モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第35話 シルヴァ密林の白い影

 シルヴァ密林に着いた二人は遠くに巨大な大瀑布が広がる崖の上に拠点(ベースキャンプ)を作った。こちらの密林はハンターもあまり使わない為、テントや道具箱といったものは一切用意されていない。その為、安全そうな崖の上であるここに竜車を止め、竜車をそのままテントの代わりにする事にし、これで簡易ながらも拠点(ベースキャンプ)の用意は整った。

 竜車から荷車を降ろすと、そこへ使う荷物を載せていく。

 爆弾やシビレ罠なども必要だが、今回は特に重要なものがある。それは今クリュウが手に持っている赤い飲み物。クーラードリンクとは反対の効力を発揮するホットドリンクである。極寒の中で新陳代謝を高めて体を寒さから守る効果を持つこれは、今回の戦いでは最重要道具である。

 シルヴァ密林には高湿度と暑い気温が重なって蒸し暑いジャングル地帯と、冷たい地下水が流れる洞窟とがある。そのうちの一つである洞窟にフルフルは生息している事が多い。目が退化しているので明るい外が苦手らしい。その為戦う場は主に洞窟になるのだが、冷たい地下水と外の熱気を遮る深さが加わり、洞窟の中は砂漠の洞窟のように極寒地帯となっている。そこで活躍するのがこのホットドリンクだ。

「……洞窟に入る前は必ず飲んで」

「わかった」

 クリュウはうなずくとホットドリンクをしげしげと見詰める。実はクリュウ、ホットドリンクを使うのはこれが初めてだ。雪山にはまだ行った事がないし、砂漠の洞窟は長居はしないからだ。そもそも砂漠の洞窟は特に用はない。あるとすれば水竜ガノトトスを狩る時ぐらいだ。ガノトトスとは超巨大な魚竜種モンスターで、普通の飛竜のように飛ぶ事はないが、水の中を自在に動き回り、少しだけなら滑空できる。その大きさはイャンクックの二倍以上。まだ会った事はないが、できれば会いたくないなぁ……

 クリュウはそんな事を思いながら落とし穴を荷車に載せる。と、

「……落とし穴は、役に立たないかもしれない」

 サクラがポツリと言った。

「え? どうして?」

「……フルフルは主に洞窟の中にいる。そして、洞窟は硬い岩でできているから、落とし穴は設置できない」

「え? じゃあ落とし穴はいらない?」

「……いいえ。たまに外にも出て来るから、その時には使える」

「そっか」

 クリュウは持って行く物を全部荷車に載せると、率先して荷車を引く。

「僕が荷車を引くね。その方がいいでしょ?」

「……えぇ、お願い」

「任しといてよ」

 クリュウは笑顔で答えると、荷車を引いて歩き出す。その前を、サクラが守るようにして進む。荷車を持って進む時はもう一人くらい仲間がいるのがベストなのだが、今は二人だけなのでそれは我慢しよう。

 サクラは支給品の地図を片手に進む。ちなみに今回は応急薬や携帯食料、携帯砥石などの支給品は村から持って来た。拠点(ベースキャンプ)がないからだ。

 二人はまずジャングル地帯に出た。すると、さっきまでの心地良い風から一転、むあっとした湿気を含んだ風に包まれた。

 そしてかなり薄暗い。天井を隠すように大量の木が並び、葉を伸ばしているから日光が入りづらいのだ。そして、そんな大量の木から出る水蒸気がこのすさまじい湿度を発生させているのだろう。

 砂漠の暑さなんかに比べたらずいぶんマシだが、それでもかなり蒸し暑い。クリュウは額に吹き出した汗を拭う。

「やっぱり暑いなぁ」

「……クリュウはここへ来た事があるのよね?」

「うん。フィーリアと一緒に」

「……フィーリア?」

 今まで地図を見ながら話し掛けていたサクラがその瞬間振り返って片方の黒く澄んだ瞳で見詰めて来た。

「……誰?」

「あ、そっか。まだ教えてなかったっけ。フィーリアは僕が前に組んでたハンターの女の子だよ。ライトボウガン使いで全身レイアシリーズを着けてるんだけど、すんごく強いんだ」

「……そう」

 あれ? なんかサクラの瞳がいつになく冷たいような気がするのだが、気のせいだろうか。

「……今は、違うの?」

「うん、彼女はまた旅に出ちゃったんだ。その時ケンカ別れしたからなぁ……今頃何してるんだろ。元気にしてるかな?」

「……そう」

 サクラは再び前へ向き直ると無言で歩き出す。そんな彼女にクリュウも黙ってしまい、沈黙が続く。だが、その沈黙は突然の来訪者によって破られた。

「ギャウアッ!ギャウアッ!」

 緑の森の中から突如現れた血のように真っ赤な身体に膨らんだ頭を持ったモンスター――イーオス。その数は三匹。クリュウも慌てて荷車を降ろしてドスバイトダガー改を構える。その間にサクラは背中の飛竜刀【紅葉】を抜くと同時に突貫した。一瞬にして間合いを詰めると驚くイーオスを下から斬り上げる。その瞬間、火属性が付加されている刀身から爆発が起きてイーオスの首から上が吹き飛んだ。噴き出す血と体液。イーオスの毒は体内にも流れているが、頭の毒袋を経由してから有害なものに変わる為、噴き出した体液に触れても毒状態にはならない。サクラは崩れるイーオスを避けてその奥のイーオスに突っ込む。イーオスは悲鳴を上げながら体を仰け反らせて一気に解放する。まるでイャンクックの火炎液のようにイーオスは毒液を吐き出した。サクラはそれを地面に剣を突き立てて横へ飛んで避けると、着地した瞬間に突貫。驚くイーオスの体に剣を突く。イーオスの赤い体に飛竜刀【紅葉】の赤い刀身が突き刺さり、反対側から先端が現れる。悲鳴を上げるイーオスの声を無視し、サクラは剣を横一線に振り抜く。内臓を斬り裂かれ、焼かれ、イーオスは絶命した。

 そんなあっという間に二匹のイーオスを片付けたサクラに対し、クリュウは残るイーオスに突貫する。その瞬間、イーオスは体を後ろへ反らした。さっきサクラに向けて放たれた毒液だ。とっさに横へ跳ぶと、さっきまで自分がいた場所に毒液がべちょりと当たった。遠くへ飛ばす為かかなり粘着性がある。

 クリュウはイーオスの斜めから突っ込むと、剣を上から下へ振り下ろした。イーオスの血のように真っ赤な体が自らの血でさらに赤く染まる。

「ギャウアッ!」

 悲鳴を上げて仰け反るイーオスに連続して斬り付け、体を回転させながら剣を叩き込む。すると、自分よりも大きなイーオスの体が吹き飛んだ。

「やったかッ!?」

 地面に倒れたイーオスだが、すぐに飛び上がるように起き上がった。まだ生きている。立ち上がったイーオスは大声で鳴くと突進して来てそのままジャンプ。慌てて横へ跳ぶと、自分がいた場所にドスンとイーオスが跳び込んできた。体勢を崩したクリュウにイーオスはすかさず毒液を吐いてくる。その攻撃は盾を使ってなんとか避けたが、粘着性の強い毒液が盾に付着して嫌な音を立てる。再びイーオスは突進して来て爪で斬りかかってくる。それを盾を受け流し、剣を叩き込む。が、イーオスはその一撃に耐え、再び爪で襲う。クリュウが盾で防ぐと、イーオスは一度後ろへ跳んで間合いを取り、再び突進して来た。クリュウは一度横へ跳んでイーオスの横に移動すると斬りつける。イーオスはすぐさま反応して悲鳴を上げて噛み付いてきた。慌ててそれを盾で防ぐと、再び剣を叩き込む。

「ギャアッ!」

 イーオスは悲鳴を上げて吹き飛ぶと地面に倒れ、そのまま動かなくなった。

「な、なんてタフなんだ……」

 一匹相手にかなり苦戦した。どれだけ体力を持っているのだろうか。

 クリュウは剣を腰に戻すと剥ぎ取り用ナイフを取り出してイーオスを解体する。適当に鱗や牙を剥ぎ取ると、それを剥ぎ取り用の袋に入れる。そんな彼の後ろからサクラが近寄って来た。

「……大丈夫?」

「うん、何とか。いやぁ、それにしてもかなり厄介な相手だねこれ。囲まれたら本気でまずい」

「……えぇ。だから囲まれないように注意しないと」

 基本的な動作はランポスやゲネポスと同じ。もしランポスとかを狩り慣れていなければ、ここまでの奮闘はできなかっただろう。ただ毒液と好戦的な戦い方、そしてすさまじい体力が厄介だ。だがこれさえ抜けば他のランポス種の対処の仕方と同じなので、慣れればそれほど苦戦する相手ではない。初めてのクリュウがここまで立ち回れたのは日頃の修行のおかげである。

「それにしてもサクラはすごいね。あんなに素早くイーオスを倒せるなんて」

 さっきの彼女の動きはきれいだった。素早く近づき、そして強烈な一撃を加えて倒す。自分とは大違いだ。

「……それは、私の武器が太刀だからよ。太刀の方が攻撃力は高いから」

 太刀は重いが高い攻撃力を持つ大剣と片手剣の機動性を兼ね備えた武器で、すさまじい攻撃力と機動性を持っている。その為あんなに素早く動け、そして一撃が強烈なのだ。唯一の弱点は攻撃力を高くしたまま極限まで軽量化したので、大剣のように剣でガードができない事。もちろん盾などはないので、ガードは一切できない。超攻撃型の武器なのだ。

 しかし、それを差し引いたとしても彼女の動きは見事なものだった。

「ううん。やっぱりすごいやサクラは」

 尊敬の眼差しをキラキラと向けると、サクラはほんのりと頬を赤らめて顔を伏せた。

「……は、早く行きましょう」

 おろおろとするサクラなんて再会してから初めて見た。そんな事を思いながら剣で盾に付いた毒液を削ぎ落とすと剣をしまい、荷車を引く。

 サクラは再びクリュウの前を歩く。

 木が乱雑に生い茂る中、彼女は荷車が通れそうな幅を見つけて誘導してくれる。どうしてもの時は剣で切り倒して道を作る。なんて頼りになるのだろう。

 ふと、そんな自分よりも知識も技術も上な彼女の背中を見詰め、思い出す。

 自分にハンターとしての応用を教えてくれ、自分と一緒に組んでくれたフィーリア。

 彼女も卓越した本並みの知識と点をも射抜く優れた技術を持ち、いつも自分を支えてくれていた。

 彼女がいたから、自分はこんなにも成長したのだ。

 ――なのに、今はいない。

 彼女は再び旅に出てしまった。

 村を出ると言った彼女と対立し、そしてケンカし、そのまま別れてしまった。

 今はただ、後悔しかない。

 もし、もう一度会えたら、謝ろう。そう決めていた。

「……クリュウ?」

「え?」

 すっかり自分の世界に入ってしまっていたクリュウが気がつくと、目の前には彼の顔を覗き込むようにしているサクラがいた。至近距離で見詰める隻眼が、クリュウを慌てさせる。

「……大丈夫? ぼーっとしてるけど」

「え? あ、うん。へ、平気だよ」

「……少し、休憩する?」

「ううん、いい。それよりも早く洞窟へ行こう」

「……わかった」

 サクラはうなずくと再び彼を誘導する。しかしその間にもチラチラと自分の方を見てくる。すっかり心配させてしまったらしい。

「平気だって。ほら、前に集中集中」

 その時、再び前方に赤いものが見えた――イーオスだ。

 クリュウはサクラに知らせると再び荷車を置いて剣を抜く。

 今度は二匹。一匹はサクラが突進したのでもう一匹にクリュウは突っ込む。

 イーオスは突進して来るクリュウに声を上げると飛び掛って来た。襲い掛かる鉤爪を盾で受け止める。鋭い爪が盾の表面に浅い傷を残しながら滑る。受け流しながら体を回転させ、ドスバイトダガー改の刃先でそいつののどを抉(えぐ)った。急所に攻撃を受けたイーオスは悲鳴を上げる事もできずにそのまま倒れて動かなくなった。

「一体くらいだったら急所も狙えるな」

 クリュウは剣を腰に戻して剥ぎ取る。その間にサクラが戻って来た。その顔は無表情でどこにもケガはない。さすがだ。

「……クリュウは、必ず剥ぎ取るの?」

 サクラは不思議そうに声を掛けて来た。フィーリアにも訊かれたが、やっぱりこんなにこまめに剥ぎ取るハンターは珍しいのだろう。

「うん。倒したらそいつに敬意を払って無駄なく使ってあげなさいって、僕の師匠が言ってたから」

「……そう」

 サクラはそう小さく答えると再び歩き出す。そんな彼女の背中を荷車を引きながらクリュウは追い掛けた。

 それから一匹ずつで三匹のイーオスに襲撃されたが、それら全てサクラが斬り倒した。もちろんクリュウの出る幕はない。早業である。

 そしてようやくジャングルの奥にあるぽっかりと開いた洞窟を見つける。穴自体はかなり大きい。人間や小型モンスターなら余裕で入れるほどだ。

 洞窟からは冷たい湿った風が流れて来る。蒸し暑さにそれはかなり心地良く感じた。と、そんなクリュウの横でサクラはホットドリンクを飲む。クリュウも慌てて飲んだ。少し辛いのはトウガラシを原料にしているからだろう。すぐに体が内側から熱くなる。外の温度と重なってかなり暑い。

「……行きましょう」

 サクラはそう言うと先頭に立って歩き出した。そんな彼女の後ろからクリュウも荷車を引きながら追い掛けて二人は洞窟に入る。

 洞窟に入るとさっきまでの蒸し暑さがうそのように涼しい。だが、それはすぐに心地いい温度は過ぎて極寒に変わる。ホントドリンクを飲んでいてもちょっと寒い。でももし飲まなかったらと思うとぞっとする。下は地下水が流れていてちょっと滑りそうだ。

 洞窟の奥深くに入ると、そこは大きな空洞となっていた。反対側にはさらに奥に行く為の道がある。他には人間が上れないような高い場所にも穴があった。

 そして、洞窟の中にはブルファンゴが三匹いた。しかもうち二匹が突進体勢に入っていた。クリュウは荷車を置くと剣を構える。その瞬間、ブルファンゴが突進して来た。ブルファンゴの攻撃は真っ直ぐな為ちゃんと見ていれば避けるのは簡単だ。避けてすぐに剣を叩き込み倒す。イーオスに比べれば楽だ――まぁ、その間にサクラは二匹倒していたけど……

 ブルファンゴを倒すと、洞窟の中は静かになった。

 クリュウは辺りを見回すが、どこにもフルフルらしきモンスターはいない。

「いないね」

 クリュウは洞窟の中央に行って再び辺りを見回すが、やっぱりいない。どうやらここにはいないらしい。この狩場には他にも洞窟があるので、そっちかもしれない。

 しかしサクラは辺りをキョロキョロと片方だけの瞳を機敏に動かして見回している。

「サクラ? どうしたの?」

「……気配を、感じる」

「気配? でもいないよ?」

 首を傾げながら再びクリュウは辺りを見回すが、どこにもいない。どうもここにはいないらしい。クリュウは隅の方に置いてある荷車の方に歩き出す。と、

 ポトッ……ジュウッ……

「熱いッ!」

 突如肩に水滴が落ちて来た。それはいい。だが、その水滴が皮膚に触れた瞬間熱湯のように熱かった。そして、肩に落ちた水滴がクックメイルを煙を上げて溶かす。その光景にぞっとする。

「な、何この水……?」

「……クリュウッ! 上ッ!」

 サクラの悲鳴のような声に驚いて上を見上げた瞬間、

「ボオオオオオォォォォォッ!」

「なぁッ!?」

 洞窟を震わせるほどのすさまじい音と共に天上に張り付いていた白い不気味な巨体が、自分目掛けて落ちて来た。

 ズズズウウウウウゥゥゥゥゥン……ッ!

「……クリュウッ!」

 不気味な地響きとサクラの悲鳴が、薄暗い洞窟の中に響き渡った。

 地響きと共に現れたのは、鱗や体毛といった他のモンスターにはあるものはなく、常に粘り気を帯びたブヨブヨとした奇妙な純白の皮膚を持ち、ずんぐりとした体型に頭のない首が生え、その先の裂けた真っ赤な口、そこからは粘度の高い唾液(だえき)がしたたり落ちるグロテスクで不気味な飛竜――フルフルだった。

「……クリュウッ!」

 サクラは道具袋(ポーチ)からペイントボールを取り出すとフルフルに向かって投げつける。匂いが飛び散り、フルフルがどこにあるかわからない鼻を動かして辺りを窺う。フルフルは目が見えない。だからまだサクラは見つかってはいなかったが、そのペイントボールが奴に自分の存在を知らせた。

 伸縮性のある首がニュルンと後ろを向き、移動していたサクラを捉える。匂いか、音か、それはわからないが、確実にフルフルはサクラに気づいた。

「ヴオォォォッ!」

 ずんぐりとした鈍重な巨体を柔らかく使い、身をかがめ、そして弾けるように跳躍する。

 白い塊が、正確にサクラ目掛けて襲い掛かった。

 サクラはそれを冷静に横へ跳んで避けると、さっきまで奴がいた場所を見る。と、そこにはぐったりと倒れているクリュウがいた。

 フルフルは攻撃に失敗し、フンフンと匂いを探る。どうやら発達した嗅覚をフルフルは目の代わりにしているらしい。

 その間にサクラはクリュウに駆け寄る。彼は気絶していた。どうやらとっさに盾で防いだが、衝撃に耐え切れずに後ろに飛ばされたらしい。

 フルフルの首がこちらに向く。気づかれた。

 サクラは腰の道具袋(ポーチ)からある物を取り出すとそれを思いっ切りフルフルの方へ投げ付けた。閃光玉や音爆弾ではない、全く別のもの。落下した瞬間、茶色の煙と共に強烈な匂いが辺りを包んだ。

 閃光玉や音爆弾と同じ素材玉を使ったアイテムで、モンスターのフンと調合したこやし玉だ。普通のモンスターならこの匂いに逃げ出すが、フルフルには通常モンスターに対する閃光玉のような効果が発生する。

 そして、思ったとおりフルフルはこの強烈な匂いに嗅覚を封じられ、二人を見失った。その間にサクラはクリュウを担いで出口に走る。

 後ろから響く強烈な鳴き声。それは見失った獲物に対する威嚇だったのかもしれない。

 

 一時離脱したクリュウとサクラ。そこは洞窟の入り口から少し離れた場所であった。洞窟からはフルフルの鳴き声が時折小さく聞こえるが、ここまでは追って来なかった。サクラは周辺のイーオスを片付け、気絶したクリュウの額に洞窟から漏れる冷たい地下水を染み込ませたタオルを置く。そして、そんな彼の横に座って辺りを警戒しながら彼を介抱する。幸い大きなケガはなく、かすり傷ぐらいだった。これも彼があの状態でとっさに盾でガードしたおかげだ。もししていなかったらきっと彼は圧死していた。彼の反射神経には驚く。

 今回は完全に自分のミスであった。本来狩りというのは狩場の状況やモンスターの特性などをよく把握してからするものだが、今回は緊急と言う事もあり下調べはまるでしていない。フルフルの方は問題ないが、地形が全くわからない。その為地図を見てどうにか把握しようとっしたのだが、地図では限界であった。そして、さっきみたいに奇襲を受けたのだ。

 エレナに必ずクリュウを守ると言っておいて、いきなりこれである。

 せっかく、クリュウと一緒の初めての狩りだったのに、散々な始まりとなってしまった。この狩りを、昨日の夜はなかなか寝付けないほど楽しみにしていたのに……

 サクラは自分の失態にため息する。そもそもフルフルが天井から襲って来るなんて基礎中の基礎ではないか。

 クリュウと一緒の狩りだからって、少しはしゃぎ過ぎたのかもしれない。

「……ごめんなさい」

 ポツリとそうつぶやいた刹那、クリュウが小さな声を上げて気がついた。

「うん……? ここは……?」

「……洞窟の前」

 クリュウはゆっくりと上半身を起こすと、周りをキョロキョロと見回す。確かに洞窟への入り口が見える。

 そして、なぜ自分がこんな状態になっているかを思い出し、ため息した。

「な、情けないなぁ……」

 上からの奇襲でとっさにガードしたまではいいが、転倒して後頭部を強打して気を失うなんて、恥ずかし過ぎる。

 いきなり気絶するという失態に激しく落ち込むクリュウに、サクラは励ますように優しく声を掛ける。

「……さっきのは仕方がない。クリュウはフルフルとは初めてだったんだから。それなのにあれだけの反射をしたクリュウはすごい」

「そ、そんな事ないよ」

 いきなりほめられ、クリュウは照れたような笑みを浮かべる。サクラのようなかわいい女の子にそんな事を言われたら照れてしまうのは仕方がない。と、その時、洞窟の方から不気味な鳴き声が響いた。

「あ、あれがフルフルの声?」

「……えぇ」

 姿もだが鳴き声まで不気味だなぁとクリュウは思った。

 しばらくしてからいつまでも横になってはいられないとクリュウは立ち上がった。体が問題なく動く事を確認し、サクラを見る。

「じゃあ、行こうか」

「……もう平気なの?」

「うん。すっかり言い忘れてたけど、助けてくれてありがとう」

「……礼なんていらない。仲間だから」

「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいな」

 歩き出したクリュウの後ろからサクラがついて来る。そして、洞窟の前に立つ。吹き出してくる冷たい湿った風に体を小さく震わせると、腰に下げたドスバイトダガー改を抜き放つと盾と共に構える。そんな彼の横ではサクラが飛竜刀【紅葉】を抜いて構えていた。ドスバイトダガー改に比べて細く長い刀身を両手で握って下方に構えている。

「……まず私が斬り込みを入れる。その間にクリュウは背後に回って攻撃して。状況によっては洞窟内に置いて来た荷車に積んだ罠や爆弾も使って。その判断はあなたに任せる」

「い、いいの?」

「……えぇ、私はそれに合わせるから」

「だ、大丈夫? 作戦なんてほとんどないけど」

「……平気。クリュウを信じてるから」

 そう言うサクラの瞳は優しげだった。そんな事を真正面から言われ、クリュウは照れたような笑みを浮かべるが、突如響いたフルフルの不気味な鳴き声に自然と緊張が走る。横に立つサクラの瞳も優しげなものから彼女の飛竜刀【紅葉】の刃のごとく鋭利なものに変わった。

「……行こう」

「うん」

 それを合図に、サクラが走り出し、その後をクリュウが続いて洞窟に飛び込んだ。


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