モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

34 / 251
第33話 隻眼の人形姫

 イージス村から南方へ遠く離れた、大陸中央部。大内海ジオ・クルーク海の程近くにある大陸最大の城塞都市――大都市ドンドルマ。

 大陸最大規模の貿易都市であり、「全ての道はドンドルマに通ず」と言われる程ドンドルマを中心に道路や公的竜車の路線が発達している。その為、陸路での貿易が非常に盛んであり、大陸中から様々な物がドンドルマに集まる。そればかりか外洋と通じるジオ・クルーク海にも面している事から海産物も豊富な上、海路を使った貿易も盛んな為より遠方の物資や、別の大陸の物資などもここに集まる。その為、「ドンドルマに来れば買えない物はない」と言われる程、ドンドルマの品揃えは豊富だ。

 大陸最大規模の貿易都市である事に加え、ドンドルマがそれ程までに大都市と呼ばれる所以は、ハンターを統括する中央機関ハンターズギルド本部がこの街にあるからだ。

 ハンターズギルドに所属するハンターの数は大国の軍隊に相当すると言われ、ドンドルマがどの国にも属さずに独立し、独自の政(まつりごと)を行えるのはこのハンターズギルドの影響が大きい。

 モグリとかを非合式のハンターを除けば、正式な全てのハンターが所属する中央機関、ハンターズギルド。その本部があるドンドルマにはやはり常駐するハンターが多い。だがこれは単純にドンドルマの大陸全体へ迅速に移動できる手段の豊富さなど別の要因が大きいが。

 一説にはドンドルマに拠点を置くハンターは数百人とも言われ、他の拠点から出稼ぎなどでやって来るハンターの数は年間数千人とも言われているが、それを知るのはハンターズギルドだけだ。

 ハンターズギルドの本部が置かれているだけあって、ドンドルマの防衛施設もまた大陸屈指と言われる程に強大だ。

 街の三方は巨大な険しい山が囲んでおり、特殊な気流の関係で飛竜であっても上空から都市内部へ侵入する事はできない。残る開かれた南側にはこれまた巨大な石壁が築かれており、高さも厚さもかなりのもの。その強靭さは軍隊が全ての火力を集中しても突破は不可能と言われる程だ。

 そればかりかここには様々な対モンスター用の防衛設備が施されており、その鉄壁さは筋金入りだ。事実、その長い歴史の中では古龍でさえ撃退したという記録も残っている。

 全てのハンターが憧れ、ここを目指すと言われる程、ドンドルマはハンターにとっては理想郷だ。何せ大陸の中心と言っても過言ではない為、各地から様々な依頼や情報が届くからだ。時には凶悪な飛竜、そして古龍の撃退・討伐願いも届く。

 だからこそ、彼らは彼地(かのち)を目指すのだ。

 

 大陸で最も安全な都市とも言われている為、商売で訪れる人ばかりか観光で訪れる人も多く、石造りの家が無数に並び、綺麗に並べられた石畳が続く道を大勢の人が行き来している。人々の顔は皆明るく、今日という日を実に楽しんでいるという感じだ。

 ドンドルマは地形の関係上斜面が多く、非常に階段の昇り降りが激しいばかりか増築に増築を重ねた事で毎年多数の遭難者を出している。市政は様々な対策を行ってはいるが、未だに道を迷う人は後を絶たない。

 そんな中、クリュウは特に迷う事もなくスタスタと目的の場所に向かって歩いて行く。

 何しろ、彼は元ここの住民だ。この街にはハンターズギルド公認のハンター養成訓練学校があり、クリュウはそこに在籍していた。なので、寮暮らしだったとはいえある程度の地形は頭に入っているのだ。

 だが、そんな彼であっても今日目指す場所は初めてだ。何せ、そこで行うべき事は全て学校側が学内に設けていたので、まず行く必要がなかったのだ。

 しばらく無言で歩いていると、辺境の村などでは信じられないきれいな石造りの街並みの中、異様と言える程に巨大な石造りの建物が現れる。

 城、と言うにはあまりにも無骨だが、その建築方法は大陸のどの方式よりも堅牢で、最先端。まるで、自分達の技術力の高さを誇示しているかのようだ。

 クリュウは、その施設の前で立ち止まる。

「ここか……」

 ここが彼が目指していた場所――ハンターズギルド本部だ。村などでは村長や私営の酒場がギルドの代理機能を行っているが、本部のあるドンドルマではハンターズギルド自体がハンターと依頼人の仲介機能をしっかりと果たしている。

 ハンターズギルド本部一階や一部その地下に設けられているのが、通称大衆酒場と言われるドンドルマの酒場だ。酒場と言ってもその規模は村のそれとは比較にならない程巨大だ。

 昼間だと言うのに、中からは笑い声や怒声、香ばしい匂いや裂けの匂いが中で抑え切れずに外へ溢れ出している。ハンターというのは普通の職業と違って職業柄昼夜の境界が曖昧だ。その為、昼間からハンターたちは暇であれば飲んで騒いで暴れている。一般人の一部から嫌われる理由の一つだ。

 今まで入った事のない、ドンドルマの大衆酒場。クリュウは緊張や恐怖で震える体を無理やり気合で止め、意を決して中へと入る。

 木製の扉を開くと、まず最初にムッとする匂いにびっくりする。酒の匂い、料理の匂い、汗の臭い、タバコの匂い。ありとあらゆる匂いが混ざり合い、出て行く場所がなくて充満しているらしい。正直、匂いが混ざり過ぎて訳のわからない空間だ。

 中は外見通り広く、その設備も非常に豪華だ。一度に百人くらい軽く収容できるのではないか、それ程までに広大だ。

 そして、そこで騒ぐハンター達を見て、クリュウの表情が一気に緊張一色に染まる。そこにいたのは上級飛竜の防具や武器を持ったハンターばかり。自分のような素人丸出しなクック装備の人間など誰一人いない。確実に、自分は浮いているとすぐに悟った。

 入った途端、数人の屈強そうなハンターが睨みつけてきた。たぶん目付きが鋭いだけで見慣れぬ人間が入った事で一瞬目をそちらに向けた。その程度なのだろうが、緊張しまくっているクリュウはたったそれだけでも逃げ出したくなる衝動に駆られる。だが、そんな弱気な自分を無理やり押しとどめ、踏ん張り、足を進める。

 酒が回って豪快に騒ぐハンター達や興味や好奇から見詰めてくるハンター達の視線を感じながら、クリュウは奥へと向かってゆっくりと進む。本当は早足どころか走って駆け抜けたかったが、そんな勇気はない。

「邪魔だ坊主ッ」

 大柄な屈強そうな男がクリュウの肩を掴んで道を無理やり通る。装備はどれも自分よりも優れたもので、実力のあるハンターだとすぐにわかる。クリュウは尻餅を着いてしまったが、何も言い返す事ができず無言で立ち上がり歩き出す。

「何だガキ? そりゃクックシリーズじゃねぁか。そんなんでドンドルマへ来るとはいい度胸してるなッ」

 酒が回っているハンターに絡まれたが、とりあえず当たり障りないように愛想笑いでスルー。そんな感じの事を何回か繰り返しながらテーブル群を通り抜けると、ようやく目的の受付に到達する。ここでハンターは様々な依頼や情報を手に入れるのだ。

 すると、そんな受付にはこの荒々しいというか荒れ狂った環境にはあまりにも不釣合な美女が待っていた。

 長く美しい茶髪にルビーのように輝く真っ赤な瞳が特徴の美女は、かわいらしいハンターズギルドの受付嬢の制服を身に纏っている。間違いなく、クリュウが今まで出会った女性の中で五本の指に入るような美女だ。

 受付嬢は呆然と立っているクリュウに気づくと、優しげに微笑んだ。その輝くような笑顔にクリュウは顔を真っ赤にする。

「あら、新入りのハンターさんですか? ドンドルマへようこそ」

 受付嬢は笑顔でクリュウを出迎える。緊張しながらも、その笑顔に助けられクリュウはカウンターの前へと進む。

「まずは自己紹介ですね。初めまして、私はこのドンドルマのギルド受付嬢をさせていただいている、ライザ・フリーシアと申します。以後お見知りおきを」

 受付嬢――ライザはそう言って美しい笑みを浮かべる。その笑顔だけでクリュウはいっぱいいっぱいだったが、冷静な部分ではこの笑顔は営業スマイルだとわかっており、だとすれば世の中はとても恐ろしい。

「ドンドルマで仕事をなされるのでしょうか? それならこちらの入会書にご記入をお願いします」

 ハンターというのは基本的には傭兵と同じような職業だ。大規模な猟団などに属さない者は大概はフリーなので、街などで活動する場合はそこにあるハンターズギルド支部に登録する。そうしないとそもそもギルドからの仕事は受けられない。

 これは優秀なハンターを見つけたりする検索、違法な事を行う者がいないかを監視、有能なハンターが今どこにいるかを確認するなど様々な事情があっての事だ。面倒だが、これがギルドのやり方なのであれば、ハンターである以上お上の命令には逆らえない。

 ギルドカードと言われる、非合法なハンターでなければ全員が持つハンターという身分証明のようなもの。ここには今までの討伐記録や得意武器などハンターの成績などの個人情報が示されている。

 普通ならまず規約に署名、エントリーシートの記入、ギルドカードの提示など行いそこのハンターズギルドへ登録。そしてギルドカードの成績を見てランク付けを行い、現在の自分の実力に合った依頼の一覧が提示される。だが、今回彼が来た目的はハンターとしてではない。

「いえ、あの……依頼をお願いしたいんです」

 クリュウの言葉に、ライザは驚いたよな表情を浮かべて口に手を当てる。

「驚いた、ハンターさんが依頼をするなんて珍しい」

 そりゃそうだろう。ハンターは基本的に受注する側の人間であり依頼する側ではない。そりゃクリュウ自身重々承知している。

 ライザは驚いた様子を見せたものの、職業柄そういう特異な事も経験しているのだろう。それ以上驚く事はなく事務的に話を進める。

「わかりました。ではご依頼とは如何なものでしょうか?」

 クリュウはシルヴァ密林に現れたフルフルの事とその討伐依頼を話した。もちろん村の近場なので緊急を要する事も伝えた。

 ライザはクリュウの話に相槌(あいづち)を打ちながら依頼書を作る。

「なるほど。それではこれは緊急の依頼という事でよろしいでしょうか?」

「はい。なので、できるだけ強いハンターを雇いたいんです」

 クリュウの言葉にライザはうなずき、そのような追加情報も依頼書に書き加えていく。そして、そっとペンを置いてすばらしい営業スマイルを浮かべる。

「承(うけたまわ)りしました。それではすぐに掲示板に提示しますね」

「お願いします」

「――だけど、正直ちょっと厳しいわよ?」

 それまでの美しい営業スマイルから一転、歳相応の少しあどけなさの残った複雑な笑みがライザの顔に浮かんだ。それまでの敬語も消え、まるで友人かのようなフランクな接し方。クリュウはその突然の変化に驚きながらも、彼女の言う事に首を傾げる。

「厳しいって……どういう事ですか?」

 クリュウの問いかけに対し、ライザは困ったような表情のままため息を零す。

「まず場所が遠過ぎるわね。と言ってもドンドルマの指定の狩場の中にはもっと遠い場所もあるからそれに比べれば大した距離ではないけど、それでもやっぱり遠い。それに加え、ハンターズギルドはこの密林を狩場と認定していないからそもそもほとんどのハンターがこんな地名を知らないわね」

 確かにその通りだ。辺境の村のさらに辺境にある密林地帯の名前を知っているハンターなどそうそういる訳がない。それはある意味覚悟の上だったが、ライザはさらに困難な点を指摘する。

「そして相手が悪いわね。フルフルはその容姿や生態から嫌っているハンターが多くて、まず受けてくれる人が絶対数で足りないわ」

「……そう、ですよね」

 それもある意味では予想通りだ。自分だって余程の事がない限りそんな不気味な飛竜とは戦いたくはない。

 そして、ライザは最後に「一番の問題はこれ」と言って依頼書のある部分を指さして示した。そこは報酬金額の欄だ。

「この金額はギルドの扱っている正規の依頼の半分以下なのよ。ハンターは死と隣り合わせ仕事だから、それに見合った報酬を得られないと動かない人が多いのよ。そうすると、この金額じゃ相当厳しいわね」

「そ、そんな……ッ!」

 確かにクリュウが村長から受け取った今回の出せる限界報酬金は正直言って少ない。ちょうど先日村の拡張工事を行った事と重なった為財政面はかなり厳しいのだ。

「私もみんなに勧めてみるけど、あんまり期待しないで待っててね」

 そう言ってライザは作成したばかりの依頼書を掲示板に掲示する。すでに無数の依頼書が貼っている掲示板ではその依頼書はやはりあまり目立たない。ただでさえ討伐対象がフルフルな事で見向きもされないのに、その上報酬金の低さは致命傷に等しいだろう。

 ライザは依頼書を貼り終えると再びカウンターに戻り、クリュウに「ごめんね、次のお客さんがいるから」と言って彼を横へ移動させると再び営業スマイル全開で次のハンターを出迎える。

 クリュウは居場所がわからず、とりあえず掲示板の前に移動する。そこで掲示板を覗きに来るハンター一人一人にフルフル討伐の依頼を受けてくれるよう頼むが、そのどれもがお断りの返事。丁寧に返されたり遠回しに断れる事もあれば逆ギレされて突き飛ばされる事もあった。それでも、クリュウは必死になって頼み込み続ける。

 何時間も粘って頼み続けたが、引き受けてくれるハンターは一人もいなかった。

 とうとう外の色は茜色を通り過ぎて漆黒に染まり、街灯の明かりが眠らぬ街を照らしだす。

 狩りを終えたチームなどが次々と酒場に現れ、酒場の賑わいは増す。そんな帰って来たばかりのハンター達に対してもクリュウは必死に頼み続けたが、結局誰一人受注してくれるハンターは現れなかった。

 周りが賑やかな喧騒に包まれる中、クリュウは一人空いている隅っこの席に座り、がっくりと項垂れていた。その背中は誰が見ても悲痛に満ち、声を掛ける事すら憚られる。

 頬が熱い。さっきしつこいと言われて酒が回った男に殴られた時のだ。痛いはずなのに、痛みすら感じない。感じるのは熱だけ。それだけ、彼は疲労困憊だった。元々イージス村からドンドルマに来る長旅だけでも疲れていたのに、今日一日中頼み込みまくった上に精神的なダメージはかなりのもの。心身共に限界だった。

 瞳は絶望一色に染まり、濁った瞳で意味もなく地面を見詰める。テーブルにマグカップが置かれる音で顔を上げると、そこには湯気を上らせておいしそうな匂いを辺りに漂わせるホットミルクがあった。さらに顔を上げると、優しく微笑むライザの姿があった。

「ライザさん……」

「クリュウ君、これでも飲んで元気出して」

 一日中酒場で頼み込み続けて時には騒動にもなれば自然と名前も覚えられてしまったらしい。嬉しいような悲しいような……

「でも、僕何も頼んでませんけど……」

「押し売りなんかしないわよ。これは私のおごりね」

 そう言ってライザはウインクしてテーブルから離れる。クリュウが慌てて「あ、ありがとうございますッ」とお礼を言うと、ライザは振り返り優しげな笑みを浮かべて親指を突き立てると、奥へと消える――今の笑顔は営業スマイルではなく、きっと彼女の本当の笑みだと想う。

 ここに来て初めて優しくされ、クリュウは泣きそうになった。それをホットミルクを飲んで無理やり押さえる。ホットミルクの温かさと甘さが、少しだけ心に希望をもたらせた気がした。

 ホットミルクを飲み干し、クリュウは再び頼み込もうと立ち上がった時だった。

 

 ――酒場全体を支配していた喧騒が、一瞬で静寂に変わった。

 

 何事かと思って見回すと、酒場に一人のハンターが入って来るのが見えた。

 それはまるで、戦場に現れた戦女神。年の頃は自分と同じくらいか。流れるような漆黒の美しい黒髪に同じく漆黒の瞳をした少女はどこか神秘的で、表情にはまるで感情というものがないかのように無表情。柔らかそうな唇は固く閉じられ、真っ白な肌と合わさってまるで人形のようなイメージを感じらせられる。

 ミステリアス。そんな言語がよく似合う。漆黒の右目に対して同じく黒い眼帯を左目にしている所などが、そのイメージをより膨らませ、妖艶に映す。

 まさに美少女という言葉がそのまま当てはまるような少女。その外見だけで皆が口を閉じて驚くのはわかる。だが同時に、ハンター達は彼女の着ている防具を黙って見詰めている。

 それはどこか異国の鎧のような防具。額当て、胸当て、腰回りは赤褐色の鱗や甲殻で作られた装甲が施され、漆黒のガントレット。肩周りはくすんだ白い布で隠され、足には股の部分が開かれた特徴的な黒いズボン。全体的に要所だけを集中的に守った、機動型の防具だと見てわかる。

 外見は確かに珍しい様式の鎧ではあるが、真に彼らが驚いているのはその防具に使われている素材だ。その素材は、ハンターなら誰もが知っているある龍のもの。

 古龍と呼ばれる何千年、何万年と生きる特殊な龍が存在する。一般的に飛竜種、牙獣種などに区別ができず、詳しい生態が不明、その強力さから天災の一つに数えられる程、神が作りしこの世界最強の生物。それらを総称して古龍と呼ぶ。

 その中でまるで山のように巨大な、最古の古龍とも言われる超弩級のモンスター。

 名を老山龍ラオシャンロン。山という文字が入るように、実際その大きさは一つの山に匹敵し、一歩動くだけで周囲には地震が置き、どんな強靭な要塞も簡単に踏み潰すモンスター。現在までにこの超弩級モンスターの迎撃に成功した例は伝説の中でしか語り継がれていない程だ。

 ラオシャンロンは数百年単位で一定のルートを通るモンスターで、その規模や間隔から巨大地震と同じような災害として過去の歴史が物語っている。人類はその龍と何度か戦う事はあったが、いずれも奮闘むなしく踏み滅ぼされてきた。どんな防御施設も、どんな対古龍兵器を使っても、ラオシャンロンは本能のままに歩み続け、その脚元にある小さな生き物の都市など気にもしない。

 そんな天災に等しいモンスター、ラオシャンロンから剥ぎ取れる素材を中心にさらに貴重な素材を多数使い、莫大な金額を投入してようやく完成するのが少女の纏う凛シリーズ。レア中のレアで、強力な防具だ。

 誰もが知り、憧れる防具を身に纏った少女はそんな好奇や羨望のまなざしに一切目もくれず、淡々と進む。その背中に下げられているのは太刀と呼ばれる、大剣のように長く、片手剣のように細い武器。大剣の攻撃力と片手剣の機動力を合わせ、ガードを捨てた超攻撃型の武器だ。

 燃え盛る炎のように真っ赤なその武器は飛竜刀【紅葉】。火竜の素材と火山の火口付近でしか採れない特殊な鉱石、紅蓮石を使って作られた強力な太刀だ。これもレアな武器ではあるが、やはり凛シリーズと比べると少し霞んでしまう。

 少女は無言で悠々と歩み続け、カウンターへ向かう。その先にはライザがおり、彼女の姿を見ると嬉しそうに微笑んだ。

「あら、久しぶりじゃない。今までどこに行ってたのよぉ」

 まるで友人を迎えるかのような、営業スマイルではない心からの笑顔。察するに、二人は知り合いらしい。まぁ、職業柄納得はできるが。

 少女は笑顔で迎えるライザに一切目を合わせず、無言でギルドカードを提示する。それを見てライザは苦笑を浮かべる。

「はいはい。相変わらず返事はないわね……っと。あら、飛竜の討伐数はあんまり変わってないわね。どうせまた護衛依頼ばっかり受けて雑魚相手にしか刀を振るってなかったんでしょ」

 ライザはうりうりと少女の柔らかそうな雪のように白い頬を指先で押す。少女は喜ぶ事も嫌がる事もせず無言でそれを受ける。

「んもう、もう少し反応してよぉ」

 ライザはつまんないと言いたげに子供っぽく頬を膨らませ、ようやく少女を解放する。その間も皆の視線は依然彼女に注がれている。

 誰もがそちらの方ばかり見ていて、これでは声を掛ける事も難しい。どうやら今日はもう頼んでも無理そうな雰囲気だ。

 仕方がない、明日また出直そう。クリュウは諦めてカウンターの方へ背を向ける。

「あ、そうだ。ねぇ帰って来たばかりで悪いんだけどこの依頼受けてくれないかしら? 相手が相手な上にちょっと報酬金が少なくて誰も受けてくれないのよ。緊急の依頼なんだけど、どうかしら?」

 背を向けた所でライザがそう切り出した。おそらく自分が頼み込んだ依頼を受けてくれるよう説得しているのだろう。少女は無言でそれを聞いていうが、正直クリュウは半ば諦めていた。ハンターはお金で動くのだ。事実、金儲けでハンターをしている者も少なくはなく、今回の持って来た報酬金はそんなハンター達を満足させられる程にはまるで満たない。

 クリュウは最悪、村の為にこの武具全てを売り払ってでもお金を作ろう。そう決めていた。

 だから――

「……引き受ける」

 少女の言葉に自分の耳を疑っても仕方が無いだろう。

「ほ、本当ッ!?」

 クリュウは我が耳を疑い、驚きながら少女に駆け寄る。近寄ってみて改めて少女の美しさに驚く。きれいに整った顔は本当に人形のようで、ミステリアスな雰囲気も合わさってまるでどこかの国のお姫様のよう。だからこそ彼女の纏うのがドレスやワンピースではなく無骨な鎧と剣、そして左目を隠す眼帯が異様に感じてしまう。しかしそれが彼女の美しさをより引き立てている。

 クリュウの問いかけに対し少女はゆっくりとうなずくと、掲示板の方へと向かい、そこからクリュウの依頼書を取って戻って来る。カウンターに置き、署名欄にすぐに名前を書き込んだ。しかし、そこで彼女の書く文字が大陸共通語とは異なる事に気づく。

 大陸共通語は文字通りこの大陸での共通の言語だ。昔は国や地域で別の言語を話していたのを統一した言語で、今でもいくつかの国や地域では母国語を残しつつ、同時に共通語を使っており、この大陸に住まう時点で大陸共通語は必須と言えよう。

 その大陸共通語の文字は言うなれば記号のような形の文字だ。複数の異なる文字を組み合わせる事で一つの単語になるのが大陸共通語。しかし、少女の書く文字はまるでその文字一つで意味を持つかのような象形文字。全く異なる言語だった。

「それって、何語?」

 クリュウの問い掛けに、少女は小さく「……東方語」と答えた。

 東方とは大陸東部の一部の地域を示すもので、そこに住む人々は中央部や西部とは異なる風習や文化を持つ。元々は東方大陸と呼ばれる別の大陸の人々がこの大陸に訪れ、そこで帰化。東方文化を守りつつ西方文化などを取り入れた特異な文化を独自に発展させている。

「あぁ、この子は東方大陸出身なのよ。と言っても小さな頃にこっちに移住して来たみたいだから、事実上はこっちの人間ね」

 ライザの補足説明にクリュウは少し驚いた。一般的な東方人は帰化した東方大陸の末裔を言うのだが、中には東方大陸から実際にこちらへと移り住む者もいる。少女は後者だった。

「これ、何て書いてあるの?」

 クリュウが彼女の名前であろう文字の羅列を指さしながら問うと、少女はこちらに片目を向け、静かに答える。

「……私の名前」

「名前、何て言うの?」

 クリュウが問うと、少女はゆっくりとこちらへと向き直る。ジッと隻眼でクリュウを見詰めながら、表情を変えずにその柔らかな唇を開く。

「……そう」

「え?」

「……桜(サクラ)春風(ハルカゼ)。それが私の名前よ」

 少女――サクラは静かに名乗った。凛とした声で読まれる名前の発音もやはり東方語だ。しかし、よくわからなくてもクリュウにはその名前がすごくきれいだと感じた。彼女にピッタリ、そんな感じだ。

 そんな事を思いながら、ふと頭の中に浮かんだ疑問。何となくだが、彼女の名前に聞き覚えがあったのだ。

 昔、ずっと昔の事。子供の頃に、そんな名前の娘がいた気がするが、ハッキリとは思い出せない。

 そんな考え込む彼をジッと見詰めていたサクラは小さくフッと口元に笑みを浮かべた。突然の彼女の表情の変化に驚く彼の手を、サクラはそっと手に取る。

「……久しぶりねクリュウ。何年ぶりかしら」

 名乗ってもいないのに自分の名前を呼ばれ、クリュウは驚く。しかもその口調から彼女は自分の事をよく知っているようだ。

 驚く彼の反応を見て、サクラはほんの少しだけ表情を不満げに翳(かげ)らせる。

「……覚えてない? 私の事」

「いや、その、ごめん……」

「……謝る事じゃない。子供の頃の話だから。ただ、クリュウには私を思い出してほしい。あなたは、今も昔も私にとっては大切な人だから」

 そう言ってサクラはクリュウの手を優しく握り締める。だが、心なしかその握る力が強くなる。それだけで、彼女の想いが伝わってくるかのよう。クリュウは慌てて必死になって思い出そうとするが、人間の検索機能というのはあまり優れている訳ではない。

 必死になって思い出そうとする彼の姿を見て、サクラはその無表情の唇にわずかな笑みを浮かべた。

「……変わってない。あの頃と」

「あの頃?」

「……昔、イージス村によく訪れていた商隊を覚えてる?」

 サクラの問い掛けに、クリュウは少し考えてから小さくうなずいた。

 子供の頃、イージス村によく訪れる結構大きな商隊がいた。気さくな隊長と笑顔の素敵な奥さんとの隊長夫婦が優しかった事をよく覚えている。そこまで思い出した時、一人の少女の姿が思い浮かんだ。

 商隊の隊長夫婦の娘で、よく商隊が村を訪れた際にエレナと一緒に遊んだ記憶がある。あまり話さず笑わない子で、いつもぬいぐるみを抱えていた。強引なエレナに引っ張り回され、ケンカになり、その仲裁に入った自分が「何でこいつを庇うのよッ」と怒られ、そんな自分を小さく笑みを浮かべながら見ていた――確か、その子の名前は……

「……もしかして、サクラなの?」

 ――記憶が、繋がった。

 クリュウの問いかけにサクラは口元に嬉しそうに小さな笑みを浮かべると、静かにうなずいた。

 目の前にいたのは、間違いなく昔よく遊んだ昔なじみの少女――サクラだった。

「ひ、久しぶり」

 どう話し掛けたらわからず、とりあえず差し支えないあいさつをすると、サクラも「……久しぶり」と小さく返した。そんな二人のやり取りを見ていたライザが驚いたような声を上げる。

「あら、二人って知り合いだったんだ」

「知り合いと言いますか……昔なじみです」

「――へぇ、《隻眼の人形姫》と呼ばれているサクラがこんな新人君とねぇ」

 感慨深げにうなずきなら言うライザの言葉に、クリュウは小さく首を傾げる。

「隻眼の人形姫?」

「あら、知らないの?」

 ライザは驚いたような顔をするが、残念ながらイージス村みたいな辺境の村に入る情報なんてたかが知れている。ドンドルマにいた時も主に寮暮らしだったの世間の情報には疎い。そんな何も知らないクリュウに、ライザはニッコリと微笑みながら教えてくれた。

「隻眼の人形姫ってのはこの子の二つ名よ。ほら、この子かわいいけどいつも片目を眼帯で隠してるし、こんな風に無愛想だからそんな名前が付いたのね」

「そういえば、どうしたのその左目――」

「……こっち」

 クリュウが言い終わらないうちにサクラはクリュウの手を掴み、カウンターに敷かれた何かのメニュー表をよく見もせずに一ヶ所に指を落とす。

「……ここ」

 ライザはそんなサクラの様子を嬉しそうに笑いながら見詰め、そっとカギを渡す。サクラはそれを受け取ると状況がわからず困惑している彼の腕を引っ張りながら歩き出す。後ろからはライザが「ごゆっくり~♪」と意味ありげな笑みで見送ってくれた。

 二人は酒場の中にある階段を登り始める。

 ドンドルマのギルド本部は主に一階と一部地下部分を酒場とし、中層は宿泊施設となっている。ギルドの中枢があるのはそのさらに上にある上層部だ。

 サクラは何も言わず無言で階段を登り続ける。上に行けば行く程に内装が豪華になっていくのがわかった。どうやら上に行けば行く程ランクが上がるのだろう。最初の簡素な通路に対して、今さっき通ったのはずいぶんと内装が施され、絨毯も敷かれていた。

 そのうちサクラは指定の階に着いたのだろう。階段から通路へと向きを変え、クリュウもそれに続く。

 しばらく歩き続けると、ようやくゴールとなった。そこは角部屋らしく、通路の一番奥の部屋だった。サクラは相変わらず無言で鍵穴にカギを差し込んで開けると、クリュウの腕をキープしたまま中へと入る。

 中はずいぶんと酒場の簡素な作りとは違い内装もしっかりと施されており、かなり豪華な仕上がりとなっていた。

「……そこ、座って」

 解放され、サクラが指さした椅子に腰掛ける。椅子と言っても酒場にあったような木製の簡素なものではなく、何かの動物の皮を使った柔らかな仕上がりのソファだ。素直に座ってみれば、その柔らかさ驚かされる。

「ここは?」

「……さっき私が借りた部屋」

 サクラは特に何も言わずに室内の備品をチェックしている。その動きはずいぶんと慣れており、彼女がこういう宿泊施設を使って生活している事が何となくわかった。

 しかし、それにしてもこの部屋は豪華だ。自分のような下っ端のハンターは最初に通った階の簡素な安宿がお似合いだというのに、サクラはこんな豪華な部屋を使っている。そう思うと、武具の時点で何となくはわかっていた力量の差を感じてしまい、思わず苦笑が浮かんでしまう。

 何気なしにみたルームサービス一覧表の値段もまたお高い事。自分はおそらくこんな部屋を普通に使えるようになれるのは相当先だろうと理解する。

 そんな驚きのあまり言葉を失って物珍しげに部屋を見回しているクリュウを見て、サクラは小さな、本当に小さな笑みを浮かべると部屋の隅に置いてある金属製の箱から一本のワインを取り出した。箱の中がちらりと見えたが、中には氷結晶が敷き詰められていた。氷結晶とはその名の通り氷の結晶で常温でも溶けないという不思議な性質を持つ。その為、ハンターの武具の氷系の素材として重宝される上にこういう冷蔵物の保管に使われている。

 サクラはワインを持ったまま食器棚からグラフを二つ取り出し、クリュウの対面の席に腰掛ける。しばし部屋を見回していたクリュウはそこでようやく実に十年ぶりぐらいに会う友人と対面した。

「……飲む?」

 グラスをこちらに渡しながら問うサクラ。

「え? あ、僕アルコールはちょっと……」

「……大丈夫。これ、グレープジュースだから」

 そう言ってサクラはおかしそうにクスクスと小さく笑う。その笑顔は歳相応でとてもきれいだが、昔の彼女の面影はしっかりと残されていた。

「あ、じゃあもらうよ」

 サクラは一つうなずくと栓抜きを使ってコルクを開け、二つのグラスそれぞれにグレープジュースを注ぎ入れる。そして、そのうちの一方をクリュウに渡した。

「ありがとう」

 クリュウはそれを受け取ると、一口それを口に含んでみる。それに続いてサクラもグラスを傾ける。

 口に含んだ瞬間、口の中いっぱいにブドウの香りが広がり、程よい甘さが舌をくすぐり、飲み干した瞬間口の中から喉の奥にかけて清涼感が広がる。こんなおいしいグレープジュースを飲んだのは生まれて初めてだった。

「これ、すっごくおいしいよ」

「……えぇ、本当ね。とてもおいしいわ」

「え? いつも飲んでる訳じゃないの?」

 驚くクリュウの問い掛けに、サクラは小さく口元に苦笑を浮かべる。

「……こんな高い部屋、私だってそうそう来ないわ」

「え? じゃあ何でわざわざ……」

「……クリュウがいたから」

「え……」

 言葉を失うクリュウを一瞥し、サクラはそっとグラスを傾ける。

 細く絞られた右目がグラスを見詰めていた。だが、その反対側の左目には覆い隠すように黒い眼帯がされている。自分の記憶の中の彼女にはない、決定的な違い。

「……どうして、この部屋に入ったか、わかる?」

 突然そう問われて驚くクリュウだったが、応えがわからず素直に首を横に振る。そんな彼を見て、サクラはガントレットを外した。現れたのは白く細い華奢な手。本当に、その小さな手で剣を握り、数多のモンスターと戦ってきたのか、疑ってしまう程にその手も腕も細い。

「……この左目が、気になる?」

 そう言ってサクラは白く解い指で眼帯を指差す。気にならないと言えばウソになるが、触れてはいけないという気もした。だから、クリュウは気にならないと装う。

「別に」

 だが、そんな彼を見てサクラは小さく口元に笑みを浮かべた。

「……そう、クリュウは昔と変わらない。優しい男の子」

「そうだったっけ? そんな子供の頃の自分なんてよく覚えてないよ」

「……私は覚えてる。だって、いつも見てたから」

 視線を逸らさず、真っ直ぐにそう言うサクラ。その言葉にクリュウは照れたように頬を赤らめて苦笑を浮かべる。女の子にこんな風に言われる経験があまりないピュアな彼らしい反応だ。

 サクラは、特にそれ以上その話を掘り下げる事はせず、ふと気になったという感じで問いかけてくる。

「……私の事は、覚えてる?」

「そりゃ、一応ね。さっき全部思い出したからさ」

「……そう、どんな子だった?」

 サクラの問い掛けにクリュウは自分の中の過去の彼女の姿を思い出す。そして抱いたイメージをそのまま言ってみる。

「あんまりしゃべらなくて、笑わなくて、いつも何を考えているのかわからない女の子」

 言ってからクリュウは慌てて口を塞いだ。思っていた彼女の印象を包み隠さず言ったが、これでは完全に悪口以外の何ものでもない。

 慌てて弁明しようとしたクリュウだったが、サクラは特に気にした様子もなくグラスを傾ける。

「ご、ごめん……」

「……構わない。そういう子だったって事は、自分が一番知ってるから」

 サクラは無表情でそう語る。怒っているのか、悲しんでいるのか、本当に気にしていないのか。その表情からはそれらの感情のいずれも知る事はできない。もしかしたら、怒っているのかもとクリュウは慌てて付け足す。

「あ、あともう一つッ!」

「……何?」

「――すごくかわいい子だったッ」

 言ってからクリュウは窓から飛び降りたくなった。上って来た階段の多さからたぶん飛び降りればクック装備の自分なら確実に死ねるだろう。

 テンパっていたとはいえ、今の自分の発言はあまりにも恥ずか過ぎる。これではまるでプロポーズをしているみたいではないか。

 クリュウが顔を真っ赤にしてあたふたとしていると、サクラはグラスをコツンとテーブルに置く。その小さな音でさえクリュウはビクリと震える。

 サクラはジッと漆黒の隻眼でクリュウを見詰める。その瞳にはどのような感情が宿っているのか、察する事はできない。怒っていいるのか。それなら、どんな反応をしてくるのか。エレナやラミィなら武力行使。フィーリアやレミィなら会話停止。なら、サクラなら――

 ――フッと、サクラは口元に小さな笑みを浮かべた。

 見ると、真っ白な肌をしている彼女の頬がほんのりと赤らんでいるように見える。表情も今までよりも少し柔らかく、雰囲気も優しげだ。

 サクラはクリュウの言葉を噛み締めるかのようにしばしの間を置き、

「……ありがとう、クリュウ」

 そう言って、サクラは微笑んだ。それまでの口元だけではなく、顔全体を使った本当の笑顔。その美しくかわいげな笑みに、クリュウはドキッとする。改めて、しばらく会わないうちにすっかり美少女に変貌した彼女の魅力に驚かされる。

 サクラは無言で半分程になった自分のグラスとクリュウの空になったグラスにジュースを注ぎ入れる。

「あ、ありがとう」

 クリュウはぎこちなく礼を言うと、それを飲む。そんなクリュウの姿をじっと見詰め、サクラはポツリを零す。

「……クリュウも、かっこいい子だった」

 思わずジュースを噴きかける。ここで噴き出さずに済んだのは奇跡に等しい。自分の唇の鉄壁さにこの時程感謝した事はない。

「そ、そうかな?」

 平静を装いながら言うと、サクラはこくりとうなずく。

「……えぇ、今も、かっこいい」

 真正面からそう言われ、クリュウはカァッと顔を真っ赤に染める。サクラのようなかわいい子に「かっこいい」などと言われれば当然の反応だ。

「あ、ありがとう……」

 クリュウは恥ずかしそうに微笑むと、ジュースを飲む。そんな彼を一瞥し、サクラは一口ジュースを口の中に含み、そっと片目を閉じる。

「……でも驚いた。こんな形でまたクリュウに会えるなんて」

「そりゃ僕も驚いたさ。それにサクラがハンターになっていた事も。てっきり僕はどっかの都で優雅な生活をして、幸せにしてるかと思ってたよ」

 サクラは昔からきれいな子だった。その容姿や商人の娘という事からそういう未来が一番想像しやすい。ましてや、ハンターなどのその対極に位置していると言っても過言ではない。

 サクラはゆっくりと瞳を開き、眇める。その漆黒の瞳は、どこかここではない遠くを見詰めているかのよう。

「……そうね。たぶん、お父さんとお母さんはそう願っていたかもしれない」

「だったらどうして……」

 クリュウの問い掛けに、サクラはゆっくりと瞳を閉じる。伏せられた顔は表情が見えないが、一瞬見えた彼女の唇が震えているのをクリュウは見逃さなかった。

「サクラ?」

「――二人とも、死んでしまったから」

「え……」

 サクラの口から語られたのは、あまりにも信じられない言葉だった。

 ゆっくりと瞳を開き、驚きのあまり言葉を失うクリュウを一瞥し、サクラは悲しげに揺れる瞳で遠くを見詰める。その瞳に映るのは、きっと悲痛な光景だろう。

「……いつもと同じ、平凡な旅の途中だった。皆防寒用にマフモフ装備を纏い、ポポに竜車を引かせて、いつもと変わらぬ次の街へ向かっていた時――奴は突如として凶悪な鳴き声と共に振って来て、商隊を全滅させた。それだけ」

 淡々と語るその内容の中で、一体どれだけの人が亡くなったのか。おそらく、彼女の両親もその最中に亡くなったのだろう。子供の頃の記憶だけとはいえ、知らない人ではない人の死にクリュウの表情も暗くなる。

 サクラはそっと、黒髪の下の眼帯を指差す。

「……この目も、その時に失ったわ。ポポは食い殺され、竜車は見るも無残に破壊され、逃げ惑う人は一人残らず殺された。お父さんとお母さんが死ぬ瞬間も、この残された右目に焼き付いている。それはもう、地獄という言葉以外では言い表せない程、酷い景色だったわ」

 淡々と語るのは感情を押し殺しているからだろう。事実、それを語る唇は様々な想いが混ざり合い、震えている。

「……運良く、私は壊れた竜車の残骸に隠れていたおかげで助かった。そこから救助隊が来るまでの三日間、私はした事もないサバイバル生活を送って何とか救助してもらえた――でも、本当の地獄はこれからだった」

 サクラの唇が、苦しげに噛み締められる。

「……商隊が全滅した事で失った荷物や資材は莫大で、亡くなった商隊の人の遺族から訴訟を起こされて多額の慰謝料が請求された。保険じゃ全然まかない切れなくて、家や店舗など売れる物は全部売り払ったけど、残ったのは莫大な借金だけだった。莫大な借金を抱えた身じゃまともな職業に就職できないし、そもそも子供の私が働けるような場所はなかった。結局、私はハンターになった」

 そう言って、サクラはうつむいた。黒い前髪に隠されて表情は見えないが、震える唇から一体どれだけの苦労を彼女がしてきたのか、それは想像を絶するだろう。人が簡単に想像や予想をしていいものでもない。それだけ、辛い道を通ってきたのだ。

 無言で肩を震わせ続けるサクラを苦しげに見詰めながら、クリュウは静かに問う。

「それで、借金はまだ残ってるの?」

「……返済は全て終わってるわ」

「だったら何でまだハンターなんてしてるの? 借金がない今なら、もっとまともな職種に就く事だってできるでしょ? それなのに何で……もしかして、おじさん達を殺したモンスターに復讐しようとか思ってるの?」

 クリュウの恐る恐るという感じの問い掛けに、サクラはしかししっかりとうなずいた。

「……そうね。確かに復讐心がないと言えばウソになる。私はあのモンスターを許す事はできない。でも、恐怖のあまり子供だったから奴の姿をまともには覚えていないの。ただ、恐ろしい怒号を響かせながら、次々に殺戮していった。それだけしか、覚えていない。だから、あいつが結局何だったのかは、いまだにわからない――でも、もしもまた会う機会があれば、その時は一切の容赦なく殺すわ」

 全くの迷いもない真っ直ぐで純粋な「殺す」という言葉に、クリュウの背筋が凍りつく。あの優しかったサクラからそんな言葉が出るなんて、それ程までに彼女は自分の人生を狂わせたそのモンスターを恨み、憎み、殺したいを願っているのだろう。

 ただの女の子が、そんな壮絶な復讐心を抱く。信じられないし、信じたくもなかった。

 自然と、クリュウの表情も曇る。そんな彼の悲痛そうな顔を見てサクラも表情を曇らせる。だが次の瞬間、彼女の隻眼に明確な意志の光が輝いた。

「――でも、それとは別にもう一つ、私にはする事がある」

 サクラの言葉にうつむいていた顔を上げ、クリュウは首を傾げる。

「する事?」

 サクラは小さく首肯する。

「……決めたの。私は、私のように苦しむ人をこれ以上増やしたくない。増えたとしても、私が助ける。そう、決めた。英雄気取りと想うならそれでもいい。だけど、私はこれを貫く。きっとどこかに、私の助けを求めている人がいる。その中の、たった一人でも助ける事ができれば、私はいい。ただの自己満足かもしれない。でも、それで誰かの命を助けられるなら、私はそれで構わない。それが、私が両親と片目を犠牲にして手に入れた――夢だから」

 そう真剣に語るサクラの片方しかない瞳は真剣なものだった。きっと心の底からそう思い、信じ、貫いているのだろう。本当に、心の底から……

「……クリュウも、英雄気取りって思う?」

 サクラの言葉にクリュウは言葉を失った。きっと、今までもこうした話をして、そう言われてきたのだろう。特に彼女は女だ。この世界は力が全てなので大多数が男性で女性のハンターは極わずかだ。だからこそ女性のハンターは迫害される事が多く、英雄クラスのハンターになっても嫌われたりする事もある。そんな世界なのだ。

 彼女もまたハンターとして生きてきてそういう辛い目に遭ってきたのだろう。片方しかない瞳は質問に対しあまり積極的ではない。だが――

「そんな事ないよ。僕もそんなハンターになってみたい」

 クリュウの言葉に伏せていたサクラが顔を上げ、その隻眼を大きく見開く。そんな彼女に、クリュウは言葉を続ける。

「サクラの夢はすごくて、憧れを感じる。周りから何を言われても、自分がこうだと決めた事なら、それを胸に突き進むだけだよ。それに、サクラならきっとできる。そんな感じがするんだ。根拠なんかないけどさ」

 照れたように笑うクリュウに、サクラは大きく見開いた右目をゆっくりと閉じ、柔らかな曲線を描く。口元はそっと緩み、それは笑顔になる。

「……やっぱり、クリュウは優しい子。昔と変わらない、私にとっての王子様」

「そんな事ないよ。それに王子って何だよ」

 クリュウは頬を赤らめながら照れ隠しのようにジュースを飲む。そんな彼の姿を見ながら小さくほほえみ、サクラもそっとグラスを傾ける。

 照れながらジュースを飲む彼の姿を、サクラはジッと見詰める。その頬はわずかだが嬉しそうに綻んでいる。

 久しぶりにクリュウと会えた事が嬉しくて仕方が無いのだろう。彼女にとって、幼少期を一緒に過ごしたクリュウは特別な存在だ。あの頃の気持ちは、今も変わらないし、きっと、もっと……

「……クリュウ、好きよ」

 突然のサクラの発言にクリュウは飲んでいたジュースを吹き出しそうになるのを何とか堪える。今日一日で一体何回吹き出しそうになった事か。

「えッ!? いや、それはどういう……ッ」

 テンパるクリュウはあたふたとするが、そんなクリュウを見てサクラはおかしそうにクスクスと笑う。

「……クリュウ、かわいい」

「か、かわいいって……ッ。さ、サクラ僕をからかったのッ!?」

「……さぁ?」

 小さな笑みを浮かべてはぐらかすサクラに頬を赤らめたままのクリュウは呆然とするが、すぐに「からかうなんてひどいよッ」と腕を組んでそっぽを向く。そんな彼の子供っぽい仕草を見てサクラは小さくおかしそうに笑う。

 サクラはクリュウを少しだけからかった後、「……それじゃ、本題に入るわ。クリュウ、詳細な状況説明して」と真剣な表情になると本題に入る。クリュウはそんなサクラの切り替えの速さに一瞬呆けたが、すぐに一つうなずくと知っている限りの情報を話した。クリュウが話している間、サクラは一言もしゃべらずに無言で聞き手に徹していた。

「……クリュウは、フルフルと戦った経験は?」

 話が一段落した所でようやく口を開いたサクラはまずそれだった。フルフルとはどういうモンスターなのか、詳しく知っているかという問い掛けだ。だが、残念ながらクリュウはフルフルの討伐経験はない。知っている事は全て知識としての情報だけだ。

 クリュウが力なく首を横に振ると、サクラは静かに「……そう」とだけつぶやいた。別に責めている訳でも呆れている訳でもない。ただ、事実確認をした程度の認識なのだろう。

「……フルフルは確かに厄介な飛竜。普通の飛竜とはまるで異なる戦い方をするから、苦手意識を持つ人は大勢いるし、事実イャンクックなんかよりも強いわ」

「やっぱり、そうだよね」

「……でも、討伐数は少ないとはいえ討伐経験はある。それに、この程度の相手なら何の問題もないわ――こんなの、ラオシャンロン迎撃戦に比べればマシ」

 何を思い出したのか、悲痛そうな表情を浮かべながらそう言うと、サクラはキュッと唇を噛み締める。その唇が少し揺れている事に、クリュウは気づく。

「……何か、あったの? カルナス防衛戦に、サクラも参加してたんでしょ?」

 クリュウの問いかけに、サクラは静かにうなずいた。

 カルナスとは大陸西南部に位置する自由貿易都市で、海に面している事から海路が盛んで比較的大きな街だった。

 どこにでもある平和な都市。だが一年半前、その街は一瞬で瓦礫だらけの都市の墓場になった。

 老山龍ラオシャンロンがカルナスに迫り、カルナスは都市存亡の一大決戦として付近のハンターを総動員させ、即席の防衛施設や防御陣地を築いて街へ迫り来るラオシャンロンに挑んだ。しかし即席の防衛システムや集まったハンター達の努力も空しくラオシャンロンの歩みを止める事はできず――カルナスは壊滅した。

 唯一の救いは事前に住民全員に避難勧告が流されていたおかげでほとんど犠牲者がなかった事。ハンターもラオシャンロンの桁外れな大きさやその圧倒的な生命力を前にして逃げ出した者も多く、犠牲者は少なく済んだ。

 カルナス防衛戦。今現在最も新しい古龍による被害であり、現在もカルナスは復興の最中だ。

 ドンドルマのハンター養成学校に在学中だったクリュウ。当時街全体が震撼するような大災害として知れ渡り、クリュウ自身愕然とした。

「サクラも、その戦いにいたんだよね?」

「……えぇ。私はその当時単身で防衛戦に参加。即席の四人一隊のチームを形成して挑んだわ。即席とはいえいくつか言葉を交わした、仲間。私達の隊は最終防衛線まで粘った数少ないチームの一つだった――だから、見てしまったの」

 サクラは片方しかない瞳を閉じ、その時の事を思い出す。それだけでも全身に悪寒が走り、悔しげに唇と拳が震える――それはまさに、地獄絵図だった。

「……最終防衛線も突破され、ラオシャンロンは街を襲った。と言っても、ラオシャンロンにしてみればただ通り過ぎただけ。それだけで、その後には何も残らなかった。想像できる? さっきまであった建物が、街が、人々の想い出が、跡形もなく崩れていく光景を」

 それは、想像を絶する光景だったのだろう。唇を震わせながら語る彼女の姿に、クリュウの表情も自然と曇る。一体、彼女はどんな光景を見たのか。それは、現場に居合わせた者にしかわからない、地獄絵図。守ると決めた街が、さっきまであった景色が、跡形もなく崩れる光景。夢であればいいのに、心からそう思ってしまう程、残酷な現実。

「……私は、結局何もできなかった。守ると決めたものは壊され、街は瓦礫の山と化し、作戦は失敗に終わった。私のチームも一人が亡くなった。一人はハンターとして致命傷とも言うべき傷を負い、その後現役を引退したそう。私と同じ軽傷で済んだ一人は、今はどこで何をしているかもわからない。得たものはなく、失ったものはあまりにも大きかった」

 サクラはゆっくりと閉じていた隻眼を開くと、自らが纏うラオシャンロンの素材を使って作られた凛シリーズを撫でる。

「……私は決めた。今度こそ、自分が守ると決めたものは絶対に守り抜く。例え腕や足がへし折れようと、血反吐を吐こうと、私の前では誰一人犠牲になんてさせない。その証、戒めとして、私はこれを作った。戦闘中に剥がれた老山龍の鱗や甲殻、角の破片なんかを拾い集め、財産の大半をつぎ込んで……これが、私の決意の表れ」

 意志の強い隻眼を輝かせ、サクラは拳を握り締めた。真剣な彼女の表情からは、その決意が本気だという事がわかる。本気で、そんな理想を掲げている。

 理想というに文字で片付けるのは簡単だ。だが、その二文字を実際に貫き通すのは並大抵の覚悟ではできない。彼女は、その覚悟をもって己の決めた茨の道を突き進むつもりだ。

 ――クリュウの知っている子供の頃の気弱なサクラと、今の鋼鉄の意志を貫くサクラはまるで別人のよう。だけど、その自分の決めた事は決して曲げないという頑固な所は、昔と何ら変わっていないようだ。それを知り、クリュウの頬にも自然と笑みが浮かぶ。

 そんな彼を、サクラは真剣な表情のまま見詰める。

「……だから、私は困っている人は必ず助ける――クリュウも、助ける」

 明確な強い意志を漆黒の隻眼に輝かせながら、迷う事なく断言するサクラ。その力強い瞳にを見て、クリュウはそっと微笑む。

「まさか村を助けてくれるのがサクラになるなんて、世の中わからないね」

「……不安?」

「そ、そんな事ないよッ! サクラがすごい実力者って事は装備とか見ればわかるし、何より僕はサクラが自分で決めた事は絶対に貫く頑固者って知ってるから。君に任せれば、僕も安心だよ」

「……そう」

「……でも、無理はしないでよね? さっきの言い方、自分は犠牲になっても構わないみたいだったけど、そんなのは絶対にダメだから。少なくとも、僕の前でそういう事はなしだよ」

 真剣に語るクリュウの言葉に、サクラはフッと口元に笑みを浮かべる。

「……本当に変わってない。クリュウは優しい」

「エレナには優柔不断だっていつも怒られてるけどね」

「……そう。クリュウがそう言うなら善処するわ」

「うん――村の事、よろしくね」

「……えぇ」

 クリュウは立ち上がるとそっとサクラに握手を求めて手を伸ばす。サクラはそれを見て小さく口元に笑みを浮かべて立ち上がると、静かに手を差し出す。

 互いの手はしっかりと結ばれた。それはかつて結ばれていた、でも会わなかった長い間に解けかけていた二人の確かな絆を、村を守る誓いを、心を繋ぐ。

 ずいぶん会わない間に、二人ともすっかり子供ではなくなっていた。互いが、記憶の中のお互いの姿と今の姿を比べ、まだ少し戸惑い、慣れない。

 でも、自然と互いに一緒にいると懐かしくて、ほっとする。それはきっと、解けかけていたとはいえ、二人の絆がずっと結ばれていたからに違いない。

 サクラは手を下ろすと、一歩前に出る。そしてそっと、クリュウの胸に飛び込んだ。

「さ、サクラッ?」

「……クリュウ、また会えて、良かった……本当に、良かった」

 抱きつくサクラの表情は見えないが、その声が小刻みに震えているのを聞いて、クリュウはそっと微笑むと「僕も、すごく嬉しいよ」と言って、優しく彼女を抱き締める。

 記憶の中のサクラとは、やっぱりずいぶん変わっている。ずっと女の子らしくなり、こうして触れ合っているだけでドキドキとしてしまう。元々綺麗な子だとは思っていたが、成長した彼女はもっと綺麗になっていた。

 ……まぁ、一部昔とほとんど変わってない所もあるが。

「……クリュウ、今すごく失礼な事考えなかった?」

「か、考えてないッ! 断じて全くッ!」

 ジト目でじぃ~と見詰めてくるサクラの視線からクリュウは目を逸らす。そういえば、サクラは昔から自分の心を読むのがうまかったなぁと今更ながら重要な事実を思い出したり。

 サクラはジト目のままそっとクリュウから離れると、そっと自分の控えめな胸に手と置く。

「……クリュウ、覚えておいて。女の子の価値は局地戦だけで決まる訳じゃない。戦術的勝利を納めても戦略的敗北をしては意味が無い。私は、戦略的勝利を目指すわ」

「うん、よくわからないけど、とりあえずがんばって」

 力強く断言するサクラの発言の意味はよくわからないが、とりあえずそう答えておくのが賢明だと思った。

 クリュウの言葉だけの応援にサクラは「……私、がんばる」とグッと拳を握り締めて答える。

 がんばる方向性をちょっと間違えているような気もしないではないが、気合を入れるサクラを見て、彼女の昔の姿と重なる。

 昔の彼女はとても臆病でいつも自分の手を掴んで後ろに隠れていたが、今ではすっかりエレナのように自分の手を引っ張っていく側になったらしい。だが、何事においても全力で立ち向かう所は、あの頃と変わっていないようだ。

 自分の夢と信念を貫き続けるサクラ。イージス村の運命は、彼女に託された。

 

 その後、クリュウが別の部屋を取ると言って部屋を出て行こうとすると、サクラは「……今日はここに泊まって」とありがたくも爆弾発言をする。

 クリュウは困ったように頬を掻きながら「いや、いいよ。僕は別の部屋を取るからさ」と断るが、サクラは頑なに首を横に振る。

「……クリュウが泊まらないなら、この部屋を取った意味が無い」

 サクラはそう言ってクリュウの腕を掴む。心なしか、その瞳がキラキラと輝いているように見える。

「……お願い」

 ジッと見詰められ、さすがのクリュウも折れた。幸いベッドは二つあったのでとりあえず良しとしよう。

 それから色々と大変だった。

 急に立ち上がったサクラに「どこに行くの?」と訊けと、サクラはしれっと「……お風呂」と返す。

「そ、そっか。ごめんね」

「……一緒に入る?」

 サクラの今日最大の爆弾発言にクリュウは全力で首を横に振って断ると、サクラは無言で奥にあるバスルームへと消えた。

 しばらくして出てきたら、サクラは備え付けのガウン姿でのご登場。身体から湯気を足してほんのりと赤いその頬、濡れた長い漆黒の髪を水滴を飛ばしながら靡かせるその姿はクリュウには刺激が強過ぎた。しかもそんな格好でもサクラは眼帯を外さない。

 クリュウは慌てて逃げるようにして風呂に入った。

 しばらくして風呂から出て来るとサクラは無防備な姿でベッドに寝ていた。同じ部屋の中に男がいるというのにこの無防備さ。信頼されている証拠であると同時にちょっぴり男の子としてのプライドが傷つけられたような気もしないでもないが。

 サクラは寝ている時もどうやら眼帯は外さないらしい。その不自然さがまた彼女を魅力的に見せる。

 クリュウは顔を赤くしながらとにかく寝ようとベッドの中に潜って無理やり寝る事にした。

 明日にでもドンドルマを出て村に戻り、そしてサクラにシルヴァ密林に向かってもらい、そしてフルフルを倒してもらう。

 村を救う希望は、サクラのおかげで繋がった。

 ずっと村を助けなければという責任感が伸し掛っていたクリュウ。ようやく希望が繋がり安心感を得たのか、今日一日のすさまじい疲労がどっと押し寄せ、クリュウは静かに瞳を閉じて眠りについた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。