二人はその後何事もなくイージス村に帰る事ができた。
村に着いた二人を迎えたのは大勢の村人達。その視線は期待や不安などが混ざっていたが、クリュウがフルフルを倒したを報告すると、それらは全て歓喜に変わり、爆音のような歓声が上がった。
村人達はクリュウとサクラに感謝し、その後は二人が持ち帰ったフルフルの素材などを興味深げに見詰めていた。そんな中、エレナはクリュウの火傷した右腕を見て彼を羽交い絞めにすると、自分の家に連行。すぐに手当てをした。
「ほら、これでもう平気よ」
「あ、ありがとう」
「べ、別にあんたの為じゃないからね。村の為だからね。勘違いしないでよ」
そう言って頬を赤らめながらそっぽを向くエレナに、クリュウは「それでもいいよ」と笑みを浮かべ、エレナはさらに顔を真っ赤にし、一応怪我人であるクリュウに理不尽な暴力を振るった。
エレナの猛攻にフルフルの方がまだかわいかったと改めてエレナの驚異的な戦闘能力を認める事になったクリュウ。
そんな二人を見詰め、サクラは口元に小さな笑みを浮かべていた。
その夜、村長主催の二人の功績を称えた宴会が開かれた。村人全員参加でエレナの酒場に集まったが、もちろん酒場の収容人数の限界は完全に超え、人が道に溢れた。それでも村人達は嬉しそうに二人を称えた。
エレナはいきなりの大儲けに嬉しくもあったが、せっかくのお祭りなのに自分は料理から給仕まで全て賄(まかな)う事になり、ちょっぴり残念でもあった。でもすぐに主婦や女友達のみんなが手伝ってくれ、時間に余裕ができた。
盛り上がる宴会はもう飲んで食って騒いでのドンチャン騒ぎ。当初の目的など完全に吹き飛んでいた。そんな中を掻い潜り、エレナが向かったのはクリュウとサクラが二人で飲んでいるテーブルだった。給仕の際何度もその楽しげな光景にイラ立ち、すでにハイキックやローキック、ミドルキックにドロップキックをクリュウに炸裂させていた。なのでエレナが近づくとクリュウは恐怖して逃げ出そうとしたが、もちろん捕まる。
「どこ行くのよ」
静かな怒りを秘めた声に、クリュウは震え上がった。
「ちょ、ちょっとトイレに……」
「トイレは反対方向だけど」
「え? あ、あはは……」
「うふふふ」
顔には満面の笑みを浮かべているが、エレナの瞳は全く笑っていない。そのあまりの恐怖に泣きながら逃げ出そうとするクリュウだったが、エレナ渾身のパワーボムを受けて沈黙した。
一方ぐったりとするクリュウを見詰め、エレナは唇を尖らす。
「何で逃げんのよ……」
小さく出されたその言葉が聞こえた者は誰もいなかった。
復活したクリュウはなんとか席に戻った。その横にエレナが座り、二人の正面にサクラが座る形となった。そこへ現れたのがいつも笑顔の村長。
「いやぁ、今回は二人のおかげで助かったよぉ。本当にありがとう」
「いえ、お礼ならサクラに言うべきです。彼女のおかげなんですから」
「……そんな事ない。クリュウがいたから、私もがんばれた」
「え? あ、ありがとう」
頬を赤らめて照れたような笑みを浮かべるクリュウにイラッとし、エレナは神速の勢いで彼の足を踏んだ。
「いったぁいッ! 何するんだよエレナ!」
「知らない!」
エレナは再びそっぽを向き、クリュウは踏まれた足のあまりの激痛に悶絶する。そんな二人を見て本当に仲がいいなと思いつつ、一体このテーブルの下でどのような戦いが繰り広げられているのか、ちょっぴり興味はあるが怖くて見れない村長。サクラは無言のままパリッと焼けた七味ソーセージにとろりと溶けたチリチーズをかけた一品を食べ進める。
「あ、それちょっとちょうだい」
「……えぇ」
復活したクリュウはサクラからソーセージを分けてもらう。
「ちょっと行儀悪いわよ。食べたいなら注文しなさい」
「いいじゃん別に。ちょっとだけなんだから」
「まったく。サクラも迷惑って言ってやんなさい」
「……私は別に構わない」
「ほら!」
「何が「ほら!」よ! 威張るなこのアホッ!」
村長は直後ドゴンッというすさまじい音の後、クリュウが泡を噴いて椅子から転げ落ちて悶絶する姿を見て、改めてこのテーブルの下は見ないと硬く決心した。
「……大丈夫?」
さすがにあまりの悶絶ぶりにサクラも心配して駆け寄って来た。そんな彼女に心配掛けまいとクリュウは無理して笑みを浮かべる。
「だ、大丈夫……ッ! 心配はいらないから……ッ!」
「かわいい子の前だからって何格好つけてんのよボケッ!」
エレナは躊躇(ちゅうちょ)なくクリュウの股間を蹴り上げようとした。が、それはサクラの手に止められた。
「さ、サクラ?」
「……やり過ぎ。クリュウがかわいそう」
「うっ……」
さすがにやり過ぎたと自覚があったのか、エレナはその言葉に気まずそうに視線を外す。そんなエレナを一瞥し、サクラはクリュウの顔を覗き込む。
「……クリュウ、大丈夫?」
「ははは……いつもの事だから……」
そう言って疲れながらも笑みを浮かべるクリュウに、サクラも小さく微笑んだ。そんな笑みを浮かべ合う二人を見て、エレナはつまらなさそうに唇を尖らせる。
昔なじみの美少女サクラと情けない幼なじみのクリュウ。そんな二人がどうも気にいらない。特にヘラヘラとするクリュウにはフツフツと怒りが込み上がってくる。
「エレナちゃん、楽しくなさそうだねぇ」
村長はビールを飲みながらエレナにニコニコとした笑顔で声を掛ける。
「そ、そんな事ありませんよ。楽しいです」
「そうかな? 僕にはクリュウくんが気になって仕方がないって見えるけど?」
「なぁッ!? そ、そんな事ありません!」
エレナはそう声を荒らげながら言うと、真っ赤になった顔を隠すようにそっぽを向く。そんなエレナを見て、村長はやっぱりニコニコと微笑む。
しばしエレナをからかった後、村長はクリュウと話していたサクラに声を掛ける。
「いやぁ、本当にサクラちゃんのおかげで助かったよ」
「……役に立てて良かった」
「まさかあのサクラちゃんに村が救われる事になるなんてねぇ。世の中わからないものだなぁ」
村長はうんうんと深くうなずく。クリュウもサクラに改めて礼を言って笑みを浮かべ、エレナに頭を引っ叩かれた。
だが、なごやかな会話は突如村長が悲しげに笑みを浮かべ、変わる事となった。
「しかし、これでサクラちゃんともまたお別れか。明日にでも帰るのかい?」
村長の言葉に、クリュウとエレナの表情が曇る。
フルフルを倒してサクラは依頼を完遂した。となるとサクラは再びドンドルマに戻るか他の村や街に行ってしまう。
クリュウの脳裏に、村を去って行ったフィーリアの姿が思い浮かんだ。
サクラもまた、フィーリアと同じように自分から去っていくのだ。そう思うと、泣きそうになる。
エレナは残念そうに、でもそれをできる限りそれを表情に出さないようにしているのか、小さな笑みをサクラに向けた。
「本当にありがとうね。また遊びに来てよ。歓迎するから」
そんなしんみりした空気の中、サクラはまるで別の世界にいるかのように落ち着いた雰囲気を纏っていた。そして、そんなサクラの薄桜色の唇が開いた刹那、周りを驚愕が包んだ。
「……私、この村に腰を据える事にした」
周りの喧騒が一瞬にして消えた。
「え? あ、え?」
村長は思わずビールの入ったグラスを取り落としそうになった。クリュウも目を大きく見開き、エレナも同じように驚愕し、周りの村人達も驚きの視線を向ける。
「え? い、今なんて言ったんだい?」
村長が内心興奮しているのを隠しながら努めて冷静に問うが、サクラの返事は先程と同じものであった。
「……私、この村のハンターになる」
「ほ、本当かいッ!?」
村長は思わず立ち上がって大声を上げた。その顔には驚愕の他に新たに歓喜の色が煌く。そんな村長に、サクラはコクリとうなずく。
「……クリュウの手助けがしたい。そう思った」
そう言ってサクラはまだ状況が把握し切れないクリュウに小さく微笑んだ。その笑みに、ようやくクリュウの脳が状況を理解した。
「ほ、本当に? この村に、いてくれるの?」
「……えぇ。クリュウ言ってたじゃない。誰か村に腰を据えてくれるハンターがいないかって。なら、私がなる」
「で、でも、サクラは色々な村や街を回ってるんでしょ? それはいいの?」
「……直々に依頼が来れば受けるわ。でも、私もそろそろどこかの村や街に腰を据えようと考えていたからちょうどいいし、クリュウは怪我してる。それに――」
サクラはクリュウを見詰め、小さく微笑んだ。その優しげな笑みに、クリュウはドキリとする。
「――クリュウと一緒に、もっと狩りをしたいから」
その言葉に、クリュウは顔を真っ赤にしておろおろとする。一体どう返せばいいかわからなくなっているのだ。
「え、あ、いや……うん、ありがとう……」
意味不明な返答に対しても、サクラは優しく微笑んだ。そんなサクラに、クリュウも嬉しそうに微笑む。
「まさかサクラと一緒にこれからも狩りができるなんて――これからもよろしくね」
「……えぇ」
笑みを浮かべ合って新コンビを成立させた二人。そんな二人に村長が喜びの声を上げ、村人達も拍手や歓声を上げる。
だが、そんな大喜びの雰囲気の中、エレナだけは複雑な心境であった。
サクラがこの村のハンターになってくれるのは嬉しい。まだまだ頼りないクリュウの不安は少なくなるし、何よりサクラとまた一緒にいられるのが嬉しい。
だが……
(何か、すっごくムカつく……ッ!)
クリュウとサクラとの笑顔を見詰め、エレナは胸に痛みと共に何か言い知れぬ怒りを感じていた。
クリュウとサクラ。いいコンビだと思う。だが、それを認められない、認めたくない。そんな思いがエレナの胸の中で渦巻いた。
歓喜の声が上がるイージス村。
辺境にあるその小さな村に新たなハンターが加わる事になった。
様々な気持ちが交錯する中、新たな物語が始まった瞬間であった……
一週間後、クリュウとサクラはセレス密林にいた。
クリュウの右腕もすっかり治り、修理したクックアームの具合もいい。
今日はクリュウの怪我からの立ち直りを考えて危険な狩りではなく素材採集ツアーであった。その名の通り、素材を集める為に狩場へ入るものだ。
危険なモンスターはおらず、比較的平和な狩場を歩く二人。その腰にはそれぞれの剣だけでなくピッケルや虫あみ、釣竿などが下げられている。
「……クリュウはこの森に詳しいのよね?」
「うん。ここはもう僕の庭みたいなものだから。任せておいてよ」
「……えぇ。信じてるから」
「あ、あのさ、そういう事をあんまり正面から言わないでよ。照れるから」
「……本当の事だから」
「ははは……」
クリュウは照れ笑いを浮かべると、腰に下げていたピッケルを掴んだ。
「この奥の洞窟にいい採掘場があるんだ。行こう」
「……えぇ」
「……あ、あのさ。何で手を繋ぐ必要があるの?」
そう言うクリュウの左手を、サクラが両手で包み込むように握っていた。
「……はぐれたくないから」
「いや、はぐれないって」
そうは言うものの、クリュウはそれ以上何を言うでもなく歩き出した。そんな彼の手を握る隻眼のサクラは、どこか嬉しそうにも見えた。
手を繋いだ二人は洞窟の奥に入って行った……