川に沿ってしばし歩くと、再び別の洞窟が現れた。先程の洞窟よりも穴が大きく、吹き出して来る風は先程の洞窟のより温かい。そして、その風に混じる匂いは、紛れもなくペイントボールのものだった。
「この奥にフルフルが?」
「……えぇ」
サクラは目を細めて戦闘モードに入ると飛竜刀【紅葉】を構える。吹き出す風がサクラの黒く艶やかな髪をサラサラと揺らす。
「……まず私が引き付ける。その間にクリュウは荷車を置いて。その後は自由に動いて」
「わかった」
「……行きましょう」
「うん」
サクラは飛竜刀【紅葉】を構えたまま駆け出した。その後をクリュウも駆け出して追い掛ける。洞窟を進むと、そこは開けた岩場であった。天上は高く大地が裂けてできた大きな切れ目があり、そこから光が差し込んで中は明るい。壁からは水が轟々と音を立てて落ちる。まさに滝のカーテンとも言うべき幻想的な光景だ。下にはそんな水が溜まった池があり、そこから先程の川へ水が流れるのだろう。反対側には別の洞窟があり、地面には水が溜まっている。そして、そんな広場の真ん中に、白い体をしたフルフルが立っていた。
フンフンと匂いを探っている。洞窟付近にいる二人は風下にいるのでまだ見つけられないのだろう。クリュウは横へ走って荷車を置く。その間にサクラが突貫する。そして、異変に気づいたフルフルが顔を上げた瞬間、サクラはフルフルの頭に向かって横殴りの一撃を叩き込んだ。
「ヴォオオオオオォォォォォッ!?」
フルフルの伸びた首がそのあまりの威力にくの字に曲がる。続いて斬り上げるようにして一撃を叩き込み、フルフルはたたらを踏む。
「ヴォオォッ!」
フルフルは口から青い息を噴き出すと同時に再び電気を身に纏う。サクラはそれを冷静に見極めて後退する。放電が終わると、後ろに回っていたクリュウが斬り掛かった。
「喰らえッ!」
クリュウはフルフルの脚に向かって強烈な一撃を叩き込んだ。すると、ぐらりとフルフルの体が揺れ、轟音と共に地面に倒れた。
「ヴァオオオォォォッ!? ヴォアアアァァァッ!」
立ち上がろうともがくフルフルにクリュウが斬りかかる。連続して脚に向かって剣を叩き込み、血が噴き出す。
サクラはいまだ倒れたままのフルフルの頭部に剣を振り下ろす。豪快に血が噴き出し、再びサクラの奥底から力が湧き上がった。続いて間髪入れずに気刃斬りを放つ。大振りの連続斬りがフルフルの頭や首、首の根などに激突。フルフルは悲鳴を上げる。
「……チェストオオオオオォォォォォッ!」
掛け声一閃、剣を力の限り叩き落した。
「ヴォアアアアアアァァァァァッ!?」
フルフルは悲鳴を上げて堪らず立ち上がると続いて姿勢を低くして放電する。青く迸る青い電撃に二人は後ろへ跳んで回避した。
クリュウは剣を腰に戻すと一度離れた。そしてそのまま荷車からシビレ罠を取り出すと横へ走る。と、フルフルは放電を終えたが再び姿勢を低くする。が、電撃が体中から口へ集約され、首が大きく反り返る。その動作にクリュウは目を見開いた。
「ちょっとそれはッ!」
サクラが慌てて連続して斬り掛かって攻撃を封じようとするが、すでに時遅く、轟音と光と共に口から電気ブレスが放たれた。
地面を這うように高速で、そして広範囲に進む複数の電気球にクリュウはその動きを見てほとんど勘で横へ跳んだ。そして、その横を電気球が通り抜けて行った。
「あ、危なかった……ッ!」
クリュウは投げ出した体を再び起こす。すると、再びフルフルの口が光り出した。驚愕するクリュウだったが、横にいたサクラが飛竜刀【紅葉】を連続して叩き込んだ。その猛攻にフルフルは電気ブレスを撃つ直前で仰け反ってしまい、不発に終わった。
安堵するクリュウだったが、すぐに走り出してフルフルの正面に立たないような位置へ行くとシビレ罠を設置する。続いてフルフルの動きを見ながら再び荷車へ走る。その間サクラがフルフルの動きを封じる。が、連続して斬り掛かるサクラに予期しない事態が起きた。
「ヴォワアアアアアァァァァァッ!」
すさまじい怪音波のごとく響いたフルフルのすさまじい鳴き声――バインドボイス。その威力にサクラは思わず耳を塞いだ。その隙を突き、フルフルはサクラに向くと体中に走った電気を口に集約させる。その動作にクリュウよりも正面に対峙するサクラも恐怖した。
「……あ」
「ゴアアアアアァァァァァァッ」
中距離で放たれた電気ブレスは動けずにいたサクラに襲い掛かった。
「……キャアアアアアァァァァァッ!」
サクラの絶叫が響き渡る。
電気ブレスの直撃を受けたサクラは体を激しく痙攣させて地面に倒れ込んだ。
「サクラッ!」
クリュウは慌てて走るとペイントボールを投げ付けた。フルフルの白い体にピンク色の粘液が付着し、強烈な匂いを放つ。その匂いにフルフルはとどめ刺そうとしていたサクラからクリュウに向き直る。それを見て、クリュウはシビレ罠の方へ走った。フルフルはそんな獲物に向かって放電をしながら突っ込んで来た。その初めての攻撃にクリュウはとっさに体を横へ投げ出して回避した。
そしてシビレ罠に向かって走るとその後ろに立って再びフルフルに向き直る。
フルフルはブヨブヨの体をかがめ、跳び上がった。だが、奴の着地地点にはシビレ罠が……
「ヴォアアアァァァッ!?」
シビレ罠に掛かったフルフル一瞬にして体の自由を奪われて悲鳴を上げる。その間にクリュウは少し離れた場所にあった荷車から大タル爆弾Gと小タル爆弾を掴むと走る。シビレ罠の効果時間にはギリギリだが、何とか間に合いそうだ。
クリュウはフルフルの下に大タル爆弾Gを置き、すぐ傍に小タル爆弾を置いてピンを抜くと急いで走る。背後にフルフルがシビレ罠が解けた気配がしたが、そのすぐ後にすさまじい爆発が炸裂した。
そのすさまじい爆風にクリュウは吹き飛ばされた。さすが大タル爆弾G。すさまじい威力の爆発だ。
クリュウは地面の上を何度か転がった後慌てて体を起こして振り返ると、フルフルは転倒していた。急いで駆け寄ると、その体に連続して剣を叩き込んでブヨブヨの皮を斬り裂く。そんなクリュウの攻撃にフルフルはゆっくりと起き上がると、体に青い電気を纏って放電。クリュウはその攻撃に慌てて後退する。
クリュウが距離を置くと、フルフルは放電を終えた。すると、突如フルフルはクリュウに背を向けると脚を引きずって歩き出した。それは残りの体力が少ない時に見せる飛竜の特徴だ。
クリュウは慌てて駆け寄って斬りかかるが、刃が触れる寸前でフルフルは翼を羽ばたかせた。それで発生した風がクリュウの体を吹き飛ばすが、足に力を入れて耐える。するとそのままフルフルは天に昇っていった。クリュウはそれを確認すると急いで倒れているサクラに駆け寄る。
サクラはぐったりと倒れていてぴくりとも動かない。焦げたような臭いが漂い、クリュウの背中に冷たいものが流れる。
「サクラッ!」
クリュウサクラのぐったりとした体を抱き上げた。すると、焦げた臭いはするがそれほど嫌なものではない。微かに髪が焦げた程度だった。そうわかると安堵の息を漏らす。
体を揺すると、う、とうめいてサクラが目を覚ました。
「サクラッ!」
「……く、クリュウ……? 一体――」
「大丈夫? フルフルなら逃げたよ。脚を引きずってたからもうすぐだと思うけど」
「……そう」
サクラはゆっくりと体を起こす。
「大丈夫?」
「……えぇ。クリュウが助けてくれたのね」
「いや、そんなんじゃないけど」
「……でも、ありがとう」
そう言ってサクラは微笑んだ。そのきれい過ぎる笑みに、クリュウはドキリとする。こんな美少女に笑みを向けられたら、うぶなクリュウは顔が真っ赤になる。
サクラはそんなクリュウの肩を借りながらゆっくりと立ち上がった。と、その時何かがパシャと音を立てて水が張った地面に落ちた。
――それは、眼帯であった。
「眼帯落ちたけど……」
「……ッ!? ……見ないでッ!」
突如悲鳴のような彼女の声の後ドンとクリュウは突き飛ばされた。続いてサクラのまだフラフラの体は支えを失って倒れる。
「サクラ!?」
「……お願い! 見ないで!」
サクラは先程までの小さな笑みから一転して泣きそうな顔になっていた。そして、必死に手を使って遮るものを失った左目を隠す。
目の縁に涙を浮かべ、サクラは嗚咽を漏らす。さっきまでフルフルと死闘を繰り広げていた剣豪とは正反対なサクラに、クリュウは戸惑う。
「さ、サクラ?」
「……お願い……ッ! 見ないで……ッ! こんな醜い顔……クリュウには見せられない……ッ!」
どうやら眼帯の下に隠された左目を見られたくないらしい。
サクラは美少女である。そんな彼女がここまで必死になって隠したい左目とは、それほどひどいものなのだろうか。だから、あそこまで徹底して眼帯をつけていたのかもしれない。
「……こんな醜い顔を見られたら……クリュウは絶対私を嫌う……ッ!」
「そ、そんな事ないよ!」
クリュウは声を荒らげる。もちろん彼の言うとおり、クリュウは人を外見だけで判断するような人間じゃない。だが、サクラは必死に左目を隠す。
美少女だからこそ、その傷が目立ってしまい、今まで辛い目に遭ってきたのかもしれない。だが、そんな彼女にクリュウはそっと手を伸ばす。
「大丈夫だから。僕はそんな傷くらいじゃ嫌いになったりしないから」
「……うそよ……ッ!」
「うそじゃない。でも、見せたくないならいいよ。だけど、そんな状態じゃ戦えないでしょ? 眼帯は紐が焼き切れてるから使えないし」
「……それは……」
顔を伏せるサクラに優しく微笑み、クリュウは立ち上がる。その瞳には決意の光が宿っていた。
「仕方ない。後は僕一人でがんばるよ」
クリュウの言葉に、サクラは塞がれていない右目を大きく見開く。
「……そ、そんなの……ッ!」
「仕方ないでしょ? サクラは電気ブレスを受けて弱ってるし、しかも眼帯が取れて動けない。それに対して僕は無傷。そしてフルフルはもう少しで倒せる。なら、答えはこれだけでしょ?」
「……で、でも……ッ!」
「他に何か代案があるの?」
「……」
黙ってしまうサクラに、クリュウは静かに背を向けると荷車に歩き出す。
脚を引きずったとなれば奴はきっと巣に戻って眠るつもりだ。おそらく洞窟の中なので、使えるのは残ったトラップツールとゲネポスの麻痺牙でシビレ罠が一個ぐらいだ。それでも、十分な力になる。そんな事を考えながら歩く。と、
「……待って!」
その声に振り返ると、うつむきながた立ち上がったサクラがいた。顔からは手が外されているが、垂れた髪がそれの代わりに顔を隠す。
「……クリュウ一人に、危険な目には遭わせられない」
「サクラ?」
「……本当に、見ても嫌わない?」
震える声で言うサクラに、クリュウは向き直ると静かにうなずく。
「うん。約束する」
「……わかった……クリュウを、信じる」
その小さな小さな言葉の後、サクラはゆっくりと顔を上げた。
風が吹き、最後まで隠していた髪が靡いてその全貌が露になった。
悲痛な表情を浮かべるサクラの眼帯の下に隠れていた部分は、閉じられた瞳、そして眉毛のすぐ下から縦一直線に伸びた傷跡。
それが、彼女が必死になって隠してきた彼女の本当の顔だった。
「……ッ!」
唇を噛んで、苦しそうにクリュウの言葉を待つサクラ。
クリュウの事は信じている。
だけど、やっぱり嫌われるだろう。
こんな醜い顔を見て、何とも思わないなんて……
「なぁんだ。大した事ないじゃん」
クリュウの優しげな声に、伏せていた隻眼が大きく見開かれた。その視線の先には、優しげな笑みを浮かべたクリュウがいた。
「もっと皮膚がただれてるのを予想してたよ。まぁ、それだとさすがに僕もちょっと自信はなかったけど、それくらいなら全然醜いなんて事はないって」
「……ほ、本当?」
信じられないという顔をするサクラ。
「本当だって」
「……うそよ。クリュウはうそをついてる」
悲痛な声で疑うサクラに、クリュウは苦笑いする。
「それくらいの怪我のハンターならたくさんいるし、僕も見て来たよ」
確かに、ハンターという職業柄傷を持ったハンターは数多い。クリュウ自身そういったハンターは多く見て来た。だから、サクラぐらいの傷なら全然気にならない。
「それにほら、それでも十分サクラはかわいいからさ」
「……クリュウ」
「へへへ、なんか照れるな」
そう言って頬を赤らめながら微笑むクリュウに、サクラも自然と笑みを浮かべた。今まで眼帯で隠されていた眉と閉じられた瞳が加わったその笑みは、とてもきれいなものだった。
「で? どうする? 行く? 帰る?」
ちょっとからかうようなクリュウの問いに、サクラは不敵な笑みを浮かべて返す。
「……答えは、わかってるでしょ?」
「そうだね――行こうか」
「……えぇ」
ペイントボールの匂いを辿ると、それはどうやら反対側の洞窟から漂っていた。どうやらそこが巣らしい。
クリュウはシビレ罠を調合して腰に吊るすと、荷車は置いていく事にした。もう爆弾は全て使ってしまったから、荷物になるだけだ。
振り返ると、サクラは砥石で刃を直し、回復薬も飲んでもう準備を整え終わっていた。
クリュウが駆け寄ると、サクラは静かに開かれた右目を細めた。
「……行きましょう」
「うん。これが最後だ」
二人は不気味な風が吹き出す洞窟に向かって走り出した。
洞窟に入り込むと、そこは最初に入った洞窟のように冷たい地下水が染み出していて極寒であった。吐き出す息さえも白くなる。
二人は落ち着いてホットドリンクを飲み干すと、すぐに体が温まる。やっぱり少しまだ寒いが、かなり落ち着いた。
そこは多少の大きさを持った広場で、イーオスが三匹いるだけでフルフルはいなかった。ペイントボールの匂いはさらに奥から流れてくるので、おそらく奴はこの向こうにいる。
追い掛けて来られても困るので、とりあえずイーオスを片付ける。
荷車を置くという手間がない分、最初に動いたのはクリュウだった。
真っ赤な血のような赤の体をしたイーオスに剣を叩き込んだ。悲鳴を上げるイーオスに体を回転させながら斬り付ける。その一撃にイーオスの体が吹き飛ぶ。倒れたイーオスが起き上がる寸前にもう一撃叩き込もうと駆ける。が、横から別のイーオスが跳びかかって来て慌てて盾を構えたが、その威力に体が吹き飛んだ。
「くぅッ!」
地面に転がった体を起こしたクリュウにイーオスが突撃して来る。が、その斜線上にサクラが現れ、飛竜刀【紅葉】を薙ぎ払うように一撃を入れる。その威力に、イーオスは吹き飛んだ。
「あ、ありがとう」
「……礼は、いらない」
サクラはまだ力が残るイーオスに突貫。起き上がったばかりのその体に鋭い突きの一撃を叩き込む。その瞬間の刀身はあまりの速さに残像が残り、剣が二倍の長さに見えた。その剣先がイーオスの体を突いた瞬間、イーオスは再び吹き飛んで動かなくなった。
その間にクリュウは先程吹き飛ばしたイーオスに突撃する。イーオスは焦ったように毒液を吐いてくるが、クリュウは横滑りのように回避し、イーオスの斜め横から斬りかかる。
「えいッ!」
抜き放った剣がイーオスの体を切り裂き、吹き飛ばす。
ようやく三匹を倒すと、それぞれ素材を剥ぎ取り剣に付いた血を流れる地下水で洗い流す。こうした血は錆(さび)になったりするからだ。
サクラはすでにイーオスを片付け終えていた。やっぱり実力の差である。
吹き抜ける風は相変わらず湿っていて冷たく、肌寒い。そして、その風に乗って匂うペイントの匂い。この奥にフルフルはいる。
「……おそらくフルフルは傷ついた体を癒す為に眠っているはず。本当は爆弾が残っていれば良かったんだけど、それはもうないから、私が一撃を入れて起こすわ」
「うぅっ、ご、ごめん……勝手に爆弾使っちゃって」
「……クリュウが謝る事はない。そのおかげで私は助かったんだから」
そう言ってサクラは口元に笑みを浮かべる。その笑顔にクリュウは安堵の息を漏らすが、すぐにサクラの隻眼が細まった。戦闘モードに入ったのだ。
「……行きましょう」
「うん」
二人は剣を構えるとなるべく音を立てないように奥へ進んだ。再び壁が狭まって狭くなる。小型モンスターの行き来はできるが、飛竜クラスは通れない。きっとさっきの洞窟のようにどこかに穴が開いていてそこから出入りしているのだろう。
そのまましばし進み続けると、再び開けた場所に出た。先程イーオスと戦った広場よりも広く、飛竜もある程度なら動き回れそうだ。そして、そんな洞窟の奥には白い体を不気味に輝かせながらフルフルが静かに鎮座していた。幸いにもフルフルは眠っていて、フルフル以外にはモンスターはいなかった。
「……クリュウは私の後ろへ。私が頭へ一撃を入れた後に攻撃して」
「わかった」
眼帯を外し、隠されていた傷の入った左目が露になったサクラはゆっくりとフルフルに近づく。その後ろからクリュウも近づく。
改めて見て、フルフルの大きさ、そして不気味さに震えが出る。
クリュウはサクラが位置に着くといつでも斬りかかる用意を整える。そして、振り向いたサクラと目を合わせた。その瞳にうなずくと、サクラもうなずき返す。
そして、サクラは飛竜刀【紅葉】を両手で握ると振り上げ、眠るフルフルの顔に向かって全力を込めて叩き落した。
「ヴォアアアアアァァァァァッ!?」
首が曲がり、顔が地面に叩き潰される。そのあまりの威力にフルフルは倒れた。そこへすかさずクリュウが飛び掛かる。
もがくフルフルの脚に向かってドスバイトダガー改を叩き込む。血飛沫が舞い、フルフルのブヨブヨの皮が裂ける。すでに何度も斬りつけた脚はボロボロだった。
連続して剣を叩き込むクリュウと別方向で、大振りな連撃を叩き込むサクラ。フルフルの首に強力な一撃を腕の力だけでなく体全体を使って振り回すように振り下ろす。その刃が当たるたび爆発し、フルフルの純白の皮が焼け焦げる。
「ヴォオオオォォォッ!」
フルフルはそのすさまじい攻撃に堪らず起き上がると体を回して短い尻尾で襲う。二人は一度距離を取って離れるが、すぐに斬り掛かる。
クリュウは脚に向かって走ったが、フルフルが回転して目の前に頭が現れた。驚くが、構わずその頭に剣を叩き込んだ。が、それがまずかった。
「ヴォフヴォォッ!」
「ぐがぁッ!?」
「……クリュウッ!」
突如フルフルが剣もろともクリュウの腕に噛み付いた。鋭い牙が嫌な音を立ててクックアームを砕き、強力な酸性の唾液がクリュウの皮膚を焼く。
腕の激痛にクリュウは悲鳴を上げる。そこへサクラがその白い胴体に向かって飛竜刀【紅葉】を叩き込んだ。不意の一撃にフルフルはクリュウから離れる。だが、クリュウは白い煙を噴く腕を押さえたまま倒れた。
「……クリュウッ!」
サクラが慌てて駆け寄って来て、声にならない悲鳴を上げた。そこには辛そうに唇を噛んで痛みを堪えるクリュウがうずくまっていた。
「……クリュウッ!」
「だ、大丈夫だから……ッ!」
「……でもッ!」
「ヴォオオオォォォッ!」
その声に驚いて顔を上げると、フルフルが電気ブレスの発射体勢に入っていた。
「……ッ!」
フルフルは体を天井に向かって伸ばし、腹が青く輝き、それが首に登っていく。
驚愕のあまり目を見開いたまま動けずにいるサクラ。口に集まる電気に、もう逃げられないと悟った。その時、
「……クリュウッ!?」
クリュウはサクラの前に飛び出すと、盾を構えた。その行為にサクラが何かを叫ぼうとした刹那、
「ヴォオオオォォォッ!」
すさまじい鳴き声と共に電気球が放たれ、クリュウに直撃した。
洞窟にクリュウの悲鳴が轟く。
激しく痙攣した後、クリュウはぐったりと倒れた。
フルフルは何かが焦げた臭いに勝利を確信したのか、歓喜の声を上げた。が、
「……チェストオオオオオォォォォォッ!」
突如横からすさまじい剣撃が自らの頭を砕いたのを感じた刹那、体が壁に叩き付けられた。それはサクラ渾身の一撃であった。
倒れたフルフルに向かってサクラは連続して斬る。その隻眼には怒りの炎が燃えていた。叩き付けるたびに剣に力が込もる。そして、体の底から力が湧き上がった。刹那、必殺の気刃斬りが炸裂する。
フルフルの白い体に、すさまじい勢いで剣が襲い掛かった。
爆発の次に爆発。炎に包まれるフルフル。そのすさまじい剣撃の中でもフルフルは激痛に耐えながら必死に悲鳴を上げ、なんとか立ち上がった。が、
「……チェストオオオオオォォォォォッ!」
最後の一撃がフルフルの頭に炸裂。爆音と共に大きくフルフルの頭が砕け、鋭利な牙が吹き飛び、大量の血を吐き出した。そして……
「ヴォアアアアアァァァァァ……」
どんどん声が小さくなっていき、フルフルはそのまま力を失って倒れた。そしてそのまま動かなくなった。
フルフルを、ついに討伐したのだ。
だが、サクラは構わず剣を投げ捨ててクリュウに駆け寄った。焦げた臭いがクリュウからし、最悪を予想した。今まで自分が見て来たフルフルの電気ブレスを受けて内側から焼き殺されたランポスやゲネポスを思い出し、そしてそれをクリュウと重ねてしまう。
「……クリュウッ!」
泣きそうな顔でサクラはクリュウの体を抱き締めた。すると、
「……さ……サクラ?」
クリュウはゆっくりと瞳を開いた。それを見て、サクラの隻眼から涙が流れた。
「……良かった」
「……ははは……無理は……するもんじゃないね……」
そう苦笑いすると、クリュウは起き上がろうとしたが、体は痺れて動かなくなっていた。どうやらしばらくはこのままらしい。
クリュウは「フルフルは?」と訊こうとして、遠くに倒れて動かない白い塊を見て笑みを浮かべた。
「……あーあ、おいしい所……取られちゃったな……」
「……ごめんなさい」
「……冗談だって……良かった……これで村も無事だ……」
そう言って笑みを浮かべるクリュウに、サクラも嬉しそうに笑みを浮かべた。が、そんなクリュウの右腕を見て、再び表情が暗くなる。
「……右腕、大丈夫?」
「え? あ、うん。たぶん」
サクラはひびが入ったクックアームを外した。すると中のダブレットは溶けていた。そして、その下にある腕には軽い火傷の跡があった。
「……良かった。これなら、痕は残らない」
「まぁ、別に残ってもハンターの傷痕は勲章みたいなものだから、別にいいけどね」
「……そんなのダメ。クリュウの体に、そんな傷は似合わない」
「……うーん、僕の為を思って言ってくれているんだろうけど……素直に喜べないな」
くすくすと笑うクリュウに、サクラもそっと笑みを浮かべた。サクラは地下水で湿らせた布にすり潰した薬草を塗り、それをクリュウの右腕に巻いた。一応の応急処置だ。
「あ、あのさサクラ」
「……何?」
「……この状態、何とかできない?」
そう言って頬を赤らめるクリュウは、いつに間にかサクラの膝の上に頭を載せる、いわゆる膝枕状態になっていた。
「……ダメ。クリュウは怪我してる」
「あ、うん……そうなんだけど……」
クリュウは頬を掻きたかったが、残念ながら手はまだ動きそうもない。
そんなサクラの膝枕という状況をしばし楽しんだ(?)後、ありったけの回復薬を飲んでようやく体が動くようになると、早速フルフルの解体に取り掛かった。と、その前に。
「……クリュウ?」
膝を着いて手を合わせるクリュウにサクラが不思議そうに首を傾げる。きっとフィーリアと同じ疑問を持ったのだろう。クリュウはそんな彼女に説明するようにそっと口を開いた。
「こうして、倒したモンスターに追悼を捧げるのが、僕のやり方なんだ」
「……そう」
サクラはそううなずくと、自らも静かに手を合わせた。それを見て、クリュウは笑みを浮かべた。
そしていよいよ解体に入る。フルフルの皮は鱗や甲殻がない分スッと刃が入るかと思ったがやっぱりブヨブヨしていて刃はなかなか入らなかった。だが、一度入ってしまうとスッと力をあまり入れる事なく切れた。
「これがブヨブヨの皮か。本当にブヨブヨだ」
「……フルフルの皮には特殊な成分などがあって、それを使った防具は特殊能力が付くそうよ」
「うーん、でも、こんな皮の防具はちょっと付けたくないかなぁ」
「……そう、似合うと思うけど」
「そ、そっかな?」
照れたような笑みを浮かべるクリュウに、サクラは小さく微笑むと、手馴れたようにフルフルの体を裂く。
「……今回の、結構大きいわね」
「そ、そうなの?」
「……普通のより一回りくらい大きいわ」
「へ、へぇ……」
前回のダイミョウザザミに続いてまたも通常個体よりも大きな相手。どうも最近運が悪いらしい。
そのまま二人はフルフルの素材を十分剥ぎ取ると、外に止めていた荷車を持って来てそれに素材を載せた。イャンクックの鱗や甲殻と違い、かなり大きく皮を切ったので、人の手だけでは持ち運べなかったからだ。
フルフルからはブヨブヨの皮の他に、フルフルの体液であるアルビノエキスを空になった回復薬のビンに入れ、さらにフルフルと戦う際は必ず支給される特殊な袋の中にはフルフルの電撃の源――電気袋などが剥ぎ取れた。どれもこれも貴重な素材ばかりだ。
「……帰りましょう」
サクラはそう言って荷車の取っ手を掴んだ。
「あ、僕が引くよ」
「……いい。クリュウは怪我してるから無理はしない方がいい」
「いや、でも……」
サクラだってフルフルの電気ブレスは受けている。だが、サクラは首を振るとクックアームを外して布が巻かれているクリュウの右腕を見詰める。
「……いいから、クリュウは休んでて。モンスターも私が倒す」
「いや、そこまでは……」
「……その手で、剣が握れる?」
「うっ……」
正直言ってそれはかなり厳しい。今だって何もしていなくても小さいが痛みはある。そんなクリュウを見詰め、サクラは優しく微笑む。
「……無理はしない方がいい。こういう時こそ、私を頼って。私達、仲間でしょ?」
「サクラ……」
クリュウはその言葉に嬉しくなる。
サクラが言った《仲間》という言葉は、クリュウの心に美しく響いた。世の中にこれほどすばらしい言葉があるのかと疑ってしまうほど、すばらしい言葉だ。
クリュウはサクラの好意に甘え、荷車を引く彼女の後ろから歩いた。でも一応開いている左手で後ろから押してはいた。そんな彼の行為には彼の優しさが溢れんばかり込められていた。もちろん、サクラもそれは小さく笑みを浮かべながら黙認していた。
二人はそのまま密林の木々の中へ消えて行った……
二人はシルキーがいる拠点(ベースキャンプ)に戻った。
帰って来た二人(特にクリュウ)にシルキーは嬉しそうに擦り寄って来る。そんなシルキーの頭を、クリュウはそっと左手で撫でてやった。
サクラは早速置いてあった荷物の中から予備の眼帯を取り出して左目に着けた。再び眼帯姿になったサクラに少し心残りはあるものの、その彼女らしい姿にクリュウも自然と微笑んだ。
その後、二人は協力してフルフルの素材、荷車や余った道具を全て竜車の中に入れると竜車を走らせ、シルヴァ密林を去った。
すでに空はオレンジ色になり、二人を見送る大自然はまた違った姿を見せ、悠久の時を刻む風が吹いて木々がゆっくりと揺れていた。