戦えば短時間で片付けられる」
「そうですね。ただし高台などがないので私も動き回りながら戦わないといけませんが」
「大丈夫なの?」
「任せてください。これでもリオレイアを単独で狩るだけの実力は持っていますから。これくらいは問題ありません」
単独ライトボウガンでリオレイアを討伐するには下見を含めたらそれこそ数日がかりだ。フィーリアはそうした長期戦を爆弾や罠などを有効的に使って今まで狩ってきた。もちろん複数の方が断然やり易いのも事実だ。
いずれ、クリュウがリオレイアと戦うと言ったら全力で助けてあげようと陰ながら思っていた。
クリュウは地図を見ながら地形を確認する。一度通っていたのでどんな場所かは一応頭に入っている。今までの場所に比べたらずいぶん広いので戦いやすい。
「……残った大タル爆弾は爆弾岩の陰に置いて奴に突進させた方がいい。そうすればその衝撃で爆発した爆弾岩と同時に大タル爆弾を起爆できるから、確実に奴にダメージを与えられる」
「シビレ罠などは一斉攻撃の時に使いましょう。それと、各自自分の判断で閃光玉を投げてください。三人なのでかなり効率良く使えるはずです」
さすがは熟練のハンターだ。女の子でもクリュウよりはずっとバサルモスの特性や地形の有効な使い方を知っている。ちょっと悔しいが、やっぱり頼りになるなぁとクリュウは思う。
クリュウは作戦方針が決まると立ち上がった。そんなクリュウに二人も立ち上がる。
「じゃあまずはエリア4に行こう。あそこなら十分の広さがあって戦いやすいし、何より拠点(ベースキャンプ)と行き来もできる。しかも相手はかなりのダメージを受けているはず。三人で協力すれば恐れる相手じゃない。サクラは僕と連携して攻撃。フィーリアは遠距離からの攻撃と僕らの援護をお願い。やばくなったらさっきみたいに回復弾を撃って」
「はい!」
「……わかった」
うなずく二人に、クリュウは照れたような笑みを浮かべる。
「な、なんか僕が指揮っちゃってごめんね」
「そんな事ないですよ。私はクリュウ様について行きますから」
「……私も、クリュウの考えには従う」
二人ともクリュウを信じているのだ。そんな二人の想いにクリュウは嬉しそうに微笑むと、顔を引き締める。
「じゃあ行こう! そしてドンドルマに帰ったらみんなで祝杯だ!」
「はいッ!」
「……楽しみ」
三人は一路エリア4を目指して歩き出した。陣形(フォーメーション)はサクラを先頭に荷車を引くフィーリア、そして殿のクリュウ。三人を最も有効的に使った陣形(フォーメーション)だ。
途中クーラードリンクの効力が尽き掛けたので新たに飲み、イーオスなどに襲われたが、連携を組む三人の敵ではなかった。
エリア4に到達した三人は爆弾岩数個と、先程クリュウが付けたペイントボールのおかげで岩に擬態したバサルモスを難なく発見できた。
クリュウ達はまずバサルモスから少し離れた場所にシビレ罠を設置。大タル爆弾二個を一つの爆弾岩の陰に設置し、準備を整えた。
「じゃあフィーリア、お願い」
「任せてください」
閃光玉を握るクリュウの言葉にフィーリアはそう答えると、背中のヴァルキリーブレイズを構えた。起き上がったバサルモスに第一撃を叩き込むサクラはバサルモスの少し横ですでに剣を構えている。
フィーリアは貫通弾LV2を装填し、スコープを覗き込む。バサルモスの真後ろに陣取るフィーリアの位置は貫通弾が最も威力を発揮する位置でもあった。そして、貫通弾がバサルモスの体を貫くように照準を合わせると、引き金を引いた。
バァンッ! バァンッ! バァンッ!
一度に装填できる貫通弾LV2を全弾撃ち込んだ。三発の貫通弾はバサルモスの後ろから前に向かって見事に貫通し、風穴を空け、血が噴き出す。刹那、地響きと共にバサルモスが地中から姿を現した。その瞬間、サクラが突貫。それに呼応してクリュウがバサルモスの眼前に向かってピンを抜いた閃光玉を投げ付ける。閃光玉は見事に奴の眼前で炸裂し、まばゆい光が辺りを包んだ。光が消えた時には、目を潰されたバサルモスが悲鳴を上げて悶えていた。もちろん目をつむった三人の視界は万全だ。
サクラは一直線に突貫し、勢いを殺さずそのままバサルモスの柔らかな腹に向かって突きの一撃を叩き込んだ。
「グワアアアァァァッ!?」
目が見えない間に炸裂した強烈な一撃にバサルモスが悲鳴を上げる。
サクラの愛剣、飛竜刀【紅葉】はその真っ赤な刀身の半分をバサルモスの体に突き刺し、その剣からは全てを焼き尽くすような勢いで炎が吹き荒れる。サクラは柄を持ち変えると、体を大きく横へ振って豪快に奴の腹を斬り裂いた。
「ギャオオオオオォォォォォッ!?」
おびただしい血を噴き出すバサルモスに続けて二撃、三撃と剣を叩き込む。
バサルモスは真下にいるであろう敵に向かって体を大きく仰け反らせて毒ガスを噴出させる。だが、その大きすぎる予備動作を見たサクラは難なく後退してそれを避けた。
この間にバサルモスの正面に移動したフィーリアはサクラが後退したのを見ると装填してあった徹甲榴弾LV2をバサルモスのむき出しの腹に撃ち込んだ。
徹甲榴弾は一直線にバサルモスの腹に突き刺さり、爆発した。
「グオオオォォォッ!」
たたらを踏むバサルモスに次弾を装填したフィーリアは再び発射した。もちろん再びバサルモスの腹に突き刺さり、爆発する。
サクラは二発目の発射が終わると再び突進した。そんなサクラにフィーリアは硬化弾を撃ち込む。サクラほどの腕なら心配はいらないと思うが、念の為だ。
悶えるバサルモスにサクラは薙ぎ払うような一撃を叩き込む。肉が裂け、焼け、血が噴き出す。バサルモスは痛みに体を悶えさせながら再び毒ガスを放つ。が、もちろんサクラはその時には後退している。
続いてサクラは剣を背中の鞘に納めると走り出す。フィーリアも同じくヴァルキリーブレイズを背中に戻して走り出す。向かう先には戦闘の前にクリュウが設置したシビレ罠。
一方ようやく視界を取り戻したバサルモスは口から黒い煙と火の粉を噴きながら逃げる敵を睨み突進する。だがそれは敵の思うつぼだった。
もう少しで踏み潰せると思った刹那、体にすさまじい電撃が走り、体が動かなくなった。それは先程も受けたものだが、やっぱり体は動かない。
「ゴォアアアォォォッ! ガアアアァァァッ!?」
悲鳴を上げるバサルモスに、クリュウはそのむき出しの腹に向かって斬り掛かった。サクラも横から腹に向かって斬り掛かる。
クリュウはオデッセイを縦に振り下ろす。先程脚に斬り掛かった時には弾かれたが、今度は刃が刺さり、その柔らかな赤い肉を斬り裂く。連続して上から下へ、下から上へ、右から左へ、左から右へ。連続した攻撃を繰り出すクリュウの横ではサクラもその赤い肉に向かって剣を振り下ろしていた。
一方のフィーリアは徹甲榴弾LV2を連続で頭に撃っていた。単発装填なので時間は掛かるが、頭部に対し高威力の攻撃はかなり有効だ。バサルモスの岩のような頭で爆発が連続して起き、ヒビが入る。
剣を振るい続けるクリュウとサクラ。
上から下への強烈な一撃を叩き込むと、サクラの体に力が湧き上がった。練気が溜まったのだ。柄を握る手にも力が込もる。
「……クリュウ離れて!」
サクラの声にクリュウは後ろへ跳んだ。その瞬間、サクラは己が体に纏う力を一気に解放した。太刀必殺の気刃斬りだ。その広大な攻撃範囲に仲間を入れる訳にはいかない。
サクラは己が力を剣に叩き込んだ。
今まで以上のすさまじい速さの強烈な連続斬りが腹だけでなく脇腹をも襲う。その強烈な一撃は硬い甲殻をも吹き飛ばし、真っ赤な火炎と共にバサルモスの体を焼き斬る。バサルモスの真っ赤な血がまるで滝のように溢れ出す。サクラはそんな中でも鬼神の如く斬り続ける。そして、最後の一撃を思いっ切り振り下ろした。
「……チェストオオオオオォォォォォッ!」
ドガンッ! と、まるで巨大な岩が落ちてきたかのような音と共に、バサルモスの腹の周りの甲殻が吹き飛び、大量の血が噴き出す。
「グオアアアアアァァァァァッ!」
バサルモスはすさまじい激痛に悲鳴を上げる。だが、負けじと毒ガスを噴出。強烈な一撃を叩き込んだ後のサクラは反応が一瞬遅れて紫の霧の中に消えた。しかしすぐに大きく後退してバサルモスの真下から待避する。だが脱出したサクラは剣をガンッと地面に突いて杖のようにしながら片膝を立ててしまう。その表情は苦しげだ。やはり毒を喰らったのだ。
クリュウはすかさずポーチから閃光玉を取り出して投げ付ける。これでバサルモスは再び視界を奪われた。その隙にサクラは解毒薬と回復薬を飲む。
クリュウはその間にバサルモスの腹の下に入り込むと全力で斬り上げた。血が噴き出し、視界が真っ赤になる。続いて斬り下げ、右から左への薙ぎ払い。そして体全体を回して回転斬り。刃がその肉を斬り裂くたびに血が噴き出す。すでにバサルモスの腹はボロボロだ。
クリュウは一度バサルモスから離れる。そろそろ閃光玉の効き目が切れる頃だ。
一方フィーリアは最後の徹甲榴弾LV2を頭に撃ち込んだ。すると、バサルモスの頭の甲殻が一部砕けた。続いてバサルモスはそのまま転倒。もがき始める。
「めまい状態です! チャンスですよ!」
フィーリアは自らも貫通弾LV2を装填しながら叫ぶ。クリュウはその声に駆け出す。サクラも少し遅れて走り出した。
クリュウは一部砕けて内側が露になったバサルモスの頭部に斬りかかる。少し外すと硬い甲殻に弾かれるが、それでもひたすら斬り付ける。
サクラは投げ出されたバサルモスの腹に連続して剣を叩き込む。防御を無視した太刀のその鋭く強烈な一撃の数々にバサルモスの腹はさらにボロボロになる。
フィーリアは連続して貫通弾LV2を撃ち込む。バサルモスの硬い甲殻すらも撃ち破り、その中の肉を貫く。
すさまじい連続攻撃にバサルモスはたまらず起き上がった。その瞬間クリュウとサクラは後方へ下がり、フィーリアは通常弾LV3に切り替えて走りながら撃ち込む。
「爆弾岩へ誘導を!」
フィーリアの言葉にうなずき、三人は一ヶ所に向かって走った。その先には大タル爆弾二個を傍に置いた爆弾岩がある。
バサルモスは怒り狂いながら逃げる敵を追い掛けて突進する。
クリュウ達は走り続ける。バサルモスの方が速度は速いので地響きと気配が背中にどんどん近づいて来る。そして、爆弾岩を通り過ぎた瞬間、三人は一斉に横へ跳び、そのまま地面に伏せた。
刹那、すさまじい大爆発が辺りに轟いた。
爆風が全てを吹き飛ばし、爆炎が全てを焼き尽くす。
倒れた三人にも容赦なくすさまじい爆風が襲うが、なんとか吹き飛ばされずに済んだ。
爆風が止み、起き上がるとそこには巨大な黒煙があった。一瞬、クリュウはやったかと思ったが、その黒煙の中から白い岩の塊が姿を現したのを見て舌打ちする。
バサルモスは生きていた。何てタフな生命力だろうか――しかし、それでもかなりのダメージを受けたらしく脚を引きずっている。あともう少しだ。
クリュウは剣を抜いて駆け出した。別方向からサクラも突貫する。
だが、正面に位置したクリュウに向かってバサルモスが姿勢を低くした。その動きに最初に気づいたのはフィーリア。
「クリュウ様! 避けてください!」
その声に慌てて横へ飛んだ瞬間、バサルモスの口で一瞬爆発が起き、一直線にすさまじい炎と熱の柱が横一直線へ放射された。すさまじい熱と轟音。その一撃は反対側の岩壁に激突し弾ける。灼熱の業火が止んだ時、その道筋からは白い湯気が噴き、直撃を受けた黒い岩壁は溶けて溶岩に変わっていた。
「なぁッ!?」
驚くクリュウ。バサルモスのあんな攻撃は見た事がなかった。
バサルモスはすさまじい一撃を入れた後、横へ飛んだクリュウに向かって再び姿勢を低くする。
「うわぁッ!」
クリュウは慌てて横へ倒れるように跳んだ。またあの攻撃が来る。そう直感したからだ。しかし、それは来なかった。バサルモスは先程と同じ姿勢だが、口からは何も出ない。
困惑しながら起き上がると、横から走って来たサクラが「……大丈夫?」と声を掛けて来た。
「う、うん。でもあれって……」
「……あれは熱線。バサルモス最大の攻撃で、ヘタな装備で直撃したら即死するわ」
「そ、そんな化け物みたいな攻撃なのッ!?」
「……でも、バサルモスはまだ幼竜。だから不発も多い。だけど、成長してグラビモスになったら、必ず撃てるようになる。気をつけて」
「うそでしょ……」
一瞬にして岩壁を溶解させるような一撃を持つ化け物。それがバサルモスなのだ。あんな攻撃を喰らったらサクラが言ったように即死だ。なるべく正面には立たないようにしよう。そう思った。
再び剣を構えると、バサルモスの体が連続して貫かれた。フィーリアの貫通弾LV2だ。悶えるバサルモスにクリュウは再び突撃する。後ろからサクラも遅れて突撃。
バサルモスは迫る敵を見て体を仰け反らせる。すると、ガスが噴き出した。しかしそれは今までの紫色のガスではなかった。白い、別のガス。
「何だこれッ!?」
クリュウは慌てて止まったが、そのガスはそんなクリュウの体をも包み込んだ。サクラはギリギリで止まって避けられたが、白いガスの中に消えたクリュウに目を大きく見開く。
「……クリュウッ!」
白い霧に包まれたクリュウ。すると、なぜかすさまじい睡魔が襲ってきた。
寝てはいけない。そう頭ではわかっているのに、その考えもやがて眠りの中に消え、クリュウは倒れた。
白い霧が晴れると、そこには地面に倒れて眠ってしまったクリュウがいた。
「……クリュウッ!」
サクラが救出に向かおうとする。だが、バサルモスが炎の塊を吐き出して来たせいで回避の為に後ろへ跳び、距離が離れた。舌打ちするサクラ。そこから少し離れた場所にいるフィーリアはすでに回復弾LV1を装填し、照準をクリュウに向けて撃った。
回復弾LV1を受けて体力が回復し、さらにその衝撃でクリュウは目を覚ました。
「……え? ここ、僕のベッドじゃない?」
まだ半分寝ぼけながら目を擦ると、真上にバサルモスの腹が見えた。
「う、うわぁッ!」
クリュウは慌てて逃げ出す。そして今が戦闘中だという事を思い出した。
「さ、さっきの一体」
「あれは眠りガスです。毒ガスを同じく息を止めていても眠気が襲い掛かり、抵抗できずに眠ってしまうんです」
そう答えたのは駆け寄って来たフィーリア。彼女の言葉にクリュウは驚愕する。
「そんなのありッ!? だって眠ったところを踏み潰されれば大変だよッ!?」
「そうですね。そのまま永遠の眠りになってしまう可能性もあります」
「怖い事言わないでよ……」
クリュウは恐怖に顔を真っ青にする。あんな隠し技を持っていたなんて。
だが、いつまでも止まってはいられない。別方向からサクラが突貫するのを見て、クリュウも急いで突撃する。
しかし、後もう少しというところでバサルモスは突如すさまじい鳴き声を上げた。
「ギュアアアアアァァァァァッ!」
人間の本能に直接影響を与えるすさまじい鳴声(バインドボイス)に、二人は思わず立ち止まって耳を塞いでしまう。近場にいたフィーリアも苦しげに顔をゆがませながら耳を塞ぐ。
そんな三人が動きを止めた隙に、バサルモスは一番近い敵――クリュウに向かって体を仰け反らせると炎の塊を吐き出した。真っ赤に焼けてドロドロとした溶岩の塊は空気に触れて激しく燃え上がる。そしてそれがクリュウに襲い掛かった。
クリュウは直前に動くようになった体でとっさに盾を構えた。そして着弾。まるで岩の塊で殴られたかのようなすさまじい衝撃が盾と、盾を支える左腕に襲い掛かった。耐え切れず、クリュウの体は後ろへ吹っ飛んだ。地面を二転、三転して剣を取りこぼし、クリュウの体は地面にぐったりと倒れた。
すさまじい激痛と盾で防ぎ切れなかった溶岩が付着した部分の防具が焼けただれながらもクリュウは起き上がろうとする。しかし、力なくその場に倒れた。あまりの痛みに体が動かない。
「クリュウ様!」
フィーリアは急いで回復弾LV2を装填し、狙いを定める。だが、気が動転していたせいか、バサルモスが自分に向きを変えた事に気づかなかった。
バサルモスは目の前の敵に向かって炎の塊を吐き出した。
迫る熱と質量に「え?」と視線を向けると、そこには炎の塊があった。避けられない。本能がそう悟った。だが、直撃の寸前でドンッという衝撃と共に横へ転がった。おかげで炎の塊は外れる。
直撃寸前でフィーリアを押し倒したのは――サクラだった。
恐怖で一瞬閉じた瞳を開けると、そこには涼しい表情をしたサクラの顔があった。
「さ、サクラ様?」
「……大丈夫?」
「は、はい!」
サクラは起き上がると、バサルモスに向かって突進した。フィーリアも起き上がると急いで回復弾LV2をクリュウに撃ち込む。
サクラはバサルモスに迫るが、バサルモスは突進体勢に入った。その姿勢にサクラは横へ跳んだ。直後バサルモスは突進するが狙った獲物は当たらなかった。
「グオワアアアァァァッ!」
怒りの声を上げるバサルモスに、サクラは横から突っ込むと脚に剣を叩き込む。ギャンッ! と嫌な音が響き、剣は弾かれた。やっぱり硬過ぎる。
仰け反ったバサルモスに後方へ下がると、毒ガスが噴出された。毒ガスが晴れると、再びサクラは突っ込む。
一方フィーリアもそんなサクラの援護の為に貫通弾LV1を撃っていた。本当はすぐにでもクリュウに走りたいが、バサルモスは暴れ回ってサクラを狙う。さすがに一人では危なそうだ。
バサルモスは尻尾を体ごと回転させて振るう。サクラはその一撃を避け切れずに吹き飛ばされた。フィーリアは悲鳴を上げながらも回復弾LV2を装填してすぐにサクラに撃ち込んだ。ほどなくしてサクラは立ち上がるとフィーリアを見てコクリとうなずいた。きっと礼を言っているのだろう。再び貫通弾LV1に戻した時には、サクラは再びバサルモスの腹に斬り掛かっていた。
その時、バサルモスの眼前に閃光玉が炸裂した。ちょうど二人は反対方向を向いていたのでその光は受けずに済んだ。振り向くと、そこにはクリュウが立っていた。
クリュウは剣を抜くと悶えるバサルモスの頭に斬り掛かる。狙うは顔の甲殻が壊れた部分。剣を叩き込むとバサルモスは痛みに仰け反る。そこへすかさずフィーリアの貫通弾が連続して撃ち込まれた。
サクラは連続で斬っていたので練気が溜まっていた。しかし解放はせず攻撃力が高いまま力強く剣を叩き込む。
フィーリアは散弾LV1を装填すると一気に接近して近距離で放った。散弾は撃った直後に無数の小さな弾丸が広範囲に放たれるので、チーム戦向きの弾ではない。しかしこうして接近すれば問題ない。弾は全部バサルモスに当たった。
だが、三人が一斉に接近した瞬間、バサルモスは毒ガスを噴出した。斬っている途中だったサクラとクリュウ、そしてフィーリアも紫色の煙の中に消えた。
クリュウは慌てて後ろへ跳んだが、毒状態となって方膝を着いた。二人を探すと、バサルモスの横からフィーリアに支えられたサクラが姿を現した。サクラは毒状態なのか少し辛そうに見える。だがフィーリアはピンピンしてる。レイアシリーズの毒スキルと抗毒珠で強化されて発動した毒無効のおかげだ。
フィーリアはポーチから閃光玉を取り出すと後ろへ放った。光が炸裂し、バサルモスの視界を奪う。
「……助かった」
「いえ、これでお互い様ですよ」
フィーリアはそう言って優しく微笑む。
サクラは解毒薬を取り出すと飲み干し、解毒する。クリュウもすでに解毒薬を飲んで解毒を終えていた。
「……クリュウは腹をお願い! 私は頭を叩く!」
「わかった!」
クリュウとサクラは同時に駆け出した。後ろではフィーリアが貫通弾LV1を装填して射撃を開始していた。
クリュウは腹へ、サクラは頭へ斬り掛かる。
すでに幾多の攻撃を受け続けた腹は傷だらけでボロボロになっていた。そこへクリュウはさらに斬り掛かる。
連続の攻撃でオデッセイの刃はボロボロになっていた。だがとにかく斬り掛かる。刃がボロボロでもバサルモスの腹は裂け、血を噴き出す。力一杯回転斬りを叩き付ける。
一方のサクラはバサルモスの頭の前で剣を構えると溜まっていた練気を解放。気刃斬りを発動した。連続して叩き出される強大な一撃の数々にバサルモスの頭にヒビが入り、悲鳴が上がる。
「グワアアアアアァァァァァッ!?」
そして、サクラは剣を力強く振り上げると最後の一撃を叩き込んだ。
「……チェストオオオオオォォォォォッ!」
すさまじい勢いで振り下ろされた最強の一撃がバサルモスの頭を砕いた。その瞬間、バサルモスはすさまじい絶叫を上げ、そのまま横に倒れた。地響きが地面を揺らす。
そして、バサルモスの瞳から生気が消え、動かなくなった。
動かなくなったバサルモスの前で肩を激しく上下に動かしながら荒い息をするサクラにフィーリアが駆け寄る。そして動かぬバサルモスを覗き込む。
「倒しました……よね?」
「……えぇ」
二人は顔を見合わせると、どちらかともなく笑みが零れ、歓喜の声を上げた。
「やったです! 勝ったですよ!」
「……疲れた」
飛竜刀【紅葉】を背中の鞘に戻したサクラは疲れたように息を吐いて肩を下げる。すると、そんなサクラにフィーリアが満面の笑みを浮かべて抱き付いた。
「やったですよ! 勝ったですよ!」
「……えぇ」
無邪気な笑みを浮かべて大喜びするフィーリアに、サクラは無表情でそれを受ける。すると、そんな二人にクリュウが駆け寄って来た。その表情はフィーリア以上の歓喜の色に染まっている。
「やったよフィーリア! やったよサクラ! 僕達やったんだ!」
無邪気に笑うクリュウは二人に思いっ切り抱き付いた。顔を真っ赤にしてあわあわとするフィーリアと顔を真っ赤にして硬直するサクラ。そんな二人にクリュウは満面の笑みを浮かべてギュッと抱き付く。
「く、クリュウ様……ッ! あ、あのぉ……ッ!」
「……クリュウ、大胆」
「え? あ、ご、ごめんッ!」
クリュウは慌てて二人から離れる。その顔は真っ赤だ。一方の二人は顔は真っ赤だが少し残念そうな顔をしている。もう少しクリュウに抱き締めてほしかった。
気を取り直して三人はやっとの思いで討伐したバサルモスに近づく。すると、クリュウはいつものように手を合わせて倒したバサルモスの冥福を祈る。もちろんクリュウがそういう行為をする事を知っている二人も同じように手を合わせる。
恒例の儀式を終えると、クリュウは早速バサルモスの解体に取り掛かる。だが、硬い甲殻が剥ぎ取り用ナイフの刃を妨げてしまい、なかなか刃が通らない。そこはフィーリアとサクラがアドバイスをしてくれてなんとか解体を行えた。
岩竜の甲殻や毒袋などが大量に手に入った。荷車に詰め込む甲殻はまるで本物の岩のようだった。
クリュウは荷車に載せられた岩竜の甲殻をまるで宝石を見るようにキラキラした瞳で見詰める。そんなクリュウを、フィーリアは嬉しそうに微笑み、サクラも口元に小さな笑みを浮かべていた。
クリュウは自分を見詰める二人に振り返ると、満面の笑みを浮かべた。その笑みは天真爛漫、無邪気なものだった。
「じゃあ、帰ろうか」
「はい!」
「……えぇ」
嬉しそうに笑顔絶えず歩くクリュウを、フィーリアとサクラは笑みを浮かべて追い掛ける。まるでここが過酷な火山地帯というのを忘れさせるかのような、そんな微笑ましい雰囲気が三人を包み込んでいた。
そして、三人は意気揚々と拠点(ベースキャンプ)に戻ると、その興奮収まらぬまま船に乗り、ラティオ活火山を後にした。