薄暗い洞窟の中の広場まで突っ走ると、そこには不気味な白い飛竜――フルフルがいた。
フルフルは鼻を絶えずフンフンと動かして匂いを探っている。それを見てまだ奴がこちらに気づいていないのだと悟り、サクラは地面に流れる水を蹴って突貫。クリュウは背後に回ろうと洞窟の壁際ギリギリを走り抜ける。
サクラは一気にフルフルの懐に潜り込むと、濡れた床に右足を踏ん張って体の勢いを腕に流し、フルフルの白く太い首に強烈な一撃を叩き込む。フルフルは敵の存在よりも先に自らに襲い掛かったすさまじい衝撃の大きさに仰け反った。
「ゴアアアァァァッ!?」
フルフルの弱点属性は《火》。そして飛竜刀【紅葉】はその火属性の剣。叩き込まれた瞬間火竜の体液が組み込まれた刀身が爆発。火に弱いフルフルの皮を焼き切る。
サクラは横へ転がって一度離れると今度は横から剣を振るい、上から下への一撃、突き、下段から上段への斬り上げを打ち込む。そのたびにフルフルの皮膚で小規模な爆発が起きる。
「ヴォウオォッ!?」
特徴的な声を上げて驚くフルフル。だが、攻撃された場所から相手が近いと判断したのか、体を低くし、尻尾の先端を吸盤(きゅうばん)のように地面に付けた。その動作にサクラは後ろへ跳んだ。刹那、フルフルの体が青白く迸った。あれがフルフルの体内の電気袋で発生した電気を体に纏った近距離攻撃なのだろう。クリュウは横目でそれを見ながらフルフルの背後に回る。
サクラからフルフルの尻尾は岩のように硬いのでそこへ狙わないように注意されている。なので、電撃が終わって姿勢を戻したフルフルの下に潜り込み、先程サクラが一撃を入れた場所に剣を叩き込んだ。すると、ブヨンとした気味の悪い感触が剣を伝って腕に響く。これが打撃系の武器の攻撃を弾く特殊な皮だ。切断系の武器に対してもある程度は力を発揮するのだろう。
クリュウは二撃、三撃と連続して斬る。フルフルの皮はブヨブヨしていて斬りにくいが、斬れない事はない。皮が裂け、真っ赤な血が噴き出す。
「……下がってッ!」
サクラの言葉に反射的に地面を蹴って後退する。と、フルフルはその瞬間に体を低くして自らの白い体に青い電気をバチバチと纏った。もしサクラの声で下がっていなかったらあの電撃を受けていただろう。事前にサクラの指示には絶対に従うように言われていたおかげだ。
後退したクリュウに代わり、サクラは放電を終えたフルフルに鞘に収めていた剣を再び抜いて抜刀の一撃を振り下ろす。その一撃はフルフルの頭に炸裂し、爆発が起き、フルフルはあまりの衝撃に仰け反る。
基本的にモンスターは頭への攻撃が弱い。その為同じ一撃でも他部位に比べてダメージが与えられる。ただし、正面に位置しなければならない為その危険性はどの部位を攻める時よりも高い。だが、それだけの危険性を持っていても余りある攻撃する価値はある。
サクラは二撃目を下から上へその細い腕からは想像できない強烈な一撃を首に叩き込む。そして後ろへ跳ぶ。
フルフルの右斜め横にサクラ。左斜め後ろにクリュウが位置する。フルフルを前後から挟み込むようなベストな位置である。
フルフルはサクラの方を向いて体を波打たせ、首を信じられないくらい伸ばして噛み付こうとする。サクラはそれを冷静に見て横へ跳んで回避する。
フルフルの首は軟骨が多く、首まわりの皮膚も余り気味になっているのでこうして一瞬で首を伸ばして攻撃できるのだ。電撃やこんな変幻自在な攻撃をするのは緩慢(かんまん)な動きを補う為に身に付けた能力なのかもしれない。
サクラに集中しているフルフルに、クリュウは後ろから斬り掛かる。連続して剣を入れると、フルフルは体の向きをクリュウに方に向けた。正面はまずいとクリュウは後ろへ跳んで距離を取る。が、フルフルは体を縮ませた後一気に解放。クリュウに向かって飛び掛かってきた。
「うわぁッ!」
クリュウは慌てて横へ転がった。すると、フルフルの白い体が地面に鈍い音を立てて激突した。もしあの下にいたらガードをしていても腕が折れていたかもしれない。
体勢が崩れたクリュウをフォローするようにサクラがフルフルの翼を真っ赤な剣で叩き斬る。爆発が起き、フルフルは首を回してサクラに噛み付こうとする。が、サクラはそれを横へ跳んで避ける。その間に体勢を立て直したクリュウは横に走ってフルフルに斬りかかろうとする。が、フルフルは再び姿勢を低くして青白く輝きだした。その光にクリュウは慌てて横へ飛ぶ。かなり無理な体勢だったが、放電は回避できた。危ないところだった。
クリュウは立ち上がると放電を終えたフルフルに斬りかかる。右から左へ、下から上へ、上から下へと次々に連続して剣を振るう。いつの間にか刃にひびが入って欠けていた。かなり切れ味が落ちている。だが、今はとにかく剣を振るう。連続して剣を叩き込み、血飛沫が舞う。フルフルは悲鳴を上げた後再び姿勢を低くして放電した。再び後ろへ跳んでクリュウはそれを回避。サクラも大きく後退して体勢を立て直している。クリュウも一度大きく離れる。そして、フルフルが放電を終えると再び突撃した。が、突如フルフルは脚に対して垂直に横になっていた体を起こし、首を上げた。その動作にサクラは隻眼を見開く。
「……クリュウッ! 耳を――」
「ヴォワアアアアアァァァァァッ!」
「ッ!?」
すさまじい鳴き声がフルフルの口から飛び出た。しかもそれは狭い洞窟の中で反響し、まるで全方向から襲い掛かる。バインドボイスと呼ばれる飛竜が発する強烈な鳴き声で、そのすさまじい音量と衝撃にクリュウは反射的に耳を押さえた。が、強烈な音量は手を貫いて耳を襲う。体が硬直し、動けなくなった。頭ではヤバイッとは思っていても、体はまるで動かない。いくら鍛えても、人間は内にある本能には抗えない。恐怖が、体を強張らせる。
わずかに目を動かすと、別方向にいたサクラも同じように耳を塞いで動けなくなっていた。サクラほどのハンターでも、これは耐えられないのだ。
フルフルは再び体勢を戻すが、洞窟の中を反響した声はまだ響き、二人はそれよりもわずかに遅れて体が動くようになった。が、そのわずかな時間が、フルフルに反撃のチャンスを与えた。
フルフルは匂いで二人の位置を確認する。二人はフルフルに対し前方扇状の範囲に立っていた。そしてそれは、フルフル最大の攻撃の攻撃範囲を重なる。
フルフルは再び尻尾を吸盤のようにして地面にくっ付ける。だが、今回は首を大きく反り返るくらい上げて体に電撃を放つ。そしてそれは放電とは違い体に走った電気はそのままフルフルの口へと集中されていく。その動作に、サクラは隻眼を大きく見開く。そしてクリュウも遅れてその動作がイャンクックが火炎液を吐く動作に似ていると気づき、慌てて体を走らせる。
横へ突っ走った瞬間、フルフルの口から轟音を立てて地に落ちる雷のような光を放ちながら三つの光る電気の塊が地を張って高速で二人に襲い掛かった。
フルフル必殺の電気ブレスだ。
「……クリュウッ!」
サクラはクリュウの体を突き飛ばして共に横へ転がった。そのわずか後ろを電気の塊が不気味な音を立てながら通過して行った。
フルフルの電気ブレスは火竜のような派手さはないが、地面を広範囲を一瞬にして走り抜けるので回避しづらい。フルフル最大の脅威だ。
クリュウはサクラに押し倒されたおかげで助かった。サクラもギリギリに回避できたので怪我はない。だが、バランスを崩した二人にフルフルは飛び掛かろうとする。二人は慌てて再び横へ跳ぶ。フルフルは一瞬前まで二人がいた場所に襲い掛かった。一撃は重いが、その鈍重な動きと重なって大きな隙となり、二人はすぐに体勢を立て直す。
フルフルはゆっくりと体を起こす。クリュウはとにかくシビレ罠を使おうと荷車の位置を確認した。と、その間にフルフルは体を縮めて上へジャンプした。
「えッ!?」
慌てて上を見ると、フルフルは洞窟の天井にへばり付いていた。あの巨体で、あんな芸当がきるのかと驚く。
「……フルフルは天井を移動できる。さっきの奇襲もそれ。奴の動きに注意して下に入らないで。いきなり落下して来て潰されるから」
サクラの忠告にうなずき、クリュウは上を見ながら横へ走った。すると、フルフルは体を大きく左右に動かしながら天井を歩き出した。その動きは明らかにクリュウを追っていたが、クリュウは的確に動いて奴の下に入らないようにする。と、
「ヴォオオオォォォッ!」
不気味な声と共にフルフルが降り立った。その瞬間、サクラは再び飛竜刀【紅葉】を構えてフルフルに突撃する。その隙にクリュウは荷車へ走り、シビレ罠を取り出す。サクラはそんなクリュウの動きを確認し、フルフルの前に立つとその頭に向かってその強烈な一撃を叩き込んだ。
「ゴアアアアアァァァァァッ!?」
仰け反るフルフルに連続して剣を叩き込む。そして、叩き付けるような一撃を入れた瞬間、サクラは体の奥底から噴き出した力に包まれた。
太刀の特殊能力の一つ。詳しい事はわからないが、太刀はモンスターを攻撃すると《練気》と言われる力が蓄積される。それが限界点を突破すると一時的に攻撃力と切れ味が急上昇する。そしてそのままモンスターを攻撃していれば練気は一定を保ち、攻撃力と切れ味は上昇したままになれる。もしくは練気の力を一気に解放して強烈な連続攻撃を放つ太刀奥義の《気刃斬り》をする事もできる。特殊能力もそうだが、太刀は本当に攻撃型の武器なのだ。
サクラは気刃斬りはせず攻撃力の高いまま横へ移動し、強烈な一撃を叩き込む。そして二撃、三撃と加え、フルフルの動きを封じる。クリュウが設置する時間を稼ぐ為だ。
クリュウはサクラが動きを封じている間に慣れた手つきで手際良くシビレ罠を設置する。罠の設置はクリュウの得意な技だ。そして隅に置いてあった荷車を近くの岩陰に移動する。
「いいよッ!」
クリュウの言葉にサクラは一度距離を離れてシビレ罠まで後退する。これでフルフルが来れば成功なのだが、フルフルはそんなクリュウの期待を見事に裏切って電気ブレスの体勢に入った。二度目という事もあり、一度目よりも早く反応して横へ走った。サクラも横へ走って電気ブレスは失敗に終わった。ブレスを撃ち終わった隙に二人は再びシビレ罠の前に立つ。すると今度は数歩歩いてフルフルは飛び掛かってきた。そして、その着地地点にはシビレ罠が黄色い電撃を放っていた。
「ヴォヴォオオオオオォォォォォッ!?」
シビレ罠がフルフルの体に電気を流しながら奴の動きを止める。先程自ら放っていた電撃とは全く違う風景だ。その隙に、クリュウは岩陰の荷車から大タル爆弾を二個掴んでフルフルの下に設置する。サクラも大タル爆弾と小タル爆弾それぞれ一個を持ってクリュウが設置した付近に手際良く置くと、小タル爆弾のピンを抜いた。導火線に火がつき火花が散る。二人は急いで距離を取ると、それぞれ剣を構える。そして、
ドガアアアアアァァァァァンッ!
洞窟を破壊しそうな爆発と全てを吹き飛ばす爆風、そしてフルフルの鳴き声にも負けない爆音が炸裂し、フルフルの巨体が倒れた。もがく白い体は爆発の威力でボロボロになっている部分や焦げた部分がある。そこに向かってクリュウは剣を振り下ろした。
「うりゃッ!」
剣をもがくフルフルの脚に連続して斬り付ける。サクラは無防備な頭に強烈な一撃を放った後、自らの体を包んでいた力を解放。気刃斬りを発動した。大きな剣をすさまじい速さで連続して斬り付ける――いや、叩き付ける。フルフルの頭はボロボロになって大量の血を噴き出す。そして、大きく振り上げた剣は確実にフルフルの頭を捉えた。
「……チェストオオオオオォォォォォッ!」
サクラは腹の底から声を出して最後の一撃を叩き込んだ。その一撃に、フルフルの頭は見るも無残にひしゃげた。そのすさまじい攻撃にフルフルはたまらず起き上がる。斬っていた最中のクリュウはいきなり立ち上がったフルフルの脚にぶつかって後ろへ転んだ。サクラも一度後方に下がる。
フルフルは口から青い息を漏らしてフンフンと匂いを嗅ぐ。あの息は怒り状態になったイャンクックが火を噴いていたのと同じで怒り状態を表しているのだろうか。
クリュウは起き上がるとまだ動かぬフルフルの脚に一撃を叩き込む。すると、フルフルは体を縮めた。次の瞬間フルフルの体が伸び、白い巨体は上に跳んだ。見ると、フルフルは再び天井にへばり付いていた。クリュウは上を確認しながら避けるように走ったが、フルフルは全く違う方向へ歩き出した。そしてそのまま壁の上にあった穴へ逃げ込むと、体を下ろし、翼を羽ばたいて消えてしまった。どうやら逃げたようだ。それを見て、クリュウはふぅと息を漏らして剣を腰に戻す。横ではサクラも同じように剣を背中の鞘に戻していた。
「……ペイントボールはまだ効いてるから場所はすぐわかる」
「そうだね」
クリュウは疲れたように岩の上に腰を下ろした。そんなクリュウを見てサクラは口元に小さな笑みを浮かべる。
「……疲れた?」
「ちょっとね。イャンクック以上に神経を磨り減らすよ」
「……そうね。フルフルに近接武器で挑むと放電にはいつも気を配ってないといけないから、大変かもしれないわね」
「でも、ボウガンや弓も距離を取り過ぎると電気ブレスを喰らうから、厄介な相手には変わりないよ。唯一の救いは動きが遅い事だね」
「……そうね」
サクラはクリュウに近寄ると、彼の体を上から下まで見詰める。
「……ケガは、ない?」
「うん、なんとか」
「……そう。良かった」
サクラは安堵の息を漏らす。そんなサクラに微笑むと、クリュウは道具袋(ポーチ)の中から用意していた元気ドリンコを二本取り出し、一本をサクラに渡す。
「これでも飲んでもう一度勝負だね」
「……ありがとう」
サクラは元気ドリンコを受け取ると口に流し込む。クリュウも一気に飲み干し、続いて応急薬を飲みながら携帯砥石を取り出して流れている地下水で濡らした後すっかり刃こぼれしてしまったドスバイトダガー改の刃に当てて直す。それを見て、サクラも同じように携帯砥石を使う。太刀というのは繊細な武器の為、こまめな手入れが必要なのだ。
「落とし穴はあと一個。トラップツールとゲネポスの麻痺牙がそれぞれ二個あるから二回シビレ罠が作れるね。あと大タル爆弾は一つ。小タル爆弾は一個残ってるし、馬車の中にはまだ大タル爆弾が二個残ってるから、もし足りなくなったら一度戻るのも手だね」
「……えぇ。でも、クリュウってこんなに爆弾を使うのね」
「え? ま、まぁ今回は警戒してずいぶん多いけど。いつもは大タル爆弾二個とシビレ罠と小タル爆弾は一個ずつくらいは使うけど」
「……赤字にならない?」
「ははは、結構ギリギリだね。まぁ、そこは自分で調合して安上がりにはしてるし爆弾は安い時を狙って一度に買うから」
「……大変ね」
「まぁ、片手剣はサクラの太刀に比べて攻撃力が低いから、一人だとどうしても狩猟時間が長くなっちゃって大変だからね。爆弾でも使わないと僕の体力が持たないもの」
「……仲間がいると、そういう事もないのにね」
「確かにね。はぁ、誰かイージス村に腰を据えてくれるハンターいないかなぁ」
まだまだ辺境の小さな村に過ぎないイージス村にはいまだクリュウしか定住しているハンターはいない。せめてあと一人くらいはハンターがほしいものだ。
そんな苦笑いするクリュウを、サクラはじっと見詰める。
「さてと、そろそろ行こう」
シビレ罠を一個作り終えたクリュウはそう言って立ち上がると荷車に駆け寄る。そんなクリュウを見てサクラも立ち上がる。
「……えぇ」
サクラは誘導するようにクリュウの前を歩き、その後にクリュウも続く。そしてそのまま狭い洞窟を抜け、来た時とは反対方向に出る。すると、先程までの肌寒さがうそのように今度は汗が噴き出すような温度に変わる。
サクラはペイントボールの匂いを探しながら地図と方向を照らし合わせる。その間に、クリュウは携帯食料を頬張った。
「……あっち」
サクラがそう言って指差したのはさらに密林の奥だ。一体どこへ向かうのかと彼女の持つ地図を覗くと、どうやら中央に流れる川の付近のようだ。
「……気をつけて。こういう川にはガノトトスがいる事もあるから」
「わかった」
クリュウは改めて気合を引き締めて荷車を引く。サクラはそんなクリュウをしっかりと誘導しながら進む。しばし進むと、水の流れる音が聞こえてきた。そのまま歩き続けると、乱雑に生えていた木がほとんどなくなり、背の低い草などが生えた広場に出た。そして横には大きな川が流れていた。かなり川幅が広い。これならガノトトスが現れても不思議ではない。だが、幸いにもガノトトスはいなかった。しかしその代わりにイーオスが三匹動き回っていた。
サクラは無言で剣を構えると突貫。クリュウも荷車を置いて突撃する。
血のように真っ赤な体が緑色の密林の中ではかなり目立つ。イーオスも二人の存在に気づいて「ギャウアッ! ギャウワッ!」と敵襲の声を上げた。
サクラは突撃してきたイーオスに横一線に薙ぎ払うような一撃を叩き込む。その一撃でイーオスは悲鳴を上げて真っ赤な血を噴きながら吹っ飛んだ。後ろにいたイーオスを巻き込んで倒れる。まず一匹。巻き添えを喰らったイーオスはすぐに立ち上がるとサクラに毒液を吐き出してくるが、サクラはそれを横へ跳んで回避する。
一方クリュウは残った一匹に剣を叩き込む。イーオスの鱗が弾け飛び、赤い血が噴き出す。悲鳴を上げて仰け反る動作に連続して剣を叩き込む。
「うりゃぁッ!」
「ギャアッ!?」
イーオスは悲鳴を上げて吹き飛ぶ。が、それだけでは死なないのはわかっている。追撃を掛けようと突進する。
「せいッ!」
クリュウは横に払うように剣を振るうが、イーオスはそれを後ろに跳んで避けて剣は虚空を斬っただけだった。イーオスは空振りをしたクリュウに向かって毒液を吐き掛ける。盾で防ぎ、再び剣を叩き込む。刃がイーオスの皮を切り裂き、肉を引き裂く。さらに真っ赤に染まり、イーオスは倒れた。
剥ぎ取りを終えると、クリュウは荷車に戻る。と、サクラは荷車からある物を取り出した。それは村を出る時も気になっていたものだ。
「それ、何に使うの?」
クリュウが指差したのはサクラが持つ虫あみであった。
「……釣りミミズを取る」
そう言うと、サクラは草むらの中に進んだ。すると、そこには光る虫が飛んでいた。きっと光蟲だろう。絶命時に強烈な閃光を放つ虫で閃光玉の素材になる虫だ。そんな光蟲が飛び回る草むらで、サクラは虫あみを振るった。そして、次々に虫あみを振るっていたが、元々そんなに耐久性がいいものではない虫あみは折れてしまった。だが、彼女の目的は果たされた。
「……捕まえた」
捕まえた色々な虫に混ざって取り出したのは釣りミミズ。名の通り、釣りの際にエサにできる虫だ。
サクラは荷車に載せていた釣竿を取り出すと、針に釣りミミズをつけて川に投げ込んだ。
「釣り?」
クリュウは不思議そうに首を傾げる。今はフルフルを討伐しなければいけないのに、釣りだなんて一体どうするのか。
とりあえずしばし待つ事にした。川のせせらぎの音を聞きながら、ぼーっと待つ。しばらくし、ようやくサクラの竿に当たりが来たのか、サクラは糸を引き始めた。竿を上げると、そこには小さな魚が掛かっていた。
「……失敗」
それは細長い小さな魚。サシミウオであった。
「……食べる?」
「え? あ、うん」
クリュウはサシミウオを受け取ると口の中のミミズの残骸をきれいに取り、水洗いして口に入れた。川魚は寄生虫などが多くて生では食べられないが、この魚は生でも食べられるので狩場で食すハンターも多い。
「うん。おいしい」
身がプリプリとしていて新鮮さがすごくおいしい。狩場の楽しみのひとつだ。
サクラは再び釣りを開始した。
そうして何度かやって目的と違う魚を数匹釣り上げた後、ついに、
「……ゲット」
そう言って彼女が見せてくれたのはこれまた小さな魚。人間の拳くらいのその魚は絶命時に破裂する性質を持つ魚、カクサンデメキンであった。ボウガンの弾の一つ、拡散弾の最上級クラスである拡散弾LV3を作る素材の一つだ。でも一体これをどうするのか。
「……火を起こして」
「え? あ、うん」
クリュウは荷車に置いてあった肉焼きセットを取り出すと火打石と乾燥燃料粉末を使って火を着ける。いつも肉を焼いたりするので、火を着けるの手つきも鮮やかだ。
「起こしたけど」
すると、サクラは筒状の何かを取り出した。それは肉焼きセットに付属している魚を蒸し焼きにする器具だ。最近はただ焼くだけでなく狩場の料理もレパートリーが増えている。ハンターも人間なので、新しいものを求めるのだ。おかげで他にも鍋などが付属している。あまり使わないが。
サクラはその筒にカクサンデメキンを入れると、本来は肉から突き出た骨を置いて固定する軸に鉄棒を置き、そこへ筒を提げた。この鉄棒は鍋などを下げる時に使うものだ。
しばし火に掛けていた筒だったが、肉を数十秒で焼き上げるその強い火力にあぶられ続け、突如パンッという音が筒の中で炸裂した。その音にクリュウはビクッと震える。きっと中でカクサンデメキンが弾けたのだろう。サクラはその音を聞いても眉一つ動かさず、筒を見詰める。そして、さらに一分ほどして火を消し、焼けた筒を取り出す。すると、筒から火薬のような匂いがただよって来た。どう考えても焼けた魚が発する匂いではない。サクラはそんな筒を開けた。すると、その中には黒い粉が入っていた。一見すると何だろうかと思ったが、それは破裂して粉々になり、炭化したカクサンデメキンであった。
「それをどうするの?」
「……見てて」
サクラはそう言うと荷車に置いてある最後の大タル爆弾の蓋(ふた)を外して中にある信管を抜くと、その粉を中に入れた。そして落ちていた太い枝で中身をかき混ぜると信管を入れ直して再び蓋を閉じる。それだけだった。
「……これで、この爆弾は大タル爆弾Gになった」
「え? こ、これだけで?」
「……えぇ。これで大タル爆弾を超える強力な爆弾になった。簡単でしょ?」
「う、うん」
さすがサクラ。ハンターとしての経験の長さが違うからこその知識と技術だ。これだったら自分にもできるんじゃ……
「……でも気をつけて。慣れてないとカクサンデメキンの粉末と爆薬がちゃんと混ざらずに暴発して大怪我をする事があるから」
甘い期待を感じたクリュウはその言葉に一気にテンションが落ちた。大タル爆弾でも危ないのにそんなものが暴発なんかされたら爆死確定である。
サクラは釣竿と肉焼きセットを荷車を戻すと、苦笑いしているクリュウを見る。
「……これでもう少し楽になる。行きましょう」
「う、うん」
クリュウは再び荷車を引いた。サクラは匂いを確認して再び歩き出す。そんな彼女の背中を見詰め、クリュウは小さく微笑んだ。
「……何?」
サクラは自分を見て微笑むクリュウに振り返った。片方しかない瞳が不思議そうにクリュウを捉える。
「いや、サクラは頼もしいなと思って」
「……そんな事ない」
「ううん。すっごく頼りになるよ。特に僕みたいなかけだしのハンターにはサクラみたいな熟練ハンターがいてくれた方がいいもの」
「……そう」
サクラは口元にわずかな笑みを浮かべると、再び前を向き直って歩き出す。そんな彼女の後ろからクリュウが追い掛ける。
その細くも、頼れる背中を見詰め、クリュウは嬉しそうに笑みを浮かべた。
まだまだかけだしの自分には、彼女のような引っ張ってくれる仲間が必要なのだと改めて実感した。そしてまた、自分はまだまだ本当にかけだしなんだなぁと思った。
もっともっと色々知って、サクラやフィーリア、そして父のような立派なハンターになりたかった。
今度の戦いも、その道へのまた一歩になる。そう感じていた。